「(OK、一旦状況を整理しましょう)」
夕方。事務所にやってきた有馬かなは、眼の前の光景にめまいを覚えつつ、どうにか平静を保とうとしていた。
苺プロダクションはそこまで大きな事務所ではない。なので、事務所と談話室と会議室が一体化したような形をとっている。つまりはほぼワンルームである。(一応レッスン室を始めとした他の部屋がないということではない)
良く言えばアットホームで、タレントや社員同士の距離が近い、和やかな職場。
だが、逆にその気軽さ故に見えてくるものも沢山あるのだが。具体的には、誰かがやらかすと、一斉に事務所内のメンバーがそれを知ってしまう……という弊害もあったりする。
「お兄ちゃん……お兄ちゃんはどうしてお兄ちゃんなの?」
「……ルビーより数分差で先に生まれたからじゃないかな」
「そんな当たり前のこと聞いてないもん。全く。お兄ちゃんは……どうしてこうなのかなぁ……100%悪いわけじゃなさそうなのが、いかにもお兄ちゃんだよね〜……」
そして、そんな事務所の短所を、今まさに体感させられている男がいた。事務所の床にタオルを敷き、そこに正座させられているのは……星野アクア。かなにとっては友人であり、同僚であり……一応恋する相手でもあった。
前提に一応がつくのは、なんやかんやで役者としてのスケジュールが埋まりつつあり、今は恋よりも仕事が優先だからである。
故にかなからは、アクアに対して良き友人として接しているつもりだ。勿論、アクアから恋愛的な感じで近づかれたら満更でもないし、受け入れるのもやぶさかではないけれど。
「いや、何があったのよ」
「あっ、先輩おはよう〜! まぁ……ちょっとね」
「有馬か。お疲れ」
こちらに気づいたルビーは兄の前で仁王立ちしながらにこやかに。アクアは正座したまま真顔で挨拶してくる。その絵面が何だかシュール過ぎて笑いそうになったのはかなだけの秘密である。
「何よ。先日もやらかして、今日もやらかしたの?」
「……この間に一番やらかしてたの……お前だけどな」
「…………ルビー、コイツの罪状は?」
「あっ、先輩、都合悪くなって流した〜」
「やかましいわ! で、結局何やったのよ一体」
思わぬアクアの反撃を受け、ルビーに図星をつかれたかなは、素早く話を切り替える。不利と見れば退け。これもまた長年芸能界で戦い続けた、かなの技であった。図太さの極みとも言うが、これくらいのメンタルは実際に必要なのだ。
「聞いてよ先輩〜。お兄ちゃんね。耳に歯形と、今は薄くなってるけど、首筋にキスマークつけて帰ってきたんだよ〜」
「OK、私が許可するわ。殺しなさい」
「……俺に人権はねぇのかよ」
黙れこの女誑しクソ野郎。
考えうる限りの罵倒を心の中で投げつけながら、かなは「ケッ!」と吐き捨てた。
黒川あかねか、淫……寿みなみ。どうせどっちかだろう。
ここで新手の女が追加とかされたら、流石のかなもプッツンするところだが……。どう考えてもこの二人に匹敵する脅威は想像がつかなかった。
「まぁ、それくらいならね。良くないけど……うん。すっごく複雑なんだけどぉ、いいんだよ。……問題はそんなのつけて来ながら、お兄ちゃん、めちゃくちゃ落ち込んでて……ただでさえ寝不足なのに、今朝なんかイケメンのゾンビみたいになってるし」
「斬新過ぎるわよそんなモンスター」
ちょっと遭遇したくなるじゃない。と思いながら、かなはアクアの方を盗み見る。
いつかの深掘れから、はや三日目。不眠は……解消されていないらしい。パッと見でわからない辺り、上手に隠しているのだろう。
落ち込んだ……ということは、双方のどちらかと何かがあった? ……ほほう?
