ダンジョン・フラグメント   作:トラロック

24 / 29
23 段階魔法

 謎の赤髪の女性騎士に貰い受けた『魔導書(グリモア)』について主神のヘスティアとお世話になっている隊長ことアンティリーネに相談すれば使えばいい、と言われた。

 特に隊長――ベル・クラネルもリリルカ・アーデに倣って隊長と呼ぶようにした――からは金銭を要求されたわけじゃないならいいんじゃない、と軽い調子だった。

 それと読む時は邪魔が入らない自分の部屋で読むように、と。

 白髪の少年冒険者としては魔法に憧れを持っていた。既に発現しているが今の魔法は不利益(リスク)が大きすぎる。

 

「『魔導書(グリモア)』を読めば絶対に魔法が使える訳じゃないわ。適性が無ければ無駄に消費されて終わりだから」

「白紙になってしまうんですよ」

「ええっ!?」

「運次第ってこと。君の場合は高確率で覚えそうだけどね。でも、魔法は最大で三つまで、というのが世の中の常識よ。君はあと二つ覚えられるわね。第四に位階魔法が加わったけれど、それは別枠と思っていいわ」

 

 鍛練では厳しい一面を見せるアンティリーネだが疑問点には適時教えてくれる。

 金髪金目の少女冒険者アイズ・ヴァレンシュタインの場合は(つたな)い説明が多い為、正直に言えば頼りにできない。説明下手といえばいいのか。

 森妖精(エルフ)のリュー・リオンに聞かなかったのは会えなかった為だ。

 迷宮都市(オラリオ)にやってきて上級冒険者の知り合いが出来たのは自分としても幸運だと思っている。

 

「それと……。どんな魔法を覚えられるかは分からない。戦闘の役に立つのか、補助なのか。全く役に立たないって事は無いと思うけれど……」

「はあ……」

「聞きたいことは以上かしら?」

「あ……。えっと、赤い髪で凄い鎧を着た女性冒険者に出会いました」

「……ふ~ん」

「あっ、いえ、なんでもないです。すみません」

「そう。分からないことがあれば言いなさい」

 

 ベルは隊長に礼を言い、ダンジョンに挑む。

 ある程度は一人でも潜れるが訓練を受けると【ステイタス】の伸びがいい気がしたので隊長に師事している。

 アイズとは滅多に会えないがリューからも訓練を受けている。

 それぞれ自分達の事で忙しいにもかかわらず――

 

 
 

 

 ダンジョン探索と鍛錬の日々を繰り返すベルは意を決して『魔導書(グリモア)』を読むことにした。いざ本を開こうとすると躊躇いが生まれて時間がかかった。

 内容について題名にある程度書かれているがアンティリーネによれば当てにならないとのこと。

 少なくとも属性が分かる程度だという。

 ヘスティアも彼の邪魔はすまい、と部屋から出てアルフィア達が寝泊まりする小屋に移動した。

 普段は厳しい目つきの彼女達だが軽食程度なら出してくれる。

 

「『誰でも簡単魔法講座・雷篇』」

 

 小鬼(ゴブリン)でもわかる。本当は難しい。等々。

 『魔導書(グリモア)』は書かれている文字にあまり意味がなく、開いた時に世界が変わる体験をすると言われている。――アンティリーネは位階魔法しか身に着けていないので『魔導書(グリモア)』を使ったことが無い。より正しく言うならば使う気が起きなかった。

 

(講座と書かれているけれど、使い方ではなく本質が頭の中に浮かぶんだっけ?)

 

 まず本当に身に着けたい魔法を優先するように、と言われた。

 とりあえず、なんていう曖昧な気持ちで臨んではいけないとか。

 ベルが身に着けたい魔法の属性は特にない。火がありふれ居るから炎に関連した魔法を使いたいと思ったことはある。おそらく、それでは駄目なんだろう、と。

 

(僕が本当に使いたい魔法って何だろう。治癒魔法も欲しいし、派手な攻撃魔法も憧れている)

 

 赤髪の冒険者からは火と雷が合いそうと言っていた。

 火と雷を除けば土と風。水属性は無かった。

 まず一冊目に火に関連した本を開く。

 膨大な文字が書かれているが内容が全く理解できないが――頭の中に内容が映像として入り込む。するといつの間にか部屋の中から白い空間へと変化した。

 地面は無く妙な浮遊感があった。

 

(……世界、変わった。……こういう事だったのか)

 

