ダンジョン・フラグメント   作:トラロック

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ギルガメッシュ
04 治癒魔法


 惨めな人生だと(よわい)八にして理解する。

 冒険者に投げ渡されたヴァリス硬貨を愛想笑いしながら拾い集める。

 普段であれば八つ当たりに殴られたり蹴られたり、挙句の果てには今日の収入を全部取り上げられる事もある。

 不幸な人生を歩む原因は両親にあると少女はぼんやりと思った。

 【ソーマ・ファミリア】の眷族同士が結ばれて生まれたリリルカ・アーデは早速人生の岐路に立たされた。

 面倒を見る立場の両親はあっさりと死んだ。代理の親としての立場を持つ主神は己の趣味に没頭して相手をしてくれず、言葉が通じないのか【ステイタス】の更新もままならない。

 小人族(パルゥム)という最弱の種族に生まれてしまった為か、戦闘には役立てず――

 日々の食事は団員達のおこぼれ。よく八年もの生きてこられたと毎年のように思うようになった。

 最初こそは冒険者の何たるかを教えてもらえたが、今は自分で調べなければ餓死するのではないかと。

 辛うじて生きているのは団員達の八つ当たりの(まと)として役立っているからだ。

 

(……せっかく雇い主が現われたのに生活は苦しいまま。……本当に死んじゃいそうです)

 

 反抗したくても力が弱いためになすすべなく返り討ちに遭う。だから、五歳くらいからか、諦めるようになった。

 嫌なら【ファミリア】を抜ければいいのだが、主神は取り合ってくれない。そもそも聞いているのかさえ分からない。

 最初こそ声をかけてくれた神ソーマはすぐにリリルカから興味を失った。

 そこで彼女は無価値になった。

 

(……【ファミリア】を抜けるのに法外な違約金を支払わなければならないんですけどね)

 

 一度神の眷族になった者は安易に脱退できない。

 その巡り合わせを小さなリリルカには選ぶ機会さえ無かった。

 生まれた時から眷族として登録されてしまったリリルカはとにかく日銭を稼がなければならない。五歳にして姑息な手段を覚え、時には盗みもやった。そうしなければ生きていけなかった。

 それから死なずに八歳となり現在に至る。歳を経る毎に煤けた身体が恨めしい。

 服装に気を使う事も出来ず、唯一の利点はサポーターとしての『スキル』が発現した事くらい。それと魔法を一つ覚えたんだった、とぼんやり思う。

 今の暮らしを続ける事に意味があるのか分からなくなるのが怖い。

 

 
 

 

 【ファミリア】の本拠(ホーム)で寝泊まりするのは何かと怖いので、ここしばらくは路地裏やら人目につかない場所で息を潜める事が多くなった。

 風呂は冒険者用に『摩天楼(バベル)』に行けば何とかなるが、日々の食事だけはどうしても疎かになりやすい。食べなければ目が回る。空腹は思考を鈍らせる。

 何度冒険者を殺そうと思った事か。

 気が付けば冒険者が嫌いになっていた。

 行け好かない相手に対しては罠にかける事も覚えた。

 

「おはよう。今日もよろしくね」

「……はい。よろしく」

 

 先日から一緒にダンジョンに潜るようになった冒険者の女性はアンティリーネといった。

 今までの小悪党とは違う危険な匂いを感じさせる。逆らったら死ぬ。それを肌で感じさせるような存在だった。

 人がよさそうな笑顔を見せているが戦闘は圧倒的だ。罠に掛けようものなら即座に殺される。逆らえない。――けれども金払いはとてもいい。

 有名どころの冒険者について下調べをするがアンティリーネの事は殆ど分からなかった。所属している【ファミリア】と冒険者である事くらい。

 散歩に行くような軽い足取りで五階層まで一気に駆け降りる。戦闘はアンティリーネがするわけだが、一言で言えば圧倒的。他にたとえようもない。

 リリルカはドロップアイテムと魔石を拾うのに忙しい以外は黙って見ているしかない。

 普段は冒険者が不利になった時に囮として捨て置かれるが、彼女の場合はその心配が無さそうで安心したのだが、どこかまだ怖いと感じさせる。

 あらかたモンスターを殲滅した後、休憩に入る。アンティリーネほどの冒険者ならばもっと下層に向かった方が稼げるのに、とリリルカは不思議に思った。

 

