ダンジョン・フラグメント   作:トラロック

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08 不屈魔法

 【ソーマ・ファミリア】所属の小人族(パルゥム)の少女リリルカ・アーデは人生の岐路に立っていた。ほぼ毎日立たされているような気もするが、今日も立っている、の方が適切だっただろうか。

 冒険者の荷物持ち(サポーター)として雇われていた筈なのに気が付けば前衛に立ち、モンスターを狩っている。戦わされている。

 右と左で黒と白にはっきりと分かれた髪と瞳を持つ冒険者アンティリーネの――気紛れとも――指導により【ステイタス】は確かに上がってきた。

 最初はただの拷問。生きているのが不思議なくらい。

 

(あれ? 今も大して変わりませんね)

 

 小柄な体形なので歳が増えても成長したようには思えない。万年子供体型な小人族(パルゥム)の宿命であった。

 いや、体型の事ではなくて。

 増えにくい『能力(アビリティ)』を一年以上かけてAにまで持って行った。『耐久』だけSだが。

 結果を見たリリルカは努力が実って思わず涙を零した。しかし、感動を味わう暇もなく現在、ダンジョンにて牛頭人(ミノタウロス)と相対する事になってしまった。

 武器はなんでもいい。戦い方もリリルカ任せ。命令(オーダー)はただ一つ。

 

 勝て。

 

 どんなに強烈な一撃を受けても敗走する事は許さない。武器はいくらでも用意してあげる、と。

 それと『魔力』は事前に枯渇気味まで使用しておくこと、と後で言われた。どの道、攻撃魔法は何も覚えていないので多少なりとも【経験値(エクセリア)】の足しにする。

 

「周りは気にしなくていいわ。目の前のモンスターに集中なさい」

 

 気だるげだった彼女は今や鬼教官だ。

 よく今まで死ななかったものだ、と思わなくもないが――

 たぶん、死んでいた方が楽だったかもしれない。それは優しさではなく紛れもなく拷問に匹敵する。

 以前までなら大型級モンスターを前にすれば恐怖に(おのの)いていただろう。今は不思議と少し強い程度のモンスターにしか見えない。勝てるかはまだリリルカにも分からないけれど。

 武骨な剣を振るう牛頭人(ミノタウロス)の攻撃を小剣でいなそうとする。しかし、力負けして吹き飛ばされる。

 すぐに腕が折れていないことを確認し、身構える。

 最初は相手の攻撃を出来るだけ受けるように、と指示されていた。

 それから危なげなく数合受けるも足腰はまだ震えていない。

 

(……討伐推奨レベル(ツー)のモンスターをどうやってリリが倒せるというのでしょうか。硬い表皮にダメージを与える術が分かりません)

 

 まともに戦えば今のリリルカの【ステイタス】でも厳しい。けれども、それを乗り越えてこそ冒険者である。

 更に時間が過ぎ、体感で百合を超えたくらいで新たな命令(オーダー)が来る。

 牛頭人(ミノタウロス)の両脚を手持ちの武器を使って攻撃しろ、と。

 受けに回っていたリリルカは疲労を感じつつモンスターに突貫する。

 小柄な体形を生かし、敵の攻撃を(かわ)す。受けなくていい分、気持ち的に少しだけ楽になった。

 敵の動きはもう見える。身体もちゃんと反応する。後は攻めるだけ。

 彼女が戦っている間、アンティリーネは新たに壁から生まれるモンスターを適時処理してリリルカを応援していた。

 

 
 

 

 彼女の攻撃はやはり牛頭人(ミノタウロス)には通用せず、攻撃が当たっている()()でやる気が削がれる。

 柔らかそうな膝裏などを狙っても刺さらない。

 躱して突撃して攻撃しての三つを只管(ひたすら)繰り返す。その間も疲労はどんどん溜まり、ある時、モンスターに捕まって壁に叩きつけられた。

 全身の骨が軋む。呼吸困難に陥った。

 

「立ちなさい。冒険者に必要な事は何か思い出して」

「前を向く……意志を持ち続けること、です」

 

