ダンジョン・フラグメント   作:トラロック

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22 タウロポロス

 白髪の少年が【ランクアップ】出来ないと知ってから数週間が経過した。その間にも彼は積極的にダンジョンに挑んだ。

 当初懸念された『能力値(アビリティ)』の上昇不可は無く、いつも通り増えていた。

 主神ヘスティアは元気を無くしていたのだがある時心機一転して明るく振舞うようになった。本人もいつまでも引きずるのはよくないと痩せ我慢を発揮した。

 

「うむ。元気のない神ヘスティアは水分の抜けきった干し肉だ」

「そ、そこまでかい?」

「ベルという水分を得て瑞々しくなられて良かったです」

「……二人の褒め方が微妙に僕をディスっている気がするよ。とにかく、心配をかけて申し訳なかった」

 

 普段は怖い修道女(シスター)姉妹と表現しているが割りと人付き合いはよく、様々な者の相談事も受け入れている。――灰髪のアルフィア・クラネルは煩わしいと思っているようだが。

 それからベルが雇い入れた小人族(パルゥム)のリリルカ・アーデと彼女が師事する隊長こと【絶死絶命】アンティリーネに『能力値(アビリティ)』が(ゼロ)になったことを告げると大層驚かれた。

 

「……つまり、今までの鍛練が全て無に帰したってことね」

「身体が重く感じるので数値による恩恵が無くなったと思います」

(……レベル(ゼロ)なら知っているけれど、『能力値(アビリティ)』が例え(ゼロ)になったとしても見掛け上の数値が(ゼロ)になっただけで『能力値(アビリティ)』の恩恵自体は維持されているものよね)

(……そうなると探索計画をやり直しする事になりますね。でも、知識まで消え去ったわけではありませんから効率的になると思いますが……。これはさすがにリリも想定外です)

 

 アンティリーネ達はどうしようか悩んでみたものの起こってしまったものは仕方がない。

 少年自身も前向きに捉えようとしているので、引き続き面倒を見る事にした。これもまた冒険における未知だ。

 それと新たに発現した魔法の効果の確認もしなければならない。

 もし、使うたびに全てが無に帰すならここぞという時以外は使用できない。それも単なる起死回生どころではない可能性も考えられる。

 

(……もし、どんな敵も一撃の下に倒せるなら、私も至高の御方にとっても驚異よね。そこまでの威力があるかは分からないけれど、並行世界に干渉する能力を得ているところから決して眉唾ってわけでもなさそうだし)

 

 この世界に存在するベル・クラネルがもし、自分達の敵になれば――というのはあまり考えたくないが脅威と判断すれば排除しなくてはならない。

 でも、至高の御方なら――ベルをとても気に入る可能性が高い。

 それにアリスは未だに沈黙している。敵は居ない、という意味で。

 

「魔法が発現した、ということは『魔力』を増やせるようになったって事ですよね」

「でも、この子の魔法は諸刃の剣……。代替魔法が必要よね。……位階魔法か『魔導書(グリモア)』か……」

(【静寂】達が可愛がっているから『魔導書(グリモア)』がいいかしら。マーレ君に用意してもらおうかな)

 

 探索に力を入れていなかったので高額商品を買う余裕がアンティリーネには無い。――出せないわけではない。

 『魔導書(グリモア)』は位階魔法と違い、誰にでも魔法を発現させられる便利アイテムではない。無駄打ちになる事もある。

 色々と考える必要はあるが――とりあえず、今日からまた探索に精を出す事で議論を打ち切った。

 

 
 

 

 ベルは引き続きリリルカに任せ、アンティリーネは単身【ロキ・ファミリア】に向かった。

 派閥の関係上で【ウィツィロポチトリ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】は敵対関係にあるらしい。主に神の仲では、という意味で団員達とはそれほど仲違いはしていない。

 どの神がどの神と仲がいいのか分かりにくい。

 本来は全ての【ファミリア】が敵対関係にあり、手を組むかはそれぞれに任されているし禁止にされているわけではない。

 『闇派閥(イヴィルス)』のような過激派とも言える者以外は競い合う仲といったところ。

 門番を軽く弾き飛ばし、悠々と『黄昏の館』の扉を開ける。

 中に居た団員達が敵襲かと警戒の為に武器を構えるが相手が【絶死絶命】だと分かると誰もが驚き、萎縮する。

 

「やあやあ、歓迎ありがとう。襲撃しに来たわけじゃないから」

「……それにしては強引な訪問だ」

 

 二階から姿を現した王族(ハイエルフ)のリヴェリアが呆れ顔で言った。

 敵対派閥らしい正式な訪問だと思うけれど、と言うとリヴェリアはため息を零した。

 用件は深層探索に連れて行ってほしい、というもの。資金稼ぎが目的である事も付け加えた。

 

「私個人のお願いだから。これでも穏便に済ませているのよ。冒険者らしく」

「……そうかもしれないが少々……、いや、かなり野蛮だ。お前のは前時代的なものだぞ」

「……だって、当時はこれが一般的だったんだもの。若者の流行は難しくてね」

(……彼女は私より年上ではなかったか? 【絶死絶命】は少なくとも五〇〇年以上も昔から名を残す冒険者……。実物を見ても信じられないが……)

