最終的におっぱいが全てを解決する   作:星組

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父を訪ねて三千ミリ〜黒川あかね編〜

 星野アクアにとって、自分の父親――、カミキヒカルについて考えることは苦行以外の何ものでもなかった。

 そもそもが、アイの仇であるという時点で憎悪の対象ではあるし、彼が関わったことで不幸になった人間が大勢いることも知っている。許すことなど未来永劫ないだろう。

 だが、自分は転生という現象を体験しつつも、あの男の血を引いているのもまた事実であり……その業がアクアを苦しませていた。

 強い遺伝子。この見た目に救われたり、役に立ったというシチュエーションは仕事や私生活においてそれなりにある。

 一方で、容姿が優れているからこそ巻き込まれるトラブルというものもあったのだが……ここでは割愛しよう。

 女好き……については保留する。可愛い女の子が好きなんて、普通だと思う。自分だけが責められるいわれはない筈だ。

 そもそも、その中で心に決めた女性がいるならば……問題はないではないか。……ああ、何だろう。ふわふわで温かい焼き菓子が無性に食べたくなった。

 

「(……いかんな。現実逃避してる)」

 

 切り替えよう。そんなことを考えながら、アクアはつい昨日のメルトとの会話を思い出す。

 カミキヒカルについてはあっさりと話は終わり、その後は雑談に興じていた。思いの外楽しかったというか、有意義な時間だったように思う。

 役者としてだけでなく、単純なイケメンマルチタレントとしてキャリアを積んでいるメルトとの情報交換や近況を報告し合うのは変な緊張やしがらみがなく、何だか自然な……年相応な自分になれていたように感じた。

 以前も推測したが、今の自分は雨宮吾郎の記憶を保持した、星野アクア。その表現が一番しっくりくるような気がする。

 復讐に身を焦がしていた頃はその要素が微妙に入れ替わったり、不安定になることもあったが、今はほとんどない。

 安定したというべきか。統合したというべきなのか。

 

「(雨宮吾郎としての“僕”の時にも感じたけど、凄い人間ってやつは年齢なんて関係ないんだな……)」

 

 努力を重ねた跡がみられた。その上で、ハッとさせられる話もあったのである。例えばカミキヒカルについてのメルトの見解についてだ。

 

『アクアからしたら、複雑だし、許せねぇ相手だってのは分かる。有馬が理解出来ないって言ったのも、まぁ分かる。これを理解できる奴は……多分色々と終わってる奴だ。だけど……』

 

 俺は……何かを間違えていたら、俺もこの男に近い、歪んだ人間になっていたのかもしれない。コイツは、大袈裟な言い方をすると、俺のifかもしれないんだ。

 彼の口から語られたのは、中学に上がりたての頃に体験したエピソード。先輩に食われたという、下手すればトラウマになっていてもおかしくない経験の話だった。

 それは、まるで同じとは思わなくても……今まで出会った人間の中で、最もカミキヒカルにふりかかった出来事に近しいものだった。

 

『正直、訳も分からないままに終わって。でも未知の経験由来の変な高揚も確かにあって。結局その先輩は顔がいい奴の童貞を食べるだけが目的だったから、その後は何もなかったんだけど……まぁ、俺の方からあの人に向ける感情もそんなになかったから、傷よりもただの体験談って形になって残ってるんだ』

『ifって言ったな。カミキはそうじゃなかったかもしれない……と?』

『俺は親しくもない人だった。けど、カミキヒカルはどうだったんだろうなって、考えてしまうんだ。姫川さんは、壊れてたのか、壊されたのかを気にしてたろ? それに近い。てか、元々壊れてる奴なんていないだろ? 壊す奴はいてもさ』

 

 お前からすれば、その可能性を見るだけで嫌かもしれないけど……と、気遣うようにこちらに視線を向けるメルトが印象的だった。

 憐れむ訳ではない。ただ、気を悪くしないかな、と不安気な様子だった。初めて会った頃の子どもじみた彼はもういないのだ。アクアはそう感じながらも……心のどこかで推測していたものがあながち間違ってはいない事に眉をひそめざるを得なかった。

