ダンジョン・フラグメント   作:トラロック

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28 サトル・スズキ

 利き腕を失ったアルフィア・クラネルの肉体がみるみる再生していく。その過程は結構気持ち悪い光景だった。

 魔法の効果である程度光りに包まれているとはいえ、じっくり観察したいと思わせない。

 時間にして一分程。驚異的な再生速度に白髪の少年ベル・クラネルや金髪金目のアイズ・ヴァレンシュタインも驚きを現した。

 

「我々の治癒魔法をかなり凌駕していますね」

 

 呑気に感想を零すのは治療師(ヒーラー)のヘイズ・ベルベット。

 切断された四肢の接合は彼女の魔法でもできるが再生はそれほど優れていない。特に喪失した四肢を完全に再現するのはレベル4の彼女でも至難の業だ。

 異邦人の治癒魔法はそれを簡単に(おこな)う事が出来るらしい、というのは聞いていた。そして、実際に目撃しても信じられない。

 

(再生出来ても回復量というものがあるから異邦人とて無敵ではない、んでしたか。それにしても位階魔法は凄い。例え画一的だとしても)

 

 再生を終えた手は多少の(しび)れがあったものの動かす事に支障は無さそうだった。

 止むを得ないとはいえ腕を失うのはアルフィアとて平静でいられない事態だった。だから、今はとても安心している。

 ついでにベルに手を(さす)らせ、とても落ち着く、と優しく声をかけておいた。

 

「そういえば……。アルフィアお母さんはどうしてここに?」

「んっ? リアへ弁当を届けに、な」

 

 毎日のように一八階層に向かうメーテリア・クラネルにアルフィアは頭を痛めつつも彼女の為に毎回お手製の弁当を作り、ダンジョンに潜っていた。

 幼いベルの為にザルドの下で料理を学び、今では飲食店を開けるほどの腕前だとか。

 改めてベルの側にあった穴に顔を向ける。それは未だに存在し、火は既に治まっているが脅威はまだ去っていない事を意味していた。

 穴自体は只の通路で魔法でも消し去れない。――今の自分達の魔法では無理だと判断した。

 

(向こうはこちらが見えているのか。【剣姫】に攻撃を仕掛けたような……)

「攻撃が止んでいる内にお前達は下がった方がいいのではないか?」

 

 そう言いつつアルフィアも妹の下に行く用意を整える。

 どの道、未知の脅威を払拭するにはマーレ・ベロ・フィオーレの到着を待つしかない。それと利き腕の痺れは治まり動かす事自体に支障がない事も確認できた。

 

(どうでもいいことかもしれないけれど……。【静寂】が普通に場に馴染んでる)

 

 黒髪の猫人(キャットピープル)であるアナキティ・オータムは階層主の部屋で(たむろ)する様子に呆れていた。

 リリルカ・アーデは安心し、ヘイズは腕の調子はどうですかとアルフィアに尋ねている。

 複数の【ファミリア】が実に和やかに過ごすには(いささ)か風情が無いけれど、悪い気はしなかった。

 

 
 

 

 レフィーヤによって連れてこられたマーレは早速ベルの側に駆け寄り穴の調査に入った。

 【ロキ・ファミリア】ではベルは敵扱いされていたがマーレにとってはどうでもいい存在に映っていた。それが前に自身を傷つけた相手だとしても。

 動いてみてください、などの簡単な指示をする以外はいつもと変わらない。敵対行動に出るわけでも睨みつけるわけでもない。

 アルフィアはいくつかマーレに説明した後、立ち去って行った。ベルも気になるが妹も無視できないとして。

 

(……この人がマーレさん。僕より年下に見えるけど黒妖精(ダークエルフ)だから年上の可能性も……)

 

 小柄で気弱な姿だが前にアルフィアから私より強いぞ、と聞いていた。

 彼女は多くの異邦人と触れ合ってきたらしいが詳細は教えてくれなかった。というよりベル自身にそこまで興味が無かった。

 あまり詮索すると機嫌を損ねるかもしれない、と。

 迷宮都市(オラリオ)というかこの世界には黒妖精(ダークエルフ)という種族がおり、異邦人側は闇妖精(ダークエルフ)となっている。種族的な差異は殆ど無い。

 

(……この穴が『特異点(シンギュラリティ)』……。彼だと思っていたけれど、こうして見ると不思議です。異空間収納(インベントリー)のようで違うし……。あと、どうやって閉じればいいかな)

 

 手袋を外し、素手で穴に触れてみたが消滅する事無く向こう側の大気を感じる事が出来た。少なくとも穴は通路であって攻撃手段ではない。ただし、閉じれば手は千切れるだろうと予測する。

 並行世界に渡れるのだから多次元に手を突っ込んでも無事であることは予想出来た。けれども、それは誰でもできる事ではない。

 

(……これは。()()の神様案件かな。他の世界についてどうこう出来るわけもないし)

 

 うーんと唸るマーレ。

 今のところ穴からの攻撃は無い。

 これが純然たる魔法やスキルによるものであれば対処も出来ただろうけれど、それ以外となるといかにマーレとてお手上げであった。

 自分に出来なくともできる人に頼めばいい。そう思考を切り替えると一七階層の入り口から冒険者らしき者が姿を現す。

 一八階層の出入り口は修復中だがアルフィアが出て行った以降は誰も来ていない。

 

 
 

