ダンジョン・フラグメント   作:トラロック

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09 洗濯魔法

 闇妖精(ダークエルフ)の男の娘ことマーレ・ベロ・フィオーレを介して位階魔法を取得して二年ほど過ぎた。

 ダンジョン探索と並行し、己が得た能力の使い道をそれぞれ模索する。

 女性だけで構成された【アストレア・ファミリア】は『迷宮都市(オラリオ)』の中で更なる知名度を上げていた。

 団長アリーゼ・ローヴェルは炎を主体とする人間(ヒューマン)にありながら結構なはた迷惑な(トラブルメーカー)でもある。

 正義の使徒を標榜するも実のところ皆で楽しくダンジョン人生(ライフ)を送りましょう、というのが本音かもしれない。

 

「今日も今日とて私達のところに魔法の秘密を聞きたがる(やから)が増えている件について」

「……自明の理ってやつだと思うぞ」

 

 自分達でさえそうだったのだから何をいまさら、と桃色髪の小人族(パルゥム)ライラは疲れ気味に答えた。

 地上ではそれほど危機に来る者は居ないがダンジョン内では柄の良くない冒険者にネチネチと聞かれるようになった。

 マーレはそれほど情報を広げていないようで、意外というか驚いた。

 異邦人がこの地に降り立って千年ほど経つというが、彼らの情報は実のところ殆どない。

 彼女達の主神アストレアも能力までは把握していなかった。

 

「魔法を教えるよ、と言われても実際にはただの勉強会だったし。『神の血(イコル)』のようなものを貰った気もしない」

 

 彼女達が覚えているのは椅子に座って質疑応答したくらいだ。

 それだけで位階魔法が使えるというのはおかしい。何らかの秘密があるのだろうけれど、それが簡単にわかるようなら冒険者達にもっと位階魔法が広まっていてもおかしくない。

 自分達が今、広めようとしている気もするが取得方法までは知らないので聞かれてもどうしようもないのが本音だ。――マーレに聞け、とも言えないし。

 

「戦略の幅が広がっても私達のレベルは増えてないけどね」

「……深層に挑むには丁度いいのかも」

 

 攻略階層を増やす事も彼女達に課せられた使命だ。これは主にギルド側の依頼になる。

 暗黒期を乗り越えて機は熟した、と言わんばかりの調子にアリーゼは団員達に

 命令する。

 

 目標、四〇階層。

 

 ついでに【経験値(エクセリア)】も稼ぐわよ、と言い放つ。

 深層攻略には大抵他派閥の協力を得るか、大勢の団員を引き連れる。しかし、【アストレア・ファミリア】は単体で挑むつもりだった。

 実際、階層主(モンスター・レックス)を除けば二七階層までなら行ける自信と実績があった。

 物資の調達を終えてダンジョンに潜り、一八階層の安全地帯(セーフティ・エリア)まで難なく到達した時、他派閥に声を掛けられた。

 敵対していないが来ることは予想されていた。

 その派閥は【ロキ・ファミリア】という。

 

 
 

 

 マーレは今回の探索に連れてこなかった。というより別口の依頼を受けていたようで、頼むことが出来なかった。

 彼とて【アストレア・ファミリア】専属の荷物持ち(サポーター)というわけではなく、他の冒険者の依頼を受けてもおかしくない。

 居れば戦力としては申し分ないが頼り過ぎるのも不味い予感がした。

 不安要素を抱えつつ現在、【ロキ・ファミリア】の拠点にあるテントにアリーゼと――極東からやってきた人間(ヒューマン)の少女にして副団長――ゴジョウノ・輝夜(かぐや)は招かれた。

 テントは二〇人規模が寝泊まりできる程広く大きかった。これだけの施設を持ち込めるのはたくさんの団員を擁する【ファミリア】ならではといえる。

 対する【アストレア・ファミリア】はこじんまりとしていた。一応、マーレから色々便利な魔法道具(マジックアイテム)を貰ったけれど、まだまだ使いこなせていない。

 

「こちらの要望に応えてくれて感謝するよ」

 

 人当たりのよさそうな挨拶をするのは【ロキ・ファミリア】の団長で小人族(パルゥム)の男性フィン・ディムナ。

 先の大戦では共同戦線を張った戦友でもある。

 彼の側には副団長にして王族(ハイエルフ)のリヴェリア・リヨス・アールヴとドワーフのガレス・ランドロックの姿もあった。

 

「それで要件っていうのは深層の攻略に関して? それともお尋ね者かしら?」

「後者については無きにしも非ずだけど……。本命は魔法についての情報かな?」

 

