ダンジョン深層域に封印されし、とある冒険者を回収せよ。
リヴェリアの謹慎が解けた日に団長であるフィン・ディムナがギルドで受け取った依頼内容であった。
前日まで【ファミリア】内は沈んだ空気を纏っていた。それを解消するには仕事を請け負うのが手っ取り早いと判断した。
原因について主神ロキにしては珍しく煮え切らない態度だった。
件の
異邦人の認知度はゼウスとヘラに軍配が上がるが今はロキとフレイヤが
「今回の依頼とは別に資源回収も行う。同行してくれるのは【アストレア・ファミリア】と【ミディール・ファミリア】の二つだ。それぞれ班分けを
双方ともに資金稼ぎの側面が強く、探索階層の更新はしないという。
何をするにも先立つものが必要だ。それと下位の団員の増強も含まれている。
依頼も大事だが団員達の生存率を高めるには多くを経験させる方が良いと判断した。
「はい」
と、手を上げたのは黒髪の
質疑の内容は【アルテミス・ファミリア】についてだ。同行する【ファミリア】の候補の一つだった筈だ。
「団員数名が同行する。ただ、【ファミリア】としては不参加だそうだ」
「……つまり個人的に潜る、と。理由はなんでしょう?」
「【静寂】の監視だろう。散歩ついでにダンジョンに潜りたいと言っているらしくてね。僕としては敵対しなければ構わないと答えておいた」
団員達が口々に【静寂】の名を呟く。
暗黒期を過ごした団員からすれば因縁の相手だ。
一度死した冒険者がどうやってか黄泉がえりオラリオで生活している。そのことについてロキは何も言わず、何もしなかった。尋ねれば面倒ごとは勘弁や、とはぐらかした。
「とにかく、稼いでほしい。三〇階層辺りまで僕達は手出ししないつもりだ」
「リヴェリア様は参加なさるのですか?」
「勉強の為に今回は留守番させる。アリシアとレフィーヤも。ここには居ないがベートはポランの下に居るから不参加だ」
「アタシ、【静寂】について知らないんだけど、すっごく強いんだよね? 相手してもらってもいい?」
他に質問が無さそうなので解散と宣言する。
会合に参加していたものの殆ど喋らなかったアイズ・ヴァレンシュタインは
口数が少ない彼女は難しい話しには参加せず、黙って座っている事が多かった。ただ、戦闘に関しては苛烈である。
この頃自分の戦い方に肉弾戦を取り入れるようになった。
見た目は華奢だがレベル
基本的な事は【アストレア・ファミリア】の団員から学んでいた。――フィン達は技術に関して放任主義だった為になし崩し的にダンジョンに挑む事が多くなってしまった。元より彼らはアイズを戦わせたくないようだった。
モンスターとの戦いを望んだのはアイズ自身だ。
十六歳となったアイズは今や【ロキ・ファミリア】の代表的な冒険者の一人だ。下位の冒険者の指導にも積極的になっている。
ただ、技術的に不器用なところがあるので度々師匠の下に訪れて助言を貰っていた。
最初は
その中でメーテリア・クラネルは異質な存在だった。一方的に母と呼んでと言った後はしつこく迫ってくることは無く後ろで温かく見守る事が多い。技などの指導も無い。ただ、側にいると安心するのは彼女の母性が影響しているのだろうか、と。
(……あまり身が入らない。お母さんの所に行ってこようかな)
育ての母という意味ではリヴェリアも該当するが厳しくて怖い。メーテリアは優しく、ただ受け止めてくれる。でも、本当の母は何処にもいない。
ベルの年齢から考えるとメーテリアが実の母である場合、彼女が十五歳の時にアイズが生まれた事になる。若すぎるわよね、と当人も苦笑していた。
最近のアイズは鍛練のついでに彼女と会う機会が多くなり、ついつい甘えてしまう。
厳しい視線を向けるアルフィア・クラネルが側に居ても平気だった。もうあの女は怖くない、と。
今、鍛練に身が入らないのはメーテリアに甘えたいから、というわけではなく、この頃理由は分からないが不安が募っている為だ。
言い知れない恐怖に似たもの。悪夢も見るようになったらしいが夢の内容は覚醒と当時に霧散するので覚えていない。
「……今日の鍛練はやめにしよう」
「はい」
(……アイズさん、日に日に弱っているような)
(病気? 第一級冒険者なのに?)