 

 その者は組んだ外套を纏い、魔導士(ウィザード)の武器である杖を持っていた。

 杖に特徴は無く、武骨な木製と言ったところ。

 人物は男性であり、人間(ヒューマン)。年の頃は二〇代後半から三〇半ば。

 黒髪黒目。オラリオの中では極東出身に近い。そんな人物が一人で歩いていた。

 

「通っていいですか?」

「はい、どうぞ」

 

 部屋の半ばに(たむろ)していたベル達を気遣ってか、会釈しながら通り過ぎようとしていた。

 この部屋自体封鎖していたわけではないので他の冒険者が来てもおかしくないし、通る事に何の問題も無い。

 戦闘の邪魔さえしなければ罰則も無い。

 ただ、ここに神が居れば問題だ。

 基本的に神はダンジョンに入る事をギルドや神々の間で制限されている。完全な禁止にしないのは出来ないからだ。あの手この手の策を弄し、侵入する(やから)が一定数居るので。

 

(……ああ、黙って通り過ぎたいのに)

 

 男性はため息をつく。

 その理由はマーレが臣下の礼を取ったからだ。

 そう。彼こそマーレ達が神と崇める至高の御方その人だった。ただし、神ではない、が神の如き存在なのは間違いない。

 見ようによってはみすぼらしい男性は無視して足早に立ち去ろうと思っていたがマーレの様子に気付いた冒険者達が騒ぎ出してしまった。

 タイミングが悪い、と男性はまたため息を零す。

 

「えっと、その子供は具合が悪いのかな? でも、僕はしがない旅人……。お気になさらずに」

「……充分怪しいです」

 

 レフィーヤが目蓋をすぼめながら男性に言った。

 一人でダンジョンに潜る冒険者が居ないわけではないがマーレの態度は彼女達を驚かせるには充分すぎた。

 ヘイズも思わず彼に顔を向けて頭から足元まで眺めたほど。ただし、ベルはよく分からない事態に少しだけ戸惑った程度。

 

(……まさかこの人が異邦人の主……。いやいや、どう見ても普通のおじさんにしか)

(変に慌てるのは癖みたいなものだけど……。失敗したな。マーレが居る事は知ってたけど、速攻で臣下の礼を取られたら俺、何も言えなくなる)

 

 マーレはまだいい。これがナーベラルであれば原住民に対して悪口雑言を振り撒いて事態をより混沌とさせてしまうだろう。

 久しぶりに会う事になったマーレは心優しい子供妖精(エルフ)で安心した。聞けば現地の住民とも(いさか)いは――殆ど無いという。

 立ち去ろうとするとマーレが瞳を潤ませた顔を向けてくる。言葉を掛けない分、心に訴えかけてくる。

 

「本当にダンジョン探索しに来ただけなんだけどな。……俺、本当にただの旅人だよ」

「ただの旅人はダンジョンに潜りませんよ」

 

 と、レフィーヤが正論を言った。

 ふう、と息をついた男性はその場に項垂(うなだ)れる。

 哀愁漂う謎の男性に冒険者達は戸惑う。その中でレフィーヤは元気だった。――何故か。

 彼が人間(ヒューマン)だからかもしれない。

 

 
 

 

 移動する前にベルの側にある穴の処遇をどうにかしなければならない。それを無視して移動する事は出来ない。

 マーレは男性と出会う事は想定していなかった。それゆえに戸惑った。

 至高の御方がダンジョンに探索するのであれば付き従うか邪魔をしない。であれば今は迂闊に臣下の礼を取って邪魔をしてしまった。そう思うと冷や汗が止まらない。

 選択を間違えた。姉に怒られる。

 なにより彼はただの至高の御方ではない。

 

「面倒ごとですか?」

 

 と、男性は辺りに居る冒険者に尋ねた。すると何人かは頷いた。

 そんな気はしていたが一応、マーレにも声をかける。今更無視も出来ないし、彼の働きの邪魔にならない範囲になればいいな、と男性は思う。

 簡単にだが事情を聞いて謎の穴に顔を向ける。何らかの時空の歪みの様なものがある事は分かっていた。風景が歪んでいるので他の者が見ても分かっただろう。

 問題はそれをどうするか、だ。

 

(……あれ? それってうちの神様案件じゃあ……。負のエネルギーによって空間に穴を空けるって普通じゃないし。状況から負のエネルギーなんだろうけれど、魔法でどうにかなるかな?)

 

 穴の大きさは数十(セルチ)。人が通るには狭すぎる。――マーレが確認したところ無理をすれば皮膚が裂ける事を確認した。

 位階魔法にある次元転移のようなものは大抵術者が通れる程の大きさになる。攻撃のために小さな穴を空間に空けておくことはしない。まして並行世界や多次元に向けてなど男性に覚えがない。

 そもそも並行世界だと仮定しても容易に移動は出来ない。それが出来るのは男性の知る中ではアリスかキーノ・ファスリス・インベルンだ。

 今回はベルと同期しているらしく、彼が動くと穴も一緒に移動する。

 

(並行世界のベル・クラネルが次元に穴を空けて攻撃してきた、というのが今出ている仮説か)

 