 カミキヒカルもまた、可哀想な奴だったのかもしれない。それはそれとして許さないのは変わらないけれど。

 メルトとの対談で、この考えに自分が至ることが、アクアには意外でもあり自分に反吐が出そうにもなる。何度も言うが、やはり複雑だった。

 

「(だけど、これもまた必要なピースなんだろうな)」

 

 カラス連れの少女がいたら「そうやって引きずるように受け入れられるから、君は復讐に向いてないんだよ」なんて呟いていたのだが、アクアはそんなことは知る由もない。

 傷つきながらも先へ行かなければ行けないから、吐きそうなのを我慢して、憎き父の解像度を上げているのだ。

 そして……。今日は知り合いらの中で、こういった話に最も適した人物と対談する日でもあった。

 ……あったのだが。

 

「(何故だ……あかね。何故、対談に指定した場所が……いつぞやのネカフェなんだ)」

 

 期待もある。あかねとなら疑問や謎を埋めるピースが沢山手に入るに違いないという、信頼があった。

 それほどまでにあかねによるアイの憑依といっても過言ではない再現力は、先程あげた凄い人に年齢など関係ないという理論に正しく該当するだろう。

 だが……。

 

「(……何だろう。理由はわからないが……怖い)」

 

 最後に会ったのは、いつかのお家デート未遂事件(たった今命名)以来だ。

 気まずい。というのもある。どの面下げて頼み事をしているんだと言われたら、ぐうの音も出ない。

 それでも、俳優として。役者ならば、この配役に関する彼女との対談は絶対に必要だった。

 何とか交渉しないとな。そう思ってたら、あっさりOKが出て。拍子抜けしていたら「スケジュールが今キツキツだから、場所とか時間はこっちが指定してもいい?」と言われた。

 ……で、前回から何も学ばずに二つ返事で了承した結果、現在に至る。

 待合わせ場所は、ネカフェの入口。ビルのエレベーター前。

 アクアがそこに到着すると、見慣れた変装用の帽子をかぶったあかねの姿があった。

 

「……すまない。待たせちゃったか?」

「大丈夫。ほんの数分前に着いたところだから。………………アクアくん、ちょっとごめんね」

 

 待合わせでよくあるやり取りを経て、エレベーターに乗りこむかと思いきや、ずずいっとあかねはアクアに近づいて――。

 スン。スン。と、形のいい鼻をひくつかせ……唐突に無表情になったかと思いきや、スッと目を細めた。

 ……恐ろしいくらいにデジャヴを感じるシチュエーションだった。

 

「あ、あかね……?」

「…………お菓子みたいな、いい匂い。寿さんの家から来たんだ?」

「……ああ」

「……っ、むぅう……。昨日昼間はかなちゃんにMEM。夜は寿さんで……翌日は私。……役の為とはいえ、これはスケコマシって言われても庇えないね」

「並べられるとアレだが、メルトや……違う日だが姫川さんとも会ったからな?」

「……寿さん、私と会うことは知ってるの?」

「ああ。話してあるよ」

 

 複雑そうな顔を一瞬だけして、後は無言で擦り寄って来ていたのが、少しだけ申し訳ないが可愛らしかった。

 結局ギリギリまで……何なら玄関を出る直前までくっついていたが、今にして思えば……。

 

「…………牽制かぁ。強いなぁ」

 

 ボソリとあかねが呟いているのは……聞こえないフリをする。みなみが小さな独占欲をみせてくれて、少しだけくすぐったく感じている自分がいたのは確かだったが……今は別の集中すべきものがあるのだ。

 エレベーターに乗り込み、5階の受付でいつかと同じ部屋を選択。二人は適当なドリンクとおやつを買い込んで、二人がけソファーのある個室に陣取った。

 

「ねぇ、私もアクアくんにくっついてもいい? 匂いが付いちゃうくらい」

「あかね。……あの」

「……冗談だよ。真面目な話、だもんね」

 

 物凄く悲しげな顔をするあかねに胸を痛めながらも、アクアは適切な距離のままで彼女と対峙する。

 すると「待っててね……」と、あかねは囁いて。次の瞬間、彼女が纏う空気が一変した。

 太陽のような笑顔。完璧さが伝わるオーラ。そして……。

 

「じゃあ、アクア。ちょっとおしゃべりしよっか? 何話す〜?」

 

