最終的におっぱいが全てを解決する   作:星組

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スケコマシとファムファタール

 それは、いつかにアクアとみなみがのんびりと二度寝に耽った後の出来事。

 目が覚めてからも何だか離れがたくて、ぴったりと身体をくっつけたまま、二人はおしゃべりに興じていた。

 幸福な時間だった。

 みなみはアクアの鎖骨辺りに頬を寄せながら、さり気なく手のひらも彼の胸に乗せ、全身でアクアを堪能している。

 安心する鼓動や匂い。硬くてたくましい筋肉の感触。優しく頭を撫でてくれたり、髪を弄ってくる、細くてセクシーな指の心地よさ。

 恋する乙女にはどれも刺激が強すぎるが、かといって抗うことも出来ず。みなみは「もっと触って」と無言ですり寄りながら、甘やかなぬくもりに酔いしれていた。

 

「そういえば……寿はどうしてエセ関西弁なんだ?」

 

 そんな時、アクアが素朴な疑問を投げかけてくる。そこそこ付き合いがある人に一度は聞かれる質問だが、基本的にみなみはまず、こう答えるようにしていた。

 

「単純で、大してドラマもない話やけど、ええの?」

「かまわない。何となく気になったから聞いてみただけだからな。……勿論、あまり話したくないなら、無理しなくていい」

 

 そんな理由で? と驚かれることが多いから、過度な期待はしないで欲しいのが本音ではあるのだが、アクアならば平気だろう。それどころか……本当の理由も教えていいかもしれない。

 

「小学生の頃やけど、工場見学に行ったんよ。その時にバスガイドだったお姉さんが、めっちゃ可愛くて素敵な……、関西の人だったねん」

「じゃあ、その人の影響で?」

「せやねん。……とまぁ、ここまでが、聞かれたら取り敢えず答える範囲で……実際にはもうちょっとだけあるんよ」

 

 これは、今のところルビーやフリル等、親しい友人にしか話していないこと。

 そこまで重要な秘密ではないものの、乙女のちょっとした夢が秘められた、ささやかな思い出である。

 

「お茶目な人でなぁ。関西弁の色んな使い方を教えてくれたんやけど、その中に……大好きな人への告白の仕方があってな。それがめっちゃ可愛くて……」

 

 結果、その工場見学以来、みなみの周りでは少しの間だけ関西弁が流行ったのを覚えている。

 今もエセと知りつつ話し続けているのは、気に入っているから。という理由が一つ。

 もう一つは、いつかその殺し文句を誰かに言う日が来たならば……。それはとても素敵なことではないか。当時からみなみはそう思っていた。

 めっちゃ好きやで。とめっちゃ好きやねん。のどっちにするかは、わりと真剣に考えていたりもした、懐かしい記憶である。

 

「どんな告白かは……聞くのは野暮だな」

「せやで〜。こればかりは、ウチと、いつかウチが伝えた人だけの秘密や」

 

 本当は伝えたい人、すぐそばにいるんやけどな。そんなことを思いながらこっそりと薬指で彼の左胸をつつく。

 

「それは……羨ましい限りだな」

「――っ!? …………お兄さん、ホンマにいけずやわぁ」

 

 貴方に聞いて欲しいのに。そんな声に出来ない主張を、ぐちゃぐちゃにした思考と一緒にかき混ぜて、みなみはボソリと。アクアに聞こえないように悪態をついた。

 イケメンの若手俳優なんて、酷いスケコマシ野郎に決まってる。なんて失礼なことをマネージャーは言っていたが、今この瞬間だけは同意しよう。

 ちょっとだけムムッとしたので、アクアには自分の胸をより露骨に押し当てておく。

 効いていないように見えるが、ちゃんと効果ありらしいのは抱きしめられた時に身をもって知っている。

 それに嫌悪感を抱くどころか、寧ろ嬉しいと思う自分にみなみもびっくりしているのだが……これも惚れた弱みというやつだろうか。

 因みに、この時みなみが上を向いていたら、「寿ィ……!」と、内心で悶えながら、死んだ目で天井を仰ぐアクアが見れていたのだが、運命(?)は彼に味方していたらしい。

 

 ※

 

 そんなに時間は経っていない筈なのに、その記憶は随分と昔のことのように感じられた。

 それでいて幼少期に見つけた宝物のように鮮明に思い起こせるのは、それだけ星野アクアにとっては、印象深い出来事だったということだろうか。

 

「(実際、その通りではあるんだよな)」

 

