ダンジョン・フラグメント   作:トラロック

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16 胎動する悪意

 リリルカ・アーデという小人族(パルゥム)の少女を雇い入れた白髪の少年ベル・クラネルは今日も地下迷宮(ダンジョン)に挑んでいた。

 本当は調子を悪そうにしている二人の母の内の一人、アルフィア・クラネルの看病をしたいと思っていたのだが当人に追い払われてしまった。

 見るからに顔色が悪く、汗だくになっていた。この時の彼女の体温は本当に触ると熱いくらい高まっている。

 心配ではあるがもう一人の母であるメーテリア・クラネルが側に居るから、と言って息子を外に送り出す。

 

「何かお悩みですか?」

 

 リリルカに身が入らない事を指摘されたベルは素直に頷いた。

 モンスターが湧き出る場所で気を抜くのは浅層でも命取りだ。リリルカとて真面目な冒険者であるベルに死なれるのは気分が悪いと思ったので指摘した。

 家族の事を他人に話しても仕方がない。けれども話す事で気持ちが楽になる事もある。

 

(今の僕は駆け出しだし、出来る事も無いかもしれない)

 

 気の強い(アルフィア)ではあるがベルと二人の時は割りと弱音を吐く人でもあった。

 村での生活は長いようで短かったが、実の母ではないという事実を差し置いても頼れる大人だと思った。

 

「身内が苦しんでいまして……。心配で仕方がないんです」

「……そうですか」

 

 元々病気がちだという事はベルも承知していた。ただ、今回のは『昇格(ランクアップ)』の悪影響らしく薬でどうにかなるような問題ではないようだ。

 ベルに出来る事は見舞いか、食事の用意。身の回りの掃除くらい。

 

「強くなることをお決めになった冒険者様は身内が重体だろうともダンジョンから逃れる理由にはなりえませんよ。覚悟を決めてここに居らっしゃるはずです」

「……はい」

「何も出来ないと分かっていらっしゃるなら出来る事をするしかありません」

(ならば探索をやめればいい、というのも選択の一つですが……。決めるのは彼だ。リリは雇い主に意見こそすれ安易な決断を勧めるわけには……)

「料金を貰えさえすればリリは別に構いませんよ、探索をやめてもらっても」

 

 長考している間にも壁からモンスターが生まれる。

 もうすぐ十階層を突破する段階に来て、余計な雑念に囚われるのは良くない兆候だ。

 良くも悪くもベルは堅実に攻略を続けていた。リリも直向(ひたむ)きな彼の事を気にするようになってきた。

 隊長であるアンティリーネはしばらく自己鍛錬の為に不在だが、ベルとの探索について特に言及は無かった。いつものように――頑張りなさい、と言われただけだ。

 

(この冒険者様に運ばれたそうですが、隊長は何も言ってませんね。知らない筈はないのですが……)

 

 気にするほどでもないのか、例についても何も言っていないし、そう、とかふ~んのような素っ気無い返事しか聞いていない気がする、と。

 一回運ばれたくらいでベルの事を気にするかと言われれば疑問を覚えるので大した問題だとは思っていないのかもしれない。

 

 
 

 

 ベルに心配されているアルフィアは全身から滝の様な汗を流し、メーテリアが甲斐甲斐しく姉の身体をタオルで拭いていた。

 唸り声が聞こえて様子を見来たヘスティアもアルテミスを呼んだ方がいいのか悩みだす。例え主神が来たとしても体調を回復させるような能力は無い。

 神はただ見守るだけだ。

 

「身体が真っ赤じゃないか。本当に大丈夫なのかい?」

 

 色白の肌が今は茹でたように赤みが差していた。

 流石に水が即座に蒸発するような事態ではないようだが。

 己の状態悪化にもかかわらず孤高の女王たるアルフィアは痩せ我慢を続けていた。

 

「荒ぶる能力値(アビリティ)の制御に手間取っているだけだ。……しばらくはこのままかもしれない」

「……もう、素直になればいいのに。姉さん、ベルが探索に身が入らないようなので我儘はやめて下さい」

 

