ダンジョン・フラグメント   作:トラロック

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25 打倒する者

 順調なダンジョン探索から数日後、女神ヘスティアはベル・クラネルにある通知を異言わす事を決めた。

 まだ不安は残るが少年は頑張り、走り続けている。その背を押す事を決めた女神はいつまでも足踏みしているわけには行かない。

 

「というわけでベル君。『昇格(ランクアップ)』だ」

「僕が?」

 

 教会地下にある寝室にて【ステイタス】の更新に臨んだベルはヘスティアからそう言われた。

 前回がとても楽しみだったこともあり、幾分は期待値は下がってしまったが改めて言われると嬉しさがこみあげてくる。

 自分の努力は無駄では無かった。諦めなくて良かった。

 

「まさか『能力値(アビリティ)』が一気に無くなるなんて驚いたけれど、今回は大丈夫、だと思う。それでベル君」

「はい」

「魔法の検証でレベル1に戻したりしないよね? 確認は大事なんだろうけれど、他の神々の手前さ、上がりましたと言って次に下がりましたと報告したくないんだよ」

「……すいません」

 

 ベルに悪気はない。とんでもない魔法が発現してしまった事が問題だ。

 そんな魔法でも少年にとって必要だから出てきたわけで、文句を言うわけにはいかないが愚痴は言わせてもらった。

 確実にレベルが下がる。

 おそらく少年に何度も這い上がれって意味なんだろうけれど、一般の冒険者からすればとても残酷な魔法だ。

 下界の冒険者はレベル2にするのだって途方もない努力が求められる。それをたった一回の魔法でふいにするのだから。

 

(……ただ、頑張り過ぎたのかな。『能力値(アビリティ)』の数値がおかしなことになってるぞ。全部1000オーバーって何だい? SSSなんて初めて見たよ)

 

 つい先日まで700近く増えていた事は知っている。他の冒険者がどうかはヘスティアには分からないが物凄い勢いで増えたな、くらいの認識だった。

 確実にベルの担当アドバイザーに更新用紙を見せたらその場で失神すると思った。――そんな光景が目に浮かんだ。

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力:SS1024 耐久:SS1089 器用:SSS1103 敏捷:SSS1142 魔力:SS1004

 幸運:H 耐異常:H

 《魔法》

 救世の禍雷(メサイア・オーバーロード)

 ・付与魔法。

 ・術者のレベル・経験値(エクセリア)能力値(アビリティ)を贄とする。

 綺羅聖火(ヘレティック・ウェスタ)

 ・攻撃魔法。速攻魔法。魔法連結。

 ・第一階位(ファイア・ブリット)。

 ・第二階位(サンダー・ボルト)。

 《スキル》

 憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

 ・早熟する。

 ・懸想(おもい)が続く限り効果持続。

 ・懸想の丈により効果向上。

 英雄願望(アルゴノゥト)

 ・能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権。

 

 改めて更新された内容にヘスティアは首をかしげる。

 注目すべきは魔法の名前。

 最初に見た時は『ファイア・ブリット』と『サンダー・ボルト』と()()書かれていたのだが、それが統合されて新しい名前に変わっていた。

 それと新しいスキルだ。

 まだ『昇格(ランクアップ)』していないのにこんなことがあるのか、と。

 

(彼の潜在能力がそれだけ高かったということか。凄いや、ボクのベル君は)

「じゃあ『昇格(ランクアップ)』してみようか」

「お願いします」

 

 ベルの剥き出しの背中に『神の血(イコル)』を垂らし、【ステイタス】を現出させる。

 今まで溜めた【経験値(エクセリア)】を『昇格(ランクアップ)』につぎ込む。

 たった一つレベルを増やすためだけに膨大な経験が費やされる。

 神の目には少年のこれまでの冒険が物凄い速度で流れていく様が見えた。

 偉業自体は既に達成されていた。そのすぐ後に贄として消費されてしまったが、今回の更新にはさして影響は内容で安心した。

 

(君の冒険は本物だ。おめでとうベル君。レベル2だ。……ん? なんだ、この手は?)

