最高の朝だった。
想いを告白し、大切な人の成さねばならないことを知り、自分が支えになると決意した夜を経た、翌朝の月曜日。芸能活動こそしていても、高校生という身分である以上、学校に行かねばならない。制服に着替えて、今は玄関にて靴を履きながら、寿みなみはそう回想していた。
まずは寝起き。
元気な目覚まし時計が起きろと騒ぎ、胡乱な意識のままそのスイッチを切った時のこと。
寝惚け眼な彼が「ことぶき……?」と、普段からは想像もつかないふにゃふにゃした声で自分に話しかけてくれた。……この時点で、みなみは幸せのあまり、のたうち回ってしまいそうだった。
可愛過ぎるやろ。と戦慄しながらも、みなみは再び想い人の胸に飛び込んだ。充電は大事なのである。
取り敢えず、しっかり抱きとめてくれる安心感とクラクラするくらいいい匂いが最高だったとのこと。
次は朝食。
十分くらいまったりとしてから、流石に起きるかと、二人はベッドから這い出した。
時刻は朝の五時半。入れ替わりで洗面所にて身支度を整えてから、簡単な朝食を作り始めたのだが……。ここもまた、幸せだった。
「(簡単な作業でも、一緒にキッチンに立てるなんて……新婚さんみたいやなぁ……)」
そんな妄想に内心でホクホクしながら、みなみは作り置きしていたトマトとレタス、アボカドのサラダを皿に盛り付けつつ、フライパンに油を引く。
すると、手早く玉ねぎでスープを作っていたアクアが、ひょいとみなみからフライパンの柄を掠め取った。
「こっちは俺がやるよ。油がはねたら大変だ」
「大丈夫やで〜? ウチ、なんやかんやで一人暮らししとるし」
「それでもだよ。ベーコンエッグでいいんだろ?」
さり気ない気づかいにキュンキュンしていたのは、流石にチョロ過ぎると自分でも思わなくはなかったが、今の彼女には何を言っても無駄だった。
長めのベーコンの両面をフライパンでカリカリに焼き上げて、アクアはそこに卵を割り入れていく。
「片手で割れるの、凄いわぁ」なんて感嘆の声を上げつつ、こうなるとみなみは手持ち無沙汰になってしまう。勿論、大事にしてくれるのは嬉しいのだけれども。
だから取り敢えず、アクアの手際を眺めながら、みなみは後ろからギュッとすることにした。
「……どうしてそうなる」
「暇やねん」
「わざとなのか?」
「なんのことやろなぁ……」
当てとんねん。何て今更だった。
するとアクアはフライパンに蓋をしてから、隣のコンロにセットしていた小鍋にお玉を突っ込んで……。そのまま身体を反転させ、自然な動作でみなみを自分の前に連れてくる。
いきなり後ろから包み込まれる形になり、更に気がつくと目の前にはスープの入った小皿が差し出されていた。
とんでもない早業。しかも昨日の夜でアクアに後ろから抱きしめられるのも好きだと判明したみなみには……ちょっと不意打ちが過ぎた。
「味見、頼めるか?」
「は、はひ……」
「熱いから、気をつけてな」
「ん……ありがと……」
ふーっ。ふーっ。と、震える息を吹きかけてから、そのまま小皿から飲ませて貰う。コンソメと玉ねぎの相性は抜群だった。
そこへ「美味しく出来てたか?」と耳元で囁かれるというダメ押しをくらったら……。
「美味しいけど……お兄さん、ズルいわぁ」
「何でだよ」
「わざとなん?」
「……どうだろな」
お兄さんのいけずぅ……。と囁きながら、彼の胸に耳を当てる。
トクントクンという規則正しい鼓動に安心を覚えながら、みなみは目を閉じてアクアのぬくもりを存分に楽しんだ。
結局、ベーコンエッグが出来上がるまで、二人はべったりとくっついたまま。
初めて一緒に食べる自宅ご飯は……。幸せな味がしたのは言うまでもなかった。
そして……現在に至る。今回はアクアも制服を持って来ていた。とはいえ、二人一緒に登校は色々とリスクがあるので時間差で部屋を出ることにはなるのだが。
「……本当にいいのか?」
「ええよ〜。ウチは撮影とかで遠出しない限り、夜はちゃんと家にいるから……お兄さんも好きな時に来てな」
「わかった。……ただ、流石に来るとき連絡は入れるよ。無理な時はちゃんと断れよ?」
「はぁ〜い」
