もはや今更な話ではあるが、有馬かなは星野アクアが好きだ。
小さい頃にわからされたことから始まり。
アクアが高校に上がる前に再会し、本当に久々となる共演を果たして、光を見た。
恋愛リアリティショーで悪い意味で脳を焼かれ。2.5次元舞台では妙に距離が近くなるビジネスカップルにやきもきさせられて。でも役者としてスポットライト当てようとしてくれたのは嬉しかった。
宮崎旅行にワクワクドキドキしてたら、まさかの彼女(ビジネス)同伴。そこはかとなく牽制を入れたら、何か気がついたらガチで付き合い始めてて。
確かこの辺で「あっ、終わった。私の恋、ガチで終わったわ」という確信を得たのを覚えている。
その後もアホな理由で距離取られてたり。やらかした後もフォローしてくれたり。
友達として得難い存在として、これからも宜しく。そう言った瞬間に破局していたのを知り。また脳がかき混ぜられた。
その時ばかりは、人生何度目かになる、余計なこと言った……! という叫びが、より大きく響いた気がした。
「てか、思い返せば思い返す程に、私アンタら二人に振り回されすぎてんのよ! ハンマー投げなら世界取れるレベルよ!」
「……かなちゃん、アレは振り回せばいいってものじゃないんだよ?」
いちいち理性的な返しをしてくるのムカつくわねぇ。と、内心で悪態をつきながら、かなは部屋のクッションの上にちょこんと座る宿敵……もとい黒川あかねを睨めつけた。
「かなちゃん、どうして私をお家に誘ってくれたの?」
「……さぁね。アンタがあまりにもズタボロだったから……気まぐれでもおこしたのかしら? ……ただ」
何となく連れ込んでしまった理由はかな自身も曖昧だ。
かつての自分を見たとは思ったが、それは何も恋愛的な意味だけではない。
元々持っていなくて嘆いたのは、アクアとあかねの蜜月を見せつけられた時に嫌という程味わった。
だが、今のあかねにシンパシーを感じたのは……
「元々持っていたものが、手から滑り落ちていく時の哀しみは……私もわかるから……かしらね」
かなならば、子役の頃はあった仕事。あかねならば……もう説明するまでもないだろう。
「……元々持っていたもの、かぁ……でも、私がちゃんと持てていたの? って言われたら、ちょっと曖昧なんだぁ」
アクアくん、なんだかんだでかなちゃんに惹かれてたし。多分私と付き合ってる時も、かなちゃんのこと気にしてたし。
そう自嘲気味にあかねが呟くのを、かなは苦虫を噛み締めたかのような顔で見ていた。
でも付き合ってたのはあかねだし……多分アクアも彼女を大切に思っていたのだろう。でなければ、いつぞやに牛鍋屋へ連れ出す前にあんなにも落ち込む筈がないではないか。
いわゆる隣の芝生は青く見える状態が二人の間には芽生えていた。
もっとも、互いに芝生の青さで馬を招こうとしたら、肝心のお馬さんはピンク色の芝生で人馬共に駄目にするクッションまである庭に行ってしまったのだが。
「……まぁいいわ。今はいかにしてあの淫乱ピンク……じゃねぇわ。寿みなみを倒すかよ」
「…………え、そういう話だった? 今?」
「そんな話でもしないと、アンタいつまでもジトジトしてそうじゃない。人の部屋で湿度上げてんじゃないわよ」
「か、かなちゃんが私を連れ込んだのに!?」
「愚痴大会にするって言ったじゃないの。アンタだって鬱憤溜まってるんでしょうが。もうここで発散しちゃいなさい。んで出し切ったら……」
またより輝いて、アイツの前に立ってやりなさい。
ケッ。と汚らしく吐き捨てるようにして、かなは腕組みをしながらそっぽを向いた。
何でこんなことしてるんだろうなぁ自分は。等と思いつつ。
「じゃあまず私から。デート中に耳に歯形をつけて、キスマークまでつけた癖にそのまま解散した奴がいたことについて」
「――!? なんでかなちゃんが知ってるの!?」
「あーくんから聞き出した。何か私が盛大に誤解してたみたいで、本当のことを話さざるを得なかった的な?」
