最終的におっぱいが全てを解決する   作:星組

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人を駄目にする柔らかさ

「(何故だ……。どうして、こうなった?)」

 

 星野アクアは、本来ならば優秀な筈の頭脳を、現実逃避という非生産的なものの為に必死で回していた。

 都会の野鳥の勢力図は、ここ数年で激変したらしい。雀が極端に減り、反対にカラスや鳩。場所によってはムクドリが増えたのだとか。なので、少し前の漫画等で見られた表現――、カーテンから漏れる陽光と雀の囀りでゆっくりと起きる爽やかな朝……それ自体が貴重なものになってしまったという。

 現にアクアもまた、”陽光が射しようもない状況の中”、気が抜けるようなカラスの鳴き声と……身体の違和感と息苦しさで目を覚ました。

 

 部屋は薄暗い。ソファーにタオルを敷いた簡易ベッドで寝たが、身体にそこまで痛みはない。若い身体様々だ。そもそも、

 雨の激しい音はしないので、嵐は一晩で過ぎ去ってくれたらしい。そして――。

 

 あれこれ考えるようにして目を背けていた現実をしっかりと認識する。

 焼き菓子のような甘い香りがアクアの鼻腔をくすぐっていた。今いるのが女の子の部屋だから。なんて単純な要因からくるものではない。

 その女の子が目の前にいた。しかも部屋の主である、寿みなみその人である。

 どういう訳か二人は同じソファーの中で、薄めの毛布を共有し、まるで恋い焦がれ合った男女のように抱きしめ合って眠っていたのだ。そりゃあ、いい匂いもするよなと一人で納得し……。アクアはすぐに内心でバカ野郎と己を叱責した。

 

「(待て。待て待て。落ち着け。まだ慌てるような時間じゃない。いや、状況的に慌てるべきなんだが……落ち着け)」

 

 眠気はとうの昔に吹き飛んでいる。だから違和感なく昨日の出来事は思い出せる。

 先に結論を述べるならば、一夜の過ちをおかした訳では勿論ない。未成年故にお酒なんか入るはずもなく。男子高校生特有の青い衝動に敗北してもいなかった。(風呂上がりは眼福だった)

 向こうが誘惑してくるような素振りもなかったし、というか、そもそもみなみだってそんなことをしようとは思わないだろう。

 

「んっ……みゅ……」

 

 そんな彼女が今はアクアの身体を包み込み、胸でこちらの顔を掻き抱くような形で眠っている。

 視界はすべすべなサテン生地のパジャマで紫色だった。シンプルな露出のないデザイン。それが逆にみなみの匂い立つような色気をかもしだしていた。

 悩ましげな吐息がアクアの脳を揺さぶる。

 そして何より……顔を包み込む暴力的な柔らかさと、一部は仕切りのような……ナイトブラだろうか? その感触が否応なしにアクアに襲いかかり――。

 

「(いい匂いが……っ、違う! マズイな。寿さんを笑えん。俺もバカになってる)」

 

 一度深呼吸……は、流石に変態になるので、目を閉じて集中! と言い聞かせながら、色々とシャットアウトする。

 お互いに信頼とはいかなくとも、分別はあるつもりだ。

 ワンルームマンション(寿みなみの両親曰く、グラドルで収入を得ているとはいえ、まだ学生だからとのこと)故にみなみも同じ部屋の少し離れたベッドで眠っていたが、アクアは最初からみなみの寝姿が見えない位置と方向で床についたのである。同衾なんて起きようがない。

 

 じゃあお兄ちゃん、何で一緒に寝てるの? 何ちゃっかりおっぱい枕してもらってるの?

 知るか。自分が聞きたいくらいだ。

 

 脳内に現れたルビーが、まるでゴミを見るような目でこっちを睨んでくる。そんな妄想をする自分が滑稽で笑えてきた。……こんな視線だったらいくらでも浴びてやれる。今の家族としての空気が死んだ状態では、願える筈もない妄想だった。

 

 ああ、よし。冷静になれたな。思考を凍てつかせたアクアが、静かに息を吐く。

 自分が寝惚けて、ベッドからみなみを運んだ。は、あり得ない。そんな器用な夢遊病患者がいたら逆に見てみたい。

 みなみが寝惚けてソファーに入ってきた。……この辺りが一番ありそうだ。

 取り敢えず、状況が完全にセクハラ認定されてもおかしくないので抜け出した方がいいのだが……。最悪のパターンは動いた瞬間にみなみが目を覚ますこと。物凄くありえそうで笑えない。

