ダンジョン・フラグメント   作:トラロック

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オーバーロード
00 神聖喜劇


 剣と魔法の世界より旅立ち幾星霜。

 新たな出会いと未知と――故郷への帰還を夢に抱きつつ。しかし、広大無比な宇宙において旅は不毛と同義。慌てても仕方がない。元より不可能な旅路だ。

 彼らは星々を渡りつつ拠点を拡大させていった。

 生物の住む宙域は宇宙規模からすれば塵に等しく、出会いそのものが低確率だ。

 

 宇宙に出会いを求めるのは無謀。

 

 限りなく(ゼロ)に近いが(ゼロ)ではない。

 途方もない時を過ごして見事に出会いを射止めた例はいくつかある。だが、目的が達成されたわけではない。

 目的は(はな)から夢物語だと割り切っており、絶望する事無く宇宙の生活を満喫していた。

 無ければ作ればいい。自分達の理想郷を。

 新たな開拓地を求めて『地獄の瞳(アイ・オブ・インフェルノ)』、『煉獄の瞳(アイ・オブ・プルガトリオ)』、『天国の瞳(アイ・オブ・パライソ)』の三機構成の宇宙船は生物の住まう星を見つける事になる。

 旅を始めてから少なくとも数十年程度では利かない年月が過ぎていたが彼らにとっては然程の事でもない。

 旅の途中に発見した――出会った物語が始まろうとしているだけ。

 定住地を見つける事も目的の一つではあったが強引に侵略せず。

 今まで必要なものは自ら造ってきた。

 略奪は要らぬ混乱を巻き起こすので彼らは推奨してこなかった。ただし、敵対する相手に容赦する理由は無い。

 数年を掛けて外部調査した後、地上にモンスターが蔓延(はびこ)っている事を確認した彼らは敵性体としての脅威度を見る為に星に向かった。

 この星はモンスターの侵攻によって滅びかけていた。その原因は地上に空いていた大穴にあり、数百、数万以上にのぼるモンスターが這い出していた。

 ある程度の文明を持つ国々も対策に苦慮していた。

 敵は膨大。人類の力はモンスターに劣る。絶望的な状況だが辛うじて生存権は維持できた。

 それは各地に存在する数多の英雄たちの尽力によるもの。けれども、その数は圧倒的に足りない。

 各国は数年から数十年以上の時を掛けて反攻作戦を練り続けていた。

 

(文明圏の干渉を増やさなければ人類は終わりだ)

 

 知的生命体たる現地人(彼ら)に手を差し伸べるのは(やぶさ)かではない。異邦人たる彼らとて黙って見過ごすほど無関心ではない。

 大体的に関われば異邦人の彼らは足止めを食らう事になる。それの是非を判断するには時が必要だった。

 とはいえ、異邦人が何もしなくとも地上の人類は己の力だけで数多の危機を乗り越えていく。

 それからしばらくして――異邦人たる彼らの感覚でも数年から数十年の時の経過は慣れたもの――天より超越者が降臨した。彼らは天に住まう神だった。

 異邦人たる彼らも神の存在には驚いたが害になるのであれば敵と見るだけだ。それまではいつも通り傍観者を徹して調査を続行する。

 神たるものは異邦人の存在にいち早く気づいており、遠くない内に接触を図る事となる。

 それから異邦人と神と人類の三者はゆるやかに接触し、文明を育むこととなる。

 モンスターの襲来から百年ほどが経過した。地上の大穴は神の手を借りた人類によって塞がれ、高い塔が封印代わりに築かれることになった。

 異邦人側は人類より神との交流を深め、規模を縮小した三機の宇宙船を空中都市として進呈した。

 それらは大穴を監視するように配置され、けれども地上の人類に要らぬ不安を与えない程度の距離を放す事によって停滞を許されることになった。

 穴を塞いだといってもモンスターを根絶したわけではなく、今も地下では人類とモンスターとの戦いが継続中だ。

 地上進出したモンスターの中で強大な力を持つ三体がおり、地上世界に破滅を齎していた。これに対して異邦人側は静観していた。

 そして、数百年の時が流れた。

 神と人類が交流を始めて様々な取り決めが成された。その一つが【ファミリア】と呼ばれる共同体だ。

 神が人類に恩恵を与える為に作った規則(ルール)は時代を経る毎に多岐に渡った。

 国家を築いたり商売に専念したり学校を作ったり――

 モンスターと戦いながら神と人類は文明を育むことになった。そして、それらを異邦人は観察し、己の糧としていく。

 

