ダンジョン・フラグメント   作:トラロック

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05 保存魔法

 アンティリーネが覚醒を迎えた時、別の場所に居たマーレ・ベロ・フィオーレも意識の同調を果たしていた。と言っても外見的には何も変わっていない。

 少し朧気だった意識がはっきりした程度で大局的には微々たる誤差だ。

 曖昧から鮮明に。

 目的意識がはっきりしていれば不安は解消する。そんな生活を彼ら(異邦人)は長く過ごしてきた。

 【アストレア・ファミリア】の専属サポーターのような仕事を続けて一か月が過ぎようとしていた。当初は能力についての詮索が多かったが、ここしばらくは純然たる金策に邁進しており、順調に【ファミリア】の資産を増やしていた。

 

「私達は良いんだけど、マーレ君の(ふところ)具合はどうなのかな?」

 

 団長である赤髪の少女アリーゼ・ローヴェルが尋ねた。

 少なくない依頼料を差し置いてもマーレの目的は仕事以外にはっきりしない。得た資金を何に使っているのか、とか。

 豊富な魔法を扱う魔導士たる少年マーレのことがどうしても気になって仕方がない。これは恋かしら、と思わないでもない――

 

「特に不満はありません。仕事を滞りなく遂行できていれば満足なので」

(……その割には)

「私達の依頼を受ける度に高価な魔法道具(マジックアイテム)を使用しているので……」

 

 アリーゼの内面の危惧を末っ子の森妖精(エルフ)であるリュー・リオンが口に出す。

 彼女は思ったことを口に出す。他の団員も例に漏れず(かしま)しいのだが、言う相手はちゃんと選ぼうという意識はそれぞれにある。

 マーレの言い分としては仕事さえ出来ればいい、と言っても信じてもらえない。

 実際、彼の扱う魔法道具(マジックアイテム)は下界の住民にとっては確かに高価に分類される。だが、彼とて使用する物品をちゃんと選んでいる。ゆえに彼女達が危惧する程の事は無い。

 更に休日を設けつつ半月が過ぎる。その間、マーレは他の【ファミリア】の依頼を受けたり、一時的に本拠(ホーム)に戻ったり、とそれなりに充実した日々を送った。

 リュー達が危惧するように仕事のたびに様々な道具を用いるが報酬額から見れば微々たるもので彼とて毎回マイナス収支を無視する気は無い。

 

(今回の依頼料と魔法道具(マジックアイテム)の使用料はだいたい横ばいですね)

 

 時には大きな損失を出す事もある。その時はサポーターではなく冒険者として単身ダンジョンに潜り、損失分を――可能な限り――補填する。

 迷宮都市(オラリオ)に来てからこまめに帳簿を付ける事も彼の仕事であった。とはいえ()()()()()()を出した機会はほぼ無い。

 

 
 

 

 マーレの能力からみればもっと稼げる仕事があるのだが【アストレア・ファミリア】の依頼が多いのは何らかの調査の一環というわけではなく偶々(たまたま)である。

 魔法に興味を持たれたからだと彼も予想しているが、きちんと報酬を支払ってくれるので今のところ拒否するつもりは無い。

 改宗(コンバージョン)に関しても移籍するつもりはないので、誘われたら素直に断る。強引な相手にはそれ相応の反撃をする腹積もりもある。

 

「あっ、マーレ君。おはよう。行ってきま~す」

 

 朝方、中央広場(セントラルパーク)で荷物の点検をしていたところ左右白と黒に分かれた髪色の冒険者の女性に挨拶された。彼女の後ろには大荷物を背負った小柄な荷物持ち(サポーター)の姿があった。

 普通に挨拶してきたが彼女はマーレの知人の一人で、ある意味では腐れ縁とも言うべき存在だった。

 

「お、おはようございます。いってらゃっしゃいませ」

 

 気弱そうな、人見知りのようにも見える態度で返礼する。

 特別な事が無ければ二人の間のやりとりはいつもこんな感じであった。――遥か昔から簡素であるがいつも通りの風景とも言える。

 他にも同郷(異邦人)が居るが、密な関係とも言い難い。

 

(……よし、点検終わり)

 

 意識を切り替え、今日も仕事に赴く。彼の行動理念は他の者とは違って変動が少ない。平坦とも言えるし、不動とも。

 日々の食生活や娯楽の為ではなく純然な仕事人。知らない者からすれば仕事を愛しているのではないかとさえ見られる。

 実際には御方の命令を遂行する従者。彼の中では()()()それだけしかない。

 自由意志が無く我欲とも無縁。周りからすれば異常者と揶揄されるだろう。

 他人がどう評価しようがマーレの本質だ。(もっと)も、異邦人全てが彼と同じわけではない。

 

「よ、よろしくお願い、します」

「こちらこそ」

 

 今日はリューと二人だけでダンジョンに挑む。

 他の団員は都合がつかず、偶々(たまたま)二人だけになった。

 本日の仕事内容はいつもの採取だがリューの鍛練も含まれる。現地の冒険者の頼みごとを全て受け入れているわけではなく、きちんと(御方)からの許可を得て彼は行動している。

 

 
 

 

 森妖精(エルフ)で金髪のリューは緑色の外套を(まと)っているが中身は軽装である。

 膝丈ほどの長靴(ロングブーツ)に白い上着。緑色の短パン。

 対するマーレも小柄な体形ではあるが重武装というわけではない。

 冒険者の中には全身鎧の者も居るが、基本的には動きやすさを主とする。

 二人は特に苦もせず十一階層まで降り、それからすぐに十五階層まで(くだ)った。

 道中の戦闘はリューが務め、マーレは後方からの支援に終始する。無駄な会話をしない分、リューから見れば彼は好感の持てる冒険者であった。――同胞(エルフ)だから、というわけでもないけれど。

 

「……疑問なのですが……」

「はい?」

「それほど魔法を使われて精神力(マインド)は大丈夫なのかと」

 

 適時魔法を行使するので気になっていた。

 詠唱を必要とする魔法とは違い、ほぼ速攻魔法を扱う。途中からそういうものだと思うようにしていたがやはり気になってしまった。

 超長文詠唱ともなればそれなりに精神力(マインド)を消費するものだ。どんな冒険者でも無尽蔵というわけではない。

 自分でも攻撃時の魔法はここぞという時しか使わない。

 