「今日は貴女の分のご飯を用意したわ」

「……あ、ありがとうございます」

 

 味がよくない携帯食か、と対して期待していなかったが目の前に出されたのは()()()()お弁当一式だった。

 思わず奇妙な声を上げて驚いてしまった。

 八歳と最初の自己紹介時に言った為か、子供なんだからしっかり食べなさいと優しく言われた。

 そう言う態度が一番信用ならない。けれども食べろと言われて拒否するのも気が引ける。

 もたもたすればモンスターが出て来てしまう。

 

「いやでも、冒険者様の分が……」

「……食べないの?」

「食べます食べます。戴かせていただきます」

 

 日頃残飯同然のものしか口にしていなかったので、真っ当な食事を口にした途端に涙が零れた。舌がまだ美味しさを覚えていてくれた。感動した、と怒涛の勢いで語彙が少なくなる感想が零れていく。

 リリルカが食べ始めてからアンティリーネは笑顔から表情が消えていく。

 半分ほど平らげたところで冷徹な印象を抱かせる顔になっていた。

 

 
 

 

 表情とは裏腹に涙を流しながら食事を頬張る小人族(パルゥム)の少女を――内心では――微笑ましそうに眺めていた。しかし、少し経つと気持ちが冷めてくる。

 別にリリルカに何かがあるわけではない。

 目的のない人生。面白みのない人生などが脳裏にふと(よぎ)ってしまった為だ。

 それなりの人生を歩んできた彼女も今という時間を十全に楽しむにはまだまだ時が必要だったようだ。

 ――繰り返される人生の殆どは暗闇の中。正しくは明かりはあったが外が暗黒空間だった。それらを眺めていれば顔から表情が消えるのもあっという間だ。

 無理に起きなければいいだけなのだが、起きていれば期待してしまう。生物としての当然の権利を行使しているだけ。それが良くなかったと今は思う。

 

小人族(パルゥム)ちゃんに向上心はあるのかしら?」

 

 感情のこもっていない平坦な物言いにリリルカは思わず小さな悲鳴を上げた。

 勢いで食べ続けていたが本当は駄目だったのでは、と彼女の顔を見れば酷く機嫌が悪そうな雰囲気に思わず弁当を落としそうになった。

 ダンジョンに行くようになってから冒険者のお供となり、それなりにひどい扱いを受けていたので身体が恐怖で震えてくる。

 

(……武者震い、ってわけじゃないわよね。それともお弁当がお気に召さなかった?)

「……ああ、飲み物が無かったわね」

 

 サポーターたるリリルカとは別に自分用の背負い袋(バックパック)を用意していたアンティリーネは(おもむろ)に荷物を漁り、ポットを取り出す。

 これは魔法道具(マジックアイテム)の『無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)』といい一定量の飲料水が出てくる。ちなみに背負い袋(バックパック)魔法道具(マジックアイテム)で『無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)』という。

 コップに水を注いでリリルカに突き出す。

 

(お、怒っているわけじゃない? リリの勘違い? 質問の意図が良く分かりませんが、ちゃんと答えた方がよさそうですね)

「……り、リリには何が、何だか……」

「向上心って言ったの。言葉の意味が分からなかった? やる気があるのかって言ってるの」

「は、はい。おお、お仕事をしないと生きていけませんから」

 

 答えた後で(うやうや)しくコップを受け取り、水を飲む。思っていた以上に冷たくておいしかった。

 二杯目を要求してみると普通に(そそ)いでくれた。

 お弁当、足りなかった? と言ってきたので大丈夫です、と答えた。正直、今は胃がキリキリと締め付けられている最中で二つ目に挑戦できるとは思えなかった。

 普通に喋っているようだがリリルカには見えない圧力としてぶつかっているので、本音を言えばもう帰りたい、だった。

 

「報酬を上乗せするから、貴女を強くしてあげる。……その心が折れない程度に、ね」

(……ああ、いつものやつか。……今回の冒険者様も外れだったか)

 

 残念な気持ちになり、生きた心地がしなくなったリリルカは涙を流すもすぐに拭った。

 いつもの事じゃないか、と。

 冒険者は皆ロクデモない。――小人族(パルゥム)だから、というわけではなさそうだが、結局は同じだ。

 ここで結構です、と答えてもダメ。是非お願いしますの一択だ。

 殴られてお金がもらえるならば幸運だ。その望みが叶うかは分からないが、今日もリリは通常運転(不幸)のようです、と自虐的に思った。

 