 

 アンティリーネの所属【ファミリア】が(おおやけ)になったのはここ最近の事だ。それ以前の事柄は不明であった。

 そもそも名前は知られていても活動内容が殆ど不明だ。

 それと前時代的というのは意見を通したいなら力で示せ、というもの。これはリヴェリア達古参の冒険者であれば()()()()()()()()()()だ。

 室内で暴れられても困るのでついてこい、とリヴェリアは言った。

 階段を上りつつアンティリーネは魔力系第六位階の魔法を唱えた。

 

真実の目(トゥルー・シーイング)

「……ん?」

「気にしないで。念のために警戒するだけだから」

 

 呑気そうにアンティリーネは言った。

 罠は警戒していない。真に警戒すべきは別のものだが――残滓らしきものが無かった事に一安心する。

 戦闘系に特化しているので魔法が得意というわけではない。マーレなどであればもう少し細かな部分まで網羅できるのだろうけれど、警戒し過ぎるのも精神的に不健康だ。

 

 
 

 

 アンティリーネの交渉自体は団長であるフィン・ディムナも歓迎する所だ。何より今まで存在自体が不明確だった冒険者が目の前に居るのだから色々と知りたい気持ちが騒ぎ出す。

 【絶死絶命】はゼウスとヘラが台頭していた時代にすでに存在していたが、気が付くと姿が消えている。そして、五〇年から一〇〇年ほど経つと彼女の存在が現れる。

 強い者と戦う以外でこれといった偉業は無いのだが戦闘能力がとても高い事だけは伝わっている。

 

「もう言ってもいいと思うけれど……。その空白の期間は長期睡眠に入っている頃ね」

 

 用意された椅子に座り、緑茶をすすりながらアンティリーネは言った。

 執務には幹部達と幹部候補の冒険者が何人かおり、金髪金目の少女冒険者アイズ・ヴァレンシュタインも同席していた。

 

「異邦人がこの地に降りて千年。でも、それだけの期間を活動している者は殆どいない。私とて千年も起きてられないもの」

「君はこの地に来る前から生きているのか?」

「そうよ。でも、不死ってわけじゃないわ」

 

 自分の事であれば大体答えられるから遠慮なく質問して頂戴、と促したのでフィンは遠慮なく知りたかった事を尋ね、彼女は平然と答えていく。

 長い眠りにつくから千年もの期間の中で自分の名前が出ても不思議ではない。

 時には世界を旅したり、強者との出会いを求めたりしてきた。

 特定の国に長い期間居ついた事は何度かあったが今回は迷宮都市(オラリオ)に決めただけ、と。

 

「この世界の歴史全てを把握しているわけじゃないけれど……。世界に影響を与えるダンジョンというのは私も気になっていたのよ。でも、深層攻略の許可は下りなかった。別に無理して攻略したいほどの魅力は無いんだけどね」

 

 丁度、地上に降りた神々と邂逅した時、ダンジョンについての取り決めを交わした事で色々と制限が作られた。

 異邦人側が現地の文化を吸い上げる事を許す代わりに地上への干渉は千年くらい待ってほしい、というもの。

 

「本当に千年経つほど滞在するとは思わなかったけれど……。異邦人側の主目的は文化を学ぶこと。私は終末の時が迫っているというこの世界を救済したいと思っている。これでも人類の守護者だから。見捨てて帰還するっていうのは……、あまりにも無責任ってもんでしょう」

(……文化を学ぶことについては昔から聞いているけれど、異邦人側は本当にそれだけが目的なのか?)

「仮に黒竜の脅威を払拭したとして、その後はどうするんだ?」

「次の世界……、空の星々に向けて旅立つことになるか、いつまでもこの地で生活するか……。私もいつまで生きていられるか分からないけど……」

(夜空を旅する異邦人。……なんか、凄い)

 

 リヴェリアは位階魔法を伝える目的を尋ねてみた。

 答えは至極単純に可能性を見せたいだけ、と。

 現地の文化を学ぶお礼のようなもの。

 

「技術供与はどこにでもある文化だと思うのだけど、違ったかしら?」

「……違わないが……。これは明らかに異質だ」

「神々の【神の血(イコル)】によって与えられる【ステイタス】の文化は異邦人側には無いわ。……位階魔法を授ける方法も元々は無かったものだけど……」

 

 位階魔法を自在に供与できる、という点はアンティリーネにとっても異質だった。今もって原理は不明。出来るから出来る、という理解に落ち着いている。

 少なくとも自分達の魔法は自然と身につくものだった。

 

「貴方が聞きたいのはこんなことじゃないんでしょう?」

「……ああ」

「あと数日もしない内に会えると思うわ。それと期待を裏切るくらい普通の一般人……。だと思うわ」

 

 疑問形の様な答え方にフィンは首を傾げる。

 異邦人をまとめる謎の『御方』という存在について。彼女が言う事が正しいと仮定すれば会ったところで答えに期待できない可能性が高い。

 オラリオにマーレ達を送り込んだ事を除けば活動自体が謎のに包まれている。何もしていないと思えれば楽なほど。

 