「ま、魔力の枯渇を気にされているのでしょうけれど、大丈夫ですよ。休めば回復しますし」

「そ、そうですか」

 

 高威力に対しては破格なのでは、と思わないでもない。それほど彼の扱う魔法はどれも凄まじい。――リューをして語彙力が欠如するほどに。

 たどたどしく気弱な様子とは裏腹に襲い来るモンスターを苦も無く屠る。

 彼との探索においてマーレが苦戦する所を見た事が無い。それは【アストレア・ファミリア】との鍛練の時間でも同様に。

 

「……そ、そんなに僕の魔法が気になりますか?」

「そ、そうですね。気にするな、という方が無理があるかと」

(これはただの興味本位だ。自分が使えるわけでもない)

 

 なんで、どうしてと思ってもマーレの能力としか言えない。

 聞いたところで自分達も同等とまではいわないが力の一端くらいなら使えるのでは、というのも実際には無理がある。

 これはあくまで願望であり、リューのように興味本位だ。

 冒険者の能力を根掘り葉掘り聞く事も本来ならば(はばか)られる。

 

「対価次第……、と僕は前に言いましたよね?」

「そうですね」

「ですから、僕から情報を引き出すには結局のところ、それに見合った対価を支払わない限り平行線、だとおお、思います」

 

 彼の言う対価とは単純な金銭ではない、ということは聞いていた。

 もし、可能であれば――いや、リューの本心から言えば【アストレア・ファミリア】の増強とまでは言わないが役に立つものであれば支払ってもいいと思っている。

 マーレは小声で対価などの話しは他の【ファミリア】にもしている、と言った。

 

「法外な金額を提示すると皆さん怖気づきます」

「……そうでしょうね」

 

 最初は確か五億ヴァリスだった、とリューは思い出す。それだけ払って魔法一つ分だ。全く割に合わない。

 だが、アリーゼは無駄だと分かりつつも教えてもらおうと度々マーレに尋ねていた。もちろん、無料で聞ける分を。

 マーレとしてもしつこいな、くらいには思っていたが御方からは特に厳格な取り決めはされておらず、魔法については自己判断に委ねられていた。

 (いわ)く、マーレはどうしたい、と。

 

(信頼を得るには……いくらかの開示が必要……。でも、【アストレア・ファミリア】は仕事の依頼主という関係で僕にとってはそれほど重要な相手じゃない)

 

 御方からの命令を遂行する以外に興味を覚えないマーレといえど全くの無関心ということはない。

 彼の中でも独自に利益になるかどうかの思索が繰り返されている。

 情報の程度にとって対価が変わる。それを踏まえてリュー達に何が提示できるのか、それとも諦めてもらうのか。

 自分で判断しなければならない事はいつだって苦手だ。

 

 
 

 

 人前で行使する魔法について特に対価は要求しない。あくまでたくさんの魔法を習得している秘密についてであり、見せている分は勝手に判断してもらって構わない、というもの。

 なにそれ、と聞かない限りマーレはいつも通りに魔法を使う。

 

(彼はほぼ即効魔法。それも無数に行使する。……もし敵として出会えば勝てない。……かもしれないではなく、不可能と言わざるを得ない)

 

 制限された魔法であれば先の大戦で相対した【静寂】もなんとか打ち勝てる。けれども、マーレの場合はもっと厄介だ。

 豊富な魔法をあらゆる状況下で使い、弱点らしい部分が見当たらない。

 見た目こそ気弱だがまだまだ本気ではない事は感じ取れた。

 力押しもなくはないが絡め手が豊富だ。それと彼自身の戦闘力も底が知れない。

 度々鍛練に付き合ってもらっているがまともな攻撃を入れられたことが無い。

 

「ちなみに、なのですが……。対価を支払った場合、魔法の秘密を本当に教えてもらえるのですか?」

「……う~ん。教えたところで理解できるとは思えません」

(……僕自身も理解していないところがあるし)

 

 魔法はどうして存在しているのか、と聞かれればマーレは両手を上げて降参する。

 世の中に広まっている能力の多くが未知だ。いくら体系化されて行使できるものだとしても物理現象以外の魔法的分野は謎だらけだ。

 魔力があるから出来る。という一言に尽きるかもしれないが、そもそも何故魔力があるのか、という部分は分からずじまいだ。

 

「い、色々と問題はあるかと思いますが……。僕らの魔法を扱える、ようになるかもしれません」

「貴方達の魔法……」

 

 マーレ達は神から『神の恩恵(ファルナ)』を受ける前から魔法を扱えていた。

 実際のところ【ファミリア】に入って能力がどうなるのか不安があった、と告白する。――特に問題なく能力を行使でき、制限も無さそうで安心した。

 これは異邦人だから可能であって現地人のリューにも適用されるものかどうかは不明だ。少なくとも、()()()()()()()()()()()()

 

「僕達の魔法は精神力(マインド)を消費するので、そこは皆さんと一緒です。……即効魔法と呼ばれているようですが、その部分に驚かれているものとばかり」

「……確かに即効魔法は珍しいので。大抵は長文詠唱ですから」

 

 詠唱に失敗すると暴発が起きる。その現象を『魔力暴発(イグニス・ファトゥス)』という。

 魔法を行使するには並々ならぬ集中力が必要で、何某(なにがし)かの行動を(おこな)いながら魔法を唱える事は高等技術と言われている。

 マーレ達が呑気に会話している間も壁からモンスターが生み出され、それらを適時打倒している。

 二人の【ステイタス】であれば苦も無く対処できるからこそ。

 

「逆にあなた方の詠唱魔法を僕らは扱えません。それらはあなた方の才能が開花させたもので、汎用性が無い為だと……」

「そ、そうですね。こちらの魔法についても教えなければなりませんね」

 

 一般の魔導士が扱う魔法は汎用性に優れておらず、本人の資質に左右される。

 誰もが同じ魔法を習得出来るわけではない。特に森妖精(エルフ)は生まれた里に因んだ詠唱になる事が多い。

 単なる文言であればマーレにも教えれば唱えられる。ただし、行使は出来ない。

 『神の恩恵(ファルナ)』を受けたマーレにも本来ならば彼独自の魔法が発現する筈なのだが――

 

 
 

 

