ダンジョン・フラグメント   作:トラロック

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21 英雄凱歌

 ベル・クラネルには漠然とした目標しかない。

 強くなりたい。憧れの英雄になりたい。

 それは子供時代に誰もが一度は抱く夢だ。

 冒険者になるきっかけは人それぞれ。そこに種族も生まれも関係ない。

 生活の為でもいいし、誰かを守る為でもいい。

 中には強制的に冒険者にされた者も居るだろう。リリルカが正にその立場だった。

 

「冒険者様が『昇格(ランクアップ)』するにはより明確な目標というか(こころざし)が必要です」

「……今のままじゃダメなんですね」

 

 背の低い小人族(パルゥム)の少女リリルカ・アーデに平身低頭で受け答えする。

 何度も荷物持ち(サポーター)の依頼を受けてくれる相手だ。(うやま)わない理由は少年には無い。

 やることなすこと全てにダメ出しするわけではなく、適度に助言をくれる。――たまに二人一緒に迷宮(ダンジョン)の罠に嵌まったりする。

 

「リリは手伝えませんが、冒険者様にとっての壁は貴方自身が突破しなければなりません。そうしなければ次も誰かに頼ることになり楽をするようになります。……それ自体は冒険者として悪い事ではありませんが……」

 

 駆け出しの冒険者にとっての壁――牛頭人(ミノタウロス)はレベル(ワン)では絶対に勝てないと言われている。あくまでギルド職員や一般の冒険者の間での話しだ。

 そんなモンスターをもし一人で倒す事が出来れば『昇格(ランクアップ)』も不可能ではない。ただし、絶対でもない。

 これはリリルカが設定した目安に過ぎない。

 そして、何度かの戦闘の(のち)に一五階層に降りた。

 まず牛頭人(ミノタウロス)がどんなモンスターなのか実際に見る事にした。――以前、ベルは上層で出会ったが気が動転していた事もあり、あまり観察できなかった。

 後方に居る事が多い荷物持ち(サポーター)だが、今回はベルの為に前面に出て索敵する。

 

「冒険者様。居ましたよ。構えて下さい」

「は、はい」

 

 通路を慎重に進み、リリルカはベルを促した。敵は一体だけと伝えて。

 彼との探索は随分と多くなったが貶める意図は無く、仕事として(こな)しているがここまで親身に付き合う事になるとは、と自分で驚いた。

 隊長から何か言われたわけでもないし、冒険者が嫌いなのは今も変わらないけれど、何故か彼にだけは信頼されたかった。期待に応えたい、という気持ちが働く。

 

(何の特徴も無いのに不思議です。ベル・クラネルに何かがあるわけでもないのに)

 

 素直な冒険者に今まで出会わなかったせいで調子が狂っているのか、と。

 雑念を振り払い、彼の戦闘に意識を向ける。

 通路奥に居たのは一体の牛頭人(ミノタウロス)。武骨な大刀を携えていた。

 

 
 

 

 ベルは顕実に戦闘を重ね、シルバーバックのような大型級も倒してきた。

 牛頭人(ミノタウロス)は大きさで言えば二(メドル)ほどの人型。しかし、身体的能力は駆け出しでは歯が立たない程高いと言われている。

 魔力を除く『能力値(アビリティ)』は九〇〇に届いている。それでも勝てるかどうかは分からない。

 魔法が無いので牽制は出来ない。ただ突進して斬撃をお見舞いするだけ。

 持っている武器は『神のナイフ』一本。小刀はかえって邪魔になるとリリルカに言われ、ナイフ一本のみで挑む事になった。

 

「無理に攻撃を受けないで下さい。相手をよく見て避け続けて下さい」

「……はい」

 

 雄叫びを上げる牛頭人(ミノタウロス)に対して僅かにベルは怯んだものの止まると危ないと悟ってすぐに行動に移る。

 身体は委縮していない。動ける。ベルはナイフを振るう。硬いと判断。

 

「狙うは関節。あるいは急所らしき部分です。馬鹿正直に体表を狙っても分厚い外皮は抜けませんよ」

 