 

 いよいよ『昇格(ランクアップ)』という時に半透明の手の様なものが無数に現れた。ベルの【ステイタス】を囲むように輪になって。

 それらにヘスティアは触れてみると握り拳を作って消えた。

 何だか嬉しがっているように感じたので全ての手に触れて消した。

 

(女神からの祝福だと思ったのかな。ボクはそれほど力のない(いろり)の神だけど君達にも(さち)多からんことを)

 

 気を取り直して新たな【ステイタス】をベルの背中に押し込む。それで更新作業は終わりだ。

 更新したからと言って冒険者の姿が劇的に変化するわけではない。

 アルフィア・クラネルのような特例はあるかもしれないが一般的に高熱を帯びる様な状態にはならないと聞いている。

 

(……一応確認しないと……。あれだけ数値が増えたんだからレベル7とかになったりしないよな?)

 

 三度は確認したか。

 ベルはレベル2へ『昇格(ランクアップ)』した。他に変わった事は見当たらない。

 既に発現していた為か、新たなスキルや発展能力(アビリティ)は現れなかった。魔法にも変化なし。

 よし、と安心してからベルにおめでとうと告げた。

 

 
 

 

 ベル・クラネルがレベル2に正式に『昇格(ランクアップ)』する頃、歓楽街にある【イシュタル・ファミリア】の本拠(ホーム)から金髪の狐人(ルナール)の少女が助け出された。

 正しくは救出ではなく交渉による譲渡に近いものだった。

 譲り受けたのは何処にでも居そうな旅人の男性。

 

「少々怖い思いをさせたね」

「……い、いえ」

(怖い怖い怖い。物凄く怖かったです)

 

 少女は自身に起きた事柄が全く理解できない。そんな不安定な精神状態に陥っていた。

 何より【イシュタル・ファミリア】から助け出されたのに自分が未だかの【ファミリア】に居るのが信じられない。

 一体どういうことなのか。あれは何なのか。自分は本物なのか。

 

「そんなに複雑に考えなくていいですよ。こうして思考できているのが本物の証です。もう片方に意識を宿らせるには手間が掛かりますから。それに同じ意識を分割する事は出来ません」

「よ、よく分かりません」

「でもまあ、本人の承諾がない場合は大抵失敗に終わります。貴女が不安がっている間は成功とは言い難い」

(……では、あれはどうなるのでしょうか? 話しかけてきたりはしませんでしたが)

 

 不安捉われる少女を宥めつつ闇夜の街並みを通り過ぎていく。

 迷宮都市(オラリオ)の地図を見ながらたどり着いたのは【タケミカヅチ・ファミリア】の本拠(ホーム)だった。

 少女が望んだ隠れ家でもある。

 

「じゃあ俺はここで」

「ありがとうございました」

 

 男性は少女を送り届けた後、どこかに立ち去った。

 一見すると誘拐された少女を救ったように見えるが実際は多くの思惑が絡んでいた。

 男性から見れば善意だ。ただ気に食わなかっただけの。

 イシュタル側は丁度いい素材が手に入った。後はいくらか細々としたものを除けば平和的に解決したと言える。

 

「今時生贄とか……。神様がそれを許容している所が凄いよな」

「……モモン様。お疲れ様でした」

 

 陰から現れたのは黒い甲冑と巫女服が合わさったような防具を身に着けるナーベラルだった。

 漆黒の長い髪の毛を一本に束ね、現地民を虫以下に見る冷たい眼差し。

 そんな彼女も主の前では従順な(しもべ)であった。

 

「サトルじゃダメなのかい?」

(……今じゃあその名前も何の意味もないけれど)

「どういうわけか、モモン様とお呼びしたくなりまして……」

「……なら、仕方ないな。千年経ったけど、みんなどうしているのかな」

 

 その後、二人は街中に埋もれて消えた。

 人知れず大きな事件が解決し、一部の神々は悲喜こもごもと言ったところ。

 (むし)ろ、大事件にしてほしかった、と嘆く神が居たとか居なかったとか。

 