アクアはそれをしっかりとカバンにしまう。渡したのは、部屋のスペアカードキーだった。
眠れない時はいつでも来て。そんな気持ちを込めて渡したのだが……ちょっと重たいというか、大胆過ぎただろうか? と内心でビクビクしていたのはみなみだけの秘密である。
ただ、アクアに睡眠不足というか、睡眠負債を蓄積させ過ぎるのも良くないと思ったのもまた事実である。
治ってくれるのが一番いいに決まっているので、今より熟睡する頻度が増えれば自然と良くなるのではないか。それがみなみの推測だった。
……もっといっぱい一緒にいたい。なんてことも……少しは考えてしまうが、そこは仕方がないだろう。
恋心はあれど、邪な気持ちは一切ない。ないったらない。彼を癒やしてあげたいのは本当なのだから。
「じゃ、またな……」
「う、うん……」
ここからは別行動だ。少しの寂しさを覚えてアクアの方を見上げれば、アクアもまた、みなみを見つめていた。
「…………」
「…………」
「…………出ない、のか?」
「…………お兄さんこそ」
気まずい沈黙が流れる。
いつかのお忍びデートの終わりと同じ空気がその場を満たしていた。ただ、これから行くのは学校である。レモネード飲んでいかへん? とはならないのだ。ならない筈なのだが……。
身体が熱い。どちらかが動けば、どちらかが手を伸ばして引き止めてしまいそうだった。
アクアの目の下には、誤魔化してはいるがまだ隈が残っているのをみなみは知っている。学校ということで早めに起きた為、睡眠は充分とは言えなかった。故に……。
「お、お兄さん……眠い?」
違う方向性でみなみが勇気を出した時、アクアの目が見開かれた。彼は暫く躊躇うような素振りを見せながら、「ああ」と答えた。
「寿、出席日数は?」
「たまに撮影で休むことはあるんやけど、ある程度余裕が持てるようスケジュール調整してるんよ。……お兄さんは?」
「俺もだ。一応大学も視野に入れてたからな。そもそも一般科だけれど……大丈夫なようにしてる」
「ふ、ふ~ん。そうなんやねぇ……」
「……ああ、そうなる、な……」
「……そういえば。レモネードも、前に飲みそこねてたやん?」
「そうだな。次の機会にって……言ったな」
「……昨日、飲んでへんなぁ」
「……ああ」
次々と言い訳という名の理由が積み上がっていく。
ゴクリと。喉がなったのは多分二人同時だった。
再びの沈黙の中、アクアとみなみは玄関の中で一歩ずつ近づいた。もう手を伸ばすまでもなく触れられるまで距離をつめた二人は遠慮がちに目をそらし合う。
やがて、小さなため息と共に「こういうのは俺が言うべきか」と頭を掻きながら、アクアは寿を優しく玄関の壁に追い詰めつつ、そっと彼女の髪を自らの指に絡めた。
強引ではある。だが、それは壁ドンというには紳士的であり、それでいて蠱惑的だった。
心臓の鼓動が早まるのを感じながら、みなみはアクアの言葉を待つ。
「寿、今日学校サボろう。……ずっと君を抱かせて欲しい」
「うん、ええよ。今日は一日中……ウチのこと離さんといてな」
「言い方ぁ!」と叫ぶ有馬かなと「いや反省しろやお前らぁ!」と地団駄を踏むマネージャーの姿が見えた気がするが……。もはやベッドの上でなくても熱烈なハグを始めてしまった二人には関係のないことだった。
「お兄さん、ベッド……」
「……ああ、そうだな」
立ったままも好きだが、より密着感が欲しくなったのか、みなみが甘え、ねだるようにアクアの耳元に囁いた。
名残惜しげに身を離した二人は逸るようにして靴を脱ぎ捨てて、アクアが先導する形でみなみの手を引き、リビングへとんぼ返りする。
まるで連れ込まれているかのような(自宅なのに)状況にみなみは少しドキドキしながら、これから起きることを考えて……内心で彼女は悶えていた。
「(みんなが学校行ってる時に……ウチらはお家で、制服のままで……これからベッドの上で……ちょっとだけ、エッチなこと……)」
謎の背徳感を覚えながら、二人はもつれるようにしてマットレスに身を沈める。