 生き足掻く者にいずれ祝福が訪れる。

 半信半疑であったものの【ステイタス】はちゃんと答えてくれた。主神が目を背けていても結果がついてきた。

 この戦闘でリリルカが戦闘不能に陥ったらアンティリーネが回復魔法を使う事になっている。元より戦闘能力が低い小人族(パルゥム)一人で牛頭人(ミノタウロス)を倒す事はほぼほぼ不可能だ。

 彼ら(小人族)は仲間と協力して強くなる。

 単独討伐はそれこそ英雄の資質を持っていなければ無理ではないか、と。

 強制的に傷が癒えたリリルカはすぐに立ち上がり、相対距離を保つ。

 

「『昇格(ランクアップ)』に必要な要素は一定数の『能力(アビリティ)』と偉業を成すこと。前者は達成した。……後はリリルカ次第よ」

「はい」

 

 無謀な小人族(パルゥム)が果敢に攻め立て吹き飛ばされると――治癒魔法が飛ぶ。

 傷が癒えたらまた突進する。

 攻撃回数が増える毎に牛頭人(ミノタウロス)の攻撃が当たらなくなる、どころか吹き飛ばされる事が増えてきた。

 疲労が蓄積してきて避けるのが困難になっていた為だ。

 傷は適時治っている。ただ少女の体力は確実に消耗していた。

 

軽症治癒(ライト・ヒーリング)中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)

(……怪我の治りが鈍くなった、わけではないわね。……こうして他人と一緒に戦闘するのって久しぶりだから私自身調子がいいとは言えないけれど……)

 

 単調な戦闘を眺めているのも退屈になってきた頃合いだ、とアンティリーネは少しだけ欠伸してから荷物を漁る。

 意識がはっきりしているとはいえ、迷宮都市(オラリオ)における自身の目的に差して変化はない。

 一つは強い存在と戦うこと。これは今のところ意欲が湧かないので保留にしている。

 もう一つは現地民との交流。

 きっかけは何でも良かった。今までも、これからも。

 

(生き急ぐ人生は息苦しいことこの上なく、今は快適かと問われれば……、ちょっと分からないわね。私は囚われの姫……。素敵な王子様が現れるのを只管(ひたすら)に待ち続けている)

 

 鼻歌を唄いながら首飾りや指輪を装着する。

 国から解放されたアンティリーネは確かに自由だ。色々と規則(ルール)に縛られているけれど、それでも快適と言えるほどには満喫していた。

 現にこうして他派閥の冒険者と遊んでいられる。うっかり殺さない限りかぎりマーレに怒られたりしない。――彼の機嫌を損ねるのはアンティリーネであっても都合が悪い。

 

「……ああ」

(魔法より便利な道具(アイテム)があったわね)

 

 久しく戦闘に関わってこなかったので色々と忘れている事があったらしい。

 記憶は時と共に衰退する。いくら長寿の種族でも限度がある、とアンティリーネは思っていた。

 全ての事柄を記憶し、適時思い出す事は神人と言えども不可能に近い。

 誰でも不都合な記憶は忘れてしまいたい。正に打って付けの魔法が存在するが、それは最終手段だ。

 そうこうしている内に目的の魔法道具(マジックアイテム)――『維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)』を取り出す。

 魔法の武具や道具は相手に会わせて大きさが変わる。その原理はよく分かっていないが、そういうものだと認知されている。

 

 
 

 

 怪我が治っても疲労は蓄積する。

 リリルカは呼吸困難なくらい疲れ果て、眩暈を感じていた。

 自分が今何をやろうとしているのか、段々と分からなくなる。そして、何度も何かに吹き飛ばされ、それでも前に進まなければ、と謎の脅迫観念に突き動かされる。

 意識を手放せばどんなに楽か。けれども暴力によって強制的に現実に引き戻される。

 

「せっかく順調に【ステイタス】が増えたんだから、もうひと頑張りしなさい。限界を超えた先に行きたくはない?」

 

 リリルカに指輪をはめる。

 アイテムの効果はすぐに現れないが、直に身体に変化が起きる筈だ。

 維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)は食事と睡眠を不要とする。

 疲労は回復する、というより疲れにくくする。

 本来は長時間の行軍などに効果を発揮するもので(戦闘中)の様な即効性を求められる場面で使うものではない。

 ゆえに――

 