 
 

 

 モンスターが大量に這い出ていた大穴が塞がれた後に都市が出来た。後に迷宮都市『オラリオ』と呼ばれる事になる。

 一見すると平和になったように錯覚する。しかし、三体の強大なモンスターは未だに健在であり、地上の大半が荒れ果てている。

 人類はまだ真の平和を勝ち取っていない。

 数百年もの間、オラリオを取り囲むように浮遊していた都市はそれぞれ【カオス・ファミリア】、【ティアマト・ファミリア】、【ウルスラグナ・ファミリア】が治める事になった。

 地上に降りた異邦人は【トラロック・ファミリア】が作り上げた都市に根付く事になった。位置的にはオラリオの北側、距離的には近郊。

 開発の過程でもう一柱の【ウィツィロポチトリ・ファミリア】と共同で都市造りを(おこな)ったために瓢箪(ひょうたん)型になった。――住宅地と商業地を分けた方が良い、という案を受けてこんな形になったのだとか。

 異邦人が住む方は建設に携わった女神トラロックの要望に従い『月の湖(メストリアパン)』となり、もう片方は『白鷺(アストラン)』と名付けられた。

 異邦人達は【ガイア・ファミリア】の傘下に入り、静かに時を過ごす。そして、地上にモンスターが溢れてから九百年以上が経過した。

 異邦人たちの存在を気にする者は居なくなり、空に浮かぶ三つの空中都市も当たり前のものとして認識され始めた頃、地上では悪が栄え始めた。

 モンスターの脅威は今もあるのだが人々の争いは一向に無くならない。何より神も加担しているので混迷の時代が続いた。

 いつしか地下世界をダンジョンと呼び、大神ゼウスとヘラは勿論。オシリスにオーディン、ポセイドン、アマテラスなどが台頭してきた。

 モンスターを駆逐する為にオラリオの地下に広がるダンジョンを攻略し、地上は別の派閥がモンスターの侵攻を防いでいた。

 

(……千年(ミレニアム)が一つの節目だが……。今度の新天地()随分と長く過ごす事になったものだ)

 

 メストリアパンに住む異邦人達は永住を決めたり、拠点に戻ったり、いつもの日常を送っていた。

 世界が危機に見舞われている事は承知している。それを彼らは自ら率先して解決しようとは思っていない。所詮、余所者だ。でしゃばるべきではない、という意識が強い。

 要望があれば可能な限り助力する。それ自体は(やぶさ)かではない。

 自分達に与えられたメストリアパンも大きくなり、様々な人種を受け入れた事で異邦人という異物の存在が薄まってきた。

 文明観測者という立場がある彼らは混迷に喘ぐ時代であろうとも粛々と仕事に精を出す。

 悪く言えば平々凡々。平坦な暮らしを続けるつまらない人種だ。

 そんな彼らに悪神で名高い神エレボスが接触する。

 

 
 

 

 英雄を切望するエレボスは近い将来、オラリオに侵攻を開始する。その時、異邦人たる君達はどうすると声を掛けてきた。

 正々堂々とした宣言にさしもの異邦人も言葉を失ったようだ。――あるいは呆れて言葉が出ないだけかもしれない。

 どうするもなにも異邦人とはいえ端末の一部でしかない彼らに答えられるのはただ一つ。

 今まで通り粛々と暮らすだけだ。

 異邦人の上位者は今もって星に降り立っていない。地上に居るのは観測班のような者達だけだ。

 千年近い時をかけているのだから寿命で死んでいそうだが、実際にはそうなっていない。

 

