最終的におっぱいが全てを解決する   作:星組

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年々ブラコンが悪化してるらしい星野ルビー

 星野アクアは震えていた。

 緊張。焦燥。困惑。恐怖。ありとあらゆる感情が今まさに彼の脳内で渦巻いていた。

 久々に話すからというのもある。どう話を切り出し、どう着地させるべきか迷ってもいる。あと、何だか妙にルビーの視線が……いつも以上に冷たい。色々な原因はあるが……ただ一つ。恐怖に関しては、ルビーとの一件とは無関係なものが原因で発生していた。

 促されるままに自宅のリビングに足を踏み入れたアクアが見たのは……ダイニングテーブルのど真ん中に安置された、ミドジャンだったのである。

 白い水着姿のみなみは、改めて見ても眩しくて勇気が……湧くには湧くけども、この場限りでは残念ながら冷や汗しか出なかった。

 

「(いや、待て。待ておかしい。これを買うのは別に……俺は悪くない筈だ)」

 

 冷静になれ。そう言い聞かせながら、キッチンに向かったルビーを見る。

 彼女はテーブルの上にある雑誌には触れずに、黙々と夕食の支度をしていた。

 

「……何か、手伝うか?」

「いらな〜い。舞茸チャーハンにするつもりだったけど、いい?」

「あ、ああ……何だっていいよ」

 

 お前と話せて、夕食もとれるなら。

 その一言が出せなかった。今のアクアは、キモイの一言でも大ダメージが……いいや、寧ろ昔みたいでいいのか? 無視が一番辛いかもしれない。 

 そんなことをあれこれ考えているうちに、ルビーはテキパキと調理を進めていく。

 

「ルビー……実は……」

「お兄ちゃん、最近大丈夫だったの?」

「えっ?」

 

 話したいことがある。そんなことを口にしかけた所で、ルビーが遮るように問いかけてくる。何のことだろうと一瞬思いかけるが、昨日までの自分は見るからに心身がボロボロだったことを思い出す。

 会話がなかろうと、対立していようと、同じ家には住んでいたルビーが気づくのは当然だった。

 

「その……」

「お兄ちゃん、先に言っとくけど、私、嘘はキライだよ。……今の私も散々活用してるくせにって思うかもだけど……そこは変わってないから」

「………っ、ああ。分かってる」

 

 ザクリザクリとネギを切りながら、背中でルビーは続きを促してくる。アクアは今日、全て嘘偽りなく話すことにした。

 

「寝不足というか……寝付きと夢見が悪くてな。不眠気味だったんだ」

「……最近、だよね。何か悪いことでもあったの?」

「悪いこと、では無いんだ。俺達にとっては、いいことが起きた。……ずっと、隠していたことがあるんだ」

 

 どこから話すべきか。そう迷いながらも、アクアは順番に説明していく。そこには胸を裂くような辛い回想もあったが……もう一度、ルビーと歩み寄るには必要なことだった。

 アイが殺されてから、自分達の家をストーカーに密告した存在がいると気づいたこと。

 それは俺達の父親である可能性が高く、必ず見つけ出し、復讐すると誓ったこと。

 

「……どうして、私には言ってくれなかったの?」

「お前は、前を向こうとしていたから。アイドルになるんだって、夢を見てたから……こんなドロドロしたものにかかわらせたくなかった」

「私がアイドルやるの、反対してたくせに」

「……反対はしてたけど、本当にやりたいなら止められないんだろうな。とは思ってたよ」

 

 ネギの次はチャーシュー。舞茸を細かく刻んでいくルビーを眺めながら、アクアは目を閉じる。

 

 話の続きが始まった。

 ルビーはアイドルになり、自分は役者をする傍らで、手がかりを探し続けた。一度復讐は終わったと勘違いした、時期もあったが……やがてそんな幸せは作り物だと気がついて。その後は、比較的に早く、真実にたどり着いた。

 その後は、ひたすらに調べた。

 大体の目処がついた頃、どうやって復讐すべきかという問題が浮上した。自分が復讐を果たしたとして、その後は? 俺の関係者達も巻き添えをくらうかもしれない。

 カミキヒカルの危険性も知ってしまった。その魔手が、アクアにとって眩しくて大切な人達に伸びてくるかも知れない。自分が奴と対峙しようとすれば尚更に。

 アクアの周りには星と呼べる……失いたくない存在が多すぎたから。

 だから、あかねと別れた。散々利用しておいて、彼女が危ない目にあうのが嫌だからという理由は隠して……遠ざけた。

 