 それから本の内容が自分の声として聞こえてくる。

 そして、次第に自分に語り掛けるように変化していき、気が付けば現実世界に戻っていた。

 本の中に居た時、自分は確かに力を欲した。もっと強くなりたいと願った。

 軽く呼吸を整えて本に視線を向ければ文字が綺麗さっぱりと消え去っていた。それも全てのページが。――表紙と題名はそのままだった。

 何の魔法を得たのかはベル自身は分からないがヘスティアに聞こうと思った。

 続いて次の本に行こうか迷った。

 一冊目で随分と精神的に疲れたので。無理は良くないし、どれくらいの時間が経ったのかも気になった。

 その後、休憩がてらヘスティアの下に訪れると大した時間は経っていないことが分かった。それとアルフィアからも一度に何冊読もうと勝手だが精神状態で身につかないこともあるから休憩したのは正解かもしれないぞ、と言われた。

 

 
 

 

 一度冷静になる時間を設けて二冊目に挑むのは三日後にした。

 魔法に関連した行動をとった為か、本を読んだだけで『魔力』の数値が少しだけ増えていた。

 懸念だった魔法はちゃんと取得で来ていた。しかも即効魔法として。

 

「おめでとう、ベル君。これは【ステイタス】が(ゼロ)になるようなデメリットは無いぜ。普通の攻撃魔法だ。もう、普通ってだけで安心したよ」

「そ、そうですね」

 

 無難な魔法だったことに嬉しそうな顔になるヘスティア。やはり女神は元気で笑っている方がいいと思った。

 それと無難な魔法である事にも安心した。凄すぎても扱えなければ意味がないし、流石に自身の【ステイタス】の全損は(こた)える。

 全体的な能力は微増だったが久しぶりに教会内部が明るくなったような気がした。

 それと赤い髪で鎧姿の女性冒険者についてアルフィアに尋ねた。――(メーテリア)がどうして自分に聞いてくれないの、と口を尖らせていたが姉に冒険者について詳しいのか、と聞かれて顔を逸らした。

 

「……そいつの鎧の両肩に盾はついていたか?」

「はい」

「なら、十中八九『ヴクヴ・チャガマ』だな」

「……聞き覚えが無いですね」

「だろうな」

 

 質問に普通に答えたがアルフィアはベルの敵だと以前宣言していた。なのに普段通り接してくれている。――つい今しがたまで忘れていた事を思い出した。

 のんびりとお茶を飲んでいる所を見るとベルに対して特段の行動を取る気が無さそうだった。

 それよりもチャガマという冒険者の名前に覚えが無いのは確かだ。噂話でも聞いた覚えがない。

 結構目立つ格好をしているのに。

 

「お前がそいつから『魔導書(グリモア)』を貰ったのであれば何か意味がある筈だ」

「君は私の敵だ、とか言われました」

「……敵と認定してきたのか。その上で『魔導書(グリモア)』を寄こしたのか」

 

 僅かばかりの動揺を見せるアルフィア。

 まずい事なのか、とベルも動揺してきた。

 しばらく黙ったアルフィアは軽く息をついてから、まあ大丈夫だろう、と呟いた。

 

「それにしてもベルはつくづく縁があるようだ。……奇縁というのか。そうそう。チャガマについて言える事は殆ど無いが……。もしまた会う機会があれば普段通り接すればいい。変にご機嫌取りとかしなくていいぞ」

「普段通り……」

「そうだ。いつもの姿を見せるだけでいい」

 

 詳しく聞きたかったが聞いてどうするんだ、という思いもあり質問を取りやめた。

 会う事自体に問題は無さそうだがよく分からない人と縁が結ばれてしまったな、と苦笑を滲ませる。

 メーテリアにこっそりと尋ねるとよく分からないわ、と言った。

 

 
 

 

 四冊の『魔導書(グリモア)』を読んだ結果、覚えられたのは一つだけ。

 実際には二つなのだが段階がある。

 即効魔法の『ファイア・ブリット』は炎の弾を放つ。

 第二段階には『サンダー・ボルト』という雷魔法を放てるらしい。

 第三段階がありそうだが今のレベルでは二段目までしか行使できない、とヘスティアは説明した。

 どらちも長い詠唱を必要としない。魔法名を言うだけで行使できる。

 

「これで先の魔法を使うとどうなるか僕には分からない。魔法を贄とする、とは書かれていないけど……。折角覚えた魔法が消えると勿体ないよね」

「身に着いた魔法であれば消えないような気がします。一つ目も未だに消えませんでしたし」

「そうだね。消えないといいね」

「はい」

(四冊の内、二つだけ。でも、実際には四つも覚えていそうだけどね。今はまだその時ではない、みたいな感じで)

 