「鬼か何かなの!? ……あっ、元から性格はアレだったけ」
「……あれれ〜私の性格には言及するけど、日和ったことに関してはコメントなし?」
「ふぐっ……!」
唇を噛み締め、ちょっとだけ涙目になりながら、あかねがこちらを睨んでくる。争い事が苦手な彼女らしい反応だった。
だがそれでいい。かなはそう思う。
「……かなちゃんにはわかんないよ。頑張って告白しようとした直前に、好きな人が他の女の子を探す姿を見せつけられた時の気持ちなんて……!」
「……えっ、傷つけたとは言ってたけど、アイツそんなことしたの?」
「普段のアクアくんなら絶対やらないけど……あの時は無意識だったんだろうなって」
「きっかけがあったわけ?」
「……ワッフルの香りで」
なんじゃそら? そう首を傾げかけた所で、かなはふと、ルビーの言葉を思い出す。
曰く、寿みなみはワッフルやマドレーヌみたいな、甘い焼き菓子の匂いがする女だという。
……因みに初めて聞いた時、何だ。乳の臭いはしないのね。という失礼極まりないことを考えていたのは、かなだけの秘密である。
「えっ、まさかそれに反応して?」
「……うん」
「涎垂らす犬みたいね。星野パブロフにでも改名させるべきかしら?」
「かなちゃん。パブロフは実験者であって、ワンちゃんの名前じゃないんだよ?」
「……腹立つ返ししないでよ。インテリ女優め。その賢さをどうして恋愛に活かせないのかしら?」
「……そうだね。配慮が足りなかったかも。キスマークも歯型もつけれなかったアイドルもいるのにね」
「……ゴフッ」
地味なカウンターを決められてかながよろける。あかねはぷくっと一瞬だけ頬を膨らませて。
だがすぐに憂いを浮かべた顔になる。
アンニュイな表情すら絵になるのは女優としては素晴らしいのだが……かなは地味にムカついた。
今の自分にはそう簡単には出せない、妙な色気があるのだ。
「あはは……でもね。アクアくん、あの時はしまったって顔してて……ちょっと可愛かったな。それこそ、ワンちゃんみたいに」
「いや、そこに可愛さ見出してる場合じゃないでしょアンタ」
ため息をつきながら、かなはおもむろにタブレットを取り出した。
「何するの?」とあかねが首を傾げれば、かなは「敵情視察よ」と答える。
検索するのは寿みなみについてだ。
「そもそもね。私は仮に出し抜かれるならアンタだと思ってたのよ。こんなダークホース予想すらしてなかったの!」
「それは……私だってそうだよ……でも、実際そうなってる」
「……あーくんもあーくんよ。何なのよ。不眠症が一緒に寝たら治ったって。そんなにおっぱいが気持ち……よく……」
「…………」
たまたまネットに落ちていた、ミドジャンの表紙画像が表示される。それを見た直後、かなとあかねは言葉を失った。
彼女の髪に合う、ショッキングピンクのセクシーなビキニスタイルの水着写真だった。
シミ一つない白い肌。たわわなバストにくびれたウエスト。大きすぎず、小さすぎない、絶妙なヒップ。手足だけではない、背中や肩……お腹に至るまでの肉づきのバランス。
「(ほぼ同年代なのに……いや、努力は絶対してるんだろうけど……それはそれとして、これほとんど暴力じゃない。バイオレンス淫乱ピンクじゃない……!)」
「(じ、自分のスタイルに自信はなくても、太ってはいないし、悪くはない筈って思ってたけど……こんなに凄いのと比べられちゃったら……)」
改めて、敵の色々な意味での強大さに二人は戦慄していた。
「……これは、アクアくん治るね。何気に女の子大好きだし」
「そうね。ぶっちゃけ、女の私でも顔埋めてみたいもの。お金積まれたら」
「そこは払うのかなちゃんじゃないんだ。………それにしても……」
ズルいわ。ズルいなぁ……。
そんな言葉が同時に漏れる。勿論アクアとみなみ……両方へ向けてだった。
なんなの? そんなにおっぱいがいいの!? そうだそうだ! ムッツリ野郎が!