「彼らは千年経とうといつも通りに過ごす。娯楽の為に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を起こしたりもしない。……後は今後のお楽しみ、ということで勘弁してもらえるかしら」

「率直に……。彼らはどんな存在なんだ? 見た目は僕らと変わらないのか?」

「それもお楽しみ……と言いたいところだけど。変わらないと言えば変わらないわ。現にオラリオに居るのに話題の一つも上がらなかった。貴方の耳にも入っていないくらい……、馴染んでいるみたいだし」

(マーレ達が隠れ蓑だとしても確かに僕のところにそれらしい噂話しすら来ないのはおかしい)

「私が知る限り、三人ほどオラリオに来ている筈よ」

 

 探索隊に加える対価として充分な情報を得た。意外なほどあっさりと教えてくれたが真実かどうかは自分で確かめるしかない。そうフィンは判断した。

 穿(うが)った見方をしなければ彼らは脅威ではない。実際に何かされたわけではない。――位階魔法を除けば。

 過去にも因縁があるわけではないし、神々と似た人種というのが分かりやすいか。ただ、自ら神だと僭称していないけれど。

 ちなみに『闘国(テルスキュラ)』について尋ねると普通に答えた。

 

 
 

 

 隊長がしばらく不在になる事が決定し、リリルカはベルの面倒を本格的に見る事になった。探索範囲が上層の安全圏内ということもあり、仕事としても都合が良かった。

 個人的に中層以降に挑む予定も無かったので。

 モンスターについてはいつも通り戦えている。能力の減退こそあったが身体に刻まれた戦闘の記憶は無くなっていなかった。

 

(……魔法さえ使わなければ、という条件が付きますが……。あれは必殺ではなく切り札と思う事にしましょう。……でも、良かった。ベル様がまたダンジョンに挑まれて)

「ベル様。そろそろ武具の整備を致しましょう。ナイフ一本だけ、というのも心許ないですし」

「そ、そうですか。確かにいつの間か防具がボロボロですね」

(……ベル様って言われるの慣れてきたな。ここまで親身になってくれるリリルカさんに何かお礼がしたいな)

 

 ベルにとって頼りになる荷物持ち(サポーター)だが、戦闘能力が高いので浅層で燻っているのが申し訳ないと思った。

 依頼料も少ないし、もっと深いところを探索する冒険者に付けば、と思わないでもない。

 そのことを以前に聞いた時は気晴らしで付き合いましたがベル様は誠実で安心できるんです、と答えていた。

 

(……僕、随分と信用されているんだな)

「探索を切り上げて買い物に行きましょうか」

「そ、そうですね。でも、その前にエイナさんに報告しないと」

(……ベル様の担当アドバイザーでしたね。本当に律義な人間(ヒューマン)ですね)

 

 魔石の拾い残しが無いか確認してから地上に向かう。

 その後、一旦ギルド本部に顔を出してから『摩天楼(バベル)』に向かう。

 オラリオの象徴も呼べる天高く(そび)える塔。

 元々はダンジョンからモンスターが溢れ出ないように蓋をする為に建造されたものだ。

 遥か高い場所は神々が占有しており、低い階層には冒険者向けの店が並ぶ。移動は階段の他に昇降機が使われる。

 ギルドでの受付を済ませた後、リリルカに伴われて摩天楼(バベル)にある武具店に向かう。

 低階層の店は大手の鍛冶系【ファミリア】が(のき)を連ね、飾られている武具の値段は桁違いだった。到底今のベルには手が出ない。

 

(いっせんまんヴァリス!? どれも高額商品ばかり)

「ベル様。そんなところに張り付いていると他の冒険者様の邪魔になりますよ」

「は、はい」

「……心配なさらなくても大丈夫です。借金をしてでも買えってことじゃないですから。更に上の階に駆け出し用の格安商品が置いてますので」

 

 駆け出しがここに来ると大抵驚く。

 一番目立つところに高額商品が並び、どれも購買意欲を掻き立てる。

 身の丈に合わない武器を使うより手に馴染んだものの方がいいに決まっている。

 リリルカに伴われ、更に上の階に移動する。

 到着した階層は酷く閑散としていた。賑やかさが無い分、ここに店があるのか疑問を覚えるほど。

 ただ、何人かの冒険者が歩いているのが見えたので、利用者が居ないわけではないことは分かった。

 

「この辺りが駆け出しに丁度いい値段設定になっていますし、意外な掘り出し物があるかもしれません。見栄を張るのは自由ですが……」

「ありがとうございます」

 

 リリルカが手頃な店を探していると桃色の髪の同胞(小人族)を見つけた。

 付き合いは無いが存在は知っている。

 彼女は【アストレア・ファミリア】に所属するライラである、と。

 

(【狡鼠(スライル)】のライラ。レベル5の小人族(パルゥム)

 

 現状、小人族(パルゥム)で一番強いのは【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナである事は有名だが後追いで近づくのがライラだった。――勿論【フレイヤ・ファミリア】にも有名な小人族(パルゥム)達が居るのをリリルカは知っている。

 第一級冒険者の仲間入りを果たした同胞をリリルカも気にしないわけにはいかない。

 ひ弱な種族として長年(さげす)まされてきた小人族(パルゥム)が大躍進を遂げたのだ。嬉しくない筈がない。

 その彼女は箱に詰め込まれた雑貨を物色していた。

 

