ダンジョン・フラグメント   作:トラロック

16 / 29
15 心と精神の老い

 ダンジョンに潜っている内に白髪の少年は強くなりたいと思うようになった。

 その結果、彼の背後に夥しい屍の山が築かれる事となる、と言われたら決心が揺らぐだろうか。

 未来は未知であり神ですら不可侵なもの。それを知る術は多くないが――

 

「……強く、なりたいです」

 

 ある日少年はそう願い、神ヘスティアは彼の背を押した。

 一人の冒険者が駆け出し、誰よりも速く進み続け、神々を驚嘆せしめる存在に――至るかはまだ分からない。

 そこに後悔があったとしても止められるものではない。

 

「ボクは未来を司る神じゃないから何とも言えないけれど……。人から未来がこうなるからやめろと言われる筋合いはないね。……多くの犠牲者が出るとはっきり言われると困るんだけど……」

 

 女神ヘスティアは怪しい人物から警告を受けていた。これは今回が初めて、というわけではない。

 手を変え品を変えて警告してくる者は結構居た。もちろん、それはヘスティアだけではない。

 終末思想に染まった者は一定数、どこにでも居る事は神々の間では知られていたので彼女も話し半分に聞いていた。

 共通するのはダンジョンを刺激するな、というもの。黒竜に関してはまだ数人程度。

 

(信じてしまっている者の言葉に嘘はないから性質(たち)が悪い)

 

 物乞いの方がまだマシだと思わないでもない。

 自身の眷族の所為で犠牲者が出ると言われれば無視も出来ない。

 心優しいベル・クラネルがどうして、と。

 未来に何かがあって心を病む可能性が無いわけではない。強さを求めるようになった少年の心は濁りがちだ。それを良い方向に導くのが自身の務め。

 この話題は怖い修道女(シスター)姉妹にかかれば鎧袖一触だ。酷い時は失せろの一言で終わる。――ヘスティアにはそこまではっきりとした拒絶は出来ない。

 妹の方ですらにこりと微笑みながらお帰り下さい、とにべもない。

 

「駆け出しであるベル君が世界を滅ぼす姿が想像できない」

 

 未来は分からない、と言われるが今から分かってたまるか、がヘスティアの感想だ。

 ただ、この手の話しが日に日に多く聞かれるようになってきている気がするのも事実だ。

 迷宮都市(オラリオ)全体としては普段通りなのだが――

 もやもやする気持ちを抱いたままアルバイトに向かう。眷族たるベルは今日もダンジョン探索に赴いている。

 荷物持ち(サポーター)を雇って頑張っています、と言っていた。

 

(現在のベル君は別に悪いことをしているわけじゃあない。何も起きていない事で文句を言われたくないけれど……。聞いてしまったからには気になるじゃないか)

 

 個人名で攻撃しているわけではないのだが、眷族がベル一人だけなので気になって仕方がない。

 表面的には平静を装うものの気持ち的には面白くない。

 女神ヘスティアは心に留めておくような性格ではないので鬱憤は適度に表に吐き出す。その結果、通りを行き交う住民や冒険者達を驚かせてしまう。

 

 
 

 

 リリルカ・アーデという小人族(パルゥム)に鍛練を課した半森妖精(ハーフエルフ)の冒険者アンティリーネは己の死期を意識するようになった。ただ、これは以前から感じていた事であり、急な事ではない。

 手が震えたり、視界が揺らいだり、前兆は感じてた。

 暗闇に恐怖し、無理に起きていた期間が長かっただけのこと。

 

(……人生は短く儚いものね。あれほど恋焦がれた闘争や混沌とした生活があっさりと過去の遺物に変わっていく)

 

 無理に活躍する事も出来なくはないが面白くないと自身が認めてしまっている。そうなってしまうと何もしたくなくなる。

 無気力感であり喪失感であり虚無感でもある。

 いかに強者の枠組みに嵌まっているアンティリーネといえども逃れられない枷とも言えた。

 

(覚醒した時期が終焉とは……。それほど人生に絶望したのか、それとも()()が酷かったのか……)

 

 死期が迫っている事について彼女はそれほど焦っていない。それは死ぬのが肉体だからだ。

 魂ごととなると困る事態になるのだが、休止するようなやわな身体でもないし、緊急事態になれば助けに来てくれることになっている。

 (つい)の棲家に迷宮都市(オラリオ)を選んだ覚えは無いし、その予定もない。

 