 魔法談議に花を咲かせつつモンスターを倒し、鍛練を継続する事二時間。

 実力差がある為にリューは手加減せずに済み、マーレは見た目とは裏腹に平然としていた。

 本当に本気で斬りかかっても軽くいなされる。適度に打ち据えられた後は回復薬(ポーション)で癒す。

 

(勝ち筋が未だに見えない。レベル(フォー)になったというのに)

 

 彼女はやり過ぎなくらいに攻め立てた。それなのにそよ風の如くあしらわれてしまった。

 見た目は気弱で覇気が感じられないというのに。

 敵として出会いたくない手合いである事を理解した。先の大戦に現れていなかったのは幸運と言える。

 難敵とも言える相手から鍛練に(かこつ)けて情報を引き出そうとしている。そんな自分は何と浅ましい事か、と思わないでもないが仲間の為に汚れ役を買って出ている。

 これは正義を成す為ではない。

 アリーゼ達を死なせないためだ。知り合いの死を見るのは心に(こた)えるから。

 

「……対価は一括払いなのでしょうか?」

 

 疲労が回復してからリューは尋ねた。

 マーレの答えは否。要相談だという。

 

「金銭は法外に思われるかもしれませんが必要経費が高くつくので。こればかりは値下げ交渉が出来ません。他の対価は肉体の一部とかですね」

「……肉体の一部」

 

 リューは相手の言葉を反芻する。

 すぐに口に出る事から癖のようになっている。

 里で厳しく育てられた為か、正義感が強く、言葉に出さなければ気が済まない事も(しばしば)

 アリーゼ達と共に活動してからは性格的にも丸くなり始めてきたところ。

 

「四肢や下半身ですね。……さ、さすがに上半身は不味いと、思うので精々が耳や眼球くらいでしょうか?」

 

 気弱な少年のようなマーレの口から(おぞ)ましい内容が出てきてリューは一歩引き下がった。

 ただ、対価として支払う内容なので()()()()安全だと言える。

 仲間の為に彼の要望に頷けばどんな目に遭わされるか、レベル4をして恐れを感じる。

 

(……それでも必要とあらば私は……)

「あっ、今の話しに対価は無関係ですからね。説明はどうしても必要ですから」

 

 慌ててマーレはリューを宥めに来たが彼女に対してあまり効果は出なかった。

 毎回、共にダンジョンに潜っているがリューを含めて彼に危害を加えられたことは無く、弱みに付け込まれた事も無い。けれども、これからどうなるかが分からない。

 聞いた自分が悪いのか、とリューは改めて目の前のマーレに顔を向ける。

 抵抗するには強すぎる相手だ。強引に勧誘してこないだけましと言える。

 

 
 

 

 物騒な話しが続いたが採集物の回収はきちんとこなし、鍛練についてもいつも通りだ。

 先の大戦など前哨戦に過ぎなかったのでは、と感じなくもない。

 帰り際、サポーターなので彼が後ろを歩く。今日はそれがとても不安で身体は常に緊張しっ放しだ。――モンスターに警戒する上では普段通りなのだが気持ち的にはまるで違っていた。

 

(そもそも彼との探索は【アストレア・ファミリア】が依頼した事だ。彼が率先してやって来たわけではない)

 

 であれば今日の仕事終わりで別れればそれっきりに出来る。

 問題は魔法の秘密を知りたがるアリーゼ達の動向だ。

 彼女達はまだ事情を知らないし興味本位の部分が残っている。

 本拠(ホーム)に帰った後で説明したとして聞き入れてくれるかどうか――

 悶々としながら前を歩くリューが時々フラフラするので後ろから見ているマーレは心配になってきた。

 ひっそりと彼女に防御力を上げる魔法をかけたり、モンスターからの攻撃を防いだりした。

 

(……魔法をかけても具合が悪そう。……ぼ、僕、何か間違ったかな)

 

 声をかけると驚いて飛び退いてしまうし、どうすればいいのかと頭を悩ませる。

 先ほどの対価の話しが原因なのはマーレでも理解しているが、現地民の反応からすれば()()()()だったので即座に対応する事が出来なかった。

 マーレをして慌ててしまった。

 彼とて得手不得手がある。こればかりは中々治らない悪癖のようなもの。

 

「も、もう地上に出ましたよ」

「えっ!?」

 

 声かけられてまた飛び上がったようだが相当思案に暮れていた為か、自分達が地上に出た事に今頃気付いた。

 マーレが上手く誘導したお陰で迷いもせず怪我も無い。

 一呼吸おいてマーレがまずはギルドに行きましょうか、と言うと今度は驚くことなく分かりました、と了承する。

 さすがにリューも気まずさを覚え、すごすごとギルドに向かい今日の報酬を手に入れて分配する。

 鍛練が主なので収入は少なかったが彼は自分の分を受け取るとご苦労様でしたと丁寧な挨拶をして立ち去って行った。それをリューは茫然とした面持ちで見送った。

 

(……私は何をやっているんだ)

 

 帰り際、リューを知る冒険者達は俯き加減でいる彼女の姿に驚いたり物珍しさを覚えたりした。

 【アストレア・ファミリア】の末席に連なるリューも有名人の一人として扱われており、声を掛けられる事も少なくない。

 潔癖の森妖精(エルフ)なので大半は追い払ってしまう。

 今日は普段とは違って物凄く落ち込んだ状態なのが目に見えて明らかで誰も声をかけてこない。

 

「……【疾風】に何があったんだ?」

「……ダンジョンで武器でも無くしたか?」

 

 ひそひそ話もリューの横長の耳には届かない。

 彼女は衆目を集めながらヴァリス硬貨の詰まった革袋を握り締めたまま本拠(ホーム)にまっすぐ帰宅した。

 

 
 

 

 夕方、【アストレア・ファミリア】の本拠(ホーム)である『星屑の庭』にて夕食の支度が整えられる中、リューはテーブルに突っ伏していた。

 普段は気丈な彼女が朝とは打って変わって元気がない。収入が思ったより少なかったのが原因なのかと仲間は思った。

 主神である女神アストレアも事情を聞くべきか迷っていた。

 

「……マーレと一緒に潜って何かあったのか?」

「怪我とかしてないけど、完膚なきまで打倒された、ようにも見えないし」

「倒されても回復薬(ポーション)を使われたら分からないわ」

 

