ダンジョン・フラグメント   作:トラロック

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17 遊星歯車装置

 白髪の人間(ヒューマン)の少年ベル・クラネルは強くなりたいと願った。憧れの英雄達のように。

 ただ、どのように強くなるかは明確になっていない。

 誰もが憧れる凄い英雄という曖昧なもの。

 【絶死絶命】のアンティリーネはモンスターと戦う少年の姿を眺めつつ必要な助言を繰り返す。

 リリルカ達のようにいきなり暴力に出る事は無く、まずは戦い方を観察する所から始めた。

 鍛練と言っても毎日(おこな)うわけではなく森妖精(エルフ)のリュー・リオンや【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインとの鍛練がぶつからない日に限る。

 

(……既に身体を鍛えているからか、それほどおかしな動きは無いわね。教える人が優秀だからかしら?)

 

 今日はリリルカが別の仕事で不在の為、代わりに共としたのは黒髪の森妖精(エルフ)であるフィルヴィス・シャリアだ。

 白い戦闘衣(バトル・クロス)を纏い、厳しい眼差しで駆け出しの少年を見据えていた。

 本来ならば懸念事項を片付ける為の行動を取る予定と考えていたのだが、目標とてずっと黙っているわけではないと思い様子見する事にした。既にナーベラルを通じて至高の御方に報告し、対処を検討してもらっている。

 

「浅い階層のモンスターをたくさん倒していても『昇格(ランクアップ)』はしないわ。経験値を積めばなんとかなるわけでもない」

 

 この理屈は現地の者には通用するがアンティリーネ達、異邦人は経験値を積む概念がある。そして、それらは必要な能力値に振り分けられる。

 総合的な強さでは迷宮都市(オラリオ)の冒険者の方に()があると予想されていた。

 

「全ての能力値を限界まで上げてから『昇格(ランクアップ)』した方が総合的にも有利に立てる。単に強くなりたい、というだけでは足元をすくわれるわよ」

「はい」

(素直な少年なのよね。……それがどうして……。人の道筋は無数に存在し、その結果によって善悪や強さが変わってくる)

 

 現時点でベルがアンティリーネを打倒する事は不可能だ。それなのに攻撃を通してくる()が少なくとも三つほどある。

 一つくらいなら予測が立てられる。問題は目の前に居る少年の今後だ。悪い方には傾かない気がするのだが、と思っても不安が拭いきれるわけでもない。それがとてももどかしい。

 

「途中参加だから様子を見るだけになっているけれど……。戦い方を除けば(おおむ)ね問題は無さそうね」

(駆け出しにしては、そうかもしれませんが……。隊長の時間を使わせるとは……。それに他にも指導を受けているなら何も……)

 

 側で見守っているフィルヴィスにしてみれば急に現れた厄介者だ。リリルカの時は自分が後から加入したので文句はないが、足手まといが増えたようにしか見えない。しかも隊長はのんびり見守ったり声をかける程度に留めている。

 復活して間もないからかもしれないが、随分と悠長だなと疑問に思った。

 

 
 

 

 冒険者になって間もないベルは順調に階層を攻略し、現在位置は霧が立ち込める十一階層まで降りた。武器はアンティリーネが適当なものとしていくつか与えてくれた。

 一人での討伐なので集団戦が苦手なのは想定内だが単体の撃破に今のところ問題が無い。

 技術は我流でもモンスターを倒せていれば文句はない。

 

(……この子、まだ駆け出しなのよね? 魔法を習得していないとしもちゃんと戦えているし、次の階層にも行けそうね。……他の冒険者なら少しずつ恐怖心が募るところなのに)

「武器がいいからとも思ったけど、そうでもないようね」

 

 特別な技術があるわけでもない。

 言われたことを忠実に、一生懸命に(こな)しているだけ。

 時にはモンスターから攻撃を受けるけれど、すぐに立ち上がって敵に挑む。

 よく言えば今時珍しいほど真っ直ぐな冒険者に見えた。――悪い点は駆け出し特有のものばかりで仕方がないけれど。

 