 段階を踏む魔法は実際に存在している。

 ベルの場合は魔法のスロットを二つ使っている事になるが名目上三つある事になる。

 抜け道みたいなものが無いとも限らない。

 

「ところで弓は使っているかい?」

「矢を用意していないのでここに置いたままです。弓だけでモンスターを叩くわけにはいかないでしょうし」

「……あ、そう。折角貸してもらったんだ。戦い方を色々と模索すればいいよ。僕はよく分からないけど、君が前向きでいる事が何より嬉しいよ」

 

 弓を預けたままアルテミスはどこかに行ってしまった。――団員達も一緒に行動しているようだ。

 聞いたところによれば弓が無くても女神(アルテミス)は強いらしい。武闘派だとヘスティアは言った。

 【ステイタス】の確認を終えて数日後、魔法の試し打ちをする為にダンジョンに向かった。日を置いたのは充分に精神力(マインド)を蓄える為だ。

 浅層において早速小鬼(ゴブリン)を見つけて右腕を標的に向ける。

 力を込めて魔法名を唱える。

 

【ファイア・ブリット】!」

 

 掌から拳大の炎の弾が現われ、モンスターに向かって飛んでいく。その速度は視認できる程ではあるが結構早かった。

 魔法がモンスターにぶつかると小さな爆発が起こった。そして、致命傷になった為か小鬼(ゴブリン)は灰になった。

 倒し慣れてきたためか、魔法の威力がどれくらいなのか分からなかった。

 『魔力』を気にしつつ下層に降りてモンスターに魔法を放っていく。今のところ遠距離に対して充分に威力を発揮している事が分かった。

 次に第二段階の魔法に挑戦する。

 段階を経る魔法は第一段階の魔法から続けて詠唱する必要があるようだ。放つかどうかはある程度調節できることも分かった。だが、長い時間維持すると(てのひら)が焼ける。

 魔法は決して術者に有利なだけではない事もこの時知った。

 

【サンダー・ボルト】!」

 

 一条の稲光がモンスターに直撃する。その速度は【ファイア・ブリット】の比ではなかった。

 段階を経る分、発現に時間が僅かにかかる。

 

(【ファイア・ブリット】が破裂して雷が発生したように見えた)

 

 第一段階の魔法を維持して第二段階に移る作業は思いのほか大変だった。ただ、ある程度自分の意志で動かせるところから効率的な動作を見つける必要がある。

 いくら即効魔法だとしても連射には向かない。適度に打撃を与える様な使い方が望ましいようだ。

 言葉にも工夫かいるのかも、と思って『ファイア・ボルト』と唱えてみた。

 

「………」

(……何も起きない。そんなに簡単にはいかないか。いや、でも早口になって行けば出来るかも……)

 

 『魔力』を回復させつつ魔法の試行錯誤は続く。

 休憩を挟めば『魔力』はある程度回復する、というのは隊長から教わった。後は魔力回復薬(マジック・ポーション)を飲む。――現時点では所持していないので購入する必要がある。

 第一弾に慣れて即座に第二弾に移行できればいいが、実戦は想像と違う。

 魔法に頼り過ぎるのも良くないので適度に接近戦も挑む。

 どんな戦い方が自分に合うのか知るには戦闘を重ねるしかない。

 

 
 

 

 数日後、寝る間も惜しんで検証した為に防具がボロボロになってしまった。

 穴こそ開いていないが整備に出さないと使い物にならなくなる。

 自分で出来ない時は購入した店に持っていくといいと前にリリルカ・アーデから聞いた。

 新調するには資金が心許ない。ほぼ魔法の試し打ちしかしていなかったので稼ぎ忘れた。どの道、整備費もいくらかかるか分からないのでこの際聞いてみようと思った。

 早速、『摩天楼(バベル)』に向かった。そして、目当ての店を見つけるのに少しだけ手間取った。

 あまり華美な装いではない店が並んでいるし、品揃えも似たり寄ったりで苦労した。

 見つけるきっかけは防具に制作者の名前が彫ってあったことだ。それが無ければ適当な店で妥協していたかもしれない。

 

「……あ、ここだ。商品もある」

 

 前来た時も感じたが人気(ひとけ)が少ない。

 全てではないが奥まると余計に閑散とした感じに見えてしまう。

 念のために同じ制作者の防具があることを確認してから店番の人に声をかける。

 

「あの、こちらで整備もやっていますか?」

「んっ? ああ、やってるけど制作者が居ないと出来ないぜ」

 

