ダンジョン・フラグメント   作:トラロック

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24 乙女の泉

 ベル・クラネル達とは入れ違いにダンジョンに潜り、一八階層の安全地帯(セーフティエリア)、通称地下の楽園(アンダーリゾート)と呼ばれる『宿場街(リヴィラ)』にリヴェリア・リヨス・アールヴが部下を伴って訪れていた。

 通常の探索と違い、今回の目的は位階魔法の練習だ。

 地上より邪魔が入りにくい地下空間で色々と試そう、と。

 まず焦点具と呼ばれる魔法に必要な媒介を必要としないものを試す。一応、媒介を持ち運ぶ袋を貰ってある。

 

「動作と音声が必要というが動作は何でもいいのか」

「私の感覚だと魔法効果に合った動きを取るのがいいと思いました。それから資料によりますと自由になる片手が最低限必要、だそうです」

 

 【千の妖精(サウザンド・エルフ)】のレフィーヤ・ウィリディスが低い位階魔法を使いながら言った。

 両手で杖を掴んでいては魔法は発動しない、という。

 色々と制約はあるようだが戦闘を除けば使用感に問題は無い。

 

(……マーレの魔法は……凄かった。恐らくあれらは私が行使できるものより上)

 

 位階魔法は十段階あり、リヴェリアが使えるのは第六位階。ただし、条件を満たせばそれ以上を行使できる可能性がある。

 無理をして高い位階魔法を使う事は基本的には出来ない。それと自分が修めている職業(クラス)以外の場合も同様。

 吟遊詩人(バード)森祭司(ドルイド)にしか使えない魔法もある。

 

「魔法の数は『能力値(アビリティ)』の総量で変動すると言っていた。レフィーヤは他の能力値も増やした方がいい」

「は、はい。頑張ります」

 

 レフィーヤはレベル2で『魔力』以外は低いまま。魔法も三五個ほど。――他二〇個近くを予約した。

 元々覚えた魔法に比べれば威力の低いものとなっているが使いようによっては便利そうなものを選んだ。――マーレの助言を受けながら。

 次は空を飛ぶ魔法にしよう、と。

 

「それと職業(クラス)だったか。それによっても左右されるとはな」

「私達は純然たる魔導師(ウィザード)で魔力系が中心となるとか。リヴェリア様は治癒魔法もお使いになられますよね」

魔導士(メイガス)もあるそうですが、一般的には魔導師(ウィザード)と呼称する、と……)

「……ああ。賢者(セージ)森祭司(ドルイド)が関係している、とあいつは言っていたが……。人から言われただけではよく分からんな」

 

 出された書類を読んだだけで何故、自分達の職業(クラス)を事細かに(つまび)らかに出来たのか。マーレは秘密だと言った。

 飯の種だから教えられない、と言われてしまえば納得するしかない。

 確かにこれだけの魔法を(おおやけ)にすれば迷宮都市(オラリオ)に混乱を招く恐れがある。これはそれだけのものだとリヴェリアは感じていた。

 

 
 

 

 しばらく魔法について語り合った後、拠点に戻ろうとしたところで黒髪の森妖精(エルフ)に出くわした。

 白い戦闘衣(バトル・クロス)によって肌の露出が抑えられた出で立ちの女性はレフィーヤも見覚えがある人物だった。

 彼女、フィルヴィス・シャリアはリヴェリアの姿を見かけた途端に即座に膝をついた。

 王族(ハイエルフ)であるリヴェリアは同胞から度々敬われており、会う森妖精(エルフ)の殆どが臣下の礼を取る。――唯一の例外がマーレかもしれない。

 

「顔を上げろ。いちいち礼を取るな、恥ずかしい」

「はっ」

 

 姿勢を正したフィルヴィスはレフィーヤの存在に気が付いて軽く頭を下げた。同胞を前にしても表情は硬い。

 広いダンジョンにおいて知り合いに会うのは稀だがレフィーヤからすれば滅多に会えなかった同胞だ。今日はどうしてこちらに、と思わず尋ねた。すると鍛練の一環だ、と簡潔な返事が来た。

 

「フィルヴィスさんはいつも一人ですよね?」

「……偶々(たまたま)だろう。それに私以外はレベルが低い。ここまで来れる者が居なかっただけだ」

「……すみません」

 