(純粋な冒険者というのは確かに希少な存在だけど……。おっとっと……)

 

 物思いに耽っていると急に後ろに引っ張られた。

 気配が希薄だが現場にはベルとフィルヴィスの他にいくつか存在し、そのうちの一つがアンティリーネを引き倒した。

 見た目は冒険者に似つかわしくない華美な衣服(ドレス)を纏う金髪碧眼の少女。今回の鍛練に呼び寄せた存在でもある。

 モンスターからわりと離れた位置に居たにも関わらず、引っ張られたという事は構ってほしいという意味に普通ならば取られる。だが、今回はそうではなかった。

 

「まさかと思ったけれど。事実みたいね」

「……今、攻撃されたの?」

「避けなくても問題ないもの(攻撃)だったけれど、それはここに居る貴女だけ。運命の引き合いで他の者も何人か助かったわ。性質(たち)の悪い冒険者という事だけど確かにそのようね」

 

 フィルヴィスにとっても初めて会う手合いだが隊長と親しいようなので黙っていた。

 余計な手出しをしてはいけないと強めに言われていた事もある。

 

「冒険者が発現する独自の技術(スキル)って奴ね。当人に自覚は無いようだし、単に強い攻撃としか認識していないみたい。でも、私から見れば充分脅威なのよね。こんな存在が居るとは……」

「……で、私はどうすればいいかしら?」

「彼より強くなればいいんじゃない? 後は……私達の友人に手を出したのだから条件を揃えてくれれば干渉出来るようになるし、こちらが黙っている内に勝手に解決しちゃうかもしれない。今は様子見が精々ね。こちらの彼は問題ないのは私が保証してあげる」

「分かったわ。ありがとう」

 

 礼を言うと衣服(ドレス)を纏った少女は音もなく姿を消した。それを確認した後、アンティリーネは軽く息をつく。

 見た目は可愛い女の子だが至高の御方ですら討伐出来なかった存在だとか。――だからこそ存在していると言える。

 現在は相談役として旅に同行しており、敵対行動も取らないと約束を交わしていた。それ以前は全滅必死の戦いを()いられたとか。

 そんな化け物じみた者の相手はしたくないので詳しく聞く事を避けていた。

 

(……改めて知ったけれど、あいつヤバイわね。二〇〇年もの継続戦闘を強いられた、ですって? いくら長命の私でも相手にしたくないわよ)

 

 どんな風に戦ったのか今更聞いても仕方が無いし、何だがとても面倒くさそうな予感がしたので少女の事は保留のままにすると決めた。

 それよりも敵の正体について考えなければならない。

 目の前に居るベル・クラネルは無害である。それ以外は有害ということ。

 少なくとも三人分の敵が居てアンティリーネと渡り合える実力、または技を持っている。

 並行世界での事なのでこちらから対応する事が出来ない。――これはアンティリーネにその技術が無いだけで他の者であれば出来る可能性があるという事だけ分かった。

 

(干渉できない筈の世界の様子が見えた。見えてしまったから脅威に感じた。……縁はやっぱり不思議に満ちているわね)

 

 並行世界と呼ばれるところから攻撃を受けるのは今回が初めて、というわけではない。

 アンティリーネも少なからず経験はあるのだが遠い昔の出来事となっていた。

 大抵は文化を持つ星で起きる。人の営みが生む運命の一つとも言えるし、至高の御方達も慣れた様子だった。

 

(大きな力は人をダメにする。でも、使い方を誤らなければ英雄にもなれる。……真っ直ぐに育たなかった可能性の彼ってわけね)

「……なら、早めにこちら側に引き込めばいいってことかしら? それはそれで余計に悪化しそうだけど……」

 