「我々は君達の文明を観測し、学ぶ。希少な鉱石や生物標本を持ち帰る以上の事は命令されていない。あくまで君達の暮らしに支障が出ない程度だが……」

「……神々すら手玉に取るような相手なのに随分とのんびりしているね」

 

 つまらなそうにエレボスは言った。

 実際、面白みがない事は何百年も前から知っている。

 異邦人たる彼らは目立った行動をとったことが無い。それが数十年であれば警戒もしたが五百年以上も経って何も無いのであれば千年経っても同じではないかと神々の中では諦めに似た結論が出始めていた。

 侵略者でも虐殺者でもなく、地元に溶け込む以上の不可解な行動は認められていない。

 

「現地の文明を育むのはこの地に住む者達の役目だ。我々が手を出して発展させるのは本末転倒と言える」

「……確かに」

 

 異邦人の文明は現地よりも高度である事は空中都市を見れば明らかだ。今の人類、というか魔石技術を使ったとしても再現できるか分からない。

 蛇足だが異邦人とて死ぬ。不老不死の(たぐい)ではない。

 それと異邦人は地上に対して何ら圧力をかけていない。何人か殺されたりした歴史こそあるが大々的に警告を発した事は無い。

 空中都市は神々が交渉して手に入れた事になっており、民間の手に渡った事実は無い。

 神に匹敵する変わらぬ文化を持つ異邦人だがしばらくして変化があった。もうじき千年の節目に突入する為かと勘繰られたようだ。

 既にいくつかの【ファミリア】に所属し、恩恵を得ている異邦人が何人か居たが本格的に冒険者になろうとする者が現れたのはごく最近の事だ。

 

「なるのは構わないが……。急にどうした?」

「我々異邦人がこの地に降り立ってもうすぐ千年。自由意思に基づいて我々も皆と共に歩もうと思いまして」

 

 古参の異邦人の一人が厄介になっている神にそう言った。

 侵略者と見做されない限りにおいて現地人と共に冒険する事を許可する、と天上人からお達しが来たらしい。その天上人というのが異邦人の親玉であり、神々もまだ全貌を把握できていない謎の人物となっている。――いや、人類であるかどうかさえ怪しい。

 大穴を塞いでから九九〇と余年。時代の鳴動が激しくなってきた。

 

 
 

 

 神々の警戒を他所に日常的には些細な変化だけ。

 観測者が冒険を始めた。知らぬ者からすれば特段、驚くほどの情報ではない。それに異邦人が冒険を始めたからと言って日常が急に変わったりはしない。

 変わる、変えるとすれば悪神だ。

 ごく最近の出来事で言えばゼウスとヘラの最強【ファミリア】が『三大冒険者依頼(クエスト)』の最後の一つ『隻眼の黒竜』の討伐に失敗し、多くの団員を失う事態となり、その隙を突かれて失脚した。

 その重大事件を皮切りに煮え切らない世界の危機に業を煮やした一部の神々は強硬手段に訴え始める。それが後にオラリオに災厄を招き、暗黒時代と呼ばれるようになる。

 数年にも及ぶ下準備の最中、邪神筆頭の神エレボスは朽ち果てた教会にて異邦人と邂逅する。

 彼は先日、解散の憂き目にあった二大派閥【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】の生き残りに声をかけ、同行を願った。

 一方は男性で重厚な鎧を身にまとうザルド。

 もう片方は薄いベールで頭を覆うドレス姿の女性アルフィア。

 二人は悪神の誘いに乗ったわけだが(そそのか)されたわけではない。失いようがない立場に立たされたからこそエレボスの言葉に耳を傾けた。

 

(……よりによってこの教会を秘密の会合に選ぶとは)

 

 アルフィアは嘆息した。

 手入れが行き届いていないとはいえ彼女の取っては思い出深い場所である。

 今は無き妹と過ごした――

 