 いつになく声をかけにくいリューの様子に仲間達も困惑していた。

 無理に聞き出すよりまずは飯だ、と小人族(パルゥム)のライラが言うと仲間達はそれぞれのテーブルに着席したり、料理を配膳したりする。

 団長のアリーゼは皆が落ち着いた時に食事を始め、それからリューの下に向かった。

 リューの対面に座り、何か嫌な事でもあったのか――出来るだけ優し気に――尋ねてみた。

 

「……あったといいますか、聞かなければよかったと言いますか……」

(……魔法の秘密ね)

(魔法の事か)

 

 仲間達はすぐに思いついたが、それらは前から聞こうとしていた事で今日は進展があったのだな、と察した。

 聞くだけなら色々と教えてくれるし、言ったからとて対価を払えと今まで言われたことは無い。

 マーレは完全秘密主義というわけではなく、聞けば答えてくれる事柄は色々とあった。

 

「……まあ、分かった。リオンが言えないような事を言われたんだな。なら、アタシが聞いてやるよ。……それか、ダンジョンでウンコでも漏らしたか?」

「食事前になんてこと言うのよ!」

 

 半数の団員から抗議の声が上がり、近くに居たアストレアも少しだけ顔を青くしながら宥めようと身振り手振りを交えていた。――全員の視線がライラに向けられていたので女神の様子は無視された。

 漏らしてはいませんが、とリューは小声で答えつつ良くない事があった事だけは事実です、と言った。

 はっきり言えばマーレが怖い、と言いたかったが言えなかった。

 自分が言えずとも興味津々なアリーゼ達が彼の言葉を聞けばどうなるか、分からないが良くない気がする。吐き気がする。(おぞ)ましい何かがリューの心を鷲掴みにする。

 呻くリューにアストレアは部屋で休んできなさい、と優しげに言うが彼女の顔色も少し悪かった。それはリューの言葉ではなくライラの発言によるものだ。

 女神とて聞きたくない言葉の一つや二つあるものだ。

 団員達には個室が与えられている。食事を後で持って行くと言ってリューを自室に連れて行った。

 残った団員達はライラを糾弾した後、配られた食事を見てげんなりする。内容に関しておかしなところはないがもう少し配慮してほしかったと苦情が上がる。

 

「うるせえな。黙って食え」

 

 それから食器の音が部屋に響き、それぞれ食事を堪能する。

 時間が経つごとに食欲も戻り、いつもの雰囲気を取り戻す。

 それから誰かがマーレの対価について言葉を投げる。

 リュー以外には金銭については聞いていた。それが法外なものである事も。

 それ以外となると何があるのか。――改宗(コンバージョン)については既に否定されている。

 

「潔癖森妖精(エルフ)にとって言えないならアタシらはどうなんだ?」

「……どうなんでしょうか」

「……払えたら教えてもらえるっていうなら聞きたいじゃない」

「……五億ヴァリス」

「借金は無理よ」

 

 と、アスレトアは言った。

 金欠気味の【ファミリア】なのは主神も理解している。その上で大金を借りる事はいかに神でも難しい。それが迷宮都市(オラリオ)の命運を左右するような大事であれば(やぶさ)かではないのだが――

 魔法の情報以外でマーレは法外な金銭を要求したことがない。普段の仕事に関しての報酬には問題が無い事は分かっている。

 やはり飯のタネは高いんだな、とライラは思った。

 着物を着たゴジョウノ・輝夜(かぐや)は会話に参加こそしていないがマーレと共に探索に赴いた経験から推察しようとしたが全く原因が分からなかった。その彼女は次に共に探索しようと画策していたので()()()()()()尋ねてみることにした。

 

 
 

 

 数日後、輝夜はマーレと共に探索に赴き、浅い階層にて昼休みを取ることになった。

 下層以降に行かないのは団員達が本調子ではないことと戦闘の勘を取り戻す為だ。

 アリーゼなどは深層に行く準備を整えているが全員となるとまだ一か月ほどかかると算段している。いくら魔法で怪我などが治癒できるとしても。

 

(……それにしても普通に依頼を受けてくれるとは)

 

 律義なのかマーレは【アストレア・ファミリア】をお得意様と見ているのか、優先的に引き受けてくれる。

 そのことを聞けば、今ダンジョン探索にサポーターを募集している【ファミリア】が少なくて【アストレア・ファミリア】の依頼ばかりだという。

 他の【ファミリア】は自前でサポーターを持っていたり、雇う金銭的余裕が無かったりしているとか。

 少ない報酬でもいいという点も彼が来てくれる要因だろう。

 浅い階層とはいえマーレは豊富な魔法を出し惜しみすることなく披露している。殆ど補助関係だが。

 魔法職ではない輝夜から見ても異常。多彩な魔法は王族(ハイエルフ)以外に知らなかったので、余計に驚く。

 

「もう何度も聞かれていると思うのだが対価を払えば魔法を教えてくれるんだな?」

「質問の内容が魔法の情報か習得かで変わりますよ」

(……そ、そうか。確かにその通りだ)

「同じ質問をよく受けますが、僕が言える範囲はだいたい決まっています。そ、それと決定権は僕にありません。御方の指示に従った返答をするのが精々です」

(……やはり御方とやらの許可が居るのか)

 

 それとなく調べても――単語以外――何も出てこない。謎の存在だ。

 ただ、異邦人に関係する中ではよく出てくる事は分かっている。深入りすると危険そうな気配を感じるところから輝夜は表面的な調査で止めていた。

 マーレの言葉からも単語自体は秘匿性が無く、御方が何者かと聞いても御方です、としか答えない。

 ただ、御方が公開しても良い情報であれば答えられます、とは言っていた。それと慌てるようにオラリオに対して敵対的ではありません、とマーレは続けた。

 

「情報だと五億ヴァリスで習得だとどうなる?」

「肉体的な調査の為に肉片を戴けたら、いいな、と……」

「………」

(……ああ、これか。……たった一言なのに背筋に冷たいものが……)

 

 直感的に危険だと身体が反応し、思わず腰に差してある武器に手を掛けた。

 見た目は柔和そうな少年の(かんばせ)なのに得体の知れない存在に早変わりした。

 マーレは少なくとも【アストレア・ファミリア】の誰よりも強い。それゆえに油断したつもりは無いのだが、少し見誤ったかもしれないと思った。

 

「あ、ああ、驚かないでください。触媒とか体質とか相性の問題がありますから。こればかりはどうしようもないんです」

「……そういう問題か?」

(倫理観はどうなっている? だから法外なのか)

「現地の人が言う詠唱魔法とは違う概念ですが、魔力を使うところは同じなので習得しようと思えば出来ます」

 

 彼が出来ると言う事は誰かが犠牲になった、と言う事だ。

 冒険者は四肢欠損であったり眼帯を付けている者が一定数居る。その中に含まれるかどうかは不明だが、納得はした。

 自分達の知る限り、彼らの魔法を行使する冒険者については全く分からない。異邦人は現地の人間とあまり変わらないので。

 

「肉片の対価は即死しない程度の分量です。さすがに頭部や心臓は命にかかわるので」

(……魔法を覚えるのに命を差し出すのも……おかしいのか? 必要な魔法を他者に与える為に命を差し出す事もありうるのでは?)

