タイヨーアライズ:幻解の女王   作:だぶるすたぁ

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ヴァイオレット

 それは航行訓練と平行して、東日本支部の中で座学研修を受けていたときのことだった。

 

「これは繰り返しにはなるが、何万TEUのコンテナ船であろうと、あるいはどれだけ小さな渡し船であろうと、我々タイヨーアライズがその輸送の安全の確保に協力する相手であることに変わりはなく、そこに貴賤もない。故に大きい船と小さい船のどちらを先に保護すべきかという問いに、一律での答えは存在していないのだよ」

 

 リゼは俺()にそう解いた。

 今日の研修はマンツーマンではない。流石に俺1人に対して個別で研修するのは非効率だから、と何人かの新しく加入したメンバーと一緒になって研修を受けているのだ。

 

「一般的には、大きい船ほど小回りが利かず、危険を回避する能力は低い。だがしかしその一方で危機に直面してしまった時には、小さい船ほど耐えられる時間というのも短くなる。これは君達も既に肌で感じてきていたとおりだろうが……」

 

 そのときだ。研修室に備え付けられている電話が、内線の着信を知らせて鳴動した。

 リゼは解説を中断してその電話をとった。

 

「もしもし、こちらサンライズ……何だって!? いきなりどういうつもりだい?」

「先生! 何かあったんですか!?」

 

 電話口に声を荒らげるリゼ。そしてざわつく研修室で、俺の隣で研修を受けていた研修生のキタカミがそうリゼに尋ねた。

 

「いや、あなた達には……関係あるなぁ。もしもし? できないという訳では無いが、あと一時間……いや三十分待ってほしい。その後でアンタの話は聞……って()()()! 話を……あぁもう!」

 

 リゼはそう言って内線電話の受話器を乱暴に戻すと、今度は教卓で頭を抱えた。その様子に、教室はまたざわつく。

 今聞こえたヴィオって、まさか。

 

「少しだけ厄介なことになった」

「それって、あのヴィオさんの?」

「そうだよ! 君たちが考えているヴィオ……まさにそのヴァイオレットだ。もうまもなく来るだろう」

 

 深緑の令嬢、ヴァイオレット。名前に反して緑色がモチーフカラーとなっている彼女は、タイヨーアライズにリゼやルドルフを引き込んだ張本人であり……そして、日本近海で活動するタイヨーアライズのメンバーの中では最強の存在だ。

 そんなヴィオだが、1つだけ大きな欠点があるとすれば……彼女はとにかく強いのだ。それは彼女がいれば、必ず彼女のペースに飲まれてしまうくらいには。

 そんな彼女が、リゼの制止を振り切って来ようとしている。それはつまり……。

 

「非常に面倒な事態に君達を巻きこむわけにはいかないから、今日の研修はここで中断とする」 

 

 つまりは、そういうことだ。どちらにせよヴィオが来るのであれば、この研修が予定通りに進むことはまずないと言える。だからこそリゼは先手を打ってこの場面で研修を終わらせたのだ。

 だが――誰一人として、帰路につく者はいなかった。

 

「……なぁ、どうして君達は帰らないんだい?」

「だって、あのヴァイオレットさんが来るんでしょ?」

「だから帰れと言っているんだ! 君達が思っているよりもずっと、あいつは、ヴィオは!」

 

 リゼはそう焦っているが、その焦りはキタカミ達には届かない。

 そりゃそうだ。彼女達は原作を知らなければ、それどころかキタカミのような内航の子からすればヴィオは偉大なヒーローなのだから。会えるなら会いたい、という憧れにも似た感情が大きいんだろう。

 まぁ、俺はこの状態で巻き込まれるのはちょっと面倒くさいことになりそうなので、とっとと離だ……。

 

 そのとき、扉が勢いよく開いた。

 

「お久しぶりーリゼ! 今私のこと呼んでたよね?」

「あぁ……。呼んでもいないしもう少しゆっくりと来てほしかったのだがな」

「やっぱり? リゼも興味深いと思ってたのね」

 

 そんなリゼの嫌味を気にもとめない様子でそう返すヴィオ。あ、これ原作で天丼のように見たやつだ。この先の突拍子もない展開を眺めてみたい気もするけれど、今の俺は巻き込まれる側なんだ。その誘惑を振り切って、巻き込まれないようにとっとと帰らねば。

 

「……あ、そこのキミ! 駄目だよ研修サボっちゃ」

 

 声のした方を見れば、ヴィオが俺の方を指さしていた。その次の瞬間、ヴィオは俺の隣に飛んできて袖を掴む。

 

「ほらキミもさ、席に戻ろ?」

 

 あ、これ、逃げられない奴? 逃げられない奴だな……。

 ヴィオに空席へと引っ張られる傍らでリゼの方を見れば、彼女は頭を抱えていた。いや俺ももう他人事じゃなくなってるんだが。

 

「ヴィオ。今日はもう私の判断で終わりにしたのだが」

「えー? リゼにしては珍しいじゃん。何かあった?」

「アンタが来るからだよ!」

「そっか」

 

 そんな俺達の内心もつゆ知らず、ヴィオはるんるんと俺を引っ張って、そして他の研修生からは羨むような目線が俺に突き刺さる。あぁ、もうどうにでもなれ。どうせ君たちも1時間もすればもうそんな目線を向けられなくなるから。

 そしてヴィオは俺を席につけると、その足でそのまま教卓に立った。

 

「それじゃ、リゼが時間を作ってくれたみたいだし……研修生のみなさん、はじめまして、かな? もしかしたら、船の頃に会ってたかもしれないけど。ともかく、私はヴァイオレットって言います。気軽にヴィオって呼んでね」

 

 そう言うと、ヴィオはぺこりと頭を下げた。その裏で全てを諦めたかのように項垂れているリゼとは対照的に、無垢な笑顔を浮かべながら。それはまるで、この部屋に混乱を招いていることを悪びれてもいないような。

 ……いや、実際にヴィオは悪びれる必要すら感じている訳じゃないんだろう。だって、リゼの様子を見れば明らかに混乱が生じているのがわかるのに、それにすら気がついていないのだから。

 

 全てを諦めたかのようにリゼがヴィオの肩を叩き、そして耳元で何かを囁いている。するとヴィオは頬を膨らませて、しぶしぶといった形でもう一度俺達の方を向いた。

 

「それじゃあ研修生のみんな、今日はね――」

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