 妹にそう言われれば姉としても唸るしかできない。

 自分でも分かっている。早くどうにかしたい、と。けれども神に頼ったところでどうにもできないだろう、ということも。

 ベルの前では気丈に振舞えても彼が居ないだけでアルフィアはあっさりと観念する事が多い。やはり姪っ子の前ではいい格好がしたいし、メーテリアにも尊敬される姉でいたいと思っていた。

 

(これが我儘なら素直とはどういうことだ? 弱音を吐けというのか)

「病人のアルフィア君に強い言葉を掛けるのもどうかと思うけれど……。余程つらいなら診療所に頼んで来るよ」

「……この程度の苦しみなど……」

 

 と、強がりを言ったところでどうにもならない事は自分が一番理解している。ただ、まさかこんな状態になるとは思っていなかった。

 確かに『昇格(ランクアップ)』すれば身体的な増強を感じる事が出来る。それはすぐさま実感できるわけではないけれど、ここまで痛みや熱は感じなかった。

 意識もまだ保てている。だからといってベルに世話を受けるほどかと言われれば――それ程なのだろうと思わなくもない。

 村で生活していた時は割合平気だった。十歳を超えたあたりから距離を置くことにしたのだが、彼の冒険の邪魔になるような事はしたくなかった。

 

「姉さんが干物になるか、ベルが泣き叫ぶか……」

「……なんだその選択肢は。私はまだまだ現役で活動できる」

「……上位冒険者が凄いのは聞いているけど、ボクの見た感じだとこのまま過ごすのは無茶だよ。……アルテミスが居たからって改善するとも思えないけれど」

 

 痩せ我慢してみたところでベルが戻ってくる頃に都合よく治る訳もなく。

 メーテリアと共に熱を冷ます為、何度も冷たい水で濡らした手拭いで彼女の身体を拭く事になった。

 ある程度見慣れているとはいえ、年頃のベルも羞恥を覚えているので出来る範囲の部分だけ担当した。

 

 
 

 

 ただをこねるかと思われたアルフィアが大人しかった為にベルの心配が軽減され、ダンジョン探索に向かう時間が削られるような事態は避けられた。

 目下の問題があるとすれば手持ちの武具が痛んできたので新調する時期に入った事くらい。

 より良い武具を手に入れるにはまだ稼ぎは充分ではなく、リリルカに払う報酬で手一杯だった。

 

「他の冒険者様であれば借金してでも武具を揃えますよ。最初から必要十分に挑む人は余程慎重な方くらいです」

 

 と、経験豊富な荷物持ち(サポーター)は言った。

 駆け出しだから、ということもあるが小柄な見た目とは裏更にリリルカのダンジョンについての知識の豊富さに圧倒される。

 分からないことだらけのままモンスターをただ倒せばいいという考えがいかに甘いか思い知った。――自分の中では侮っていない()()()だった。

 彼女に一を訪ねれば十の答えが返ってくるような感覚だ。

 

「その為、堅実な方ほど時間をかけて資金を集め、少しずつ装備を拡充していきます。誰もが短期間で強くなれるわけではありませんよ」

「……そうですよね」

(リリもそう思っていましたが、割合短期間で強くなってしまいましたが……。やはり隊長は凄いお方ですよね)

 

 リリルカの中ではレベル(ツー)になる事自体は一年以上と見込んでいた。レベル(スリー)は更に倍以上という見込みだったが、こちらも数か月で達成できた。

 レベル(フォー)は【ファミリア】の様子から保留にしていた。

 隊長であるアンティリーネにかかればレベル(シックス)までなら順調に強くしてもらえるのではないかと思ってしまう。――さすがに怖くなってきたので休みを多くしてもらい、今に至る。

 