 

「(時間はわからないが。まぁ薄暗いからまだ4時とか5時だろ。寿さんが起きて……自然に離れるのを待つか)」

 

 アクアが寝ているなら、みなみがそっと離れれば、誰も恥をかかないし、傷つかない。何も起きなかったで通せる。

 逆にセクハラ扱いで引っ叩かれたなら……それは甘んじて受けよう。こっちは動かずソファーに寝てるから、ある程度は許してくれる……と、思いたい。

 後ろ向きな対処法だなと内心でアクアは笑う。同時に何かいつもと違うことを実感する。

 

「(……ああ、そうか。今日は悪夢も見てないし、夜中に飛び起きてもいないのか)」

 

 他人の家だからか? そんなことをアクアは考える。考えていたらまたぎゅっぎゅっと、無意識の悩殺ハグがみなみによって実行された。マシュマロメロンだ。最高に頭の悪い単語が脳裏を過ぎったあたりで、アクアは色々と諦めることにした。

 

 ……もういいか。昨日の夕方とは別の意味での思考停止が加速する。

 ゆっくりと考える時間は必要だし、やるべきことは多分まだ残っている。痛みは消えないが……今はそれと共に行くくらいでいいのだろう。

 そう結論づけて肩から力を抜く。こんなにあっさりと寝入れそうなのは久しぶりだ。知らないうちに疲れが溜まっていたのかもしれない。安らぐ香りとぬくもりに包まれながら、アクアは微睡みに身を委ねた。

 ……それにしても。

 

「(現役グラドルの添い寝ハグとか、贅沢としか言えねぇ……最高過ぎる)」

 

 いつかの肉を無限に食べた時に似た感想が浮かんでくるが、こればかりは仕方がないだろう。

 結局お兄ちゃんもオスなんだね。という声が聞こえた気もしたが……気の所為だと思うことにした。

 

 ※

 

「(……やってもうたわぁ)」

 

 アクアが再び眠りについてから一時間後。目を覚ました寿みなみは、自分の行動を盛大に後悔していた。

 別に寝相が悪いわけでもないし、寝惚けてソファーで寝たわけでもない。かといって、アクアとの同衾目当てで同じ毛布にくるまったかといえば、そういう訳ではない。

 

 思い出すのは昨日の夜。

 台風故にみなみの部屋に避難した後は……特に語るような出来事はない。

 冷静にならなくとも、互いにそれなりに分別やら最低限の常識はある方だと思っていたから、問題らしい問題は起きなかった。

 普通に二人で冷蔵庫の余り物で料理をしたり。

 適当にテレビを回して雑談に花を咲かせたり。

 取り敢えず下着は変に意識する必要もなく、いつもの就寝用ナイトブラを着用し、パジャマもシンプルながらデザインが気に入っている、少し背伸びしたものを。

 気合いを入れすぎず、かといって抜きすぎない。一応グラドルという立場であり、男性に風呂上がりの姿を見られるのは事実なのだから、それに関してはちゃんとしたかった。

 

 他の人だったらここまでしたやろか? と一瞬だけ自問自答する。答えは出なかった。そもそも、今の自分では説得力が皆無だが、部屋に男性をホイホイ入れはしないだろう。

 ルビーの兄だから。アクアだから、大丈夫。なんて具合にハードルが下がったのだ。……そう思うことにした。

 

 風呂上がりの反応は……なかなかだった。熱いとまではいかないが、向けられていたアクアの視線。いつものミネラルウォーターがちょっとだけ美味しく感じて、みなみは上機嫌だった。

 

 就寝時、まさかの玄関で寝る発言をしたアクアにソファーを提供する。すると、ちゃんと自分の視界に眠るみなみの姿が入らないようにしてくれたのを見て、ルビーがべったりだった頃を思い出してしまう。こういうさりげない優しさが妹をメロメロにしていたのだろうか。兄の活躍を逐一チェックして、自分のことのように喜怒哀楽していた友人の今を思うと、不思議と胸が締め付けられた。

 いい方向に行くとええんやけどなぁ……。そんなことを願わずにはいられなかった。

 