 今もまだ穴があり消える気配がない。

 マーレが頭を突っ込んで向こうの世界を覗いたところ、焼け野原が広がるばかりで人の気配は無かったという。それと現在位置はこちらと同じ階層主の部屋だった。

 魔法であれば効果時間があるし、仮に永続化(パーマネンシー)していても消せないわけではない。

 もし、こちらの世界のスキルや魔法の(ことわり)であれば男性にも解決方法が浮かばない。――あったとしても強引なものだ。

 

(一つずつ試せばいいか)

「ここは定番の次元封鎖(ディメンジョナル・ロック)

 

 懐から巻物(スクロール)を取り出して使用してみた。

 これは転移系を妨害する魔法だ。

 魔法が発動した途端に穴が掻き消えた。試しに該当箇所に触れても何も変化は無い。

 

「………」

(……えっと、あっさり解決しちゃった……。え、これでいいの? 他の人、茫然としちゃってるけど……。俺、知らないよ)

「……えーと、本当に消えたか確認しないとな~、なんて……。次元の目(プレイナーアイ)

(……あ、これ消す前に使えば良かった)

 

 皆に注目されると男性も調子が狂う。まして今まで注目されるような暮らしをしてこなかった。

 マーレは羨望の眼差しを向け、それ以外は一つ一つに驚きの声を上げる。

 現地の人は仕方が無いとしてもマーレの反応もまた久しぶりな気がした。そして、以前であればこのような失態に対し即座に解消するパッシブスキルが発動したものだが今はそれが無い為に羞恥心で居た(たま)れない。――ある意味、とても新鮮な気持ちで余計に気恥ずかしい。

 

(消したら何も見えない。……見えてるのはこちらの様子だけ。急に働くと駄目だな。適度な運動をしないと判断力もすぐに鈍る)

 

 とりあえず危険は無いと伝えた。

 白髪の少年に悪い事や嫌な事を思い浮かべてみて、と言ってみた。それで何も起こらなければ当分は大丈夫じゃないかな、と思う事にした。

 

 
 

 

 根本的な原因が解消されたわけではないのは男性も承知している。だが、迂闊な行動も取れない。

 彼を起点にする能力ならばまた穴が現れる可能性が高い。それが彼のスキルか、向こう側のスキルなのか分からないけれど。

 ただ、今の流れだと彼らにしばらく付き合わないといけないような気がした。長年の勘というか経験というか。

 

(彼の出会いの縁はこれほど強いのか。茶釜さんが警戒する理由も理解できる。ヘロヘロさんともいずれ会いそうだな。しかも今年中に。相対距離的にも近い位置に居るわけだし。それよりも綺麗どころがたくさん居るな。男女比がおかしい)

 

 男性はベル達を見回した後、唸った。

 こちらの世界の()()()()と早々に出会い、少し戸惑った。

 冒険者に会う事自体は問題ない。誰にも知覚されないような生き方は息苦しい事この上ない。

 多少の些事、とは言わないがある程度の面倒ごとは想定内としても規模が大きいものとなれば色々と事情が変わってくる。

 異邦人として現地の者とあまり関わり合いを持ってはいけない、という規則は無い。触れ合いに関しては自由だ。

 ならば何が問題かと問われれば――面倒ごとが肥大するからだ。それもまた経験則だ。

 

「……すみません。可愛らしいお嬢さんに見つめられて少々気恥ずかしくなってしまって」

「いいえ」

「……急なお願いを聞き届けて下さってありがとうございます」

「いいえ、こちらこそ。でも、原因が解消されたわけではないと思います。また穴が現れるかもしれません」

 

 そんな事を離しつつ、こんな殺風景な場所に居るのもなんですし、と女性陣に促してみた。

 男性としても一八階層に行ってみたかったので。特に急ぐ理由は無かったけれど。

 社交辞令を済ませた後、移動する事にした。元々アイズとベルが稽古する為に来ただけで殺し合いの様な物騒な話しは無かった。

 周りに居たのは見物人で何か起こればすぐに駆け付けられる、ただそれだけの集まりだった、と男性に説明する。

 移動するにあたって問題の穴は出現せず、ベルも移動に支障がない事を確認出来て安心した。そうでなければトイレにも行けなくて困ってしまうところだった。

 いや、それよりも重要な事があった。

 男性の後ろを付いていくマーレが嬉しそうにしている状況だ。

 普段は無表情で会いそうも良いとは言えないが先ほどまでの彼とは思えないほどの変貌ぶりにレフィーヤ達は驚いた。

 ベルとリリルカを除けば深層攻略や【ファミリア】の増強などで顔合わせをしていた為に知っているが、こんなに嬉しそうな表情を見た事は無かった。

 どうみてもただの人間(ヒューマン)のおじさんに子供の黒妖精(ダークエルフ)がついていっているようにしか見えない。

 

「そういえば、先ほど旅人とおっしゃいましたがここは冒険者が潜るダンジョンです。単なる興味でここまで来たんですか?」

「はい。以前からダンジョンに興味がありまして。……もちろん、冒険者がモンスターを倒して潜るところだいうのは勉強してきましたよ。……まあ、こっそり入ったので後で怒られるかもしれませんが……」

(無断で侵入する者が絶対に居ないとは言えませんが……。ギルド職員に絞られるのは間違いない)

「ダンジョンで得た物資を迷宮都市(オラリオ)の外に勝手に持ち出さなければお小言で済みますよ」

 

