「お前……どうして
サンヂヱゴは一転、目を細めてそう言った。
……あ。やべぇ。原作知識を口に出したら面倒なことになるのはよく考えたらそりゃそうじゃねえか。
「なぜ、お前がゴルフェの事を知っている?」
「……ずっとあの部屋で静かにしてたら、そりゃ廊下の話し声くらい聞こえるさ。新しい代表の噂話なんてそう珍しいものじゃない」
今日の日付と原作での時系列を鑑みるに、ルドルフがタイヨーアライズの代表の座におさまってからの日付は浅い。だからこれで誤魔化せればいいのだが……。
「誰の声で聞いた?」
「それこそ知らないが」
「……まったく。拠点の中での話ではあるから、全体での注意喚起だけで不問としよう」
よし。なんとか誤魔化せたようだ。
「それでお前はゴルフェがどんな理由でアタイの頭を冷やそうとしたのだと聞いた?」
あ、ヤバい。
この質問、どうあがいても! なら、
「そのルドルフの考えに従えばそれは俺を利するようなことだが、詳しく言った方がいいか?」
「……いや、いい。もうアタイには伝わった。それこそ耳にタコができるほどにな」
サンヂヱゴは苦虫を噛み潰したような顔でそう言った。きっとそれは、原作でも描かれていたルドルフの執拗な説得と良心への訴えかけを思い出していたのだろう。
あの原作の中でルドルフらは、憎しみだけを原動力にし続ける今のタイヨーアライズは必ず破綻を迎える日が来ると何度も三始祖に忠告していた。そしてルドルフはその友、サンライズとヴァイオレットと共にタイヨーアライズに尽くしながら蔓延る政府への嫌悪感の払拭に周り、協力の大切さを解き、そして純粋な政府の船であったソヤマとロセマをタイヨーアライズに招いた。ソヤマ達の活躍もあって、現場での憎悪は相当に軽減された。
だが、三始祖を含めた古老はそうではなかった。憎悪のみを原動力にし続けることが好ましくはないことが事実であることは彼女達も頭ではわかってはいたが、過去の仕打ちが焼き付いていた彼女達はそれを取り除くことはできなかった。
そこでよりよいタイヨーアライズのあり方のため、三始祖はタイヨーアライズの執行部から降り、その憎悪を持っていなかったルドルフの功績を称えてその代表に据えたのだ。
これが、原作でのルドルフの活躍だった。
「アタイは……何時になったらお前を、政府を許すことができるんだろうな」
そしてサンヂヱゴは、どこか俺の後ろの遠くを見つめながらそう呟いた。
「コアマ。信じてもらえないかもしれないが、アタイは本当は過去の間柄など全ての清算が終わり、お前とだって他の皆と同じように、ともに笑いあう時が来ればいいと思っている」
「……信じるよ」
だって、知っているから。
原作でのサンヂヱゴは、本当にやさしくて、仲間の幸福を喜び祝福し、仲間の不幸を悲しみ対策をする姿が何度も描写されていた。それを知らなかったなら俺は今の言葉を信じなかったと思う。だけど俺はそれを知っている。だから彼女を信じることができた。
「本当にお前は優しいのだな。アタイも同じように在れたらどれほど良かったか。だがそう在れないからこそ、その優しさがアタイを狂わせるのだ。……コアマ。アタイは今から最悪な事を告げる」
「言ってみな」
「アタイは、……お前が怖い。お前はいつでもアタイを連れ出して水底へ誘うことができる力がある。アタイが過去に政府から受けた仕打ちのように、お前もまたアタイからそうされても許される仕打ちを受けている」
俺の目の前には、一世紀以上にわたって海を
彼女は、復讐の鬼になりきることはできなかったのだ。
「そうするなら、もうとっくにしてるだろ」
「お前は物言わぬ機械だった。アタイの命令をそつなくこなし、余計な事は一切しなかった。感情のないことを利用し、度し難い行いもたくさんさせてきた。だからこそアタイはお前を安心して使役できたのだ。使役し続けることでお前がアタイの完全な支配下にいることを確認し、安心し続けることができたのだ。いや――そうすることでしか、安心を保つことができなかったのだ」
だけど、長年続いたその状況は突如として終わりとなった。
その精神を失ったコアマの体に、どういう訳だか俺が紛れ込んだから。そしてコアマの肉体は言葉と思考、感情――精神を得たんだ。
それを見たサンヂヱゴはどう思っただろうか? 復讐心の裏に隠され、削られ続けた良心。度し難いことをしたという後ろめたさ。それが一気に、津波のように彼女に押し寄せたというのは、想像に難い話じゃない。
「だからアタイは……成田に着き次第、お前をエクスレー41から追放する。お前はもう自由だ、アタイに、タイヨーアライズに縛られることもない。だから」
――いっそアタイを、姉妹の眠る場所へ届けておくれ。
「それはできない。俺にはその復讐に足る記憶がない」
そう断ると、サンヂヱゴは立ち上がって俺の手を掴んだ。
「どうしてだ! アタイのような自らの気持ちを切り替えられぬ罪深き老いぼれなど――」
『Flight 454 to Tokyo/Narita will begin boarding soon. Passengers with small children and those requiring special assistance may board at this time』
そのとき、遅れていた東京・成田行きの搭乗開始を知らせるアナウンスが響いた。
「済まない。本当に済まない」
「話の続きは、成田に着いてからにしよう」
そして俺達が454便の搭乗ゲートへと向かい他のエクスレー41のメンバー達と合流すると、ちょうど飛行機への搭乗がはじまった。
満員近い飛行機の中で、エクスレー41のメンバーは散り散りにアサインされた。俺の隣の席にかけたのも、ロンドンからの飛行機から乗り継いできたという女子大生で、タイヨーアライズの構成員ではなかった。
だけど、だからこそ。俺は成田に着くまでの間、じっくりとサンヂヱゴにかけるべき言葉を探すことができたのだった。
そしてそこで俺は、この世界で俺がやらなければならないことを見つけた。