寿みなみが部屋に着いて最初にやったことは、奇しくもアクアを招いた時と同じこと。愛飲するレモネードによる、おもてなしの準備だった。
道中でルビーは一言も話すことはなく、今もぼんやりとしたまま、みなみに勧められたソファーに座っていた。
「あっ。てか、勝手に準備してもうたけど……レモネード、飲む?」
「…………飲む」
短いながらも返事をしてくれたルビーにひとまずホッとしながら、みなみはマグカップとスープカップを用意する。
どう話を切り出すべきだろうか。電気ケトルが湯を作る最中、みなみはあれこれ思案する。
何かがあったことは明白だ。アクアと話をした……が、一番有り得そうではあるが、そうなると黒川あかねとは早めに解散したのだろうか? あるいは全く別の要因?
「(わ、わからへんわぁ……最初のお兄さんほど気まずくはないんやけど……)」
その間も沈黙は続いていて。ふとその時、背後でポフッという衣擦れに近い物音がした。
「……ルビー?」
振り返るとルビーが何故かソファーに横たわっていた。顔は完全に座席に埋められ、その表情を伺うことはかなわない。
ただ短いルビーの深呼吸する音だけが耳に届き……。しばらくすると、ルビーはゆっくりと上体を起こした。
「な、なしたの?」
「〜ん? アレ? って思って確認しただけ。ねぇみなみ。……もしかしてだけど、彼氏とか出来たの?」
「…………へ?」
おかしい。似たようなやり取りは今朝もした筈だ。バレたきっかけは匂いで……。
「(ああ、せやわ。お兄さん、そこのソファーで寝てたやん)」
特に嫌な感じはしなかったので消臭剤は使わなかった。兄妹であるルビーならば、察知出来る可能性は高いだろう。だが……。
「(あれ、マズイんとちゃう? 今のルビー、お兄さんに対して複雑やのに。しかも……)」
いつかのルビーを思い出す。アクアが女性と……あの時は黒川あかねと男女の時間を過ごしているかもしれないという、可能性が出た時。彼女は今まで見たこともないような冷たい表情をしてはいなかったか?
「え、えっと……彼氏はまず、いないんやけど……なして急にそんな話になったん?」
「…………じゃあ、男の人は部屋に招いたこと、ある?」
「あ、あるというか……あー、つい昨日がその、初めてというか……」
「……ふ〜ん。そう」
「う、うん。せやねん……」
「…………」
「…………」
「(怖いわぁ〜! 何かわからんけど、めっちゃ怖いわぁ〜!)」
内心でみなみは大泣きしていた。多分これは、アクアが昨日ここにいたと、確信を持ってしまったのだろう。
もう帰るとか言い出さないといいのだが……。
「部屋に初めてあげるって、何があったの? しかもその人、彼氏じゃないんでしょ?」
「……あ〜」
みなみは迷っていた。何が正解かわからない。アクアの名前を出すべきか。まだルビーがアクアだと気づいていないという前提で話すか。
「(まぁでも、何かで落ち込んでて、話しにくいなら……ウチの方が色々話してれば、ちょっとはやりやすいんかなぁ?)」
多分ルビーもまだ準備が出来ていない。そんな所に話題の当事者(暫定)の影を感じたら……口を閉ざしてしまうのは無理もない話だ。
「昨日雨……降ってたやろ? 夜に嵐になる前に」
みなみは静かに語り始める。
その人はずぶ濡れなままで落ち込んでいたこと。
個人的に親しいわけではない。簡単に言えば親しい人の身内であり、なんならまともに話すのはその日が初めてだったこと。
いっそ凍死したいなんて言っていたことは伏せた。ただ、そのままだと雨の中でずっと座っていそうだから、家まで引っ張っていった。
話を聞こうとしたら、煙に巻かれて。妙にムカついたからお互い大して親しくもないことを引き合いにして半ば強引に話をさせたことを教えると、ルビーは目を丸くしながらも、「ほぇ〜」と、感心したかのように口を開けていた。
「それにしたって、よく話してくれたね? 帰ろうとしたんじゃない?」
「ま、まぁしたんやけどなぁ。また雨の中歩いて自分苛めるわぁって空気がありありと感じてなぁ。なりふり構わず止めたんよ」
「へぇ〜どうやって?」
えっ、それは食いつかなくてもよくない? みなみはそう口にするのをどうにか我慢した。
