ダンジョン・フラグメント   作:トラロック

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14 かつての弱者

 迷宮都市(オラリオ)で一年に一度開かれる『フィリア祭』が開催されることになった。

 今年も都市防衛を司る【ガネーシャ・ファミリア】主導により賑やかな祭典となる予定だ。

 参加は自由。冒険者であればダンジョンに潜ってもいいのだが大抵は息抜きの為に地上に残る。

 ダンジョンから連れてきたモンスターを『円形闘技場(アンフィテアトルム)』で冒険者と戦わせたり、それを目的に集まる民衆相手に商売したり。

 大勢の者達が関わる一大行事。

 世間が喧騒に包まれている間、白髪の少年ベル・クラネルは他人事のように眺めて鍛練を積んでいた。

 オラリオに来てまだ数週間――

 都市の文化もろくに知らず、英雄になる事を口実に様々な出会いを求めようと今日も必死に生きている。

 

(……お母さんたちと一緒に行った方が良かったかな)

 

 母親()()は祭典に関して頓着していないようで話題に出さなかった。それと行ってきなさいとも言わず、当然小遣いを寄こす事もない。

 何となく世捨て人の様な暮らしをしている。だからといって全く世間と関わっていないわけではない。

 二人は母親ではあるが冒険者だ。それぞれに思う所があるのかもしれない。

 

(神様は朝方から出かけているし、僕も怪物祭(モンスターフィリア)がどういうものか見に行こうかな)

 

 ギルドから有料で借りた武具もボロボロになってきたし、と。

 お金のやり取りに関して厳しい方の母親であるアルフィア・クラネルから自分で稼げ、貸し借りは出来るだけ安易にするな、と教えられた。

 優しい方の母親であるメーテリア・クラネルにはそうやって簡単にお金を貰えると思ってたら英雄になんて一生なれないわよ、と意外と厳しめの言葉を貰った。

 そして、二人に共通するのはベルが自分で決めた事に私達は口出ししない、とのこと。もちろん、助言を求められれば答えなくもない、と。

 十四歳の少年が自分の意志で冒険者になった今、後から現れたアルフィア達に色々と生き方を決められるのは面白くない。

 親子でダンジョンに潜ってモンスターをたくさん倒そうと誘うのもおかしなものだと思う。

 

(……僕の冒険に親同伴はやっぱりおかしいよね)

 

 全く居ないわけではないだろうけれど、和やかな雰囲気はダンジョンに似合わない。

 だからといってずっと息詰まる生き方もよくない。

 神ヘスティアからもちゃんと休むんだよ、と言われていた。

 少し早いけれど、小さく呟いたベルはフィリア祭に参加する事にした。

 

 
 

 

 少年が休日を楽しむ頃、アルフィアはとある女神に呼び出され交渉を持ちかけられた。

 人目につかない飲食店の壁際にて相対する相手は顔をフードで隠していた。

 鈍色の髪を指で弄びながら外の景色に顔を向けて一言呟く。

 

「……色々と聞きたいことはあるけれど……、それはまた今度にするわ」

「………」

 

 アルフィアは黙って前を見つめていた。ただ、彼女は常日頃から両の目蓋を閉じている。

 フードを被った女神の側には二(メドル)ほどの背丈の男性冒険者が護衛として控えていた。

 その者は猪人(ボアズ)でありオラリオにとって『頂天』とも言える存在――【猛者(おうじゃ)】オッタルだ。

 

「一応確認なのだけれど……。私が欲しいと言った時、貴女は邪魔をするのかしら?」

「……時と場合による。オラリオは勝者になった。それを踏まえて言えばある程度の妥協を呑むことは(やぶさ)かではない」

 

 孤高の女王は冒険者や神の圧をものともしない。いや、この場合において強者は敗者であるにもかかわらずアルフィアの方だった。

 彼女がその気になれば店ごと更地にする事は容易く、都市最強と言われるレベル(セブン)のオッタルも赤子の手をひねるがごとく。

 

「お前が望む者がリアであれば交渉は決裂だ」

「……彼女ではないわ。対話くらいは許してほしいところだけど」

「……気の利いた小話ができるとは思えんが……。さすがに話しかけるな、とは言わん。あの子(メーテリア)は私でも止めるのが難しいしな」

「ありがとう。……で、本題なのだけど……」

 