鍛練を中断し、自室に引き下がった。その日の夜も良く分からない夢を見て目覚めると脂汗をかいている事に気付く。それと利き腕が少し震えていた。
内容は覚えていないが悪夢を見た事だけは理解した。
風呂に入り汗を流して着替えを済ませる頃には気持ちも落ち着く。
朝食を終えた後、気晴らしに教会に向かう事にした。メーテリアに会いたい気持ちもあったがリヴェリアが魔法の勉強で忙しいし、相談しにくいものでもあったので。
不安が解消されたわけではないのでダンジョンに向かう為の
行き慣れた教会には何人の住民が訪れており、ただ平和を祈る。
アルフィアは厳しい意見ばかり言うがメーテリアは来るもの拒まず、といった感じで彼らに対応していた。
慈愛に満ちた対応を取ると思われるがメーテリアにも我慢できない相手が居る。その時は張り手一発かまして教会から追い出す。――その現場に
メーテリアはほんわかした雰囲気を纏うがれっきとした現役の冒険者でレベル6だ。決してか弱くない。
「……おはようございます」
「おはよう」
いつものようにアイズが挨拶すると柔らかい雰囲気を持つ声で出迎えられた。
綺麗に掃除された教会内は光りが満ちており、とても居心地が良い。――少し前まで廃墟同然だったのが嘘のよう。
ベルと同じく白髪の長い髪の毛で柔和そうな
「元気が無さそうね。何かあったの?」
「……怖い夢を、見たと思う」
長椅子に座りながらアイズが言うと彼女のすぐ隣にメーテリアは腰を下ろした。
気休めを言うわけでもなく、アイズの気が済むまで好きに喋らせた。
口下手な彼女も心を許す相手の前では結構喋る。
「何度も同じような夢を見るなら、それはきっと何かの暗示ね。怖くて辛かったのね。大丈夫、とは言えないけれど悩み事なら聞くわ」
アイズの頭を抱き寄せて優し気に頭を撫でる。
解決方法はメーテリアも分からない。出来る事は悩みを聞く事だけ。
位階魔法に夢の内容を知るものがあったと思うが習得していないのでマーレなどに相談してみようか、と思った。
「どんな夢を見ているのか知りたいなら伝手を頼るけれど、どうする?」
「……怖いけど、知りたい」
「分かった。娘の頼みを無下には出来ないわ。私、お母さんだから」
「……お母さん」
母としての人生はほんの僅か。復活した今は結構長く母親でいられている。それも全て異邦人のお陰だ。
天界で悠々自適の生活もいいが、やはり下界に残した息子の事が心配だった。
アイズも娘のように愛おしくなり、ついつい可愛がってしまう。でも、やはりこれは自己満足だ。
少し傲慢な方が冒険者らしいと姉は口にするが――確かにその通りだな、と。
善は急げとメーテリアは頼れる伝手に連絡を入れる。
元は姉経由の紹介で知り合った。ある程度の頼みごとを毎回引き受けてくれる。その相手こそ異邦人だ。
一口に異邦人と言っても一般人とマーレ達の様な超常の冒険者、彼らを支配しているであろう至高の御方に別れる。
特に御方と呼ばれる存在にメーテリアも会ったことが無い。
「……えっと、ご依頼内容は【剣姫】の悪夢の解消……、または調査、でよろしいですか?」
喫茶店に呼びつけたのは【ロキ・ファミリア】に出向中のマーレ・ベロ・フィオーレ。
彼が滞在している事をアイズが教えたので面倒な手続きを踏む手間が省けた。――他の伝手も無いわけではないが。
「目が覚めると夢の内容を忘れてしまうそうで。彼女、よく分からない悪夢で悩んでいるようでした」
「そうですか。わ、分かりました。あ、対価は【ロキ・ファミリア】から充分に頂いておりますので」
対価の内容はメーテリアも知っていたのでアイズの為なら胃でも腸でも持っていけ、と覚悟していた。
姉は何も言わないが彼女もかなり無茶な要望をマーレ達に突き付けた気がする。
妹を復活させる為に彼女は何を差し出したのか、気にならないわけではない。
依頼を受けて数日後、マーレは助手として数人ほど引き連れた。
一人は神々との交渉役が主な任務だった黒髪のナーベラル。もう一人は金髪を渦巻かせたソリュシャンという女性。最後に金髪碧眼の幼子アリス。
【ロキ・ファミリア】の
「ま、まず段取りから、ですね」
見届け人としてリヴェリアとレフィーヤをマーレは指名した。異邦人だけだと後々難癖をつけられる可能性がある。【ロキ・ファミリア】に限ってそんなことは起こり得ない、としても。