 暗黒期に闇派閥(イヴィルス)との戦いで多くの仲間を失った為にフィルヴィスが団長として就任し、他の団員を教育することになった。

 その団員を用意するのが主神の役目でフィルヴィスが一人の時間が多かったのも(ひとえ)に主神ディオニュソスのせいだった。

 冒険者になるには主神に認められなくてはならない。神々はその辺りには厳しく、気軽に団員を増やそうとしない。――多くは神々は感覚的に合う合わないを決めているようだが。

 

「そういえば、フィルヴィスさんって位階魔法をご存知ですか?」

 

 そう言った瞬間にフィルヴィスの顔が険しいものに変わった。

 睨みつける様な顔に見えたのでレフィーヤはすぐに謝った。

 普段から厳しい表情なので怒る顔はもっと怖かった。

 フィルヴィスは軽く息を吐き、謝らなくていい、と言ってからリヴェリアに顔を向ける。

 

(魔法において気にしない訳がないお方だ。恐らく私の懸念は当たりなのだろうな)

「お尋ねしてもよろしいですか?」

「……その様子だと事情を知っていそうだな」

(……位階魔法を取得されたのですね)

 

 取得自体は悪い事ではない。問題は対価の方だ。

 異邦人は法外な対価を提示するが実のところは違う。

 彼らはある目的の為に動いているが、その真意まではフィルヴィスも知らない。

 

「私にどうこう言う権利はありませんが……。お身体を大事になさってください」

「……ああ。今更だが肝に銘じる」

「フィルヴィスさん。位階魔法について教えてくれませんか?」

(この同胞はさっきからグイグイ質問を投げかけるな)

 

 立ち去ろうとするフィルヴィスにレフィーヤがすかさず声をかける。そうしなければならないような気がした。

 引き留められた事で彼女は唸った。心底嫌そうな顔を見せるが王族(ハイエルフ)が側に居るので安易な無視も出来ない。

 リヴェリアが居なければ下層に向けて歩を進めていた。

 

「私はそれほど詳しくない。それに……」

(隊長が居ればいいのだが私は別行動中だ)

 

 リリルカ共々位階魔法は習得していない。取得方法については聞いているので知っている。

 力を欲する者ならば飛びつくのだがリリルカは何故だが位階魔法に興味を持ったなかった。後でいいか、と思っているのかもしれない。

 フィルヴィスの場合は様々な要因によって位階魔法どころではなかった。

 興味はある。気持ちが落ち着いたら色々と聞いてみたい、と。

 

「隊長に無断でお前達に教えるわけにはいかない」

「……隊長?」

「【絶死絶命】と言えばわかるか?」

 

 同胞の中でも別格の実力者。古きオラリオの冒険者であり人類の守護者を標榜する謎多き半森妖精(ハーフエルフ)

 レフィーヤとて名前は知っているが詳しい事は分からない。

 

「マーレという同胞は結構教えてくれましたけどね」

「……なら、あの方に聞けばいいだろう」

「自信なさげに説明するんで……」

「あれはああいう喋り方であって自信が無いわけじゃないぞ。時々、流暢になるようだが特に意味は無いらしい」

 

 断ってもしつこく問い詰められそうなので分かる範囲で説明する事にした。といっても詳しく知っているわけではないが。

 アンティリーネが扱う魔法は低い位階が多く、本人は戦闘職だから魔法は得意というわけじゃないの、と言っていた。

 それと『能力値(アビリテイ)』を増やす特訓ばかりしていたので魔法の習得に関しては保留になっていた事を思い出す。

 

 
 

 

 位階魔法について語れる部分は本当に少なく、後ろ髪引かれる思いであったがフィルヴィスは振り切って立ち去った。

 知り合いの同胞からの情報、またはお話をもっと聞きたかったレフィーヤとしては残念な思いだったが仕方ない、と気持ちをすぐに切り替える。

 大した情報は得られなかったが位階魔法が禁忌の技というわけではないことが分かっただけで良しとするか、とリヴェリアは判断した。

 

(資料頼りの知識に抜けは無いのか、と勘ぐってしまう。完璧なものとなれば持ち運びに難があるか)

 