 今まで自分にはなかった快眠を経てからの、二度寝の記憶である。それに加えて抱き心地が最高すぎる同級生を堪能しながら、のんびりと目覚めた上に、そのままベッドの上でおしゃべりだなんて……みなみのファンに袋叩きにされてもおかしくない所業だった。

 安らぎに溢れた時間だったのだ。

 ここまで気が抜けたのは、アイがまだ生きていた頃をのぞけば、下手すると生まれてはじめてだったかもしれない。

 そんな中で聞いた、みなみのルーツとささやかな夢の話は、微笑ましさを感じると同時に少しだけ羨ましくもあった。

 いつかみなみにそれを伝えられるであろう誰かへと、まっすぐ幸せを見つめているみなみに対してだ。

 マイナスな羨ましさではなく、純粋に眩しいものを見た気持ちになれたのである。だからこそ、自分のジトジトした湿っぽさを嘆きつつも、未だに抜け出せぬジレンマにため息をついたりもしていたのだが。

 

「(ああ、やっとわかった……)」

 

 だからこそ、こうして真っ直ぐな想いを向けられた時、アクアは己すら気づかなかった自分を見つけたのだ。

 カミキヒカルが死亡してから、アクアの中で色々なものが変わっていた。それはみなみをはじめとした、関わる者達による影響も大きかったのだけれども。

 特に顕著だったのは『僕』と『星野アクア』の境目がなくなっていく感覚だった。

 それは月日を重ねるごとにより強くなっていたものであり、いずれ自分は星野アクアとして生きて、星野アクアとして果てるのだろう。そう思っていた。

 だが、変わった。

 一度、無気力から死にかけた時……アクアは間違いなく、自分というものがなくて。結果、再生した時に残ったのは復讐が消えたことに安堵した自分と、それを良しとしない自分。その両方を抱えて生きる道だった。

 雨宮吾郎と星野アクア。どちらかが欠けても自分にはなり得ない。かつての人生を歩んできた『僕』がいて。復讐に焦がれた『俺達』がいて。そんな歪さを内包し、傷つきながらも未来を信じることにした『俺』がいる。まだ完全に受け入れられた訳ではないけれど、それが今のアクアだった。

 

 だからこそ……今自分に芽生える感情は嬉しい……喜び以外の何ものでもなかった。

 星野アクアを癒やして救ってくれただけではない。形作る哲学に気づかせてくれた。前に進むことを応援してくれた。何かちゃっかりルビーも救ってくれていたらしい。格好悪くて、情けない所だって数え切れない程に見せてしまった。

 それでも、アクアにとって寿みなみは包み込んでくれる子で……。見つめていたい人だった。 

 

「(この告白は、君にとっての夢で……大切にしたいものだってわかっている。だから俺は……)」

 

 その瞬間、自分の中でアクアは覚悟を決めた。

 顔を上げると、少しだけ不安そうに。それでも気丈にこちらの返事を待ってくれているみなみがいる。今すぐにかけよって抱きしめたくなる衝動を抑えつつ、アクアはゆっくりと答えを口にした。

 

「ありがとう、寿。俺なんかが、大切な告白を聞いていいのかって……感じながらも、それ以上に嬉しくて、喜んでいる自分がいる」

「……お兄さんは、なんか。やないもん」

「……うん、そうだったな。本当にありがとう。俺も、君のことは好ましく思っているよ。それは間違いなく本当だ。……だから……」

 

 静かに深呼吸する。多分この言葉を放てば盛大に誤解を受けるので、すぐに説明しなければなるまい。どういうことかというと……。

 

「だからこそ、今の俺じゃ駄目なんだ。君の気持ちに応える前に……完遂させなきゃならないものがある。俺がこれから俺である為に、向き合わなきゃいけないことがあるんだ」

 

 内緒だぞ。そう言ってアクアは、映画そのものの全容ではなく断片的な説明をみなみに施した。

 復讐の為に映画を撮るつもりだったこと。だがそれは今やほとんど役目を終えて、今はアイの遺言が動機の大半を占めるドキュメンタリーになっていること。

 内容の関係上、過激で過酷な役作りが必要になる。だが、それでもこの役だけは誰にも譲れないし、自分が演じきるべきものだと強く感じていること。

 どうなるかはわからない。映画の性質を省みれば、自分の精神状態が悪化する可能性すらある。それでも……。出るかどうかすら迷っていた自分が、譲れないという結論に至ったのは、ひとえにもう一度、自分自身の人生と向き合う必要があると感じたからだ。

