そのクィムガンには攻撃が当たらず、そいつはほぼ無傷の状態を保つことができている。しかしそれはそのクィムガンにフォーカスを当てて物事を分析した時の捉え方だ。
当たらなかった攻撃はどこへ行くのだろうか? 俺達の攻撃の多くは、そのまま空振りになるだけだ。しかしそうでないものも決して少なくはなかった――クィムガンに当たらなかったそれらはその勢いのまま宙を進み、壁や天井、床を傷つけていた。
そんな中でも俺達は引き続きクィムガンへの攻撃を継続していて、次はオリオンが実行に移そうとしていた。
「あーもう、じれったいな! 《それは自由そr……」
「リゼ、足元!」
そうオリオンが忠告するも、もう遅かった。リゼの足元の床には外れた攻撃により穴が空いていたのだ。
リゼの右足は床のあったところを踏み抜き、期待通りの垂直抗力を得られなかった彼女はバランスを崩してその場で転倒してしまう。
だが、転倒した先は床のようで床ではなかった。ここはクィムガンの中なのだ。
リゼが倒れ込み、受け身を取ろうと手をついた瞬間のこと。
「ライズちゃん! いま助ける!」
リゼの両手両足には、床から伸びた何らかが巻きついていた。それはゴムめいた妙な弾力のあるケーブルのようなものだった。リゼは抜け出そうと藻掻いてはいるものの、あまり上手くはいかなさそうに見える。
もしこのケーブルがここまで来る時に何回か壁から伸びてきたのと同じものなら普通に切断できるはずだ。そう思って俺達はケーブルを断ち切らんとしたのだが、その希望はすぐに淡くも消え去ってしまった。
このケーブル、ただ単に攻撃を加えるだけではその弾力による変形によって力を吸収されてしまうのだ。さらに力を加えることにより滲み出したぎらつく油が切れ味をも奪ってくるので、簡単には断ち切ることはできそうにもない。
しかも、だ。問題はそれだけじゃなくなっている。そもそも捕まってしまったリゼがいる以上、もとからあまり積極的には使い難いものだったとはいえ、誤射の可能性の高くなる手段はほぼほぼ完全に使えなくなってしまった。だから必然的にリゼに近寄って近接攻撃でケーブルを対処するしかないのだが、近寄ったら近寄ったでそのケーブルの方も今度は俺達を捕まえようとしてくるのだ。不意をついてくるような形で襲ってくる訳ではないので回避することは難しくはないものの、常にそれを頭に入れておかなければならないということは、よりリゼの救出を難しくしていた。
カーンカンカンカン。鐘の音が不気味に響いた。その発生源は――操舵輪の、真上。
「そうか。ここは貴様の中だ。このケーブルも、貴様か」
リゼら拘束されていながらも落ち着いた様子で、その鐘を睨みつけながらそう言った。
鐘は答えない。音を鳴らすことすらしなかった。しかしゆっくりと、拘束されたリゼの体はケーブルによってその鐘の方へと移動していた。――いや、クィムガンが引き寄せている、と言ったほうが正しいだろう。
「行かせない、よっ!」
タカサゴは錨を投げた。しかしそれは天井から突き出てきた、また別のケーブルによって弾き飛ばされて届かない。
ならば数をと俺は《金剛突破》でそのケーブルから滲み出す油を結晶化させて鐘へと飛ばしたが、これもまた別のケーブルに受け止め切られてしまう。
その後も何度も鐘を直接狙ったり、その裏でリゼを拘束するケーブルを狙ったりもしたものの、何をやったところでそれらは全て新たなケーブルによって妨げられてしまい、何一つ俺たちの行動が結果として現れることはなかった。
そんな中でも、リゼの拘束は着実に形を変えていた。今や彼女は大の字になって、操舵輪の前で半ば張り付けのような状態に。そしてその頭の上には――鐘があった。
カーンカンカンカン。鐘の音が、また響く。そして鐘はゆっくりと下へと降り始めていた。
リゼの頭目掛けて。
しかしリゼは狼狽えない。むしろそれを待っていたとばかりにこう叫んだ。
「……来たか。リオ! タカサゴ号! コアマ号! 私から離れろ! 今すぐにだ!」
リゼは俺達ひとりひとりに顔を向け、ニコリと笑った。彼女には何か策があるみたいだった。
俺は頷くと、リゼから目をそらさないように後退した。
「わかった。信じるよ、ライズちゃん!」
「あぁ。――《命が燃えている時》ッ!」
リゼが反撃に動いた時、鐘はもうリゼの頭のすぐ上まで降りてきていた。
そして、炎が噴き上がった。衝撃と熱が襲い来る。
噴き上がった炎はリゼを拘束するケーブルを焼き、その勢いのまま鐘を吹き飛ばす。そして横方向に走った衝撃は容赦なく俺達にまで襲いかかってくる。
堪えるように目を瞑り、爆風に揉まれながらふと思う。リゼは離れろと言ってはいたが、このレベルだと同じ船橋にいる限りたとえ離れたところで全く意味は無いのでは? バンカ海峡での《燃えている太陽と海》といい、リゼの技はこんなんばっかりだ。
とはいえ、あれだけ鐘本体を引き付けた上でのこの威力。流石にクィムガンもタダでは済まないだろう。
そう思いながら再び目を開くと、そこにはケーブルから解放されたリゼが、
青空? ……あぁ、さっきので屋根が吹っ飛んだのか。
そして少しすると空から何かがリゼの隣に落ちてきて、ゴォンと鈍い音を立てた。
リゼは警戒しながらそれに近づくと、それを拾ってゆっくりと持ち上げた。
それは、鐘だった。気を失っているのか、先程までのようにちょこまかと動きはしていないが、それは間違いなくクィムガンの本体ともいえる号鐘そのものだった。
そして最後に、リゼは呟いた。
「漸く、捕まえたぞ」と。