 マーレ・ベロ・フィオーレは頼りないようでしっかりと必要な情報を提示している。

 本当ならば全ての魔法を閲覧したかったが――そうなると対価がどうなるのか想像するだけで恐ろしい。

 分かっている範囲では名前が違っても効果が同じ、または似たようなものがあるので全てを見るのは無駄に近いです、とは言われた。

 それと持ち出せる資料にも制限があるので、と。

 

「候補の中に『死者蘇生(レイズ・デッド)』があったな。あれを気にするな、というのは無理がある」

「信仰系第五位階の魔法ですね。成功率が五割という……」

(それと五〇〇万ヴァリス相当の宝石……)

 

 死者を蘇らせる対価として五億と五〇〇万を高いと見るか安いと見るか。

 異邦人にかかれば不可能な事は無いのでは、と思えてしまう。

 だが、だからこそ異邦人は神々に様々な制限をかけられている。主神ロキがそんなような事を仄めかしていた。

 酒を飲ませて口の滑りをよくした上で聞いた事だが。

 

「より高い位階を求めるならば上を目指さねばなるまい」

 

 一覧表には気になる魔法がいくつかあったが、それでもまだ第六位階止まり。条件付きで第七位階だ。

 第十位階ともなればどれくらいの研鑽を必要とするのか想像したくない。

 ロキが心配しているので過度にのめり込むことも出来ない。

 

「段階がある為に直接魔法を貰う事は出来ないそうですが……。本当なんでしょうか」

「仮に出来たとしても実力不足で行使できないのだろうよ。……だが、頑張る理由付けにはなるな」

 

 一応、一人の魔導師(ウィザード)が取得できる魔法は最大で三〇〇個。それを目安に取得してください、と言われた。

 抜け道的な方法の一つに『巻物(スクロール)』がある。だから、あまり思い詰めないように、とも。

 まだまだ未知の部分が多い位階魔法を自分はどれだけ行使できるのか。また、知識として得る事が出来るのか。

 リヴェリアは自身の選択を後悔しないように杖を振り、意識を集中させる。

 そして、数分後に足元ではなく身体全体を覆う無数の魔法陣が立体的に出現した。

 レフィーヤに避難するよう言いつけて事前に設置した標的に向かって魔法を唱える。

 

 
 

 

 一八階層が()()()()()()()()に晒されてから幾日か過ぎた。

 牛頭人(ミノタウロス)を倒してからもベル・クラネルは積極的にダンジョンに潜り、モンスターと戦い続けた。

 減っていた『能力値(アビリティ)』も順調に増えており、切り札の魔法を封印する事に決めた。その代わりとして謎のスキルが現われた。

 力を込めると腕にはっきりとした光りが集まるように現れる。最初は何なのか分からなかった。

 

「でぇい!」

 

 光りを纏った状態で黒いナイフをモンスターに振ればいつも以上の破壊力を見せる。

 魔法の場合も威力が上がった。

 一度攻撃手段に使うと光りは消える。数分後にまた光り出す。

 ある程度慣れてくると光りを好きな時に消せることが分かった。勝手に出たままだと非常に目立つので、これはありがたかった。――ずっと光り続けると思っていたが戦闘時以外は光らない。おそらく戦う意思が関係していると思われる。

 それと光りは自身の体調によって明滅の強弱が変わるようだ。

 力を込められる時間は数分と短いものだったが威力の増加となれば使いどころに頭を悩ませる。これは自分にとって必要な能力だ、と。――念のために【ステイタス】が減るような事が無いかヘスティアに確認してもらった。

 続いてアルテミスから借りた弓を使ってみる事にした。

 矢を購入するのはいいが扱ったことが無いのでリリルカ・アーデに助言を貰う。

 (いわ)く、放った後の矢はちゃんと回収するように、と。

 放置は良くないと厳しめに言われた。

 

「弓を主体にしている冒険者って凄い」

 

 矢筒の補充は欠かせないし、回収作業もしなければならない。何より連射が出来ない。

 モンスターの後方に冒険者が居ると誤って当てそうで怖い。

 倒す一辺倒であれば楽だが魔石やドロップアイテムの回収も立派な冒険者の仕事だ。

 いくら遠距離攻撃が出来るとしてもダンジョンでは周り全てに警戒が必要だ。取り回しが上手くいかなければそれだけで危険である。

 