 遠くからリリルカの助言が飛んできた。それに返事する余裕もなく戦闘は続く。

 強い、とベルは牛頭人(ミノタウロス)に対して抱いた。

 こちらの攻撃が全く通用していないかのように荒々しく襲ってくる。それでも攻撃を避け、一撃でも多くナイフを振るった。

 今のところ『力』のお陰かナイフを握り続けていられる。

 『敏捷』のお陰で攻撃を避けられている。

 『耐久』のお陰で即死を免れている。

 『器用』のお陰で足運びでの牽制が上手くいっている。

 少し前まで大量のキラーアントの対処に苦慮していたとは思えない程だ。

 

(攻撃は当たっているけど通用しているようには……。いや、通用させるんだ。何度でも)

 

 今のベルには必殺と呼べる攻撃手段は無い。ただ只管(ひたすら)に攻撃するだけ。

 それしか出来ないならそれだけを続ければいい。

 充分に力を付けた今、自分は牛頭人(ミノタウロス)と遭い(まみ)えるところに来た。だから、臆する理由は無い。

 

「うおお!」

「ブモォォ!」

 

 ベルが()えればモンスターも応える。

 背中に刻まれた【ステイタス】が熱を帯びる。

 十を超える斬撃。しかし、相手には掠り傷程度しか与えられない。

 もっと強い攻撃が出来ればいいが今はその手段が無い。ならば、軽傷が中傷、重傷へと至るまで攻撃を続ければいい。

 問題があるとすれば少年の体力がそこまで持つのか、だ。

 数分の攻防もベルにとっては一時間以上に感じる。

 

(魔法も援護も無い。あるのはナイフ一本だけ)

 

 肉体武器に頼る武闘派ではない。

 身軽に動く身体だけ。

 いくつ攻撃を入れられただろうか、と思いながら果敢に攻める。

 以前のベルは身をすくませる事しか出来なかった。それが今は武器を持って攻めに転じている。着実に強くなった、筈だ。

 

(冒険者様は戦えている。でも、モンスターの方がまだ強いようですね。……辛抱ですよ。貴方の心が折れない限り【ステイタス】はちゃんと応えくれます)

「……頑張れ。……頑張れ、()()()

 

 見守るリリルカは自然と強く拳を握り締めていた。

 少年の攻撃は数を増していきモンスターの身体に夥しい生傷を作っていく。それと同時に少なくない攻撃をベルも受けていた。

 それは大刀を叩きつけた時に発生する(つぶて)。空いている方の腕にぶつけられたり蹴られたり。

 全く無傷は無い。しかし、痛みに(ひる)む様子もない。

 強くなりたい。英雄になりたいと願った少年は我武者羅に戦い続けた。

 

 
 

 

 レベル(ワン)では絶対に勝てないと言われ続けた相手に勝てそうな気がしてくる。だが、ダンジョンはそんな希望を容易く打ち砕く。

 崩れた体勢に牛頭人(ミノタウロス)から強烈な峰打ちを食らった。――両刃であったら致命傷だっただろう。

 壁面に吹き飛ばされたベルは血を吐く。骨が砕け内臓を損傷したかもしれない。

 意識が遠のくが立たないと殺される、という思いで両脚に力を込める。

 

(……今のは不味いです。ここまでですかね?)

「……ぼ、僕は勝つんだ。勝って……」

 

 言葉の途中で再度血を吐く。

 膝が震えて立っている事が難しくなる。

 モンスターは急に弱ったベルに対して様子を見る、という余裕を見せたりはしない。止めを刺す為に容赦なく進撃してくる。

 

 死中に活を求めよ。

 

 ふいに耳元でそんな言葉が聞こえた。

 とても聞き覚えが声だった。一瞬、アルフィア・クラネルかと思ったが声は男性のものだった。

 村で留守番をしているザルドおじさんとも違う。

 

(……英雄纏禍。我はアルゴノゥトの意志を受け継し道化の化身)

 

 自然とベルは脳内で口遊(くちずさむ)む。

 魔法詠唱のような不思議な旋律を。

 死に体だった身体に力が湧いてくる。

 思い浮かべる憧憬は――自分が打ち破った英雄候補達の屍の山。

 

(……死体の山? 僕が、やったのか? ど、どうして?)