 フィンは苦笑してリヴェリアに顔を向ける。

 魔法職以外でアリーゼ達に用がある場合は大抵、護衛かお尋ね者の捕縛だ。

 一線級の冒険者を擁する【ファミリア】が下位の派閥に助力を求める事は稀である。

 

「タダで、とは言わん。言える範囲で構わない」

「そう言われましても。私らが得た力はそれなりの代償を支払いましたので」

 

 輝夜は鼻を鳴らしつつリヴェリアに答えた。

 もし、彼女が森妖精(エルフ)であれば跪いて何でも答えたかもしれない。それだけ王族(ハイエルフ)という存在は特別だからだ。

 かといって幾許かの資金を提供されたからといって、おいそれと秘密を暴露する程、彼女の口は軽くない。

 

(……【ロキ・ファミリア】が聞くってことは信用されていないか、マーレが意図的に避けていたか……)

 

 自分達は魔法を取得してから二年ほど過ぎた。その間、大手も情報集めくらいしていると思ったが、と輝夜は小首をかしげる。

 結構目立つ事をしていた筈なのにマーレについてあまり話題に上らない。

 ギルドで依頼すれば結構な頻度で受けてくれるはずなのに、と。

 

「私達より口の軽そうな奴に聞けばいいのでは?」

「……分かっている範囲が【アストレア・ファミリア】だけだ」

「そんなバカな」

 

 と、輝夜は思わず言ってしまった。

 【ロキ・ファミリア】の情報収集をもってしてもそれだけとは思えなかったからだ。

 多彩な魔法を扱う者がもう一人居る事を思い出す。先日も挑んで返り討ちになった相手がそうだ。

 その人物は大振りな武器を持っていたが一撃が重く、簡単にあしらわれてしまった。

 かつて相対したレベル(セブン)を彷彿とさせる。

 

 
 

 

 魔法についての情報に関して厳密な箝口令を敷かれているわけではないが、あまり情報を出すのも信用にかかわるので控えさせて頂きたいと無理矢理な言い分で断った。それでも食いつくようなら、リヴェリアに一人で【アストレア・ファミリア】の野営地に来るよう言いつけた。

 他の話題はいつも通りの社交辞令で終わった。

 【アストレア・ファミリア】としてもマーレについて他言無用とまでは言わないが、断りも無く触れ回るのは不味い気がしたので、最低限のヒントならば、とそれぞれ結論を出す。

 最近元気になってきたばかりの末っ子リュー・リオンは顔を青くしていた。

 リヴェリアの希望ならば森妖精(エルフ)としては一も二も無く叶えてやりたい。だが、マーレの対価を考えると素直なに頷けない。まして近づけたいとも思わない。

 邪悪で(おぞ)ましい。それが彼に対する今のリューの感想であった。

 そして、案の定リヴェリアは単身【アストレア・ファミリア】の野営地に()()()()()()

 同じ森妖精(エルフ)であるセルティ・スロアはリューとは違い苦笑を浮かべていた。年長者としての余裕か、幾分か気持ち的にもリューより落ち着いていた。

 

(……来ちゃった)

 

 そう思いつつ胸に手を当て、王族(ハイエルフ)に簡単な挨拶をする。

 リューは土下座だった。あろうことか、団長が口を開く前にお帰り下さい、と強めに言い放つ。

 気持ちは分からないでもない、と察した団員数名によって現場から持ち去られていった。

 

「……うちの末っ子の忠告を無視すると後悔するぜ。アタシ達は欲望の塊だから平気だけど」

「……いやいや、結構葛藤したわよ」

「よく分からないが、余程の事があったのだな」

 

 緑色の長い髪の毛を軽く()きながら冷たい水を戴く。

 混じり気のない飲み物は魔法道具(マジックアイテム)で出したもの、と説明する。

 マーレの説明によれば比較的安価なものだという。一定量しか出ず、時間経過で出した水は消滅する。何らかの事情で出しっぱなしにしても水没するような事態は起きない、と。

 しかもこれらは条件次第で製作が可能ということも。

 

「私達は自己責任で魔法を得たわ。一蓮托生というわけじゃないけれど、みんな興味があったのよ。でも、リヴェリアは個人の興味からだと思うけれど……。合っているかしら?」

「……ああ」

 

 片目を瞑りながら了承した。

 この仕草は癖の様な物だ。

 

「魔法が見たい、だけなら見せられない事も無いけれど……。習得したい場合は……、多くの森妖精(エルフ)を巻き添えにすると思うわ。さっきのリオンの反応みたいになるけれど……」

「……多くの森妖精(エルフ)

「決めるのは私でもリオンでもないわ」

 

