最終的におっぱいが全てを解決する   作:星組

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たった一つの冴えた眠り方

 その日の寿みなみは、早朝からのグラビアの撮影を終えて夕方に帰宅。以降は自宅でのんびりと過ごしていた。

 時刻は夜の八時。夕食も入浴も終えて、適当にテレビのチャンネルを回しつつ、明日の一日オフをどう消化してくれようか。そんなことを呑気に考えていた。

 部屋のインターフォンが鳴ったのは丁度その時だった。

 オートロックのあるエントランスの映像が、応答用モニターに表示される。そこに立っていた人物を見て――、彼女の心臓は、ドクンと一際大きく震えだした。

 星野アクア。数日前に二人きりで一夜を過ごした(多少語弊はあるが嘘は言ってない)相手が、そこに佇んでいたのである。

 

「お、お兄さん!? どうしたん? こんな時間に?」

 

 平静さを装ってみなみは問いかける。その最中、さっと部屋内を見渡して、ゴミや見られてはいけないものがないか確認する。別にアクアが部屋に上がることにはなっていない筈なのだが、それはそれとして確認してしまうのは乙女の性である。

 よし、万が一の時はOK! グッと握り拳で小さいガッツポーズをしつつ、みなみはアクアの様子を伺う。

 ……そもそも、何の用で来たのだろうか? そんな根本的な理由をあれこれ考えていると、アクアはモニターの向こうで小さく頭を下げていた。

 

『寿、さん。突然ごめん。ただ……恥を忍んで、君に頼みがある……』

 

 一瞬だけ見えた顔が、妙に血色が悪いと感じたのは気のせいだろうか? というか、声も弱々しい。

 

「う、ウチにお兄さんが? えっと……なんやろ? でもええよ? お兄さんなら何でも言うて!」

 

 何かあったんやろか? と一抹の不安を覚えたみなみは、アレコレ想像を膨らませつつも、極力明るく返答する。

「何でもする!」だとちょっと頭が弱そうに見えるかもしれないので「何でも言って」とだけ。

 まぁ、あのアクアが妙なことを言い出すとは思えないし、みなみはみなみで極力ではあるが、アクアの頼み事だというなら叶えてあげたい。多少無茶なことだって……

 

『……君を、抱かせて欲しい』

 

 多少、無茶……な。

 その瞬間、みなみの思考回路は完全にショートを起こしていた。

 何と言っていた? 抱かせろ? 誰を? 自分? 

 

「……………………へ?」

 

 頭が真っ白になる。だが、直後にすぐおかしいぞと、考える力が復活した。

 お兄さんの印象というか、人となりは仲違いする前のルビーからたくさん聞いている。こんな軽はずみな発言をする人ではない筈だ。

 いや、結構な女たらしかつ密かに女好きのムッツリとも聞いてはいたけども。

 何なら互いを知っていたとはいえ、一夜だけ抱きしめあって寝たりもしたが……もしや、それも踏まえた結構本気の提案なのだろうか?

 

「(えっ、どっち!? どっち!? いい間違い? 本気?)」

 

 みなみはわからなかった。思わず脳内ではエセ関西弁が吹き飛ぶ程に。

 さりげなく下着を確認する。例によって就寝前なのでナイトブラ(今日は紺色)。色気もへったくれもないが、形の維持だとか、そもそも何も無い&そうなる相手が今はいない以上気合いを入れた下着を着る意味があまりない。

 一応撮影などで他のグラドルや女優さん等と一緒な時は違うけども……。ならば今なのだろうか? 高速で着け替える?

 みなみはこの時点で結構テンパっていた。

 故に、画面の向こう側でアクアが更に真っ青な顔をしていたのに気づくのに遅れてしまった。

 

『ご、ごめん! 違うんだ。その、そうなんだけど、そうじゃなくて…………監督許さねぇ』

 

 歯切れが悪いアクアに、みなみはますます訳がわからなくなる。そうこうしているうちに、アクアはガクリと肩を落とした。

 

『ごめん、考えれば考える程にどうかしていた。本当に突然悪かった。俺、帰――』

「ま、待って!」

 

 反射的にみなみはそれを引き止める。理由は分からないが、何か追い詰められているのはわかるから。

 インターフォンの解錠ボタンを押す。

 低い音が向こうのモニターから聞こえてきた。エントランスのドアが開いたのだろう。

 アクアは……あ然としたまま、そっちを見ていた。

 