 

 自分の記憶として脳内に浮かんだ幻想、の筈なのにいやに現実味を帯びていた。そして、経験的にも体感的にも嘘ではないと()()()()()()()()()()()()

 けれど立ち止まれない。強くなるために。英雄に至る為に。力を欲する。

 目の前のモンスターを倒す力を。

 

(【ステイタス】が応えてくれるなら……。神様、僕に力を、勇気を下さい)

 

 冒険者になって最初は何も出来ずに戸惑った。今は立ち向かえる勇気が後押ししてくれる。だから、今、ここに居る。

 武器を手放すな、と自身に言い聞かせる。脚はまだ動く。なら、進める。

 

(僕に出来る事はなんでもやると決めたんだ。どんな力だろうとも……制御して見せる!)

 

 そう決意を固めた途端に何者かがフッと嗤った声のような音が聞こえた。そして――

 

 構えて、唱えて、突き進め。神々を笑わせてみせろ。

 

 はい、と小さく返事をしたベルは軽く呼吸を整える。

 敵は今の自分には大きい壁だ。それを乗り越えなくては前に進めない。

 ダンジョンに潜るのは強くなって英雄になる為だ。その為には曖昧な憧れでは駄目だ。

 何のために強くなって英雄になるのか。それは勿論――

 

「僕は冒険者だ。皆の憧れを背負って前に進む冒険者だ!」

(……なんて青臭い台詞(セリフ)。……リリは恥ずかしくて言えませんよ。……でも、そんな気持ちを抱けるベル様は素敵です。リリは……冒険者としてそんな気持ちを抱かずに育ってきましたから)

 

 駆け出しの冒険者に対してリリルカは尊敬の眼差しを向ける。

 気恥ずかしい台詞を吐く彼を本来ならば嘲笑する所だが、何故だがそれが出来なかった。

 (にじ)めでひ弱な小人族(パルゥム)として生まれて一度だって嬉しく思ったことは無かった。――ここ最近は隊長(アンティリーネ)と出会って気持ちの変化も見られるようになったけれど。

 

(……ベル様、なんて……。この敬称、不思議とピッタリしますね。……これは隊長が言っていた『へいこうせかい』とやらの影響なんでしょうか)

 

 世界は無数の可能性が重なって出来ている。人生の分岐点において自分が欲しかった道があったとしても決して手に入れる事は出来ない。

 分岐した別の自分が辿っている道を横取りしても意味がない。どの道だろうと自分のものだから。

 誰だって幸せになりたい。今よりもっと不幸が待っているかもしれない。でも、それは別の世界の事だからどうしようもない。

 正しい道は無い。なら、自分にとって正しい道に造り変えればいい。

 もっともっと抗いなさい、冒険者は結局のところ俗物の化身なのだから。

 

(……俗物は言い過ぎでは、と少しでも思ったリリはやっぱりバカでした。何かを求めるから冒険者なのに)

 

 やれやれと肩をすくめつつベルの戦闘を邪魔しようとする新たな牛頭人(ミノタウロス)に向かっていった。

 彼らの戦いを見逃すのは人生においての損失だ、と心の中で叫ぶ。

 

「リリは荷物持ち(サポーター)ですけど冒険者でもあるんです。弱小種族舐めんな、コラ!」

(……こういう時でないと恥ずかしいですが、声に出すと気分が良いですね)

 

 手早く仕留めて観戦に臨む。今のリリルカにはそれが出来る実力が備わっていた。

 怪しい気配を纏い始めたベルと傷だらけにされたことで怒り心頭の牛頭人(ミノタウロス)との戦いが始まろうとしていた。

 勝敗についてリリルカは予想しない。その代わりに死なないように待機しておく。

 

【神炎を纏いし英雄達の背を追う者よ。その手に掛かるは勝利か、死か。選べ宿命(さだめ)を。七大罪を(かまど)()べよ】

(……ベル様が詠唱!? 彼は魔法を発現していない……今発現した!?)