 
 

 

 レベル2になったことを早速担当アドバイザーであるエイナ・チュールに報告したところ大層喜んでくれた。それと更新前の最終【ステイタス】を見せたところその場で吹き出し、失神して後方に倒れてギルドが大騒ぎした事は言うまでもない。

 意識を取り戻した半森妖精(ハーフエルフ)のエイナはベルの【ステイタス】について詰め寄った。

 

「何なの、この数値は!」

「わ、分かりません」

 

 ヘスティアでさえ驚いていたのだから眷族たるベルに理解できるわけがない。

 毎日地道にダンジョンに潜ってモンスターと戦い続けただけだ。

 牛頭人(ミノタウロス)を一〇〇匹以上討伐したせいかな、と思わないでもない。

 

「レベル2になったので一八層目を目指そうかと思いまして」

「そうだよね。もうそこまで行けるところに来たんだよね」

 

 それにしても『能力値(アビリティ)』が1000を超えるのは職員経験からしても初めての事だった。

 上限が999まで、というのが今までの通例だっただけに。

 近頃のベルは仲間と共に潜っているし、単独探索しているわけではない。

 

「それでも『階層主』の討伐は無理だと思う。誰かに倒してもらった後なら行ってもいいかな」

「分かりました」

「では、別室で改めて一八階層までのモンスターの特徴や一八階層以降について少しだけ講義致しましょう」

「よろしくお願いします」

 

 互いに了承し合った後、移動を開始する。その時、エイナはこの頃ギルド内が平和になったな、と呟いた。

 以前は換金カウンターに【ソーマ・ファミリア】の眷族が良く文句を言いに来る事があった。

 

(……全く活動していない訳じゃあなさそうだけど、静かなのはいい事よね)

 

 気掛かりは他にもある。

 オラリオの住宅街に巨大な植物モンスターが現われた事についてだ。既に冒険者によって鎮圧されているが、こちらは事件の全容が不明のままだった。

 ベルは基本的にダンジョンに潜ってるらしく、地上の混乱については知らなかったようだ。

 

「そのモンスターは討伐難度レベル3以上。今のクラネル氏には荷が重い相手よ。無理は駄目だからね」

「はい」

(返事はいいんだけどね。こんなに素直な冒険者がレベル2か……)

 

 冒険者になってまだ一か月と少し。いや、二か月か、と。

 最初に来たベルは何も知らない田舎者だった。冒険者の洗礼を受けてすぐに絶望して故郷に帰るものと思っていた。

 その方が長生きできるから、あえてエイナは厳しく接しようとした。

 なのに彼は積極的にダンジョンに潜り続けて生き延びている。それでも牛頭人(ミノタウロス)には勝てないと思っていた。

 決して強者とは呼べない。けれども努力家だ。

 諦めずに戦い続けてレベル2になった事は素直に驚いた。

 危険なダンジョンに挑む冒険者を見送る事しかできない立場だから引き留めたくても出来ないし、やってはいけない。

 もう彼は立派な冒険者だ。

 

 
 

 

 ベルはレベル2になったからといってすぐにダンジョンに挑む事はせず、お礼を兼ねてヘスティアと一緒に買い物に出かけようかと考えた。

 品物を送ろうとも思ったが何がいいか分からなくて断念した。

 貴金属で喜ぶような見た目はしていないし、いつも薄着なのが気になるところ。

 知り合いの神であるミアハに尋ねたところ神の衣服は特に拘りがあるわけではなく、眷族からの品であれば何でも嬉しいと答えた。

 ただ、ミアハの眷族たる犬人(シアンスロープ)のナァーザ・エリスイスはいい加減な品は絶対にダメ、と普段はのんびりとした口調の彼女もこの時ばかりは迫力があった。

 ちなみに母達はなんでもいい、と言っていた。可能であれば食べ物だな、特に滋養強壮に良いもの、と。

 