「……丁度いい大きさが無えな」

 

 手にした武器を見ると投擲武器を探しているようだ。

 運びやすさや投げやすさによって形が重要な意味を持つ事がある。リリルカも主体(メイン)となる武器は無く、援護程度が出来れば良いと考えていた。しかし、より深い階層に挑む事になれば生半可な武器では無いも同然となる。

 ベルはまだ浅層でしか活動できないし、自分も次の段階に向けて装備を充実しなければならない。

 

(【狡鼠(スライル)】は単に節約の為に安物を漁っているのかも知れませんが……。いや、節約は大事です)

 

 ふとよそ見が過ぎると思い、ベルの様子を見る。

 熱心に武器や防具を確かめていた。

 自分に合うものとなれば時間もかかる。リリルカは店番を探してみた。

 

 
 

 

 およそ一時間後にベルは気に入った防具一式と小剣を見つける事が出来た。値段も充分手が届くものを。

 リリルカは矢と投げナイフを大量に仕入れた。

 自分が全部払う、と言いそうになったがリリルカの分を見て口を閉じた。

 

「そ、そんなに買うん、ですね……」

「ほぼ消費アイテム扱いですし。回収している暇があれば御の字といったところです」

 

 今回リリルカはいつも背負う大きな背負い袋ではなく小振りの背負い袋にしていた。

 傍目には購入分を入れるのは無理そうだが、袋の中には隊長から借りた『無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)』が入っている。容量に制限はあるものの買い物に重宝している。

 本当は購入したいがリリルカがレベル(ファイブ)くらいになったら考えてあげる、と言われて保留にされた。

 

(制限内で済みました)

「良いものを見つけられましたか?」

「はい」

「では、リリはこの辺で失礼します。今後ともご贔屓に」

 

 いつもの調子でリリルカは頭を下げ、立ち去った。

 小さな背を見送った後、ベルは本拠(ホーム)へと帰宅する。

 オラリオに来て一か月ほどしか経っていないのに色々な事があったな、と。特に女性冒険者と関わることが多かった。

 男性冒険者も居るのだが大抵は駆け出しであるベルの相手をしようとしない。彼の知る限り、ではあるが。

 これも巡りあわせなのだろうか、と思わないでもない。

 ヘスティアの友神であるタケミカヅチの団員(眷族)を紹介されたことはあったか相手にされなかった。

 女運はあるのに男運が無い。かといって駆け出しの自分に甲斐性があるわけでもない。

 

(でも、出会いは多いよな。……みんな、凄い人達ばかり)

 

 英雄になりたい。言葉とは裏腹に強者に至るには物凄い努力が必要だ。一足飛びに強くなれるわけではない。

 それぞれ何年もかけて今の強さを手に入れた人達ばかり。それを妬んではいけない。

 それに自分は明確な強さの形を定めていない。

 ベルは自問自答を繰り返し、精神を落ち着かせていく。

 

「帰っていたのか」

 

 部屋――地下にある少し広めの部屋――で瞑想をしていたら聞き慣れた声が聞こえてきた。

 これはヘスティアでもアルフィア・クラネルでもない。

 狩猟を司る女神アルテミスのものだった。いや、それより何故地下室で彼女の声が聞こえたのだろうか、と驚いた。

 

「アルテミス様?」

「ああ。ヘスティアが元気をなくしていると聞いてな。あいつは居ないのか?」

 

 確かにここ数日のヘスティアは元気をなくしていた。だが、一日も経つとアルバイトに行ってくると声に出して言った。

 失語症が治ったようでベルは大層喜んだ。

 

「もうすぐ帰ってくると思います」

「そうか。……いやまあ、お前の事も聞いてな。何か思い詰めていないか気になった」

 

 水色の長い髪を軽く()いてアルテミスは大きなベッドに腰かける。

 ヘスティアと同じく処女神であり男性冒険者の受付を一切していないのだがベルに対しては普通に話しかけてくる。――他の男性にも話しかけるのかもしれないが。

 少し付き合ってくれるか、と女神に言われて表に出る。外に出る時に女神は愛用の弓を持ち出した。

 教会近くの空き地で向かい合う形になる。

 

「……私は()()()(まと)を外したことが無い」

 

 ベルに向かって弓を引き絞る。その動作は弓を(たしな)まない彼の目から見ても美しかった。

 そのまま見入ってしまうと射貫かれてしまう。避けるにしても相手は弓の名手。容易ではない。

 

「子供達が出来ないと言う事が理解できない。弓を放てば矢は当たるからだ。アフロディーテがワープで逃げた時も当てた」

(……ワープで逃げる状況が分からない)

「……当たりはするが敵を倒せるわけではない。……お前の状況は正にそれだ」

「?」

 

 弓を下ろすとそれをベルに向かって(ほう)った。

 慌てつつもベルはアルテミスの弓を受け止めた。

 思いのほか軽い。

 普段は剣やナイフを使っていたので弓の扱いはさっぱりだった。

 