(……浮かべる憧憬は数多の英雄達。でも、僕は彼らの事を物語の中でしか知らない。なら、空想であってもいい。僕はもっと強くなりたい)

 

 少年は駆けた。どす黒いオーラを身にまといながら。

 ナイフを一閃させる。その軌跡は鋭利な線となって牛頭人(ミノタウロス)を斬断する。ベルは攻撃が通ったことを確認した。

 そして、見た。【ステイタス】がベルに力を貸してくれている事を。

 勝てるとか関係ない。勝つんだ、という強い意志を持って疾走する。

 稲妻を纏う英雄を見た。白い軌跡を描く英雄を見た。

 

()はただ勝利を。英雄へと至る道を敷け】!」

(束ねろ。駆けろ、僕の脚! その先へ至る一撃の為だけに!)

 

 リリルカから見ても速いと思わせるが第一級冒険者に比べればまだ遅い。それでも彼が黒いオーラを纏いながら白い軌跡を描く姿を幻視している。

 不思議な光景としか言えなかった。

 

【産声を上げ、英雄()を讃えよ。これなるは黒雲をも斬り払う喜劇なり。鐘楼を鳴らせ、凱歌の如く】!」

 

 無意識で詠唱していたベル自身は活を入れる為の文言だと思い込んでいる。それと自身にまとう黒いオーラも気付いていない。

 先ほどより身体が軽く思い通りに動けている。けれども身体の中にある何かが急激に失われている。この一撃が最後の攻撃になる予感がした。

 がら空きになった牛頭人(ミノタウロス)の胴体めがけて失踪し、最後の一節を口にする。

 

 救世の禍雷(メサイア・オーバーロード)

 

 英雄に憧れ、強さを求めた彼の一撃はモンスターに触れた瞬間に爆ぜた。

 雄叫びを上げながら黒いナイフを振り抜く。その斬撃の軌跡をなぞるように爆炎が飛んでいく。

 体力を使い果たした彼は後方に下がりながらモンスターに警戒する。しかし、来るはずの攻撃は無く、モンスターの鳴き声も聞こえない。

 満身創痍になりながらも相手に顔を向ければ牛頭人(ミノタウロス)が武器を振り上げたまま立ち尽くしている姿が見えた。ただし、胴体部分の殆どが消し飛んでいた。

 

(……あれ? 勝った、のか?)

「べ、ベル様! 止めを。しっかり止めを刺してください」

 

 我に返ったリリルカの言葉に驚きつつもベルは前に突き進む。

 止めと言われてもどこを狙えばいいのか。心臓付近に狙いを定めるが腕が思うように動かない。いや、身体全体が悲鳴を上げていて動く事を拒否していた。

 体力が尽きていた。それでも動かなければ――

 

(……ベル様は体力の限界ですね。あそこまで出来れば上出来です)

 

 モンスターの方は身体が少し動いた後は倒れ掛かりながら灰に還った。一応、リリルカも警戒していたが杞憂に終わって安心した。

 頑張った者には褒賞を与える。すぐさまベルに回復薬(ポーション)を飲ませた。

 頼りない少年は確かに階段を一段登った。それが急に発現した魔法だろうとも彼自身の力だ。

 

「おめでとうございます、と言いたいところですがダンジョンの中なのでのんびりしていられません」

「……はい」

「冒険者様が今の戦いで『昇格(ランクアップ)』出来たかどうかリリには分かりません。とにかく、一度地上に戻りましょうか」

 

 酷い倦怠感に襲われてベルは立ち上がる事もままならない。それは精神疲弊(マインドダウン)の症状に似ていた。

 もし、彼一人であれば呑気に休む事など出来ず、新たなモンスターの餌食になってしまう。

 ここはダンジョンの中だ。常に周りに気を配らなければ生き残れない。

 

 
 

 

 いざ帰る段になってリリルカが通路の確認をしようとした時、唐突に気配が生まれた。それから聞き慣れた声が届く。

 黒と白がはっきりと分かれた髪色を持つ冒険者アンティリーネだった。

 社交辞令として一礼する。

 

「ついさっき来たばかりで偶々(たまたま)よ。そこの彼、随分とぐったりしているわね」

「死闘を演じておられましたから」

 

 アンティリーネは携えていた大きな戦鎌(ウォーサイズ)を軽く振り回すと掻き消えた。

 それから悠々とリリルカ達のところに歩み寄る。

 白髪の少年冒険者ベル・クラネルについて、彼女は既に認知としていた。それでも改めて見ても普通の冒険者にしか見えない。

 

(この子がやったわけじゃないけれど、マーレ君を打ち倒したのよね。いえ、相打ちだったかしら?)