制服がシワになるのも構わずに二人は強く抱きしめ合う。甘い刺激が身体を突き抜ける中で、アクアが片手で自らのネクタイを緩めるのが見えて、みなみは思わず「ひゃ……!」と短い悲鳴を上げた。
「……どうした?」
「な、なんでもあらへん。ちょっとセクシーやなぁ……なんて、思ってへんよ?」
「いや、言ってるじゃねぇか」
苦笑いしながらアクアはみなみの手を取ると、そっとそれを自らの首元まで誘った。
「じゃあ、外してくれるか?」
「……ウチを殺す気なん? お兄さん」
やるけども。
「……そういえば、寿はブレザー着ないんだな」
いつもワイシャツにリボンだけだ。そうアクアが何の気なしに呟くのを耳にしながら、みなみは優しく、アクアの首元を緩め、シュルシュルと時間をかけてネクタイを外していく。ついでだからブレザーのボタンも片手で外してみると、アクアが目の前でそれを脱ぎ捨てて、ワイシャツ一枚になる。破壊力というのをもう少し考えて欲しかった。
「着ないんやなくて……着たくないんよ」
「着たくない?」
「……ボタンとめると、苦しいねん」
「……………」
理由は言わずもがなだった。結構暑がりというのもあるのだが、それは言わなくてもいいだろう。
嫌な話になるが、谷間や胸の下が常に……特に夏場は大変なので、出来るだけ風通しを良くしたい。という切実な理由があったりもする。
「……お兄さん、何考えてるん?」
「己の迂闊さについてだ」
「……あはは。あっ取れたなぁ。……ねぇ、お兄さん」
「なんだ?」
「ウチの胸リボンも……外して?」
「……殺す気か」
せやで。
小悪魔のような笑みを浮かべるみなみに誘われるまま、アクアは丁寧に。手間取ることなくリボンを外してしまう。手先が器用なのだろうが、何だか慣れているようにも感じてしまい、ちょっとだけ「むぅ……」という声を漏らしてしまうが、それはすぐに切り替えた。
相手のネクタイとリボンを握ったまま、二人は見つめ合う。
「お兄さん、お仕事は……?」
「今日は、放課後に事務所で監督に会うつもりだった」
「じゃあ、万全にせなアカンな」
「寿は?」
「ウチはオフやけど……近々仕事で気合い入れなアカンから、ジム行こうかなって」
「ジム?」
「後で教えるわ。お兄さんも喜んでくれたらええんやけど……」
「いい報告か?」
「せやで〜。……でも今は……」
二人でのんびり……リフレッシュしよな。
ネクタイとリボンが絡まり合うように床へ落ちたのを合図に、アクアとみなみも身体を重ね合う。
静かな。されど熱くも激しい、二人きりの時間が始まった。
尚、冷静になり寝入ったのは一時間後。レモネードにいたっては夕方までもつれ込んでしまったのだが……それはもう、二人とも気にしていなかった。
※
朝の8時半に登校。午後に早退し、夕方から番組収録の予定。
昼休み開始と共にスケジュールの詳細を確認しつつ、星野ルビーはチラリと隣の席に視線を向けた。ほわほわとした笑顔を見せてくれる同級生グラドルは本日不在らしい。
空っぽの席をじーっと見つめながら、ルビーはグッと握りこぶしを作った。
兄であるアクアは、昨晩帰ってきていない。
行き先は告げられていないが、ここ数日は自宅に帰っていたので、睡眠不足は継続中つまり……ここまでわかりやすく導かれる答えは……。
「みなみ、今日は休みなんだね」
後ろから聞き覚えがある声がする。振り返ると朝は姿がなかった筈の国民的美少女スターがそこに佇んでいた。
「あっ、フリルちゃん」
「やっほー、ルビー。早朝収録を経て――私が来た!」
「……気に入ったの? その言い回し」
「ちょっとヒーローっぽくない?」
「え〜? わかんないなぁ〜」
お昼どう? いいね。食べよう。という短いやりとりの後、二人は教室の一角にて机をくっつける。
いつもはみなみがいるので、二人きりというのはなかなか新鮮だった。
「あっ、この間はごめんね〜。何か最後少し暗い雰囲気になっちゃって」
「深掘れ非公式版のこと? そこは問題ない。なんやかんやでいい空気は吸えた。……寧ろ、そっちが大丈夫だった?」
「うん。お兄ちゃんとみなみちゃんのお陰で」
「……ッスゥ~。そう。ならよかった」
謎の深呼吸をしながら、フリルは満足そうに頷いていた。