「ところで冒険者様の【ステイタス】は五〇〇に近いものがあるのですか?」

「もうすぐといったところです」

「リリはあくまで探索のお手伝いですが、増強に関しては素人です。貴方を強くする(すべ)は持ち合わせておりません。別料金ということであれば吝かではありませんが……」

(隊長が引き受けるかは分かりませんが……。この方なら大丈夫そうな気がいたします。早めに現実を知るのも勉強でしょうし)

 

 アンティリーネが弟子を多く取ろうとしないのは気が乗らないから、と聞いた事がある。

 偶々(たまたま)リリルカを強くしたくなった。フィルヴィス・シャリアを強くして見たくなった、という気紛れな理由だった。

 三人目もきっと気紛れで増やすんでしょうね、とは聞いた。

 彼女にとって冒険者の増強はその程度の認識だ。リリルカ達からすれば物凄い事なのだが、当人は重大事と受け取っていないようだった。

 それと復活した隊長は未だ本調子ではなく、活力になるのであればベルを紹介しても良いかもしれない、と思った。

 

「……本当に強くなりたいと思うのであれば紹介できそうな方に覚えがありますが……。如何(いかが)いたしますか? もちろんやる気があるかどうかは冒険者様次第となりますが……」

「もちろん強くなりたいです」

「それは何故です? 浅層であれば充分に戦えているのに。無理して命を削るような真似を……。英雄にでもなろうとか?」

「……確かに目標だけど……、僕の憧れ、なんです」

 

 ベルが強くなる理由は本人も自覚しているが子供っぽい憧れだ。

 物語に登場する『みんなに凄いと褒め称えられるような英雄』を思い描いている。それが簡単ではない事は十二分に理解しているが冒険者となったからには目指したい目標だった。

 世界を救おうとかは考えていない。アルフィア達に褒められたいというのは少なからず思っているけれど。

 

「ふ~ん」

 

 興味無さそうな顔でから返事した後、一歩ベルの下に踏み込み彼の腹に拳を打ち込む。

 小柄な少女の一撃は少年の身体をいともたやすく吹き飛ばす。

 本気であれば骨の数本をへし折れるのだが対人戦においてリリルカはそれほど力を乗せられないので充分に手加減として発揮した。当人は加減まで考慮していなかったけれど。

 

(リリの攻撃で吹き飛ぶ程度ですか……。『耐久(アビリティ)』はそれなりにあるようですが……体重が軽いのかもしれませんね)

「このオラリオは子供の憧れを叶えてくれるような夢に溢れた場所ではありません。悪意と死臭が潜むモンスターの巣窟です。夢破れた冒険者がそこかしこに転がるような場所でもあります」

 

 他に生き方を選べたらリリルカはこんなところから逃げ出したいと思うほど、オラリオは()()ところだ。

 だが、少年は引き返せる気がした。既に【ファミリア】に加入しているが無理して探索などしなくてもいい。それを言えたらどれだけ気が楽になるか。

 リリルカは痛みで(うずくま)る少年に顔を向ける。

 

「早く立ってください。戦闘経験を積んだ冒険者様であればそんなにダメージは無い筈です。貴方はもう弱いわけが無いです。いくらリリが強くても、ですよ」

「……ぐぅ。……はい」

 

 不意打ちとはいえ呼吸困難になって頭の中が混乱したがリリルカの言葉で少しずつ冷静さが蘇ってきた。

 小柄な彼女の攻撃は充分に育った『耐久』のお陰で多少の苦しみで済んでいる。そうでなければ血反吐を吐いている所だ。

 いや、それよりもリリルカの力が思いのほか強くて驚いた。

 モンスターに対しても息を切らさず対処しているところから弱くないのは見ていて理解していた。だが、それでも()()()()()()()()()

 

 第二級冒険者であることを。

 

 リリルカは立とうとするベルに追撃はしなかった。痛めつけるのが理由ではなく、現実を教えるのが目的だったから。

 いや、こんなことをするつもりは無かった。英雄を語ったから、というわけでもない。

 気に障ってもいない。彼には強くなって欲しい、という気持ちがこんな形になってしまっただけだ。だから――とても自己嫌悪に陥っていて顔が赤くなる。

 軽い呼吸でいつもの冷静さを取り戻したリリルカは立ち上がったベルの身体についた土ぼこりを払う。

 

