タイヨーアライズ:幻解の女王   作:だぶるすたぁ

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アボルダージュ

 バンカ海峡でのアリマサンらとの謙遜からおよそ1週間が過ぎた。その間も発信機からの音波の追跡は絶え間なく行われて、かのクィムガンの動きも追うことができていた。

 そのクィムガンは、オリオンが沈めたその場所から南東に進み続けていた。まもなくバンカ海峡を完全に抜け、ジャワ海へと抜けるところだ。

 

「思いましたのですけれど、海の中にいる間に叩けないのかしら?」

「できるならやってみてもいいと思うよ? 海峡出て海域封鎖できる余裕だって出てきたし」

 

 そんなやり取りがあって、アリマサンの連れている子のうちいくらかとオリオンとで海に潜ってみるも、この作戦は失敗に終わった。どうも音は海底から出ていたようで、それは要するに海底面より下にクィムガンがいるということ。残念ながらその場での対処はできなかった。

 だが、海底よりも深いところにいることが確定しただけでもありがたいことだ。そこにいるのならば、そのクィムガンが浮上しようとする時に、海面で俺達がキャッチする音波は圧倒的に強くなってゆく。つまり、この音を監視しているだけでクィムガンが浮上してくることをほんの少し前からではあるものの予知できるということがわかったのだ。

 

 

 そしてその時は、案外早くやってきた。

 

 

 インドネシアの首都、ジャカルタから北に100マイル。クィムガンがその海域に差し掛かったとたん、音波が急に強まりだしたのだ。

 しかもその場に急行すると、もう1つ大きな異変が生じていることに気がついた。

 

「海水温が、上がってる……?」

「なるほどね。そうやって上がってくるつもりなんだ」

 

 少しすると、海面がボコボコと泡立ち始めた。

 ……この様子には、どこか見覚えがある。そのことにはリゼも同じように気がついたようで、納得したかのように頷いていた。

 

「まるで()()()()()()()()()な。水底へと沈んだあの巨体がどうやって浮かび上がってくるのかは謎だったが、案外単純なカラクリだったようだ」

 

 そう、これはヴィオの《オニイシヘル》に似ているのだ。あれは下から高温のフラックスを発生させることで粘ついた泡を生み出すもの。それとは違って粘ついているような感じはしてはいないが、高温の泡が出ているということは、海の深きから沸騰した水蒸気がここまで届いていることの証左に他ならない。

 するとどうなる? 水を熱すれば、そこには上昇水流が生まれる。沸騰するほどともなれば、それはもう膨大な量の水の動きになる。おそらく、生み出したその上昇水流に乗ってあのクィムガンは水上に戻ってくるつもりなのだろう。しかも沸騰させるほどの熱源があるのならば、船内に入った海水すら消し飛ばしてしまえる。塩害が厳しそうな強引な方法ではあるが……。

 

「どうする? このまんまここで待ち受けてもいいけど」

 

 このままここにいれば、真下からクィムガンが恐ろしい勢いで浮上してくることになる。下手をすればそのまま弾き飛ばされる可能性だってないわけじゃない。

 だけどそれは逆にチャンスにもなる。あのクィムガンは極度に近接した範囲への攻撃の術を持っていない。ならば最初から近寄れるのはかなり有難い話でもあるのだ。

 俺達からすれば、あまり離れる理由はなかった。しかし。

 

「わたくし達は一旦離れますわ。突き飛ばされたらどうなるかわからない子もおりますから」

 

 彼女だけなら問題はないのだろうが、あれだけ率いているのなら吹き飛ばされでもすればその後の安否確認すら一仕事になる。そう言ってアリマサンは率いる集団に一時撤退の指揮を飛ばした。

 

「わかった。ご安全に。……リオちゃん、ライズちゃん、コアちゃん。君たちは?」

「ここで待つ」

「私も」

「同じく。……タカサゴこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ボコボコと海面が茹だって、海水温も上がってきている。俺もアリマサンも古い世代の割にはディーゼル駆動でプロペラを回しているから問題はないのだが、蒸気タービンで回しているタカサゴは話が別だ。

 蒸気タービンの場合、ボイラーで沸騰させた蒸気を液体に戻す復水というプロセスがある。ここでは低温源として、周囲に腐るほどある海水を使うことが一般的だ。しかし沸騰するほどに海水温が上がってしまえば、その復水は当然できなくなってしまうし、最悪の場合はボイラーの圧力が上がりすぎて爆発してしまうことだってありうる。

 しかしそんな懸念は、当のタカサゴが抱いていない訳がなかった。

 

「だいじょうぶ。動かないならアイドルの必要すらないしね。それに、今の私達には足が生えてるんだよ?」

 

 どうやらタカサゴはもうボイラーの火を落としてすらいるらしい。彼女も準備はバッチリってことだ。

 そんな話をしている間にも、水底から上がってくる泡は量を増し、海水温はさらに上昇する。海水に突っ込んでいる足が茹で上がってしまいそうなほどに。

 

「……みんな、来るよ!」

 

 タカサゴの声が響く。それから間もなくして、海水面がにわかに盛り上がって、そして――。

 

 ――そのクィムガンが、海の上に再び顔を出した。

 もはや誰と通信するわけでも旗を掲げることもなく、意味を成さなくなったマスト。何が燃えているのかすら分からぬ煙突。もう誰も立ち入らぬ船橋。それらが次々と水面の上へと飛び出てくる。

 

「飛び上がるわよ! 構えて!」

 

 その珍しく指揮をとるオリオンの言葉と共に、彼女は絡みつかせるように紐のようなものをマストの片方へと伸ばした。そしてオリオンからリゼ、リゼから俺、俺からタカサゴへと投げ渡された曳航索を通じて、俺達にまで上へと引っ張り上げる力がはたらき、俺達は水面から舞い上がった。

 下を見れば、その間にもクィムガンの船体は浮かび上がり、ついには甲板までもが水面の上へと顔を出している。

 

「よし、行くよ」

 

 そう言ってタカサゴは曳航索を手放し、甲板へと飛び降りた。俺とリゼ、そしてオリオンもそれに続く。

 そうして俺達は、クィムガンの上へと降り立ったのだ。

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