不屈の姿(アンタイアリング・フォーム)

 

 疲労や過労に対する完全耐性を得る。つまり効果時間までリリルカは疲れ知らずとなる。

 先ほどまでリリルカの重くなった身体は幾分か軽くなった。

 似た魔法に『不休の追撃(タイアレス・パースート)』、『不休の追撃者達(タイアレス・パースーアーズ)』があるが、前者は自分にしか掛けられず、後者は位階が高く術者レベルを上げるアイテムや彼女独自の特技(フィート)の合わせ技が必要だった。

 巻物(スクロール)を使う手も無くはないが――

 

(……豊富過ぎる魔法も考え物よね)

 

 元々アンティリーネは戦闘向きで魔法に()けているわけではない。

 何かが突出していれば何かが不得手になる。

 それこそが人の営みだと言えないだろうか。

 

(何か面白そうな魔法を使ってみたいわね。……これは……少し期待しちゃいそう)

 

 リリルカが立ち上がり、武器を構える様子を眺めつつ持ち物を漁る。

 大量に物資が詰め込まれているが自分が必要とするものは瞬時に脳裏に浮かぶ。原理こそ不明だがそういうものとして受け入れていた。

 彼女が取り出したのは一本の丸められた巻物(スクロール)だ。基本的に丸められており、綺麗に伸ばされて一枚の紙として仕舞われる事は無い。

 

「リリルカ。この武器を使いなさい」

 

 そう言って投げ渡したのは刺突に()けた三〇(セルチ)ほどの長さの『スティレット』だ。

 一般的な刀剣類は小柄な小人族(パルゥム)には扱い難く、かといって槍はリリルカも殆ど習熟していないので難しい。

 あと、疲労が続いたせいか、返事が無いがアンティリーネの言葉はちゃんと届いたようだ。

 

アドレナリン活性(アドレナリン・サージ)

 

 巻物(スクロール)に込められた魔力系第二位階の魔法を開放する。

 この魔法は範囲内に居る()()()クリーチャーに作用する。よって長時間相手をさせられた牛頭人(ミノタウロス)にも効果を発揮する。

 似た魔法に『アドレナリンの爆発(バースト・オブ・アドレナリン)』というのがあるが、こちらは対象が術者自身だ。

 双方の『(アビリティ)』が一時的に上昇してしまったが、大まかな流れは変わらない。

 疲労が無くなり、身体が軽くなったリリルカはやけくそ気味に突貫する。

 『力』こそ上がったが速度まで変化したわけではない。それは相手も同じ。

 

(リリの(ちから)は結構増えた筈なのに。牛頭人(ミノタウロス)の攻撃力がさっきより上がって怖いですぅ)

 

 弱音を吐きながら刺突を繰り返す。

 相手の動きは見えている。無茶な鍛練によって『敏捷』も格段に上がった。それでもまだモンスターの方が早く感じる。

 今は冒険者の囮ではなくリリルカが一人で窮地を脱する為の戦いだと自分に言い聞かせる。

 

「胸が厚いなら頭を狙いなさい」

「はい!」

(……リリの身長では届きませんけどね)

 

 そんな苦情が聞こえたのか、アンティリーネは自然な動きで牛頭人(ミノタウロス)に近づき、両膝を棒武器で粉砕した。

 今まで手を出さなかったのでリリルカは思わず立ち止まり驚いてしまった。

 アンティリーネ側からすれば戦闘時間が長すぎて退屈を感じていた。今のままでは次の戦闘にも支障が出る。そう判断した。

 とにかく、大事なのはリリルカの手でモンスターを倒すこと。最初から最後まで一人で戦わせなくてもいいか、と。

 

「……まあ、どうせ倒すんだから別にいいんじゃないかしら。大事な事はリリルカがしっかりと牛頭人(ミノタウロス)に止めを刺す事よ」

「……そうですね」

「他の小人族(パルゥム)がどう戦うかは知らないけれど、余計なことをしたせいで偉業と見做(みな)されないとか? 今回ダメだったら次頑張ればいいわけだし」

 