「リリはまだ弱いです。冒険者様に偉そうなことを言えるほど立派でもありません。これからの探索においてもっと優しい人を雇う事を勧めますよ」

「だ、大丈夫です。僕が弱いってのは分かっていますから。リリルカさんが冒険者にとって大事なことを教えようとしている事も……」

(……リリは冒険者にとって大事を教えようとか大層な事は思っていませんよ。これはただの気紛れです。(むし)ろ、怒ってくれてもいいし、このまま契約を解除してもいいんです。……こんなのはただの……偽善に過ぎません)

 

 勿論、やり返そうとすれば反撃する。少し前のリリルカはそうやって世渡りしてきた。

 少し強くなった程度で粋がってはいけない。このオラリオは魔窟も同然だ。自分より強い者などたくさん居る事を知っている。

 

 
 

 

 ベルが探索を休む日にリリルカはアンティリーネに会い――ベルの名前を伏せて――若い男性冒険者について伝えてみた。すると別に構わないと返事した。

 復活してから体調を整える日々を送っているそうなので邪魔になるかもしれないと思っていたがあっさりとした答えにリリルカは驚いた。

 増強に関してアンティリーネの気紛れだとしても乗り気にならなければ話しは終わりだ。

 

「子供の夢は馬鹿に出来ないわ。大人になれば夢から覚めてしまったり諦めたり……、取り戻せない胸の中にあった熱い想いとか(こころざし)は今の私達には至宝とも言えるくらい大事なものよ。いいじゃない。英雄になりたいっていうの」

「隊長がそうおっしゃるのであれば反論はありません」

(私に頼みごとなんて……、久しぶりな気がするわ)

 

 気紛れで物事を決める事が多いアンティリーネは自身が異邦人である事は初期のころから公開していた。だからといって異邦人特有の秘伝を安易に伝える事を今までしなかった。――それは単に伝える気が無かったからだ。

 無気力気味になる事があるとしてもリリルカ達を鍛える事に別段の退屈は感じなかった。そうでなければ早いうちに彼女達を突き放していた。

 後日、話しに出てきたベルと対面するが――

 

「彼はいいとして……。どうして【疾風】と【剣姫】がついてきたのかしら?」

 

 待ち合わせに指定した飲食店にて姿を見せたのは白髪の少年、だけではなく【アストレア・ファミリア】のリュー・リオンと【ロキ・ファミリア】のアイズ・ヴァレンシュタインも一緒だった。

 これにリリルカは少年がリュー達とも鍛練をしている事を知らなかった為に一緒に連れてくることになった、と弁明した。

 ベルはともかくリュー達はそれなりに忙しい筈なのでついてくるとは思わなかった。

 

「す、すみません。リューさん達とも鍛練を一緒にしていまして……」

「強さを求めるクラネルさんが良からぬ相手に騙されないか気になったので」

「……私は師匠の付き添い」

 

 と、最後に言ったのは物静かなアイズだった。

 ベルを除いてリュー達とアンティリーネは少なからず因縁のある相手だった。

 特にリューとはどうしてか敵対する事が多く、何度か撃退したことがあるし、アイズに関しては勝負を挑まれる事があった。――彼女(アイズ)は戦いこそしたけれど敵対関係ではない。

 

「まあいいわ。この少年は私の依頼者だから口出しは控えて頂戴ね。……あと、奢ったりしないから勘定は自分で払って」

「分かっています」

 

 ベルはリリルカが言っていた隊長に顔を向ける。

 年の頃は自分より少し年上でリュー達と同年代に見えた。

 左右で黒と白に綺麗に分かれた髪色と瞳。身体つきは華奢で強そうには見えなかったがアイズ達も見た目とは裏腹に相当な実力者なのでアンティリーネも同じではないかと予想する。