「別に私の目的を優先する必要はないんだったわね」

 

 大元の目的というのは既に果たされている。目の前にあるのは余生を楽しむ一人の半森妖精(ハーフエルフ)に過ぎない。

 人生を楽しまなければ勿体ない、とは頼れる闇妖精(ダークエルフ)のマーレ・ベロ・フィオーレの言葉だ。――そんな事を言う割に表情の変化は無かったけれど。

 それと自身の増強についてはすっかりと興味を失った。限界を知ったから、というわけではない。

 定命の宿業のようなもの。

 

(年を取るとつまらないことばかり考えてしまう。永遠の若さを維持してもろくなことが無いけれど……。起伏のない人生は嫌だわ)

 

 自身を満足させるのに必要なものは熱意と興奮。または探究心。

 アンティリーネに欠けている概念。

 喉元過ぎれば熱さを忘れる、という言葉がある。今の彼女は正にその状態だ。

 身体から力を抜けばいつ死んでもおかしくない。そんな危うさの中を生きているというのに危機感はとても希薄だ。

 

 自身に掛けられている魔法を解除する。

 

 それだけで大半の問題が解決してしまう。

 一般人から見れば贅沢な悩みだろう。彼女自身も最初はそう思っていた。

 ただ、油断すれば命が危うくなるのは事実だが、この地に現れた目的からすれば安易に命を粗末にするわけにはいかない。

 オラリオに骨を埋める予定は無いので。

 

「……老成した身体ではろくな考えが浮かばないわ」

(ボケたくないと思うのは年を取ったからなんでしょうね)

 

 老後の事を考えたくない。まだまだ自分は若いままでいたい、という考えそのものが既に老化の始まりだと思えなくも無いのが玉に瑕。

 後進の育成も大事な仕事だ。

 本来の仕事は冒険者の実力を底上げすること。これについては自身が強くしたいと思った者だけでいいと言われている。

 たまの休日に頭を休めるとついつい死生観が浮かんでしまう。わりと悪循環な事態に頭を痛める。

 人生経験が足枷になるとは想定外だが、思い悩めるのは生物の特権――ということにして街中に舞い戻ることにした。

 もう少しだけ生きてから肉体の死について結論を出そう。アンティリーネは悩みに答えを出した。

 

 
 

 

 ベル・クラネルが荷物持ち(サポーター)を得て更なる下層に挑む頃、世間的というか表面的な変化は()()確認できない。

 次代は混迷を深めており、着実に終末が迫っている事は賑やかな街中では感じにくい。

 最前線を知る者はヘ平和な世の中だとは思っておらず、英雄の出現や強者により救済を切に願っている。

 そんな時代において超越者(オーバーロード)達は未だ沈黙している。――正確には目立っていないだけで動いてはいる、という状況だが。

 神が直々に彼らによる過度な介入を控えてほしいと交渉した結果ではある。

 

「いと貴き御方に拝謁する栄誉を賜り……」

 

 (ひざまず)くのは漆黒の甲冑に身を包む白皙の美貌のメイド。

 名をナーベラルという。

 

「神々との交渉、ご苦労だった。だが、働き過ぎは良くないな。適度な休息をきちんと取っているか?」

「……はっ」

 

 彼女に相対するのは何処にでも居そうな装いの男性だった。

 見た目は三十代ほど。

 目立った特徴が見当たらないごく普通の人間腫(ヒューマン)にしか見えない。

 それでも彼はナーベラルを要する異邦人の頂点の一人だ。

 王の様な役目は既に引退し、一般人のような暮らしをしているのだがナーベラル達のような()()()の部下は今も彼らを至上の存在として敬っている。

 やめろと言ってもやめないし、好きにさせていた。

 

(いきなりナーベラルと遭遇するとは……。この子は何代目なんだろうか?)