 至高の御方とは別にベル・クラネルの側には【静寂】のアルフィアと【静聴】のメーテリアが居る。勝手に弟子にした事を怒らないとも限らない。

 鍛練()()なら問題は無いが位階魔法と武技も、となれば流石に出てくるはずだ。

 

 
 

 

 白髪の少年が【絶死絶命】に師事している頃、森妖精(エルフ)のリュー・リオンは【アストレア・ファミリア】の仲間達に引っ張られるように『豊穣の女主人』という酒場で食事をする事になった。

 この酒場には余裕がある時に手伝いにも来ているが今回は客として訪れた。

 夕方から忙しくなるのだが、人使いが荒いと評判の女主人ことミア・グランドに――半ば強引に――給仕として使われてしまう。

 働いたらちゃんと給金が出るので文句はあまり言えない。

 

「私達が活動を始めて随分経つけれど、仲間も増えて安定期に入ったと思うわ」

 

 音頭を取るのは団長である赤髪の女性冒険者アリーゼ・ローヴェル。現在、本当に本気で恋人募集している。

 正義を司る神に仕えてから何度も窮地に立ち、何度も生き残ってきた。

 今日が最後ではないかと弱音を吐く事も一度や二度では利かない。

 

「眷族が増えれば管理も大変になる。三分の一は別の街に行ったまま帰ってこないけどな」

「アストレア様の命を受けて旅立った子達については()()無事だそうよ」

 

 小人族(パルゥム)のライラの言葉にアリーゼは素直に答えたが不穏な言葉だった事に他の仲間が眉根を寄せる。

 別動隊の目的は新しい武器を手に入れる為だ。

 いつもはのんびりとしたアストレアだが唐突に命令を下す事がある。神の直感というのか、指示出しが唐突の時は団長以下に緊張が走る。

 いつも本拠(ホーム)である『星屑の庭』に居るものと思われているが結構な頻度で姿を消す。

 何処に行っていたのか答えた事は無く、いつもはぐらかされる。団長のアリーゼでさえ未だに聞けていない。ただ、勘として悪い事ではないと感じているので、そうですか、と言って諦める。

 不在時の様子以外、大抵の事は聞けば答えてくれる。他の眷族達の様子などもその一つだ。

 

「古株のメンバーが揃って位階魔法を習得した事にアストレア様は寛大な気持ちで迎えてくれた。本当は気が気でなかったでしょうに」

「団員の増強はいつだって急務だ。少しでも活躍の幅が出来ればアストレア様を安心させる事が出来る」

「……得体の知れない力は身を滅ぼすと今でも思うのですが……」

 

 否定派であるリューも位階魔法を習得した。これは半ば自棄(やけ)になった結果とも言える。

 元々の魔法とは別系統で生活に役立つ魔法の数々は今も便利に使っている。どの道、習得したものはどうしようもない。

 

(……レベル(ファイブ)になって習得した魔法よりも使う頻度が多い)

 

 位階魔法を(もたら)したマーレ・ベロ・フィオーレという闇妖精(ダークエルフ)とは今も付き合いがあり、能力について相談する事がある。

 最初は毎回対価を要求されるものと思っていた。

 彼の(げん)によれば対価が必要な事はちゃんと教えます、とのこと。後出しで徴収したりしない、と。

 

「お待ちどおさま」

 

 と、アリーゼよりくすんだ赤髪で眼帯を付けた女給仕が料理を運んできた。

 彼女はポーラ・ニーカ。年の頃はアリーゼ達と同い年で同期。そして、現役の冒険者でもある。体型的にふっくらしているのは『幸せ太り』らしい。何故、そんなことになっているのか知るのはアリーゼ達古参のメンバーだけ。

 

「今日は随分と大所帯ですね。どこかの【ファミリア】でも潰すんですか?」

「潰さないわよ。交流。正義の使徒も安らぎや癒しが必要なの」

「人数が多くなれば出ていくものも多くなる。ちょっとした出稼ぎ前の祝い事さ」

 