 そう言って【ヘスティア・ファミリア】の眷族の少年について言った時、僅かな殺気がアルフィアから漏れた。

 (まず)い事を聞いたかしら、と慌てたもののすぐに殺気は治まった。

 孤高の女王は人差し指の背を唇に当てて不敵に微笑む。

 

「……駆け出しに手を出すのは許容できない。……が、もう少し辛抱出来るならば……挑んでみるといい。あれも私の楽しみの一つだからな。早めに摘まれるのは面白くない」

「……つまり。条件次第では許容してくれるの? 絶対女王たる貴女が?」

「将来の楽しみと思ってくれていい。……これ(今世)泡沫(うたかた)であるならばそれもよし」

 

 最大の障害が突破できたことに対面の女神はほっと胸を撫で下ろす。

 かつての最強派閥(ヘラ・ファミリア)の眷族は今でも苦手とする。

 辛酸をなめさせられた事について彼女の死をもって水に流した、筈だったが今になって恨みが蘇った。

 だが、強者として再誕してしまった今、最強派閥(女神)の地位が揺らいでいる。それも問題ではあるのだが、今は己の欲を優先する為にここに居る。

 

「そうなると……対価が高くつきそうね」

「……これはお前が持ち掛けた交渉だ。タダなわけがなかろう」

「愚問ね」

「……お前達【フレイヤ・ファミリア】の面倒を見てやろう。……元よりそのつもりだった筈だ」

(……お見通し、というには早いかしら? オッタルの増強は確かに視野に入れていたけれど……)

「隠居はもういいの?」

「これでも絶対悪の一味だった。……きっと私に休みなど無用なのだろうよ。気掛かりも解消された。であれば次は何をすればいい? 英雄を求める? それはもう次代が継いでいる。他には、と問われれば何も決まっていない」

 

 アルフィアはテーブルの上に両手を乗せ、掌を見つめる。

 幾多の冒険者を手刀で切り伏せたり、魔法によって一掃したり。

 戦いの日々が多かった。

 息抜きの時間は充実していたが元々はベルの為の敵――絶対悪たる壁としてオラリオにやってきた。

 運よく【ファミリア】の都合がついた。昇格(ランクアップ)はついでだったが意外な結果に驚いた。

 そんな彼女も長い人生を歩む上で英雄以外の目標をあまり考えていなかった事に気付いた。

 家庭を持つでもなく、最愛の妹と暮らしみたが冒険者たる矜持はそう簡単には消せなかった。

 ベルと共に世捨て人も悪くなかったが彼は冒険者を(こころざ)した。そうなるとアルフィアはまた孤独になってしまう。――ザルドと共に生活するという考えはなかった。

 (ザルド)は単なる腐れ縁でついてきただけだ。

 

「それと……お前は異邦人の能力に興味はあるか?」

「……噂程度は承知しているわ。うちの眷族()達に使わせるのは……躊躇われるから触れないで来たのだけれど……」

(うちの眷族(子供)達はそれぞれに魅力があるわ。それを損なうかもしれない、と思っていたのだけれど……。アストレアの眷族(子供)達の様子を見ると案外杞憂かも、と思えてしまう)

 

 特に森妖精(エルフ)のリュー・リオンは女神にとっても特別な存在になりつつある。

 彼女の魂。生き様は今も輝いている。少し影があるのは仕方が無いし、それが能力によるものではない事は理解している。

 もし、異邦人が先に来ていたならば――『神の血(イコル)』の方が制限があってもどかしさが広がっていた可能性が高い。特に自身が望む力が中々手に入らない所などが。

 多くの冒険者の中で望んだ力を得られた者は少ない筈だ。自分で決めた事として無理矢理な得している所もあるだろう。

 だからといって神として安易な力に手を出させるのは許容できない。とはいえ、こうして神自身が欲望のために動く事もあるし、冒険者をいとも簡単に犠牲に出来たりする。それを思えば異邦人の能力に目くじらを立てる道理は無い。

 

「眷族の変質が受け入れられないのであれば、それはそれで構わない。私にできる事は紹介する事だけだ」

「そうね。考えておくわ」

(……彼女の中では何人か送り込もうと思っているようね。確かに魅力的なんでしょうけれど……。決めるのは結局眷族(子供)達。……特に行き詰っている眷族()が多いのも……)