因みにキスマークや歯型については都合好くかなの頭から消えていた。見たくもないものは消せる。というのも立派なスキルである。
「相手はちょっとだけ想像つくし、その人を思って、口を閉ざしてるのはわかるんだけどさ。……妹としては、頼って欲しいというか。……むぅ〜。このっ、このっ! タラシお兄ちゃんめっ!」
何故かアクアと正座で膝を突き合わせ、両手でペコペコと軽めのチョップを下しまくるルビー。それをアクアは呆れたように……いや、違う。コイツ、そう見せかけて、癒やされていやがる。まんま猫好きが猫にじゃれつかれてる時の顔だった。有馬かなは内心で舌打ちする。
「(前々から思ってたけど、この兄妹の距離感バグり過ぎじゃないかしら。流石にこれ以上べったりにはならないだろうけど。……仮になったら、もはや事件ね。うん)」
謎の背徳感あるわぁ。なんて最低なことを考えつつ、かなは冷静に、以前の約束を思い出していた。
食事の約束していたし、誘うなら今では?
何かわからんが落ち込んでいる。しかも女絡み。ここで華麗に話を聞きつつ、頼れる女にランクアップ。そこへうまい飯で満足感も味わってもらい、自分はデートも楽しんで……あと、前回の集まりで空気的に聞けなかったことも言及する。
なんだよ。完璧か。
「なるほど、アンタが落ち込んでるのはわかったわ。じゃ、そういう時こそ身にも心にも栄養を取るべきね」
「どうした急に」
「ご飯行きましょって言ってるのよ! この間、色々とやらかしたお詫びに奢るって言ったでしょ?」
「えっ、お兄ちゃん、そんな約束してたの!? ズルくない? 私も行きたい!」
「いや、アンタはこれから現場でしょ? 確か」
「――っ! 先輩まさかわざと……? 鬼っ! 悪魔っ! 人と重曹舐め舐め妖怪!」
「失礼ね。偶然よ。あと重曹は舐めてない」
人を舐めてるは否定しきれないのでそのままにする。
尚元より二人で食べれるようにするつもりだったから、絶対にルビーがついてこれないと知っている今に誘いをかけたのは事実だが、このタイミングで行こうと思い立ったのは偶然である。
ただ、勿論かなも、そのままにしておく気はない。これは密かな、最近まで喧嘩していた二人への、ちょっとしたアシストでもあるのだから。
例えばこんな会話運びになれば、シスコンなアクアなら間違いなく――。
「まぁ、アレだ。後で俺が連れて行ってやるから、今日は頑張ってこい」
「言質とったぁ! 行ってらっしゃい! 絶対に先輩が奢ったとこより、いいとこ連れて行ってね!」
「おう、任せておけ」
……よし、お手軽なラーメンにしてやろうと思ったが、ムカついた。ちょっといいとこ連れてくから、覚悟しとけよ……!
かなは内心でほくそ笑みながら、ポキポキと指を鳴らすのであった。
※
連れ立って出ていった二人を見送りながら、ルビーはぶく〜っと、頬を膨らませていた。
アクアはかなに、事情は説明するのだろうか。……するんだろうなと思う。信頼というか、アクアがかなに心を開いているのは昔から何となく感じていた。
ルビーに言わないのは、余計な心配をかけたくないからというのもあるだろうが……自分が結構顔や態度に出てしまうからというのもあるだろう。相手とルビーを想っている。それはわかるのだ。
「(面白くはないけどねっ!)」
なんだよ〜。と悪態をつきながらも、ルビーの顔は晴れやかだった。
今の彼女は兄の弱ったメンタルを、すこしでもかなが回復してくれることを願っているからだ。
「……でもな〜。先輩だからな〜」
クリティカルにアクアを元気にしてくれる時と、更に打ちのめしたり、心労を増やしてしまう場合があることに定評がある……と、個人的にはルビーは思っていた。
良くも悪くも両極端なのだ。
「(……まぁ、アレだね。いざって時はみなみにパスしよっと)」
何となく、そうしたら上手く行く気がする。というか、適度に背中を押してやらないと、兄は限界まで疲労や寝不足を我慢しそうだし。
ルビーはそう結論付けながら、現場へ出る準備を始める。今日も今日とて、苺プロの売れっ子アイドルは忙しかった。
※
芸能人御用達な店というものがある。
例えば、単純に味がいい店。あるいは、個室完備だったり、出入り口がわかりにくい。はたまた店主の口が堅い……等、密会に適した店だ。