 

 少なくとも至高の御方に目を付けられたのは間違いない。だからといってアンティリーネはベルに対して特別な感情を持っていない。リリルカが目をかけているから気にしている程度だ。

 彼の前に進み、背を向けてしゃがんだ。

 

「ほら、お姉さんに背負われなさいな」

「えっ?」

「勝利者に褒賞を与える事にしているの。若いんだから遠慮しない」

 

 リリルカに目配せで手伝いなさいと命じると彼女はため息を一つ零してベルの手を引っ張り隊長の背中に誘導した。

 激闘の影響か、身体に力が入らないベルは抵抗も出来ずに成すがままだった。

 軽々とベルを背負ったアンティリーネはリリルカからロープを受け取り、少年を落とさないようにしっかりと身体に固定する。

 

「そういえば隊長はどうしてこちらに?」

「散歩よ。……本当よ」

「分かりました」

 

 冒険者として異質であるアンティリーネは特定の命令を受けているわけではない。

 自由意志に基づいて活動している。大まかな制約こそあるがダンジョン探索や普段の生活において細かな決まりごとは無いに等しい。

 元々人類の守護者でもあるので『闇派閥(イヴィルス)』への参入は無い。例え神の命令があったとしても従う理由にはなり得ない。

 

「はい、魔法最強化(マキシマイズマジック)()睡眠(スリープ)

「………」

 

 唐突にベルに魔法をかけた。

 少年はあっさりと昏倒する。

 その後、軽い足取りで地上を目指す。

 合間に出てくるモンスターはアンティリーネが鼻歌交じりで蹴散らす。落ちた魔石はリリルカがしっかりと回収していく。

 探索ではないから戦闘は最小限だが隊長の戦い方は今では鮮やかな手並みだと理解できる。それに武器をコロコロと変えてあらゆるモンスターに対処する。

 単純に強い。第一級冒険者だから、かもしれないが――

 

〈不落要塞〉〈流水加速〉

 

 振り上げた脚で攻撃を受け止め、流れるように駆け出す。その加速部分はリリルカでも未だに視認できない。

 瞬間的に姿が掻き消えたわけではなく風景に溶けるような感じになる。

 手早くモンスターを片付けるとリリルカがちゃんと追い付いているか確認する。

 

「……そろそろ次の『昇格(ランクアップ)』に向けて特訓する?」

「いえ、今のままでも充分です。急激な増強は【ファミリア】にとって都合が悪いので」

「そうよね。リリルカの【ファミリア】で探索に熱心な団員ってあまり居ないものね」

「……そもそも探索系ではありませんし」

 

 面白くないわね、と言いながら二人はどんどん上の階層に向けて駆け出す。

 大きな荷物を背負っているリリルカも身体能力が向上した今はそれほど苦にせず駆けている。

 それから三時間ほどで地上に出られた。――途中大量の蟻型モンスターが落とした魔石を拾うのに手間取ったくらい。

 一旦ベルを起こし、地上に出た事を教えておく。そのまま【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)に向かおうとしたが彼は恥ずかしいので下ろして下さいと言った。勿論、アンティリーネは笑顔で拒否した。

 

「帰り道襲われないとも限らないじゃない。……以前の借りを返す意味でもちゃんと最後まで面倒を見させなさいよ」

「……はい」

「素直でよろしい」

 

 本拠(ホーム)が近くにあればいいが遠いのであればギルド本部でいいか、と思い向かった。少年の羞恥心が耐えられそうにないと判断した為だ。

 建物に到着した時、彼を下ろした。

 隊長の機嫌がいいのでリリルカは黙っていたが本当に自由な人だと思った。

 気を取り直して待合室に向かい、今日の報酬の話しに入る。

 