(英雄には試練が必要だ。冒険者になったからって油断するなよ、ベル……。お前との戦いを楽しみにしているのだから……)

 

 アルフィアはオッタルに顔を向け、軽く手を振る。

 失せろ、という合図ではなく警戒を解け、という意味だが理解したかどうかは分からない。

 幾つかの確認事項の後、自分の許容できる範囲であれば敵対しない約束を交わした。

 その後は街の喧騒を聞きながら他愛も無い会話を続けた。

 

 
 

 

 お祭り騒ぎで賑わうオラリオにて【アストレア・ファミリア】は騒動の鎮圧の為にあちこち駆けずり回っていた。

 団員数が増えた事で幾分か余裕が生まれ、このまま何も起きなければ自由時間が出来るほどに。

 元々祭典に乗り気ではない真面目人間は引き続き仕事に邁進し、残りは屋台巡りを模索し始めていた。

 森妖精(エルフ)のリュー・リオンは王族(ハイエルフ)の警護についており、現在護衛の三人と共に行動していた。

 海洋都市国家『オリンピア』から連れてきたという三人は獣人の男性達で冒険者ではないが『神の恩恵(ファルナ)』を授けられており、レベル(スリー)ほどの【ステイタス】だという。

 過酷な環境が彼らを強くしたのだとか。

 

(王女一人に三人は多いのか? 元よりオラリオにやってきて冒険者になったという事に驚けばいいのか)

 

 護衛対象の王族(ハイエルフ)の少女は見た目で言えばリューの方が年上に見えるが実年齢では逆転している。

 幼い見た目だが【ステイタス】は三人の護衛より上だ。

 【ロキ・ファミリア】に籍を置くリヴェリア・リヨス・アールヴが身元引受人になっている彼女はとても荒々しい冒険者に見えない。

 分かっている情報では天候を操る魔法を使う以外は不明。

 温和な性格で誰にでも笑顔を振りまく。少し自己犠牲が強いか弱そうな女の子だ。

 

「オリンピア。次は何処へ行くのですか?」

 

 オラリオの冒険者なので敬称はつけなくて良い、と言われているので呼び捨てにしている。

 ただ、護衛は軽傷をつけて呼ぶ。

 

「宣伝は粗方済みましたので『円形闘技場(アンフィテアトルム)』に向かいます。特等席を用意していると神ガネーシャから聞きました」

「了解しました」

「まあまあ、堅苦しくなさいませんように。私、皆様と同じ冒険者なのですよ。護衛については催し物という事で本国から送られてきましたが……」

「いえ、貴女は『オリンピア』の王女として参加されているのですから仕方がありません」

「……そうなんですけどね。では、リュカ。エメ。ザングレー。行きましょう」

 

 王女付きの近衛兵三人に命を下せば物静かなまま首肯し、主の周りを守るように歩き出す。

 仕事中だからか、男三人は厳めしい顔つきだが休憩時は人懐っこさを表す。

 特に年長で兎人(ヒュームバニー)のザングレー・リンデールは良く喋る者だった。

 狼人(ウェアウルフ)のリュカ・ローは王女が生まれた時から面倒を見ていた為か、兄貴面をすることがある。

 猪人(ボアズ)のエメ・ダーヴィはガタイは良いのだが気弱で冒険者になって強くなろうと画策している。これについてオリンピアは好きになさいと許可は出していた。

 ある程度歩くと何処からともなく森妖精(エルフ)が集まってきて護衛の数が一気に増えた。当然、彼ら彼女らは自己判断で王女――王族(ハイエルフ)であるヴェルゼッタ・オリンピアを守ろうとしていた。

 

(……やはり増えましたね。害は無いと思いますが……、どこか物々しさを感じる)

(そうですね。王族(ハイエルフ)の功罪なんでしょうか)

 

 リューとオリンピアは小声で会話し、深くため息をつく。

 それとは別に仲は悪くならないが友人という程には至らない。リューも王族(ハイエルフ)に対しては一歩引いたところで見守りたいと思っていた。

 

 
 

 