「……ええ、ですよ」

 

 平静さを失わぬよう、普段の自分を心掛ける。声が上擦ってはいなかっただろうか。

 

『い、いや! 寿さん!?』

「はや、く。閉まっちゃう……やろ? …………来て」

 

 自分がどんな声を出しているのか、みなみは気づいてない。緊張や、謎の覚悟など様々なものが作用して……。知らず知らずのうちに、普段の柔らかな声がよりしっとりとしたものになっていた。

 モニターを切る。後はアクアが上がってきたら、改めて部屋の扉でブザーを鳴らすことだろう。

 入ってきたのか、来てないかを見届ける勇気が、今のみなみにはなかった。

 

「(てか、このまんまの格好は、ちょっとアカンかぁ)」

 

 今日はそこそこ温かいので、黒のホットパンツに白い部屋着用のキャミソール。かなりシンプルな寝巻き姿だった。この間のパジャマに比べたら少し露出が増えてしまっているので、結構恥ずかしい。

 そんな理由で、みなみはクローゼットから薄手でピンクのパーカーを引っ張り出した。これを羽織れば、まぁ問題ないだろう。

 

 脱がされるかもしれないのに?

 

 そんな邪な考えを、みなみは頭をブンブンと振って必死に追い出そうとする。

 取り敢えずパーカーの前は閉めないことにした。別にちょっとだけドキドキして欲しいとかは考えていない。ないったらない。

 少しだけ震えながら、みなみは玄関でアクアを待つ。

 結局何かの間違いか、本気なのかは聞いていない。

 高い確率で間違いなんだろうなと、冷静な自分は察している。そんな人じゃないとわかっているから。でも……。万が一、本気だったら?

 

 インターフォンが再び鳴る。覗き穴からは、アクアの姿が見えた。

 

「(そうだとして、ここを開けたら……ウチ、お兄さんにエッチなことされちゃうんやろか)」

 

 震えながら、ドアチェーンを外す。

 抱きしめられたら、きっと抵抗できない。好きに触られようが、キスされようが、服を脱がされようが、力じゃ絶対に敵わない。部屋にアクアを入れた瞬間に、みなみには逃げ場がなくなって……。

 

「(……アカンわぁ。何でなん?)」

 

 心臓が高鳴る。恐ろしいことに、全然嫌じゃなかった。こんなに軽いつもりはなかったのに。寧ろ数日前の黒川あかねの姿すら浮かんできて、妙なモヤモヤが生まれてくる始末だ。

 これで本人は自覚が60%程らしかった。

 

「(お兄さんにだからや。お兄さんにだけやもん)」

 

 ロックを回し、ドアを開ける。

 いつかのように、すぐ目の前にあるアクアマリンの視線が、みなみのピンクパールに重なった。

 

「…………っ」

「…………あっ」

 

 アクアの視線が、ほんの一瞬だけ、こちらの胸元に注がれたのを、みなみは見逃さなかった。作戦成功というべきか。密かにほんのりと火照るような喜びを噛み締めながらも、みなみは丁度頭一つ分くらい上にある、アクアの顔を見つめていた。

 

『……君を、抱かせて欲しい』

 

 言われた言葉を思い出し、もじもじと、お腹の前で指を組む。

 一分か、二分。二人は見つめ合い……。

 近くにいた弊害か。お互いにほぼ同時にゴクリと喉を鳴らしてしまう。

 

「えっと、上がって……」

「あ、……ああ」

 

 半歩下がれば、アクアが踏み込んでくる。はからずも距離が縮まって、みなみは久しぶりに感じるアクアの匂いを吸い込んで、何だか力が抜けそうになった。

 

「(完全に骨抜きやん、ウチ)」

 

 もはやチョロすぎて笑いそうになってくる。ただ、この微妙な空気感で、アクアが間違えてあんなことを言ってしまったのはわかってしまった。それどころか……。

 

「……お兄さん、お化粧で誤魔化してるけど、……くま凄そうやな。めっちゃ疲れてない?」

「……その前に、改めて謝罪したい。あの、あれはその……そういう意味じゃなくて」

「めっちゃ疲れて、頭回ってなかったんやろ〜? まぁ、お兄さん、そんなこと言う人やないしなぁ」

「……ただ、その。言った俺が言うのもアレだが、頼むから君は少し警戒心を持ってくれ……心配だ」

 