 
 

 

 案の定、食事を終えた後に鍛練を――嫌々――願い出るとアンティリーネは人気(ひとけ)のない空間まで赴き、他の冒険者の邪魔にならないか確認してから荷物を壁際に置いた。位置的には盗まれにくく、邪魔されにくいところに。

 得物は六〇(セルチ)ほどの金属製の棒。自己鍛練時によく使う普通の棒武器だ。

 

「……ああ。リリルカだったわね。【ステイタス】の更新はしてもらってる? ……今更だけど」

「……いいえ。主神がリリの事なんか眼中にない方でして……」

 

 荷物を下ろすと酷く小さく見えるリリルカにアンティリーネは思わず彼女が背負っていた背負い袋(バックパック)に顔を向けた。

 サポーターはかなり大きな荷物を背負う事があるが、それにしても小人族(パルゥム)とはいえ八歳の子供がよく背負ってこれたものだと感心した。聞けばサポーターに特化したスキルのお陰、と。

 取りたくもないスキルだったが割と役に立っている所が恨めしい。

 

 縁下力持(アーテル・アシスト)

 

 一定以上の装備加重時における能力補正というもの。これがあるから小柄な彼女でもなんとか大な荷物を背負う事が出来ている。

 だからといってリリルカが強くなったわけではない。【ステイタス】的にも圧倒的弱者なままだ。

 

「……それなら直接乗り込んで更新してもらうわ。……ああ、あとこれは要らなかったわ」

 

 取り出した棒を背負い袋(バックパック)に入れる。

 平然とやってのけたが彼女の背負い袋(バックパック)の大きさでは六〇(セルチ)の武器は入らない筈、とリリルカは疑問に思った。折り畳んだわけではないし、斜めでも無理だ。

 なんだ、目の錯覚かと不可思議な現象に頭の中ではたくさんの疑問符が飛び交う。

 

「覚悟はできているようだから言うけれど……。滅多打ちよ。けれど、決して諦めないこと。普通に筋力を鍛えても小人族(パルゥム)って確か伸びが悪かった筈だわ」

(……よくご存じで)

(そういえば回復薬(ポーション)を持ってきてなかったわ。なら、やり過ぎないようにしなきゃね)

 

 自分は滅多に怪我しないから忘れていたわ、と思いながら足腰が震え始めたリリルカに顔を向ける。

 鍛えると言っても正しい方法など知らない。適当に痛めつければ【ステイタス】は上がる筈、と安易に考えていた。

 レベルが低い冒険者であればそれでも充分に能力が伸びた筈だ。――数値だけ見れば。

 技術などは本人次第で魔法も教えれば使えるという風にはなっていない。そこが悩みどころではある。

 

 
 

 

 リリルカを強くすることに対し、アンティリーネに得する部分は暇潰しくらい。

 ダンジョンに潜れ、という目的は既に果たされている。ここで何をするかまでは指示されていない。おそらく長期休暇のようなものだろう。なにせ、都市防衛を長く続けてきたのだから主神ウィツィロポチトリが気を利かせてくれたに違いない、と。

 そういえば、今何歳になったのかしら、と大して興味も無かった事を思い出す。そして、歳に気を配る意味がない事も。

 

(……歳なんて今更よね。……不老長寿にとって存在している事だけが……)

 

 嘆息しつつリリルカに歩み寄る。

 いきなり殴るのもいいが、鍛練内容を言わなければ意味がない気がした。

 暇潰しに理由を求めようと思わなかった弊害だ。

 無関心の期間が長すぎて調子が今一つである事に苦笑を滲ませる。

 

「大事な事は自分がどう強くなるか、よ。ただ痛めつけられるだけでは意味がないと思わ。だから、少しでも前を向いて強くなる自分を想像してみて」

「……想像ですか?」

「いくつかある『能力値(アビリティ)』の内、一つでも上げたいものがあればそれを念頭に置くこと。防御なら『耐久』、攻撃なら『力』といった具合にね。強い意志を持たずに戦闘行為をしてもあんまり効果が無いわ」

(……戦う時にそれぞれの『能力値(アビリティ)』に(ちな)んだ方法を強く意識すればいい、と?)