 オラリオの二大派閥の片割れである【フレイヤ・ファミリア】は主神がお忍びで出掛けている間、眷族達は互いに戦い合い、自己を高めていた。

 ほぼ休日などは無く、只管(ひたすら)に戦闘を続ける。

 時には重傷を負う事もあるが優秀な治癒師(ヒーラー)のお陰で死者は出ない。

 その治癒師(ヒーラー)は歳若い人間(ヒューマン)の少女でヘイズ・ベルベットという。

 薄紅色の長い髪。白の上衣(ピアフォナ)と赤い看護服(ナース・ワンピース)を身に着けている。

 

「……あ、あの。皆さん、大丈夫、ですか?」

 

 【フレイヤ・ファミリア】の本拠(ホーム)にある『戦いの野(フォールクヴァング)』は今、死屍累々とした惨状が広がっていた。

 殆どが【フレイヤ・ファミリア】の眷族。立っているのは治癒師(ヒーラー)のヘイズと現場を作り出した少女の格好をした闇妖精(ダークエルフ)の少年マーレ・ベロ・フィオーレ。

 

「死んでいなければ大丈夫ですよ。……それにしても強靭な勇士(エインヘリヤル)満たす煤者達(アンドフリームニル)が壊滅するとは……。何度見ても信じられません」

「ご、ご依頼なので、やっていますが……。あの、本当に皆さん、心が、折れたりしませんか?」

「いつものことです。(むし)ろ、マーレ殿が退屈しないか心配ですよ」

 

 ははは、とヘイズは嗤うもののたった一人でここまでの事が出来るとは信じられなかった。

 出来る出来ないの話しで言えば出来る眷族は確かに居る。それでも無傷とはいかない。

 おどおどしていて気弱なマーレは物理、魔法のあらゆる攻撃に対し、全く傷つけられなかった。

 強大な魔法で攻撃する前に一掃するような事をしたわけではない。

 

(依頼だからこそ安心できるのかもしれないけれど、敵対者であれば正直勝ち目があるのか……。異邦人おそるべし)

 

 都市最強を自負していた矜持が揺らぎそうだ、とヘイズは思いつつ団員達に回復魔法をかけていく。

 復活させた後はしっかりと食事を摂らせ、適度に休息も与える。

 いかに回復魔法とて団員も生き物だ。栄養が必要だ。

 一度、ヘイズ自身もマーレに戦いを挑んだが一瞬で意識を刈り取られてしまった。自動回復があっても無駄だと悟ってしまった。

 元々、己の限界を感じて治癒師(ヒーラー)として再出発したヘイズではあるが、まだまだ世の中には凄い存在が居るものだとしみじみ思った。

 

「……でも、さすがに一撃で()すのは勘弁してください。適度な痛みと達成感をしっかりと感じないと【ステイタス】に反映されないそうですから」

「……そうですよね。頑張って手加減しているんですけど……」

(手加減とか言うな、化け物め)

 

 胸の内で毒を吐きつつヘイズは今後の予定の頭を痛めていた。

 まさかここまで一方的にやられるとは、と。

 黒い棒一本だけで圧倒し、耳慣れない数多の魔法を駆使する。

 他の第一級冒険者のように一発で戦況を変えると()()()()分かるようなものではない。

 ヘイズとて第二級冒険者だ。(おびただ)しい数で攻められるものでもないかぎり何らかは掴めるはずだった。

 

(これで単なる荷物持ち(サポーター)というのは詐欺だ。……このままだとヤバイかもしれませんよ、フレイヤ様~)

 

 美の女神を信奉する狂信者の集まりだと自分でも思っていたが、マーレの存在によってそろそろ心が折れそうな団員が現われないとも限らない。

 対象を『隻眼の黒竜』と仮定すれば敵わないのも無理はない、と思いたくもなる。

 既にヘイズの中ではマーレは不味い相手だと認識し始めていた。そして、フレイヤ様早く帰ってきて、と胸の内で涙を流す。

 

 
 

 

 毎年開催されている様々な一大行事は万時事が運ぶ事無く、例によって様々な騒動が起こる。それこそが世界の中心たるオラリオである、と言わんばかりに事件が勃発。

 捕獲したモンスターが突如街中に逃げ出したり、地下空間から未知の植物モンスターが現われたり、闇派閥(イヴィルス)の残党の痕跡が発見されたり、悪い意味で賑やかな日々となった。

 住民も巻き込んだ事件ではあるが遥か高みで見物するのは異邦人の面々――

 文化を学ぶ彼らは安全地帯で下界を見下ろす。それは奇しくも天界で神々がやっている事に少し似ていた。

 ただ、どんな事件だろうと率先して介入しない。それもまた原住民たちの日常であり歴史の一ページとして記されるからだ。

 