 あっ、また目線が。

 それが嬉しくて、クスクスと笑いそうになるのを堪えながら、みなみはわざとらしく首を傾げた。

 答え合わせは出来た。どこか残念がる自分がいたのは、全力で胸にしまい込み。ちょっとだけ心をかき乱された仕返しがしたくなってしまう。

 

「いけずやわぁ、お兄さん」

「……え?」

「ウチがそんな、ホイホイ他の男の人を部屋に招くように見えるん?」

「い、いや……そういう意味じゃ……」

「……お兄さんだから、上げたんやで?」

「………………」

 

 顔を手で覆うようにして、お兄さんは項垂れる。「そういうところだぞ、寿さん」なんて声が聞こえて。ちょっとだけ楽しくなる。実際本気なのだが、それは隠しておくことにした。

 

「堪忍な。ちょっと、からかいすぎたわ。でもお兄さんも悪いんやで。ウチ本当に。……本当に! ビックリしたんやからな」

「……まぁ、だよな。それはマジですまなかった」

 

 再び頭を下げるアクアに、ええのええの。と伝えながら、みなみはそこで、はて? と疑問が芽生えた。

 

「……アレ? じゃあお兄さん、なしてここに来たん? ルビーと喧嘩……はしとったけど。何かやらかしたん?」

「俺がやらかす前提かよ」

「ウチ、お兄さんとルビーやったら、ルビーの味方やもん」

 

 今はな。と、小さく聞こえないように呟きながら、みなみは笑う。

 多少フランクな方が、アクアも話しやすいだろうから。そんな密かな思惑だったのだが、アクアはそれを汲み取ってくれたのか、口元を優しげに綻ばせながら、彼は「ありがとな」と、囁いた。

 

「ぶっちゃけ、話すのが物凄く恥ずかしい上に、こうして夜に上がり込んでる時点でだいぶ迷惑をかけているのは承知だけど……出来れば聞いて欲しい」

 

 リビングに移動して、二人で隣り合うようにソファーに腰掛ける。アクアが話を切り出したのを、みなみは黙って頷いて、聞く体勢に入った。

 それは、懺悔にも似たアクア自身の現状の告白だった。

 

 

 ※

 

 

 何度も思ったが。いや、今日は自分も悪いけども、寿みなみはやっぱりバカかもしれない。

 それも、自分の破壊力というか、影響を考慮していない珍しいバカというか。新ジャガや新玉ねぎならぬ、新バカかもしれない。

 ……アクアの脳は既にだいぶ死んでいるからか、こんなアホな喩えが出てくるのだが、本人はそれに気づいていない。

 

 インターフォンごしの『……来て』はヤバかった。普段の声も癒し効果がある感じはしたが……声であそこまで人をかき乱せるものなのだろうか。

 あと、男がやってきたというのに何という格好で出てくるのか。キャミソールはマズイ。ホットパンツもだいぶマズイが……問題はパーカーで露出を隠そうとしたことだった。

 なるほど、露出は隠れた。だが、色気が隠しきれなかったばかりか、とんでもないことになっていた。前を閉めなかったせいで。

 いや、閉めろよ! とアクアは普段のキャラをかなぐり捨てて叫びたかった。逆効果なのだ。可愛らしい部屋着で出てこられたら、何とかなった。困りはしたけども。セクシーな服だったら、即上着を貸すことで回避出来る。眼福で一石二鳥だったことだろう。

 だが、アレは駄目だ。かえって目のやり場に困る。……まさか分かってやってはいないだろうな? だとしたら結構な魔性の女だ。

 繰り返すが、アクアは疲れに疲れていた。普段ならば内心でここまで取り乱したりはしないだろう。

 恥らしい恥を全て語ったので、かえって開き直れたともいうが。

 ともかく、不眠症気味であることや色々手を出したことも伝えた。だから……後は試すだけだ。

 妙な緊張がその場を支配していた。

 そして、ゆっくりと、みなみはアクアの横で両手を広げた。まるで、ハグを促すかのように。

 

「えっと……なんだ?」

「……え? ちゃうの?」

「待て、何がだ?」

 

 アクアは致命的なすれ違いを感じた。さっきの説明で、アクアの現状は知って貰えた。だから、最後の手段でここに来たが……。一つ、試すことがあるのである。だが、生憎みなみはそれに気づいてないらしかった。

 