 総じて優しく、たまに訪れる沈黙も不思議と気まずさや苦痛に感じない。そんな穏やかな時間だった。

 二人が一度、寝入るまでは。

 

「嫌、だ……っ、ああぁ…………アイ、ごめん……ごめん……! ルビー……! そこに、……いろ……来る、な……こない、で……」

 

 それは、手負いの獣が上げる、苦悶の唸り声に似ていた。憎しみと悲しみを切り刻んで傷口に擦り込んでいるかのような。深い嘆きに満ちた慟哭が、暗い部屋の中でみなみの耳に届いていた。

 

「お兄、さん……?」

 

 恐る恐るみなみがアクアに呼びかけるが、返事はない。

 ただ聞こえてくるのは藻掻くような寝返りと、過呼吸気味な早い息遣い。そして、潰れるような嗚咽だけだった。

 

「(ああ……そうやな。こうなってもおかしくないやん)」

 

 演技中にパニックになりかけると話には聞いていた。演技を楽しんだことがないとも。スマホのライトをつけて、ゆっくりとみなみがアクアに近づくと、彼は眉間に深く皺を寄せながら、まるで寒さを堪える子どものように縮こまっていた。

 ルビーにこの姿を見せていないのだろう。見せていたら、中断したらしいカウンセリングだって再開させられていただろうから、自分の部屋に何らかの対策位は施しているに違いない。

 

 いつもこうなのだろうか? それともたまたま? ただ、みなみにはもうどっちでもよかった。

 優しく、包み込むようにアクアの手を握る。これで全ての苦痛が消えるとは思えないが、そうしてあげたかったのだ。

 

「……ア、イ……?」

 

 涙に濡れた、アクアの瞳が開かれる。焦点の合わないそれが握られた手と、みなみの顔に向けられて……やがて、それは強い力で引き寄せられた。

 

「ごめん、なさい……ごめん……守れなくて、ごめ……」

 

 強くキツく抱きしめられる。不思議と嫌な気持ちにはならなかった。それよりも、あまりの痛ましさでみなみの心が悲鳴を上げ始めていた。

 ああ、ホンマにこの人は……あのまま復讐に走っていたら、どうなってしまっていたのだろう? それを想像しただけで恐ろしくなってしまう。

 どうしようもないほどに取り返しがつかない道に進んで、その後は……? 

 震えるアクアの頭を優しく撫でながら、みなみは祈るように沈黙を貫く。

 言葉は発さない。今の自分がアイに見えるならそのままがいいだろう。そうしていると、やがて静かな寝息が聞こえてきた。

 

「…………しょうがないやん。ウチもほっとけんし」

 

 自分を離す気配がないアクアに苦笑いを浮かべながらも、強張った身体が少しだけ柔らかくなった彼の様子に、みなみはホッと一安心しながら、静かにソファーへ……。アクアの隣に、引き寄せられるままに身体を滑り込ませた。

 また魘されているのを見るのも、少し気が引ける。ならばもう、しばらくは傍にいることにしよう。

 尚、かなりどころか相当大胆なことをしていることに、当の本人は気づいていなかった。それよりも心配などが勝ってしまった結果である。

 

「ん……」

「ひゃっ! ………フフッ、も〜。意外と甘えん坊さんなん?」

 

 自らの乳房に顔を埋めるアクアを受け止めながら、みなみは目を閉じる。柔らかな金色の髪から、アクア自身の香りがした。それが予想外に好きな匂いだったことと、元々寝付きはいい方だったのが彼女の不幸だった。結果……。

 ワンクッションを置いて冷静になる暇もなく、みなみは眠りの世界へと旅立って……今に至る。

 

 

 

 胸に抱いて寝た筈だった。それだけでもかなり恥ずかしい! と、今ならなるのに……。現在のみなみは、逆にアクアに包み込まれるかのように抱きしめられていた。

 傍から見たら、寝起きの胡乱な思考のままで、ゆるゆると睦み合う……カップルのような姿だった。

 

「(アカン! これアカン! めっちゃいい匂い……やのうて! よくよく考えなくてもこれ、お兄さんからしたら、朝起きたらウチが勝手に潜り込んでることになるやん! めっちゃ怖いやつやん!)」

 

 アクアの胸板に鼻先をくっつけたまま、みなみは混乱していた。一先ずゆっくりと視線を上に向けると、完全に熟睡したアクアの無駄に綺麗な寝顔が目に入った。

 フリルならば眼福で視力が良くなっていたに違いない。だが、残念ながらみなみの場合、上がるのは心拍数だけだった。

 