「隊長が来るとは思いませんでしたが特別料金が発生したりはしません。……いつも通りの分配で構いませんか?」

「……今日は僕の戦いが多かったので……、いつもより少なくなって、申し訳ない」

「いいえ。冒険者様にとって大事な事ですから。それでは、またご贔屓に」

「はい。今回もありがとうございました」

(……ほんと、ベル様はしっかり挨拶なさるからリリは調子がいつも狂いますよ、全く……)

 

 手早く報酬金額をより分けたリリルカは自分の財布に換金したヴァリス硬貨を入れる。ついでにベルの報酬も別の袋に入れた。

 誠実な冒険者であるベルを騙そうと思えばできるが気が引けたので毎回ちゃんと精算している。彼がもう少し性格の悪い冒険者であれば――リリルカももどかしい気持ちを抱かずに済んだ。

 

 
 

 

 少し休んだ後、体調が戻ったベルはギルドから出て真っ直ぐ本拠(ホーム)の教会に帰った。

 資金的に余裕があれば寄り道する所だが今日は自身の【ステイタス】がどうなっているのか早く知りたい気持ちが強くて脇目を振らなかった。

 途中で昼頃まで主神のヘスティアは露店のアルバイトで居ない事に気付いてがっかりした。

 とはいえ、時間的にもそろそろ戻ってくるはずだ。いつもより浮足立つがまずは母達に帰宅の挨拶をする。

 

(……あちこち壊れている。またアルフィアお母さんが誰かと戦ったのかな?)

 

 修繕は基本的にアルフィアが自腹で済ませている。度々ダンジョンに赴き適度に資金を稼いでくるらしい。資金が足りないわけではなく、気分転換の意味合いが強い。

 寝泊まりする小屋に顔を出せば白髪の女性であるメーテリアがのんびりと茶を飲んでいた。

 生みの親であるメーテリアの活動はアルフィア以上に謎に包まれていた。

 ずっといるようで度々姿を消す。どこで何をしているのかは秘密、と言って教えてくれない。そもそも母が所属している【ファミリア】が何処なのかも知らない。何処にも加入していないわけではないのは本人の談。

 アルフィアが【アルテミス・ファミリア】の眷族なのは承知している。

 

「ただいま」

「おかえり。今日は随分と早いのね」

 

 にこやかに微笑む母の顔を見ると今日の疲れが幾分か吹き飛んだ。

 この温和な表情の女性が現役であり第一級冒険者でもあるとは到底信じられない。

 剣を持つ美しき冒険者アイズ・ヴァレンシュタインも鍛練を見ているから冒険者なんだな、と違和感を覚えなくなったが――

 早速母に牛頭人(ミノタウロス)を討伐したことを伝えた。すると喜んでくれると思ったが何やら眉根を寄せて複雑な笑みを浮かべていた。

 

「子供だと思っていたベルが大人になってしまったか……。そうよね、貴方は冒険者だものね」

「……お母さん?」

「ベル」

「はい」

「貴方にはいくつかの選択肢があります。英雄の道。悪の道。ただの村人の道。野垂れ死ぬ道。無能を悔いる道。他にもあるけど、どれを選ぶ?」

(英雄以外酷い選択だ。……でも、強くなりたいのと英雄が別々であれば迷うな)

 

 時間に迫られなければ充分に迷う。

 自分が成りたい事と結果はきっと違う。ベルは英雄になる為に強くなりたいと願った。仮に英雄に慣れなくても誰かを守れるなら、それで充分だとも思える。

 今の自分には圧倒的に経験が足りない。

 

 貴方はどんな風に強くなりたい?