 リヴェリアは由緒正しい王族(ハイエルフ)であり、多くの森妖精(エルフ)達にとっての象徴でもある。

 敵味方問わず、同胞である森妖精(エルフ)から崇められ、本人はそれが少し煩わしく感じられた。

 もし、リヴェリアに万が一のことがあればリューのみならず多くの同胞が悲しみに暮れる。これは決して誇張ではない。

 下手をすれば迷宮都市(オラリオ)中の森妖精(エルフ)がマーレを襲撃してもおかしくない。

 

 
 

 

 自己判断に委ねるしかない、と前置きしつつアリーゼ達はマーレと魔法と対価について簡単にだが説明した。

 大勢だと【アストレア・ファミリア】全体が巻き込まれそうなので交渉は少数、または個人で行った方がいいと勧めた。これはリューの様子から判断した。

 対価の段でリヴェリアは顔を青くしながら口元を押さえていたが話しを中断させる事は無かった。

 大勢に触れ回るのはアリーゼの予感的にも良くないと思ったので、何があってもマーレを襲わないと約束してほしい旨は伝えた。

 

「……う~ん」

 

 何らかの魔法道具(マジックアイテム)魔導書(グリモア)に類するものと思っていたが、(おぞ)ましさだけが残った。

 取得するかは確かに自己判断だが魔法の魅力を考えれば致し方ない事も理解できる。

 五億ヴァリスについても払えない事は無いが単なる金銭で終わるとは思えなかった。

 リューの土下座を思い出すと安易にマーレなる闇妖精(ダークエルフ)に依頼するのは危険だと()()()()理解できた。

 それらを踏まえた上でリヴェリアは未知の魔法について諦める、という選択は出来なかった。

 冒険者となって二〇余年。未だ力を欲する欲望は(かわ)いていない。

 

(強大な魔法を即座に得られるわけではないようだが、それでも様々な分野に使えそうな……。あまり魔法に頼り過ぎるのも良くないが……)

 

 通常魔法は一つでも発現させられれば運が良い方だ。

 森妖精(エルフ)はその中でも発現しやすい種族と言われ、三つの空き領域(スロット)を埋めやすい。

 リヴェリアも既に三つの魔法で埋まっているので新たな魔法を発現させる事は出来ない。

 その代わり、段階を踏むことで疑似的に九つの魔法を扱えることから【九魔姫(ナイン・ヘル)】という『二つ名』を戴いた。

 

(……もし、欲をかいた者がマーレなる冒険者を求めたら……。オラリオは大混乱するかもな。暗黒期の戦いでは見られなかったが……。もし、そうでなければもっと苦境に立たされていた可能性も……)

 

 アリーゼ達が魔法を取得した事について、あまり心配はしていなかった。問題は今の自分のように興味を持って聞きにいく(やから)が出ないとも限らないし、箝口令を敷く事も難しい。現に自分が興味を抱いて近づいてしまった。

 ある程度の話しを聞き終えて【ロキ・ファミリア】の拠点に戻ったリヴェリアはずっと唸っていた。

 

「その様子だと聞いては不味い情報があったようだね」

「……そうかもしれない。迂闊に喋って良い気がしないな、これは」

 

 葛藤している所から魅力は感じているが後が怖いと言った様子だ。

 フィンは無理に聞き出そうとせず見守ることにした。(もっと)も、戦闘に支障があるならば団長権限として聞きださないわけには行かない。

 彼の得た情報に数多(あまた)の魔法を扱う者は二名。これが多いか少ないかで言えば少ないと答える。ただ、これに【アストレア・ファミリア】が加わってしまった。だが、それでもまだ少ない。

 思い切りが良い少女達だったから、そうなったと言えなくはないが、とフィンは思索を巡らせる。

 対価は法外な金銭と予想としても弱みに付け込んでいるようではない。またはそう見せ掛けているだけとも――

 

「君の冒険の邪魔をする気は無いけれど戦闘ではしっかりしてほしい」

「……ああ」

「……そんなに悩む事ならもう一度聞きに行けばいい。対価が必要だと言うなら交渉だけでもしてみればどうかな?」

 

 そりが合わなければ拒否すればいい。――それには相手側が強引な手段を取らない事が条件となる。

 アリーゼの様子からも無理矢理魔法を押し付けられたわけではないようだ。

 王族(ハイエルフ)のリヴェリアからすれば安易な選択は取れなさそうだが。

 

 
 

 

 リヴェリアと別れた【アストレア・ファミリア】は予定通り下層から深層域を目指した。合間に採集物を回収したり襲い来るモンスターを討伐したり、冒険者としての勘を取り戻していく。