「お兄ちゃん最低だよね」

「ああ、返す言葉もない」

 

 でも幸せを一つ手放したら、復讐への道がより近づいた。

 そんな最中に……言い方は悪いが、有馬がやらかした。

 ガタン。と、まな板を叩きつけるような音がした。ピーマンが真っ二つになっていた。

 

「ル、ルビー?」

「ん。ゴメンネ。その辺のこと思い出しちゃって。……で、次はお兄ちゃんがやらかしたんだよね?」

「………ああ」

 

 有馬を。B小町を守る為でもあり。よりルビーがのし上がる為であり、映画の布石や自分の退路断ち。あの暴露には様々な思惑と理由が詰まっていた。

 途中で気づいてしまったのだ。

 カミキヒカルを倒すためには、自分は何処までも堕ちていかねばならない。それだけの相手だと調べれば調べるほどに判明して……。復讐の中で、自分を使い潰すと決意した。

 そうして、カードは揃ってしまった。

 アイのDVDや、彼女の望みについては……今は言うべきではないだろう。カミキの死によって、それらの意味もほとんどなくなってしまったから。

 とにかく、愛しい日常を捨てて……俺は復讐に走ったのだ。

 ルビーに嫌われるのだって……計画のうちだった。俺がいなくなった後に、ルビーが心を痛めないように。

 

「……平気だったの?」

 

 ザクザクザクザク! と、物凄い勢いでピーマンが細かく刻まれている。いっそ鬼気迫る程に。

 

「私に嫌われて、ママを貶めて……復讐の為に。全部捨てて。自分まで投げうって」

「……平、気」

「嘘は、キライだよって言った」

「平気なわけないだろ。でも止まれなかったんだ。奴が危険である以上に……俺はずっと……ずっとアイを守れなかった事実で、気が狂いそうで。これ以上大切な誰かの命がなくなったら……」

「だから手放した? そっちのが痛くないから? 離された方がどんな気持ちになるのかも知らないで?」

「そうだ。アイツを消して、俺も消えれば、全て丸く……」

「本気で……そう思ったの? 後に残るのは、ママの真実を知らされた上に、お兄ちゃんが消えた……私が一人で残されるんだけど。……本当にそれが、ハッピーエンドって言える?」 

 

 当たり前のことを当たり前のようにぶつけられるのが、こんなに痛いとは思わなかった。アクアが項垂れていると、具材を切り終えたルビーがそこではじめて振り返り、とてとてとこちらに近づいてくる。

 

「私はね……辛かったよ。復讐。自覚したのは、最近だけど」

「…………何だって?」

 

 予想だにしない言葉に、アクアは目を見開く。ルビーも? という衝撃は、少なからず彼を動揺させていた。

 

「私もね、途中で知ったの。ママを……私の大切な人を殺した奴を、生まれたことを後悔するくらいに追い詰めて、絶対殺してやるって。アクアと喧嘩する前から」

「妙にらしくない手段でのし上がろうとしてた理由はそれか……」

「うん。そうだよ。アクアもね、やり方は違うけど、その誰かを追ってるって気づいてた。協力しようって思わなかったのは、私が先に殺したかったから」

 

 妹は思っていたより過激だったとアクアは今更ながら気がついた。

 

「信じてたんだよ。ママが大切だからアクアもそこは一緒だって……。だからああなって、私はもう誰も信じられなくなって……そうして……アイツの死と、“アクアがやろうとしていたことを知った”」

「…………えっ?」

 

 カミキヒカルの死。それがルビーの口から出るとは思わなかった。ニュースなんか見ないだろうし、自分が今口に出すまで、カミキを知る方法なんて……

 

「私が誰に入れ知恵されてたと思う?」

「……斎藤社長か」

「うん。知ったのは、ニュースが出て一日遅れだったけどね」

 

 互いに呆然としたまま見つめ合う。復讐を図らずも同時に失った兄妹。それを自覚しあった時、アクアに芽生えたのは少しの恐怖だった。

 