 では、得た物はギルドに提出します、と素直な様子を見せているが、胡散臭い事には変わりない。特にレフィーヤは警戒していた。

 アイズはほぼ無言。特に男性に興味があったわけではないし、先ほどの穴の事がまだ気になっていた。

 ヘイズは興味深そうに男性を後ろから見つめており、話しかける機会をうかがっていた。

 残りはレフィーヤの会話が終わるのを待っている。

 いくつかの会話を済ませた後、【ロキ・ファミリア】の拠点に向けて歩き出す。その前に男性は広い空間に感動した。

 

(こんなに見晴らしのいい場所がダンジョンにあるとは……。しかも結構広い。天井が抜けないのは丈夫な地盤のお陰か)

 

 殺風景な場所から緑豊かな階層に移り変わったので。

 天井には一面水晶が敷き詰められ、程よい光りが満ちていた。そして、中央には下層に続く出入り口があるのだがそこには巨大な大木がある。その根元には無数の建物があって、そこが『宿場街(リヴィラ)』だった。

 岸壁から水が流れ落ち、泉と川を作り森もある。そして、どこからか迷い込んできたのかモンスターも徘徊しているがこの階層自体からモンスターが生まれる事は無い。

 

(こんなに冒険者が集まっていると壮観だな~。獣人も森妖精(エルフ)も居るし、他に気になる種族は……居ないようだ)

 

 案内されながらあちこち見渡して感心する男性。側で聞き耳を立てていたレフィーヤとアナキティは謎の存在である『御方』が想像と違っていて戸惑っていた。

 彼らは神と対等に話せるような超常の存在である、と。それが蓋を開けてみればただのおじさんだった。

 神の姿も大概だがこんなものなのかな、と思わないでもない。

 偶発的な事故の様なものでベル達とは別れた方がいいと判断したアナキティは自分達の拠点に戻っていい事を伝える。――団長の側で騒動が起きては困る、というのもある。

 ヘイズが居るから何があれば連絡の一つくらい寄こす――かもしれないし、来ないかもしれない。来なかった場合は諦める。

 そうして謎の男性を【ロキ・ファミリア】が構築した大きなテントに案内する。当然のようにマーレも付き従った。

 

 
 

 

 渋りもせず男性は素直に応じ、団長のフィン・ディムナ達幹部が居る場所にやってきた。

 団員達が忙しく動き回る中、様々な情報や命令を下していた小人族(パルゥム)の彼は頭痛を覚えた。

 アイズとベルの鍛練で何かあるのでは、と親指からの警告が僅かばかりあったばかりだ。それが意外な大物を引き連れる結果になるとは思わなかった。

 見た目はただのおじさん、とレフィーヤが称したがフィンから見ても平凡な人間(ヒューマン)にしか見えないし感じない。

 神であれば何らかのオーラがあるのだが男性には無かった。本当に御方とやらなのかさえ――

 丁重に出迎えられた男性は団員からお茶を勧められ、どうもどうもと言いながら受け取った。その様子からも人当たりが良く超常の存在とは思えなかった。

 フィンの他にガレス・ランドロックとリヴェリア・リヨス・アールヴも同席していたが初見の相手である事は確認した。

 

「ようこそ。今、深層攻略の為に慌ただしいけれどよく来てくれた」

 

 そう言うとマーレの表情が少しだけ険悪に変わる。ただ、黙って男性の側に佇んだ。

 一息ついた男性は自己紹介した方が良いですかね、と下手に出る様な態度で言った。それに対し、フィンは出来れば、と苦笑気味に返礼する。

 

「俺はモモン・サトル・スズキ。ただの旅人です」

「……では、モモンと呼ばせていただく。僕はフィン・ディムナだ」

「ええ。初めまして、フィンさん」

 

 テーブルを挟んでいるために握手はしなかった。出来なかった、というのが正しいかもしれない。

 テントの中はかなり広く、荷物を入れた箱がいくつも積み上げられ、書類仕事の為の机や食事用のテーブル、椅子も完備されていた。それらを一八階層に持ち込むのは一般の冒険者には難しい。

 それらを成せるのが【ファミリア】規模での探索ならでは。

 

「そちらのマーレ殿はモモン殿とはどういう関係なのか、聞いてもいいだろうか?」

「知り合いの子供です」

「はい」

 

 モモンがそう言うとマーレはその通りと言わんばかりに頷いた。

 フィンを含めた者達が一斉に疑問符を浮かべる。

 

「……と言っても信じてもらえそうにないですよね。すみません。隠しても仕方が無いのですが……、マーレは皆さんに失礼な事や態度を見せていませんか?」

「い、いいえ。とても助けられていますよ」

「そうですか。今まで放っておいたのでちゃんと元気でいるのか気にしていたので」

 

 と、モモンが言うとマーレは頬を赤らめて恥じらった。

 その様子に誰もが驚き唖然とする。

 冷静沈着。無感動とも評されたマーレが年相応――外見的な意味で――に表情を変化させた。

 

「で、旅人の俺に何か聞きたそうにしているようですが……。御覧の通りダンジョンに興味があって潜っただけで大した情報は無いと思いますが……」

 

 フィンが顔を押さえて唸った。意外な状況にさすがの彼も平静を装うのが難しくなった。(むし)ろ、何なんだこの状況は、とよく分からない怒りを表しそうになった。別にモモンが悪いわけではない。

 

(……あのフィンが困惑するとは)

(これは珍しい。フィンが動揺しておる)