(……僕に弓は合わない、というか難しい)

 

 接近戦による戦い方が長かった為に遠距離攻撃に身体が思うように反応しない。

 充分に距離を取って一射ずつであれば出来なくはないが――

 アルテミスも弓使いになれ、とは言わなかった。

 

(……でも、いつか必要になる時が来る。そうアルテミス様は考えているんだろうな……)

 

 切り札を併用すれば遠距離において絶大な力になる。ただし、一射のみ。

 弓以外でも一撃必殺になるから特定の武器に(こだわ)る必要はない。

 一か八かの技より確実性のあるものを伸ばす方が先決だ。そうでなければいつまでも【ステイタス】が伸びないまま。

 

 
 

 

 とある日、一八階層の『宿場街(リヴィラ)』にて森妖精(エルフ)のフィルヴィスは人気(ひとけ)のない建物の中で瞑想をしていた。

 待ち人が来るまでの間に邪魔が入らないか警戒しながら。

 先日まで『宿場街(リヴィラ)』は大変な事態に見舞われていたが住民達は慣れたもので、ものの数日で町を復興させた。――壊れた家屋が少なかった事も幸いした。

 目撃者の(げん)によれば地面が噴火した、とのこと。

 約束の時刻になった時、扉の外に気配が生まれた。

 

「どうぞ」

「……失礼します」

 

 合言葉などは無く、誰が来ても迎撃する自信があったが緊張した。

 呼びつけた相手は隊長であるアンティリーネの紹介で知った人物だった。

 白い修道女(シスター)風の戦闘服(バトル・ドレス)を纏う【静聴】のメーテリア・クラネル。

 背中にかかるほどの白い髪に碧眼。白い肌に柔和な(かんばせ)

 弱々しさを感じさせるがレベル6の冒険者だ。

 

「四度目となりますが調子はいかがですか?」

「侵蝕は相変わらず早いが悪くない」

 

 そう言いながらフィルヴィスは自身に掛けられた魔法を解く。すると肌の露出を抑えた白い戦闘衣(バトル・クロス)が黒く禍々しいものに変貌し、彼女の肌に赤い血管の様なものが浮かぶ。

 これこそが本来のフィルヴィスの姿だった。

 闇派閥(イヴィルス)の罠にかかり体内に魔石を埋め込まれてしまった。そのすぐ後でアンティリーネに助けられたが強引な方法は危険と判断した彼女はマーレ達に頭を下げて救いを求めた。

 

(変容する自身を呪ったが隊長のお陰で踏み止まれた。……森妖精(エルフ)の矜持など絶望の前には何の価値もない)

 

 メーテリアは持ってきた荷物からたくさんの魔力回復薬(マジック・ポーション)を並べていく。

 病弱だった彼女は本来冒険者を務める事は出来なかった。それでも僅かな希望に縋った姉により背中に『神の恩恵(ファルナ)』が刻まれる。

 健康体となった彼女はとある方法で短期間のうちに第一級冒険者の仲間入りを果たした。

 世の冒険者の追随を許さない方法なので主神から冒険者の活動自粛が言い渡された。しかし、ダンジョンの探索自体は止められるものではない。

 深層領域の新規攻略でもなければ潜っても問題ない。特に人命救助や生活費を稼ぐような事に限り制限が緩和される。――本人は息子(ベル)と一緒にダンジョン探索がしたいと思っている。

 

「時間がかかってごめんなさいね」

「……いいえ。私の様なものに救いの手を差し伸べて下さるだけでありがたいです」

(……位階魔法だと【経験値(エクセリア)】を消費するから何度も出来ないのよね。……やろうと思えばできる、としても)

 

 精神集中の後に長文詠唱を開始する。

 唱えるのは時間逆行魔法。その劣化版と言われる治癒魔法だ。

 対象の経験した時間に類するものを逆にたどり、若々しさを与える。けれどもそれは万能とは言い難い。

 まず記憶まで(さかのぼ)らない。一度に戻せる時間経過は数時間程度。――最初は数分だった。

 年単位の時間となればいかにメーテリアとて一日で出来るものではない。

 四肢欠損に関しては再生しない。これは彼女の実力が不足しているから、と思われる。そして、病気も治癒しない。

 時間の逆転による時空間の齟齬は発生しない。それほど大それた魔法ではないと予想される。――本当の意味で時間を逆転させた場合、フィルヴィスどころか世界全ての時間が逆回転するように戻る筈だ。