 と、やる気の無さそうな店番の男性は言った。

 客がほとんど来ないから暇なのはベルにも理解できる。あと、返事をしてくれて安心した。

 冒険者になってから知らない人に声をかける事にも慣れてきたような――それでも上位冒険者や強面には話しかけづらいけれど。

 

「僕のは『ヴェルフ・クロッゾ』さんですね」

「そいつなら居るぜ。奥で防具を作ってるから呼んできてやるよ」

 

 頭を掻きつつ店番の男性は店の奥に向かいつつヴェルフの名前を叫ぶように呼んだ。

 言い方が雑だが荒くれ物の中ではまともではないかとベルは判断する。

 自分は馬鹿丁寧だと言われる。特に隊長から。

 奥から出てきたのは赤い髪が特徴の男性鍛冶師だった。

 

「整備だって? こんな寂れた店の商品を買ったのか?」

「買いました。あと、これがここで買った防具です」

「あ、本当に俺の作品だ。……ここまでボロボロにされるとはな」

 

 怒られるのでは、と思ったがヴェルフは防具のありさまに苦笑しつつ防具を持って行こうとした。

 整備費を尋ねると安物だから一万ヴァリスでいい、と言われた。つい、適当と言いそうになった。

 実際に防具の整備としては妥当、または安い部類ではないかとベルは思った。そして、一応、お金を払った。

 あまり数えずに袋にヴァリス硬貨を入れて店の奥に防具を持って言ってしまった。

 

「あの……、ここではこういうやり取りが一般的なんですか?」

「そうなんじゃね? 他は知らない」

 

 と、店番の男性はやる気のない返事で答えた。

 誰も来ないとはいえただ突っ立って待っているのも悪いと店番は思ったらしく、椅子を持ってきてベルに渡した。

 整備にどれだけ時間がかかるか分からないが見た感じだと二時間ほどではないか、と。

 

「あいつは腕がいいからな。口が悪くてアイスの姐さんにいつも怒られているが……」

「へ~」

 

 やる気のない態度が移ったのか、ベルは空返事した。

 待っている間に店の中に目を向ける。

 この店は殆どが刀剣ではなく調理用品ばかり並んでいた。武具目当てで探していた為に商品の内容をろくに見てなかった事を恥じた。

 

(一般の冒険者はまず来ない店だ。僕、よくここで買い物したな)

 

 掘り出し物があるかもしれませんよ、とリリルカから言われたので武具以外に気が回らなかった。

 店内を改めて物色していると主婦と思われる買い物客が現れて鍋や包丁を手に取った。

 何だか場違い感があり武具を見ている自分は間違った店に来てしまった気になってきた。だが、店の一角にちゃんと冒険者用の武具があるので店自体は間違っていない、筈だ。整備もしてくれるし。

 自炊用に包丁を一つ買おうかなと思って手に取り、制作者の名前を確認した。

 

(アイス・ヴァレンピナ……。どこかで聞いた事があるような名前だ)

 

 一瞬偽物かと思った。

 先ほど店番もアイスの姐さんと言っていたので実在する人物であることは確かだ。

 やる事が無いので耳を澄ませるとあちこちからカンカンと金属を叩く音が聞こえてくる。客は少ないが仕事をしていないわけではない。

 誰か彼か仕事に従事しているようで自分も頑張らなければ、と思えてくる。

 それからしばらくして整備が終わった、とヴェルフが新品同然の防具を持ってきた。

 

「……すごい。殆ど新品じゃないですか」

「使い続ければいずれ壊れちまう。そこまで使ってくれれば鍛冶師冥利に尽きる」

 

 仕事をやり切って尚且つ防具を褒められた事でヴェルフは照れた。

 新品同然と言っても取り換えたわけではない。仕事は仕事として請け負った。それに自分の防具をしっかりと使い込んでくる冒険者に感謝の意を伝えたかった。

 それに打算もある。

 

「それで、少し込み入った話しがしてぇんだが……いいか?」

「えっ? 僕は別に構いませんけど……」

 

 そう言って店から離れた場所で改めてヴェルフは名乗った。それに対してベルも返礼する。

 細々とした説明は苦手何で、と言ってヴェルフの本来の目的を告げる。

 

「とある『発展能力(アビリティ)』を取りたいんだが……。俺をダンジョンに連れて行ってくれないか?」

「【ファミリア】の人に頼らないんですか?」

「みんな忙しいから付き合ってくれねぇんだ。その代わり整備は任せてくれ」

 

 リリルカに依頼する事はあっても売り込みに来たのは初めてだったので少し面食らった。

 自分はまだ駆け出しで無名だから。――ベルだと分かって頼んでいるとは思えないけれど。

 深い階層は無理だと告げると構わないと言った。自分も駆け出しだから、と。

 仲間が増えるのは願っても無いし、整備も担当してくれるならとてもありがたい事だった。

 