 元気をなくしていたリューも戦闘時はきちんと身体を動かしたり、新たに得た魔法の試し打ちも(おこな)った。

 比較的楽に三三階層にまで降りて休憩に入る。

 

「手数が多くなったせいか、精神力(マインド)の減りが早く感じるわ」

「当たり前だろ。魔法をバンバン使ってんだから」

 

 便利であるが使い過ぎなところが今後の課題だ。特に下に行けば行く程適度な休憩は必須。

 怪我を治す回復薬(ポーション)があるように精神力(マインド)を回復させるアイテムが存在する。それを多数用意すれば解決するのだが零細【ファミリア】にとっては痛い出費となる。

 節約するには休憩し、瞑想するのが一番であり安上がりな方法だ。

 

「こうなってくると欲しくなるわね、『転移(テレポーテーション)』」

「使うにはレベル(ファイブ)相当って言ってたよな」

 

 魔力系第五位階の魔法で説明だけは聞いた。

 上位魔法の詳細は公開しても良いものだけ聞く事が出来た。これらを低レベル帯で使う方法があるにはあるそうだが、どんな代償を払わさられるか怖くて聞けなかった。――既に魔法取得の対価で全員が及び腰になっていたので。

 ついでに死者を蘇らせるという『死者蘇生(レイズ・デッド)』についても――内容的には博打(ばくち)になるらしく――参考程度に教えてもらえた。

 

(取得数を増やすには『能力値(アビリティ)』を増やすしかない)

 

 『昇格(ランクアップ)』の条件の一つに『能力値(アビリティ)』が五〇〇に達していること、というものがある。

 レベルだけ増えても『能力値(アビリティ)』が低ければ習得数を増やす事は出来ない。

 この辺りで個人差が出てしまうそうだ。

 かといって評価(九〇〇)まで上げるのも大変だ。

 

「便利で有用なものは位階も高い。……道理ね」

「それと便利な魔法道具(マジックアイテム)

 

 魔法と違って適正金額を払えば売ってもらえる。これには物騒な対価は必要無いらしい。巻物(スクロール)などはお試し品として無料だったけれど、金額的には可もなく不可もなく――

 それと魔法の(ことわり)が違うようなので正式な販売については保留にされており、他の冒険者に広める事は差し控えてほしいと言われた。ただ、見せる分には構わない、と。

 

「……リオンの口数がすっかり減ったわね」

「……色んなことがあり過ぎて整理がつかないだけです」

 

 焚火を見つめたままリューは小声で言った。

 仲間達の話しは耳に入っている。自身も魔法を取得したので今更文句を言おうとは思わない。けれども、何かが納得できない。

 簡単に人に力を与える存在を認めていいものか、とか。自問自答が続く。

 

「考えるのは良いけれど、私達の窮地に足がすくむ、ということがないようにね」

「……はい」

 

 きちんと返事をしただけ良しとするか、とアリーゼは思い食事手を付ける。

 これから更なる下層を目指すか、地上に帰還するか改めて考えることにした。

 

 
 

 

 雑念に囚われつつもリューはレベル(フォー)としての力を十全に発揮出来るよう邁進し続けた。

 仲間達は見た目には気楽そうだが、それぞれやはり葛藤があり、魔法について独自に考察していた。

 輝夜は魔法とは別に技術のスキルとも言うべき技を持っており、いつもとは違う動きでモンスターを切り伏せていた。

 マーレの(げん)によれば『武技(ぶぎ)』という。

 この武技はいくつかの流派があり、魔法のように一つの技につき『集中力』が消費される。

 この集中力は従来の【ステイタス】には反映されておらず、何が減ったのか分かりにくい。

 魔法であれば術者レベル。武技は専用の職業(クラス)レベルが関係していると言われる。そして、輝夜は位階で例えれば四に相当する技が扱える。――最大は十。

 

「位階魔法と同じく地味だが扱いやすい。……必殺かと言われれば疑問を覚える」

 

 モンスターの一匹を武技を使いながら切り伏せた輝夜の感想だ。

 自分の流派と混ぜる分、まだ動きがぎこちないが戦略の幅が増えた事に満足している。

 特に『能力向上』という武技は力業によく適している。

 

(……そして、魔法の上乗せも可能になった)

 

 魔法を併用する事で精神力(マインド)の消費を意識しなければならないが乱用しなければ通常戦闘の邪魔にはならないと予想する。

 仮にモンスターが一度に百匹も襲い掛かってこない限り。

 久しぶりの深層攻略なので一度に潜らず、上がったり下がったりしながら採集物を回収していく。

 これから何度も挑む事になるので無理なく貯蓄を増やすところから始める。

 それから数か月ほど過ぎた頃、リューは単身十八階層に潜った。自己鍛練の名目で。

 地上は何かと他人の目があって動きにくく、緊張感こそあるが鍛練するには打って付けなのがダンジョンだ。

 