 

 ふとアンティリーネという冒険者の言葉を思い出す。

 明確な形を定めておいた方がいいという質問に対する答えをベルはまだ決めかねていた。

 はっきりした方が強さの指針が決めやすい。

 選択もきっと同じだ。ただ、悪の道を選びます、と言ったらメーテリアはどんな反応をするのか。――少し想像したら怖くなった。彼女はまだいいがアルフィアは絶対に激怒する、と思う。

 村人になる道と言ったら失望されるだけで怒りはしない、とも。

 

「悪の道は強さに溺れる冒険者よ。昔はたくさん居たらしいわ。世の中善人ばかりじゃないし」

(お母さんは僕が強くなっていくと悪い人になるんじゃないかと心配してくれているんだ。ここで悪人にならないと言っても説得力がないと思う。僕もその先、そう()ならないって自信を持って言えないから)

「どんな道にも責任が付きまとう。何を選ぼうとベルの自由よ。甘いものが苦手なのにお菓子職人になりたいって言ったら私も反応に困るけれど」

(……ああ、そういう選択も、ある)

「……ごめんなさい。ベルを森妖精(エルフ)にするのは()()()()無理よ」

「……種族変更の道まで」

 

 種族変更の選択は想定していなかったので大層驚いた。

 ほんわかしている母も時々凄い事を言う。神様は天然という表現をよく使う。

 そんな母はどうして冒険者になっているのか。いや、冒険者になったのか。

 以前彼女は身体を丈夫にするため、と答えた。

 

(……第一級冒険者に見えない)

 

 メーテリアの【ステイタス】は推定レベル(シックス)

 【ヘスティア・ファミリア】ではないので内容を知ることは出来ない。

 知ったところで凄いね、くらいしか言えないと思うから聞かない。自分から自慢げに言ってくれればいいのに、とは思う。

 

 
 

 

 夕方、神ヘスティアが帰ってきたので今日の報告と【ステイタス】の更新を頼んだ。

 女神は昼のアルバイトを終えると知り合いの神の本拠(ホーム)に顔を出して世間話をしてきたそうだ。――彼女の交友関係は結構広い。

 本拠(ホーム)での食事は主にベルが作る。たまにメーテリアも協力する。

 料理の手ほどきは村に居たザルドから教わった。元々は祖父が最初だったがある時に居なくなってしまったので。

 大柄な体格にもかかわらず丁寧な所作で料理を作る。

 彼の教え方は見よう見まねでとにかく作ってみろ、というもの。滅多に怒らないが食べを粗末にしたら殴る、とは言っていた。

 

「おお、ついに牛頭人(ミノタウロス)を倒したのか。ベル君一人で」

「はい。それと魔法が発現したみたいなんです」

「凄いじゃないか」

 

 両親とは打って変わって褒めちぎるヘスティアにベルは気恥ずかしくなった。

 何をやっても褒められる。最初はそれが嬉しいと思った。けれども悪い点が無いのは完璧ではなく無い事にしているだけではないか思うようになった。

 女神以外は結構なダメ出しをするし、自分も改善すべき点だと思って感心するので。

 勿論、褒められれば嬉しい。それは変わらない。

 

(……そうか。神様が褒めるからお母さんは真面目な事を言っていたんだ)

 

 本当は母として褒めたいけれど息子はもう冒険者として独り立ちした。ならば褒める役は女神に譲ろう、と。

 ベルなりにそう思うもののメーテリアの真意は分からない。

 

「とうしたんだい、ベル君」

「……いえ、なんでもありません」

 

 教会地下にある寝室に移動する。

 だいぶ整理整頓されたものの二人で過ごすには些か狭苦しい間取りになっている。だが、ベルと二人っきりになれる空間なのでヘスティアは満足していた。

 汚いベッドを使わせるわけに行かないとアルフィアが自腹を切って新品のベッドを二人に贈った。定期的に彼女(アルフィア)が清潔を保っている。

 ヘスティアはベル君の匂いが浄化されるから洗わないで、と文句を垂れたが孤高の女王は頑として譲らなかった。

 病気は大敵だ、という一言の下に反論を断ち切る。

 ちなみに眠るときはベッドをヘスティアに譲り、ベルは使い古しのソファで眠る。

 

「早速【ステイタス】の更新をしようか」

「お願いします」

 