 

乙女の泉(カナートス)

 

 一日の間の出来事であればそれほど負担になる魔法ではない。

 使い続ける内に効果時間も伸びてきている。

 問題があるとすれば魔法を使った次の日は頭痛で寝込む事だ。全身がだるくなり高熱も発する。

 元々体力に自信があるわけではないし、運動も殆どしなかった。そう言う事もあり、フィルヴィスを待たせてしまう。

 途中、激しい嘔吐を繰り返しながら回復薬(ポーション)分の魔法を使い続けた。

 

 
 

 

 母が奮闘している事など露知らず、リリルカ・アーデとヴェルフ・クロッゾの二人を引き連れてダンジョンに挑むベル・クラネル。

 リリルカは誠実なベルを気に入り、可能な限り彼に雇われるようにした。

 ヴェルフは念願通りのスキルを得たが引き続きベルの探索に付き合う事にした。本音は魔剣狙いの客が鬱陶しかった為だ。

 

「ベル様。今日は弓を持ってきたんですね」

「折角貸してもらったから使わないと勿体ないと思って」

 

 その弓をチラッと見たヴェルフは驚いた。

 刀剣専門の彼をして相当な業物に見えたからだ。

 聞けば女神アルテミスの弓『タウロポロス』と聞いて更に驚いた。

 

「『タウロポロス』はアルテミス様の分身とも言われる弓だぞ。よく貸してもらえたな」

「分身!? そんな大事なものを……。でも、アルテミス様は僕に必要になると言って貸してくれたんだ」

「ベル様はナイフ使いなのに……。女神様が意味も無く自分の大事な弓を預けるとは思えません。それとそれは国宝扱いになると思いますから迂闊に売ろうとしないでください。たぶん、捕まります」

「ええっ!? う、売らないけれど、国宝扱い?」

「当たり前だろ。神の業物はだいたいそういう扱いなんだ。一般の武具と一緒にはできねえぞ」

 

 結構扱いが雑になってきたので誰かに怒られる、気がした。特に水色の髪の半森妖精(ハーフエルフ)に。

 とばっちりを恐れてヴェルフは受け取ろうとしないし、リリルカもベルが持っている方が無難です、と答えた。

 もし、売れれば数億から数百億ヴァリスくらいは当たり前。確実に国家予算が動きます、と。

 アルテミスから困ったら売れ、とは言われなかった。

 

「……あっ!」

 

 雑談していた時、リリルカは天井付近を指差しながら驚きの声を上げた。

 小人族(パルゥム)の視点で上を見る事が多いので気付けたがベル達だと気づかない位置に何者かの姿があった。

 ベル達も彼女が指差す方向に顔を向けると人が飛んでいた。

 

「あ、アルフィアお母さん」

「奇遇だな」

 

 通り過ぎようとしていた空飛ぶ人物はアルフィア・クラネルだった。

 ダンジョン内で出会うとはベルも思わなかった。基本的に教会かすぐそばの小屋で寝泊まりしている印象が多かったので。

 それと今日の出で立ちは彼女が戦闘時に身に着ける黒を基調とした戦闘服(バトル・ドレス)だ。

 

(この人が【静寂】のアルフィア……。暗黒期に迷宮都市(オラリオ)を崩壊させようとした首魁の一人……)

 

 暗黒期を経験した幼いリリルカはアルフィアの事を覚えていた。直接的な被害はなかったが彼女(アルフィア)が冒険者の敵として立ち塞がった事を知っている。

 一度敗北を喫した彼女が現在もオラリオに居る事も知っていたが直接見るのは初めてだった。

 何というか誰も寄せ付けない強者のオーラを感じた。

 この人はヤバイ。戦ってはいけない相手だ、と。

 優雅に地面に着地したアルフィアはベル達を目蓋を閉じた顔で見回す。

 