「ベル君と買い物に行けるなんて、初めてじゃないかい?」

「そうですね。いつもダンジョンに潜ってますし。退屈させているんじゃないかと」

「アルフィア君達が居るから寂しくはないけど、男の子が居ないと張り合いがないね」

 

 ベル以外の女性人口が異様に高い。

 【アストレア・ファミリア】、【アルテミス・ファミリア】は全員が女性だ。

 男神はアルフィアが居るせいか殆ど近寄らない。精々が【ミアハ・ファミリア】だ。――団員が一名しか居ないけれど。

 その後、飲食店に行ったり小物売り場を見て回ったりした。

 そんな二人の様子を盗み見る者が居た。その者達は至る所に潜む神々。

 暇を持て余しているのか、娯楽を求めているのか、あちこちに潜んでは騒動を巻き起こす。

 街の人達は慣れたもので隠れている神を見つけても邪魔をしない。逆に住民達に対して神々は危害を加えない。手を出すとしても彼らの眷族だが。

 ベルは冒険者にしては可愛い顔立ちをしているので一部の神々に気に入られ、結構狙われていたりする。やはりここでもアルフィア効果で直接的に手を出す神は居ないが時間の問題と言える。

 ただ、最近はアルテミスが教会に姿を現すようになっているので警戒が更に厳重になった、と一部の神々の間で――

 実のところアルフィアはともかくアルテミスはベルを溺愛しているわけではない。

 

「あんなに可愛い眷族()を独り占めにしているヘスティアが憎い」

「そうだそうだ。ベルきゅんは我々の共有財産だ」

(聞こえるように言ってるんだろうけれど、ベル君って色んな【ファミリア】に断られたって言ってなかったかい?)

 

 冒険者に憧れた少年は様々な【ファミリア】の門戸を叩き、最後に出会ったのがヘスティアだった。最初の一人が彼女であればやっかみは理解できなくもないが――

 最初だろうと最後だろうとベルが行きついた先はヘスティアだ。後から文句を言われる筋合いはない。

 

 
 

 

 のんびり買い物や飲食をしている内に夕方になってきた。

 街中は住民と冒険者で入り乱れ、結構な賑わいを見せている。

 朝方に比べ中央広場(セントラルパーク)も多くの人が行き交っている。オラリオにはこんなに人が居たんだ、と思わせる。

 そこへ足元まである白い布を被った存在が通り過ぎた。

 

「えっ!?」

 

 ダンジョンにばかり行っていた為に地上の事は結構疎いベルも初めて見る手合いだった。

 顔の部分に大きめの目の模様が描かれており瞳孔部分に穴が開いていた。

 足元は裸足。それ以外は布に覆われている。

 一目で分かる怪しい人物だ。

 その人が石畳に躓いて転んだ。その時『ピポッ』と聞こえた。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「ベル君。そいつに近づいちゃ駄目だ」

「えっ?」

 

 助けに行こうとしたベルをヘスティアが服を掴んで引き留める。

 普段、地上でアルバイトをしているヘスティアは目の前の怪人物の噂や行動について耳にしたことがあった。

 

(実際に目にすると異様としか言いようがない。でも、これが噂の……)

 

 商業系【ファミリア】の主神メジェド。それが目の前に倒れた者の正体だ。

 神の間でも布の中を見てはいけない、という制約(ルール)があるほどの有名神だ。

 一応、男神だそうで。脛毛が生えているし、声も野太い。女性陣には渋い声が素敵と言われている。

 この神は見た目だけではなく目から光線(ビーム)を発射する。

 『神の力(アルカナム)』を存分に発揮しても許される稀有な神でもあった。ちなみに破壊力は本物なのでヘスティアがベルを引き留めたのもそれが理由だった。

 

「こいつはメジェド。ボクも直接見るのは初めてだけど……。結構大きいな」

(子供型の神だと思ってた)

(確かに神様の雰囲気を纏ってる)

「ピポポォ……」

「助けてくれないのかって? 自分で立ちなよ」

「神様、今の言葉分かるんですか?」

「雰囲気でね。ちゃんと理解しているわけじゃあないよ」

(……ほんとにピポピポ言ってるし)