 

 後方支援ばかりのリリルカは冒険者の囮になる以外の方法を誰からも教えてもらったことが無い。戦い方もろくに試行錯誤してきたことも無い。

 ただ日々を生きる事しか彼女には無かった。

 

「痛みに慣れてきたら数値が上がりにくくなるんでしょうね。そこは普通の鍛練と一緒かもしれないけれど……」

 

 上がりにくくなるまで色々と試せばいい。

 一発殴ったら『耐久』が一、絶対に増えるわけではない。個人差こそあるだろうけれどやらないよりましだ。

 黙っているだけで【ステイタス】が勝手に増えるなら誰も苦労はしない。

 アンティリーネの場合は伸びしろこそあるのだが無気力な生活が増加を妨げていた。――それが果たして適切な表現かは(はなは)だ疑問だが。

 

「貴女、魔法は使える?」

「……はい」

「仕事以外の時に限界まで使って、精神力(マインド)が回復したらまた使うように。他の項目についてはおいおいやっていきましょうか」

 

 アンティリーネが一歩進むとリリルカは身構えた。滅多打ちと聞いていたので。

 痛みに慣れているかと言われれば否だ。好き好んで痛い思いをしたいわけではない。

 いくらお金のためとはいえ、と震える身体で冒険者を見上げる。

 自然体で近づくアンティリーネの拳がリリルカの顔面に打ち込まれる。

 

「!?」

 

 思わず悲鳴を上げそうになり、身体を硬直させるも殴られたわけではなく軽く触れる程度で止まっていた。

 アンティリーネはまずリリルカの反応を見る為に拳を彼女の顔面に触れさせた。――案の定、怯えを見せて今にも泣きだしそうな様子だ。

 弱い者いじめが好きなわけではないが鍛えると言った手前、どういう風に強くするか実のところまだ決めていない。

 小人族(パルゥム)は弱く【ステイタス】の伸びが悪いと聞いていた。

 一朝一夕でどうにかなるものでもないが、人の縁を大切にしたい彼女にとってリリルカという少女に何かしらの期待を抱いた。

 もし、彼女がロクデモない存在であれば、その時は人を見る目が無かったと素直に諦める。別に誰かに強制されているわけでもないし、何を成そうと自分の勝手だ。

 現地人を面白半分で殺したり、オラリオの法律を()()()逸脱しない限りにおいて過度の暴力も許される。

 

「もし、【ステイタス】の伸びが悪ければ鍛練に意味が無いと判断するわ。それまでは忍耐を重ね、向上心を養いなさい」

「……はい」

「良い返事ね。……まずは『耐久』から上げていきましょうか。それと服は全部脱いでおきなさい」

「……は、はい? 服ですか?」

「血塗れになって汚れたら洗うの大変でしょう? 荷物も向こうにまとめておいて」

 

 平然と(のたま)うアンティリーネに恐怖したリリルカは反論を口にする事が出来ず、余計にガタガタと身体を震わせた。

 生まれた時から冒険者家業を初める事になったとはいえ、まだ八歳の少女には抵抗するすべが殆ど無く、言いなりになる選択肢しか選べない。

 殺されはしないとしても、と思いつついきなり蹴られるよりはいいかと諦めて服を脱ぐ。

 

 
 

 

 ダンジョンの中だとしても他の冒険者が通り過ぎるかもしれない場所で裸になるのは恥ずかしい。自分は女戦士(アマゾネス)ではない、と言い返せたらどんなに楽だったか、と悔やむ。

 運がいい事と言えば相手が同性であったこと。それと仲間と思われる存在が見当たらない事くらい。

 リリルカの身体は全身に痣を作っており、薄暗いダンジョンの中においても分かるほどだった。それと肋骨が浮き出るほどの痩せ型。

 

(孤児の方がまだ健康体に見えるわ。そんな子をこれから虐める私は酷い冒険者と変わらないんでしょうね)

 

 髪の毛に隠れた耳に触れる。

 見た目には人間(ヒューマン)に見えるがアンティリーネは半森妖精(ハーフエルフ)である。

 魔法に長けた森妖精(エルフ)に連なる種族だが、それについて彼女はどうでもいいと思っている。()()()()()()()、こういう風に自分の在り様を定めてしまった。

 物思いに(ふけ)りつつリリルカの胸部に拳を今度こそ打ち込む。

 彼女(リリルカ)は軽く呻きながら後方に倒れ込む。今の攻撃は本気ではなく、軽く小突く程度。

 