 

 対価の内容があまりの事に輝夜は少し混乱した。

 いや、興味本位に手を出せば手痛いしっぺ返しが待っていると思えば納得できる。何事も対価は必要だ。その理屈は間違っていない。

 肉片の最大が下半身分。上半身ではないのは命に係わる部位が多いため。

 仮に指一本分はどのくらいだ、と聞きたくない気持ちを押し殺して尋ねてみた。――既に食欲は無い。

 

「低位の魔法一つ分くらい、でしょうか? 血液というのもありますが、御方が望む肉塊規模にも()るかもしれません」

 

 つい食用かと聞けばそれも含まれるかもしれません、と平然と答えた。

 マーレ自身は人肉は食べませんよ、と苦笑気味に言った。

 ちなみに五億ヴァリスで魔法一つというのは言葉の(あや)だが間違ってもいない。――高位の魔法の中にはそれくらいの価値があるものが存在する。当然、習得も簡単ではない。

 ただ、魔法の情報にしろ、習得にしろ無報酬では割に合わないのでこの内容になった。

 異邦人の全てが原住民を食用、または家畜とは思っていない事も強調する。

 彼の話しで潔癖のリューでは顔を青くする筈だと納得し、輝夜自身も気分が悪くなってきた。

 

「習得する魔法の内容と数は対象の強さに()ります。強大な魔法だけ習得したい、という要望には応えられませんし、御方でも無理と言われます」

「そ、そうか……」

 

 習得出来る魔法にも制限があり、当たり前だが魔力が必要。それと本人の資質により覚えられる魔法の内容も変わってくる。

 輝夜は剣士だが魔法を使う事が出来る。ゆえに充分覚える資格がある。

 都合のいい話しは無い、という部分を聞いて少しだけ安心した。

 噂に聞く『魔導書(グリモア)』を使えば誰しも魔法が扱える、それの事かと思っていたのだが――その本の値段も法外に近いが肉片は要求されない。

 

「大変興味のある話しだ。……で、対価以外に気を付ける事はあるのか? 【ステイタス】が著しく低下するとか、呪い(カース)を貰うとか」

「危険なものは与えませんので、デメリットは可能な限り除外します。【ステイタス】については本人の資質に寄りますので、何とも言えません」

 

 ふむ、と一つ頷き、考え込む。

 ここまで聞いて引き下がるのも勿体ない。ましてリューが同席していれば全員に帰還を願い出るだろう。そして、マーレとの関係を断つように進言してもおかしくない。

 輝夜は冒険者としては異質で元々は裏稼業で実力をつけてきた。その為か、忌避するような内容でも割合受け入れられる。ただ、そんな彼女であっても(おぞ)ましいと感じるのは他と変わらない。

 

 
 

 

 人を斬る事が多かった人生において正義の眷族の仲間入りを果たした自分は果たしてまともいえるのか、という問題がある。

 今でこそ仲間達のお陰で【アストレア・ファミリア】は大切なところだと思っているが、時々過去を思い出す。

 

 自分は果たしてここに居ていいのか。

 

 愚問である事は分かり切っているが捨てきれない部分もある。

 腰に()いている刀『彼岸花』を軽く抜く。

 整備を欠かしたことが無く、()()()()()()()()()()は曇らず輝いている。

 

「私は魔法職ではないが興味がある。どんな魔法が相応しいだろうか? 何か一覧表でもあるのか?」

「……あ、あるにはあります。まず、漠然とで良いですからこんな魔法が欲しいというものを教えてください。戦士系でもレベル毎に、ですが十個くらい覚えられます」

「!?」

 

 いやに簡単に提示されたが、それがもし本当であれば――どうだというのか。

 驚きでどう感情を表現すればいいのか分からなくなった。いや、凄いのは理解しているのだが――

 輝夜はレベル4。つまり最大四〇個もの魔法を覚えられる、可能性がある。

 現在扱える魔法が二個なのでかなり破格なのは分かり切っていた。

 

「武器の切れ味を良くしたり、治癒魔法を覚えたり、細々としたものなら結構数があります。逆に高レベル帯の魔法は数が少なくなります」

「……急に言われても全貌を知らないから……」

「そ、そうですよね。それゆえに魔法選びだけで数日かかる事も珍しくないです」

「なるほど?」

 

 この魔法が欲しいと言ってすぐに習得できるわけではないようだ。

 マーレの言葉からも覚えられそうな魔法の候補は膨大にあるらしいことが窺えた。それだけでもとんでもない事だが、それらの情報を迂闊に広めると彼の機嫌、または御方とやらが口封じに来る可能性がある。

 マーレの強さも脅威だが彼らの上はもっと危険度が高いと予想される。それこそ魑魅魍魎の(たぐい)と言われてもおかしくないほどに。ただし、輝夜の所感だが。

 冒険者の肉片を欲するような連中がまともである筈がない。

 

「魔法を取得すると【ステイタス】に『位階魔法』とだけ出ます。神々から与えられる才能とは別なので貴女の【ステイタス】にはあまり影響は出ないはずです。三つまでの魔法発現とは別口になりますし、能力的な干渉も起こりにくいかと。ちなみに魔法を使用とすると精神力(マインド)を消費する所は一緒です」

 

 と、流暢な説明がなされた。

 真面目な時は割り合い言葉に詰まらない。

 いくつかの疑問点も彼の説明で晴れた。残りは取り消しくらいだが、身体的なデメリットがなければ持っていた方が良いと答えてきた。

 取得した魔法は他人に教えようとしても無理である、と。

 