 罪と復讐に。忌まわしい存在ではあったが、アイ以上に謎のまま消えてしまったカミキヒカル。

 あらゆるしがらみすべてを自分の中で昇華出来たならば。

 その時こそ、自分自身が幸せになることと、あなたと歩める勇気を持てる気がするのだ。

 

「情けない限りでごめん。最低なことを言ってるのもわかってる」

 

 潤んだピンクパールの瞳が、自分を映している。

 この優しい光を今からでも独り占め出来るかもしれないのに、半ば投げ捨てるような行為をしている自分はなんなのか。

 そんなことを考えながらも、アクアは言葉を紡ぎ続ける。

 まるで星に願うかのような気持ちだった。

 

「でも、もし許されるなら……もう少しだけ待っていて欲しい。その時は……今度は俺の方からちゃんと伝えるから。……君がせっかく勇気を出してくれたのに俺がこんなザマなのは本当に申し訳な……」

「……ん。わかりました。ええですよ〜」

「いんだけど……え?」

 

 思っていた以上にあっさりOKされたので、アクアは困惑する。その様子を見ていたみなみは、クスクスと笑いを漏らしていた。

 

「……いい、のか?」

「…………イヤやって言ってもええの?」

「うっ……それは……」

「お兄さんが幸せ怖いってなってるのは知ってるし、それでも前に進もうって思ってくれた。……そういうことやろ?」

「……ああ、君のお陰で迷えて、君の告白で決意できたんだ」

 

 もはや足向けて寝れないどころか、毎朝毎晩拝み倒すべきでは? なんてことをアクアは密かに考えていたりもしたが、そんなこと言われても困ると思うので、一応口は閉ざした。

 それを聞いたみなみは嬉しそうに頷くと、グイッとアクアの腕を引く。

 

「寿?」

「無理させてもうたから……今更やけどウチも伝えるなら、時と場合を考えなきゃアカンかったなぁ」

「俺が……君を不安にさせたせいでもあるだろ。それに……結果的には、色んな悩みがいい方向に行ったんじゃないかって思うよ」

「……それならええねん」

 

 今度はちゃんと寝よな〜というみなみの一声で、二人は横になりながら向かい合う。

 再び電気が消えてから、何ともいえぬ微妙な距離と沈黙を保ちつつ、アクアとみなみの二人は相手の出方を伺うかのように息を潜めていた。

 今更ながら、想いを告白した女と、保留(ほぼOKのつもり)した男である。

 散々色々なことをしておいて、二人はここでまさかの二の足ふみをしていた。

 

「………っ、あ~、寿?」

「……ど、どうしたん? お兄さん……」

 

 怯えすら入っているみなみの声にアクアは苦笑いしながら、はっきりと「改めてありがとう」と言葉にした。

 

「嬉しかったんだ……君が大切な思い出として話してくれた告白の相手にこんな……いや、俺を選んでくれたのが」

 

 さっきも言ったけど必ず答えるから、待っててくれ。そう締めくくろうとした瞬間、アクアの胸にみなみが飛び込んできた。

 身体が少しだけ震えている。やはり不安はあったのだろう。

 そう考えたら、より愛おしさが湧き上がってきて、アクアは優しくみなみの方に腕を伸ばした。

 こちらの意図を察したのだろうか。みなみはアクアの腕枕に身を委ねようとして……ピタリと、動きを止めた。

 

「……寿?」

「何かウチばっか喜ばして貰ってるんやもん。ルビーが言った通りやわぁ。お兄さんスケコマシやわぁ……」

「おい」

 

 風評被害だろ。……そうだよな?

 そう自問自答しつつ「寿だけだよ」と言いかけるが、これもまた不名誉なレッテルが貼られそうなので踏みとどまる。

 さてどうしたものか。アクアがそう思案していると、みなみはそっと彼の耳元で囁いた。

 

「せやから、これ……予約、な……」

 

 頬に柔らかくて熱い。それでいて少しだけ湿った感触が押し当てられる。

 ちぅ……という控えめで可愛らしい音が立てられて、直後にアクアの胸にみなみの顔が勢いよく叩きつけられた。

 

「…………はぇ?」

「………予約やねん。お兄さんは……その、ウチの予定、やもん……」

「…………………ことぶきぃ……」

 

 散々人をスケコマシ呼ばわりしているが、当の彼女が魔性の女過ぎてアクアは頭痛に苛まれそうだった。

 頼むから、自分の破壊力というやつを自覚して欲しい。アクアは切実にそう願った。

 

「……お兄さんも、ウチに予約……する?」

「めちゃくちゃしたいが、間違いなく俺の理性が飛ぶぞ」

「……っ! あ、その……えっと……!」

 