 

「では、改めて。少年、自己紹介なさい」

「は、はい。僕は【ヘスティア・ファミリア】のベル・クラネルです」

「アンティリーネよ。オラリオでは適当に過ごしているわ。それで……、強くなりたいのよね?」

「はい」

「どうして? これは誰にでも聞く質問だから難しく考えなくていいわ」

 

 気の抜けたようなやる気が感じられない喋り方だったがベルは強くなりたい理由を言った。

 子供っぽい憧れで強くなりたいだけでオラリオに居る一般的な冒険者とは違うかもしれませんが、と付け加える。

 彼が喋っている間、リュー達は黙っていた。――食事の注文は既にした。

 

「物語の英雄ね~。いかにもな理由ね。そうしてダンジョンに挑んで現実を知って挫折を味わうわけね」

「……隊長。この冒険者様はそれなりにモンスターと戦えています。まだ浅層ですが、もうすぐ一五階層に挑む予定です」

 

 と、リリルカが補足するもアンティリーネは興味無さそうな態度で空返事をし、女性冒険者に囲まれた形となったベルは気恥ずかしい気持ちで大人しくしていた。

 既に噂に聞いていた冒険者に自分の話しや鍛練に付き合ってもらっていてすごいだと少しずつ実感してきたのだが、とてもすごく場違いな気持ちで申し訳なくなってきた。

 駆け出しの自分に稽古をつけてもらえるというのだから。

 アイズ達とは短時間だがダンジョン探索についての知識も教わっていた。

 

「それで……。貴方はどう強くなりたいの? 英雄といってもたくさん居るし、何らかの形を定めていたりするわけ?」

「い、いえ。詳しい所までは……」

「強さについては明確な形を定めて起きなさい。まずはそれからよ。自分に合わない戦い方はかえって足を引っ張るから」

「はい」

(でも、駆け出しに対して女性冒険者がこんなに。彼は無名の冒険者の筈よね? 私も直接会うまで全然身に覚えが無かったし。……倒れた私を運んだのが彼なんでしょうけれど……。不思議ね~。こういう場合って『運』とかが関係するんじゃなかったかしら? だとしたら……、至高の御方達が最優先で捜索している()()()っていうのがまさに彼ってことになるわよね)

 

 アンティリーネの人生において幾度となく立ちはだかる存在――特異点の保有者。

 それについて今すぐどうこうするわけではなく、まずは観察から始めるのが基本であることを思い出す。勝手に手を出すと怒られるので。

 一見すれば何かがおかしいと感じない日常風景であってもアンティリーネ達にとっては後々大きな出来事に発展する事になる事がある。それはもはや身に沁みついた経験が自然と警告を発してくれるほどに。

 ベルに害があるかどうかは判断できないし、杞憂に終わる事もある。

 偶然の出会いというのは時に時代を本当に動かす事がある。

 

(【疾風】と【剣姫】だけならば私もそれほど気にしなかったかもしれない。【アストレア・ファミリア】に襲われた辺りからかしら? それとも今になって寿命を気にした事だったりするのかしら? あるいは……千年紀特有の変化……?)

 

 色々と想像をしても仕方がない、とアンティリーネは軽く息をつく。

 もし、この場にキーノ・ファスリス・インベルンが居ればもっと詳しい情報が得られただろう。そうすればベルについての不確かなものが明確さを帯びるかもしれない。

 

「既に指導者が居るのに私を頼ろうとか無茶もいいところ。でも、私は暇する事が多いから面倒を見る事自体は出来るわ。どんなポンコツだろうと第一級冒険者にすることだって……。それで貴方の意志はどうなのかしら?」

「受けてくれるのであれば……願ってもない事です」

「【疾風】達に異議はあるかしら?」

 

 丁度料理が運ばれるところだったリュー達も反論する点が見当たらないし、決めるのはベルだと分かっていたので――即答しそうになったが避けた――反論しなかった。というより出来なかった、が正確かもしれない。言い訳が思いつかなかった、ともいえる。