魔法の効果によって当人以外は何が起きているのか分からず、ただ部屋で待機するだけとなる事を伝えた。
ただの夢や悪夢であれば
ここ最近、不穏な事柄が起き始めたので警戒する事にしました、とマーレは言った。
「夢は見ている者や魔法の術者しか、見る事が出来なかったりします。皆さんに正確な情報をお伝えするのは……た、多分非常に困難かと……」
「魔法などの効果により個人情報に類するものを我々が知ってしまう場合もございます。その辺りをご了承下さい」
「……ああ。今回に関しては致し方なしと判断している。何より
ナーベラルは表情を変えずに一度頭を下げる。
その後、どういう方法を取るのかを説明する。
アイズを眠らせて悪夢を見るように誘導し、それをナーベラルとソリュシャンが夢の中を見る魔法にて確認する、というもの。
解釈や理解度の違いから正確な情報伝達が出来ない事をリヴェリア達に伝えた。
「早速始めますね。ナーベラル、お願いしますね」
「お任せください。〈
ナーベラルはマーレに深く一礼した後、即座にアイズに向かって魔法を唱えた。
より強力な睡眠魔法によってアイズはその場に
【ステイタス】はナーベラルの方が高いので本気で魔法をぶつければアイズの魔法抵抗が高くても抗いにくい。
地面に倒れそうになった
突然暴れたりしないように身に着けていた
「これから悪夢を見るように誘導いたします」
「〈
ソリュシャンが『
魔法を唱えた後、即座に
「〈
「ここからしばらくかかると思います。その間、お二人には待っている間、魔法の勉強の続きをいたしましょう」
マーレが懐から大きな机と椅子をいくつか取り出して設置していく。
場違いな物体にリヴェリア達は驚いた。
一応、
(こんなに大きな物体を収められるものか? これも異邦人の技術ということか)
(そんな
マーレ達が賑やかになっている間、アリスだけは部屋の片隅で大人しく現場を観察していた。
夢の分析は術者当人の感覚頼りで部外者は待っているだけの退屈な時間が続く。
アリスは感覚的に気掛かりを覚えた。そうなると安易に無視も出来ない。この世界を危機に立たせる気も無かった。
今はモモンと名乗る人物にこの世界を守ってやって欲しいと頼まれたので快く引き受けた。それと皆と楽しく過ごす暮らしに不満は無い。
一言で言えばアリス――正式な名前はもっと長い――は敵だ。人類の敵であり、異邦人の仇敵であり、世界を崩壊に導く原因の一つでもある。
現在は試練を突破したので無害化しているが再活動する可能性を危惧されているし、本人も条件が整えば皆の敵になる、と言ったことがあった。
創作物にありがちの世界の摂理を崩すような能力者によって本当に世界が危機に立たされる事を防ぐ抑止力の化身、かもしれない。――ただし、本人は敵だから敵という簡単な認識しか持っていなかった。
(……数百年前まで敵の気配は無かったのに……。私達が来た所為、というわけでもない。位階魔法は元からおかしいけど、それにしたって
思考の海に溶け込み、アリスは壁の花と化した。
僅かにマーレはアリスを一瞥したが何かあれば反応するだろう、と思って放っておくことにした。
ナーベラルがアイズの夢を観察している間、リヴェリア達はマーレに色々と質問をぶつけていた。
自分にとって必要な魔法の選択。スキルの活用方法。応用など。
一日やそこらで終わる分量ではないのは事前知らされていた。よって定期的に学ぶことになったが本当に膨大でリヴェリア達は圧倒された。そもそも技術体系が全く違うので理解するのに数年で足りるのか、と。
「全部を理解するのは……、難しいです。それに全てを習得できるわけじゃありません」
「……確かに」
「脱退の宣言をしていない以上、ナザリック地下大聖殿に来てもらわなくても大丈夫です。ち、ちなみに脱退すると能力が消える、ということはありません。あと、こちらで勝手に再加入させたりも出来ません」
習得数に余裕があるからと言ってもやり直しは基本的に出来ない、事になっている。
本人の希望を尊重し、可能な限り叶える。それ自体に嘘はない。
レフィーヤは早くも便利そうな魔法を選んでいる。
誰がどんな魔法を選ぼうが自由だ。ただ、デメリットがあるものについては意思確認する。