「似た魔法として発現する事はあるかもしれませんが、僕達の魔法は独自の(ことわり)を持っています。これは本人に紐づけられるので我々がもし、この世界から居なくなったとしても能力はおそらく消えません。与えた時点で貴女のものになり、才能として溶け込むからだと予想されています」

「……神が天界に送還されると能力が封印される、というものとは違うのか」

「何らかのスキルで消す事が可能になるかもしれませんが……。本人の新たな才能として身に着くものとして受け入れればいいのでは、と……」

 

 それには相手方を信用しなければならない。

 得体の知れない魔法を覚えさせられて酷い目に遭う可能性が万が一ないとも言い切れない。

 

(疑うなら対価を払わなければいい。だから、これは自分の意志で決めなければならない)

 

 ただ、疑問が残る。

 マーレはどうしてそこまで詳細な情報を教えてくれるのか。

 それこそが普段通りの説明です、と言われてしまえば言葉もないが――

 他の【ファミリア】にも同様に説明している気がしない。だからこその違和感だ。

 

「ちなみに、この情報は我々以外にもしているのか?」

「い、いいえ」

 

 たどたどしい言い方だった為に判断が付かないがマーレはきっと()はついていない。

 今の言葉が(まこと)ならば【アストレア・ファミリア】にだけ魔法の情報を提示している事になる。だが、多彩な魔法を気にしない【ファミリア】があるとは思えないし、彼の要求を既に呑んでいる【ファミリア】があっても不思議ではない。

 話しぶりからも【アストレア・ファミリア】だけに提示しているとは思えない。

 

「あ、貴女方【アストレア・ファミリア】については事前に調査し、御方からも我々の力の一端を見せても良いと許可を得ているので……」

「……そうか」

 

 確かに一緒の探索時には他の【ファミリア】の影は無く、自分達の前だけ多彩な力を披露している。それらが事前調査の上でなら納得する。

 彼らの上司たる御方に【アストレア・ファミリア】が信用されている、ということなのか、と。それはそれでありがたい事だ。

 おそらくいくつかの【ファミリア】については大丈夫と思われている。その上でマーレは指示に従って行動しているだけ。そう思えば何も不思議な事は無い。

 仕事を依頼する時も指名する側はマーレではなく【アストレア・ファミリア】だ。その点を間違えてはいけない。

 

 
 

 

 信用を得ているのであればもう少し突っ込んだ質問も可能な筈、と思って輝夜は正座する。

 現在、二人はダンジョンの中に居るがマーレの魔法によって安全対策が取られているし、外部に声や音が漏れないようになっている。――中に居る者には現実味が無いのだが、モンスターが襲ってこない所から効果があることは目に見えて明らかだった。

 改めて輝夜は魔法を習得する方法について尋ねた。

 

「ぼ、僕達の拠点に来ていただきます。そこで儀式的な事をします。これは永久的なものではないので拒否するのも簡単です」

 

 その拠点は秘密基地の様なもので目隠しが必要だと説明する。

 改宗(コンバージョン)するわけではないので【ファミリア】は今のまま維持される。

 習得したい魔法を選んでもらえば終わりだという。

 

「魔法一つにつき腕一本というわけではありませんが、貰えるのでしたらありがたいです」

「つまり魔法はほぼ一括で習得が可能ということか?」

「そうですね。いきなり百個も覚えても使い道に困るだけですけど……」

 

 習得した魔法の内容は別途勉強させる、とマーレは言う。

 それと魔法に限らず必要な『特技(フィート)』という概念がある。スキルとはまた違ったもので、これも膨大な数が存在し、取得するのに時間がかかる。

 本人の技量に合ったものを得ておけば戦闘や暮らしに役立つ、かもしれない。それらの解説も別途することを約束した。

 最後に下半身をもぎ取るとして、その後どうなるか――それについては秘密とだけ言われた。

 

(魔法の為に多くを失うが、それに見合った力が得られるならば対価は妥当なのか。……現に私達は魔法について知りたくて仕方がない。……なるほど、これは甘い毒だ。……劇物と知らずに……)

 

 鞘から少しだけ刀を引き抜き、刀身に映る自身の顔を見る。

 彼の話しを聞いた上での自分の顔は笑顔か恐怖か。果たして――そこにあったのは殺意。

 仲間が危険にさらされると分かっていて見過ごすのは正義の使徒にあるまじき事だ。だから、ゆっくりと引き抜いた刀をマーレに向ける。対する彼は平然と佇んていた。

 

「とても興味深い話を聞かせてもらった。……これは興味からだが、お試しに一つだけでもいいのか? それとも本契約を済まさなければならない事か?」

「お試しとは……、対価を払わずまずは一つだけ習得してみたいと?」

「そうだな。何事もどういうものか分かっていた方がいい」

「最初の段階からすでに儀式が始まるので、お試しという事は出来ません。代わりに後から再取得は可能です。対価は要相談となりますが、儀式を済ませた後は任意です。……僕としては御方の為に対価を払ってくれる方がありがたいんですけどね」

 

 魔法一つにつき肉片一つではなく、最初の契約が済めば本人が望むままに魔法を提供する、という理解で良いのか、と。で、それを聞き直すと低位階であればそうですね、と答えた。

 魔法だけではなく『特技(フィート)』も同じだという。

 異邦人はこの地に数百年、または千年に届くほどの期間住んでいる。旅立ちの日は決まっていないが、今のところ大きなことが起きない限り現地に根ずく事は決定事項となっている。

 彼ら全員がこの地に移り住んでいるのではなく、本体と言える者達は次の旅に向かっていた。

 マーレも彼らに追随しなければならない筈なのだが、残る事を選んだ。その理由を目の前の彼女に言う義理は無いので無言を貫く。

 

「……最後に、これも興味からだが……。肉片をそこの背負い袋(バックパック)に入れるのか? 血の匂いとか魔法で消せるとしても……、直に入れるわけではあるまい」

「『保存(プリザベイション)』等の魔法や専用の魔法道具(マジックアイテム)に包みますよ」

 