「人の成長はゆっくりだけど毎年参加できないのはもどかしいわね」

 

 全身鎧を身にまとい、両肩に小さな盾を装備している盾騎士(シールダー)はヴクヴ・チャガマという。種族は人間(ヒューマン)である。

 変わった名前だが、その身が表す固有名詞。そして、異邦人達が度々言及する『御方』の一人でもある。

 正しくは『至高の御方』なのだが物々しさから現地の者に配慮して御方という呼称を使わせている。

 千年近い時を見物に費やし、退屈知らずなのか疑問を抱かれている。だが、彼らとて退屈を覚えるし、寿命がある。

 その辺りを説明出来る程、現地の者と神との信頼関係は()()構築できていない。

 チャガマを含め、多くの者は現地に馴染みたいと思っている。それは間違っていない。友達になりたい、というのも本心だ。

 ただ、彼らの多くは――

 

 異形種。

 

 現地人が言う所のモンスターと大差が無い種族が多い。

 マーレのような人間種は極わずかと言っていい。ただし、異邦人の総人口から見た場合だが。

 見た目が化け物である者が多く、千年経っても忌避感が拭えていない。それもあって過度な干渉を控えていた。元より目覚めている人口も少なかったので問題が無かった。

 異邦人全体から見ればごく少数の者が新天地を見物している程度のこと。だからこそ千年経とうが大した問題と捉えていない。

 自身の人生すら娯楽に組み込むところは天界に住まう神と似ているのかもしれない。

 

(地下迷宮のある文化形態。あれは恒久的に欲しいところだけど……。あまり干渉すると神々が機嫌を損ねちゃうのよね)

 

 そんなことを思いつつも他の星からいくつかのダンジョンに似た地下構造体を確保している。この星のダンジョンでなければならない理由は無い。しいて言えば現地人と同じ目線でダンジョン探索がしたい、という希望があるくらい。

 マーレのように現地人より強い個体が多いので干渉すると面白くなくなると考えて今まで視察に留めていた。

 退屈を覚えるのであれば他の個体と同じように眠りに就けばいい。後は勝手に時が進む。

 彼らはそうやって長い時を生き続けてきた。

 

(……それよりも他の次元からの来訪者よね。やっぱり来るのかしら? それがあの星の中なら問題ないけれど、こちら側にまで干渉する程になったら……、さすがに困るわ)

 

 創作物にありがちな未来を変える存在。並行世界。人知を超えた現象について少ながらず覚えがある。

 それらが個人単位であれば大した脅威ではない。

 基本的に他の次元からの侵略というのは旨味が無い。例えチャガマ達が次元を渡る術を持っていたとしても使おうと思っていない。

 理由は単純にそういう創作物を嗜み、ろくな結果にならない事を()()()()()知っているからだ。

 未知ではなく既知の事象。

 それぞれの次元にはそれぞれに(ことわり)がある。合わない(ことわり)ならば即撤退。それが平和に暮らす賢いやり方だ。

 

 
 

 

 大混乱の内に閉幕した怪物祭(モンスターフィリア)から早数日。

 喧騒は止み、いつもの日常に戻っていた。

 白髪の少年ベル・クラネルは神ヘスティアより莫大な借金と引き換えに造ってもらったという『神のナイフ』を授けられた。

 元々、単に武器を造ってくれと――ヘスティアがヘファイストスに依頼――頼んだら莫大な金額になって借金として請求されてしまった。ほぼ強制的に。

 金額についてベルに秘密にされているがアルフィア・クラネルに無心するようなことは――出来なかった。

 一応、彼女達に説明はしたが激怒される事無く、その程度の借金ならば探索で稼げばいい。その方が冒険者の為にもなる、と寛大な心を見せてくれた。

 ヘスティアの中では強烈なビンタを覚悟していた。

 寛大だと女神に言われたアルフィアは億越えの借金について、条件反射で手が出そうになったが耐え。メーテリアは涼しい微笑みを湛えたまま意識を手放しそうになった。

 それぞれ(つと)に平静を保った次第だ。それは【ステイタス】のお陰か、それともベルの為か。

 母親達と女神が嵐を乗り越えている頃、ベルは日課となっているダンジョン探索に邁進していた。

 時折、面倒を見てくれる森妖精(エルフ)のリュー・リオンと合流し稽古をつけてもらったり、金髪金目の女性冒険者アイズ・ヴァレンシュタインの姿を見かけたりした。

 リューが(たま)に際どい下着をつけるのは仲間(ライラ)に言われたからで、常に身に着けているわけではない。断じて、と強く発言していた。

 