 

 おそらくキャラ付けでそう言っているだけで本当はまともな会話が出来る筈だ。神々は【神聖文字(ヒエログリフ)】こそ扱うが言葉は一般人と同じものだ。

 メジェドはため息を一つ着くと自力で立ち上がった。少し恨めしそうな様子でヘスティア達を見てから立ち去る。

 今のはわざと転んだのかな、とヘスティアは思うもののどうでもいいか、と思考から追い出した。

 

「……何だったんだ?」

「色んな神様が居るんですね」

「オラリオの外にも居るそうだけど、あんまり関わらない方がいいよ。もちろんボクは優しい神だからね。大した権能があるわけじゃないし、いつも苦労を掛けるよ」

「そんな……。僕は神様のお陰で冒険者になれたんです」

(そうだったね。でも、あんまり頑張り過ぎない方が……。でも、彼の歩みは止めたくないな)

 

 あまり長居するとまた変な神が近寄ってきそうだから、と思って本拠(ホーム)に帰ろうとしたところ、女性冒険者が駆け寄ってきた。

 白い布を被った変神を見なかったかと。

 ベルは素直にあっちに行きました、と教えてあげた。ただ、この冒険者は抑揚のない声と無表情だったので少し怖かった。

 不健康というわけでもなく生きる気力が全く感じられない危うさがあった。ただそう見えるだけで本人は元気かもしれないが。

 

 
 

 

 ヘスティアとの触れ合いの後、またダンジョンに挑もうと準備を整えていると【アルテミス・ファミリア】の団員で半森妖精(ハーフエルフ)のランテが仲間に入れろ、と半ば脅迫じみた様子で迫ってきた。

 普段から敵視してくる相手だがベルに対して暴力に訴えてくることは無かった。

 主神と同じく水色の髪の女性冒険者は背中に弓と矢を装着していた。既に行く気満々なのは理解した。

 

「アルテミス様の弓は私のものだ!」

「……そ、そうですね」

「ランテ君。弓は借りただけだよ。もう少し待てば君の下に来るって」

 

 それに、と言いおいて『タウロポロス』はランテがもっと強くなってから渡すとアルテミスが明言していた。――今の段階でランテに弓は渡さないでくれ、とも言われていた。

 現在レベル2のランテにはまだ資格がない。レベル4かレベル5くらいになれば主神も認めるのではないかと。

 

「でも、一八階層まで遠距離攻撃が必要な場面って無いですよ」

「近接戦も出来る」

 

 鼻息荒くランテは言った。

 レベルが低いのは外での活動が多かった為だ。

 ダンジョンの中の方が効率的に【経験値(エクセリア)】を貯められる、というのはよく知られた事であった。

 他の団員達もここぞとばかりにダンジョン探索に赴き、増強を図っていた。

 

「ランテさん、僕に弓の扱いを教えてください」

「どうして?」

「アルテミス様から託された弓をどう使えばいいのか知りたいからです。その代わり貴女を仲間として迎えます」

 

 他の冒険者を相手取る時、交渉する事も大事ですよ、とリリルカ・アーデから教えてもらった。

 疑問に誰も応えないわけではなく、知りたい情報を得る為の方法も冒険者は自力で見つけて行かなければならない。

 ベルはその点ではまだまだ新人だった。

 力が無いなら頭を使え、そう言ってくるリリルカの迫力ある顔が浮かんだ。

 

「いいでしょう。どうせ短い付き合いになるのだから」

「……アルテミスが居る時とはえらい変わり様だね。他の団員()もそうなのかい?」

「それは分かりませんが……。みんな生きるのに必死なんです。お淑やかな人なんていませんよ」

 

 そう言いながらランテは一旦教会の本拠(ホーム)から引き下がった。それから数時間ほど後にやって来た彼女の装いは全く異質なものに変わっていた。

 肌の露出が多い毛皮を纏ってきた。

 猪型のモンスターの毛皮で作った戦闘衣(バトル・クロス)だという。

 野性味溢れる姿にベルは思わず見惚れた。

 