(……『神の血(イコル)』と魔法の取得。方法こそ違えど超常の力だ。森妖精(エルフ)は種族的に発現しやすいとしても……)

 

 大木刀を振りながら雑念に囚われる。

 使い手次第なのは重々承知しているが、対価の事を思うと納得できない気持ちになる。

 マーレに千切られた腕に顔を向ける。今は再生しているが、これは接合ではなく再生だ。それも未知の魔法によって。

 奪われた腕が今どうなっているのか思えと吐き気と寒気が同時に襲う。

 他人の腕を接合したわけではないが、不安が疑似的な痛みとして感じる。

 

(時間もだいぶ経ち、私の血肉と化している腕はもう返せない。では、従来の魔法だったらいいのか、という問題が残る)

 

 方法こそ違うが内容はどちらも一緒。きっとそういう結論に至る。

 自身の怒りは世の(ことわり)にまで増大し、はっきりと憎悪だと認識している。

 正義の使徒が怒りに染まっている。

 元より自分に正義を語る資格はない。ただの私怨だ。この先、復讐者になるかもしれない。

 

 世を憂いる復讐者。

 

 正義の前に浅ましい冒険者リュー・リオンが自分だ。

 その事実から目を背けてはいけない、と自身に言い聞かせる。

 

「……あー、()()()さん」

 

 物思いに耽っていると子供の声が横長の耳に届いた。

 のんびりした少女の声色には覚えがあった。

 この所姿を見せていなかった金髪金目の人間(ヒューマン)。凄腕の剣士でもある【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。

 腰に愛剣デスペレートを()いた十にも満たない彼女は何の警戒心も無さそうな雰囲気で近寄ってきた。おそらく顔見知りだと思って安心しているのだろう。

 

「……【剣姫】。ご無沙汰しています」

「……うん」

 

 言葉少なめだが剣の腕はレベル(フォー)のリューにも伍する。

 単騎で巨大モンスターを屠る【ロキ・ファミリア】の秘蔵っ子だ。

 【ステイタス】は非公開になっているがリューに匹敵、またはそれ以上といったところ。

 連れはどうしました、と尋ねると今日は休みだから一人だよ、と答えた。

 

「剣の相手……してほしいな」

「……そうですね。私でよければ」

 

 可憐な少女の姿をしているが戦闘に関しては凶戦士のような振る舞いをする。女戦士(アマゾネス)のように好戦的な部分がある。

 まずはお互い軽く武器を合わせる。それから少しずつ速度を上げていく。

 アイズも鍛練だと思っているようで無理に攻めてこない。

 単調な戦闘を続けて一時間ほど経過し、休憩に入ろうと提案するとアイズは素直に武器を収めた。

 元々他の冒険者に見つからないような場所に拠点を設置していたがアイズならば大丈夫かと思い、彼女を招いて冷たい水を提供する。

 アイズは日帰りするつもりだったので荷物は食料などを入れた小さな背負い袋(バックパック)のみ。

 見た目相応の少女が単身でダンジョンに潜るにしては軽装過ぎるが、それが出来る実力を持っていると知っているのは少数だ。

 

「こんなに冷たい水、初めて」

「伝手で手に入れた魔法道具(マジックアイテム)です。……内緒ですよ」

「……うん」

 

 アイズは口下手なのか会話はあまりしない。対するリューも今はおしゃべりしたい気持ちではなかったので、一度黙ると物凄く静かになる。

 戦闘の時は苛烈な様相を見せるアイズも黙っていると可愛い女の子だ。

 寝泊まりする為に持ってきた道具を色々と取り出し、アイズに敷物の上に座るように言いつける。

 寝具は一人分だが寒さ対策の外套の予備などがあるので、もしアイズが泊まるならば貸し与えようと思った。

 十八階層は地上が夜だと天井に敷き詰められている水晶が暗くなる。朝になると水晶が光り出す。

 

 
 

 

 アイズは大人しく過ごし、与えた水も食料も食べ、今は外套に包まって近くで寝息を立てている。

 出会いこそ敵対していたが今は共闘できる仲間と言える。

 剣技に関しても申し分なく、子供ながらの暴走を除けば優秀な冒険者だ。

 対するリューは物思いに耽り、鍛練に身が入らない。

 言葉にできないが不安が重くのしかかっている。

 

(ライト)

 