自分達であれば焦点具と呼ばれる小物を消費したり経験値やレベルダウンするデメリットを覚悟して扱う。
一時間ほど経過したところでアイズが
(目覚めないようにしたせいで夢が終わらず苦しみ続けているようね)
暴れるアイズを尻目に更に半時が過ぎる頃にナーベラルはアイズの額をデコピンした。
結構な打撃音が室内を駆け巡る。
リヴェリア達の心配をよそにソリュシャンが治癒魔法を唱えた。
「カーテンを閉めて部屋を少し暗くします。それと暖炉を使わせてもらいますね」
「は、はい」
レフィーヤが飛び出そうとしたがソリュシャンが私がやります、と言って
マーレはアリスに顔を向けると表手を広げて肩を
そうこうしている内に部屋を暗くし暖炉に火が灯された。
「夢の内容は誰かと戦う場面でした。可能な限り再現いたしますが、出来についてはご容赦を」
「では、皆さん。一旦勉強を中断して見守りましょう」
椅子の向きを暖炉に向ける。
治癒魔法をかけられたアイズも意識を覚醒しており、丁度ベッドから上体を起こしたところだ。
全員が位置についたところを確認してからマーレの頷きを合図にナーベラルは暖炉に白い粉を投げ入れた。
それは
暖炉に投げ入れられた後、空中に立方体が浮かび上がった。
これは使用者の記憶を再現するもので約二時間ほど効果が続く。ただし、音声が無いのでナーベラルが記憶を頼りに再現する事になる。――それを補助する為か、アイテム使用時に『芸能』のボーナスを得る。
雑踏や無関係な人物の音声を省略し、目的の人物のみの
最初はアイズも顔を赤くするような恥ずかしい場面や何気ない日常が映ったが場面がコロコロとよく切り替わる。時には酔いそうになる動きも。
少し経ってから場面は薄暗い洞窟内。おそらくダンジョンの中だ。
そこでアイズは白い髪の男性と剣を交えることになった。
セリフが聞き取れない為にナーベラルも少し戸惑った。この辺りはアイズ本人も何を言っているのか分かっていないのだろう。
「相手をしている者は分かるか?」
「……たぶん、ベル、だと思う」
凶悪な笑みを浮かべる白髪の冒険者。
リヴェリアとレフィーヤはまだ出会ったことはないがアイズの話しに出てくる少年ベル・クラネルである事は理解した。
懸命に頑張っている少年という印象を受けた。
(……こいつか。悪の道に進んだ結果、というやつか)
(ベル・クラネル。僕も見た事はあるけど、こんな人じゃなかった)
「それよりアイズさん、ズタボロじゃないですか。これ、いつ頃なんでしょうか?」
(アイズさんの身体が全部見えているということは俯瞰していらっしゃる? これ、どうなっているんでしょうか)
「……分からない」
「レベル5のアイズが太刀打ちできないほど強いのか」
「……今のベルはまだ『
映像では残像を残す勢いの速度でアイズを翻弄していた。時折、稲妻が見える。
多角的に攻め立てるベルの動きにリヴェリアは驚き、レフィーヤは驚愕する。
黒いナイフ一本だけでアイズを追い詰める様子を見ていても信じられなかった。
(……ああ、そうだ。いつも見る悪夢はこれだ。……夢の最後は……)
「断片的で申し訳ありませんが、彼は僕が英雄だ。もう誰にも追い付かせはしない、と同じような文言を繰り返しています。会話がほぼ成り立たない様子でしたね」
見ている内にアイズの利き腕が宙を舞う。それを見る事になったレフィーヤは小さく悲鳴を上げた。
そして、アイズは夢の終わりを思い出す。
ナーベラルは聞き取れなかったようだが映像のベルはこう言った。
英雄の一撃をもってオラリオの時代は終わる。
それに対し、アイズは何度か反論を試みた。その筈だが記憶が曖昧で思い出せない。
「確か最後は……アイズ・ヴァレンシュタインはもう必要ない、でしたか」
(……そ、そうだ。もうベルには必要とされなくなって……それがどうしてか悲しかった)
ナーベラルの言葉の後には強力無比な一撃が放たれ、映像が乱れて最初の場面からやり直す。
放たれた方角から推測すると真正面に一撃が飛んできてアイズの意識が途絶えた事になる。おそらく、そこで殺されてやり直したり夢から覚めたたりしたのだろう。
(夢とはいえ自分が殺されそうになるというのは……。この子が悪夢で苦しんでいるのに私は魔法の事で頭がいっぱいだったとは……)
(許せません、この