「分かりました。僕にできる事であれば」

「おお、恩に着る。……ところでどこの【ファミリア】なんだ?」

「【ヘスティア・ファミリア】です」

「……ああ、ヘファイストス様の知り合いか。なら問題は無いな。敵対派閥だったとしても黙っているがな、ははは」

(……悪い人には見えない。色んな人が居るんだな。これも縁って奴なのかな)

 

 お互い納得の形でまとまった後、ヴェルフは早速店を引き払う事をお世話になっている【ファミリア】に報告する為、一時別行動する事になった。その帰り道、青い髪の獣人が立ち去ろうとするヴェルフを呼び止める。

 あまり見ない獣人の女性に思わずベルは見入った。

 上方に長く尖った耳の形から噂に聞く狐人(ルナール)ではないかと予想する。それと服から覗く尻尾はとてもフサフサしていた。しかもそれが二本あった。

 何やらお怒りの様子なので(ヴェルフ)には申し訳ないが退散する事にした。去り際に師匠申し訳ありません、という大きな声が耳に届いた。

 

 
 

 

 後日、中央広場(セントラルパーク)でヴェルフと落ち合う。

 今日はリリルカも荷物持ち(サポーター)として雇い入れており、三人で探索する事にした。

 ベル以外に雇われないのか気になったがリリルカは他の冒険者様は役立たずばかりです、と答えた。

 【ソーマ・ファミリア】の顔になりつつある立場から得体の知れない冒険者の誘いは基本的に断ることにした。理由としては充分な蓄えがある事と隊長の金払いは未だに良いからである。

 【絶死絶命】アンティリーネは度々下層に赴き鉱物資源を回収している。その時には森妖精(エルフ)のフィルヴィス・シャリアを同伴させている。

 

「……へー、ヴェルフ・クロッゾ様……」

「な、なんだよ」

 

 互いに名乗りを上げているとリリルカは訝し気に彼を見た。

 髪の毛を除けばごく普通の人間(ヒューマン)だ。ただし、彼の出自はその道ではとても有名だった。

 

 クロッゾの魔剣。

 

 魔剣鍛冶師といえばクロッゾと言われるくらいに。

 リリルカは知っていたがベルは全く知らなかったようだ。ここでも彼の引きの強さに驚く。

 隊長からも(ベル)は色んな出会いを引き当てる縁を持っている、と。

 

(……数奇な運命ってこういう事を言うんですかね)

 

 とはいえ、ベルは魔剣目当てでヴェルフを連れてきたわけではないだろう、とも思う。

 ベルからヴェルフの為に探索するのが目的です、と告げられる。

 目的の回想も駆け出しのベルが既に攻略した所なのできっと大丈夫だと言った。

 

「では、行きましょうか」

 

 やる気のないリリルカに機嫌を損ねたのか、と心配になった。

 急遽三人で組むことになったし、何の相談もしなかったような、と。

 

「ベル様は気になさらなくていいんですよ。(いわ)くありげな冒険者なんてたくさん居ますから」

「……へ~」

 

 と、相槌を打ったのはベルではなく音もなく近寄って来た女性だった。

 金色の杖を持っており、戦士職ではないことは分かった。

 突然の闖入者にベル達は驚き飛び退る。

 見た目は薄紅色の長い髪の歳若い人間(ヒューマン)の少女。

 白の上衣(ピアフォナ)と赤い看護服(ナース・ワンピース)を身に着けていた。

 

(……この人間(ヒューマン)、【フレイヤ・ファミリア】の【女神の黄金(ヴァナ・マルデル)】では?)

「あ、貴女は?」

「ああ、驚かせて申し訳ありません。私、治癒師(ヒーラー)のヘイズと言います。よろしく」

 

 気さくな態度でヘイズは言った。

 にこりと微笑み人懐っこそうな印象を与える。ただ、それが通用するのは駆け出しだけだろう。リリルカは相手の正体を知り、余計に警戒した。

 少なくとも【フレイヤ・ファミリア】に目を付けられるようなとこはしていない筈だ。悪いのは全て隊長です、と答える準備をした。

 

「うちのポンコツ(猛者)があまりにも役立たずなので嫌気がさしてダンジョンに行こうとしたら貴方達に出会った次第です」

「そ、そうですか」

(正直に言えばフレイヤ様が気に掛けている冒険者だから、という事もありますが……。ここ最近奇妙な事ばかり起きて気晴らしが欲しいのは事実ですけどね)