 褐色肌で狼人(ウェアウルフ)のネーゼ・ランケットが言った。

 こうした催しは珍しくなく、ゲン担ぎの意味もあると前にポーラに言ったことがある。それだけで彼女(ポーラ)はそうですか、と言って引き下がっていった。

 あっさりと下がっていったがポーラと【アストレア・ファミリア】は数年来の友人でもある。特にアリーゼとは喧嘩友達だった。

 

 
 

 

 堅苦しい話題をせず仲間内で食事を楽しんでいると新たな来客が訪れた。

 昼時の客足が少ないころを狙って【アストレア・ファミリア】が居座っているが貸し切りにしたわけではない。あと、食事は残り物が多く、前もって予約していたからこそ彼女達は飲み食いできている。

 店にやってきたのはアリーゼ達にも面識のある【ロキ・ファミリア】の面々だった。それも普段は本拠(ホーム)に居る事が多い幹部達。

 さっそく猫人(キャッピープル)の給仕が席に案内する。

 『豊穣の女主人』に務める給仕は猫人(キャットピープル)が多く、大半が第二級冒険者だ。

 何らかの事情で生活が苦しくなったり表で活動できないような脛に傷を持つ者が多いとか。――ポーラの場合はミア直々にスカウトし、リュー達の場合は金策の一環だ。

 

「昼間の酒場に【勇者(ブレイバー)】様が来るなんて……。神様が何かやらかしたのかな?」

 

 そうライラが茶化すと【勇者(ブレイバー)】という『二つ名』を戴いた小人族(パルゥム)の第一級冒険者フィン・ディムナは苦笑した。

 見た目は金髪の少年にしか見えないが人間(ヒューマン)の年齢で言えば中年を超えているとか。これは名言こそしないが本人もある程度認めている。

 

「たまたまだよ」

 

 お供に連れている緑髪の王族(ハイ・エルフ)であるリヴェリア・リヨス・アールヴに対して現場に居る二人の森妖精(エルフ)はすぐさま平伏した。

 もう一人の幹部であるドワーフのガレス・ランドロックは早速酒を注文していた。

 他にも何人か居たがそれぞれ席について大人しくしていた。

 全体の人数としては十人未満。顔触れからもそれほど気になるような面々ではなかった。

 もし、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン達も含めれば何かしらの決起会と思われるだろう。

 

「そういう【アストレア・ファミリア】はこれから深層探索にでも赴くのかい?」

「仲間達との交流会よ。深層はまだ難しいわね」

「先立つ物が心許ないってのが本音さ」

 

 【アストレア・ファミリア】の副団長であるゴジョウノ・輝夜はフィン達を無視しているわけではなく、偶々(たまたま)喋る機会が無かっただけでちゃんと参加している。

 顔見知りの冒険者が集まれば平穏そのものだが、ここに若手が混ざると大抵喧嘩が起きやすい。

 特にそれは男性冒険に多い。

 女性冒険者は喧嘩が起きてから参加して被害を増やす方だ。

 

「合同探索に参加する気はあるかい? 今回の目的は『安全階層(セーフティポイント)』で拠点の増強だ。まだ計画の段階だけど近いうちに深層に挑もうと思っている」

「あら、素敵な提案だけど……私達には荷が重そうね。こっちは探索階層を増やす余裕が無いのよね。合同探索だとしても……」

「聞いてみただけさ」

 

 他の【ファミリア】と合同で探索する事は別に違法ではない。言える事もあるというだけ。

 金策という点では魅力のある提案だが【アストレア・ファミリア】としての実力で言えば難しい。最高で四一階層止まりだったから。

 今の実力ならフィンの後についていく事も無理ではないかもしれないが若手を置いていく事になる。団長としてすぐに頷く事が出来なかった。

 