 一人で戦って勝つ、というのはリリルカも想像していた。けれど、別に一人で最初から最後まで戦わなくてもいいのではないか、と思わないでもない。

 アンティリーネの言うとおり、牛頭人(ミノタウロス)は今回限りのモンスターではない。これからも戦う事になる相手だ。

 リリルカは仰向けになったモンスターに近づき、捕まらないように気を付けながら攻撃を開始した。

 狙う個所は眼球。深く刺されば脳にダメージを与えられる。問題は両腕を振るわれる事だ。これについては無言で近寄ってきたアンティリーネが牛頭人(ミノタウロス)の腕を踏みつけた事で動きが止まる。

 

「グオオ!」

 

 威圧するように叫ぶもリリルカは怖気づかない。

 ただ一心にスティレットを突き出す。

 何度かの刺突により牛頭人(ミノタウロス)は灰へと還った。だが、それで戦いが終わったわけではない。早速壁から新たな牛頭人(ミノタウロス)が現れる。

 もう一体行けるかしら、という呑気な言葉にリリルカは休みたいです、と小声で弱音吐く。

 

 
 

 

 意外と容赦のない命令に従いつつ都合三体を仕留めるに至る。

 小柄なリリルカは疲労を感じない状態とはいえ、精神的には汗だくだった。――魔法の効果により外見的には平静そのもの。

 アンティリーネの説明によれば数日は今の状態が保たれ、効果が終われば死ぬほど疲労を感じるかもしれない、と。

 

「というのは魔法の効果が切れたら分かる事だけどね。その指輪は外さない方がいいわ。……私も久しぶりに色々と魔法を使ったから」

「わ、分かりました」

 

 帰りの道中、可能な限りリリルカにモンスターを倒させた。少しでも戦闘経験値を得るために。

 技は(つたな)いが初期のころよりは動けているし、モンスターに対しても積極的に向かえるようになっていた。

 これで【ステイタス】に何の恩恵も無ければ小人族(パルゥム)という種族は呪われているとしか思えない。

 地上に出た後、拾得物をギルドに提出し、換金してもらう。その後は(アンティリーネ)(リリルカ)ほどの割合で報酬を分割した。その時に指輪以外の貸与品を返却する。

 

「こっちがリリルカの取り分よ。ただ、指輪は上げられないから」

「……購入するといくらになりますか?」

「……一〇〇万ヴァリスより下だったと思うわ。……二五万くらいだったかしら?」

(……それなりにしますね~。でも、頑張れば手が届きそうな値段です)

 

 値段交渉を済ませた後、アンティリーネはリリルカにかけた魔法をこっそりと解く。

 指輪の能力によってリリルカの体調に変化は現れず。そのままお互い別れることになった。

 一人になったアンティリーネは打ち上げなどせず、宿に戻り早々に就寝する。

 無為な生活を続けてきたがリリルカ以外の目標はまだ決めておらず、ダンジョンに対しても興味はまだ覚えていない。

 元々国防に関わっていた為に外界に興味を覚えなかった。旅をしたい気持ちも湧かない。ただ只管(ひたすら)に強者との戦いを望んでいた。

 今は無為だけが残っている状態だ。

 女の身であるならば伴侶を得る宣託もったけれど、長い人生が様々な興味を殺しに来る。

 

(……長寿は滅びに向かいやすい)

 

 特に人並みの人生を消化した後は強烈な飢餓を感じる。飢えに似た渇望だ。

 今のアンティリーネは空虚を内包している状態だった。

 いや、元より彼女には何も無いのかもしれない。

 

 
 

 

 探索の名目でリリルカが鍛練を初めて一か月が過ぎようとしていた。

 無謀にも思える戦闘訓練の果てに『能力(アビリティ)』のいくつかがSに至った。もちろん、【ソーマ・ファミリア】の団員には内密なので主神とアンティリーネしか知らない。

 牛頭人(ミノタウロス)を一体倒したくらいでは即昇格(ランクアップ)とは行かなかったようだ。

 なので十体ほど討伐した。――半分くらいは手伝ってもらった。

 