スケコマシ! 女ったらし! 思わせぶりなこと言いやがって! 人の男性観ぶっ壊して!
釣った魚に餌あげないやつ!
もっと甘えてよ!
バーカ! バーカ! シスコン! マザコン!
勝手に私の為って言って身を引くな!
面倒くさい思考回路しやがって!
私が載ってる雑誌、アクアくん買ってくれたことない! なんで!?
やっぱり乳か! おっぱいなんだ!
このおっぱい星人!!
交互に。時には同時にアクアへの不満をぶちまける。そんな中で、かなはあかねの目尻に涙が溜まっていくのが見えていた。
「……っ、好きだった……今も好きなのにっ……! 私の方が……っ! 絶対前から……! なんで……! またご飯食べて欲しかったのに……! 抱きしめて、キスして……! 何だってするのに……バカァ……! アクアくんなんか……アクアくん、なんかぁ……」
堰を切ったかのように哀しみを吐き出しながら、両手で顔を覆うあかねを、かなはじっと見つめつづける。
決定的な言葉は……最後まで彼女の口から出てくることはなかった。
「何よ、嫌いなんじゃないの? 流れ的に」
「……言えない。言えないよぉ……」
「そ。……難儀ねぇ、アンタも」
私と一緒で。とは言わなかった。
「かなちゃんは……辛くないの?」
「バカね。これで辛くなってたら、アンタとアイツが付き合ってる時点で色々と終わってて……もう少し楽に生きてたわよ」
「あ……」
ハッとしたような顔になるあかねに、かなは肩を竦めながらタブレットの電源を落とす。
そう、忘れられたならよかったが……結局引きずり続けて。役者世界と一緒に捨てきれなくて。今に至るのだ。
「諦めるなら、勝手に諦めれば? 私は進むわよ」
勿論、前を行くと言い切れないのが玉に瑕なのだが。
少なくとも役者としては悔しいがあかねの方が先を行っていて、恋だって元カノという意味ではあかねの方が経験的に上。最重要疑惑がある胸は……あかねの圧勝。
「(アレ? 私勝ってるの……可愛さくらい?)」
そんな悲しい現実を知りつつも、有馬かなは下を向かなかった。一度落ちるとこまで落ちているのだ。恥などない。
元より役者として人生をベットしているのだ。二度あることは三度ある。アクアは寿みなみにほぼ陥落していると言っていいが……まだ別れるという可能性だってある。人間なのだから。アクアとあかねがそうであったように。
ならば自分を磨き続ける。最終的に駄目だったら、その時はその時だ。アクアとの縁が消える訳ではないのだから。
「私も……あきらめたくない。見苦しいし、もう勝てる可能性は低くても……」
「そ。まぁ、いいんじゃない? だって生き方は自由だもの」
少し前まで身に纏っていた暗い影は、今のあかねには見えなかった。
それにホッとしながらも、かなは内心でこうボヤいていた。
「(余計なことしたかなぁ……)」
焚き付ける必要なんてなかった。
元気づける意味もない。あかねは役者としての自分からしたら、目の上のたんこぶみたいなものなのだから。
前にもアクアに語ったが、少しは墜ちて来て。そう思う。
だからこれは打算……そう、打算なのだ。自分にそう言い聞かせる。
吹っ切れたあかねが、より派手に動いてくれることを願おう。そうすれば、自分も多少はアタックする免罪符みたいなものが出来そうだ。
逆にアクアが困っていたら、自分が相談役に回ることでイニシアチブが取れる。うん、完璧ね。
かなはそう結論づけた。