「所詮は夢よね。気になるところは特に無かったわ」
と、アリスはそう結論付けた。
それに三人居たという驚異の一人はキーノが解決したらしい。殺したのか、半殺しで勘弁したのかは分からないけれど。
夢の内容についてリヴェリア達と共有できた。後はどう解消するか、だ。
悪夢を見なくするには原因を排除するに限る。だからといってベルを痛めつけるのは違うだろう、と。
少なくとも現実のベルは良い子だ。アイズもそれは認めるところ。
「あくまで夢の内容を皆様にお見せするだけで根本的な解決になるわけではありません」
「……はい」
「夢の原因を排除するのが望ましいのでしょうが……。我々に手助けできる範囲はそれほど広くありません」
冷淡な雰囲気のままナーベラルは言った。事実を突きつけているだけで彼らに対して同情心は欠片も無い。それはソリュシャンも同じだ。ただ、
アイズの悪夢の内容を知ったからとてリヴェリア達にはどうすればいいのか分からない。優しく接すればいいのか、一緒にベル・クラネルを打倒すればいいのか。
「
「……あ、ありがとうございます。ついてきてくれて」
「……でも、マーレ達にとっての脅威は変わらないかも……。充分気を付けてなさい。こちら干渉するようであれば
興味無さそうな顔のままアリスは音を立てずに部屋から消え去った。
リヴェリア達は驚いたがマーレ達は頭を軽く下げて礼を述べた。
(……なんだ、今のは……)
(気配が一瞬で……)
(……僕達にとっての脅威はまだ去っていない? じゃあ、警戒態勢は維持……もっと上げるべき?)
マーレはアイズに顔を向けて警戒態勢をより引き締める事に決めた。
本来、マーレ達は至高の御方の為なら命を投げうつ覚悟がある。ただ、本当に命をかけると物凄く怒られたり心配されたりする。
自分達は至高の御方の役に立つ為だけに生きているというのに、その創造者が気に掛けてくれる。それがとても申し訳なく――同時にとても嬉しい事だった。
今回の依頼もメーテリアを経由しているとはいえ、至高の御方からも対処するように指示が下された。だから、ここに居る。
「ナーベラル。ソリュシャン。警戒レベルを上げます」
「はっ!」
「了解しました」
ナーベラル達は即座に
上位者が命令を下したことに異を唱える事は
マーレは軽く部屋の様子を確認した。
「〈
第十位階の魔法を唱えた瞬間に危険信号がマーレの身体に伝えられる。あまりの速さにさすがのマーレも驚いた。
即座に対応しようと思っても何に備えればいいのかまだ分からない状態だった。
(……敵? どこから? ……これは魔法に反応したのかな?)
感覚的に悟ることが出来ても身体は即座に、とはいかなかった。
見えない攻撃が迫っている、くらいしか分からない。そして、それはマーレでも避けられないもの――軌道が全く見えないし、気配も読みにくい。そんな中で出来るとこは攻撃に耐える事だけ。
外部からの攻撃であれば多少のダメージは覚悟できる。それが即死攻撃に類するものでないかぎり臆する事は無い。
(お姉ちゃん、僕一人でも頑張るから。……応援してね)
簡易武器たる黒い棒を消し、自分が本来持つべき黒い杖を出現させた。
ナーベラル達はマーレが本気になったことを悟り、警戒のための魔法を準備する。リヴェリア達にはソリュシャンがあまり動かないように、と指示を飛ばした。
敵は近くに
痛めつける事自体は容易い。問題は排除してよい存在か、だ。
手袋を仕舞い、白と黒の小手を装備し直す。
白い方は女性の手と見紛う美しきもの。黒は邪悪なものを想起されるような禍々しき造りになっている。
二つで一つの小手は『強欲と無欲』というが、これは
マーレが白と黒の小手を装備した事でナーベラル達は彼が本気になっている事を悟り、緊張が走った。
「ナーベラル。ソリュシャン。助手をた、頼みます」
「承知致しました。〈
「はっ。〈
「〈
後方でナーベラルは普通に唱え、ソリュシャンは
こちらの世界に干渉しようとする相手を感知し、その残滓を元に拘束を試みる。
攻撃手の動向は最初に唱えた『
そして、三人の魔法とタイミングを同じくしたのか、見えない空間から何らかの攻撃があり、マーレの横長の耳の一つが根元から断たれて地に落ちた。だが、彼はそんな事は些事とでも言わんばかりに気にも留めず目の前の事に集中した。