「成功率を上げるために異邦人のマーレ・ベロ・フィオーレを雇おうと思っている」

「……フィン。その名を出すということは私達を意識しているのかしら?」

(確かに味方が多ければ探索も楽になるわ。本腰を入れたいのね、きっと)

(あいつを雇えば探索はかなり楽になりそうだな)

「いやいや。参考までに彼についての情報が得られればいいなと思っただけだよ」

 

 アリーゼとフィンが知る限りマーレは深層探索の仕事は受けていない。

 何故なのかと言えば現地の冒険者の活動について勉強する為で異邦人である自分達が深層に挑めば色々と迷惑がかかる、という言い分だった。

 異邦人は神々と何らかの盟約を交わし、活動に制限が設けられている。――この辺りの話しはそれぞれ聞いた事があるようだ。

 マーレ個人の情報はだいたい秘密と言って話したがらない。これはフィンも聞いていない筈だ。

 

「本人に聞けばいいんだろうけれど、たぶん教えてくれないわ。魔法については結構ベラベラと喋ったんだけど……」

「習得方法が特殊で教えた程度では身につかない。こうして世間話として話題に出しても自力で習得する事はほぼ不可能らしい」

 

 一般的に知られる魔法は個人の資質に関わる。その点では情報として話した程度で習得する事が出来ないのは理解できる。

 他人の魔法に憧れて懸命に努力すれば同じような魔法を習得する可能性がある、かもしれないというもの。

 確実性を上げるなら大金を費やして『魔導書(グリモア)』を読む方法がある。こちらは不向きだったら読んでも何も習得できない。

 

「……もし、欲が(まさ)るのであれば御覚悟を」

 

 苦虫を噛み潰したような苦しそうな顔でリューはリヴェリアに言った。勇気を出したことに同僚の森妖精(エルフ)であるセルティ・スロアが彼女の頭を撫でようとしたが触れる前に手刀で防がれた。

 ここで駄目だと言っても知識欲が(まさ)れば防ぎようがない。自分達がそうであったように力が欲しくない冒険者など稀だ。

 魔法について誰よりも欲深いのは森妖精(エルフ)種くらいだ。

 

 
 

 

 魔法の対価については食事処ということで控えざるを得ないが――おそらく言っても大丈夫ではないかとアリーゼ達は思っている。厳密に守秘義務を課されたわけではない。

 可能性として何らかの制約が身体にかかっているのではないかと思って言わないようにしていだけだ。

 自分達以外で位階魔法を扱うのはアリーゼ達が知る限り【ミディール・ファミリア】の団長キーノ・ファスリス・インベルンのみ。

 人前で結構披露していたところから魔法自体は他の冒険者に見せても問題は無いようだ。そうでなければ口封じされてもおかしくない。

 

「……肝に銘じておく」

 

 人伝で正確な情報を得られるとは思っていないし、制約などでアリーゼ達に被害が出ては目覚めが悪いのでリヴェリアは大人しく引き下がった。

 合同探索についてアリーゼは検討するとだけ答えた。他の仲間からも反対意見は無く、酒場に賑やかさが戻った。

 それから数日後、数人の仲間を引き連れたアリーゼはマーレを発見した。

 一人で冒険者ギルドに向かい何らかの手続きを取っていた。超常の力を持つ冒険者である筈なのだが、はた目には少年――というか少女然とした格好で風景に溶け込んでいる。

 

(何の違和感も無いところが凄いわ)

 

 位階魔法という特殊な能力を扱う筈なのに、と。

 彼の活動は地味で他の【ファミリア】のお手伝いが多く、鍛練も(おこな)っている。その中で位階魔法に手を出したのは【アストレア・ファミリア】だけ。

 話題に出ないわけではないだろうけれど、対価が判断の決め手になっているのかもしれない。

 アリーゼ達に気付いたマーレが頭を下げたので彼女達も返礼した。その後は何事もなく別れていく。

 

(私達が位階魔法を話題に出しても何も言ってこない。別に構わないということ? それとも気付いていない?)