「それを貸してやろう。お前は放たれる矢のように戦うのが相応しい。……何故だか、そんなイメージが浮かんだ」

(……遥か彼方。一万年の恋。……其はオリオンの矢。……処女神なのに恋などと……と先ほどまでは思っていたのだが……)

「お、恐れ多いです」

「そうだろうそうだろう。それは『タウロポロス』という銘の弓だ。ランテにいずれ譲ろうと考えているが……。しばらくは其方(そなた)が預かってくれ。……後、矢は自分で用意しろ」

(矢は何でもいいのか。ランテさんって半森妖精(ハーフエルフ)の人ですよね? あの人、物凄く怒るんじゃないだろうか)

 

 ランテは【アルテミス・ファミリア】の中で一番の若手だ。

 山に捨てられていた彼女をアルテミスが拾い、育てたと言われている。なので主神を母親のように慕っている。――だが、成長するにつれて余計な知識を得て色恋沙汰に手を出そうとしているとか。仲間からは反抗期と言われているとか。

 【アルテミス・ファミリア】では恋愛禁止になっている。恋人が出来たら退団するように、と主神命令が下されていた。

 そのせいで愛と美の化身たる女神アフロディーテとは犬猿の仲だ。

 

 
 

 

 ベルがタウロポロスを授けられた事にランテは劣化の如く怒った。それをアルテミスが宥めたので事なきを得たが少年はとても居心地の悪い思いをした。

 弓を強奪したわけではなく神が自ら貸与したのだからベルを怒るのは筋違いだ、とヘスティアは擁護した。――アルテミスの行動に驚いたものの何か考えがあるのではないか、と様子を見る事にした。

 

(ベル君を取り巻く環境が劇的に変化している。アルテミスが大事な弓を預けるって相当な事だ)

「ベル・クラネル」

「はい!?」

 

 唐突にアルテミスから名前を言われたのでベルは驚いた。

 微笑を浮かべる女神は真っ直ぐ彼を見据えた。

 

「其方は英雄だ。誇っていい」

「……えっ?」

「アルテミス。いきなりどうしたんだい? ベル君が英雄になる器だって話しかい?」

 

 狭い部屋でベルを取り巻くのは女性ばかり。怒れるランテと団長のレトゥーサも同席していて余計に息苦しい環境と化していた。

 アルテミスのお陰か、ヘスティアがいつもの元気を取り戻した事にベルは内心喜んだ。

 

「何故なのか私にも分からないのだが……。でも、きっとそれが正しい道筋なのだろう。本当であれば私は……、私達【アルテミス・ファミリア】はここに居ない。英雄たる君は神殺しを果たした。人類でそれを(おこな)える者は少ない」

「……神殺し?」

(アルテミス様?)

(いつもの雰囲気と違う。……彼と何があった?)

「分かたれた歴史はもう別物だ。今、ここあるのはオリオン、君が紡ぐ物語だ。……いや、あえてこういう言い方が相応しいか……。『昇格(ランクアップ)』おめでとう」

「はっ?」

「それとヘスティア。元気になったようで私は嬉しぞ」

「君の奇行に悩みなんか吹き飛んでしまったよ。それよりどういうことなんだい。僕にも分かる言葉で教えてくれよ」

 

 決して大きくないとはいえヘスティアの声は狭い室内によく響いた。

 聞いているベルは何が何やら理解できない。それと神殺しについても。――『昇格(ランクアップ)』についても気になるが。

 どうしてヘスティアではなくアルテミスがそんな事を言ったのか。

 

「私としてはどうしてヘスティアが分からないのか分からない。……いや、そうかもしれない。彼の側に居るから分かる事であって、ここまで近くにいなければ私はずっと知らなかったままだろう」

(……何故だろうか。今まで嫌っていたアフロディーテの言葉が今はすんなりと受け入れられる。……ああ、愛とは素晴らしいものだな)

 

 恍惚とした表情でベルの頬に触れようとしたアルテミスの腕をランテは掴んで止めた。

 何をする、という女神の言葉に対して睨みで返す。

 

「私達に貞潔を説いといてそれはないんじゃありませんか?」

 

 こめかみの青筋を浮かべるランテ。横で頷くレトゥーサ。

 ベルに近づくのは不味いと悟ったランテがアルテミスを引っ張る。レベル2の『力』は神でも抵抗が難しい。

 本当はベルを部屋から追い出したいが得体の知れないものに思えて触れるのを躊躇った。まして、【アルテミス・ファミリア】は異性との交流を殆ど禁じられていた。

 貞潔を守りさえすれば異性との対話などは問題視されなし、ランテも異性との触れ合いに()()()興味があった。

 そんな彼女も今の状況ではベルを敵視してもおかしくない。いや、より敵認定した。

 

 
 

 

 ベルを部屋に残して女性陣は地上階にある長椅子に座って改めて議論を交わす事になった。

 といってもアルテミスはベルから離れた為か、普段通りの雰囲気を纏っている。先ほどまで頬を赤らめていたような表情も幻であったかのように。

 

「それから、ヘスティア様。お元気になられて良かったです」

「ありがとう、団長君」

「さあ、アルテミス様。ご自身の弓を貸し与えたまでなら仕方が無いと思いますが……。えっと、何が起こったんですか?」

「……私の弓だと? あれは近くに……。ん? 何故だ。肌身離さず……」

 