(……冒険者になって様々な出会いがあったな)

 

 最初は一人。何も分からない状態でダンジョンに挑み、モンスターが一匹だけでも梃子摺(てこず)る有様。『神の恩恵(ファルナ)』を授けてもらったからとてすぐに強くなったわけではない。――ただ、今までよりは戦いやすくなったのは理解した。

 【ステイタス】はまだ微増。どういう風に戦えばどれが増えるのか。それはリューでも分からないと言っていた。

 確実に増える、という保証が無い。もし、分かれば冒険者はもっと効率的に強くなっている。

 一階から五階まで降りたり上がったりしながらモンスターとの連戦に挑む。

 レベル(ワン)だが充分な戦果を挙げられるほどこなれてきた。もちろんアイズとリューから油断しないように言われた事は忘れていない。

 帰宅時間を設定しているわけではないが泊まり込みするほどは長居しない。そんな生活を続けているうちに気が付けば『基礎能力値』の一つが三〇〇に届きそうになっていた。

 一〇〇の時は随分と時間がかかった覚えがある。数字の変動は体感は出来ないが増える事自体は嬉しかった。

 一日一万ヴァリスを超える成果も頬が緩む理由になっていた。

 ある日の朝、朝靄煙る中央広場(セントラルパーク)にて多くの冒険者達が行き交う中、ベルもダンジョンに挑むために歩いていた。

 仲間の募集に関してアドバイザーから言われていたが今まで保留にしていた事を思い出す。そろそろ一人での探索に限界を感じていた。特に戦闘と魔石拾いに関して。

 単なる戦闘だけであれば一人でも構わないがベルは仲間を入れてもいいと思い始めていた。

 募集以外では声掛けで頼むしかないが大半は断られる。最初に【ファミリア】に入れてくれと頼んだ時は多くの神に断られてきた。

 待っているより自分から動いた方が印象もいいだろうと思って少年は決意を固めた。そんな時、大きな荷物を背負った子供を見かけた。

 

(……背は低いけど小人族(パルゥム)かな?)

 

 オラリオで背が低いのは子供を除けば小人族(パルゥム)土精霊(ノーム)という種族くらいだ。

 土の民(ドワーフ)も背は低めだがベルより背丈がある者が居ないわけではない。

 一人で佇んでいるようなので声を掛けようと思った。

 オラリオに来た時からベルは割合度胸があり、冒険者になる為にあちこち奔走してきた。

 今でこそアルフィア達と同棲のような暮らしをしているが彼女達にあまり頼らない生活は今も変わらない。――夕飯時を除けばヘスティアと二人で居る事が多い。

 

「あの~、すみません」

 

 頭に手を付けて低姿勢で声をかけると荷物持ち(サポーター)らしき人物が顔を向けてきた。

 全身が隠れるような格好だったが顔は見えた。

 茶髪の子供。胸の膨らみがある事から女性であることが窺えた。

 

「なんでしょうか、冒険者様」

「えっと、お一人ですか? それとも誰か待っているとか?」

「リリは一人ですが……。ああ、もしかして仕事の依頼ですか?」

 

 ぶっきらぼうな態度の荷物持ち(サポーター)は白髪の少年の意図を推測した。

 声を掛けられた事で気分を害したわけではなく、仕事も鍛練も無い休日をもてあまし、中央広場(セントラルパーク)に来てしまっただけだ。

 稼げるうちにダンジョンに挑みたいところだが無理は良くないと隊長から言われていた。

 

「そ、そうですね。一人では大変になってきましたので、中央広場(セントラルパーク)で人を雇おうかと……」

(……雇われてもいいのですが……。荷物を持ってきてしまったのは失敗だったかも……)

 

 そう思いつつも仕事として受ける事に何ら支障がない事も事実。

 鍛練漬けで忘れていたが本来の――リリルカ・アーデは――仕事は荷物持ち(サポーター)だった。

 隊長の給金が良くてここしばらく仕事を忘れていた。実際、【ファミリア】に収める上納金も滞らずに済んでいた。

 