かながアクアを通した店は個室はない故に密会には適さないが、広めの座敷席がある。そこならば余程大声で話さない限りは多少秘密の会話をしても問題ないだろう。
何よりも味がよい。下町にて明治時代から続く老舗の牛鍋屋なのである。
来店と同時に広めの玄関にて和太鼓が打ち鳴らされ、下足番に靴を渡す。団体でない限りは予約不可な店故に出来る、有名な来店パフォーマンスにして、おもてなしの形らしい。
珍しく驚きながらも感心したように目線だけで店内を見渡すアクアに、かなは内心でよし! とガッツポーズする。つかみはバッチリらしい。
そのまま奥の座敷へと通される。少し離れた席に一人鍋を楽しむ男性が。もう一つ先には仲睦まじそうな老夫婦がいて、目に入る先客はそれくらいだった。
やがて二人が鉄鍋を挟んで対面に座れば、赤い絨毯のような牛肉とネギにしらたき。豆腐に春菊。そして卵等が運ばれてくる。
「……いい店だな」
「でしょ? 雰囲気もあるし、めちゃくちゃ美味しいんだから」
牛脂を馴染ませて熱した鉄鍋にネギとしらたき、豆腐を敷く。火が通って柔らかくなってきたところで肉を投入し、つゆを回しかけてグツグツと煮る。春菊は最後だ。
後は、頃合いを見たら溶き卵をくぐらせて頂くのみ。
食欲をそそる香りは、無意識のうちにかなとアクアの顔を綻ばせ……。
「で、何があったの? この間に聞きそびれたことも聞きたいのよね」
「……食ってからにしねぇか?」
「気になって肉が喉を通らないのよ」
「……嘘つけ。有馬かなの喉が、そんな繊細な訳ないだろ」
その瞬間、カーン! と、高らかにかなの脳内にて試合開始のゴングが鳴り響いた。
コイツ、食うだけ食ってはぐらかす気だな? そうはいくか。
「よぉし。今話せ。全部ゲロりやがれ?」
「嫌だよ」
「……どうしても? 私じゃ、アンタの力にはなれない? 話すだけでも、楽になることって、あるじゃない?」
「……本当にお前が有馬かなか確認したい。そんな優しいことを言うなんて……実はチャックがついていて、中にパンダがいたりしないか?」
「鍋に顔ぶち込まれたいわけ?」
人が心配してるのにコイツめぇ……! と、かなは歯噛みする。ふざけているのだろうか。それとも、そうしなきゃ心が保たない? だとしたら……。
「そう、アンタも大変なのね……」
「……………は?」
涙ぐむ演技を交えながら、かなは目を伏せる。
眠れていない。キスマークと耳に歯型。ここから導かれる答えは……。
「黒川あかねは……うん、キスマークも歯型もつけそうね。あの子ならやるわ。でもそれでアンタが落ち込むとは思えない。てなると、答えは一つ」
「……色々と既に言いたいが、一応最後まで聞いてやろうか」
この時点でアクアは呆れが半分。有馬かな、ちょっと妄想癖凄くないか? という感情が半分で顔を引きつらせていたのだが、肝心のかなは気づかない。
そして――。
「キスマークの相手は寿みなみね。大方首にキスされて、これは行けると思ったアンタが、マニアックでハードなのを要求して反撃に……」
「よぉし、わかった。全部説明してやる。このままだと、何にも食べてねぇのに、俺の喉が詰まりそうだ」
「ちょ! 最後まで聞くって言ったじゃない!」
「聞くに耐えないってこういう時に使うんだな」
フゥ~。と、ため息をつきながら、アクアは簡単な経緯を説明する。
デートの約束をしたこと。家に引き込まれそうになったこと。話をしながら歩いているうちに、あかねに相変わらず眠れていないことがバレてしまったこと。
そして……彼女を傷つけてしまったことを。
「(結果落ち込んだ? へぇ~。ふ~ん。ほほ〜う? つまり……ああ)」
未練は……多少あるのだろう。それはよく分かる。だが、それでも彼が傷つき、傷つけながらもあかねの手を取らなかった理由は……。
まぁ、何となくわかった。ムカツクことに……。
「つまり、おっぱいが足りなかったのね」
「……お前、実は偏差値40もないだろ? よく陽東高校入れたな」
「アレ〜? おっぱいで頭溶かしてた奴が何か言ってるぞぉ〜」
「なるほど、どうやら戦争がお望みらしいな」
そんなことをいいながらも、律儀にアクアはかなに肉を取り分けようとしたので、かなはそれを手で制した。