 

 考えても仕方がないと思い、自分達の仕事を再開する。

 現在、オラリオの各地で小さな地震が発生し、植物モンスターが何処からともなく現れるという。

 今のところ建物の被害だけ。多くは【ロキ・ファミリア】が対処に当たっていたのでこの程度の被害で済んでいると言える。

 自分達ではなく他の【ファミリア】なのは発生地点に居合わせたからだ。

 

「私達を避けて人気(ひとけ)の多い所を狙うとは」

「またきな臭くなってきたな。そもそもその植物モンスターっていうのはどんな奴なんだ?」

 

 多くの目撃情報があるのでギルド職員に尋ねてみた。

 長閑で平和な日常は長続きしない。それもまたオラリオらしいと言える。

 

 
 

 

 全身大火傷状態にまで陥ったアルフィアはたまたま彼女の事を知ったマーレが立ち寄った事であっさりと解決した。

 痩せ我慢はいけませんよ、という呑気な言葉をかけて彼は立ち去った。

 薬品も診療所に務める者の魔法も効果薄だったのに。

 

「……あれが噂の黒妖精(ダークエルフ)君か。初めて見たけど、とんでもないね、彼……」

 

 女の子の服装だがヘスティアはマーレが男性であるとすぐに気づいた。

 対応は至極丁寧で礼儀正しい。好感が持てる人物に見えるが仲良くしたいとは思えなかった。

 非人間的な存在。あれは本当に生き物なのか、と疑問に思うほど。

 

「また借りが出来てしまったな」

(……それとこの装飾品……。惜しげもなく与えて来るとは、相も変わらず何を考えているのか分からない)

 

 アルフィアの腕に着けてられた装飾品(アクセサリー)は継続的に癒しの効果を与えるものらしい。ただし、病気は治さず怪我の(たぐい)のみ。

 確かに劇的な効果を(もたら)すようだが完治したとはいえない。

 

「とにかく良かったよ。火傷の痕も殆ど治ったみたいで」

「要らぬ迷惑をかけた。……こんなことになるとは……」

 

 それと妹のみならずベルにも心配をかけてしまった。

 孤高の女王とて今回の事は(こた)えた。少しは母親らしいところを見せて可愛がらないといけないな、と。――ベルにとっての実の母ではないが育ての母として。

 それから少し経って水色の髪の主神アルテミスが駆け込んできた。

 

「アルフィア、無事か!?」

「……ああ、何とか生きている」

 

 眷族の様子を何らかの予感として感じ取れる神は当然、アルフィアの異常にすぐ気づいた。だが、都合が悪い事にオラリオから離れたところに居たので心配であったが我慢した。それから何とか都合をつけて大急ぎで戻ってきて今に至る。

 そんな主神についてきた眷族達が外で倒れている様にヘスティアが驚いた。

 

「君の眷属(子供)達が倒れているぜ。どれだけ無茶をやらかしたんだ」

「……アルテミス様の無茶は今に始まった事ではありませんが……。行動が唐突過ぎます」

 

 荒い呼吸を整えながら【アルテミス・ファミリア】の団長レトゥーサが言った。第二級冒険者の筈だが未だに主神に振り回され、その為に強さに自信が持てない事に近頃悩んでいた。

 主神(アルテミス)を一人で行動させるわけにはいかないと思っているのだが相変わらず行動が早くて困る、とぼやいた。それと下手な冒険者より強いので始末に負えない。

 その主神は疲れを見せる眷族を無視してアルフィアの身体を触っていた。

 心配の度合いからレトゥーサ達を無視しているように見えるが、実際は分け隔てなく面倒を見る。今回はアルフィアだっただけだ。

 