 少し脅せば、わかりやすくみなみは狼狽する。その反応を楽しみつつ、アクアは彼女の髪を一束ねし、そっと唇を落とした。

 

「今はこれで勘弁してくれ。その代わり……ちゃんと伝えた暁には……予約じゃなくて、寿を完全に買い取るつもりでするからな」

「――っ! うん! 約束やで!」

 

 やったぁ……! と小さく呟きながら、みなみはアクアに思いっきり頬ずりし、そのままアクアの頭を包み込むかのように自分の胸にかき抱いた。

 流れるような自然な動作。アクアもそのまま、顔を包み込む柔らかな感触と、より濃く香る焼き菓子のような匂いを肺いっぱいに取り込むべく深呼吸して……。

 

「――って、待て。何故だ。何故こうなる」

 

 もはや恒例になったおっぱい枕だが、往生際の悪さに定評があるアクアは、まだ認めていなかった。

 今なら普通の添い寝でも寝られるのでは? わざわざこうする必要は……。

 

「えっ? ウチのおっぱい……いらんの?」

「……………………い、いる。けど……」

「せやろ〜? いっぱい甘えたさんしてな〜」

 

 笑うことなかれ。これも男のさがである。

 後頭部を軽く撫でられてから、背中までポンポンされた時、アクアは色々と覚りを開き、難しく考えることを放棄した。

 あと単純に。流石に眠気が限界だった。

 

「(そういえば……何処ぞのチャラい俳優が、言ってたな)」

 

 意識が朦朧としかけていたからだろうか。何故か少し前の思い出が蘇る。

 彼曰く、恋した女なんて猪と一緒だ。あしらうのなんて簡単だよ。……と。共感はしないが、一部は否定もしきれない。当時のアクアはそう思っていた。だが……。

 実際に野生の猪を目の前にしてみたら、簡単だなんて言えるだろうか。今のアクアなら、無理だなと答えるだろう。

 そもそも……。

 

「おやすみ〜お兄さん。……ちょっとくらいなら、触ってもええからな〜?」

「……魔性の女め」

「……………お兄さん?」

「冗談だ。多分な。……おやすみ、寿。……一緒に同じ夢をみれたら嬉しいよ」

「……いけずやわぁ」

 

 猪の突進を簡単に避けられたら、誰も苦労しないのである。

 しかも相手はそんな猪すら生易しくみえる存在だ。そう、思えば初めから寿みなみという少女は――。

 星野アクアにとって完璧で究極の……ファムファタールだったのだろうから。

 

「(映画終わるまで、理性……もってくれよ。イヤ、マジで。……ああ、でも)」

 

 悲壮な決意を抱きつつ、アクアは微睡みに身を委ねた。

 難しい思考は既に捨てていたため、今の彼には長く考える余裕はない。故に眠りにつく刹那に思うことは一つだった。

 

「(何かもう、どうでもいい。今はこの、ダメにされる心地よさに浸って眠ろう……)」

 

 ――つまるところ、今宵も最高だったらしい。

 

 ※

 

 寝息を立て始めたアクアを優しく撫でながら、みなみは幸福感に身を震わせつつ……一抹の不安も抱いていた。

 そもそも自らの胸にアクアを封じたのも、今、アクアに無防備な状態で眠られたら……予約の重ねがけをしかねない。という、笑っていいのか、いけないのかわからない事情があったからだったりする。

 当のアクアが今、頑張って己の人生と向き合おうとしているのだ。みなみはその足枷になりたくはなかった。なかったのだが……。

 

「(お兄さん、いちいち言い方がズルいねん……もぉ〜!)」

 

 プンスコと理不尽な怒り方をしつつ、みなみはそっと指で自らの唇をなぞる。

 頬へのキス。唇には……まだ勇気が出なかったのと、まだ正式に交際していないから。という理性もあり、戒めたのだが……。

 みなみ本人は頬にしただけで身体中が熱くなるわ、頭はクラクラするわで、もう大変だった。

 

「(買い取るつもりでって……唇に? 凄いの、されちゃうん? ……ア、アカン。大丈夫やろか? 今でこれなら、ウチ、絶対腰砕けになるんじゃ……)」

 

 このバカップル共めと、マネージャーなら悪態をついていただろう。だが、当人はわりと本気で悩んでいたのであった。

 

「(ウチ……我慢できるやろか……?)」

 

 奇しくも考えることがほぼ一緒だったなど、当人等は知らぬまま。運命が動いた夜は静かに更けていく。

 

 我慢くらべの果て――、答え合わせの時が訪れるのは……もう少しだけ先の物語である。




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