「都合が悪くなければご一緒してもよろしいですか? 報酬はタダで構いません」

 

 そう言った後、リリルカはベルを引っ張りヘイズが何者か説明した。

 最初は驚いたものの連れて行ってもいいと思った。勿論、ヴェルフが断らなければ。

 三人が四人になってもベルは構わないし、実力者であればとても心強い。

 

「僕は構いませんが……」

「決めるのはベル様ですからリリは何も言いませんよ」

「ありがとうございます」

 

 ヴェルフも特に反対しなかった。

 四人で探索にする事になったが目的の回想があるのかそれぞれに尋ねてみた。

 ヘイズは潜れれば浅くても構わない。

 ヴェルフは十五階層辺りを希望した。

 

 
 

 

 今回の目的の大部分はヴェルフの増強である。それを踏まえた上で行動する。

 反対意見は出なかったので早速ダンジョンに潜る。

 ベルは何度も挑戦しているが地上の違う空気感に身体が自然と緊張してくる。

 ヴェルフは自前の大剣。リリルカは状況によって様々な武器を使う。ヘイズは杖のようだ。

 ベルはアルテミスから借りた弓を今日も忘れた。ただ、本拠(ホーム)では練習に使っている。

 

「今日の前衛はクロッゾさんに……」

「あー、ヴェルフでいいぞ。そっちで呼ばれたくないんで」

「す、すみません」

 

 二人の男の子のやり取りをヘイズは微笑ましそうに見ていた。

 彼女は主神フレイヤから特段の命令を受けたわけでもなく、本当に気晴らしだった。

 本拠(ホーム)に居ると団長のお守りをしなければならず、今まで我慢していた。

 戦闘では文句のない能力を発揮するのに普段は何をやらせてもダメな人だった。

 

(……男の子はこうでなくては)

 

 その後、男子は危なげなくモンスターを倒していき、リリルカとヘイズは殆ど見守る役に徹していた。

 途中、レイモンスターを探したり他の冒険者の巻き添えに遭わないように警戒したりした。

 

(……私、全く役に立ってませんね。本当にただ付いてってるだけに……)

(ベル様は相変わらずとしてもヴェルフ様も結構戦えていますね。魔剣に頼ったりしませんし)

 

 浅層は問題なく進み、キラーアントの群も人数が多い為かいつもより楽に討伐出来ていた。

 手が一つ二つ多いだけで随分と効率が上がる事にベルは驚いた。

 仲間が居るのと居ないのとでは手間も断然違う、と。

 ヘイズは今のところ傍観を決め込んでおり、戦闘に殆ど参加していない。というより彼女の分が殆ど無いだけだった。

 怪我も殆どしないので回復の出番が無い。

 

(……普段は忙しいからこんなに楽な冒険は調子が狂いますね)

 

 霧が立ち込める十階層以降に降りた時、ヘイズが前衛をやりたいと言ったのでどうぞ、とベルは言った。

 何もしていない事を気にしているのかな、と気を利かせてみた。

 黄金の杖をモンスターに向かって振ると面白い様に吹き飛んでいく。

 

(ああ~! 普段、ダンジョンに潜らないから加減が分からない。何なの、この弱いモンスター達は。飛びすぎじゃない? おいおい、オークよ。蹴った程度でそこまで行く?)

 

 あまりに歯ごたえのないモンスターばかりでヘイズはがっかりした。

 確かに第二級冒険者だけど、と小さく呟く。

 モンスターに悪態をつくがダンジョンに来たのは久方ぶりなので感覚がまだ掴めなかった。あと、普段は【ファミリア】の団員達を飛ばしている。

 

「ヘイズ様。あまり飛ばすと魔石の回収が面倒くさくなるので……」

「……すみません」

(やたらと強い治癒師(ヒーラー)だな)

 

 それぞれ戦闘を経験し、十二階、十三階と降りていく。

 この辺りからベルは苦戦してくるはずだが仲間が多いので楽に攻略出来ていた。

 時折、他の冒険者と出くわすが挨拶はしない。

 ベルは最初何故なのか分からなかったが一般的に冒険者は敵同士だ。何がきっかけで因縁を付けられるか分からない、とリリルカが無視を提案していた。

 時と場合によるがダンジョン内で交渉する事もある。その時は相手をしっかり観察するように、と。

 

「話しかけるな、とは言いませんが……。他人をあてにするのは控えて下さい」

「冒険者は基本的に競い合う仲ですからね。相手を利用し、利用されるものです」

(ベル様は冒険者としての経験が圧倒的に足りません。人が良いのは美徳ではありますが……)