「お前は……どう思ったんだ?」

「訳わかんなくなったよ。色々と頭がグチャグチャになりそうだった。でも……多分お兄ちゃん程は絶望しなかったんだろな。くらいはわかるよ?」

「……俺は」

 

 いつかの雨の日を振り返る。思い返せば思い返す程、自分はそれなりに危なかったんだなと感じた。

 胸の芯がなくなって……本当に、明日を迎える気力を失いそうで。

 

「そうだな。今ならわかるよ。結構、危なかった」

「……っ、そっか」

 

 震えながら、ルビーは一歩アクアに近づく。アクアはそれを見ながら、静かに、自分の心を明かしていく。

 

「本当に、自暴自棄になっていたんだと思う。失ったものばかり数えて……自分がやった酷いことに目を向けられてない、アイツに負けないレベルのクソ野郎に成り下がるところだった」

 

 グッと胸元を掴む。自分の弱い所を晒すのはやっぱりまだ慣れない。心の何処かで、被害者面するな。幸せなんか考えるなと罵る自分はまだいるのだ。それでも……。

 

「でも、気づいたんだ。ルビーに、謝れてないって。あれだけ酷いことをした。虫のいい話かもしれないけど……償いたいって思ったんだ。だってこのままで終わったら……」

 

 アイも、きっと怒るから。そんな結末を彼女は望まない。……勿論これはルビーには言わない。それはアイを盾にするようで嫌だから、自分の心にだけ刻んでおく。

 ただ、こうして口に出しているうちに、自分はそんな……死者に……守れなかった者に報いるなんて考えになっていることに驚いた。

 

「……お兄ちゃんは、私とどうしたいの?」

「俺は……」

「謝りたいのはわかったよ。でも、どうして謝りたいの? 酷いことしたから? それが一番?」

「それは……」

 

 自問自答する。どうしたいか? 謝りたい。贖罪がしたい。それは酷いことをしたからで……でも、一番の気持ちは。

 

「私もね。謝りたいんだ。でも、どうしてか。何の理由が一番強いか、お兄ちゃんは……わかる?」

 

 一緒だったら、嬉しい。そう言うルビーの目は、涙で潤んでいた。アクアはもう迷わなかった。

 

「……仲直り、したい。ルビーと家族に、戻りたい」

 

 心からそう思いながら顔を上げる。

 涙に濡れた一番星は、こちらをじっと見つめていて。

 次の瞬間、ダムが決壊するかのように大粒の涙を溢しはじめた。

 アクアの胸が締め付けられるように痛んだ。こんなにも悲しませているのに、自分はもっと酷い方法で、この子の前から消えようとしていたのか。

 その事実が、今はただ恥ずかしかった。

 

「……ごめん。ルビーっ……! ごめんっ……! アイ……!」

「……お兄ちゃん、泣い、て……」

 

 言われるまで気づかなかった。両頬が熱いことに。視界が歪んでいることに。すると目の前でルビーも顔をクシャクシャにして泣きじゃくりはじめた。

 お兄ちゃんのバカ! どうしていなくなる前提で考えるの! 背負い込み過ぎ! という文句や罵声が飛びかって。

 いつしか、生きてくれてて本当に良かった。何も気づいてあげられなくてごめん。守ろうとしてくれてありがとう。といった言葉がぶつけられていく。

 その一つ一つが、アクアを何度も打ち据えて、彼は改めて己がやろうとしていたことの間違いを再認識する。

 

「復讐なんてさ。私達には向いてなかったんだよ」

 

 いつしかべったりとこちらにくっついたまま、アクアのポロシャツを涙でグシャグシャにしつつ、ルビーはポツリと呟いた。

 

 ああ、全く持ってその通りだったよ。アクアはそう噛みしめるかのように頷いた。

 

「色んな事を知って、でも思ったの。お兄ちゃんとこのままは嫌だって。めちゃくちゃお兄ちゃんにムカついてても、それだけは本当で……。だから、切っ掛けが欲しかったの。お兄ちゃんと話す、何かが」

「……見つかった、のか?」

 

 一瞬だけ、ミドジャンに目が行く。

 ……………いや、流石にないだろ。アクアはそう思った。思いたかった。

 

