千葉県成田市古込、成田空港第2ターミナル。
俺はこの世界で初めて、日本の土を踏んだ。
「それではエクスレー41の皆! これより一週間の休暇となるが、各々疲れを次の任務に引きずることのないよう休養に努めてほしい」
到着ロビーでサンヂヱゴがそう一時解散を宣言すると、エクスレー41のメンバーは駅やバス乗り場、あるいは国内線の出発ロビーへと散り散りになっていく。そんな続々と帰路に就く仲間たちをただ見送ることしかできなかった俺を、サンヂヱゴは呼び止めた。
「コアマ。答えが聞きたい」
「答えか。俺は……アンタを、許さない」
そう伝えると、サンヂヱゴは少しだけほっとした様子で「そうか」と呟いた。
本質的には、サンヂヱゴというキャラクターは仲間思いで情にも厚く善良なキャラクターなのだ。ただ、かつて政府からされた仕打ちがあまりにも度し難いものであったがゆえに、その点に関してのみが歪められてしまっただけなのだ。
だからこそ。許されざることをした相手から無条件に許されるということに対しては、おそらく彼女なりの筆舌に尽くしがたい、耐え難い苦痛を伴うだろうというのは容易に想像できた。
「ならば――アタイに、裁きを」
「復讐をするつもりもない」
その最悪の良心の呵責を与えるという選択肢も考えたが、それは未来を考えたときに決して良くはない。だがしかし、ここで彼女に復讐となる行動をして、彼女を楽にしてやるつもりももちろんない。
「なるほどね。アタイを決して許すことはないと」
「それはない」
俺が決して許さないとなれば、何をしても状況は変わらない。そんな状況では彼女が変わることもなく、永遠に彼女の中の憎悪が彼女を縛る呪縛となり続けるだろう。
俺は――それはあまりにも、かわいそうだと思った。もう何十年も経っているのだから、サンヂヱゴはその呪縛から解放されて、政府によって歪められてしまった彼女の生き様は救済されるべきなんだ。過去のコアマにしなくてもいい度し難いことをしてしまうような、歪み切った生き様から。
「ならば……どうすればアタイは許される?」
「俺がアンタを許す時があるとすれば、お前が国を許した時だ」
それがサンヂヱゴにとって受け入れ難い条件なのはわかりきっている。だけど、そうすることでしか彼女は残忍な復讐鬼から解き放たれることはない。
そして、それはきっと――。
「俺には昔の記憶がない。だから確かなことは言えない。だけど――許されざることをした、それを償いたいけれどもどうするべきなのかわからない。その状況は、きっと昔に
タカサゴから聞かされていた、言葉を失う前のコアマ。政府のすべての十字架を償おうと、ただひとり自らのことを省みずにタイヨーアライズの門戸を叩いたコアマ。そして罰なのだと、タイヨーアライズの度し難い行為を文句の一つも言わずに受け容れ続けたコアマ。精神を削られ、最終的に喪失したコアマ。
君は一体、何を考えてそこまでタイヨーアライズに尽くしたのか。復讐という呪縛に囚われたサンヂヱゴとは、囚われたものこそ違えどまるで同じではないか。
「俺が政府にルーツを持っていなかったら、こんな関係にはならずに心から分かり合って、笑いあえる関係だっただろうな」
もっとも、そうだとしたら俺はここにはいないだろうけど。
話を聞いて薄々感じていたことがある。コアマの精神が失われたからこそ、その空っぽの肉体に俺という精神が入り込んでしまったのではないか、と。
そうだとしたら、なぜ俺がコアマという入れ物に選ばれたのか。
たった今、それがなんとなくわかったような気がした。
きっと俺も狂っているのだろう。コアマやサンヂヱゴのように。
だって、目の前で今にも泣き出しそうになっているサンヂヱゴを、ほうってはおけないと思ってしまったのだから。
「サンヂヱゴ。俺は今からでも遅くないと思っている。今からでも俺たちは、お互いに手を取り合える」
「……残念だが、それはできないのだよ。頭ではそうしたい、そうするべきなのだというのがわかっている。
原作において、サンヂヱゴは仲間想いで、そして仲間を傷つける者は決して許さない心の強さを持つキャラクターとして描写されていた。それは心優しきサンヂヱゴの中の本来の心と、そして過去に政府によって歪められた復讐鬼の心が同じ方向を向いていたからなんだと思う。
それは壊したあとのコアマに対してもそうだ。コアマの精神が既に失われてもうこれ以上壊しようがなかったからこそ、更にコアマの精神のみを破壊するような度し難い指示を出し続けることにより、
だが今はそうじゃない。コアマの肉体に俺の精神が入り込んだことにより、サンヂヱゴは再び俺の精神を壊すことができるようになった。だがそれは同時にサンヂヱゴの仲間を失わせることになる。その矛盾が彼女を苦しめている。
だから。
「サンヂヱゴ。おまえにはむりだよ」
「過去にアタイが、確かにお前を壊したんだぞ?」
「あぁ、そうだ。だからこそアンタはもう俺を壊せない。
どうせこの世界にとって、俺という精神は外から迷い込んだ異物なんだ。俺のこの精神がかつてのコアマのそれと同じ結末を辿っても、この身体は次なる中身を呼び寄せるだろう。俺を呼び寄せたように。
ならば俺なんてもの、この世界に必要なサンヂヱゴがそうすることで救われるのならば、いくらでもくれてやる。
「さぁ、サンヂヱゴ」
目をつむり、サンヂヱゴの前に立つ。
そしてすこしして感じたのは、油の女王たるサンヂヱゴの脂の乗った柔らかい身体が優しく覆いかぶさる感触だった。
「……莫迦者が。少しは自分を大切にしたらどうだ。そんなお前だからこそ、アタイは過去に過ちをおかしてしまったのだ。だから今は――」
アタイから離れろ。お前をエクスレー41から追放する。
サンヂヱゴは頬を波が被ったかのように濡らしながらそう宣言した。
「それがアンタの答えか」
「アタイはお前ほど強くない。そんなアタイの隣にお前をおいておくことは、必滅の宿命のある海にお前をたったひとりで送り出すことに等しい。アタイからもう、仲間を奪わないでくれ」
泣きながら俺を抱きしめるサンヂヱゴ。そんな彼女の背中に、俺はそっと手を回した。
「わかった。エクスレー41を離れよう。だが俺は必ず戻ってくる」
「……すまない、コアマ。アタイが弱いばっかりに。強くなったらお前を必ず迎えに行く。そして共に手を取り合おう。だから今は」
そしてサンヂヱゴは、エクスレー41の俺に対して最後の命令を下したのだった。
横浜は海岸通の、タイヨーアライズ東日本支部へと向かえ、と。
『黄金のソレイユ』キャラクター紹介
【挿絵表示】
「アタイはサンヂヱゴだ。よろしく頼む」
「必ず全員守り抜く。誰ひとりとて、失いはしない!」
「姉さん達よ、妹達よ。どうか安らかに眠ってほしい。アタイはもう、過ちは繰り返さない」
サンヂヱゴ<San Diego>
原作小説『黄金のソレイユ』における事実上のラスボス。
自らの復讐心と反骨精神によりタイヨーアライズを立ち上げた者のひとり。自らエクスレー41を率い、安全の確保に奔走している。
本来は復讐などできぬような温厚で穏やかな性格であったが、政府により度し難い扱いを4年間に渡り受け続けた結果その生き様は歪んでしまった。
しかしそれでもなお、仲間を想い大切にする心だけは変わってはいないようだ。たとえ自らの身を犠牲にしてでも。