 

 それぞれ戦闘に慣れた頃、牛頭人(ミノタウロス)が現れる階層にたどり着いた。

 既に何人かの冒険者が先行し、危なげなくモンスターを倒していた。

 先客が居ようが遠慮する必要は無く、ベル達は奥へ進んだ。

 

「早速現れました。数は二体」

「了解」

 

 ベルが先行し、モンスターに肉薄する。全てに既知の相手だ。

 多少、身体機能が落ちたとはいえもう怖い相手ではない。

 続いてヴェルフも大剣を用いて戦闘を始めた。

 ヘイズは彼らの様子を黙って見守り、リリルカは荷物を置いてのんびりと見物する事にした。勿論、周りへの警戒は怠らない。

 

(普段よりも身体が重いせいでモンスターの攻撃がうまく(さば)けない)

(ベルの奴、大丈夫か? チビスケ達は呑気に休みやがって)

(……一応、治癒魔法を準備しておきましょうか。ここで少年を死なせてはフレイヤ様が悲しみますから)

 

 ヘイズが魔法を詠唱する頃、ベルは早速覚えたての魔法を使った。

 火球は牛頭人(ミノタウロス)に当たるが致命傷にはならなかった。それどころか多少焦げ付かせただけにしか見えない。

 威力が弱いか、と次の魔法を準備する。

 先ほどと同じく(てのひら)に火球が生まれるが発射はされない。

 

【サンダー・ボルト】!」

 

 火球が破裂し、稲光がモンスターに向かって発射された。そして、その魔法はモンスターの身体を貫いて壁に穴をあける。

 思いのほか威力があって使ったベル本人はもちろんの事、リリルカ達も唖然としてしまった。

 ヘイズも詠唱が止まり、危うく自爆する所を寸でのところで気が付いて詠唱を再開した。

 

(……今のはベル様の魔法?) 

「なんだ、ベル。魔法が使えたのか」

「……倒せた?」

 

 目の前に居たモンスターは灰になった。

 今まで倒すのが困難だった相手が魔法一発で倒せてしまい、現実味が無かった。

 辺りを見回してもヴェルフが相手をしている牛頭人(ミノタウロス)以外に居ない。

 

「や、やった。僕、牛頭人(ミノタウロス)を倒した……」

 

 倒した事より魔法が凄くてうまく喜べなかった。

 今回が初めてではないけれど改めて牛頭人(ミノタウロス)を倒したのは自分だと理解した。

 リリルカは戦いは終わってませんよ、と言葉を掛けるとベルは現実に意識を戻す。まだモンスターは残っている、と。

 ヴェルフに加勢しようかと思ったが彼はしっかりと戦えていた。今回の目的は彼の増強だ。可能な限り見守る方がいいと判断する。

 周りを警戒しながら戦闘を見守っていると仲間達の身体が(ほの)かに光った。リリルカ達の方に顔を向けるとヘイズが笑顔で親指を立てた。

 

 
 

 

 ヴェルフの戦いは劣勢が続いた。

 勝てないと分かるとベルに援護を依頼。無理な戦いをしない事にリリルカとヘイズは感心した。

 魔法の援護を受けてヴェルフが最終的に牛頭人(ミノタウロス)に止めを刺して戦闘は終わった。

 

「一人で勝つのはやっぱ無理があったな」

「でも、無事に勝てましたね」

「いやまあ……。まあいいか」

牛頭人(ミノタウロス)に勝つ事じゃなくて発展能力(アビリティ)が発現しないと駄目なんだけどな)

 

 一度勝ちを経験した為か、その後に現れた牛頭人(ミノタウロス)はベルとヴェルフが次々と討伐した。一人より二人の方が勝ちやすかった事もある。

 リリルカも彼らの体力面なら大丈夫そうと判断した。――ヘイズの魔法の効果のお陰もあるかもしれないが。

 合計一〇体の討伐を成した後、暇そうにしていたヘイズが新たに現れた牛頭人(ミノタウロス)を杖で打倒していく。

 落ち着いて見てみると日頃の鬱憤を晴らしているように見えなくもない。後半はほぼ肉弾戦になっていた。

 人懐っこそうな女性が牛頭人(ミノタウロス)を蹴り上げたり殴り倒したりしている。治癒師(ヒーラー)にしては荒々しい戦い方にリリルカとヴェルフは呆れたがベルは羨望の眼差しを向けていた。

 

(……リリは何も言うまい)

「……ふう。いい運動になりました」

(運動だったのかよ!)