「私からすれば子供に酒を飲ませて酔うなっていう方が無茶よ。そんなことしたら身体壊すに決まってるし、内臓も痛めるわよ」

 

 いくら冒険者となって少し丈夫になったとしても、と憤慨する。

 神ソーマは酒造りに関して妥協しない趣味神として有名だが、滅多に人前に現れないのでいまいちどんな神様なのか知られていない。

 ただ只管(ひたすら)に酒を造り続けている。けれど、未だに満足する物が出来ない。

 

「あと、作りたての酒なんて対して美味くもないでしょうに。ワインと一緒で長い時間をかけて熟成させるもんじゃないの?」

 

 あと、中途半端って自分で分かっている酒を飲ませて美味いと言え、っていうのは関心の薄いアンティリーネでもおかしいと思った。

 ただし、これらは愚痴だ。

 男神であるソーマの不精面を見て、つい口が出てしまった。時にはモジャモジャ髪を剃って酒にぶち込むわよ、と言った事もある。

 周りに関心を持たない神ゆえに好き放題言っているだけで、聞いているかどうかはどうでもいい。

 ちゃんと【ステイタス】を更新してくれればすぐに立ち去る。

 

(……『能力(アビリティ)』がまた伸びている。……俺の眷族、なんだよな?)

 

 自由になりたいと言ったリリルカに自身が作った酒を飲ませて感想を聞こうと思った。けれども、いとも簡単に良い、満足な結果が得られない。いや、常に同じような文言ばかりで真実、自分の造った酒が美味しいのか判断が付かなかった。

 リリルカも他の眷族と同様のありさまで失望した。それはあくまで神ソーマの感想であり、無茶ぶりしているという意識は無かった。

 見た目からも根暗で目を合わせようとしない。自堕落で汚らしい姿だが神である。

 

(……これなら昇格(ランクアップ)も出来る。……そうか。また一人、高みに登るのか)

昇格(ランクアップ)出来るのにしないとか言ったら、今作っている酒におしっこを(そそ)いでやるわよ」

「……それは、勘弁してくれ」

 

 ぼそぼそと喋るがアンティリーネの耳には届いていた。

 最初は神ソーマを痛め付けばいいと思っていたが実物を見た瞬間に殴る価値もない存在だと判断した。――本当に殴ったら天界に送還されていたかもしれない。

 それから会うたびに悪口雑言を少し振り撒くことにした。別にリリルカを思っての事ではなく、自分の眷族に対する態度が悪いかった為に。

 

「言っても無駄だと思うけれど、リリルカに酒を飲ませたいなら後十年は待ちなさい。まだ子供なのよ、例え小人族(パルゥム)だとしても……」

 

 リリルカの頭に手を乗せつつアンティリーネは言い切った。

 彼女自身は強い子供以外をたくさん用意して軍勢でも作ろうか、という漠然とした野望があった。今はだいぶ考えが変わり愛でる方向に舵を切っている。

 子供が大人になるまで、だが。

 

「リリはソーマ様のご判断に従います」

 

 例え無視されても神ソーマは自分を受け入れてくれた存在で今も実の親のように慕っている。

 この頃、少しずつ自分を見てくれるようになり嬉しさが蘇るが、側にある作りかけの酒が入っている甕がどうしても気になる。

 子供ながらに飲まされた魔性の酒。たった一口で酒という飲み物が嫌いになった。

 

 
 

 

 酒造り以外に無関心だった神ソーマによりリリルカ・アーデはレベル(ツー)へと至った。

 酒に酔ったような夢見心地だったが更新された【ステイタス】を写した紙を渡されて、それが現実である事を知らされる。

 アンティリーネはおめでとうと言っていたが表情は固い。さすがに冷徹とまで言わないけれど。

 それで終わりかとリリルカは長く身近い鍛練を思い起こす。しかし、アンティリーネはレベル(フォー)まで鍛練を続ける気だと言って耳を疑った。いや、確かに最初にそんなことを言っていた気がする。

 金払いが良いとはいえ地獄が続くのは勘弁願いたいところだった。

 

「今回は短期間だったけれど、次からはもう少しのんびりしようと思うの。私もリリルカだけに付き合っていると退屈を感じちゃうと思うから」

「それは……ありがたいというか……」

 