「えっと……あ〜、フリルが。フ・リ・ル・が! 教えた、あの、一発ギャグみたいな?」
「そんなので止まったの!?」
「うちも混乱してたんよ。止めないとこの人死ん……やなくて、雨で風邪ひいてまう思ったから……実際笑われるわで最悪だったわ……」
「笑ったの!? アク……その人が!?」
何だかもう、お互いに答えがわかってしまっているような気もしたが、それは気にしないことにした。
「……なんでそこまで?」
「えっ?」
「だって、ア……その人とは、大して仲良しじゃなかったんでしょ? そんな部屋で二人きりなんて、危ない真似までして……」
ウン、そうなんよな。お兄さんだからよかったものの、普通はマネージャーにどやされる案件やねんなぁ。
みなみはそんな事を思いながらも、指で頬を掻く。これは言うのに勇気がいる。アクアを部屋に連れてきた理由の、根底にあったものでもあった。でも……。
「放っておけなかったんよ。その人もだけど……最近は、“その人の周り”も苦しそうで……せやから少しでも楽に……吐き出せるなら、私に全部出して欲しくなるやん」
本当に大切な友達であるからこそ。明らかに苦しんでいる彼女を、更に追い詰める可能性があったとしても、こんな機会があるなら、見逃したくなかった。
「知りたかったのもあったんやろな。周りの人が、何に苦しんどるのか。ウチわりと鈍感やし、流されやすいとこもあるさかい、大して力にはなれへんかもやけど」
何より、アクアの様子を見て思ったことがある。アクアですら、あそこまでのトラウマや、傷を抱えて生きていた。ならば……ルビーは? 彼女もまた、表には出していないだけで、何かを抱えている可能性はあるのではないか?
「寄り添えたら、ええなって。解決はしてあげられへんでも、傍で羽休めくらいはさせてあげたかったんよ。……友達、やからな」
だからこそ、本音を口にする。それなりの付き合いで、ルビーが嘘や、そういった要素を含むものを嫌悪する様子を何度も見てきた。
そのルビーが、ある日を境に本心の一部を覆い隠して、とても上手な嘘を身に纏うようになった。自己矛盾というには少し穿ち過ぎだが……。何かを得るための嘘。それ自体がルビーを苦しめていたのではないか? 今のみなみにはそう思えてならなかった。
「……」
ルビーは黙ったままだった。ただ、昏い瞳でこちらを見ていた。
電気ケトルがカチリと銃の撃鉄に似た音を上げる。だがみなみはその場から動けなかった。ルビーから目を離せなかったのである。
「みなみは……さ」
それは、普段のルビーからかけはなれた、無機質な声だった。
アクアの中にあった絶望に近い気配。それをルビーの中に見て取れた。命すら投げうとうとしている、危うい雰囲気は、ルビーの今と歩んできた過去をどうしようもなく連想させてしまう。
「人を殺したいって、思ったことは、ある?」
それこそ……。アクアと同じように復讐心を抱えて生きてきていてもおかしくないのである。
※
一瞬でも、目の前にいる女の子を疑い、蔑みの目で見かけたのを星野ルビーは自己嫌悪していた。
正直な話だが、ルビーはあの場で話しかけられたのが誰であれ、ホイホイついていっただろう。
それくらいに、今の彼女は無気力だった。見つけてくれたのがみなみだったのは、今のルビーには不幸中の幸いだった。
だが……。同時にみなみへどう説明しようか迷っている自分もいた。色々と常識外れな部分もあるし、私の考えを聞いてみなみが私への接し方を変えてしまうのではないか。
そんな恐れがあったのだ。もっとも、そんなものは彼女の部屋でソファーに座った時に吹き飛んでしまったのだが。
嗅ぎ覚えのある匂いだった。決別する前。
何となく甘えたくなったり、手頃な枕が欲しい時に、引っ付いたり、膝を借りたりしていたから。
爽やかな花とシトラスの香り。兄の……アクアのものが、微かだがみなみの部屋のソファーからする。そればかりか……自分のと同じ色で、少し短い髪の毛がそこには付着していた。
来ていた? アクアがこの部屋に?
それを悟った瞬間に、急速に身体が冷えていくのがわかった。
どうして? なんでアクアがここに来ているの?