 まるで無敵に思える言動に、吸い寄せられる天性の瞳。

 その姿は……いつかの今ガチでの収録以来となる、アイの完全再現だった。

 

「……っ」

 

 夢のような時間だったように思う。自分はあの時、幽霊でもみたような顔をしていたらしいが……これは仕方がないというものだろう。

 色々とカタがついてしまった今、こうして改めて対峙すると……分かってはいる。あかねであると分かってはいるのだ。けれど。

 

「(……少し泣きそうだが、感傷に浸っている暇はない)」

 

 以前あかねがカミキヒカルを独自に調べた時、正解の確信を深めるのに利用したのが、あかねの中で再現したアイの反応だったらしい。ざわめき……とでもいうべきだろうか。

 今回はそれを利用させてもらうことにしていた。

 

「カミキヒカルは……アイと似た者同士だったんじゃないか。関わりをもつ最初のきっかけはきっとそんなシンパシーから来るものだったと思うんだ」

「そうだね。プロファイリングした時に家庭環境は劣悪気味だったって推測してたけど……台本みたら想像以上だったかも。これ、本当にあったことなんでしょ?」

「……ああ。以前五反田監督が撮り溜めていた映像を、斉藤社長からの聞き込みで肉付けしたんだ」

「誰かを愛するとか、愛されるとか、そんな感情が分からない……アクアくんは、カミキヒカルもそうだと思ったの?」

 

 ところで、今のあかねはアイのトレースを保ちつつ、感情は本人。という器用を通り越してとてつもなく高度なことをしているのだが……もはやアクアは驚かなかった。

 黒川あかねが凄いやつなのは、嫌という程に分かっているのだ。

 

「いや、後にアイとカミキヒカルは破局……というか、袂を分かっている。当時のカミキの年齢だとか、色々な問題とかはあったんだろうけど、決定的な価値観の相違があったんだと思う。例えば……アイは愛し方を最後の最期まで探していたけど、カミキヒカルは、愛することそのものを諦めていた。あるいはそれが歪んでしまっていた。とか」

 

 アイは自分達へ愛してると言うのを怖がっていた。彼女の中には試薬の検査紙じみた、何らかの判定基準があったように思う。

 感じたこと。思ったこと。口にしたことを反芻して、これは嘘。これは本当と自己判断するものが。

 だから愛を知りたくてカミキヒカルと恋……だったのだろうか? 少なくとも鏑木Pは雰囲気が変わったとは言っていたけれど、ともかく関わりを持ち。

 自分はカミキヒカルを愛していないと判断するに至ってしまった。

 

「私の個人的な推測になるけど、カミキヒカルもまた、愛を探す彼女に興味はあっても、そこに愛はなかったんだと思う。違うかな。彼なりの。彼にしか理解出来ない愛があったのかも」

「嘘を愛だとアイが謳ったように?」

「そう。彼は……。多分大切にしたり、美しいものや価値のあるものを損なうことに喜びを見出すんだと思う」

「失って気づくからこそ、本当の愛……ってとこか?」

「うん。だって無くなったものは、もう嘘なんてつけないから。残された人達の中で、絶対的に揺らがない本物になっちゃう。当の本人が否定できない、張り子みたいな真実だとしても」

 

 あかねには事前に調べたものを全て伝えてあった。その内容を加味して答えてくれているのだろう。

 

「だから……ごめんね。アイさんを狙ったのも。こんなこと、アクア君が聞いたら絶対に気分悪いんだろうけど……」

「奴なりの愛情か。だったら純愛でも貫いてくれたら、許せないのは変わらないが、僅かにマシ……だったんだけどな」

「……その後の、犠牲者と思われる人達を見ても、一途とはいえないね」

「女ったらしってやつか」

 

 自嘲するようにアクアが笑う。

 事実、カミキヒカルと関わりがあり、いつの間にか行方不明になった。という女性芸能人は多い。有名どころも、少しだけ売れそうだった者も。まだ芽が出なかった存在もいた。

 完全な証拠はない。だが、いずれの人物も彼との接触があったのは明確な共通点だったのである。

 

「うん。アクアくんと一緒だね」

「…………」

「落ち込むなら自分で自分を貶めないの」

 