「……さて、改めて話し合いといこうか」

 

 黒髪の美青年の姿のエレボスは今回呼びつけた異邦人に向かって務めて明るく語り掛ける。

 彼らは都合が付けば呼びつけられる。けれども仕事となると淡白で半分以上は断られる。元より悪だくみに関して受け入れてもらえない。

 かといって誰かに密告するような事も無く、大抵は解散しても追手がかからないし噂話にも上らない。

 

「この混迷の時代にあって人々は英雄を求めている。待っていてもそれは現れない。であれば自分達で作ればいい。……とまあ、簡単に言えばそういうことだ」

「……我々の行動理念からすれば受け入れがたい内容」

 

 淡々とした言葉で異邦人は言った。

 どことなく人間味が無いのは変わらないようだ、とエレボスは少しだけ失望した。

 多くの異邦人がそもそも淡白ではあるが、何かの目的があって行動している事は分かっている。目的(それ)以外に関して全く関心を持たない所とか。

 時代を経て、彼らにも変化が生まれて冒険者になったりしているようだが――

 

「これから起きる事に関して邪魔をするな、というのが無難だろうか。協力してほしいのが本音だが……」

「……都市を混乱に陥れる手伝いは出来ない。……それは文明の破壊に繋がる」

 

 当然の答えにエレボスは頷く。

 話している異邦人の後方にもう一人人物が居るのだが、その者が一歩前に出た。

 極東の巫女服に似た服装だが黒く、所々鎧が使われていた。

 表情は冷淡で下等生物を見る様な目でエレボス達を見据えていた。

 エレボスに相対しているのは迷彩柄の服装を着ており、赤金(ストロベリーブロンド)の長い髪の少女然とした女性で眼帯を付けていた。

 

「こちらとしては何もしないでほしいならそうしますが……。対価が必要です。我々と交渉するならば……」

「払える金額であれば払おう」

 

 そうエレボスが言うと黒髪の女性がアルフィア達を指差した。

 二人を寄こせ、というのであれば無理だぞ、と()()言った。

 交渉において異邦人はそれほど法外な要望を出したことは無い。エレボスの知る限り、真っ当な額に収まっていた筈だ。

 

「二人の身体を戴きましょう。命を取るという意味ではありません。聞けば二人共レベル(セブン)の冒険者だそうですね」

 

 目蓋を閉じた(かんばせ)の灰髪のアルフィアはあからさまに不満を示した。

 金銭ではなく肉体。その対価はエレボスも驚いたものだ。

 神の世界に(ことわり)があるように異邦人にも独自の(ことわり)がある。その一端を示しただけだ。

 

「もし、あなた方の計画において命を落とすような場合は回収させていただく。それには神々に妨害されたくはありません」

「……その口ぶりだと……、いや、まさかな」

(命を操作できるというのか?)

(俺達の計画で二人が死んだら身体を貰うってことか? 死体を弄ぶ趣味があったとは驚きだ。……そんなわけないと思うが)

「名のある冒険者をみすみす死なせるのは惜しいと言われてまして。可能であれば回収したいと仰せです。……もし、世の中に絶望していなければ……別の道があったかもしれない。それを示す方法……きっかけを与えるくらいは出来ると思います」

 

 絶望を味わったからこそ悪神(エレボス)の誘いに乗った。つまり彼女達は希望を見せるから異邦人側に来い、と言っているのかと眉根を寄せながらアルフィアは彼女達を睨む。

 第一級冒険者として活躍し、あえなく敗退に追いやられ余命も僅か、という。そんな状態で希望も何もあるものか、と怒鳴りたい気持ちを押し殺す。

 ザルドも似たような心境だったが腕組したまま事態の推移を見守った。

 

 
 

 

 異邦人の交渉は神エレボスにとっても未知の内容が多かった。

 まずは忘れないうちにと要点だけ先に決める。

 異邦人側の干渉を防止する。それ自体は了承が得られた。問題はアルフィア達の処遇だ。

 計画が始まれば二人はおそらく死ぬ。延命したとしても僅かな期間だ。

 