 ベルは上半身を裸にし、ベッドにうつ伏せになる。

 ヘスティアは彼の背中に跨ってから針を指に差す。

 【神の血(イコル)】をベルの背中に垂らすと中空に魔法陣の様な形で四角い窓枠が浮かんだ。その枠内に冒険者の【ステイタス】の数値などが現れる。

 前回見た時は『魔力』以外の数値が軒並み九〇〇台になっていた。

 

(……さて、今回はどうなっているかな~)

 

 地上に降りた神の中でヘスティアは新参者なので他の冒険者についての知識が殆ど無い。つい先日アルテミスからある程度聞いたが参考になるかどうか疑問が残る説明だった。

 団長のレトゥーサも分かりやすく教えてくれた。

 彼女達によれば数値は微増が当たり前だという。レベル(ツー)になるのに数年かかるのは一般的です、と。

 それを踏まえてベルの数値の上昇幅は驚異的だそうだ。

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力:I0 耐久:I0 器用:I0 敏捷:I0 魔力:I0

 幸運:I 耐異常:I

 《魔法》

 救世の禍雷(メサイア・オーバーロード)

 ・付与魔法。

 ・術者のレベル・経験値(エクセリア)能力値(アビリティ)を贄とする。

 《スキル》

 憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

 ・早熟する。

 ・懸想(おもい)が続く限り効果持続。

 ・懸想の丈により効果向上。

 

 ヘスティアは彼の【ステイタス】を見たまま意識を手放した。

 白目を向いたまま微動だにしなくなった女神が次に目を覚ましたのは翌朝だった。

 超常の存在である神だが食欲がなくなり、アルバイトに行く気も起きない。何より言葉を発するのがとても怖くなった。

 英雄に憧れるベルに何て言えばいいのか。これはあまりに残酷だ。

 顔面蒼白状態の女神にベルのみならずアルフィア達も心配になった。

 

(……ベルが『昇格(ランクアップ)』出来なかった事に落ち込んでいるのか? それとも……もっと酷い結果が?)

「か、神様。今回が駄目でも僕は気にしませんよ」

「………」

 

 顔をベルに向けるも何かを言いかけてやめる。それをヘスティアは何度も繰り返す。

 普段明るい女神がここまで沈み込む姿をベルは初めて見た。

 いつも更新では数値についてよく頑張ったね、と言ってくれるのに。何が駄目なのか全く想像できない。

 魔法かスキルに『呪い(カース)』でも出たかとアルフィアが問えば首を横に振る。

 

「うちの子が悪の道に片足でも突っ込んだのかしら?」

「見た目には何かが変わったようには見えんが……。お前自身はどうなんだ?」

「身体が重く感じる以外はいつもと変わらない気がするんだけど……」

(……身体が重い、というのは『能力値(アビリティ)』が下がったとか? もし、そうなら相当な下落だった可能性があるな。私の場合はスキルがデメリットとなったが……)

「はっきり聞こう、神ヘスティア。ベルは二度と『能力値(アビリティ)』を増やす事が出来ない、そんな感じの魔法やスキルを得たのか?」

(二度と!? そ、それなら神様がここまで元気をなくしてもおかしく、ない……)

 

 アルフィアの確信めいた言葉にヘスティアは首を横に振る。しかし、何も言おうとしない。

 寿命が減るのか、と更に質問を重ねるもヘスティアは首を横に振る。

 

(単にショックが大きすぎて喋れなくなったのでは?)

(そういう事もあるか。神にもそんな一面があるとはな)

 

 失語症だとしても一時的なものだ。特に神ともなれば数時間で何事もなく平然と振舞う事も珍しくない。特にアルフィアの知る神々はそうだった。

 もし、ヘスティアがとても繊細な存在であれば数日続いても仕方がない、と思える。

 仮に【ステイタス】が減ったのだとしてもまた上げればいい。もし、二度と上がらないのであればベルは冒険を続ける事が出来ない。

 悲しい事だが死ぬよりはましだ。――そう割り切れればいいが少年の心持ちはきっと母親でも理解できないだろう。

 アルフィアとメーテリアは白髪の少年の頬に触れる。

 二人の表情は酷く失望したもの、ではなく諦めるなと僅かばかり応援が含まれているように見えた。

 

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