 リューはそこらへんに落ちていた石ころを拾い上げて魔法を唱えた。するとそれ(石ころ)(ほの)かに光り一定範囲を照らす。

 位階魔法の最下位には生活魔法と呼ばれるものがあり、第(ぜろ)位階魔法とも言われている。しかし、少なからずMP(マジックポイント)を消費する。その量は第一位階と然程変わらない。

 よって第零位階と第一位階は異邦人の中で統合された存在になった。

 『(ライト)』も生活魔法に分類されるが第一位階魔法として扱う。

 

(……物さえあれば光源に出来る。実際に使ってみれば便利なものだと分かる)

 

 リューが取得した魔法の半分ほどが日常生活に使うものだった。

 こんな魔法でも一般の者は扱えない。対価を抜きにしても魔法は魔性の力だ。

 森妖精(エルフ)としてもまだ十代のリューは世間の多くを知らない。ただ漠然とした正しさを正義と定義してきた。

 気に入らないから排除する。納得できないから受け付けない、ではただの子供の我がままだ。――それを理解して尚、言い知れない怒りや不安が彼女を責め立てる。

 傍目には安易に受け入れたように見えるアリーゼ達も胸の内では様々な渇望を抱えていた事だろう。

 そうして苦悩し続けていたら光っていた石はただの石ころに戻った。

 辺りが一気に暗くなり、遠くにある『宿場町(リヴィラ)』の喧騒が僅かばかり聞こえる程度。

 軽く息をついた後、アイズが寝ている場所に戻った。

 

(……暗闇に紛れて一人眠る娘が一人。モンスター蔓延るダンジョンと地上ではどちらが安全なのでしょうか)

 

 夜目に慣れているリューは静かにる息を立てているアイズを眺め、それから自分の寝床に潜り込む。

 単独探索の時の就寝は壁際だったり大木の下だったり、時には木の上で一夜を明かす。

 十八階層以外はほんの数分でも熟睡できればマシだと言われている。

 様々な派閥が利用しているか居そうなのでモンスター以外で襲撃される可能性はかなり低い。それでも絶対ではないが、リューも魔法ではなくいつもの外敵対策を周りに施してから就寝する事にした。

 そして、天井の水晶が明るくなる頃、意識が覚醒する。

 何も無ければ意外と寝入る事が出来るが、今日は特に長く眠れたようだ。

 

(……【剣姫】は?)

 

 重い体を起こしつつ周りに視線を巡らせば髪が爆発したみたいに乱れた少女の姿が目に入る。

 眠たげな顔のまま上半身を起こし、何度か欠伸(あくび)をしていた。

 リュー達が居るのは水浴びできる泉から結構離れた森の中で、外からはほぼ見つけにくい。

 ここを利用するのは第二級(レベル3)以上の冒険者くらいだ。

 

 
 

 

 荷物から(たらい)を取り出し、一定量の水を入れる。

 身体を入れるには小さいが顔を洗ったり洗濯物に使うには丁度いい大きさのそれ()はもちろん『無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)』に入れていた。

 怒りが頂点に達していたリューを気の毒に思ったのか、マーレが彼女にだけ無償提供したものだ。――他は有償。

 

「どうぞ、【剣姫】。これで顔を洗って下さい」

「……ん」

 

 小さな容器から大量の水を注ぎ入れているが無限には出てこない。

 どういう仕組みなのか不明だが一日経つとまだ大量の水が出てくる。

 飲んで良し、生活用水に使って良し、零しても問題なし。

 アイズが顔を洗っている間に手拭いやタオルを用意する。それから寝具を片付けた。

 周りは背の高い草が多く、樹木の関係から見つかりにくいが、他にも利用している冒険者が居ないとも限らない。――一応、軽く見回って誰も居ない事を確認した。

 気配からも安全だと分かっていても唐突にモンスターが出てこないとも限らないし、不逞(ふてい)な輩が出てこないとも限らない。

 念のために若草色のシーツや予備の外套を四方を囲むように配置し、目くらましに使う。

 身支度は迅速に。それが冒険者の鉄則である。特に女性はその傾向にある。

 森妖精(エルフ)であるリューは外套などで肌の露出を押さえているが【アストレア・ファミリア】のでは仲間達と一緒に風呂に入る事もあるので、他人は肌は見せない、ということはない。――男性は除く。

 アイズの前でも手袋を外し、普段は口元を覆っているマスクも外す。

 同じ盥の水で顔を洗う。冷たくて気持ちの良い水に燻っていた気持ちが薄くなってきた。

 リューが顔を洗い終えるころ、アイズも意識が覚醒したようで興味深そうに目の前に居る森妖精(エルフ)を眺めていた。

 肩にかかるほどの金髪に緑の瞳。年相応というか森妖精(エルフ)の特徴というかリューの身体は華奢で全体的にほっそりしていた。――年齢を重ねてもあまり変化が無い種族と言われている。