「塵も残らないような状態になるのであれば今ここである程度の肉片を回収した方が得策かもしれません」

「……う~ん」

 

 エレボスは苦笑しながら後方に控えるアルフィア達に顔を向けると今にも殴り掛かりそうなほど機嫌が悪くなっていた。

 それと彼女達の言葉が抑揚が無く棒読みに聞こえるので余計に癇に障っているようだ。エレボスも隙があれば少女然とした交渉相手を殴っていたかもしれない。

 

「お前達は兵隊が欲しいのか?」

 

 異邦人が軍備などを増強しているという噂は聞かない。元より彼らが事を起こしたとされるような争いごとは神々でも聞いた事がない。仮にあったとしてもモンスター討伐くらいだ。

 日和見の彼らでも襲い来るモンスターに対しては武器を振るう。全くの棒立ちというわけではないし、無抵抗主義者でもない。

 

「誰でもいいわけではありません。……ただ、レベル7だからという理由があるのかもしれませんが……」

お前達(異邦人)は昔から訳が分からん」

 

 鼻息を荒くしながらアルフィアは憤慨する。

 異邦人と言えど見た目は一般人と大差なく、特徴と呼べる者はおそらく――他の者より覇気がない。またはやる気が感じられないような態度だ。

 全くの無気力というわけではないが、どことなく怪しく胡散臭い。

 

「我々が欲するは文明。そこに生きる人々も然り。……個人的にはどうでもよいのですが、御方(おんかた)のご命令なので」

「……大丈夫。……それほど痛い思いはさせない」

「対価を戴けるならば我らは約束の順守を神にも誓います。そうでなければご縁が無かった、ということで失礼致します」

 

 エレボスの計画には異邦人の参戦は(すこぶ)る都合が悪い。今は冒険者としても活動を始めている。何で彼らの不況を買い、どんな事が起きるのか神々でもまだ全然分かっていない。

 一応、アルフィア達に顔を向けるが機嫌は悪いまま。(むし)ろ、悪態をつかないだけましだ。

 地上に降りた神は『神の力(アルカナム)』を封印し、只人となる。神とて規則を破れば天界に送還される。その上で異邦人の能力は未だに未知であった。

 ちなみに対価についてアルフィア以外の全ての冒険者が対象か尋ねると、現時点ではこの場の二人だけと答えた。

 

「あまりに人数が多ければ現地の人間と神々に忌避されてしまいます。交渉に応じた相手のみとさせて頂いております」

 

 丁寧な言葉使いだが内容が不穏。

 だが――エレボス的には面白い。

 これから大きな悪を成そうとする自分には――自分達にはこのくらいの難事が立ちはだかってもいいではないか、と。

 気掛かりなのは今まで正体不明であった異邦人の目的だ。選択を誤れば神すら危うくなるのでは、と実のところ冷や汗が止まらない。しかし、それは杞憂に終わる。

 今も昔も彼ら、異邦人の存在理由は変わらない。遥か昔から繰り返されてきた歴史がそれを物語っているかのように。

 

 文明観測者。

 

 神のようで神でなく、人類ともまた違う存在。

 悪い言い方では酷く人工的。だが、それは無理からぬこと。

 神とも人類とも違う第三勢力の在り(よう)()()()()()()として受け入れるしかない。

 

(……神としても受け入れがたい相手。悪としては利用しない手はないんだけど……)

 

 地上に住まう人類を愛するエレボスの立場としては実に悩ましい。

 悪を気取る神にも大切なものが存在する。それを交渉材料として安易に差し出すのは――

 どんな方法とて異邦人の干渉はやはり不味い。彼女達にどれほどの権限があるかは分からないが内容次第ではアルフィア達に折れてもらうしかない。少なくとも命を奪う気が無いのは確かなようだ。