 近場の酒場にて慎ましやかな飲み会を始めた。

 身体が資本のリリルカの為にアンティリーネの(おご)りで好きなもの注文できるようにした。

 彼女(リリルカ)は小柄なのでそれほど食べられないだろうけれど。

 食べ終わった後は数日程空けて、改めてダンジョンに挑む。たまにギルドの依頼を受け、半分以上は鍛練に費やす。

 そして、数年の時が流れた。

 その間、色んな事があった。二七階層にて派閥間の抗争で死にかけていた森妖精(エルフ)のフィルヴィス・シャリアを救出したり、懲りずに襲ってくる【アストレア・ファミリア】を返り討ちにしたり、鞭を振って襲ってくる調教師(テイマー)のジュラ・ハルマーが煩わしかったので身体をバラバラにしてあげたり。【剣姫】とかいう金髪金目の少女アイズ・ヴァレンシュタインに何度か戦いを挑まれたり。

 退屈を覚えていたにしては結構充実した日々を送っていた事を今更ながらに気づいて驚く。

 ちなみにリリルカに続いてフィルヴィスも鍛練に付き合わせている。

 そして、とある日――

 因縁の相手であるキーノ・ファスリス・インベルンと対峙することになった。

 

「……貴女の『二つ名』って【邪眼(イビルアイ)】か【吸血姫】だと思っていたけれど……。違うのね」

主神(ミディール)に無理を言って変えさせた」

 

 仮面を被る少女然とした金髪の冒険者キーノは平然と(のたま)った。

 しばらく見ないうちに昇格(ランクアップ)を果たし、現在はレベル(シックス)だとか。

 その事自体、アンティリーネにはどうでもいいことだった。

 本題はそこではない。

 現在地は二七階層の開けた広間。決戦に相応しい空間と言える。

 一触即発、という雰囲気に水を差すのは赤い髪の狼人(ウェアウルフ)の女性ルプスレギナ・ベータだった。

 二人の戦いを止める為に大急ぎでやってきたという。

 

「だ、駄目っすよ。異邦人同士の戦闘は」

「……何言ってるの? キーノは敵よ」

「いやいや。こちらのキーノさんは敵っすけど敵じゃないっす」

 

 無茶苦茶な言い分にアンティリーネも眉根を寄せる。

 ルプスレギナの言葉にキーノは仮面を外して苦笑を見せる。その彼女(キーノ)の額には第三の目の様な文様が浮かび上がっていた。

 リリルカ達には伺い知れないがアンティリーネの言葉はある意味では(しん)だった。

 

「私も息抜きがしたくなる時がある。……ただ、それだけ」

「……敵対者としての使命を放棄するの?」

「条件が満たされていない。もちろん、私の分だけど……。覚醒自体は自由意志に基づいているわ。それとナザリック側への協力は今まで通り……」

 

 少しだけ唸った後、アンティリーネは武器を下ろした。もちろん、納得したわけではなく不満顔はそのままだ。

 彼女達の様子を見守っていたリリルカ達は未だ、理解の範疇の外にあった。珍しくアンティリーネが感情を表した事にも驚いた。

 国防を司る――司っていたアンティリーネをして無視できない相手というのが存在する。それが目の前に居るキーノの姿を借りた何者か、だ。

 異国の文明とはいえ見逃す事は出来ない。ここにはリリルカ達の営みが存在するのだから。

 守護者としての矜持を刺激され、つい武器を取り出してしまった。

 

(……私一人が慌てても仕方がないわよね。……でも、こうして(えにし)が巡るのはどこか差異的なものを感じるわ。あっちの立場だったら……普通に返り討ちよね)

 

 変に(りき)んでいた自分が馬鹿みたい、と大きなため息をつく。

 聞きたいことがあったがどうでもよくなった。ルプスレギナが承知している時点でナザリック――正しくは『ナザリック地下大聖殿』側はキーノの存在を許容している。それが確認できただけで満足しないと火傷すると理解した。