 

 もし、オリジナルであれば動くのも難しい筈、と思いつつ男性は配下の様子を眺める。

 世代を経る毎に装備品が変わっており、現地に即した内容であれば文句はない。

 役職こそ戦闘メイドとなっているが戦闘狂というわけではない。

 

(千年紀の計画という事だけど、今回は神が介入する世界……。本当に居たんだ、という感想しか出ないけれど)

 

 さすがに千年分の歴史の報告を受けると一年は潰れそうなので説明を割愛させた。

 他の仲間達も介入している事は知っていたので必要最低限の情報だけ聞く事にした。

 現地の住人とは過度な争いに発展せずに済んでいるようで安心した。

 戦争については世界各地で起こっている事は確かで、異邦人が率先したものは確認されていない。

 冒険者については自己責任だが大きな事件事故は今のところ無いらしい。

 

(現地人に位階魔法を伝授、か……。神も容認したのなら我々も動きやすいというもの。大きな混乱を引き起こした元凶でさえなければいい。この程度なら許容範囲内だな)

 

 マーレは不問。

 懸念は番外席次の存在だ。こちらは教育を始めたのみで混乱は軽微。ただし、『闘国(テルスキュラ)』を壊滅状態にした、という所で頭痛を感じた。

 

(皆殺しではなく痛めつけただけ……。問題は……無いと言えるけれど。自制出来ているのなら怒れない)

 

 そして、彼女達とは別行動をしていたキーノ・ファスリス・インベルンについて。

 全幅とは言わないが、ある程度の信頼を寄せている彼女には『ナザリック地下大聖殿』の建設という大事業を任せていた。その進捗状況を聞いて男性はいたく満足した。

 下界に派遣した者の中で一番信用に足る存在だ。仲間達の手前、全幅とはいかないけれど。

 

「我々上位者が不在でもきちんと命令系統が機能しているのは喜ばしい」

(この上位者ごっこも慣れたもんだよな。堅苦しい事を除けば文句は無いんだけど……)

 

 仲間達の場合は事情を知っているので、ここまで固い対応をする必要はない。キーノに対してももう少し砕けた対応が出来る。

 アンティリーネは元々敵だった事もあり、迂闊な対応は出来ないが弱音を吐いた時は優しく接しようと心掛けている。いつまでも争うのは息が詰まるからだ。

 宇宙の暗黒空間の中で長期的な生活を送る上で平常心を保ち続ける事は難しい。

 驚異的な身体能力を持つ彼女でさえも暗闇を怖がるようになった。――僅かな明かりがあれば落ち着くので一般人には分かりにくいけれど。

 

(銀河の覇者となっても俺達の生活はそれほど変わらない。何もしなくても世の中は変化し続ける)

 

 先に降り立った仲間は空中拠点を提供し、商業都市を作り上げたという。それくらいが大きな変化と言える。――全体から見ればそれでもごくわずかな変化でしかない。

 モンスターの脅威よりも規模が小さいせいかもしれない、と思う事にした。

 それ以外で彼が気になるような情報はまだ入って来ないようだった。

 

 
 

 

 ところ変わってダンジョン地下十一層より深い場所に大きな盾を二つ装備した女騎士がモンスターと相対していた。

 冒険者は何処かしらの【ファミリア】に属しているものだが彼女の場合は秘密裏に侵入した。

 出入について厳格に管理されているわけではないので入ろうと思えば入れる。それこそ神すらも。

 

(人間体でモンスターと相対すると結構()()わ)

 

 重いのは装備でも体重でもなくモンスターから受ける攻撃だ。

 そこらの冒険者より強いと自負しているが戦闘は久方ぶりなので新鮮な感覚だった。

 仲間と一緒ではないので盾役(タンク)としの役割はこなせないが、慣らしとして受けている。

 

「どっせいっ!」

 

 鼓舞する意思合いで声を出し、モンスターを押し返す。

 気合を入れると戦っているという気持ちが湧く。

 淡々と殴るだけだと味気ないが最初は手間でも相手の力量を図っていく。

 下に行く度に襲い来るモンスターの数が増える。この辺りからソロでの活動が難しい事は彼女も()()()()()理解した。

 

(アルミラージの大軍……。小さくてかわいい筈なのに)

 

 十三階層では二足歩行の兎型モンスターが大量に待ち換えており、石斧を投げつけてきた。

 モンスターの武器はダンジョンから得られる。

 彼らが手にすれば木も石も武器へと変形する。

 どんなに攻撃が激しくても彼女を傷つけるには至らない。それゆえに気持ちに余裕があった。

 冒険者に対してモンスターは殆ど恐怖心を抱かない。――例外はあるらしいが彼女はその情報を持っていなかった。

 

「サモン、アウラ!」

 