 

 ヘイズはレベル4の第二級冒険者。深層攻略出来るほどの実力を持っている。

 浅層で燻るような女性ではない。

 初期の目的を果たしたとヴェルフは判断し、地上に戻ることを提案した。元より今回は彼の要望を聞く事にしていたのでベルは賛成した。

 ヘイズが大人しくついてくるので何か目的があったのでは、とリリルカはそれとなく聞いてみたが日頃の疲れを癒す為ですよ、笑顔で答えた。

 

(ベル・クラネルに興味があったのは事実ですが……。彼の魔法が見られただけでよしとしますよ。……手助けは余計だったかもしれませんね)

 

 霧の階層を越えたあたりで後方から冒険者の一団が走ってくるのが見えた。更に後方には凶暴なモンスターの姿もある。

 ダンジョンに緊急時に他の冒険者にモンスターを擦り付ける行為――『怪物進呈(パス・パレード)』とリリルカは判断した。

 リリルカとヘイズは避けられてもベルとヴェルフは無理だ、と思った彼女は思わず舌打ちする。

 

「す、すまねえ!」

 

 と、和装の一団が逃げて行くがヘイズは平然と彼らに追い縋り事情説明を求めた。

 簡単に追いついちゃいましたね、とリリルカは苦笑する。

 彼らはモンスターの対処に失敗し、仲間が大怪我を負った為に撤退を選んだ。そこでたまたま通りに居たベル達にモンスターを擦り付ける事を選んだ。

 仲間の危機に彼らが選んだ選択は褒められたものではないが非難も出来ない。

 

「今の私、非番なんですよ。君達は運がいい」

 

 ベルへの心象を良くしたい、という打算や思惑はあるが彼に貸しを作るのも悪くないかな、とヘイズは思って治癒魔法を唱える。

 彼女の足元に巨大な魔法陣が展開される。

 死んでいなければ大抵の怪我は治せると豪語するだけあり、重傷だった冒険者の怪我が立ちどころに治っていく。

 モンスターはリリルカが先行して片付けたので脅威は既に無い。

 

「チビスケはチビスケで凄いな」

「チビで悪かったですね。リリは小人族(パルゥム)ですから」

「ありがとうございます。皆さんも無事で何よりです」

 

 ベルの礼にヘイズは私は独り言を呟いただけですよ、と音が出ない口笛で誤魔化した。

 和装の一団は礼も無く俺達は何も悪くない、と言い張り立ち去ろうとした。ただ、怪我をしていた少女がベル達に深く頭を下げた。

 

「お互い気まずいと思うので、ここは互いに何も無かった、という事にしませんか?」

 

 ヘイズの提案にベルは喧嘩になるよりはましだと思い、納得する。ヴェルフは相手方を睨んだままで何も言わなかった。

 リリルカも無視を決め込んでいた。あと、魔石などは渡しませんよ、と相手に言っておいた。

 一団を見送った後、ヘイズが彼らは【タケミカヅチ・ファミリア】ですね、と言った。それで後で文句を言いに行きますか、とベルに尋ねた。

 皆助かったのであれば文句はありません、と答え地上へ向けて歩き出した。

 

「ちなみに【フレイヤ・ファミリア】の場合は喧嘩を売られたと判断して奴らを叩き潰します」

「……えっ?」

「かの【ファミリア】ならばそれもありえますね。でも、ヘイズ様から見れば小物ですよ」

「関係ありません。眷族は女神の所有物。それが貶められたのです。当然、報復ですよ」

 

 当たり前のようにヘイズは言った。

 とはいえ、と言いつつダンジョンに殆ど潜らないので『怪物進呈(パス・パレード)』される事は稀だと思いますけどね、と苦笑を見せた。

 逆に『怪物進呈(パス・パレード)』を起こしてよそ様に迷惑をかける場合の方が多いかも。そして、今回は貴重な体験をさせてもらったので見なかった事に。元より非番だから余計な騒動を抱え込みたくなかった。

 

「どっち道いい迷惑ですよね。うちの団員はバカばっかりですから」

「ヘイズ様もそのバカの仲間だと思いますけど」

「あははは。まあ、否定はしません。……莫迦過ぎるのも考え物ですが……」

 

 今日は偶々(たまたま)非番だったが彼らの行動を観察できたのは彼女(ヘイズ)自身も運がいいと思った。

 新しい魔法を発現していた事には本当に驚いた。それも駆け出しなのに牛頭人(ミノタウロス)を一撃で討伐する魔法を行使した。それはとても凄いとこだ。

 つまらない日を送っていた自身の胸に熱いを確かに感じた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。