「うちの子が世話になっているようだ。よろしく頼む」

「……おう」

(うちの子!? ベル様ってアルフィア様の……それは無い筈です。【静寂】は独身だった筈……)

「ど、どど、どういうことですか。【静寂】の隠し子だったのですか?」

「……あはは。隠し子じゃなくて姪っ子なんだ、僕。お母さん呼びしているから勘違いさせたかもしれないけれど……」

「ベルの両親の姉とか妹って事か?」

「そう。お母さんのお姉さんがアルフィアお母さんなんだ」

(混乱しそうな説明だな。ようは母方の姉か……)

 

 ベルが仲間と楽しそうに会話している所から特に助言は必要なさそうだな、とアルフィアは判断した。

 冒険者になって荒くれ者が多い世界に飛び込んだ彼を少なからず心配していた。

 自身が【静寂】としてオラリオに混乱を招いた事で彼に様々な困難が降りかかってはいないか、とも。――女神フレイヤの介入など。

 

「ところで、どうしてダンジョンに?」

「リアが帰ってこないから迎えに行こうかと思ってな。居場所は分かっている」

「そうなんだ。気を付けて」

「ああ」

 

 親子の会話は短く、それで終わった。

 ベルにとっては優しく厳しい女性なのかもしれないがリリルカにとってはそれどころではない。

 数多の冒険者が畏怖する孤高の女王が目の前に居るのだから。

 ベル様って何気に凄くないですか、と。

 

「それより空を飛んでいたようだが……。スキルか何かか?」

「魔法だ」

 

 と、アルフィアはヴェルフの疑問に答えつつ宙に浮いた。

 移動速度は速いわけではないが、のんびりと目的地に向かっているようにベルには見えた。

 彼女を見送った後、物陰から治療師(ヒーラー)のヘイズ・ベルベットがそそくさとベル達の下に駆け付けた。

 ここしばらく彼女も探索に加わるようになった。本人(いわ)く、気分転換だとか。

 

「魔女が空を飛んでいたので物陰に隠れてました」

「あんたでもアルフィアという冒険者は怖いのか?」

「怖いですよ。彼女の機嫌を損ねたら何もかも吹き飛びますから。……いや、本当に」

(……それって『福音(ゴスペル)』っていう魔法の事かな?)

 

 幼き日にアルフィアが山を魔法で本当に削った現場を目撃した事がある。

 比喩抜きに彼女の魔法は強力無比だった。

 祖父を山向こう三つほど吹き飛ばした、という話しは決して冗談でも大袈裟でも誇張でもない。厳然たる事実だ。

 普段は頼りがいのある男のザルドおじさんですら怯えを見せるほどなのだから。

 

「……確かにアルフィアお母さんは静かな事を好むから。機嫌を損ねたら命がいくつあっても足りないよね」

「ベル様? 目から光りが消えてますよ!?」

 

 乾いた笑いを見せるベルにヴェルフは後ずさる。

 ヘイズを加えた四人でダンジョン探索を(おこな)う事になった。今回も一七階層手前までを目標にした。

 何度も挑んで【経験値(エクセリア)】を溜めて次に向かう為に。

 

 
 

 

 優秀な治療師(ヒーラー)が居るお陰で大したケガも無く順調に下の階層に降りられた。

 レベル1のまま牛頭人(ミノタウロス)も倒せるようになり、より深い階層に挑む段階まで来た、と思えてきた。

 本来ならレベル1では勝てない。それを覆す現象が起きている。

 

(……改めて見ても信じられない。ベル・クラネルが平然と牛頭人(ミノタウロス)を屠ってるのが……)

 

 魔法が強力なせいもあるがレベル1に納まっている器には到底思えない。

 ヘイズは英雄とはこういう(やから)の事を言うんだろうな、と思いつつ迫るモンスターを倒していく。

 そこでふと気が付く。

 楽にモンスターを倒すと偉業と見做されず『昇格(ランクアップ)』出来なくなっているのでは、と。

 

「ベル様はもうこの階層も楽勝になってきましたね」

「魔法のお陰もあるけど……。強くなったかと言われると疑問だよ」

「そうですか。それより【ステイタス】はどうなりましたか? ちゃんと増えています?」

「増えているみたいなんだけど、また(ゼロ)になるかもしれないからって『昇格(ランクアップ)』を保留にされてるんだ」

 