 攻撃が激しくなった時、彼女は言った。ただ、足元に魔法陣が発生するような演出は怒らず、声はダンジョンの中で僅かに響くのみ。

 魔法的なものではなくただ叫んだだけだ。

 

「はいは~い!」

 

 彼女の呼び声に後方から姿を現したのは浅黒い肌を持つ少年――いや、正しくは少女が現われた。

 簡素な服装にしか見えない装いだが一般的な冒険者よりも堅牢な装備を身に着けている。

 持ち武器は鞭。それを無造作に振るっただけで多くのモンスターが塵に還った。

 

(……攻撃に問題はなさそうね。子供体型ではなく大人型を用意してあげた方が良かったかしら?)

 

 本人が望む姿だから仕方がないけれど、と女騎士は僅かにため息を零す。

 戦闘終了後、モンスターのドロップアイテムや魔石を回収する。その作業風景は地味ではあったが女騎士は気にしなかった。

 探索目的はモンスターとの戦闘。ただし、そこに真剣さは無い。あと、重装備だが深い意味はない。

 意味が無いと自覚しつつも探索をそれなりに楽しんでいた。

 

 
 

 

 ある日、白髪の少年冒険者ベル・クラネルはギルドに向かう途中、近くに居た女性冒険者が倒れ込む現場に遭遇した。

 唐突に起こったので大層驚いたが周りもそれなりにざわついた。

 距離的に離れていたので間に合わなかったが彼女は前のめりで倒れたきり微動だにしない。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「………」

 

 左右で黒と白の色違いの髪色を持つ冒険者に何度か声をかけるも応答がない。

 人が唐突に倒れる現象に驚き、心臓が激しく脈打つがそのままにしておくことはできない、とベルは判断し、彼女を抱えて近くにあるギルドの建物に駆け込んだ。

 咄嗟の事だったので失念していたが冒険者特有の装備品の重量について思いのほか気にならなかった。

 『(アビリティ)』の数値が高くなっているおかげと思う事にした。

 建物に入った後、彼の担当アドバイザーである半森妖精(ハーフエルフ)のエイナ・チュールを呼び出し、休ませられる所に運び込んだ。

 

「唐突に倒れたのでびっくりしました」

「そうですか。今、治療院に連絡を入れましたので後はこちらに任せて下さい」

「分かりました」

 

 見た目には外傷はなく、地面に顔を打ち付けた(あと)を除けば怪我らしいものは見当たらない。

 治癒魔法を習得していないが回復薬(ポーション)を使うべきか悩んだ。ただ、病気の場合は無駄に終わる。

 

(……この方はアンティリーネ氏。立ち眩みなのかしら?)

 

 ベルを下がらせた後、エイナは意識のないアンティリーネに顔を向ける。

 高位の冒険者の情報はギルド職員でも容易に知れるわけではなく、アンティリーネもまた正体が知れない冒険者の一人だった。

 ただ、第一級冒険者であることは知っている。

 エイナが逡巡していると寝ていたアンティリーネが(おもむろ)に起き出し、周りを見回した。

 

(……心停止? 急に気が抜けたような……、気絶したようね)

「あ、あの……。アンティリーネ氏、まだ寝ていてよろしいんですよ」

 

 エイナに顔を向ける。

 服装がギルド職員の者なので現在位置は冒険者ギルド内だと予想する。

 起きたばかりのためか、軽い浮遊感があった。

 

(急激な老化? 虚脱感があるし、喉が渇いている。……見た目に変化は無くとも身体は悲鳴を上げているってわけね)

 

 定命の肉体には限界がある。いかに長命な種族でも逃れられない。

 身体が諦めた時点で終わりだ。それは肉体本来の本能であり、アンティリーネの意志ではどうにもできない。

 仮に不老不死ならば問題無さそうだが、その場合は逆に精神が悲鳴を上げる。そして、それをも克服しようとすれば人間性が失われる。

 何事にも興味を抱けない息をしているだけの肉人形だ。

 

「……ねえ、貴女……。エイナ・チュール、だったわね?」

「え、ええ。……ひっ」

 

 何度か見掛けたことはあるが面と向かって挨拶する程の仲ではなかった。ただ、アンティリーネの言葉の途中でエイナは驚き悲鳴を上げる事態となった。

 先ほどまで少女然としていた彼女の顔が皺の多い老婆の様相になっていたからだ。

 驚くエイナをよそに温かい茶を所望してきた。そして、顔の前で軽く手を振ると見慣れたいつもの若い女性の顔に戻っていた。

 