「……随分と大胆な姿になったね」

「この世で一番の狩人はモンスターです。その身を獣に変えて戦うのが私のやり方ですから」

 

 猪型なのは初めて狩った獲物だから。

 ずっと同じものを着ているわけではなく定期的に新調している。そこは女の子らしいと言うべきか。

 ランテの準備が終わっているのでベルは仕方なくダンジョンに行くことにした。今日はお休みします、と言える雰囲気ではなかったので。

 いきなり仲間に入れろ、と言われるとは思わなかった。本当であればシル・フローヴァを誘おうと思っていたがやめた方がいいかな、と思わないでもない。

 

 
 

 

 いつもやる気が出ないままベルはランテと共に通りを歩く。

 周りの住民や冒険者から見られる事が多いなと思っているとランテの格好を気にしているのかもしれない事に思い至る。

 女戦士(アマゾネス)より着飾っているとはいえ結構目立つ格好だ。

 肌の露出を嫌う森妖精(エルフ)種が大胆な格好をしているから珍しいと思われているのかもしれない。

 

(……ランテさんの武器は弓。矢は結構あるけど打ち尽くしたらどうするんだろう)

 

 近接武器は鉈のようなものと小剣。身体の各所にナイフが仕込まれていた。

 それと食料や回復薬(ポーション)類を入れた手荷物を背負っている。

 格好を除けば他の冒険者と変わらない。

 

「もう一人誘ってみたい人が居るんですが、構いませんか?」

代表(リーダー)は君だ。今回は君の命令に従うと決めた。好きにするといい」

「ありがとうございます」

「……いちいち丁寧だな、君は。そんなんじゃ舐められるぞ。少し口が悪い程度がいい」

「そういうものですか?」

「君はもう駆け出しから脱した。下手に出る必要はない」

 

 同じレベル帯の筈なのに彼女には敵わないと思わせる。

 言葉少なめに話していると『豊穣の女主人』の前にたどり着いた。

 冒険者になってから数回しか訪れた事は無く、いつか他の冒険者のように利用してみたいと思っていた酒場だ。

 まだ一四歳なので酒は早いかな、と。

 この世界では一五歳から大人と見做されるようで、一見すると子供のように見える者が酒を飲むのも珍しくない。――その者が小人族(パルゥム)だとしても。

 朝方なので客は少ないが軽食程度は出せる、と森妖精(エルフ)の師匠であるリュー・リオンから聞いていた。

 酒場が本格的に活動するのは夕方から。朝は店の主人が居ない時が多い。代わりに女給達が仕込み作業や掃除をしている。

 ベルは店の中に入り、周りを見回すと目的の人物である女性を見つけた。

 

「おはようございます」

「おっ、白髪頭がやってきたニャ」

「まだ店はやってないよ」

 

 他の女給達が掃除を放ってベルの下にやって来た。

 店内は広く、結構な数の女給の姿が見えたがリューの姿は無かった。代わりに白髪の女給が奥の方に居た。

 見間違いでなければメーテリアだ。

 普段、修道女(シスター)のような事をしている以外何をしているのか分からなかったが酒場で働いていたとは思わなかった。

 

「んっ? ああ、そうか。メーテリアの子供って君の事だったか」

「……お母さんがお世話になっているみたいで」

 

 母は奥に引き込んだまま姿を見せない。

 同僚に聞けば働いてみたかった、という理由で雇われたそうだ。

 主人であるミア・グランドとは顔見知りで、すんなりと雇用契約が結ばれた。

 

「あの、シルさんは居ますか?」

「居るよ。ほら、お前らサボってないで仕事しな」

 

 威勢のいい人間(ヒューマン)の女給が仲間を蹴散らしながら台所に居る女性に声をかけた。

 薄鈍色の髪に灰色の瞳。人懐っこそうな顔立ちの人間(ヒューマン)