「一緒につつきましょうよ。私とあーくんの間に、今更遠慮もないでしょう? ……友達、だし? まぁ落ち込んでるなら笑わせてやりたいし、笑えないジョークだって飛ばしてやるってね」
「……いや、待て。途中までよかったのに、なんでそうなるんだ。笑えないジョーク飛ばされて励まされる奴がどこにいる」
「あーくんなら、ドMっぽいし?」
「笑えないな。マジで笑えねぇよ有馬かな。脳みそスポンジで出来てんじゃねぇのか?」
「役者ですから。吸収力には定評があんのよ」
「……レスバ強すぎだろお前」
疲れたように。だが何処か気が抜けたように息を吐くアクアに、かなはプププと笑いを堪えるような仕草をする。
こういう輩には考える暇を与えないに限る。放置すれば余計なことを頭に過ぎらせることなく。楽しい思い出で傷を少しでも癒やすことが出来る筈だから。
なんやかんやで推してくれているのはわかるから。単推しには未だ至れなくても、元気が出るきっかけになればいい。
真意は伝わったのだろうか。アクアは少しだけ意外そうに目を見開いていた。
「まさか……俺を元気づける為に、わざと……ヘンテコな推測を……」
「はっ? 自意識過剰すぎ。アンタがおっぱい星人なのは事実でしょうが?」
因みにそれはそれとして、おっぱいが足りないからあかねを拒んだ説は、かなの中では有力なままだった。
仮にもいつかに好きな人として泣きながら頭に思い浮かべた相手にこの仕打ち。これもまた有馬かなであった。
だが、繰り返すがアクアに元気になって欲しいも本心であった。実にややこしい女の子である。
一方、腐っても推しである少女にいっそ見事な程に梯子を外されたばかりか、上から岩まで落とされた星野アクアは……なんとも味のある顔で有馬かなを見返した。
もういいか。コイツだったら。彼はそんなことを思っていた。
あかねを傷つけてしまったことの小さな痛みを抱えていた彼は、自意識過剰と自覚しながらも、かなを傷つけることにも恐怖していた。
だが、考えて見たら、かな自身も以前アクアを異性として見ていないと言っていた。友達として仲良く。
……ああ、だから彼女との会話は打てば響くというか、心地よいのか。アクアはそう結論付けると共に……散々負わされた数々の風評被害を改めて思い出していた。
……うん、やっぱり小さい頃に殺してぇって思ったのは間違いではなかったらしい。
「胸は関係ねぇ」
「同級生グラドルのおっぱい枕でスヤスヤしたのに?」
「アレは……何かこう……」
「寝たんでしょ? あのGカップに。顔埋めて。深呼吸して。鼻の下伸ばして。」
「深呼吸はしてねぇ。…………して、ねぇ」
めちゃくちゃいい匂いはしたからしそうになったが、それは言う必要はない筈だ。と、アクアは思っていたが、かなはまたしてもわからなかった。
ただ、何となく感触やらを思い出していそうなのは表情からも感じ取れたので……。
「うぐぐ……」
結果、改めて事実を突きつけられて、少なくないダメージを受けていた。
「てか、アンタマジでこれからどうすんのよ。結局眠れてないんでしょ? ルビーとか……ドン引きだけど、添い寝頼んだら? 人肌が回復手段かもしれないじゃない。キモいけど」
「………………」
その後ろめたそうな顔で肉を生卵に浸すアクアを見た時……。流石に今回ばかりは、何も知らない有馬かなは生まれなかった。
「えっ、ドン引きなんだけど。マジで?」
「黙れ。あの後、ルビーはルビーで落ち込んでたんだよ」
「そうなんだ。いやでも……アレ? でも結局寝れなかったのよね? ――んっ。やっぱウマいわここ」
「まぁ、残念ながらな。――サシがしっかり入ってて、柔けぇ。最高じゃねぇか」
なお、こんな会話をしながらも、二人はしっかり食事も楽しんでいた。殴り合いと仲良しを両立できる関係は、ある意味でお互いに貴重だった。
「妹のおっぱいじゃ駄目だったか……アンタ、ちょっと贅沢が過ぎない? B小町の一番人気よ? 馬なら三冠狙えるわよ?」
「有馬、ちょっと舌禍が過ぎないか? この間も散々だったろ? 学べよ。ああ、脳みそスポンジだったか。あと舐めるな。ルビーなら三冠どころかグランドスラムも狙えるに決まってるだろ」
「あっは。急に早口になって笑えるんだけど。図星? 図星だったの〜? あとシスコンキッモ」
かなが鍋に肉を追加する。アクアがタレを回しかけ、再び煮えるのを待つ。
春菊は今か?