 アイズも口をきつく結ぶだけに留めた。

 二人共、本音を言えば得体の知れないアンティリーネのところに行ってほしくなかった。彼女は正体不明の異邦人だから。

 特にリューは異邦人の不気味さを一番理解している。

 

 
 

 

 三人目の弟子になる――予定――ベルの顔を改めて眺めた後、自分がどういう風に強くなりたいかもう少し明確に固めるように、と指示し来週から鍛練を始めるとアンティリーネは言った。断っても退屈な日々になるだけだったので受けてもいいかな、と思っていた。

 新人教育に関して急激な変化さえ起こさなければ今まで通りの方法で構わないらしく、条件さえ整えば『位階魔法』を与えても良いと事前に許可を得ていた。ただ、魔法についてはマーレかキーノ、あるいはナーベラルとルプスレギナ達の仲介は必要だが。

 

(今まで彼女達に稽古をつけてもらっていたのに私の指導も追加するとなれば……、面白くないかもね)

(クラネルさんは節操がない。ましてあの女は危険人物だ。だとしても私の判断で勝手に遠ざける事も出来ない)

(……三人目も女の人。ベルってモテる子なのかな)

 

 女三人の視線が交差する時、現場に稲光(いなびかり)が発生した様な錯覚をベルとリリルカは感じた。

 上位冒険者が一度武器を抜けば現場はほぼ壊滅してしまう。そのことを少年はうっすらと予感した。

 しかし、周りの心配をよそに食事自体は静かに始まり、戦闘も起きなかった。

 

「あっ、そういえば冒険者様は武具がありません」

「えっ? ふ~ん、そうなの」

(神様から貰ったナイフはあるけど、それ以外はボロボロだった)

 

 リリルカを伴った探索の時はギルドから貸与された武具を主戦力にしていた。それが今は耐久力が限界にきて新しいものに交換しなければならなくなった。

 神様のナイフを使う事自体に何の制約もないが、ただの探索で使うには良い武器なので勿体ない気持ちになる。

 リューとアイズの場合は肉体鍛練と軽い手合わせ程度なので武技が痛むような戦い方はまだ(おこな)っていない。元より自分達の仕事が忙しいのでベルの相手は二人共あまり出来ていなかった。

 アイズはメーテリアから出来るだけ目をかけてやってほしいと言われていた。あと、ベルを弟だと思って、とか言われたので姉っぽくしようと心掛けるようになった。兄弟設定ならロキも怒らない筈、と自分に言い聞かせて。

 

(こちらも許可が居るけど、『武技(ぶぎ)』を覚えさせるのもいいかもね)

 

 現地の(ことわり)の範囲であればあまり制限は無いのだが異邦人の理となると色々と手続きが面倒になる。マーレ達のように裁量権があるわけでもない。

 制限のある自由とでもいうのか。

 無秩序な活動は異邦人側とて看過できないのは理解している。アンティリーネも彼らに逆らおうとは思っていないし、そんな実力も方法も持ち合わせていない。なにより――自分の本体が彼らによって守られている。

 

「とりあえず、レベル(スリー)を目標にしましょうか」

「……がんばります」

「クラネルさん。そんな安請け合いに応じて大丈夫なんですか?」

 

 と、ついリューは口を出した。さすがに駆け出し冒険者にレベル3という単語は看過できない。いつもであれば詐欺を疑う。だが、相手はアンティリーネだ。得体が知れない事とベルがどんなことされるのか心配で仕方がない。

 アイズも思わず腰に携帯している鞘に手を掛けた。

 

「大丈夫も何も強くなるのは彼次第よ。うちの弟子たちはちゃんと強くなっているし、彼であっても問題ないと思うわ。……心が折れない限り」

(……不穏な単語が)

「だが、貴女は異邦人だ」

「……差別発言に聞こえるんですけど」

 