(いくら強くなったとしてもリリは荷物持ち(サポーター)がお似合いの小人族(パルゥム)ですもんね)

 

 人に自慢できる程かと問われれば否だ。

 しばし己の立場を見直して呼吸を整える。

 

「仕事のご依頼ということですが……。お一人ですか?」

「はい」

 

 白髪の少年の【ステイタス】について尋ねると普通に答えた。それに少しだけ驚きつつもリリルカは冷静に話しを続けた。

 ある程度の情報を得なければ立ち回りに難儀する。

 荷物持ち(サポーター)といえども時には戦闘も(おこな)うので。

 誓約書というものを交わすほどの大事ではないとしても報酬についてはきっちりと交渉する。――大抵は小人族(パルゥム)ということで侮られて踏み倒される事も無くはない。

 駆け出しに負けるほど弱くはないが自衛の為に手を出す時も考慮しなければならない。

 逆に冒険者を貶める事も――以前であれば――あったが今は幾分か心に余裕が出来ているので彼に対して何かしようとは思っていない。

 

「浅層の探索でよろしいですか?」

「はい」

「分かりました。仕事をお引き受けいたします。……ちなみに報酬は現金ですか?」

「あっ、えっと……。今まで一人だったので相場が分からなくて……」

 

 ベルは申し訳なさそうに言った。対してリリルカは白髪の冒険者の事を全く知らないので疑ってかかるしかない事にため息をつく。

 小人族(パルゥム)だろうと基本報酬は五分より下だ。いくら命を懸けるとしても高額であれば誰にも雇ってもらえないし、多くを貰えるような実力があるわけでもない。

 駆け出しだからとして()()()()()のも気が引ける。――幾分か懐具合が良いので。

 

「そうですね。初回ということで冒険者様がどれだけ稼げでリリに払えそうなのか確認してみましょうか。今回限りになる可能性もありますし、貴方の実力の目安も分かってくるでしょう」

「そうですね。で、ではよろしくお願いします、サポーターさん」

「こちらこそ、冒険者様」

 

 交渉成立ということで握手を交わす。

 リリルカは当たり前のように手を出したが異性と手を繋ぐことにあまり抵抗は無かった。今までの経験で羞恥心が麻痺しているのかもしれない。ベルに対して特に心が動く事は無かった。――それが彼女の日常でもある。

 

 
 

 

 駆け出しの冒険者ベル・クラネルと共にダンジョンに赴いたリリルカは己の実力を改めて目の当たりにする。

 流石に自身をレベル(フォー)とは評さないが隔絶した実力差に唖然とする。

 かつて弱かった自分が目の前に居る様な錯覚。

 そして、強者から見る弱者の姿。

 

(……ランクアップは人をダメにします)

 

 強い冒険者相手ならば問題はない。

 弱い冒険者は見ていると惨めになってくる。その気持ちが底辺に居た彼女の心に影を差す。

 ベルが悪いわけではない。誰もが最初は駆け出しなのだから仕方がない事だ。

 武器を使わなければ倒すのが困難なモンスターも素手で充分に相手できる程、彼女は強くなった。とはいえ、中層のモンスターであれば武器は必須だが。

 

(……今回の冒険者様は駆け出しですが戦えている。手数が足りない程度……。リリもそうですが、数の暴力に対して単独は危険……)

 

 範囲攻撃の手段を持っていれば問題はない。それ以外の冒険者は仲間がどうしても必要になってくる。

 それ自体は当たり前の様な考えでリリも否定しない。

 ただし、英雄を目指すのであればどんな困難も単独で解決しなければならない、という強迫観念が付きまとう。

 個の強さが際立つほどオラリオでは褒め称えられる。そして、それが英雄という証明だと思っている。

 

(いきなり英雄は無茶ですが、成長する冒険者は見ていて楽しいです。特にベル様くらいの年代の方は……)

「冒険者様はこの辺りのモンスターにしっかりと対応されていますね。次はキラーアントが出て来ますが、行きますか?」

「はい」

 