「その痛みに負けない肉体になれ、と念じなさい。強くなろうとする意志を強く持つこと。何にでも諦めたら身体も成長しなくなるわ。特に……リリルカはまだ子供でしょう?」

「……はい」

 

 気絶しない程度に殴り、蹴飛ばし、痛みで泣きわめいても殴打を止めない。

 その間、適度に助言を入れていく。

 連打の応酬というわけではなく、一定の間隔を空けながら(おこな)っているのでリリルカはそのたびに身体を萎縮させる。

 お腹を避けられているのでさっき食べた弁当はまだ吐いていない。しかし、痛みが蓄積しているのでいつ失禁してもおかしくない。

 的確に拳や蹴りが飛んでくるので避けたくても出来ない。

 

「しっかり立ちなさい。そして、身構えなさい。どんなに見っとも無くてもいいから」

 

 そう言った後、百を超える殴打がリリルカを襲う。

 痣だらけだった身体は鬱血が酷くなって真っ赤になっていた。

 末端の手足はまだ血色がよいと見えるほどに。

 最後に額に強めの一撃が加えられると全身が痙攣したように一段と強く震え、足腰が自分の意志で制御できなくなり、ついに失禁してしまった。

 人前でおしっこを漏らした事は何度かあるが、痛みよりも恥ずかしさが強まる。

 立っていられなくなったリリルカは小便が広がる地面に座り込む。もちろん、座りたくて座ったわけではない。

 

重傷治癒(ヘビーリカバー)

 

 (おもむろ)に唱えられた魔法により全身の怪我が見る見る回復していく。

 長く身体に残っていた痣すら無かった事にされた。

 自身の身体から痛みが無くなった事にリリルカは何が起きたのか理解できず、混乱する。そこにアンティリーネの容赦ない拳が飛んでくる。

 無言のまま殴り、血だまりに沈めば魔法によって癒される。それを一時間近く続けられた。

 反撃も逃走も出来ないまま一方的な暴力に晒されるリリルカは抵抗する気力が削がれていき、身体から力を抜こうとした。

 

「……そういうところよ。無抵抗になって楽になろうとしたわね? 今、貴女がやるべきなのは痛みから解放される事じゃなく、こんな痛みに負けるもんか、と子供っぽく足掻く事よ」

(……こども。……あがく、……リリは……)

「神様から与えられた『神の恩恵(ファルナ)』は貴女の可能性を伸ばす物よ。それを諦めたら【ステイタス】も一緒に諦めてしまうわ。……それってとっても勿体ない事よ」

 

 そう言うアンティリーネは向上心を養う事をやめている。だから自身の【ステイタス】が増えない事に然程驚きも失望も無かった。

 いや、この表現は間違っている。

 アンティリーネが真に望むのはもっと別の所にあり、【ステイタス】など眼中になかった。

 

 
 

 

 鍛練一日目はとにかくリリルカを痛めつけるだけで終わった。

 通常の癒しの魔法より効果が絶大な事にあまり実感が伴わなかった彼女だが、少しずつアンティリーネは物凄い冒険者ではないかと思い始めていた。

 ズタボロの服が何故か綺麗になったり、ちゃんと給金を貰えたり――その分、容赦がないけれど。

 

「そういえば、貴女の【ファミリア】って夜は賑やかな方?」

「そ、そうですね。飲んだくれが多いので……。昼より夜がうるさいかもしれません」

 

 酒場はだいたい夕方から開店し始めるので。

 ロクデモない【ソーマ・ファミリア】だが主神の制作する酒を買うために眷族は熱心にダンジョンアタックをかけている。目的を除けばやる気に満ち溢れた【ファミリア】と言えなくもないが――

 下っ端の扱いは酷い。特にリリルカに対しては奴隷のように日夜虐待している。

 今回貰った給金も殆ど奪われるのではないかと当人は戦々恐々としていた。

 

「ちょっと神様を誘拐して【ステイタス】を更新してもらっても大丈夫かしら? 対外的な意味で」

「対外的な? ……冒険者様がお強い事は分かりましたが……、騒ぎを起こさずソーマ様だけ連れて来てすぐにお返しするのであれば、大丈夫かと」

「ついでに貴女のような眷族って他にも居たりするのかしら?」

 