 リューの恫喝に似た怒声に対してアンティリーネは眉根を寄せて不満を表す。

 異邦人は今まで表舞台に現れず、秘かな活動ばかりしていた。そのせいか、未だに怖がられている。――得体の知れない存在として。

 ベルは一触即発の現場でオロオロし出したがリリルカが大人しくしてください、と彼を(たしな)める。

 

「クラネルさんを(そそのか)す事を見過ごすわけには参りません」

「【アストレア・ファミリア】はマーレ君に唆された、という認識なのかしら? それこそ見過ごすことのできない暴言よ」

「ま、まかさ条件があんなものだとは思わなかっただけです」

「彼らは対価として要求するわ。それの何処がおかしいのかしら?」

「では、貴女はクラネルさんにどんな対価を要求するのですか?」

 

 売り言葉に買い言葉、という風にリューは言い放つ。

 マーレ達は対価を要求する事は確かだがアンティリーネは特に要求する事は無い。しいて言えば退屈を紛らわせる事、だろうか。

 日常生活において自由を与えられているが何らかの目的を与えられているわけではない事は確かだ。ゆえに異邦人同士でぶつかる事も無いとは言えない。

 

(隊長はリリ達に何か要求しましたっけ? 金払いがいい事を除けば……、上納金を払えと言われていませんし、何らかのドロップアイテムの要求もありませんね)

 

 無理に探すとすれば情報だろうかとリリルカは小首を傾げた。

 アンティリーネは探索以外において無気力な姿をよく晒す。厳しい一面が見当たらない程に。

 無償で活動しているわけではない筈だが戦闘を除けば優しい部類に入る。怪我もしっかり治してくれるし、と。

 それと所属する【ファミリア】の脱退を要求しなかった事を思い出す。

 

「まあ、そうね~。何もないんじゃあ怪しいわよね~。でも、これといって思いつかないのよね」

「そんなことをおっしゃる【疾風】様は普段この冒険者様にどんな要求を成されているのですか?」

「何!? 私は……【剣姫】の紹介で彼に稽古をつけているだけだ」

(師匠が責任転嫁!?)

 

 アイズは僅かばかり衝撃を受けた。

 言っている事に間違いがないので反論できない。アイズはベルに対してお詫びのつもりでリューを紹介した。だから、彼から利益を得ようとは思っていない。

 決して(やま)しい気持ちは無い、とリューを見つめる。

 

「なら、私がやりたいようにやってもいいじゃない」

(……そういえば皆様違う【ファミリア】ですね。普段は敵対している筈なのに……)

 

 厳密に敵だと言い切れない仲ではあるが一人の少年を巡って争っている事は確かだ。リリルカの目から見ても異常事態に思える程に。

 それと対価があった方が話しがスムーズに進むことに気が付いた。

 無償は要らぬ混乱を起こす。リリルカとしても怪しむ点だ。

 

 
 

 

 大荒れになるとリリルカは予想して身構えていたがベルの静止の言葉によってリューとアイズは引き下がる。アンティリーネはただ楽しそうに微笑んだだけで微動だにしなかった。

 脳内に『僕の為に争わないで』と聞こえたような気がしたのはリリルカだけでは無かった筈だ。

 

「クラネルさんがその女につくというのなら……。心配ですので私も付き合います」

(あと)数人増えたところで構わないけれど……」

 

 アンティリーネの言葉にアイズも無言で立とうとしたが運ばれた料理を殆ど食べていない事に気付いて大人しくした。

 基本的にアイズはお喋りではないので黙っている事が多い。ただ、ベルとの鍛練の時はわりと喋っている。――【ロキ・ファミリア】に居る時よりも。

 

「少年。三人の師匠につく、ということだけど……。誰か一人に絞る? それとも都合がつく日に三人まとめて指導を受ける?」

「……可能であれば都合が付く日に……。このお二人には今まで通り教わりたいです」

「人はそれを節操無しっていうのよ」

 