 一通りモンスターを倒せるようになった駆け出しにとって最初の関門ともいえるモンスターが七階層から現れるキラーアント。

 一匹程度なら問題はないが複数匹が止め処も無く出てくる。対処を誤ればレベル2であっても命を落とすと言われている。

 どの階層もそうだが油断は禁物である。

 

(……うわっ)

 

 降り立ってすぐにリリルカは眉根を寄せた。

 既にキラーアントの集団が階層に出現していたからだ。

 大きさはリリルカと同等の黒い蟻。特殊攻撃は持たないが(たか)られると厄介なモンスターである。

 

「まずはリリが間引きますので、冒険者様は取りこぼしをお願いします」

「わ、分かりました」

「関節を狙って下さい」

 

 既に現れている所から、最初に来ていた冒険者が倒さずに走破したものと予想する。ある意味では厄介な事態だが対処出来ない程ではないと判断。

 軽く息をついてから背負ってきた荷物を下ろし、棍棒を取り出す。振り回しやすい手頃な武器を持ち、目につくモンスターを殴打する。

 後は単純作業になる。時々、ベルの様子を窺いながら自分一人で全滅させないように調整する。

 

(……駆け出しの『敏捷』が低いから動きが遅く見える)

 

 本来はそれが当たり前であり、冒険者の【ステイタス】というシステムが規格外だ。

 神が降臨する前の人類はそれで多くのモンスター達と渡り合ってきた。

 現代はそれを神の力で向上させているに過ぎない。

 身体的に貧弱な小人族(パルゥム)人間(ヒューマン)より強くなる事は稀である。

 

(この冒険者様は実直な方のようです。……素直なところは嫌いではありませんが)

 

 この先の冒険を考えればベルの素直さは足を引っ張る事態となる。

 生き汚い方が丁度いい、とリリルカは思うものの口には出さなかった。

 それよりもキラーアントの討伐について、ベルはしっかりと対処出来ている。少数であれば問題なさそうで、より下層を目指すならば仲間の存在は必須と判断した。

 今のリリルカは一人で十八階層に行けるほど強い。強くなった。

 つい先日まで自分はベルのような駆け出しだった。

 惨めでひ弱な人生を恨んだものだ。

 強くなった今もあまり実感は無いが、かつての自分はベルのように前を向いて行動で来ていたとは言い難い。

 

(……リリは運が良かっただけです。そうでなければこの階層を楽々攻略なんてできません)

 

 襲い来るモンスターを殴打しながら軽やかに立ち回れるのも隊長の――彼女と出会ったお陰だ。

 当初は単なる虐めだと思った。実際、そうとしかいえない鍛練に(かこつ)けた暴力の嵐だった。

 適切な助言が無ければ気力が擦り切れていた事だろう。

 小人族(パルゥム)という弱い種族が気が付けばレベル(スリー)に至っている。しかも短期間で。

 これはリリルカの知る中でも快挙と言える。――更新に毎回手間取るので【ステイタス】はもう少し上になっている可能性もある。

 

(強くなると【ファミリア】の中での立場、というか立ち位置が怪しくなってしまいますからレベル3くらいで公開を止めてもらいましたっけねー)

 

 今まで見向きもしなかった神ソーマからこの頃可愛がられる事が増えてきたが、それでも団員の風紀は悪いまま。

 そんな中で彼ら(団員)と仲良くなろうとは思えない。改宗(コンバージョン)を保留にするのはソーマに対する恩義の為だ。

 そんな事を頭の片隅に思いつつベルの動きを観察する。

 大量のモンスターが居る中で大抵の冒険者は弱い小人族(パルゥム)を囮にしようとする。ベルは素直な所為か、未だに熱心に戦い続けている。

 

(……さすがに無傷とはいきませんよね。かといって大怪我させるわけにもいきません)

 

 少し前のリリルカであれば苦境に立つ冒険者を囮にするところだが今は幾分か心に余裕がある。

 多少の無茶な要求を出しても少年(ベル)は素直に従った。そして、いくらか傷を作る。

 階層の攻略はまだ難しい、という事を告げて引き上げを提案するとベルは荒い息遣いで帰還する事に同意した。

 他の冒険者なら余裕が合ったらどんどん進むものだが彼は己の実力に見合わない冒険をしないようだ。今時珍しい、とリリルカは思って僅かに苦笑した。

 そんな微笑ましい感情を微塵も表に出さず、淡々と棍棒を振り続けていった。

 

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