「あっ、そうか。マーレも座りなさい」

「は、はい。失礼、します」

 

 モモンが命じればマーレは素直に従う。その様子を見てモモンがただの旅人ではないのは明白だ。

 マーレは指示に従うが従順というわけではない。自分が与えられた仕事以外は絶対にしようとしない。ある程度の自由意志に基づいて行動してくれる以外は淡白であった。

 

(相手が喋りやすいように誘導できているかな? 久しぶりに違う人種との会話だもんな。失礼に当たらなければいいけれど)

 

 モモン本人は意外と楽しんでいた。

 全く会話してこなかったわけではないが現役の冒険者の話しには前々から興味があった。

 部下達の報告より自分の足で出向いて聞いてみたい、という気持ちが沸き立った。

 待望の会話は今のところ悪くなく、相手を怒らせていないかが心配だったが――

 

「本来ならちゃんとした席を設けるべきなんだろうけれど……。いずれ色々と話しを聞かせてもらいたい」

「あまり詮索されるのは困りますが……。ずっと秘匿したままというのも不健康ですよね」

「まずは……。そちらのマーレ殿達異邦人が言及してきた『御方』とは貴方のことか?」

「……まあ、そうですね。否定しようがない、みたいですし」

 

 マーレが付き従う存在は多くない。であれば自ずと答えが出る。

 モモンも聞かれるだろうな、とは思っていた。

 少なくとも自分達が現地の者より優れた能力者である事を理解していたので。

 

「といっても彼らは俺達を慕ってそう呼んでいるだけで、すでにその呼称は形骸化していますよ。えっと、異邦人の王みたいな存在というんですか? 確かに上位者のような者は居りますが……。みんな自由意志に基づいて活動しています。それぞれに統率者が居て、それらを彼らは御方と呼び慕っているだけ……」

(……つまり既に王のようなものは居ないという事か? 見た事が無い相手だ。そういう事もあり得るだろう)

「私からも質問いいだろうか?」

 

 と、黙っていたリヴェリアが手を上げた。

 目線の厳しさからモモンは思わず萎縮する。

 敵視とまではいわないが堅苦しそうな相手だな、と。

 

「どうぞ」

「位階魔法についてお前達の認識が……」

 

 リヴェリアがお前達と言った瞬間にマーレから物凄い殺気がぶつけられた。

 それはフィン達の口を閉じさせるに充分な圧力となった。

 尋常ならざる力の本流に対し、モモンは涼しい顔でマーレに大人しくなきゃダメだぞ、と言ったら治まった。

 

「すみません、うちの子が失礼なことをしてしまったようで」

 

 平然と謝罪するモモンにフィンは僅かばかり戦慄する。

 見た目はただのおじさんの筈なのに今の殺気に気付かなかったのか、と。

 鈍い人間(ヒューマン)ならあり得るか、と疑問を抱く。

 

「それで位階魔法ですか? 誰か取得されたんですか?」

「……ああ」

「魔力がある世界なら位階魔法を取得しても問題は無い筈ですが、何かありましたか?」

(……魔力が無い世界もあるのか?)

「いいや。この魔法はそもそも何なのか、と思ってな」

「根源的な疑問として魔法が存在する。それは俺にとっても不思議でなりません。昔からあるからあるとしか……。こちらの魔法は個人の資質に左右されるそうで、教えてと言っても無理なんだそうですね」

「そうだな」

 

 相手に伝授できる位階魔法はその点で異質と言える。

 異邦人が求めればリヴェリアも色々と教えられるのだが【ステイタス】に左右される事もあって、伝達がとても難しくなっている。

 

「……恐らく俺達異邦人の目的が知りたいのでしょうけれど……。世界征服と言ったら信じそうですね」

「……あまり笑えないな」

(……あれ? 失敗した? 割りと聞かれる疑問だったと思うんだけど……)

「異邦人は既にこの世界に蔓延っている異分子だ。世界を取ろうと考えていてもおかしくない。ただ、千年近く潜伏していた理由が分からないだけだ」

「……それは多分、神様が千年くらい大人しくしろって言ったからですよ。潜伏という言い方も(あなが)ち間違ってはいませんが……」

(本当に千年も大人しくすると誰が思うか)

(……って考えていそうだな。俺はよく知らないけど、そんな事を言われたからマーレ達に任せて休眠してたんじゃなかったっけ? 交渉役がナーベラルだったからな……。相当ひどいことになっていても驚かない)

 

 モモンがフィン達の質問に素直に答えているのは時期的なものだ。

 今日明日の違いこそあれ、説明する気でいた。

 自分達異邦人が何のためにこの地に居るのか、疑問を持つ者に答えてやるのも文化交流の一つ。

 元々現地民と仲良く付き合いたい気持ちがあり、彼らを征服しようだなどと思ってはいない。

 それとフィン達は知らないがモモンは本当に旅人だった。この地に降り立った至高の御方という者達の仲間である事は間違いない。

 

 
 

 

 フィンとて真偽を判断するには材料が足りないと思っている。

 それでも貴重な証言を得られたのは僥倖だった。少なくとも正体不明の相手の輪郭がはっきりしてきたのだから。

 問題はマーレの態度だ。先ほどから冷たくなっているように感じられる。

 

「これ以上の質問は僕の命にかかわりそうなんで控える事にするよ」

 