 ベルに与えた事などすっかり忘れ去り、自分の弓を探す女神。

 武器が無い状態の両手の(てのひら)を閉じたり開いたりを繰り返す。

 団長はアルテミスがヘスティアの眷族に貸し与えた事を改めて伝えた。

 言った途端に驚きの表情を見せるが、少し経つと何かに納得したのか、取り返せとは言わなかった。

 

「あの弓は私に譲ってくれるそうですね?」

「……お前がもっと強くなったら、そうなっていたやもしれぬ。……タウロポロスはベルに……。貸与であって譲渡ではない。いずれは返却してもらうさ。だが、今の彼にはあの弓が必要なのだろう」

「……言っておくけど、ベル君はナイフ使いだ。弓なんて今まで使わなかったよ」

「知ってる」

(……だが、不思議とベルが弓を(つが)える姿が浮かぶ。……エルソスの遺跡で彼は……)

 

 アルテミスの想像の中でベルは弓を引き絞り、光の矢が放たれる。

 それはモンスターではなく真正面に居るアルテミスに向けて――

 

 オリオンの矢。

 

 一瞬だけアルテミスの身体が光った。それは『神の力(アルカナム)』を行使する時に見せる反応に酷似していた。

 神々は制約で致命傷を受ければ天界へ送還されるのだが、地上でもある程度『神の力(アルカナム)』の行使が――非公式だが――認められている。

 

「……アルテミス。今、何をしたんだい?」

 

 恐る恐る尋ねる友神に貞潔の女神は微笑みだけ向けた。

 天界に送還されない所をみれば問題ないと判断された、と見ていいだろうとアルテミスは結論付ける。

 ランテ達を残していくのは()()早い、と。

 

「ベルはいい子だ。ヘスティアには勿体ないくらいに」

「……あげないよ。というよりベル君を名前で呼ぶとはどういう了見だい。僕は認めたわけじゃないよ」

「では、オリオンと呼ぼうか」

(……タウロポロスと対になる矢の名前……)

 

 主神の様子がおかしい。レトゥーサから見てもそう思うほどに。

 つい先日――いや、今日の朝方までアルテミスはいつもの調子だった。ベルに対して特別な感情を表したりしなかった。

 そもそも、オリオンと呼ぶのは何故なのか。

 

 
 

 

 ベルに近づけるのは良くないと判断したレトゥーサは無理矢理教会から出る事にした。では、と言いながら主神を引っ張る彼女をヘスティアは快く見送った。

 厄介な女神を追い返した後、ベルの下に向かう。

 

(……ベル君が『昇格(ランクアップ)』したって? 僕が確認してもそんな事にはならなかった。……だけど、アルテミスは確信を持っているような気がした。……もし、あんな【ステイタス】でも『昇格(ランクアップ)』しているのだとしたら……、どうなるんだい? 僕はその辺りの事はさっぱりだよ)

 

 分からないことが続いた。神とはいえ精神的に疲れた、とヘスティアはため息を零す

 改めてベルの下に行き、【ステイタス】の確認を(おこな)う。

 アルテミスの事で何かが変わったのかも、と思ったが同じ表記だった。

 

(……今日の探索分は増えてるみたいだね。レベルは(ワン)のままだけど。『昇格(ランクアップ)』したようには……)

 

 少年が必死に努力し、(ようや)く強敵である牛頭人(ミノタウロス)を倒した、と喜んでいたのに。

 ヘスティアはとても悔しかった。ベルの代わりに悲しんで泣き喚きたかった。

 あまりの結果に言葉が出てこなかった。彼の努力が無に帰した自室を受け入れるのは――神と言えど辛かった。

 

「……君はとても頑張ったのに」

「僕は大丈夫ですよ。魔法が発現したから『魔力』も増やせるようになりますから」

(君が前向きで僕はとても嬉しいよ)

(……正直に言えば僕も驚いたけれど……。神様の顔を見たら何も言えなくなった。……あんなに落ち込むなんて……)

 

 背中より中空に浮かぶベルの【ステイタス】を指で色々となぞってみた。

 数値自体はヘスティアにも操作できない。溜まった【経験値(エクセリア)】によって変動する『能力値(アビリティ)』を最新のものに固定するだけ。

 固定しない限り冒険者は肉体的な向上を感じる事が出来ない。

 

(……あれ? ベル君って『運』はいつ発現したんだい? それに『耐異常』って……)

 

 通常の『能力値(アビリティ)』の他に『発展能力値(アビリティ)』というものがある。

 これは『昇格(ランクアップ)』後にいくつか候補が現われ、神々は冒険者に相応しいものを選択する。――大抵は勝手に決めてしまう。

 今回は自分が選んだ覚えのない『発展能力値(アビリティ)』があって驚いた。

 そう。『昇格(ランクアップ)』していないのに。

 

(下手したらレベル1のまま結構な数の『発展能力値(アビリティ)』を所持できるって事かい? 流石にそんな事にはならないと……思いたい)

 