 もし、縁の巡り合わせだというのであれば、この出会いは必然だ。

 キーノ達の事は放っておいて上の階に行こうとリリルカ達に顔を向ける。今はまだ互い敵対すべきではない、と判断した。

 アンティリーネが去った後、何事もなく済んで良かったとルプスレギナは胸を撫で下ろす。

 

「てっきりお互い承知しているものと思ってたっす」

「……それは私も同感。……ダンジョンの中だからダメだったのかも。少し油断していたわ」

「では、私は報告に戻ります」

「ごめんなさい。いつも騒がしくして」

 

 キーノの言葉にルプスレギナは満面の笑みを浮かべて立ち去った。

 一人残ったキーノは他の冒険者の気配が無いか、確認した後仮面を被り自分の仕事現場に向かう。

 リリルカ達という第三者の目撃があったが今のところそれらは特に問題は無い。

 彼らが真に恐れるものは別にあるが、このダンジョンや迷宮都市(オラリオ)――ひいてはこの世界に存在するのか、実のところ誰にも分からない。ただ疑心暗鬼だけが彼らを翻弄する。

 




付録:作中に登場した魔法 7

アドレナリン活性(アドレナリン・サージ)

系統:変成術
位階:魔力〈二〉、その他(森祭司(ドルイド))〈二〉
構成要素:音声、動作
距離:近距離(約10m+2m×術者レベル×2)
目標:術者を中心とした近距離(約10m+2m×術者レベル×2)の放射内の全てのクリーチャー
持続時間:10秒×術者レベル
●備考●
 目標となったクリーチャーに対して【力】の強化ボーナスを得る。ただし、術者から限界距離を超えて離れた場合、この魔法は終了する。


不屈の姿(アンタイアリング・フォーム)

系統:変成術
位階:信仰〈三〉、その他(森祭司(ドルイド)〈四〉、野伏(レンジャー)〈四〉)〈三〉
構成要素:音声、動作、信仰
距離:接触
目標:接触したクリーチャー1体×術者レベル×2
持続時間:一日×術者レベル×4
●備考●
 目標となったクリーチャーは『疲労状態、過労状態に対する完全耐性』、『睡眠不要』の利益を得る。


不休の追撃(タイアレス・パースート)

系統:変成術
位階:その他(異端審問官(インクイジター)野伏(レンジャー))〈一〉
構成要素:音声、動作、物質(固いビスケット)
距離:自身
目標:術者
持続時間:1時間×術者レベル
●備考●
 魔法の効果時間の間、疲労を無視する。魔法が終了すると疲労状態が戻ってくる。


不休の追撃者達(タイアレス・パースーアーズ)

系統:変成術
位階:その他(異端審問官(インクイジター)〈四〉、野伏(レンジャー))〈三〉
構成要素:音声、動作、物質(砕けた固いビスケット)
距離:接触
目標:自身を含む接触したクリーチャー1体×術者レベル×3
持続時間:1時間×術者レベル
●備考●
 この魔法は『不休の追撃(タイアレス・パースート)』と同様に機能する。


アドレナリンの爆発(バースト・オブ・アドレナリン)

系統:変成術
位階:精神〈一〉
構成要素:音声、動作
距離:自身
目標:術者
持続時間:瞬間
●備考●
 この魔法は【力】、【耐久】、【敏捷】の強化ボーナスを得る。その後、疲労状態になる。


中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)

系統:召喚術[治癒]
位階:信仰〈二〉、その他(森祭司(ドルイド)吟遊詩人(バード)〈二〉、聖騎士(パラディン)野伏(レンジャー))〈三〉
構成要素:音声、動作
距離:接触
目標:接触したクリーチャー
持続時間:瞬間
●備考●
 この魔法は『軽症治癒(ライト・ヒーリング)』と同様に機能する。


軽症治癒(ライト・ヒーリング)

系統:召喚術[治癒]
位階:信仰〈一〉、その他(森祭司(ドルイド)吟遊詩人(バード)聖騎士(パラディン)野伏(レンジャー)〈二〉)〈一〉
構成要素:音声、動作
距離:接触
目標:接触したクリーチャー
持続時間:瞬間
●備考●
 1体の生きているクリーチャーのダメージを回復させる。また不死者(アンデッド)1体に対して同量のダメージを与える。
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