 つい本音が漏れてしまった。

 それに対してモモンは微笑みながらまだ少し聞いてもいいですよ、と言った。

 

「交渉事に於いてマーレは大人しい方なんですけどね。駄目だよ、相手を威圧しては」

「も、申し訳ありません」

「アウラが居ればもっと騒がしかっただろうけれど、今どこに居るか分かるか?」

「い、いいえ。連絡してもよろしい、ですか?」

「呼ばなくていいよ。皆には内緒で来ているし、邪魔しちゃ悪いからね。それで……、異邦人について他に気になる事はありますか?」

「僕個人の興味からだが……。モモン殿はどれくらい強いのかな、と」

「そんな大層な強さは持っていませんよ。肩書が偉そうなだけです。……そうですね。マーレよりは強いかもしれません。特に魔法分野では。物理では負けると思いますけど」

「そそ、そんなことはありません! モモン様はとってもお強いです」

 

 勢い込んでマーレはモモンを褒め称えた。

 あまり強いと言われると現地民を怖がらせるだけなので控えめに言ったのだが、意味が無かった。

 

(……待て。マーレ殿は第十位階を扱う筈だ。それより強いとはどういうことだ)

 

 リヴェリアが思わず席を立った。

 魔法に関して森妖精(エルフ)はタダならぬ執着を見せる。王族(ハイエルフ)である彼女もその例に漏れず。

 フィンは少しだけ驚きガレスは少し呆れた。

 

「とにかく、異邦人は皆さんが思っている程大した存在ではありません。無力な一般人も居ればマーレのような強力な能力を持つ者が居る。後者の人口は一〇〇人未満。他には何がありますか?」

 

 モモンはフィンにまだ質問してよいと促した。

 個人的な情報は黙秘させてもらいますが、と告げて。

 

「やはり目的だろうか」

「裏があったとしても素直に言うわけが無いし、言ったところで信じてくれるわけでもない。……であれば見て聞いて確かめる以外に無いのでは?」

「そうだね。これは不毛な問答だ」

「我々とて不変ではありません。千年も経てばどこかが滅亡している。維持するにも人材が足りない。文化が廃れれば滅ぶ。だからこそ様々な世界の文化が必要になってくる。このオラリオも興亡を繰り返して今がある筈です」

 

 正論ではあるが異邦人の真の目的は別にあるのではないかと思ってしまう。

 信じきるには材料が足りない。それは何故か。

 彼らを真に理解しようとしなかったからだ。

 神は地上に娯楽を求めてやってきた。では、それを自分達は信じているのか、と言われれば否だ。

 

「異邦人側の世界は既に滅んでいる、と聞こえるね」

「部分的にはそうですね。全てを満遍なく平均的に扱うのはもはや不可能……。俺ですら無理だと言わざるを得ない。それでも滅び切っているわけではなく、生きている部分の延命措置を延々と(おこな)っているようなもの」

「そう聞くとモモン殿は相当な長命種族ということになる」

「……そうですね。こちらの神様より年上かもしれませんよ。もちろん異邦人全体がそうではなく、ごく一部ですが」

「不老不死?」

「違います、が……。似たようなものです」

「様々な魔法を駆使すれば千年くらいの延命は可能だろう。少数なら猶更だ」

「ならば、お主は何の為にダンジョンに潜っておる? 魔石の使い道でも見つけたのか?」

「興味本位です。魔石製品はギルドの特権のようですが、こちらは研究以外に使い道は考えておりません。我々にとって必要な物資だと『瘴気』と『負のエネルギー』ですね」

(……黒竜が世界にばら撒いたというあれか)

 

 モモンは始終落ち着いて答えている。嘘があるかは分からないが今のところ聞きたい事柄には答えてもらっていた。

 瘴気は冒険者でも触れるだけで肌が爛れる様な猛毒だ。解毒以外に活用方法など考えた事が無い。

 オラリオから遠く離れたところには黒い砂漠と化した場所がある。

 そこはモンスターが放つ瘴気によって黒く染まり今も何人(なんぴと)の侵入を拒んでいた。

 

「うちの神様が欲しがってましてね。使い道がないそれを回収するのが異邦人の大きな目的の一つとなっています。瘴気を何に使うのかは俺にも分かりません。神様も欲しいっていう奴から依頼されたから知らない、と不機嫌気味におっしゃいまして……」

「……物凄く重要な情報だと思うけれど、言っていい事なのかい?」

「不安がられるから一般には言いませんね。でも、君達なら大丈夫だと聞きまして」

(僕達の事を誰に聞いたか聞くべきか? でも、瘴気を回収してどうするんだろう。あそこは広大だ。……そもそも出来るのか、そんなこと……)

 

 人類の悲願と呼ばれる『三大冒険者依頼(クエスト)』の一つ『陸の王者(ベヒーモス)』を討伐した後に出来た『黒い砂漠』がそれだ。

 かのモンスターが死した後に降り積もった黒き灰の()われだ。

 強力な猛毒により死の大地と化し、近くに居るだけで命に係わる。

 

「俺達が使うわけではなく、神様に全て引き渡すので一般に危険が及ぶことは無いと思います。うちの神様は悪用しない筈です。……たぶん」

「ちなみに、そちらの神はどのような存在なんだ?」

「本人は破壊を司る神だと言ってましたが……。割合気さくで豪快で理不尽の塊みたいな女性です」

「へ~」

「あと、こちらの神とは会いたくない、という理由で来ていま……。来ません。相当嫌がっていたので、絶対に来ないでしょう」

(……断言した。少し興味があるけど、会ったところでどうなるものでもないか)