「二段階もの『昇格(ランクアップ)』は私も経験がなかったからな。まさかこんなことになろうとは……」

「……性急な強さは身を滅ぼす。そんな格言が必要になるくらいには参ったよ」

 

 と、弱音を吐くアルフィア。

 自分でも予想だにしない不具合に心底呆れを覚える。今後の事を思えばいくらでも強くなる必要があったのだが、その前に倒れるようでは話しにならない。

 その後、労いの言葉をかけてアルテミス達は一旦引き下がることにした。様々な事柄をほっぼり出してやってきた為に戻る必要があった為だ。

 狩猟を司る女神は基本的にオラリオの外で活動する事が多い。近隣の村の警備もその一環であるが詳しい内容については言わなかった。――オラリオの冒険者はギルドの規定で外での活動を制限されているが【アルテミス・ファミリア】は例外だった。

 

 
 

 

 神々は基本的に下界では何もしない。ただ眷族達を眺めるだけ。

 一部は知識を与えたり導いたり助言を与えるけれど、行動に移す事は稀だ。

 本拠(ホーム)に引き持ったり、偉そうにふんぞり返る以外では無害に近い存在と言える。それは悪の側面がある神々も同様だ。

 ヘスティアのようにアルバイトに勤しんだり鍛冶仕事に就く事もある。

 建設中の『ナザリック地下大聖殿』の主である女神エニュオも玉座に座りこそすれ特段の命令を下したことは無い。――実のところ地上進出も世界征服のような野望も表明したことは無い。

 彼女の真の役目は――活動中の人員を労う事だ。

 地上に居る冒険者や眷族と同等の扱いをする。

 元々、彼らの主は至高の御方と呼ばれる存在だ。現在、御方という存在は役目から外れているのだが部下は未だに神と同等以上に慕っているので定期的に労うようにしていた。

 あまりにも神格化しすぎて別の場所では完全に宗教と変わらなくなってしまった、という話しがあるとか無いとか。――流石にこの星にそんな宗教は作らせなかった。

 建設中の施設なので活動する者達はどこかで休む必要がある。そこは初期の頃、最優先で造られた。見た目には豪華な宿泊施設だ。地下空間とは思えない地下の楽園として存在している。

 異邦人が持ち込んだアイテム類で農作業も出来、水源も確保されている。そして、日の光りさえも。

 年月を重ねるうちに従事する面々も変わり、モンスターが多くなってきた。

 彼らは人語を介する意志ある特殊個体『異端児(ゼノス)』と呼ばれる。通常のモンスターと違って殺意に満たされているわけではなく前世の記憶を持っているらしい。前の人生について正確には覚えておらず、かつては冒険者だったり冒険者に殺されたモンスターだったり、様々だった。

 自意識に目覚めた彼らは意志疎通が可能となり、いつしか文化を形成していくようになった。そんな彼らを発見し、交渉の末に建設作業員として雇って今に至る。――ちなみに作業に従事する内、二割ほどが異端児(ゼノス)である。

 ただ、千年近い建設作業というのは現実的かと言われれば否だ。大半は異邦人の拠点作成に使われている。それを現場で作業する異端児(ゼノス)達には伺い知れないだけだ。

 ある意味では職業訓練になっている。

 そんな彼らの為に何処からともなく食材を持ってきて優秀な料理人が栄養豊富な美味しい料理を振舞う。

 働きやすい環境。健康的な生活。正しく夢のような場所だ。そんな快適過ぎる現場に疑いを持たないかと言われれば否定はできない。

 この施設を任されたキーノ・ファスリス・インベルンも毎回言い訳を考えるのに結構な時間を割いている。

 それからこんな地下空間の存在意義は何なのか。

 

 異世界のロマン。

 