皮肉なことに、その瞬間だけ、ルビーは己に起きたことを忘れられた。どうでもいいと思っていた筈の兄だったのに。
ルビーは今、その兄の所業に感情を揺さぶられていた。
それに数秒で気づいた時、自分があまりにも無様で、笑ってしまう。目の前にいる友人はただ自分を案じて、危険かもしれない橋まで渡っているのに。
アクアは、どこまで話したのだろうか? でももういいや。言ってしまおう。
「人を殺したいって、思ったことはある?」
反応は劇的……という程でもなかった。ああ、これは多分、ほとんどの事情を知っているんだなと思う。
話したのは、アクアだろうか。“全てが台無しになっても、自分には何も言ってくれなかった”くせに。なんなら他に話してる人は……復讐に協力させてた斎藤社長くらいだったみたいなのに。どうして……。
「(いや、単純な話だったよね。復讐がなくなったから、まぁ問題ないんだ)」
自問自答しながら、ルビーはみなみの反応を待つ。「流石にそこまでなる人はおらんなぁ……」なんて答えが返ってきてちょっと安心する。これで真顔であるなんて言われたら、普段や今の暖かさとの温度差で具合が悪くなりそうだ。
「私はね。いたんだぁ。ママだけじゃない。……これはアクアも知らないことだけど、私が結婚したいくらい好きになった人を死に追いやった……最低な奴」
「けっこ……ホ、ホンマに? ルビー、知らんうちに彼氏おったんか……」
「ん? あっ、違うよ。まだ彼氏じゃないの。向こうは私のこと覚えてないかもしれないけど……小さい頃お世話になった人でね。私と一緒でママ推しの人」
「……ん、んん?」
どういうこと? という顔になるみなみ。わりとインパクトが大きかったらしい。でもルビーは本気だった。
気づいてほしくて、見つけて欲しくてB小町を襲名したのだ。
生まれ変わったからまた会いたくて。見られているなら恥ずかしくないように、沢山がんばったのだ。
今度は元気な身体な上に、ママ譲りの美人顔だから、より喜んでもらえるだろうから。
「うん。十六歳になったら、結婚してくれるって言ったから」
「ほわぁ〜! ん? でもそれを小さい頃にルビー言ったん? そ、それってロリコ……」
「みなみ。恋に年の差って関係あるかな? 好きになるのに、理由はいるかな?」
「……ないやん! ないな!」
宇宙を知った猫ちゃんみたいな顔になったり、ちょっとだけ考えて、誰かを頭に浮かべたのか、一瞬だけ頬を染めたり。実に楽しい百面相を披露しながらも、みなみはコクコクと力強く頷いてくれた。
だが、その後で何かに気がついたかのように痛ましげな表情になる。――優しいなぁ。底抜けに。そんな感慨を私は抱いていた。
「うん、それくらい好きだった。大好きだったの。でも……死んじゃった。私がアイドルになるのも見れないまま。それどころか、誰にもずっと発見されないまま……骨になっちゃってたの」
「そん、な……」
「だから、絶対見つけてやろうって思ってた。芸能界にいるのは間違いなくわかってたから……どんな手を使ってでも上にのし上がって。見つけ出して。そして、そして――!」
生まれてきたことを後悔させて、殺してやる。
そう思っていた。だから、嘘を重ねたのだ。嫌な手も平気で使ったのだ。
「……そんな、裏があったんやな」
「みなみは、ちょっとだけ察してたよね? 時々こっちを心配そうに見てた」
「事務所の方針かもしれんから、干渉するんのも躊躇われたんよ。……正直、ルビーが嫌なものに染まってもうたんやないかって感じて……そうやな。あの時は口出して関係が変わってしまうんが、怖かったんや」
知ってる。何か言いたげだけど、何も言えない。
心配だけど、余計なお節介かも。そんな空気をいつからかみなみは纏うようになっていたとルビーは思っていた。
というか、有無を言わせぬ空気をルビー本人が作っていたのだけれど。
「…………今は?」
「最近は、話すって大事なんやなと思うようになったんよ。意外と色んなもの見えてくるんやなぁって。だから……今、ルビーの本音が一部でも聞けてるんなら、嬉しいなぁ」
ああ、アクアもこんな雰囲気に毒気を抜かれたのだろうか。ルビーはそんなことを考える。
これが復讐相手が生きていたとしたら、乱暴な言い方になるが、話すことなんて何もなかった。
けど、こうして何もなくなった今なら――。
コトリと、目の前にグレーのスープカップが置かれる。ほこほこと湯気を立てるそこからは、レモンのスッとした香りがルビーの鼻を楽しませて……。不思議と涙が出そうになり、顔を歪めてそれに耐えた。