 レベル2になったらまた魔法の検証をしてレベル1に戻すような事があるかもしれない。そうなると神様的には都合が悪いらしい。

 駆け出しがレベル2に至ると『神会(デナトゥス)』にて報告され『二つ名』が与えられる。大抵は神々の悪ふざけによって決められてしまうそうだが冒険者側は逆にありがたがる傾向にある。

 良い二つ名を得るために神々はこの時ばかりは本気を出す。――神ソーマは引きこもりなのでリリルカの二つ名は無い。いや、『神会(デナトゥス)』に報告する事自体忘れている可能性がある。

 

「何が(ゼロ)になるって?」

「【ステイタス】です。レベルはまだ分かりませんが『能力値(アビリティ)』が軒並み(ゼロ)になってしまうんですよ」

「はっ?」

「えっ?」

 

 ヴェルフとヘイズはほぼ同時にそんな返答をし、同時に飛び退った。

 少し経って彼らが離れた理由に思い至るが現金な人達だと思って呆れてため息を零す。

 リリルカの場合はお祝いの気持ちが強かったのでベルに起きた事を心配したが彼らはそうではなかった。それはそれで悲しいけれど、仕方が無いと思う事にした。

 

(……パーティごと【ステイタス】が下がるかも、なんて思ってしまったらそう反応しますよね。でも、リリの【ステイタス】は健在です。でなければ非力な小人族(パルゥム)牛頭人(ミノタウロス)は倒せません)

 

 自分は気が付くのが遅かったから失礼な態度に出なかった。

 以前のやさぐれたリリルカであったら彼らと同じ事をしていただろう。そう思うと浅ましさに嫌悪を覚える。

 もし、ベルと出会わなかった自分が居るとすれば、もっとひどい生活を送っているに違いない。最低でも冒険者の何人かは手にかけている。

 

 
 

 

 何度か(ゼロ)になる経験をして今に至るベルの【ステイタス】は既に各種五〇〇越え。しばらく更新を控えていたのでもっと上なのは確か。

 ヘスティアが悲しむと思って更新頻度を落としているがベルをして躊躇う。以前は数値が増える事が楽しみだったのに。

 女神を天秤にかければヘスティアに傾く。

 

「『魔力』はどうですか?」

「ちゃんと増えているそうです。魔法を使うたびに威力が上がっている気もします」

 

 ベルは自分より小柄なリリルカ相手にも他人行儀である。

 ため口を聞いて欲しいわけではないが彼の人となりは伝わった。ただ、ヴェルフはもっと砕けた言い方をしろ、と言ったので馴れ馴れしい口の利き方にしている。

 ヘイズは特に何も言わなかった。

 

(……ベル・クラネルがちょっと見ない間に愉快なことになっている。……フレイヤ様に報告したら残念がるかな。それとも面白いって言ってくれるかな)

「そういえば……。クラネルさんはシル・フローヴァって人、知ってます?」

「えっと、酒場で働いている女給さんですよね?」

「知っているならいいんです」

 

 ヘイズの質問に首を傾げつつベルは答えた。

 シルは『豊穣の女主人』で働いている女性だ。朝方ダンジョンに向かう時によく見掛けるし、声をかけてもらった事もあるので覚えていた。

 薄鈍色の髪の笑顔が良く似合う可愛らしい人間(ヒューマン)、という印象を受ける。

 

「あ、いえ。彼女、私の同僚でもあるんですよ。たまにでいいのでダンジョンに誘ってあげてください」

「えっ? シルさんって冒険者なんですか?」

「あそこで働いている人はほぼ全員が冒険者ですよ。……あの格好で潜ったりしませんけど」

「へ~」

(……これくらいは許してくださいませ。あと、ヘルン、貴女もフレイヤ様にべったりしてないで冒険者として働きなさい)

 

 へっ、と口元を歪めるヘイズ。してやったりといった表情はベル達には隠した。

 気苦労は皆で分かち合いましょう、というヘイズなりの気配りなのだが、それが仲間に言葉通り伝わる事は無いだろう。

 その後、探索を続けて一七階層を一通り巡った後に地上に戻った。

 ヘイズが居るお陰か、ケガ人は出なかった。

 

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