(マーレ様に傷を……)
(アリスは危険が無いと言っていたようですが……。我々にとっては充分危険な相手ね。……全く、マーレ様が
(……僕に刺突……。射程自体は短そうですね)
血をダラダラと垂らしているのに意にも介さない。それだけ戦闘に集中しているからか、それとも痛みを感じていないか。あるいは――
相手が自分、あるいはそれ以上の強者だとしても本気の魔法拘束を振りほどく存在はアリス達や至高の御方以外に覚えがない。
拘束が完了したら引き寄せる、という考えは無い。相手は並行世界からの襲撃者だ。何らかの理由があったとしてもマーレには関係が無いし、既にアリスからも抹殺許可は得ている。
敵意があるのは明らかだし、敵以外の何ものでもない。
表情が乏しく自信なさげな印象を与えるがマーレは基本的に敵には容赦しない。それが仲間であろうとも。よって――
慈悲を与える価値無し。
マーレは完全に感情を消した。それに伴いナーベラルとソリュシャンは上位者たる彼の力の波動に感動しつつ全力で支える事を誓う。
見た目にはあまり変化は無いが自身のスキルを使用し、確固たる防備を固めている。
使う魔法の選定も素早く終えた。
(……僕、この敵が許せません。向こうでは英雄なのかもしれませんが僕には関係ありません)
この金の鎖は
今回はマーレの魔法によって引き寄せる事に成功した為に並行世界のクリーチャーが干渉可能な他次元の存在と見做されたようだ。
「〈
魔法を唱えた後、マーレの黒い
虚空より大炎雷がマーレを襲った。
【ロキ・ファミリア】内にあるアイズの部屋の壁に大きな穴が開き、木造部分が焼け焦げた。
死角に居た為かアイズとリヴェリア達は無事だった。――ナーベラルとソリュシャンが事前に防護魔法を展開したお陰かもしれない。
爆音に驚いた団員達がやってきてアイズの部屋の惨状にそれぞれ驚き騒がしくなった。当然、主神ロキも駆け足で飛んできた。
「な、なんやこれは~!」
「……分からん」
「……私達ではなく……、なんて言ったらいいか……。とにかく敵の攻撃……でいいんですよね?」
確認の為にナーベラル達に顔を向けるとソリュシャンが血塗れのアイテムを回収しており、ナーベラルはレフィーヤ達の無事が分かるやいなやロキ達には目もくれず外に飛び出していった。
それと金の鎖を握ったままの白い小手が目に入り、小さく悲鳴を上げる。
肝心のマーレの姿も見えない。
「予期せぬ事故で驚きましたわ。修繕費はお支払いしますので、後でお見積もりをお願いします」
仲間の危機にも関わらず涼しい顔でロキ達に言った。
マーレがケガをするほどの重大事ではあるが場の混乱を望んでいないので努めて冷静を装っている。ちなみに内心ではマーレの安否こそ気遣っているが数々の
現場はソリュシャンが見張り、ナーベラルはマーレの姿を探した。
【ロキ・ファミリア】の
(……マーレ様。いくら現地仕様だとしてもここまでとは……)
たどり着いたのは民家の二階。壁が大きく損壊し、中には血塗れの少年が壁に頭から突き刺さっていた。
ピクリとも動かないのは致死のダメージを受けた為だ。――ナーベラルは既に彼の情報を把握しているので驚きは見せなかった。ただ、珍しいものを見る様な関心を抱いていた。
マーレは地上で活動する条件として能力を大幅に制限する制約を交わしていた。いくら魔法やスキルで補強としていたとしてもオラリオの冒険者の能力は未知だ。万が一のことがあり得る。
(万が一が起きてしまいましたね。ですが、これが冒険者の力というものですか。私も油断はできませんね)
冷静に現場を観察しつつ足元の影に潜む『
元々の住民が不安がっている筈なので充分な補償を約束し、そのまま彼女は立ち去った。
数日後、何食わぬ顔でマーレが【ロキ・ファミリア】に訪れ、誠心誠意の謝罪と賠償を主神ロキに約束した。ただ、現場に居合わせたリヴェリア達は指示られないものを見る様な驚きで彼を見た。
マーレの活躍でアイズの悪夢は解消された、かに見えたが数日経っても彼女は
魔法の勉強のついでに事情を聞いたマーレは戸惑った。まだ脅威が払拭されていなかった事に。
後日キーノ・ファスリス・インベルンとアンティリーネの二人と情報交換し、残る驚異はおそらくあと一つである、と。