 ただこの一点に過ぎなかったりする。

 実際、この施設は異邦人にとって重要な拠点、という位置づけにはなっていない。

 彼らにとってこの星での活動は観光に似ている。マーレがわりと活動しているように見えるが彼らからすれば困っている人達へのお手伝い程度だ。

 文化を学ぶことも嘘ではない。ただ、現地の者達は異邦人の事情を未だ理解していないので疑っている。おそらく理解にはまだまだ時間が必要になってくるだろう。

 相互理解が進めばいずれ本当の意味で隣人関係が硬く結ばれる筈だ。そんな日が来ること女神エニュオは思いつつ仮面を撫でる。

 

 
 

 

 時は流れ、喧騒に包まれるオラリオにて【絶死絶命】の足元に転がるのは禍々しい戦闘衣(バトル・クロス)をまとう黒髪の森妖精(エルフ)であるフィルヴィス・シャリア。

 推定難度レベル(セブン)の実力者が成すすべもなく打倒された。

 全盛期の実力を取り戻したアンティリーネにかかれば造作もない。両者の実力はそれほど差があったというだけ。

 

「貴女は神様から聞いた事は無いかしら? この地に降臨した神様って強さ的には一般人程だけど全知零能って」

 

 地に伏せるフィルヴィスは沈黙する。

 喋れないわけではない。身体に座られているとはいえ呼吸は楽な方だ。

 今はただ自分の境遇が信じられず、混乱の極致にあった。

 

「その全知零能の穀潰しでも冒険者に引けを取らない実力を持っている。もちろん【ステイタス】によって増強されている冒険者の方が実力的には強いんだけど……。それでも、神様には届かない。経験の差が圧倒的だから。つまり、その長い年月の積み重ねは私にも適応されるのよね。やろうと思えば無傷で完封できるってわけ。それが【猛者(おうじゃ)】相手でも【静寂】相手でも」

 

 彼女の言葉は大言壮語でもなく厳然たる事実である。

 元々武人でもあるアンティリーネは強者との戦いを誰よりも望んでいた。僅かな期間――彼女の認識の中では――戦いから外れていたとはいえ(つちか)った経験は簡単には無くならない。

 戦鎌(ウォーサイズ)を主体としているが実のところ何でも使う。剣でも棍でも暗器でも。

 

「圧倒的な差を感じられたかしら? それともここで諦める?」

「……いいえ。お相手ありがとうございます」

「素直な子は好きよ。……でも、運命を変える事になるのは……どうなのかしら?」

 

 本来の道筋であればフィルヴィスは悪の道に突き進む筈だった。それを捻じ曲げているわけだから未来が変わってしまったことを意味する。それも異邦人の手によって。

 相談役であるアリスの(げん)によれば好きになさい、としか言われなかった。だから、好きなように行動しているし、そうしてきた。それが未来を変える事だとしても――

 多くの犠牲を強いる戦いが無くなったかもしれない。それは本来であれば望ましい事だ。――運命を知る者からすれば。

 アンティリーネの行動理念は人類の守護者であり続けること。それだけは昔から変わらないと自負している。

 

(……異邦人の多くは平和主義者。私も好戦的と言われるけれど平和が一番だと思っている。……この選択が間違っているならアリスが何かしら言ってくるはずだし、キーノもそうよね)

 

 このオラリオに敵――アンティリーネ達にとっての――は居ない、と確度の高い予感と共に告げられたはずだ。ベルに対しては予想外だったようだが、それでもまだ大丈夫だと言っていた。

 平和の均衡はいつでも唐突に崩されるものだ。

 

「それと貴女の身体をどうにか出来るかもしれないわ。……【静聴】のメーテリアって知ってる?」

「……【静寂】の妹ですね」

「癒しの魔法を使うと言われているわ。……実際には違うんだけど……。昔の彼女であればどうにもならなかった事も今はどうにかできるかも。人生って面白いわよね。結構予想外の事が起きるから……」

 

 子供のように笑うアンティリーネ。

 普段は気だるげな態度が多い彼女の表情を見て、フィルヴィスは隊長にはやはり敵わない、と小さく呟いた。

 

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