たまに彼女の目線や反応が、イベント会場に来るオタクと被る時があるのは……気の所為だと思うことにした。
「アクアさん、その後は?」
「私と一緒に寝たんだけど……むぅ。解せないことに、眠れなかったみたいで」
「双子カプ……でもダメ。気にするアクアさん……」
「あー、確かにショック受けてたかも。やっぱりみなみのおっぱいじゃなきゃ駄目だったんだね〜」
「おおっ、ふぅ……」
「フリルちゃん?」
「何でもない。何でもないよ。続けて」
何だか気持ち悪い呼吸が聞こえたが……空耳だろう。言うことが面白いとはいえ、相手は国民的美少女タレントなのだから。
「でね。昨晩帰ってこなかったし……みなみの家に行ってると思うんだけど……」
「え!?」
「今日、みなみいないし……」
「んえっ!?」
「お兄ちゃん、登校してないっぽいし……」
「まっ、まさか……っ!」
「きっと今頃、おっぱい枕でイチャイチャしてるんだろうなぁって……ズルいなぁ」
「おっ……おお……」
そろそろ目を逸らすのは難しくなってきた。
いや、面白い人だとは知っていたけども。キャラ崩壊? いいや、本来のコメディエンヌとしての彼女はこんな感じなのだろうか。そりゃあお茶の間で愛される訳である。
ぷくーっと、何処かの女優もかくやにルビーは頬を膨らます。フリルは面白いのだろうが、自分は……複雑なのである。
すると、フリルの視線がじっとこちらに向けられているのに気がついた。
「みなみに……ヤキモチ?」
クリソベルキャッツアイを思わせる瞳がキラリキラリと光っていた。その妖しい雰囲気に呑まれぬよう、ルビーもまた目を閉じて。小さく首を横に振る。名は体を表す輝きを隠した瞼の下からは、眩い一番星が……今日は微妙にくすんでいた。
「それだったらさぁ〜話は簡単だったんだよぉ〜」
しおしおとしながら、ルビーは唇を尖らせる。彼女が抱えるものは、もう少しだけ面倒くさかった。
「お兄ちゃんと一緒に寝るみなみ、ズルいと思うの。あのイケメンに抱きしめられて朝を迎えるって……絶対映画のヒロイン気分を味わえると思うんだ。……てか、お兄ちゃんシスコンのくせに妹のおっぱいじゃ寝れないっておかしくない? 全国のシスコンに謝るべきだと思う」
「うん。……うん?」
あの不知火フリルも、最初は理解できたが、後半は少しだけ疑問が芽生えかけたようだが、ルビーは構わずに話を続けていく。
「でもね。あのみなみと一緒に寝てるお兄ちゃんもズルいと思うんだ。一回さぁ。私もぎゅってして寝たことあるからわかるんだけど、アレは贅沢すぎるよ。全国のみなみファンはお兄ちゃんにキレていいよ」
「……ルビー、私も今微ギレしそう。ズルい。私だってみなみのおっぱいに顔埋めたいのに」
「……お風呂一緒に入ったんだけどね。おっきいのに形めっちゃ綺麗なの。あと、おっぱいって、水に浮くんだねって……」
「はっ? キレそう。みなみのマネさんに報告しよ」
「いや、何で連絡先知っているの?」
それは不思議な縁の果てにある愉快なお話なのだが、それはフリルだけが知る物語だ。同志とも言う。
「甘えて、甘やかして。それをお互いにしてるのがズルい。私の大好きなお兄ちゃんが私の大切な親友と一緒になる……嬉しいよ? きっとそれはお兄ちゃんにもたらされるべき救いで。みなみの恋が成就するってことだから……祝福してあげたい。本当にそう思ってるのに……私は多分、二人両方に嫉妬してるんだ」
「私のお兄ちゃん取らないで。と、何私の親友に手を出してんだコラァ。……両方同時に来たってとこ?」
「だいたい合ってるぅ……」
机に突っ伏しながら、「う〜っ」と唸り声を上げるルビー。フリルはそれを景色に見立ててコーヒ牛乳とあんこホイップコッペパンを最高に美味しく味わっていたりするのだが……生憎とルビーが気づくことはなかった。
「ルビー。凄いこと教えようか」
「……なに〜?」
ペロリと自分の口元についたホイップクリームを舐め取りながら、フリルは不敵に笑う。
「ルビーはね。アクアさんと兄妹だよ。それは未来永劫変わらない」
「え? うん。そうだね」