「……その脅威っていう彼、ベル・クラネルはリリルカの印象では真面目な好青年だそうよ。並行世界で何があればそんな脅威に化けるのか。
「身の丈に合わない力は増長を促す。それだけなら問題は無いのだが……。マーレ殿を相手に奮闘するとは……。私が会いに行ったベル少年はクズだったぞ」
「で、でも、この世界に居る彼は何も悪く、ないですよね?」
「……ああ。私も噂などを聞いてみたが普通の冒険者のようだった」
(でも、こうして私達に目を付けられるなんて……。やっぱり彼は特異点なのかもしれないわね)
思わぬ反撃を受けたマーレはベルに対して特別な感情は抱かない。けれど、脅威とみなされた以上は無視できない。
彼が最後に覚えているのは『英雄の一撃』と呼ばれる攻撃。
どんな逆向も跳ね返す逆転の一手――マーレ達が超常の存在でも関係なく、概念すらねじ伏せ兼ねないもの。
そんなものをオラリオの冒険者が振るう。もし、これが至高の御方に向けられるのならば――マーレは掛け値無く敵に対して本気で向き合う。神々の誓約も無視して。
「我々が議論を交わしても詮無い事だ。彼が物凄い力を手にしたとしても使い方次第だし、無理に方向性を支持するわけにもいかない」
「……そうですよね。でも、世界を破る力は無視できません」
(敵という意味では私も抱えているわけだし)
三人はその後取り留めも無い会話を交わした後、解散した。
キーノは帰り道、元廃墟だった教会に向かった。そこには灰髪の冒険者アルフィア・クラネルが居る筈だった。
冒険者に復帰した彼女は積極的にダンジョンに潜らず動向が不明だった。妹と穏やかな暮らしをしている以外は目立った動きは無い。――『
「おのれ【静寂】!」
「……狩りが主体のお前達にとって近距離は悪手ではないのか?」
人通りの少ない道で灰色の髪の女性と水色の髪の
果敢に攻める
鍛練にしては殺気立っているがアルフィアはいつも通りといった
腕を軽く振っているだけなのに
(……一段と強くなったそうだが……確かに病弱だった頃より元気そうだ)
冒険者として正に円熟期といった印象を受ける。
暗黒期に起こった抗争で年配冒険者の殆どが戦死した。その為、今のオラリオには若手の数が多い。
キーノ達異邦人を除けば少年少女の集まりとも言える。それが今のオラリオを支えていた。
微笑ましい鍛練風景を見ていると気持ちが落ち着いたので、帰宅する事にした。元より彼女に用があったわけではない。
噂の大元であるベル・クラネルは異邦人達が大変な目に遭っている間も
熱心な彼に影響されたのか、少々荒っぽい態度になったりもしながら一五階層を目指していた。
『
(……リリの時より上昇幅が大きいというか早いというか)
探索に付き合ったばかりの筈なのに、と疑問を覚えつつ。
強くなりたいと願った彼は日に日に戦い方が洗練されていく。我流ではあるものの動きの無駄が少なくなり、怪我もしなくなってきた。
既に一〇階層は一人でも踏破できそうな勢いを感じる。
「ダンジョンに潜られてそんなに経っていないのに攻略が早いですね」
「そ、そうですか?」
照れるように白髪の少年冒険者ベルは言った。
他の冒険者と組んだ経験が無いので自分の戦い方が正しいのか、いまいち自信は無いけれど複数の先輩冒険者に指導を受けてから動きやすくなってきた、という思いはある。
単なる暴力と思ったことが無いわけではないが。
駆け出しの為に懇切丁寧な態度にいつかは報いたい、と。
「『
格を上げるには自身にとって偉業と呼べる行為、または結果を出すこと。
分かりやすい例えでは格上の相手を倒すといったもの。あるいは万人に褒め称えられる結果を示す。
上位冒険者は気が大きくなっていたり自信に満ち溢れている者がいるのもこの為だ。
粋がりは大いに結構。
冒険者の成長は神々にとっても歓迎すべきものである。
彼の主神ヘスティアはその辺りの事を全く勉強せずに地上に降りてしまった為に冒険者に必要な事柄を教える事が出来ないでいた。
二人の母は余計な助言は成長を妨げるとして滅多に口を出さない。
「腐れる冒険者が多いのは、それが出来ないからです。貴方のように強くなりたいなんて口で言うのはごまんと居ますが本当に強くなれる冒険者は少ないんですよ」
「はい」
「隊長が言った言葉を覚えていますか?」
「自分がどう強くなりたいのか、明確な形を定めろ、ですね」