駄目ね。まだ早すぎるわ。入れるタイミングは任せなさい。
そんな無言の仲良しが展開されてから、二人はまた殴り合う。
「てか、寝れなかったの解決出来てないじゃない。どうする? うちくる? サイズはまぁ、Bだけど。形はいいと自負してるわ」
「なんなんだ。俺の周りは申告制なのか? 無駄に身内のサイズが把握されていくんだが? ああ、断る」
「いや、少しは悩めやぁ!」
うがーっ! と叫ぶ有馬の口に肉を放り込む。
ハムハム。ウマウマと有馬の顔が綻んで、自然にアクアは笑みを浮かべていた。
「そうやって、助けようとしてくれるのは嬉しいが、流石にな。リスク分散は本来なら基本だが、こればっかりは分散させる訳にはいかん」
「あかねも似たような理由?」
「……ああ。ただ有馬、お前はそれだけじゃない」
「えっ……?」
「今のお前はB小町のアイドルだ。それになる前もそうだったが、今だって俺にとって特別なんだよ。だから駄目だ」
「……それって」
かなの中に暖かなものが広がっていく。
今と昔から特別。それは……期待してもいいのだろうか? 役者として漕ぎ出す日は、少しずつ近づいてきている。だからこそ、“今”はいい友達でいようとしてるのに、そんなこと言われたら……。
ときめきに心臓を高鳴らせながら、かなはアクアの顔を見る。すると、その視線がわざとらしく。いっそあからさまにかなの胸に注がれて……。
「後はまぁ…………うん」
すぐに目をそらされた。
「結局おっぱいじゃねぇかぁ!!」
「ハハッ。いや……違うぞ?」
「そのアンニュイな笑みをやめろォ! その顔で脳内お花畑なの面白すぎるからぁ!」
茶番ならば乗るのもまた、芸能界で生き抜いてきた彼女ならではの処世術だった。
キィーっ! と歯を食いしばりながらアクアを睨んでいると、彼は肩を竦めながら「流石に最後は冗談だからな?」と線を引いた。
どうだかね。と、かなはまだ疑っていたのだが……それは乙女の秘密である。
「まぁ、アレだ。流石に推しに添い寝して貰うのはな。個人的な解釈違いってやつだ」
「上手いこと逃げやがってぇ〜」
「失礼だな。これは本心だぞ」
「……素直に寿みなみの抱き心地が一番って言ったら?」
「白滝、味が染み込んでいい感じだな」
「このスケコマシ三太夫めぇ……!」
苦々しい顔で白滝を齧りつつ、かなはアクアの表情を観察する。表情からは、事務所にあった時の険はいくらか取れていて……。
「……ありがとな。有馬」
「――別に。何もしてないわよ」
少しでも彼の助けになれたのだとしたら、今は良しとしよう。
こんな子どもっぽい姿を見れるのは、多分自分だけの特権だから。それに……。
「ああ、まだ聞きたいことはあるわよ? 聞きそびれてたこと……具体的にはベッドから二時間でなかったとか。もう一回。とか」
「……待て、おい待て有馬。それを掘り起こすな。やめろ。土かけとけ。お前の記憶と一緒に埋めろ」
「黙りなさい。この間は有耶無耶になったけど……付き合ってないのにこれはおかしいじゃない。ただの添い寝でどうしてこんないかがわしい会話になるのよ。いや添い寝もだいぶアレだけど」
「う、ぐ……」
アクアマリンの瞳が激しく泳いでいた。こんな焦った彼を見れるのもまた、自分だけ。
何も問題はない。最後に勝つのは有馬かなだ。
そう自負しながら、彼女は徹底的にアクアから真実を引きずり出すことにした。
……彼女は知るよしもない。そんな行為が、様々な重いしがらみから開放されたアクアを、少しずつ日常へ連れ戻しつつあることを。
それは、ある意味でアクアにとっては救いになっていたことを。
「さぁ、吐きなさい。エッチなことしたんでしょ? この女誑しおっぱい星人め!」
もっとも、今この場に置いてはただの厄介な爆弾女でしかないのだが……アクアに推しフィルターがある以上、結局は問題ないのだろう。
※