「ここのメーカー、お気に入りなんよ。温まるんやでぇ」
「…………ん」
飲んだら本当に泣いてしまうかもしれない。
そう思ったルビーはカップで手を温めるだけに留めた。彼女の顔も仕草もずっと見つめていたみなみは、何も言わなかった。
「仇討ちの相手がね。……つい昨日、死んだんだって」
「…………」
「それも、私達とは何の関わりもない人に、歩道橋から突き落とされてさ。馬鹿じゃん」
「…………それって、最近ニュースでやってた?」
「傍からみたら、プロダクションの社長かもしれないけどさ。私達にとっては、仇以外の何者でもなかった……! 私達の全てを滅茶苦茶にした癖に……! 何で哀れな被害者みたいな感じで死んでるの!? 何で……」
涙を目から溢れさせながら、ルビーは拳を握る。
こんな顔は見せたくなくて、視線はレモネードの水面にむけたまま、ルビーは話を続けていく。
「アクアは……! ソイツの名前まで掴んでいた。具体的な形での復讐まで考えていた……!」
「お兄さんが、そう言ったん?」
「……私にも協力してくれる人がいたの。今日も知恵を借りにその人がいるとこに行って……教えられたんだ。その人、アクアとも繋がってたから」
「ああ……それで」
「その瞬間ね。何だか……わからないけど、一気に疲れちゃって」
乾いた笑いが口から漏れる。改めて事実を一つ一つ口にしていく度に、自分の中でどんどん絶望が広がっていくのがわかった。
すると、不意にソファーの傍でクッションに座っていたみなみが立ち上がり、ルビーの手からスープカップを奪い取った。なんで? と、ルビーがキョトンとしているとみなみは静かに「嫌やったら振りほどいてな」と呟いた。
「あっ――」
柔らかな感触がルビーを包み込む。暖かさが全身に浸透して……ルビーの身体から力が抜けていく。
コテンと。みなみは体勢を入れ替えてルビーを抱きしめたままソファーに身を横たえる。結果、みなみに横からハグされた形で、ルビーはその豊満な胸に顔を埋めることになった。
「……なに。これ?」
「なんやろな。何か気がついたらこうしてもうた」
「……意味分かんないよ」
「しゃあないやろ。ルビーが何か、遠くに行っちゃいそうで……怖くなってもうて」
「だから、ぎゅ~したの?」
「せやね。後はまぁ、顔、見られたくなさそうやったから。これならウチ、何もわからんやろ? ……あ、あの。でも嫌やったら……」
「…………んっ、嫌じゃない」
マドレーヌか、ワッフルみたいな、甘い焼き菓子の香り。それと、ソファーにまだほんのりと残るアクアの匂い。まるで二人に両側から包み込まれているかのような錯覚に陥りそうだった。
「……アイドルはね。ママみたいになりたいって。思ってたのと、せんせを見つけたくて。見つけて欲しくて……だから」
ポツリ。ポツリとルビーは話し始める。視界は歪み、熱いものがとめどなく頬を伝い落ちていく。
「頑張ったんやな。ウチもチェックしてたさかい、知っとるよ」
優しく、後頭部を撫でられる。鼻がツンとして、ジュクジュク鳴りはじめた。せっかくのいい匂いがわかりにくくなる。なんて変な文句が出そうになった。
「でも、せんせは死んじゃった。アイドルの姿……もう見てくれないの。凄いなぁって。言ってほしかった。また頭、撫でて欲しかった。ママよりも……推して欲しかったのに……一回も見てもらえてないの……! 一番、見て欲しかったのにぃ……!」
「…………っ」
ふるふると、みなみの身体も震えていた。時々自分の頭が濡れているのを感じて……ルビーはますます堪らなくなる。
「だから、許せなかった。絶対見つけてやるって思って……でも、いなくなりやがったの。……何のために……あんな嫌なこといっぱいして……! みなみにも迷惑かけて……!」
「迷、惑……?」
「……コスプレのやつ」
「ああ、アレは全然やで? 寧ろウチ、なんやかんやでルビーと一緒にお仕事出来たの、凄い嬉しかったで?」
何でそんなに優しいんだょお! と、汚い声で泣き喚きたくなった。というか現に今、涙と鼻水でみなみの胸を凄いことにしてしまっているのだが。ルビーは止められなかった。
「なんにも、なくなっちゃった。もう、訳がわからないよぉ……! 気持ちが、どうしたいかも、わかんないっ!」
「……思うとること、何もないん? 文句とかでもええよ?」
「文句って……そんなの……そんなの……」
ありまくるに決まってるでしょうがぁ! ルビーはついに恥も外聞も捨てて、わんわんと泣き始めた。