「えっと……その。間違ってるようで間違ってなかったんやろ? ウチを抱っこして、寝たい的な」

「い、いや待て! あっ、そうか。確かにそう聞こえるが……違うんだ。もう一個の可能性がある。これが正解なら、寿さんに無理をさせる必要がないんだよ」

「もう一個の可能性?」

「ソファーだよ。君の家のソファーが物凄く俺に合っていて寝れた可能性が……ある」

 

 この期に及んでアクアはまだ諦めていなかった。往生際が悪いともいう。

 一方のみなみは、物凄く気まずそうに目をそらしていた。

 

「あのな……お兄さん」

「た、試してみる価値はある。これで悪夢に負けなければ……」

「あ、うん。……せやな」

 

 負けたからみなみがあの時は身体をもって包み込んだのだが、当然アクアは知る由もない。そもそも二人の間ではみなみが寝ぼけてアクアと寝た。ということになっているのだから。

 再三言うが、アクアの脳は既に死んでいた。死んではいるが、優秀ではあったので、八割方結果は見えてはいるのだが……。

 男には、駄目と分かってはいても行かなければならない刻があった。

 

「(フリルぅ……今こそ、大丈夫? おっぱい揉む? って言うべきなんやろか? 何かそれが正解に近い気がしてきたわぁ……)」

 

 そうして、みなみが何とも言えない顔でアホなことを考えている傍らで、アクアは身体を横たえて――。

 

「うっぐ………あ………う………」

 

 十分後、彼はソファーの上で、無念に打ち震えていた。

 というか、悪夢を見ると分かっていて寝入る。というのもかなりの苦痛を伴っており、彼が自分で思っている以上に身体にかかる負荷や消耗具合は相当なものとなっていた。

 

 思考が、ますますボヤけてきて、頭痛も激しくなってくる。鉛のように重たい身体を休めたいのに、罪悪感と何かに追われるかのような心も含めて、安息を得られない。今日を超えたら六日目に突入してしまう。仕事は、何日か後に、またまとめてあるというのに。

 

「………俺、だったんだな。君をソファーに引きずり込んだのは。君に無理をさせて、嘘までつかせて、強引に抱きしめたのは」

「………ウチをアイさんと間違えてたねん」

「ははっ、なんだよそれ。……お笑いだな」

 

 いつの間にか、枕元でみなみに手を握られているのに気づいたアクアは、弱々しい声で自分の罪をまた自覚する。

 無様過ぎてアクアは泣きたくなっていた。弱いとは思っていたが、ここまで自分は弱かったのか。

 途方にくれたままアクアは沈黙し、ただ重たい頭を枕に沈めていく。今の彼にはそれしか出来なかった。

 それを見つめていたみなみはしばらくの間考え込むように目を閉じて。やがて、ゆっくりと話しはじめた。

 

「……ウチは、無理なんかしとらんかったよ。あの時はただ、早くお兄さんの悪夢が終わりますように。って祈ることしか出来んかったもん」

「俺に怒ってもよかった筈だぞ。君は、優しすぎる」

「怒る理由あらへんもん。あの時だって放っておけなくて、お兄さんに声かけたんやで」

 

 みなみは優しく微笑みながら、指でアクアの目元の涙を拭い、額や頬に優しく触れる。

 

「でも、今ならもしかして……そんなお兄さんを、ちゃんと助けることが出来るのかも知れへんのやな」

「……寿、さん?」

 

 くいくいと、みなみはアクアの袖を引く。されるがままにアクアが身体を起こすと……その身体が、ふわりと柔らかな温もりに包まれた。

 アクアは正面から、みなみに抱きしめられていた。

 

「お兄さん。変に格好つけんでええから。意外とお兄さん、弱々なのも、もう知っとるから。おっぱいも、顔埋めたって、触ったってええから」

 

 待て、ちょっと待て。前に寝た時、俺はそんな暴挙まで犯したのか? その桃源郷に顔を埋めただけでも結構な大罪だと思うのに!

 アクアの心が動揺で大いに荒ぶっているのもどこ吹く風で、みなみは愛おしげにアクアの背中をポンポン叩いた。

 

「だから、お兄さん。ぎゅ〜ってしてあげるさかい、今夜はウチと……一緒に寝よ?」

 

 ……色々とアカンかもしれない。

 その瞬間、アクアは自身の何かが終わりを迎えるのと同時に。自分の中で奇妙な扉が開いていくのを悟るのだった。

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