 彼女(リリルカ)の知る限り自分以外に虐待されているような子供の眷族は居ない。下っ端が虐められる事自体は他にもある事は分かっているけれど。

 子供の眷族は殆ど居ないと()()()答えた。

 信用ならない冒険者と言えど誠意に対して誠意で応える。方法こそ野蛮だがアンティリーネはおそらくリリルカに対して興味が無い。

 鍛練が終わった今も彼女の顔には怒りも喜びも無い。こんな冒険者に今まで会ったことが無いが媚びを売ってでも(すが)った方が良いのか迷うところ。

 

迷宮都市(オラリオ)で騒ぎを起こすのはダメよね。……暇潰しだったけれど、これも縁なのかしら。吉兆? それとも凶兆? ……どっちでもいいけれど)

 

 無為な生活を長く続けてきたせいで心境を表情に表すのが下手になってしまったアンティリーネは出会いの縁について割と長く考え込んだ。

 もし、彼女ではない別の誰かだったら――果たして、同じように興味を抱けただろうか、と。

 子供で小人族(パルゥム)だから。それは理由としては弱い。

 彼女以上に不幸な人間はごまんと居る。

 

 縁は物語の始まりである。

 

 随分と昔に聞いた言葉を思い出す。たらかこそ――アンティリーネはここに居る。そして、ああ、と納得する。いや――

 思い出してきた。覚醒してきた。

 

「……ああ、あ、ああ……。……あ~」

 

 茫然とした様子で立ち尽くすアンティリーネは壊れた機械のように呻きだす。

 閉塞感のあるダンジョンの中で彼女の声は少しずつ大きくなり、周りに反響し始めた。

 一体何が起きたのかリリルカには伺い知れないがこのまま聞いていると耳がおかしくなる。いや、頭がおかしくなりそうだ、と思い咄嗟に耳を塞ぐ。

 

(……ああ、(ようや)く思い出した。……これが同調ってわけね。今回はどれくらいかしら? 十年じゃ効かないわよね。……ああ、凄い身体が重く感じるわ。……なんていうのかしら、重力をやっと感じたってこと? それとも……。いや、今はそんなことより、よ)

 

 背中が熱い。意識が覚醒して気が付いた。

 己の魂に紐づけられた【ステイタス】の感触を。これを断ち切るのは少し手間ね、と()()()()()()()

 厄介な拘束かと聞かれれば否だ。既に解除方法は確立されている。

 

(この地に来た目的を忘れてはいないわ。……思い出せてよかった。マーレ君と死闘を演じるところだったわ)

 

 遥かなる旅路においてアンティリーネの目的は半ば達成されている。今は言わば未知への冒険だ。

 そうだ。だからこそ長い旅路に赴いて今、ここに居る。

 

「ごめんなさい、変な声出して。さあ、帰りましょうか」

「は、はい」

「あー、でも貴女は帰ったら虐められるのよね? そのまま本拠(ホーム)に向かうの?」

 

 先ほどより表情が豊かになったアンティリーネが尋ねてきた。

 ほんの少し前までとは別人とも言える雰囲気の変化にリリルカは子供ながらに驚いた。

 体感的にだが()()()()()になった。いや、こちらが本性かもしれない、と。

 本能的に彼女に逆らってはいけないと身体が警告している。だから、リリルカはアンティリーネの従順な(ぼく)となろうと誓った。

 




付録:作中に登場した魔法 3

重傷治癒(ヘビーリカバー)

系統:召喚術[治癒]
位階:信仰〈三〉、その他(森祭司(ドルイド)吟遊詩人(バード)〈三〉、聖騎士(パラディン)野伏(レンジャー))〈四〉
構成要素:音声、動作
距離:接触
目標:接触したクリーチャー
持続時間:瞬間
●備考●
 回復するダメージ量が多い事を除けば『軽傷治癒(ライト・ヒーリング)』と同様である。


CHARACTER 4
リリルカ・アーデ

所属
【ソーマ・ファミリア】
種族
小人族(パルゥム)

職業
サポーター
到達階層
13階層

装備
短剣(ダガー)
所持金
70(隠し)250(金庫)ヴァリス

ステイタス
Lv.1
I3耐久I65
器用I25敏捷I23
魔力I9  

魔法

シンダー・エラ
・変身魔法。

スキル

縁下力持(アーテル・アシスト)
・一定以上の装備荷重時における能力補正。

・能力補正は重量に比例。

装備

背負い袋(バックパック)
・標準的なサポーター用のバックパック。

・価格は2000ヴァリス。

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