 通りを歩いていた時に声を掛けられた事があったがそれっきりの間柄だ。

 冒険者になりたての頃に応援された事を思い出す。

 

「はいは~い。あら、ベルさん。おはようございます」

「おはようございます」

「私に御用ということですが……。デートのお誘いですか?」

 

 にっこり笑顔のシルがそう言った。

 誰とでも仲良くなれる才能の持ち主と言われる彼女は確かに話しやすい人物だった。

 勿論ベル以外にも気軽に声をかける。そんな人が冒険者とはベルには思えなかった。

 

「いえ。ヘイズさんからシルさんの……」

 

 と、ヘイズの名を出した途端に普段は笑顔を絶やさないシルの顔が暗く沈んだ。極寒と言っても差し支えない程の冷徹さを帯び始めた。

 レベル2になったばかりのベルをして強者を前にしているような。

 

「あの人から何を言われたのか知りませんが……。それで?」

「えっ? えっと、ダンジョンに誘おうかなと……」

「な~んだ、やっぱりデートのお誘いじゃないですか」

「……モンスター討伐や探索をするんですよ」

「分かっていますよ。私、耳は悪くないんですから」

 

 今日のシルは物凄く怖い。普段は何でもない笑顔が今はもうその通りに受け止められない。

 女性をいきなりダンジョンに誘うのはやはり失礼だったかと後悔したが言ってしまったものはやり直せない。

 元々ダメもとで来ているのだから断られても仕方がない。

 

「そうですか。ダンジョン……。私は構いませんが……二人きりというわけにはいかないですよね?」

「今日はもう一人付いていきますから三人ですね」

「……それは残念です」

 

 少しがっかりしたシルだが探索自体は構わないと言った。

 それから店の主人に許可を取るのかと思われたが黙ってついていく事にしたらしい。同僚たちがサボりだニャと騒ぎ出したが彼女はどこ吹く風で無視した。

 用意があるからとベルに伝えてシルはどこかに行ってしまった。去り際に待合場所にダンジョンの入り口を指定したのでベル達は先に向かう事にした。

 

 
 

 

 ずっと大人しくかったランテは待っている間、眠くなってきたとぼやいた。

 それから軽く飛び跳ねたりしながら戦闘の準備をしている内に目が覚めてきた、と報告する。

 今日はリリルカ達を伴っていないので深い場所を目指す気は無く精々十階層辺りにしようと思った。

 気掛かりはシルだ。冒険者だと聞いたけれど、それが本当かどうか確認する必要がある。

 自分でもよく誘おうと思ったな、と。

 

(……冒険者になって色んなことを経験したからかな。怖くてたまらないモンスターと僕は戦い続けてきた。勝てないと言われていた牛頭人(ミノタウロス)とも)

「クラネル君。彼女が来たようだ」

 

 ランテの言葉で思考の渦に嵌まる前に現実に戻れた。

 現れたシルは冒険者風の装備を身にまとっていた。

 ベルと同じく軽戦士風。

 動きやすさを追及した様な姿だった。

 ランテと違い肌の露出は抑えられており、背負い袋(バックパック)を背負っている以外はしっかりとしていた。

 

「一応、聞きますけど……。シルさんは冒険者なんですよね?」

「あまり冒険してませんが……、そうだと言えばそうですね」

(クラネル君と同じナイフ使いか。……強そうには見えないけど、身のこなしに違和感はないな。……んっ? 今、遠くで誰かが盛大に咳をしたような……)

 

 ランテは天高く(そび)える『摩天楼(バベル)』に顔を向ける。

 【ステイタス】は秘密です、と言うシルにどこまで潜れますかと尋ねた。

 

「ベルさんが守ってくれれば一八階層辺りまで行けるかもしれません」

「そこまでは行きませんが……。特に問題が無ければ十階層を目標にしてみましょうか」

「いやん、怖い」

 

