俺達は不気味なほどに静かなそのクィムガンの奥深くへと進み、触手めいてうねうねと脈打ちながら時折俺達を貫いたり巻き取ったりしようとしてくる配管の筋と、恐ろしいほどに滑らかに歪んだ壁を、そして更にこのクィムガンが船だった頃のおびただしい数の悪夢の傷跡を通り過ぎていった。クィムガンの中は上下左右こそ狭苦しくも壁が迫ってきてはいたが、こと奥行きに関しては外見からは想像もできないほどに果てがなく、どれだけのケーブルをくぐり抜けて進めば反対側にたどり着けるのかすらも皆目見当がつかなかった。
いくばくか歩みをその奥へと進めると、そこには上へと登る階段があって、少しだけ広まった空間の真上から伸びていた。それもまたあまりにも無防備で、かつ歪だったここまでの通路とすら呼べるか怪しい空間と比べれば気持ちが悪い程までに整っていた。
カンカーンカーンカーン、とどこからか不気味に鐘の音が響いた。
「上は
「たぶんね。この先に、
罠にはまりに行くのではという疑念が強まるにつれて俺たちはさらに身を寄せ合って、そして歩みを揃えてゆくことにした。
コツン、コツンと足音が階段区画に響く。何度も跳ね返っているその澄み渡る音だけが、この場を支配していた。その中で時折、カンカーンカンと鐘の音が不気味に鳴った。
その階段を数回折り返すと、そこには扉があった。タカサゴは俺たち全員が階段の一番上の段まで来ていることを確認すると、その扉に手を伸ばそうとした。
カーンカンカンカン、カーンカンカン。
扉の向こうから鐘の音が響く。間違いない。この先に、いる。
「みんな、行くよ」
俺達が頷くと、タカサゴはその扉を押した。扉は俺たちを招き入れるかのように滑らかに開いた。
広い部屋の真ん中には操舵輪が置いてあって、その後ろには羅針盤が鎮座していた。そして少し離れたところにテレグラフがあって、向こう側の壁には大きな窓が並んでいる。典型的な、古い商船の船橋のつくりそのものだった。
タカサゴ、俺、オリオンそしてリゼの順にその中に入る。すぐさまオリオンが何かに気がついたようで、羅針盤へと駆けつけた。
「どうした?」
「羅針盤が、何か変よ。回り続けてるわ」
羅針盤の横に錨を近づけながら、オリオンはそう言った。
羅針盤は磁気式とジャイロ式の2種類がある。どちらも針は同じ方向を向き続けるのだが、その原理が異なるのだ。そしてその双方に短所がある。
磁気式の羅針盤の場合、磁性体を近づけると針がそれに吸い寄せられてしまう。これの念の為の確認のためにタカサゴは巨大な鉄の塊である錨を近づけたのだろう。
一方でジャイロ式の場合、近くに何かがあることに影響を受けることはない。だがこれは回転する物体の軸の性質を使うものだ。回転を加え続けなければ正しい動作をしない。
というか、それ以前に。
「船のガワだってそうだった。どうせ見た目だけで中身はデタラメなん……」
「リオちゃん、危ない!」
頭上で金属同士がぶつかる鈍い音がした。
見上げれば、オリオンの真上にはタカサゴの錨。そして少し離れたところへと吹き飛ばされているのは――鐘。言うまでもなく、このクィムガンの主である。おそらくオリオンへと攻撃でもしようとしたのだろうか。
その鐘は不気味に音を鳴らしながら宙を舞い、そして操舵輪の真上で止まった。
カン! 鐘の音が1回だけ鳴る。それが始まりの合図だった。
最初に飛び出たのはオリオンだった。彼女は錨ではなく紙テープを伸ばしてクィムガンを絡め取ろうとするも、ヒョコリと躱されてしまう。
だが、それはオリオンが下手だった訳ではなかった。続けてタカサゴ、俺、そしてリゼも攻撃を当てようとするも、その鐘はちょこまかと動き回り、当たることはない。
錨による直接攻撃、そして投擲。タカサゴの繰り出す液体の射出。あるいはリゼの光線。何度も繰り返してもそれらは鐘には当たらないし、逆に俺達は互いに当ててしまいかけて慌てて攻撃の手を止めざるを得なくなってしまう始末。ここまで来るとタカサゴの最初の一発が入ったのが不思議なくらいだ。
ただ、不気味なことに鐘の方は逃げ回るだけでこちらへと攻撃を仕掛けてくる素振りもなかった。俺達の攻撃への対応で向こうに余裕がない、という側面も多少はあるだろうが、それが全てという訳でもない。その証拠に、時折こっちをからかってくるかのようにカランと音を鳴らしている。
どうして俺達がここまで苦戦しているのか? そこには2つの原因があった。
まず1つは、この鐘型のクィムガンがそもそも鐘型のクィムガンではなく、より強大な船型のクィムガンの一部分であるということだ。それがゆえ目の前のこの鐘は、鐘型のクィムガンよりも遥かに機敏に動くことができていた。
2つ目は、意外なことに俺達の経験不足にあった。というのも、
鐘型のクィムガンというのは、本来非常に原始的でひ弱なクィムガンで、動きも鈍く簡単に対応できてしまうものだ。それがゆえ、
そして思うように決定的なチャンスを作り出せない状況が1時間、2時間と続くにつれて、俺達は大して消耗しているわけではないのにだんだんとフラストレーションをためてしまっていた。苛立ちというのは、少なからずも判断力に影響を与えてしまうもの。俺たちの視野は狭まり、最も見落としてはいけないものを意識の外に追いやっていた。
狡猾にもそれを待っていたのだろうか――ここに来て、ただ俺達の攻撃を躱すだけだったクィムガンが、突然動き出した。