 念のためにおかしなことが無いか確認するも他に気になる項目は見当たらなかった。後、魔法についてしっかりと内容を読み込んでおいた。

 稼いだ【経験値(エクセリア)】をほぼ全て消費するらしく、積み上げた功績も当然消費してしまう。――それだけ。

 再探索によって『能力値(アビリティ)』が増えている事から生涯一度だけの魔法ではなく一定量の数値が溜まれば再発動できる、可能性があるようだ。

 

(だからといって1増やして発動を繰り返すような事は……たぶんできないと思うんだけど……。どうせ、レベル1になるし、深い階層の攻略には役に立たない気がする)

「ベル君。やっぱり魔法は使わない方がいい。これはきっと君が全てを投げ打たなければならないような状況でこそ使うべきものだ。強くなりたい君にとって冒険者をやめてもいいと思える場面でこそ効果を発揮するものだろうね」

「……そうですか」

「だって、長い時間をかけて積み上げた功績を全て投げ打つんだから。余程の事だよ。……その代わり、発動させれば全てを救う事が出来る、出来てしまう。……本当に英雄に相応しい魔法だね。いっとくけど、悪い意味で、だよ」

「はい」

 

 神にとって下界の人間が頑張る姿は何より楽しみにしている。それがたかが魔法一つで無に帰してしまう。

 夢と希望がいっぱいの若者の人生がたった一回で台無しになる。それを思うと――

 ヘスティアの目から涙が溢れ、ベルの背中に落ちていく。

 嗚咽する女神に気付いたがかける言葉はもう無い。

 ベルは自信をつけてきた。

 少し前までなら【ステイタス】が(ゼロ)になることなど許容できなかった。

 

(……僕の為に泣いてくれている。ナイフの件もそうだけど、ヘスティア様に僕は何が出来るだろうか。……もっと強くなって安心させないと。魔法はさすがに驚いたけれど……)

 

 効果を知っていれば――それでもきっと自分はあの瞬間には使っていただろう、と。

 命を天秤にかけて臨むのだから出し惜しみしている内に死んでしまう。

 死中に活を見い出す。生き残る為なら何でも使え、と教わった。

 なら、折角発現した能力の使いどころをしっかりと確認しなければならない。

 

 
 

 

 数日間かけて分かった事は使うたびにヘスティアに【ステイタス】を更新してもらわなければならない事と数値の量によって威力が変わる事が分かった。

 おそらく本当の意味で人生の研鑽のほぼ全てをかければあらゆる困難を打破できる。それこそ全ての冒険者の悲願である『隻眼の黒竜』の討伐も可能とするだろう、と。

 かの黒竜討伐に必要な【ステイタス】は最低でもレベル(セブン)。――それでも可能性がある、というだけで絶対ではない。

 そう判断したのは【アストレア・ファミリア】に所属する森妖精(エルフ)のリュー・リオンだった。

 長い金髪を揺らしつつ彼女は(おおよ)そですが、とベルの力を図った。――その為だけに能力値が(ゼロ)になってしまったけれど。

 

「この力は乱用できません。検証のためとはいえもう続けるべきではありません」

「はい」

「……しかし、ここまではっきりと能力が下落(ダウン)するものは初耳です。【ステイタス】は基本的に下がらない。下がったとしても一時的なものが多い。その点でもクラネルさんのは異質だ」

 

 下がったら上げればいい。そう前向きに捉えられる事に感心した。

 もし、自分であれば絶望の淵に立たされて冒険どころではないだろう、と。

 昨日までレベル(ファイブ)だったものがレベル1から再出発しなければならない、となれば――少なくとも髪を前に足が(すく)む。生きる希望を奪われたと喚くかもしれない。

 

(……だが、彼がその切り札を切る時が来たら……。今後の人生が心配だ。……もう戦わなくていいなら。いや、最低限、自衛の力はあった方がいい)

「……改めて冒険者が発現する能力というのは本当に多彩だ。運の要素もあるのかもしれませんが……」

 

 リューもレベル5になった時に発現した()()()()()の扱いに困っていた。

 主神アストレアから説明を受けたものの何故自分が、と困惑したものだ。

 雑念を振り払い、木剣にてベルに稽古をつける。少なくとも違った分は付き合おう、と。

 稽古が終わった後、ベルは夕食の買い出しに向かった。

 

「うわっ」

 

 商店街が人でごった返していた為に見知らぬ冒険者にぶつかってしまった。

 弱体化していた為か、ベルは尻もちをついてしまった。――そんな彼を武骨な手甲(ガントレット)が掴んで手を引き上げる。

 

「大丈夫?」

「ありがとうございます」

 

 柔らかめの声が聞こえた。

 すぐに謝りつつ相手に顔を向ければ勝気そうな大きな紅の瞳。炎の様な赤い髪。浅黒い肌の女性が見えた。――鎧の作りから見て性別が分かった。これで実は男性だった、という方が驚きかもしれない。

 武骨な鎧をまとっている為か強そうな印象を受ける。

 背は一八〇(セルチ)近くありそうな大柄な体形。両肩に丸盾(ラウンド・シールド)がついていた。

 とにかく大きい、というのがベルの素直な感想だった。

 鎧で隠れているが腕も足も今まで見た冒険者の中では太い。これで中身がスカスカだと笑いそうになるが――そうでなければ相当な筋肉に包まれている筈だ。

 体型に不自然さは無く、正しく重戦士、または重騎士だ。

 