 可愛らしい声で恥じらうシルにベルは苦笑を浮かべる。

 しっかりと装備して怖いもないだろう、と。

 とはいえ、一気に(くだ)らずのんびりと進むことにした。

 最初の階層にてシルの戦い方を見せてと頼んだ。すると笑顔から無表情に変わり、雰囲気も冷たくなる。

 冒険者としてのシルの姿はとても怖い。いや、冷徹な冒険者そのものと言えた。

 小鬼(ゴブリン)に何の躊躇もなく向かって行きナイフを一閃する。

 

(あまり苦戦しなかった)

 

 鮮やかというわけではないけれど躊躇いが無い分、熟練した冒険者に見えなくもない。ただ、動きはそれほど早いわけではなかった。

 淡々と作業のようにこなし、魔石を拾って戻る頃にはにっこり笑顔に戻っていた。

 

「えっと、お見事です」

「……ベルさん。言葉の最初にえっとが多いですよ」

「……すみません」

 

 謝りつつシルは少なくとも駆け出しではないことは分かった。

 戦闘中は冷徹な冒険者だが、それ以外はいつもの優しそうな顔に戻る。どちらにしてもダンジョンの中で油断しなければ文句はない。

 その後、ランテも戦い始めて下に向かう。

 苦戦するかと予想されたキラーアントの群も難なく突破した。

 

「シルさん。意外とお強いんですね」

「そうですか? ベルさんの方が強いと思いますけど……。つい先日まで駆け出しだったのに」

(どうやら三人共レベル2相当の強さがあるみたい。私も頑張らねば……)

 

 順調に攻略を進め、気が付けば霧が立ち込める階層についていた。

 シルの強さも分かってからベルは防りから攻めに転じた。ランテも適度に遠距離攻撃で支援してくる。――放った矢はちゃんと回収していた。

 全員がレベル2なら苦戦は無いと思い、ランテも支援を中止して接近戦に移行し始めた。

 シルはナイフによる斬撃だがベルより大振りな攻撃が多い。

 

(……くっ、ここから攻撃が通用しなくなるか)

(シルさんの動きがモンスターについていけてない?)

 

 ベルが適度にシルの支援に回り、モンスターを討伐していく。

 レベル2ほどだが戦闘経験はベルに軍配が上がるようだ。

 実のところシルは魔法職であり『力』はレベル1と大差ない。それにより苦戦するはずのないモンスターに手間取っていた。

 

「ぜ、全然余裕ですけど」

「物凄い汗出てますが……」

「……冒険者の戦い方によって同じ強さでも違いが出るということですね。貴女の場合、『能力値(アビリティ)』があまり増えていない内に『昇格(ランクアップ)』したのかもしれません」

 

 同じレベル2でも『昇格(ランクアップ)』前の『能力値(アビリティ)』をどれだけ増やしたかによって違いが出る。これはベルが師事するアンティリーネが良く言っていた。

 シルはギリギリの数値で『昇格(ランクアップ)』したのかもしれない。

 条件の一つに『能力値(アビリティ)』が500に達していればいい、というものがある。もし、『力』以外ものであればシルが苦戦するのも理解できるというもの。

 

「苦戦する、ということは達成後の【経験値(エクセリア)】を多く溜められる可能性がある。ここは踏ん張りどころですよ」

(……そうなんでしょうけれど。……なんで私、ダンジョンに潜ってしまったんだろうか)

 

 普段は人当たりの良い給仕として働いていた。その仕事に満足していたわけではないがベルを前にすると怒りが湧く。

 その沸々(ふつふつ)とした怒りをモンスターにぶつけていくと楽しくなってきた。

 心持ちは死ね、ベル・クラネルだった。

 シルがどうしてそのような陰鬱な気持ちを抱いているのか、白髪の少年には伺い知れない。

 勢いづいたシルに気圧され、気が付けば牛頭人(ミノタウロス)が出てくる階層に来てしまった。

 行きますよ、ベルさんと言われれば従うほかない。何故だが逆らえそうにない圧力が彼女にはあった。

 ランテはまだまだ余裕があったので付き合う事に(いな)は無かった。

 不気味な笑いを上げつつシルはモンスターに突撃し、あっさりと返り討ちに遭った。

 

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