 自分達の常識では死体などは布に包んで持ち帰るだけ。

 欠損した四肢はモンスターに骨ごと食べられなければなんとかなる、というのが治療師(ヒーラー)達の言い分だ。もちろん、法外な金銭を要求される。

 戦闘中心の自分達には伺い知れないが色々と用意が良いところが頭にくる。

 

 
 

 

 知りたいことは大体聞き終えたと輝夜は判断した。

 軽く嘆息しつつ(ふところ)からハンカチを取り出し、円柱形に丸めた。それを口に運び、強く噛み締める。

 元々の目的としては覚悟を決めてきたが予想外の情報量に少したじろいだが結論は変わらない。元より、その為に輝夜は一人でマーレと相対した。

 

(……アストレア様、アリーゼ達……。悪いが私のやりたいようにやらせてもらう)

 

 方法こそ褒められたものではないが、輝夜としては仲間を守るために行動する。その為ならばいくらでも手を血に染め、正義の為に汚い事すら(いと)わない。

 先の大戦でも斬ると決めた事に後悔は無い。

 いや、これは自分で決めた事だ。正義など関係ない。

 

「……ふぅ」

 

 一つ息をついた瞬間に右手で握った刀を下段から切り上げるように一息で振り上げる。

 思わず叫びそうになる気持ちを無理矢理押し留める。体勢が崩れそうになるも両の脚に力を込める。

 その横では地面にボトっと鈍い音がし、次いで液体がぶちまけられる音が耳に届く。

 そんな光景をマーレは興味深そうな顔で見つめていた。そこに笑顔はなく普段通りの顔があった。

 輝夜にとっては腹立たしく見えて怒りが湧く。しかし、それはただのやっかみなので、すぐに頭が冷えてくる。

 

「……はぁ、はぁ。済まないが……包帯などがあったら巻いてくれるか?」

「はい」

 

 【ヘラ・ファミリア】のレベル(セブン)との死闘で死ぬような目に遭い、小さくないケガもした。それに今、自分が生きているのは奇跡に近い。

 仲間を失うことなく勝利した。それは相手側の事情もあったればこそ。そうでなければ全滅もあった。

 だから、この程度の怪我で怯むわけには行かない。

 刀を地面に置いて、震える右手を懸命に動かす。左側がとても熱いが、今はそちらを見たくもない。

 輝夜は()()()()()馬鹿なことをしていると思った。

 覚悟して怖気づくのは弱い証拠。であればまだ足りないな、と思い左目を無造作に抉り取った。

 一息でやったので突き刺さる痛みは最初だけ。顔に繋がっている血管が千切れる不快感が少しあった程度で済んだが痛い事には変わらない。

 マーレに左腕と眼球を示して対価に足りるか尋ねた。

 

「ありがとうございます。……魔法の取得で間違いありませんか?」

「……ああ。どんな魔法を貰えるのか楽しみ、だ……」

 

 気丈に振舞うも痩せ我慢だ。動こうとするたびに痛みが襲ってくる。

 マーレは手慣れた動きで傷口に回復薬(ポーション)を振りかけ、地面に落ちた腕を拾い、眼球を輝夜から受け取る。

 肉片と化した部位に先ごろ言っていた『保存(プリザベイション)』の魔法を唱えて、用意した綺麗な水でそれぞれ洗う。

 腕は布に包み、眼球は液体が満たされた容器に入れられた。

 

無臭(オーダレス)

 

 結構な出血により周りは血の匂いが漂っていたがマーレの魔法で即座に消され、輝夜の――傷口が塞がったが――肩口を包帯でしっかりと巻き付ける。

 彼は森祭司(ドルイド)系と信仰系を嗜むが魔力系の魔法も一部行使する事が出来る。

 基本的に位階魔法を全て修める事は不可能である。それは彼ら(異邦人)職業(クラス)構成には制限があるからだ。

 では、その制限が無ければ可能か、と言われれば否だ。彼らとて無制限に力を行使できるわけではない。

 

「ここから先は秘密が多いので目隠ししますね」

「……ああ」

 

 激痛で額から脂汗が流れ、それを回復薬(ポーション)で即座に癒したとしても鈍痛が残っている。特に顔は火が出るほど熱くなっていた。そんな状態でマーレにされるがまま目隠しされる。

 残っている右目が暗闇に閉ざされると――

 

睡眠(スリープ)

 

 という魔法の言葉と共に意識が埋没した。

 この魔法は本来魔力系だが信仰系寄りのマーレが自分の魔法として行使したわけではなく、可能足らしめる様々な魔法道具(マジックアイテム)の一つを起動させただけだ。

 道具(アイテム)も魔法同様に発声や動作を必要とする。ただそれだけの事だ。

 

伝言(メッセージ)

 

 続けて魔法を行使する。これも彼が装備しているものに由来する。

 二人が居る場所は防音されているので問題ない。

 

 
 

 

 眠らされた輝夜が次に目覚めた場所は何処とも知れぬ建物の中、という事だけは分かった。

 椅子に座らされた状態で縛られている。荷物は近くにあった。

 目覚めたばかりで少しぼんやりしていたが自分の状況を把握するのに少しだけ時間がかかった以外は問題は無かった。

 マーレも近くに居て、目覚めてすぐ暴れないように、という理由で縛っていた事を教えてくれた。

 大人しくすることを条件に縄は解かれた。

 

(……手荒な方法だが秘匿する上では当然か)

 

 それから儀式めいたやり取りが始まる。彼から改めて改宗(コンバージョン)ではないことを告げられ、言われるがまま返答していった。

 気持ち的に落ち着いた時、彼は羊皮紙に書かれた魔法と特技(フィート)の一覧表を差し出した。

 それから本当に懇切丁寧に解説された。これとこれを取っておくと便利ですよ、などと利便性まで教えてくれる。

 

(一つに対して対価一つというわけではないのか)

 

 色々と言われたが輝夜に適しているのは魔力系で第三位階程度まで行使できるということ。使用可能な魔法の数は三〇数個。

 職業(クラス)構成から判断し、これより上を目指すには鍛練が必要であること。もちろん更なるランクアップは必須、と。

 情報過多なくらい教えてもらった。それに一々対価は無く、全て込みで一回だと思っていいと言われた。

 

(……確かに候補が多すぎて一日で全部決めるのは無理だ)

 

 今は提示された事柄を選んでいるだけで技として身に着いたかどうかは実際に動いて確認していくしかない。

 ある程度決めていった時、義眼を空洞になった左目に入れられた。驚きの連続で油断していた為か、忌避感なく受け入れてしまった。

 