そもそもアタックする免罪符や相談役によるイニシアチブを得る……それ以前の問題として。まずはアクアからそういう対象として見られていない事に気づかねばならないのだが……この辺はガバガバなのが有馬かなという女の子だった。
※
黒川あかねはふかふかのお布団にくるまりながら、ワクワクドキドキしていた。
半ば自暴自棄になりかけていたのを、他ならぬ有馬かなに救われた。その事実が、あかねにとってはただ嬉しかった。
「(やっぱり、かなちゃんは眩しいなぁ……)」
かつて憧れていた彼女は、より高みを目指していた。どんな逆境の中でも、決して腐ることなく進み続けていた。それに比べたら、この程度で折れかけた自分のなんと小さいことか。
……ちなみに、その有馬かなに試練を与えていた者筆頭が他ならぬ自分自身だと気づかないのは……厄介ファン的な側面をもつあかねらしいといえば、あかねらしいのかもしれない。
「てか紛らわしすぎるのよ、あの二人。私一時期、マジでママプレイしてたと思ってたんだから……!」
「あはは……でも、ある意味で正しいのかな? おっぱいで不眠症解決しちゃったみたいだし」
「因みにアンタとアイツの破局理由も、ママプレイが原因だと思ってたわ。アイツがアンタに星野アイを要求した的な」
「最低な風評被害だよかなちゃん。……因みにそういうことはしたこともないし、要求されたこともないからね?」
「……要求されてたら?」
「…………………………し、しないよ?」
「しそうじゃない! 女優が才能の安売りしてんじゃないわよ!」
少し離れたベッドの上でかなが叫び、あかねが笑う。
ああ、楽しいなぁ。
そんなことを思う。話し込んでいたらなんやかんやで遅くなり。一緒にご飯を食べて、気がつけばお泊まり会となっていた。
何かと意識しあうことは多いが、アクアの話題になると、驚く程に話が弾む(たまにマウントの取り合いやアクア性の違いで対立も起こるけど)ことは、今回判明した新たな事実である。
「ねぇかなちゃん。私、お布団でじゃなくて、かなちゃんと一緒に寝たいんだけど」
「は? ふざけんじゃないわよ。暑苦しいから却下よ」
「え〜っ、そんなぁ。本当によく眠れるのか、かなちゃんのおっぱいで試したかったのにな」
ちょっとした願望を出すが、にべもなく断られてしまう。
だが、それも有馬かなであり、あかねにとっては解釈一致な反応であった。
「かなちゃん」
「何よ?」
「……ありがとう。負けないからね」
「……ハッ、言っていなさい。最終的に勝つのは私なんだから。ま、可能な限りお互いに利用しあいましょ。あのグラドルをやっつけるためにね」
「うん、そうだね。間違いなく強敵だもん(かなちゃんもね)」
……因みに、あかねの優秀な頭脳ならば、かなはあまり脅威にはなり得ない。という結論を本来ならば弾き出せる筈なのだが……。反転アンチ厄介ファンのフィルターは分厚いというべきか。かなに関してあかねは結構ガバガバだった。
故に……。二人は女優としては間違いなく高め合える関係なのだが、恋の駆け引きにおいて緩めでも共同戦線を張ると途端にポンコツコンビになることを……この時はまだ気づいてはいなかったのである。
「かなちゃん、私ね。アクアくんに負けないくらい、かなちゃんも好きだよ」
「……そうね。私もまぁ……ピーマンと同レベルくらいには好きよ」
「それ好いてないよぉ! 酷い〜!」
二人がキャッキャと楽しみつつ、内心ではどう出し抜いてやろうか。利用してやろうか等色々と考えていた裏で……。
当のアクアが同級生グラドルから予約されたり、制服おっぱいを堪能していたなど……当然二人は知る由もなかった。