「異邦人の拠点は【トラロック・ファミリア】が運営する『月の湖(メストリアパン)』ですが……」

「……そこまで教えてもらっていいものかい?」

「商業都市なので宣伝も兼ねていますよ。オラリオからは遠いですが……」

(……少し教え過ぎた気もするけど、俺達の活動ってそんなに大したことしていない……。……ああ、まだ一つばかりあったか。キーノに頼んだあれが)

 

 モモンの感覚ではうっすらと忘れかけていた事柄だったがキーノ・ファスリス・インベルンならば問題ない。少なくともマーレ達より上手く現地に馴染んで活動している事だろう、と。

 もちろん多少の失敗は織り込み済みだ。あと、モモンはあまり干渉しない立場に居た。

 千年後の現在、異邦人にとっても現地民にとっても悪い結果にはならない大規模な計画――

 それがどうなるのか確かめるべきかモモンは改めて悩む。

 

 
 

 

 ()()過剰な情報を提供したような気もしないでもないモモンは会談の後、フィンの計らいで一泊させてもらえることになった。当然、礼を述べた。

 堅苦しい話しの後は他の冒険者の下に向かい、差しさわりのない範囲で彼らの活動内容を聞く。

 社交的なモモンに団員達は驚きつつも言える範囲で情報交換した。ただ、側に付き従うマーレがいつも以上に存在感が増していた。――悪い方に。

 

(……俺が一人で居た方が穏便に済んだのに。でも、マーレがどれだけ働いているか知るには良い機会でもあるよな。……例え本物でなくても)

 

 異邦人全体が偽物というわけではない。

 モモンを含めて下界に降り立つときは仮初の肉体を使う。何かあってもすぐに撤退できるように。

 現地は古くからモンスターと戦ってきた。そこにきて正体不明の異邦人が表舞台に立つわけだから怪しまれても仕方がない。

 だが、モモンはそれほど緊張感は抱いていない。すでに慣れた事柄だ。

 もし、ここが自分達の拠点であれば充分に警戒する。フィンのように、とまでは言わないが。

 

(……あの小人族(パルゥム)とは良いビジネスパートナーになれそうだ。でも、今は旅人だ。生きていればまた会う機会もあるだろう)

 

 多くの興亡を目の当たりにして長い期間国や星を治める事の難しさを知った。

 外敵さえいなければ人生とはこんなものか、と達観したりもした。今は比較的気持ちに余裕が生まれ、新しい事に触れ合える喜びを楽しみにしている。それが無ければ――モモンは生きながら死んでいた。いや、より正確には違うかもしれない。

 

(うちの神様が何も言わなかったからこの星は大丈夫なんだろう、と判断したけど……。並行世界ってなんだよ。このままで大丈夫なの、神様。俺、とっても不安なんですけど)

「俺があれこれ考えても仕方ないだろうし、休暇中みたいな立場だし……。みんな現地の人と仲良くしてくれ、本当に」

 

 平和が一番。モモンにとって変わらない指標だ。

 少しだけ瞑想した後、マーレがリヴェリアを連れてやってきた。

 魔法に興味がある、ということで。

 

(条件を満たした現地人が居るのは知っていたけど……。大物過ぎないかな。……神様が何も言わないなら大丈夫か)

 

 モモンは旅人という立場上、他の仲間の迷惑にならないように行動したい気持ちがあった。いくらマーレの頼みと言えども出来ない事はある。

 もし、丸投げされていたらため息の一つは零すだろう。

 連絡が来ない所を見れば好きにしてもいい、という事なんだろうけれど、と。

 椅子に座ったリヴェリアを見る。

 長い緑色の髪に森妖精(エルフ)種の特徴である横長の耳。割りと長身であり、ほっそりとした体形と超然とした(かんばせ)によって神秘的な印象を受ける。

 他の森妖精(エルフ)よりも大人びており、膨大な魔力を保有しているのは分かった。

 

(……(ちょう)でありながら魔法に執着を持つ。なにより冒険心というか野心に溢れている。彼女が闇派閥(イヴィルス)であったら脅威だ。我々側からしても)

 

 マーレに防音の結界を張るように小声で指示すると彼は即座に実行に移した。

 ただ、他の森妖精(エルフ)も同席してもらった方が都合がいいか、と思い直す。

 モモンはリヴェリアを信頼する事にした。――後になって色々と面倒ごとが増えるのも人生の楽しみとして受け入れる事にした。

 どの道――この世界に大きな変化は生まれにくい。ベル・クラネルという特異な存在が居たとしてもモモン側にとっては少し大きなさざ波が起きた程度だ。であれば問題は無い。

 会話が始まらず、防音を施されたかと思った矢先に他の団員の同席を許された。その事にリヴェリアは戸惑う。

 今まで正体が掴めなかった御方とやらの人となりが分からない。

 

 
 

 

 急遽呼ばれたアリシア・フォレストライトとレフィーヤは防音の結界内に入った事で少し戸惑った。

 モモンが彼女達に椅子を勧める。

 席に着いたところでモモンは改めて森妖精(エルフ)達に顔を向ける。

 本来ならば特定の【ファミリア】に肩入れすべきではないのかもしれないし、仲間達に怒られる可能性がとても高い。特に盾職の()()に。

 【ロキ・ファミリア】はオラリオでも指折りの有名な【ファミリア】であり、関わる事自体は問題ないとされている。

 