「そうです。攻撃、防御、支援。自分が強いと思える形を見つけて、それに沿った戦い方を意識すれば『
(勿論、向き不向きもありますが……)
ベルは軽戦士に向いている。身軽で速度重視。
一般に強い冒険者は重厚で豪華な装備を纏っている、という印象を持っているのでいつかそんな装備を身に着けたいとそんな夢を見ていた時期があった。
現実には重い装備は動きが鈍くなりだけで危ないと理解している。元より力や体力の面からも難しいし、何より資金力が圧倒的に不足している。
(確かに『敏捷』の数値は伸びている。意識してから伸びが良くなった気がする)
「技や駆け引きは今の冒険者様には早いです。向いていないと分かれば早めに諦めるのも手ですよ」
「諦めていいんですか?」
「無駄だと分かれば誰でも諦めます。その辺りは才能だとか身の丈次第といったところです。
「そ、そうですね。それで、魔法ってどうやって覚えるんですか?」
「一般的な冒険者様は『
誰でも魔法を覚えられるものではないと知り、落胆したが誰でも覚えられるものであれば焦っていたかもしれない。自分はまだ覚えていないのに、と。
一般的な魔法を覚える手段は多くなく、楽な方法は高額な『
「やっぱり運ですよ。だからそんなに悲観してはいけませんよ」
「色々教えてありがとうございます」
「
「えっ?」
リリルカは彼の疑問を無視して先を促した。
素直な少年との冒険は確かに楽しい。けれども、以前までの扱いを思い出すと気分が沈む。
他の種族より身体的に劣る
アンティリーネと出会って少しは光明が見えたかな、と明るい話題が無いわけではないがオラリオ全体からすれば誤差の様なもの。まだまだ安心は出来ない。
それから二人は順調に階層を攻略していき、ベルにとっての難関である『
〈
系統:死霊術[悪、即死]
位階:魔力〈九〉、信仰〈九〉、精神系〈九〉、その他(
構成要素:音声、動作
距離:近距離(約10m+2m×術者レベル×2)
目標:生きているクリーチャー1体
持続時間:瞬間
●備考●
術者が目標に向かって手を伸ばすと目標の心臓の幻影が術者の
系統:心術[強制][言語依存、精神作用]
位階:魔力〈三〉、その他(
構成要素:音声、動作、物質(蛇の舌と蜂の巣)
距離:近距離(約10m+2m×術者レベル×2)
目標:生きているクリーチャー1体
持続時間:1時間×術者レベルあるいは完了するまで
●備考●
術者はどのように行動すべきか示唆する事で目標の行動に影響を与える。
系統:心術[強制][精神作用]
位階:魔力〈三〉、その他(
構成要素:音声、動作、物質(細かい砂、バラの花びら、あるいは生きているコオロギ)
距離:近距離(約10m+2m×術者レベル×2)
効果範囲:半径3m爆発内の1体以上の生きているクリーチャー
持続時間:1分×術者レベル
●備考●
この魔法は『
系統:占術[精神作用]
位階:魔力〈六〉、精神〈五〉、その他(
構成要素:音声、動作
距離:無制限
目標:生きているクリーチャー1体
持続時間:1分×術者レベル
●備考●
この魔法は『
系統:心術[強制][精神作用]
位階:魔力〈八〉
構成要素:音声、動作、物質(5万ヴァリス相当の価値があるオパール。または効果によって長い鎖、1瓶の砂、薔薇の
距離:近距離(約10m+2m×術者レベル×2)
目標:生きているクリーチャー1体
持続時間:1年×術者レベル(解除可)
●備考●
目標となるクリーチャーを捕らえる魔法の拘束具を作り出す。術者は六人までの助手に魔法の補佐をさせる事が出来る。
系統:占術
位階:魔力〈十〉、その他(
構成要素:音声、動作、焦点/信仰(ハチドリの羽根)
距離:自身あるいは接触
目標:自身あるいは接触
持続時間:10分×術者レベル(解除可)
●備考●
この魔法は術者に強力な第六感を与える。発動させると対象に及ぶ差し迫った危険や害についての警告を受ける。更に身を守る為の助言も与えてくれる。
系統:心術[魅了][感情、精神作用]
位階:魔力〈一〉、信仰〈一〉、その他(
構成要素:音声、物質(一つまみの砂)
距離:近距離(約10m+2m×術者レベル×2)
目標:クリーチャー1体
持続時間:10秒×術者レベル
●備考●
術者は目標の頭に目が覚めるような夢で見たし、歓喜、恐怖を思い出させる。