「ママのバカッ! バカァ! 何で死んじゃったの! もっといっぱい一緒にいたかったのに! アイドルになって、一緒にステージだって立ちたかったよ! 何なのあの男! 面食いだったの!? 何でパパ……ああ、ダメダメ、こう呼びたくない! 吐きそう! ゴミでいいや! あのゴミなんなのマジで! なんなの! こっちの命狙ってくるサイコパスとか……ママ男運無さすぎるでしょ! あんなに可愛いのにっ! ママみたいに、なりたいよ。男運と男見る目以外は……ママみたいになりたいっ! 私、全然ダメで……嘘が愛の筈なのに……時々、本当に……! ごめんなさい。忘れられたらなんて言ってごめんなさい……っ! 愛してるって、嘘じゃなく、言ってくれたのにっ……!」
みなみの制服のブラウスを握りしめ、滅茶苦茶に引き絞りながら、ルビーはひたすら叫ぶ。
長年積もり積もった何かを吐き出すように。
「せんせのバカッ! バカぁ……何でせんせまで死んでるの!? 結婚してくれるって言ってたのに! 最推しになるだろうなって、言ってたのに……! 私、十六歳になったよ? 迎えに来てよぉ! 何で、何で生まれ変わってくれないの!? それなら、B小町にも……ううっ……! なんで……やだやだやだよ……! 生まれ変わってたなら……見つけるのに! 凄い年下でも、女の子でも、私は構わないのに! 何で……」
きっとみなみは引くだろうな。そうルビーは自嘲する。
だが、彼女はますますルビーを強く抱きしめた。全部受け止める。そんな意志が見えるかのようだった。
「アクア……アクア、信じてたのに! 信じてたのに! アクアだけだったのに! もうアクアしかいなかったのに……どうして……バカ。一番バカ。一番悪い……のはあのクソゴミだけど……バカはアクアだよ……! 二番目に悪くて、一番バカっ……酷い……陰キャ! 友達いない! 女の敵! スケコマシっ……! ………………もう、家族だなんて、思わないんだからっ……!」
「……ホンマに? お兄さん、そりゃあいけずやわ。悪い人なのも納得や。ルビーをこんな泣かせるんやもんな。でも……」
そっとルビーの顔がみなみの胸から離されて、二人は見つめ合う。
「ホンマに? ホンマにお兄さんのこと、もう家族だと思ってないん?」
「……っ、思ってないよっ……私達なんて、たまたま同じとこに生まれただけの、他人、で」
ルビーのほっぺたがフニフニと、みなみの両手のひらで包まれる。コツンと額が触れ合って、顔が左右に揺すられた。
「アカンよ。そんなこと言うたら。お兄さんも、ルビーも傷つくやつやで」
「傷ついてなんか……! 私はっ……!」
みなみを振りほどき、ルビーは下唇を噛みしめる。知ったようなこと言わないで! そう言おうとしたが、何故か口には出来なかった。
みなみを見る。目を潤ませて、涙の跡もくっきりと両頬にある。
綺麗……。漠然とルビーはそんな感想を抱いた。
「どうして、みなみが泣くの?」
「……わからんよぉ。ただ……」
いつの間にかその手にはティッシュが握られていて、優しくルビーの顔が拭われた。「可愛い顔が台無しやな」と、彼女の表情は物語っていた。
「復讐なんて、明らかに似合わん二人が、ウチの大好きな二人が、変な形でも無くなった復讐にまだ囚われてんのは……何か悲しくなるやん。あんな仲良しだったの知っとるから、尚更にな」
勿論お兄さんは土下座してルビーに謝るべきやと思うし、ずっと言うこと聞くくらいはすべきやけどな。そう付け足しながら、みなみは優しく微笑んだ。
「いっぱい叫んで、疲れたやろ? レモネードも冷めてもうたし……ちょっと休憩しよか」
「……休憩?」
ルビーが首を傾げると、みなみは互いの顔と、自分の胸を指差した。
涙と鼻水で、それはそれは酷いことになっていた。
「今日は、まだお兄さんに顔も合わせづらそうやし、お泊まりすればええやろ? せやから……一緒にお風呂、入ろ?」
その台詞を聞いた瞬間、ルビーの頭からはしがらみやモヤモヤが一時的に吹き飛んだ。
勿論、先程散々叫んだからというのもあるが……ルビーの頭は今、乱雑な感情の起伏から解放され、ある種の静寂さを得られていた。
視線は、ルビーがグシャグシャに濡らしてしまった、みなみの胸元に固定されている。
可愛らしさと色気が混在したピンク色のブラジャーがうっすらと透けて見えていた。
「ルビー?」
「い、行ぐ! いぎましゅ!」
えっ、一緒にお風呂入っていいんですか!? えちえちじゃない?
そのセクシーな下着が外れちゃうとこ、見ていいの!? 形とか、他にも色々、確認しちゃうよ!? お金取られない!?
先程の悲哀を投げ捨てて、ルビーは完全に暴走していた。
二人の語らいと、夜はまだまだ続くようだ。