「あ、アレは別件。色々とあったからね。……今の本題は仲直りだよ」

「え、あ……おう(……別件?)」

「うん、その前にお兄ちゃん。反省してる?」

「……ああ、してる。本当に悪かった」

「じゃあ、私のワガママ、これからいっぱい聞いてくれる? 勿論私も、お兄ちゃんの頼みなら聞くけどさ」

「俺のに関しては嫌なら断ってくれ。兄妹だからな。これからは頼るようにする」

「えへへ……ありがと! ねぇ、私のはぁ〜?」

「当然、多少法律や倫理に触れようが……全力で叶えてみせるぞ」

「おお……! お兄ちゃんガチだ……じゃあ都合いいかな」

「……?」

 

 何だか不穏な空気を感じつつ、アクアは続くルビーの話に耳を傾けることにした。

 ……それが恐怖の始まりとは気が付かずに。

 

「仲直りの切っ掛けが欲しくて、先輩やMEMちょに相談して、お兄ちゃんの部屋ツアーを動画にすることにしたんだ。流石に悪ノリが過ぎてお蔵入りになったけど」

「……何をどうやったらそうなったのかわからないんだが?」

「うん、夜のテンションもあったんだね。それで、お兄ちゃんの部屋に入った時、思ったんだ。ああ、私……やっぱり何も知らなくて。同時に、お兄ちゃんが今大丈夫な保証もないのに、話しかけられるのを待ってたんだって……気づいちゃった」

 

 ぐしぐしと、アクアの胸にルビーが顔を擦り付ける。

 甘えたいのだろうか。ならば願ってもないのだが……。何故か深呼吸までしていた。

 

「ル、ルビー?」

「ずっと言ってなかったけど、お兄ちゃんの匂い……結構好きなんだぁ。でも最近、もう一個お気に入りが出来たの。甘くて……泣きたくなるくらい優しくて。私を……多分お兄ちゃんも助けてくれた……焼き菓子みたいないい匂い」

 

 ギューギューと、ルビーの抱きしめる力が強くなる。

 アクアはといえば、今日のみなみとのやり取りを思い出した。

 彼女はちょっと恥ずかしそうにはにかみながら、こう言っていたのだ。

 

『フリルにな。お泊まりバレてもうたんよ。なんかお互いの匂いが……お兄さんにウチの香りがついていたとかで……』

 

 ジワリと、引いていた筈の汗が背中を湿らせる。ルビーは帰ってきた時、自分の匂いを嗅いでいなかったか?

 そもそもみなみとは一日一緒にいたし、昨晩はずっとくっついていた訳で……。

 

「ル、ルビー……」

「複雑なんだぁ。やっぱりさ。仮にも妹な私の親友が……いつの間にか兄と怪しげな関係になってたなんて。いや、お兄ちゃんが助けられたのは……知ってるよ? 他ならぬ本人に聞いたから。でも……やっぱりさ。お兄ちゃんから改めて、嘘偽りなく聞きたいんだよねぇ……」

 

 さっきまでの一番星が凶星に変わる。逃げられない奴だとアクアが悟った時には、全てが遅かった。

 

「チャーハン、一緒に作ろ? 私が尋問担当。お兄ちゃんは調理担当ね」

「待て、チャーハンに尋問担当なんていらな……」

「お兄ちゃん?」

「アッ、ハイ」

 

 反論は一蹴される。当然だ。この場ではルビーが法律だった。

 

「今日撮ったお蔵入り動画も、一緒に見ようね? 先輩がすっごく面白いお話してくれたから。何ならさっき……お兄ちゃんが来る前に、フリルちゃんとも話して……事情も聞いたから。ちゃんと会話も録音したよ〜」

 

 やましいことはない……筈だ。その筈だ。なのに……どうしてこんなにも、身体が震えるのか。

 アクアは未知の恐怖に苛まれたまま、ルビーの顔を見る。

 ルビーの涙はいつの間にか引っ込んでいて、とびっきりの笑顔を浮かべている。でも目が笑っていない。

 アクアは別の意味で泣きたかった。

 

「なんでもワガママ聞いてくれるんだよね? だ・か・ら……みなみとの馴れ初めとか……ナニをしたのか……深掘りさせてね!」

 

 やっぱりレモネード、飲んでくればよかっただろうか。アクアはそんなことを考えながら、色々と覚悟を決める。お兄ちゃんなのだ。妹の要求は絶対なのだ。

 ……それは色々な意味で死にそうになる、ほんの十数分前の出来事であった。

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