「驚いた? でも、本当の私はどちらかしらね」

「……いえ。す、すぐに用意してきます」

「忙しいのに悪いわね。……歳をとると若いものを揶揄(からか)いたくなるの」

 

 この言葉に嘘はない。

 寿命を意識してから心が急激に老化したかのように。だが、精神はともかく()()()()()()()()()()()()事を知っている。

 オラリオの活動において、ある程度の自由を与えられた。

 期限について言及されなかったので数百年ほど世界を漫遊したりした。

 時が過ぎるのは早く、長命だからこそ活動限界を危惧する。

 

(……ナザリック地下大聖殿が完成すれば私達ももう少し活動しやすくなるんでしょうけれど。居残り組と旅立ち組。今回はどちらを選ぼうかしら?)

 

 今までの経験で言えば旅立つ方になる。現地に骨を埋めるほど愛着がわいているわけではなく、まだまだ未知の探訪の方に興味があった。

 それこそ地球という――

 

 原初の星への興味は計り知れない。

 

 他の者達と違ってアンティリーネは()()辿り着いていない。

 魔法が無い世界だが科学文明が発達している、ということは聞いていた。

 地球だけではなく知的生物が住まう星は何処も気になる。

 

(……もし、次の星に行けたら。そこはどんなところなんでしょうね。でも、ここには神様が居るから天界とやらに行けたりするのかな? 行くには死なないといけないわけで、魂を持って行かれるのは……、ちょっと困るわ。……本当に困るわ)

 

 困るからこの星で死にたいと思わない。そうアンティリーネは結論を出した。

 物事に答えを見い出す事は意外と大変である事を彼女は理解している。

 

「……影の悪魔(シャドウ・デーモン)。宿に置いてある私の荷物を回収して。それと……マーレ君に一旦下がることを伝えて。後は……この身体の回収をお願いね。出来れば大きな騒ぎにならないように」

 

 そう言うと彼女の足元にある影が揺らめいた。

 本当なら正規の手続きをしなければならない。自分達の力はまだオラリオでは異質であり、異邦人の認知はこれからだった。

 マーレが先行しているとはいえアンティリーネも使命を帯びていたのだが、序盤からしくじってしまったために修正を余儀なくされた。――それ自体は大した問題だとは思っていない。

 ただ――自身の肉体を依り代にしている都合上、死なせてしまうのが申し訳ない気持ちになった。

 魔法を解除する前に長年使わせてもらった事への感謝を伝える。その後、飲み物を持ったエイナの姿を見かけ、言葉を止める。

 ここでしくじれば精神諸共()()()死んでしまう事になる。それは許容できなし、してはならない決まりになっている。

 

(好きで死にたいわけじゃない。……いつだって生きていたいし、もっと楽しい毎日を送りたいと思っている。神様に私の魂はあげられない。……退屈は死の匂いがするから嫌い)

「お待たせいたしました」

「ありがとう」

(エイナ・チュールが私の子孫だったら……、きっと喜ぶところなんでしょうね。……異邦人としての取り決めが無ければ……。いや、無くとも現地の人間と恋に落ちたかどうか怪しいわね)

 

 長生きすると余計な事ばかり考える。特に郷愁が多い。

 実際の所、それほど故郷に思い入れは無い。自由な外の世界を満喫しているのだから。

 雑念を振り払いアンティリーネはエイナが持ってきてくれた温かいお茶を飲む。

 

「長い長い旅路の果て……。最後に頂くのは同族のお茶。……人生最後にしては気が利いているじゃない」

(……生物の営みに終わりは無く、未知なるものに想いを馳せる。今回は序盤でしくじってしまったけれど、それもまた経験よね)

 

 感傷に耽る事が多くなったのは肉体が老けたせいなのか、心が既に老成している為なのか。

 まだまだ現役で痛いお年頃ではあるが変えられない事実を無視する事は出来ない。

 茶器をテーブルに置き、エイナに礼を言っておく。そして――

 自身に掛けられた魔法効果を解く。すると即座に目から光りが失われ、強靭な精神力で保てていた均衡はあっさりと瓦解した。

 この日、()()()()のアンティリーネは老衰を迎えた。

 