 リューとアイズは毎日彼に付き合っているわけではなく、週に二回。主に朝方。

 アイズは最初こそ付き合っていたが【ロキ・ファミリア】でも下位の冒険者を指導する立場に居るので今は様子を少し見るだけになった。

 節操無しとアンティリーネは言うが週の都合を考えればベルの指導に三人共何ら支障は無い。

 ベルからすれば厳しい条件を突きつけられるかと覚悟していた。トントン拍子に決まっているがアンティリーネ側から何もないのか聞きたいところだった。

 少年の懸念と同様にリリルカも隊長が何も条件を示さない事に疑問を覚える。自分の時も気紛れとは言われたが条件らしいものが無かったことを思い出す。

 アンティリーネはベルの鍛練を引き受けると約束した後、食事を終えた彼らを見送るまで大人しくいていた。そして、リリルカは二人だけになったところで尋ねた。

 

「隊長。条件の提示をなさらなくてよろしいのですか?」

「リリルカが連れてきたから特に無いわよ。……貴女は彼に何かを感じ取って連れてきたのでしょう? 最初はそれで構わないと思うわ」

(……えっと、リリをそこまで信用していただけるのは嬉しいのですが……。後が怖いですね)

「縁は未知を刺激する。きっとそれも運命の一つなのよ」

「リリにはよく分かりません」

「私だって分からない。……でも……」

(ベル・クラネルは少なくとも私を三度めった刺しにした。容赦なく顔を狙ってくる陰湿さ。きっとあれが世界の敵なのね。リリルカ達の様子から並行世界については感知できないようだけど……。ここのキーノが居なくて良かった、のかしら? それともアリス達を連れてくれば良かったかしら? 少なくとも……)

 

 八八体居るという異邦人にとっての超常たる敵はオラリオ――ひいてはこの星にはまだ存在していないと言われてきた。であればベルの敵対行動は何を意味するのか。

 全ての世界に対して対処できるわけも無いのだが、知ってしまうと気分も沈む。

 強さ的にも少し弱体化したアンティリーネを凌駕しているところから異常な速度で成長した存在である事は間違いないし、武器の使用からただ強いだけか、あるいは――アンティリーネに対してその程度の攻撃で充分だと侮っているか。

 

(とにかく要報告ね。……並行世界の私達はそれぞれ怪我こそしたようだけど、きちんと迎撃した、気がするけど死んだ場合も……。いや、そこまで強いとこっちに干渉とかしてくるのかしら? ……警戒は……専門家に任せた方がいいわ。今の私は長い休暇中って事になっているし……)

 

 もし、彼が自分達の敵であれば戦うしかないが可能であれば避けたい。それにまだ確定したわけではないが嫌な予感は大抵当たるものだ。

 アンティリーネが覚醒時の時には大半が先頭を終えた後だったので強さについては予測しかできない。

 自分の知る敵の強さはほぼ圧倒的に強いとしか言えない。彼女をして勝てないと言わしめる。

 至高の御方という存在でも戦いを避けたい相手だという。

 だが、それでも一度でも戦い事になれば逃げられない。

 

(……杞憂であればいいわね。英雄に憧れるベル・クラネル。【静寂】が大事にしているから仲良くなる方向で行こうかしら。こちらの彼はいい子のようだし)

 

 色々と危惧する点があるが今のところ少年は無害だ。受けた印象からもそれは間違いない。三人のベルの攻撃はどれも黒いナイフを所持していた。そのどれもが禍々しいオーラを纏っていた。であれば武器の影響か、はたまた少年の影響か。

 何にしても驚異の方から来てくれたのだから充分に対処すればいい。数千年の昔からしてきたように、敵であれば迎え撃てばいい。

 リリルカが携えてきた縁によって曖昧だった自分の流れを整えてくれるかもしれない。

 それと――攻撃を受けた自分達は無事に迎撃に成功したようで殺された、という感覚は届いていない。それはつまり対抗可能の範囲であることを意味する。そうでなければ冷や汗の一つもかいているところだ。

 

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