「顔の釣り合いを取る為のものです」

「……ああ、確かに。先ほどから目蓋の調子が悪かったから、これはありがたい」

 

 ある程度、選択し終わったら文言による儀式が始まった。

 彼の(げん)ではこの場所以外では何の効果も無い、とのこと。――例外はあるらしいが。

 そして、また唐突に眠らされた。

 薄れゆく意識の中で自身の中で色々と変わっていく感覚に気が付き、それは夢として処理されていく。

 次に目覚めた時は一階層の出入り口付近だった。

 熟睡していた為か、身体は酷く軽かった。というより左腕が無いし、左目も同様に失っていた事に気付き、ため息をつく。

 夢の中の出来事ではなく、全て現実か、と。

 

「お、おはようござい、ます。……それでこれからどうしますか?」

 

 側に控えていたマーレに挨拶されて驚いたが、すぐに意識を切り替える。

 どうしますか、というのはこれからも彼と共に仕事をするのか、という意味だと解釈した。

 当然、ダンジョンに潜るのでマーレが良ければ続けたいと言った。

 問題があるとすれば腕を失ったことを【アストレア・ファミリア】の団員達にどう説明するか、だ。

 気が重い。輝夜は俯こうとしたが欠損した左目が酷く傷んだ。本来あるべき眼球が無いので血流に色々と問題が起きているようだ。覚醒してから頭痛も感じるようになった。

 左腕の痛みは消えているが動かそうとするとピリピリとした痛みが走る、気がする。

 

(……これで魔法が使えなかったら……、こいつを斬るか。いや、あれだけ説明しておいて無理でしたは通用せんだろうに)

 

 色々と気になる事柄があるが、まずは本拠(ホーム)に戻って眠りたい。魔法による眠りも悪くなかったけれど落ち着かない。

 自分の荷物を持ちつつ輝夜はマーレと別れた。

 今日の稼ぎとか最早どうでもよくなった。道行く冒険者が輝夜を見て驚くが、それらにかかずらっている余裕は彼女には無かった。

 それより着物が重く感じる。左側がずり落ちそうになる為に体勢が崩れそうに。

 足取りが落ち着かないせいで精神的に苛々してきた。

 何とか本拠(ホーム)にたどり着くと大声で喚いた。そのせいで仲間達がやってきて輝夜の姿に驚くも当人は大きな声を出した事で少しすっきりした。

 気持ちが落ち着いたところで質問を無視して自室に向かい、服も脱がずにそのままベッドに潜り込む。

 明日から騒がしい一日が始まるかもしれないが、目的は達成した。今日はそれだけでもうたくさんだ、と愚痴をこぼしつつ睡魔に身を委ねる。

 




付録:作中に登場した魔法 4

無臭(オーダレス)

系統:変成術
位階:魔力〈一〉、その他(森祭司(ドルイド)吟遊詩人(バード)野伏(レンジャー))〈一〉
構成要素:音声、動作、物質
距離:接触
効果範囲:接触したクリーチャー1体
持続時間:10分×術者レベル
●備考●
 目標となったクリーチャー1体は匂いが除去される。よって『鋭敏嗅覚』などの能力による感知および追跡はされない。また『悪臭』の効果などを受けている場合、その部分を抑止する事が出来る。


睡眠(スリープ)

系統:心術[強制][精神作用]
位階:魔力〈一〉、その他(吟遊詩人(バード))〈一〉
構成要素:音声、動作、物質(細かい砂、バラの花びら、あるいは生きているコオロギ)
距離:中距離(約30m+3m×術者レベル)
効果範囲:半径3m爆発内の1体以上の生きているクリーチャー
持続時間:1分×術者レベル
●備考●
 魔法による深い睡眠に陥らせる。頬を叩いたり、傷つけたりすれば、この魔法が作用しているクリーチャーを目覚めさせることができるが、普通の雑音では目覚めさせることはできない。


保存(プリザベイション)

系統:死霊術
位階:魔力〈一〉、信仰〈一〉、その他(森祭司(ドルイド)野伏(レンジャー))〈一〉
構成要素:音声、動作、物体/信仰(塩ひとつまみ)
距離:接触
目標:接触した物体、最大500(グラッド)×術者レベル
持続時間:一週間
●備考●
 腐敗や損害を劇的に遅くする。食べ物、水、植物、生体組織、切り離された肉体の部位、その他腐りやすい物体を新鮮なまま保存する。


伝言(メッセージ)

系統:変成術[言語依存]
位階:魔力〈一〉、その他(吟遊詩人(バード))〈一〉
構成要素:音声、動作、焦点(銅線1本)
距離:中距離(約30m+3m×術者レベル)
目標:クリーチャー1体×術者レベル
持続時間:10分×術者レベル
●備考●
 術者は伝言を囁いて伝え、また、受け取る事が出来る。近くに居る者も伝言を聞く事が出来る。伝言を受け取ったクリーチャーは術者が聞き取ることのできる返事をささやき返すことができる。ただし、言葉の壁を乗り越えることはできない。相手に伝える為には口で話すか囁かなければならない。ユグドラシル(転移前の世界)では指定した相手ならば遠距離でも支障なく言葉を伝えられた。


CHARACTER 5
ゴジョウノ・輝夜(かぐや)

所属
【アストレア・ファミリア】
種族
人間(ヒューマン)

職業
冒険者
到達階層
33階層

装備
(彼岸花)短刀(双葉)
所持金
95400ヴァリス

ステイタス
Lv.4
H185耐久HI03
器用H152敏捷HI89
魔力I97夜争
耐異常魔導

魔法

ゴコウ
・任意の位置に魔法の斬撃を五条生み出す。

位階魔法
・魔力系第三位階相当。

スキル

殺剣血統(カイナ・ブラッド)
・同一の血統にのみ自身の能力や魔法を継承させる事が出来る。

流水加速
・加速におけるスキル効果増幅。

装備

無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)
・見た目は標準的な背負い袋(バックパック)       

・価格は50000ヴァリス。       

・総重量2000000(グラッド)まで物品。

・生き物を入れる事は出来ないが例外的に死体は生者扱いされないので入れる事が出来る。

・生物の部位は食用、触媒、物質要素などの物品扱いとなる。


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