(で、でかい。……全身鎧の時のザルドおじさんより大きいかも)

「……君、ベル・クラネルだよね?」

 

 にこやかに赤髪の女性は言った。

 年の頃はリューやアイズより上だと思われるが、大人と呼ぶにはまだ早い印象を受ける。

 名前を告げられたもののベルはここ最近悪目立ちしていたので彼女も噂を聞き付けた一人かな、と思った。

 なので、素直にはいと答えた。

 

「面白い人生を歩んでいるみたいだね。……いや、運命の巡り合わせかな? なにより、この私に出会うのだから……。君、かなり大したものだよ」

「……えっと」

「君が私達の下に来るなら……。世界を一つ上げましょう」

「せ、世界ですか?」

「将来の話しだから。『改宗(コンバージョン)』しろって意味じゃないから安心して」

 

 子供らしく笑う女性にベルは戸惑った。

 話しぶりはとても怪しいが嫌な気持ちは抱かなかった。

 それよりも結構大柄な体格なのに道行く人は彼女の事に気が付いていないような、誰も自分達を見ようとしない。

 往来を塞ぐように話し込んでいるのに。

 

「君は素直で良い子のようだから……。人生の先輩が助言をしてあげましょう。歩みを止めるな。……突き詰めた言葉はシンプルなものになりがちだ」

(……進み続けろって事か)

「それから、これを上げましょう」

 

 と、何処から取り出したのか大きな本を四冊ベルに放った。

 それらを落とさないように受け取る。

 

「『魔導書(グリモア)』だよ。君に合うものは火と雷らしいね」

(えっ!? 『魔導書(グリモア)』って物凄くお高いものじゃありませんでした?)

「どうしてって顔をしてるね。答えは簡単さ。君は私の敵だからさ。……まあ、これは言わば……、意趣返しって奴よ。何故、敵なのか。その答えに君はたどり着けないかもしれない。もし、運命の巡り合わせが悪戯したら……、あり得ないことがありえるものに変わるかもしれない」

(この人が何を言っているのか分からない。でも、『魔導書(グリモア)』を平然と渡すような人だ。普通じゃないことは分かる)

「実のところ君に非は無い。それと私は君と敵対したくない。(むし)ろ、仲良くなりたい。友達になろう」

 

 決して早口ではないが捲し立てるように紡がれる言葉。それに対してベルは返答に困り慌てるばかり。

 何故か、この女性の圧力に抗えない。言い知れない迫力があった。

 天真爛漫な笑顔なのに近づき難い。今すぐ逃げた方がいいと思うのだが逃げられる気がしない。

 それはまるで――

 

 牛頭人(ミノタウロス)を前にした過去の自分のよう。

 

 四冊もの『魔導書(グリモア)』を抱えたままベルは僅かばかり後ずさりする。すると女性は――迫ってくること無く――彼をただただ見据えた。

 逃げたければ逃げていいよ、と言っているかのように。

 そう。君はいつでも捕まえられるから、と。

 

(……ダメだ。逃げられる気がしない)

「君は出会いを求めてオラリオに来たんじゃないのかい?」

「えっ?」

「折角の出会いをふいにすると後悔するよ。特に君の場合は特に……。あっ、二回も言っちゃった」

 

 確かに出会いも目的の一つだ。しかし、敵とは会いたくない。

 それに――誰もベル達を注目していない。それがとても不気味だった。

 微笑を浮かべる女性はベルを少しばかり見据えた後、反転して背中を向ける。

 

「今回は縁が出来た事で良しとしましょう」

 

 そう言いながら人ごみの中に埋もれて居なくなった。

 割りと背の高い人だったがもうどこにも見当たらない。そして、『魔導書(グリモア)』を抱え持つベルを不思議そうに見る通行人に気が付いた。

 まるでたった今、ベルが現われたかのように驚く人がとても多かった。

 




付録:作中に登場した魔法 14

真実の目(トゥルー・シーイング)

系統:占術
位階:魔力〈六〉、信仰〈五〉、その他(森祭司(ドルイド))〈七〉
構成要素:音声、動作、物質(ヴァリス金貨2500枚ほどの価値がある目薬)
距離:接触
目標:接触したクリーチャー
持続時間:1分×術者レベル
●備考●
 ありとあらゆるものの真の姿を見抜く能力を与える。通常の闇と魔法の闇を見通し、魔法によって隠された扉やクリーチャーや物体の正確な位置を知り、不可視化のクリーチャーや物体を見る事が出来る。幻術を見破り、変身、変化、変成させられたものも見抜く。この魔法によって与えられる視力で見える範囲は約36(メドル)である。この魔法は透視能力があるわけではないので固体の向こう側を見通すことは出来ないし、体内を透視する事も出来ない。更に霧などの視認困難を解消することも出来ない。そして、魔法によらない変装、隠れているだけのクリーチャー、隠し扉を見つける事には向かない。この魔法はこれ以上の強化は出来ず、『千里眼(クレアボヤンス)』などと組み合わせることも出来ない。
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