 ということで権限について尋ねれば人の争いに過度に干渉する気は元々なく、粛々と避難行動に出ると答えた。

 もっとも空中都市にまで波及すれば異邦人とて動かざるを得ない、という回答を得て少し安心した。――あと、意外と答えてくれることに驚いた。

 それから細々とした質問を繰り返し、アルフィア達――彼女(アルフィア)の機嫌が治まってきた頃に本題に戻ることにした。つもり肉片がどうたら、というものだ。具体的に何をするのか、実のところ気になっていた。

 

「肉体再生には()()()()よりあった方が都合が良いだけです。遠く離れた地で対象の人物を復活させるというのは我々でも手間……難しいと言わざるを得ません」

(死者蘇生の(すべ)があるのか。神々の知るものはどれも(おぞ)ましいものだが……)

 

 色々と話しが出てきたがアルフィア達が反応するのは己の病の克服について。

 先天的な病を持つアルフィアと後天的なザルドは今もって癒せない宿痾が存在していた。それにょって冒険者家業を引退し、隠居していた。今はエレボスの甘言に乗る形で冒険者として舞い戻った。

 とはいえ、切望するほど困っているわけではなく英雄を生み出すならば自分達の命くらい捧げる気でいた。

 

「私達の病を癒すすべがお前達にはあると?」

「それは調査しなければ分かりません。こちらにはこちらの都合があり、その目的に合致したからこそお声掛けに応じたまで……」

(……もし、我が病を克服する事が出来れば……。……どの道、世界には英雄が必要だ。健康になるとか最早どうでもいい……筈だ)

(決断が揺らぐのは確かだな。俺はまだ美味い飯が食べたい。喰い足りぬ、が……。いかんな、この希望は毒だ)

 

 二人は長考に入り、場は静寂に包まれる。

 エレボスから見てアルフィア達が迷っている事は理解できた。であれば、もはや結論が出たも同然だ。

 何より彼らはまだ若い。人の世から見ても。

 

「……私達を死なせるのは(しの)びないと言うならば……、提案を受け入れた方が良いのだろうな」

「我々は御方のご命令に沿ったまで。あなた方の生死に興味はありません」

 

 そう黒い巫女服の女性が言うと眼帯の少女が彼女の脛部分を蹴った。そして、改めて関心はありますと言い直させた。

 ザルドはともかくアルフィアには切望している事柄がいくつかあり、それらを思うと気持ちが揺らぐ。

 生まれ落ちてまだ二〇歳と少しの彼女は人生の岐路に立つのが早すぎた。それゆえに達観した死生観を()()()()()()()

 

「私達は命が惜しいわけじゃない。……だが、お前達の提案には魅力を感じる。出来る事ならば……乗ってもいいとさえ」

 

 アルフィアの苦渋に満ちた顔での言葉にザルドも頷きで同意を示す。

 気掛かりだった肉片云々の問題は秘匿事項なのでエレボスには退出願いたいと言ってきた。

 神の場合は命に関わる怪我を負うと天界に送還される恐れがある為、試す事すらできない。

 一応、交わせる約束事を早々に終わらせ、不本意ながらもエレボスは教会の地下に引っ込むことにした。本音としてはとても興味があるのだが、今後の活動を思えば引き際は今くらいか、と。

 そうでなければ異邦人側が難癖をつけるか、活動に支障が出るおそれがある。――念のために尋ねると蘇生の(すべ)は簡単ではなく対価がどうしても必要で、それを簡単に用意する事は異邦人側でも難しい、という説明を受けた。

 長い長考の末に悪魔の契約が成されることになる。そして――しばしの時が流れ迷宮都市オラリオは暗黒時代に突入する事となった。

 これは災厄に備える物語ではない。

 これは英雄を生み出す物語ではない。

 これは新時代の幕開けですらない。

 これは人類と神と異邦の三相が織りなす美しき物語、でもなく。寄り道に起こった出来事を紡ぐだけの『記録(クロニクル)』――

 

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