 取り敢えず離れる。話はそれからだ。

 しかし、この世の神様は、みなみが以前評した通り、わりと非人道的だった。

 彼女は知る由もないが、つい一時間前、さんざんグラドルの豊満ボディを堪能した上に二度寝までキメた女たらしは……元々、物音に敏感だった。故に。事前にみなみが先に起きたらなんて、小賢しいことを考えていたことも忘れて、彼は目を開けてしまったのである。

 

「………………え?」

「………あっ」

 

 交わるアクアマリンとピンクパールの視線。それはやがてお互いにかく大量の冷や汗と、ブレにブレまくる瞳と一緒に身体の熱を急速に上げていく。そして……。

 

 甲高くも可愛らしい悲鳴と一緒に、二人の朝は始まった。

 

 

 

 ※

 

 

 

「(散々やったわぁ〜。絶対変な子やと思われたわぁ〜)」

 

 騒動が終わった数時間後。学校の机に突っ伏したまま、みなみは溜息をついた。

 何とか寝惚けてソファーに入ってしまったということにして、お互いに謝ってあの場は流れた。かなり苦しかったかもしれないが、アクアも複雑そうな顔で納得してくれた。

 その後は二人で途中まで一緒に登校し、それぞれの教室に向かったのである。

 

「(次会う時気まずいなぁ……いや、そんな機会あらへんか。今までもそうやったし)」

 

 心配事の殆どが杞憂に終わりそうだった。何かそれも寂しいわぁ。なんて思っていると、不意にみなみは背中をちょんちょんと指で突かれているのに気がついた。

 

「ん〜? って、フリルやん」

「おはようみなみ。久しぶりの学校で会えて嬉しいわ」

 

 顔を上げて振り返ったみなみは、嬉しさに破顔する。

 不知火フリル。猫のような目と、美しい黒髪。ミステリアスな雰囲気。国民的なマルチタレントにして、みなみの友人がそこに立っていたのだ。

 

「久しぶりやね〜。オフと学校被ったん?」

「まぁ、そんな所よ。午後は仕事だけどね。だからお昼は一緒に食べましょう」

「勿論、ええですよ〜」

 

 僅かな時間でも自分と一緒にいようとしてくれる。そんな友人は芸能界にいるみなみにとって貴重だった。

 それにしても、相も変わらず綺麗な顔やなぁとみなみは感嘆する。

 国民のほとんどが美少女といえば? と聞かれたらフリルと答えるのも納得で……。

 

「フ、フリル? どうしたん?」

 

 そこでみなみは異変に気づいた。

 フリルが……おかしい。目を見開き、どこか困惑しているのだ。

 

「……っ、みなみ。つかぬことを聞くけど……私の勘違いだったら謝罪するわ。流して頂戴」

 

 素早く辺りを見渡したフリルは、近くに人がいないことを確認してから、そっとみなみの耳元に顔を寄せた。

 

「ひょっとして……彼氏出来た?」

「……………………へ?」

 




おまけ〜

少し前のフリル。
学校の自販機前で私服のアクアと遭遇。

フリル「あら、アクアさん。おはよう。仕事から直接来たの?」
アクア「フリルか。……ああ、そんなとこだ。急な変更だったからな。ロッカーに予備の制服入れといて助かった」
フリル「……ふ〜ん」

フリル「(嘘。マドレーヌかワッフル……何だか焼き菓子みたいな甘い香りだけど、間違いなく女の匂い。……イケメンの朝帰りか……良い。相手は? 黒川さん? ああ、破局報道があったっけ。ぴえん。……でも元カノと焼け木杭に火がついた的な展開も燃えるし萌える。……あるいは、あの天才子役の? いえ、私はここで敢えて、第三勢力を推す……! そうすれば脳破壊されるであろう人が少なくとも二人……美しい。そこから何か色々燃え上がって……)」

アクア「フリル?」
フリル「赤飯三杯……いえ、牛丼三杯はかたいね」
アクア「(よくわからねぇが、絶対に何かおもしれーこと考えてそうだな。この女)」

なお、数分後にみなみと遭遇

フリル「(この香り……は……! あっ……ああっ……!)」>歓喜

〜fin〜
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