 

「さあ、【剣姫】。服を脱ぎなさい。手早く身体を洗いましょう」

「……う、うん」

 

 いつもは近場にある泉につかり全身を洗う。それはアイズも経験したことがある。

 今回は他派閥の冒険者と二人っきりなので少し驚いた。

 物おじしない性格なのか、周りの安全を悟ったのか、アイズは素直に言う事を聞いた。

 地面に既にシーツが敷かれているので手足を洗った後、その上に座って手拭いで乾拭きする。目の前では年上の森妖精(エルフ)も全裸になり、黙々と身体に水をかけて身体を洗っていた。

 背中だけは互いに協力した。

 髪の毛は濡らした手拭いを使って軽く洗うのみとした。

 

(……私より若いのに細かな傷が……)

(……リヴェリアより細い身体。……親切)

 

 表情は乏しいがリューには好感を持ったようだ。

 お互い一通り洗い終えた後はタオルで身体を巻く。

 次にリューは身に着けていた下着や戦闘衣(バトル・クロス)長靴(ロングブーツ)などを盥に入れ、ついでとばかりにアイズの服も放り込んだ。ただし、武器には手を付けない。

 

「えっ!? 服、入れちゃうの?」

「はい。でも安心してください。すぐに乾かしますから」

 

 自分の服も入れたので大丈夫なのかもしれないけれど、アイズはタオルだけの格好で地上まで戻らないといけないのか、と脳裏に状況を思い浮かべて顔を青くした。

 洗剤を取り出して盥に入れるのだが、次々と道具を小さな背負い袋(バックパック)から取り出す様に子供ながら感心した。

 手もみ洗いだけはアイズも手伝った。

 最終的に水浸しになった衣類をリューは身に着けていく。当然、下着や靴の中は乾いていないので素肌と足に濡れた感触が伝わる。

 グチョグチョと不快感が襲う。目の前にアイズが居る為、かなり恥ずかしい。時に股間から滴る様子は見せるべきではない、と思わせるほど。

 アイズの服は別に並べておく。

 

(一人なら割と平気ですが……人前だと恥ずかしいですね)

潔癖(ファスティディアス)清潔(クリーン)

 

 前者は自身に効果がある魔法で別に洗わなくても良かった。

 後者はアイズの服にかけた。手洗いしたが汚れなどを除去する効果がある。

 濡れていた装備は立ちどころに渇き、清潔な状態となったことを確認して満足する。――濡れた髪もサラサラに。

 今日初めて使用したわけではないが効果の大きさに改めて脅かされる。

 

水破壊(ディストラクション・ウォーター)

 

 本来はモンスターなどに向ける魔法のようだが応用が利くものがあるらしく、盥に張った水が立ちどころに蒸発したように消え去った。

 触れなければならないので衣類を一纏めにすれば一括で水分を飛ばせる。

 乾いた服の様子にアイズは感嘆した。

 三つ共に第一位階なので効果はそれほど高くないが衣服問題が無ければ実に有用な魔法と言える。

 特に応用が利く、という部分が。

 使い始めのころは恐る恐ると半信半疑だった。

 

「ちゃんと乾いている筈です。どうですか、【剣姫】?」

「……すごい」

 

 金色の瞳を輝かせて尊敬の眼差しを向けていた。

 服についてはちゃんと乾燥しており、傷んでいる様子もなく良い匂いまでしてそうだった。――匂いは香料だろうけれど。

 冷たい水を使ったので次は温めた水に挑戦しようかと思いつつ次なる魔法を行使する。

 

温度変化(テンパラチャー・チェンジ)

「……? おお、なんか温かくなってきた」

 

 術者の意向に従い、効果範囲の温度を上げる魔法である。――逆に下げる事も可能。

 程よい温度にして小休止する。

 今回は魔法に任せたがリューとしては頼り過ぎない程度に使うのが正しいんだろうな、と。

 身に着けた力をどう使うのか、それを決めるのは自分だ。他人から与えられたからとて相手を憎むのは精神的にも負担でしかない。

 

(……しかし、濡れた下着を履くのは気持ちのいいものではありませんね)

 

 おそらく洗わなくても良かったのでは、と思わないでもない。

 水浴びしないと落ち着かない事もあるし、今後の課題にしておく。

 暖かい風に髪を晒しているとアイズがおしっこしたいと言い出した。

 