映画監督シマカンこと、島政則は、必死に笑いを堪えていた。
ちょっと贅沢なランチのつもりだった。
なのに、ランチより美味しい思いをすることになろうとは思わなかった。その原因は少し離れた席にいる高校生二人にある。
聞き覚えがある声だなぁと思った。有馬かなだった。
それだけでもびっくりしたのに……。
「成る程、彼が件の、同級生グラドルとママプレイを楽しむ高校生俳優か」
改めて字にすると、とんでもない内容である。
同時に仮にも好きな人と言っていた相手の赤裸々な事情を容赦なく引きずり出す彼女に島は戦慄を覚えていた。
「(かなさんは、何だろうな。役者でもありたくて。友人として彼ともいたくて。あわよくば恋人も……そんな感じかな)」
芸能界にいすぎて恋愛観が少し独特な可能性もある。ただ、複雑で、得難い存在なんだなというのは、何となくわかった。
だってお互いに会話が楽しそうだ。何ならちょっと付け足せばホームコメディに出来そうで、実際何度も吹き出しそうになってしまった。
「ふざけんじゃないわよ! 何ナチュラルに恋人じゃない女とイチャつきながらベッドでくつろいでるのよ!」
「……くつろいではないだろ」
「二時間くっついておいて? ……弁明か感想を述べよ」
「………肉、追加するか。お前の奢りだし」
「ママプレイとか、案外的を射てたわね。こんだけ甘えていたなら」
「そういえば、そのクソデマ……あの場にいた面子以外には話してないだろうな?」
「ハァ? そんなこと……あっ」
「…………オイ、有馬?」
島は必死に腹筋に力を入れていた。
もうビールでも頼んじゃおうか。午後は個人で仕事だし。そんな気持ちになりつつある。
「お前……! いや、時々とんでもねぇ奴だとは思ってたが……お前!」
「うぐっ……わ、悪かったわよ! 今度ちゃんと弁明しとく。あーくんは、ただのおっぱい星人だったって」
「……俺よりも、お前を鍋に叩き込むべきじゃないのか?」
「ごめんってば! ほら、もっと肉頼んでいいから! あっ、ミドジャン買ってくる? いいオカズにはなるでしょ?」
「今分かった。お前実は少し楽しんでるだろ。あと、今週のはいらん」
「……うわぁ、今日一番キモいわ。そうねぇ。もう巻頭グラビア違う子だもんねぇ。…………これ色々と白状したものじゃない?」
「ぐ……黙れ」
何だろう。この子ら好きだ。島は素直にそう思った。
殴り合いのような言葉の応酬はするくせに、所々で互いに気遣い合ったり、楽しんだりする。
今もほら、追加で白米を頼んでキャッキャと二人騒いでいた。
「想像してみなさい。肉や野菜の旨味を吸い込んだこの溶き卵を……ご飯に……!」
「お前っ……やはり天才か! 世の中と重曹舐めてたが……そうだよな。天才って言われてたな……!」
「重曹は舐めてない」
「……世の中は舐めてたのか」
「多少はね。結果が今の私よ」
「なんかスマン」
仲良しかお前ら。
インスピレーションがどんどん湧いてくる。
素早くスマートフォンを立ち上げて、星野アクアと寿みなみを検索する。
使いたい……! めちゃくちゃ使いたい!
島は今、最高にハイになっていた。
……後に島は、星野アクアや彼と関わりの深い面々を起用して、いくつかの映画やドラマにて、名作や迷作を生み出すことになる。
その中でも色々な意味で爪痕を残した作品の一つに『勇者ゴロウマル』シリーズがあげられるが……それはまた、別のお話だ。
つまり、勇者ヨ◯ヒコのようなものですね
超低予算なのに脇役含めた出演者が豪華的な。
因みに想定キャスト
勇者:アクア
魔法使い:メルト
戦士:(イケオジな俳優キャラが原作にいないので、オリキャラか姫川さん。大穴でフリル)
素人の女:かなちゃん
妹:ルビー
なお、勇者はおっぱい星人であり、ことあるごとにみなみちゃんやあかねちゃんなどに誘惑されたり、人の道を踏外すものとする。