「つまり、絶縁でもしない限りはずっといっしょにいていいの。それは神様から与えられた当然の権利と言うべきもの」
「(アレ? 何かどっかで聞いたことある言い回しのような……まぁいいか)」
いやアイの胸に夢中になっていたお前だろ。と、この場にアクアがいたら突っ込んでいたかもしれない。もっともそんなことを口にされたら、ルビーの方から手痛い反撃を見舞うのだが、今はそんな悲しき事件は起こりえなかった。
「さぁ、考えてみて。ずっと一緒にいるアクアさんがみなみとも一緒になったら……?」
「……っ!? みなみも、私とずっと一緒……!」
「そう。ルビーは合法的に甘えたい放題出来る唯一の立場にいるんだよ。お兄ちゃんの腕や胸板枕も、みなみのおっぱい枕も……何なら、両方だって……味わえる……! 想像してたら私も嫉妬で狂いそうだけど」
そこでルビーは想像する。
右側にアクア。左側にみなみ。二人にサンドイッチされる形で眠ったら……。
「私はお兄ちゃんとみなみを楽しみつつ、お兄ちゃんはみなみがいるからぐっすり寝れて、みなみはお兄ちゃんといるから幸せ……何コレ。最強じゃん……!」
ペカーッと、光明が差したかのような顔でルビーは顔を輝かせる。
アホキャラはテレビだけにしろ。と突っ込みを入れるアクアは、ここには存在しなかった。
いるのは「それに気づくとは……やはり天才か……」と後方で腕組みしていそうなフリルだけだった。
「推しに挟まれるのは人によって解釈違いが起きるけど、家族なら許されるからね。さて、ルビー。いつ出発するの? 私も同行するよ」
「……え、ダメだよ?」
「なん、だと……?」
いちいちリアクションが面白いなぁと思いつつ、ルビーはさっきまで纏っていたくすみを全て吹き飛ばし、弾けるような笑みを浮かべてみせた。
「ん、ありがとフリルちゃん。何だか凄く気持ちが楽になった」
「スターはみんなを楽しませてこそだからね。国民的小娘と呼ばれようが、最後に誰かと手を繋いで笑い合えたら、それでいいんだよ」
シニカルに笑いつつ、フリルはウインクする。
そのまま二人は他愛ない話を交わしながら短い昼休みを過ごしていく。スターとアイドルではあるが、二人は年頃の少女そのもの。安らぎの時間は必要だった。
ただし……。
「ああ、そうだ。ルビー。今日は放課後空いてる?」
「今日? 少し難しいかな……。木曜日なら」
「OK。それでもいい。ちょっとそこで時間が欲しいな。クレープでも食べに行こう」
意味深げに誘うフリル。それに首を傾げつつ、ルビーは「いいよ〜」と返事をする。
「じゃあ、みなみも……」
「うん、それは更に魅力的だけど、別の機会にしよう。少しだけ……内緒の話があるんだ。ルビーと……あと一人に、ね」
ステージがまたやってくる。スターもアイドルも、逃げることは出来ないのだ。
※
有馬かなは困惑していた。本日は台本読みも兼ねて適当なカフェでリフレッシュ。その後はちょっとした休憩も兼ねて街をぶらついていたら……レンタルスタジオから、ユラリと幽鬼もかくやに出てきた……見覚えがありすぎる女の姿があった。
黒川あかねだった。
「ア、アンタ……その、大丈夫なの?」
あの有馬かながそんなことを口にした。アクアならば全力で天気予報を確認していたことだろう。
かなにとってあかねという女優は顔を合わせると悪態をつきたくなる相手である。特に想い人である星野アクアとの蜜月を遠目で見ていた時なんて、投げつけられるなら石を放ってやりたかったくらいだ。
確か最後に会話したのは深掘れ非公式の時にオンライン上で顔を合わせた時くらいであるし、その時も暗い雰囲気こそ纏っていたが……ここまでではなかった。
何があった! そう叫びたかった。
一応アクアから起きたことを断片的ながら聞いてはいたが……。
「かなちゃん……」
しょんぼりした声。それを聞いたかなは……そこにいつかの……都会の喧騒の中でひっそりと涙を流していた自分の姿を見た。
だから……。
「……取り敢えず、暇ならうち来なさい。愚痴くらいなら聞くわよ。……まぁ私のたまりにたまった鬱憤も聞いてもらうけどね」
なんやかんやで有馬かなは姉御肌だった。