 
 

 

 ギルド本部でひと騒動が起きる頃、本体へと戻ったアンティリーネはすぐさま処置に入った。

 現在位置は異邦人が活動の拠点と定めている『月の湖(メストリアパン)』という都市の地下空間。

 この都市を治めているのはトラロックという女神である。

 ダンジョンで賑わうオラリオとは距離を置いているが物流は盛んだ。

 

「……新しい身体は経験を多く失っているから勿体ないわね」

 

 寿命の問題を解消できても『神の恩恵(ファルナ)』がいったん消されることになるので、損した気分になる。

 彼女――前、というか生前の――が頼りにしていた主神ウィツィロポチトリは再入団に関して事前に許可を出していたので問題はない。

 それと新しい身体は以前と同じもので気分的にだが若々しさを感じた。

 

(……若いとはいえ体型まで変わっていたら怪しまれるわよね)

 

 悶々と思考の渦に囚われていると甲冑で覆われた黒い巫女服をまとう黒髪の女性がやってきた。

 異邦人側の交渉役の一人で、名はナーベラルという。

 

「荷物と身体を回収したわ。このままオラリオに向かっても構いません」

「了解しました」

 

 アンティリーネが下手に出るのはナーベラルが強者だから、というわけではない。

 虜囚の身であった経験からだ。――今でもその名残が残っており、立場的に低い状態が続いている。といっても反抗出来ないような縛りは既に無い。

 端的な言葉を告げた後、ナーベラルは去った。

 追加の命令は無かったがオラリオでの活動は今後も続けていけそうな事にアンティリーネは僅かに安心する。

 日の光りを浴びれる場所で生活するのは嫌いではないし、ダンジョン探索や人との交流も嫌いではない。

 

(私の行動について御方達が制限していないという事はお咎めなし、なのか。それとも問題なしと思われているのか……。飽きたら帰ってきていいよ、とは言われているけれど……。こうして復活させてもらえるのは考えようによってはありがたいわよね)

 

 安易に死なせない刑罰とも思える。しかし、それは彼らも同じような状態なので自分だけ罪人と決めつけるのも不毛な気がしていた。

 それに眠ろうと思えば眠らせてくれる。――死という安らぎは与えてくれないけれど逆の見方をすれば生きろ、ということなのだから。

 余計な勘ぐりさえしなければ不安はないが当初はそう思えなかった。

 

 
 

 

 冒険者として再始動するにあたり、アンティリーネは身体を慣らす作業に入らなければならなかった。これは毎回の行事の様なもので迷いなく行動できる。

 本体に戻った、といっても大元の身体は既に無い。あるのは起点となる身体だ。

 遠い過去の記憶を掘り起こせば原因を思い出せる気がするが、今となってはどうでもいい事の一つでもある。

 

(鍛えた筋肉が一気に衰える感覚は毎回の事だけれど、慣れないわね。前の身体と完全に同一というわけじゃないから)

 

 人間腫であるアンティリーネは他の異邦人と比べれば常識枠に入る存在だ。違和感を覚える事はしょっちゅうある。

 それは悪い事ではないけれど仕事に支障が出るので本人は気にしてしまう。

 最盛期の強さを維持しているとはいえ最強への拘りは既に無く、日々を楽しく過ごす事に意識を傾ける。

 地上に派遣した多くの異法人にはある程度の仕事が与えられているが、個人の楽しみまで奪っているわけではない。(むし)ろ、自由行動は推奨されている。

 

「隊長。復帰お祝い申し上げます」

 

 オラリオに戻ってきた彼女は弟子の一人――森妖精(エルフ)であるフィルヴィス・シャリアに歓迎を受けた。

 ギルドにて死亡した、などと言われて大騒ぎが起きた時もフィルヴィスとリリルカの二人は事前に事情を聞かされていたので悪いようには受け取らなかった。

 ただ、本当に死ぬとは思わず驚いた。

 

「ごめんね~。心配したでしょう?」

「……はい」

「異邦人の森妖精(エルフ)種でも死ぬときは死ぬのよ。不老不死というわけじゃない。肉体が若くても精神はお婆ちゃんだし」

 

 魔法の効果で延命こそしているけれど、とは言わない。

 生きる事は苦痛の連続で死ぬことは楽になること、とも思っていない。

 新天地で楽しみを見つける。それは長い人生において出来そうで出来なかった。

 