(……一石を投じる時期はここかな。俺はこの地に長く居るわけではないけれど、彼女達もいずれ俺達の住人になるかもしれない。巡合わせによっては、だが)

 

 場が少しの間沈黙し、レフィーヤ達に不安が募る。

 アリシアはいつでも剣を抜けるようにしているが相手は正体不明だった『御方』という存在だ。それも超常の力を持つマーレが慕う相手。ただ者ではない筈だが、見た目が人間(ヒューマン)の為か、それほど大それた存在とは思えなかった。

 

「位階魔法は……、世界に定義された超常の能力。よってこの世界でも定義されればいずれ我々の助力が無くとも発現する者が現れる……。可能性がある」

「………」

「俺から言えることは少ないですが、それでも構いませんか?」

「……ああ」

(……ごめん、茶釜さん。後は頼みます)

 

 そう思ったら、なんだと、と激高する赤い女性像が大きく浮かんだ。

 仲間に丸投げする結果になる事は本来であれば本意ではない。だが、久方ぶりに位階魔法に興味を持つ存在を前にし、好奇心が(くすぐ)られた。

 永劫の時を生きる者にとって興味とは新鮮な野菜と同義だ。いや、万能薬といった方がいいか。

 モモンは空いた空間に手を突っ込み大きな椅子を取り出す。それは見事な装飾が施された玉座だった。

 マーレにその玉座を建物内で目立つ場所に置いてもらった。

 

(……あんな大きな椅子をどうやって)

(マーレ殿が度々物を出すのは見た事があるけど、改めて見ると凄いわ)

「……ああ、これはこの地の職人に造らせた玉座です。見た目が派手な方が分かりやすいと思って。こんなものでなければならないわけではありませんが、分かりやすい方が説明も楽だと思いまして」

 

 そう言いながらリヴェリアに玉座に座るように言った。

 魔道具(マジック・アイテム)ではないことを伝えておく。

 執務室に置かれる程度の椅子であれば何でもいい、と。

 訳も分からずリヴェリアは玉座に座った。

 王族(ハイエルフ)と慕われている為か、妙に似合っていた。アリシア達も羨望の眼差しを向ける。

 

(この地の職人って言っても……いつ作らせたっけ? 俺が眠る前なら千年近いか? それとももっと前だっただろうか。なのに新品同然……。インベントリーは相も変わらずスゲーな)

 

 例えゴミでも千年経てば重要文化財だ、とは誰の言葉だっただろうか、とモモンは首を傾げる。

 とにかく新品同然なら耐久に問題は無いだろうし、装飾品も当時はありふれた宝石、というかガラス製が殆どだ。売値も恐らく二束三文では、と思った。

 特別な宝石や鉱物を使っていないのでモモンから見れば確かにゴミに等しい。

 これを作ったのは分かりやすいから、という理由以外にない。

 

「では、目の前に半透明な板が出る事を想像しつつ『ステータス・オープン』か『マスターソース・オープン』と言ってみてください」

「すていたす・おーぷん」

 

 共通語(コイネー)による微妙な発音の違いは大して問題にならない筈だ、とモモンは思い、次に違う言葉を言わせる。

 事前に自分達でも試しているので間違いが無い事は確認済みだ。何も起こらない場合はリヴェリアに資格がないからだ。

 

「しっかりと発音できていればいいので大声になる必要はありません」

「……マスターソース・オープン」

 

 軽く手を(かざ)しながら言ってみてください、と言われたので従ってみると――彼女の前方少し先に半透明の窓の様なものが現れた。

 大きさは五〇(セルチ)ほど。

 言語仕様は発音者によって変わる。ゆえにモモンはまず操作方法を教えて言語変更をさせた。

 基本的に素手で触る事が推奨され、思考で操作しない。消す方法も解説した。

 

「これは位階魔法を身に着けた現地人でなければ出せません。他にも条件がありますが……。今は操作に慣れた方が良いですね」

 

 訳も分からず言われた通りに操作しているリヴェリアは脂汗を流し、目が回る思いだった。

 なんだこれは、という言葉が脳裏を埋めていく。

 全く知らない未知の領域――知識の結晶を前に王族(ハイエルフ)は言い知れない畏怖をその身に感じた。

 




付録:作中に登場した魔法 17

次元封鎖(ディメンジョナル・ロック)

系統:防御術
位階:魔力〈八〉、信仰〈八〉
構成要素:音声、動作
距離:中距離(約30m+3m×術者レベル)
効果範囲:空間上の1点を中心とした半径6mの放射
持続時間:1日×術者レベル
●備考●
 効果範囲内では肉体ごと他の場所や次元界へ転移(テレポーテーション)することが出来なくなる。ただ、魔法発動時にクリーチャーの移動を妨げる事は無い。


次元の目(プレイナーアイ)

系統:占術[念視]
位階:魔力〈八〉
構成要素:音声、動作、物質(コウモリの毛皮ひと切れ)
距離:無限
効果:魔法的感知器官
持続時間:1分×術者レベル(解除可)
●備考●
 術者に視覚的情報を送る不可視状態の魔法的感覚器官1つを作り出す。
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