「魔法でどうにかなる? 使ったの魔法でしょ?」

「そう、ですが……。普通に穴でも掘ってすればいいのでは?」

 

 そう言いながら小さなスコップを取り出し、アイズに突き出す。

 ダンジョン探索において排泄も大事な事で、恥ずかしくても我慢せず排泄する訓練を受けさせられる。

 流石に衆人観衆の中というのは無かった。

 仮に盥の中にしたとして小便であれば蒸発させられると思うが大便は抵抗がある。――あまり考えたくなかったが魔法の効果を確認する上では避けられない問題だ。

 

「うっかり漏らしても綺麗にしますから、早く済ませて来てください」

 

 一応、タオルと『無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレスウォーター)』の予備を渡した。

 アイズが木陰に移動した後、つられたのかリューも尿意を催した。

 互いに排泄を済ませた後は軽い朝食を取る。

 アイズという予定外はあったが探索自体は順調だった。意外だったのは魔法について興味津々に質問されなかった事だろうか。

 帰る段になってアイズは一緒に行っていいか聞いてきた。断る理由が無かったのでリューは快く承諾した。

 




付録:作中に登場した魔法 8

清潔(クリーン)

系統:変成術
位階:魔力〈一〉
構成要素:音声、動作
距離:近距離(約10m+2m×術者レベル×2)
効果範囲:1辺が3mの立方体1個ぶんの範囲内
持続時間:瞬間
●備考●
 石鹸水を使用して磨き上げたかのように通常の汚れを全て除去する。ただし、この魔法は固体の表面上にしか作用しない。


水破壊(ディストラクション・ウォーター)

系統:死霊術
位階:魔力〈一〉
構成要素:音声、動作
距離:接触
効果範囲:接触した生きているクリーチャー1体以上
持続時間:瞬間
●備考●
 術者は『干上がりの接触』の能力を得る。効果内容は『乾燥(ディシケーション)』と同じである。


転移(テレポーテーション)

系統:召喚術[瞬間移動]
位階:魔力〈五〉
構成要素:音声
距離:自身および接触
目標:術者および接触した物体、同意するクリーチャー複数
持続時間:瞬間
●備考●
 指定した目的地へと瞬時に転送する。距離は最大で480(キルロ)×術者レベル。異次元などの移動は不可。術者レベルによって複数の同意するクリーチャーないしそれに相当する物体などを送る事が出来る。術者は目的地の位置と見た目についてはっきりとした知識がなくてはならない。より正確であれば転移の成功率は上がる。物理的、魔法的なエネルギーが渦巻く範囲に転移する事は出来ない。または不可能となる。複数の転移に失敗すると互いにぶつかり合いダメージを負う。最終的に成功するまでダメージを受け続けることもある。


温度変化(テンパラチャー・チェンジ)

系統:変成術[火または冷気]
位階:魔力〈二〉、その他(森祭司(ドルイド))〈二〉
構成要素:音声、動作、物質/信仰
距離:効果範囲参照
効果範囲:体積が10m立方×術者レベル
持続時間:1時間×術者レベル
●備考●
 効果範囲内の温度の程度を降下させたり上昇させる。


潔癖(ファスティディアス)

系統:防御術
位階:魔力〈一〉、信仰〈一〉、精神〈一〉、その他(吟遊詩人(バード)聖騎士(パラディン))〈一〉
構成要素:音声、動作
距離:自身
目標:自身
持続時間:一日
●備考●
 術者と術者の装備の埃や湿気は即座に落ちて清潔で乾燥したものとなる。


(ライト)

系統:力術[光]
位階:魔力〈一〉、信仰〈一〉、その他(森祭司(ドルイド)吟遊詩人(バード))〈一〉
構成要素:音声、物質/信仰(ホタル1匹)
距離:接触
目標:接触した物体
持続時間:10分×術者レベル
●備考●
 接触した物体を松明のように輝かせる。


死者蘇生(レイズ・デッド)

系統:召喚術[治癒]
位階:信仰〈五〉
構成要素:音声、動作、物質/信仰(五〇〇万ヴァリスの価値のダイアモンド)
距離:接触
目標:接触した死んでいるクリーチャー
持続時間:瞬間
●備考●
 死亡した目標1体を生き返らせる。術者レベルごとに一日前まで死んだクリーチャーしか復活させることは出来ない。対象の魂が生き返る事に同意していなければならない。生き返る際、恒久的に1レベル相当の『能力値(アビリティ)』ポイントを失う。この魔法は半分の確率で失敗し、その際には対象の肉体が灰になる。そうなれば蘇生魔法でも復活させられなくなる。
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