「以前のように慕ってくれるの? 私としては嬉しいわ」

「はい!」

「……それで貴女の主神は増強に関して何か言ってた?」

「血と騒乱を求めるディオニュソス様は乗り気でした。……お優しい方だと思っていたのですが……、神の本質は我々には伺い知れないと分かっていた筈なのに……」

(実際の神なんてろくでもない存在かもしれないけれど、それゆえに我々は畏れ敬うのでしょう)

 

 トラロックもウィツィロポチトリも戦いを望む軍神だ。争乱大いに結構と(のたま)うほどに。

 商業都市を運営するにあたり、血の気が多いのは困るのだが実際に運営するのは眷族なので神の命令はあまり反映されない。――反映してしまうと商売に支障が出る。

 二柱は司る権能を除けば割と大らかなところがあるので数百年も問題を起こしたことが無い。――そろそろ我慢の限界か、と危惧されたことは一度や二度では利かないが。

 

「神様が何と言おうと強くなる指針はフィルヴィスが決めていいのよ。私は後押しくらいしか出来ない」

「……個人的には強くなりたいです。……その為には()()を解除しなければならないわけで……」

 

 己が取得した――してしまった第三の魔法の事を思い浮かべる。

 アンティリーネに出会う少し前に闇派閥(イヴィルス)の罠にはまり絶体絶命の危機に陥った事があった。

 多くの仲間を失い絶望に打ちひしがれた時に習得した。

 魔法を覚えやすい森妖精(エルフ)種のためか、ダンジョンの悪戯か。とにかく新しい魔法は己にとって規格外の能力だった。

 この魔法の事をアンティリーネに打ち明けたところ、大して関心を持たれなかった。というよりも隊長は当時から他人に関心を持てなかったような気がする、とフィルヴィスは述懐する。

 

(忌むべき能力だろうと存在だろうと隊長の態度に変化はない。ごく普通に接してくれる。そして、何より関心が薄いにもかかわらず指導を続けてくれた)

「化け物、大いに結構じゃない。高潔を謳う森妖精(エルフ)だってろくな存在でもないだろうし。……私の知る範囲ではロクデナシしか居なかったけれど」

 

 実際にフィルヴィスはアンティリーネを試すような行動を何度か取っている。その度に返り討ちに遭い、彼女の強さに何度も驚かされた。

 オラリオ最強と謳われる【猛者(おうじゃ)】に引けを取らない筈の本気が赤子の手をひねるが如く――

 そもそも異邦人は皆、彼女くらい強いのかと恐怖を覚えた。

 ただ、アンティリーネより強い異邦人は確かに存在するが地上に降りた強者の数は多くないと答えている。それと現地の冒険者に迷惑を掛けない契約を交わしているので、だいたい十人くらいと言った。確実に五〇人は下回っている筈だ、とも。

 

「しばらくは鍛練ね……。調子が戻り次第、貴女の神を送還するか考えるわ」

「……やはり、そうしなければなりませんか」

「オラリオにとっても害悪だもの。神々も殺し合いをするそうだから、彼らにとって日常茶飯事という感覚なんでしょうよ」

 

 フィルヴィスにとっては自分を救い上げてくれた恩ある神だがやり方に不満が無いわけではない。

 他の仲間達に言わせれば『悪い男』に騙されているバカな女だそうだ。

 本人も薄々は理解している。それでも慕うのは盲目になっているからだ、とアンティリーネは言い、理解も示している。

 そういう馬鹿な女は現実を突きつけられても死んでも治らない。だから、アンティリーネは彼女の気持ちを矯正せずに見守るだけにしていた。

 尊敬の気持ちを抱いたまま死ぬ。それもまた愛よ、と言うに留めた。だが、ディオニュソスの送還をやめる理由にはならないけれど。

 

「私はこんなだけど、人類の守護者なの。神は偉大かもしれないけれど人民の危機を見過ごす事は出来ないわ」

 

 ディオニュソスが危険な神だというのは神々の一部では有名な話しらしい。特に闘争を司る神にとって見過ごせない相手だとか。

 一言で言えば酒乱の気がある為に。

 神々では笑って済ませられる事でも地上人から見ればとんでもない大事に発展する事がある。この辺りの認識の違いが危機意識に影響を及ぼしている。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。