 ペチンと優しい張り手が飛んでくる。なぜだか懐かしさがこみ上げてきたが……それは胸の奥へ仕舞っておいた。

 

「でも女たらしは間違い無いよ。ターゲットに女性ばかり狙ってるもん。けど、それ以上に強いのは……強烈な自己肯定と……自己愛なんだと思う。ここだけはアクアくんと全然違うね」

「自己愛……」

「多分、素敵な女の人を害することで……自分の存在意義を実感しているんじゃないかな。逆にそうしないと……自分の価値観に疑問を持ってしまう……姫川さんの推測通りカミキヒカルが壊されたと仮定するなら……復讐か。あるいはまともに愛したかった無念が……そうさせているのかも」

 

 背景に可哀想なものが見えてはいた。でも、そう聞くとやはり死んでくれてよかったと思ってしまう。……復讐に身をやつしたことといい、このような考えが浮かぶ辺り、もう自分は医者としては落第なのかもしれない。

 

「まぁ、正直、何でもっと早く死んでくれなかったの! くらいは思ったけどね」

「……あかねでも、そんなこと考えるんだな」

「そりゃあ、勿論! だってそうしたら……私とアクアくんは、今も一緒にいれたかもしれないもん」

 

 正座していたら、ドスン。と、膝の上に漬物石を乗せられたかのような衝撃が来る。もちろん錯覚なのは分かっている。分かってはいるのだが……。

 アクアは恐る恐る、あかねの顔色を伺った。

 アイのトレースを維持したまま。あかねはニコニコと、勝てる気がしない笑顔でこちらを見ていた。

 

「か、カミキヒカルは……」

「うん。正直どうでもいいよ。アクアくん。あの人を理解する着眼点はいいのかもしれない。感情演技に前以上に苦戦しそうだから、そうやって色んな見解を取り入れて、演じきろうとしてる。そうでしょ?」

 

 恐るべき洞察力に、アクアの背筋が凍りつく。

 

「でもね、私……気づいちゃったんだ。きっと君ならやり抜ける。だって倒れても……おっぱいがあるもんね?」

「………………なんて?」

 

 言われたことをもう一度脳内で繰り返す。

 おっぱいがある。

 

「……待て。あかね待て。急にIQを下げるな」

「でも違わないでしょ?」

「いや、何を言って……」

「お稽古始まるよね? アクアくんは頑張るけど……きっと最初はなかなか上手くいかないね。理解はしても、昔のトラウマを呼び戻すと同義だから。けど……それでも君はやろうとしてる。……何故?」

「ア、アイの意志と、カミキヒカルをこのままただの被害者で終わらせる訳には……」

「うん、それもあるね。他には?」

「……な、何もないぞ?」

「…………私、MEMと昨日通話してたんだぁ」

 

 アクアは昨日の発言を思い出す。何も無いはずだ。迂闊なことは言っていない。

 

「MEMはね。アクアくんはルビーちゃんと、誰かが約束してるって、言ってたの」

「…………スゥ〜」

 

 深呼吸をする。まだだ。まだ慌てる時間じゃない。

 というか、後ろめたいことなど何もないから、堂々としていればいい筈である。

 

「誰とかな?」

「……寿と」

「私が聞いても大丈夫なやつ? 教えたくないなら聞かないよ」

「役者として、頑張りたいからって。約束ってよりは、決意表明みたいなもんだ」

「……そっか」

 

 あかねは少しだけ寂しそうに。それでいて柔らかく微笑んだ。

 

「じゃあ、やっぱり。この考察はどうでもいい。私の中のアイさんもそう言ってる。“アクア”は今は上手く出来なくても……何回も倒れても……その先に行けるよ」

「何を根拠に……」

「君が星野アクアだから。家族思いで、それが高じて復讐に走っちゃったけど。誰よりも優しい君が、大切な人達との約束を破るはずがない」

 

 そっとあかねの両手がアクアの手を包み込む。

 

「稽古で倒れたら、私がおっぱい枕してあげるからね」

「い、いや待て! 何故そうなる! さっきまでちょっといい話風だっただろ!」

「あ~っ、風とか酷〜い。ちゃんと本気で信じてるんだよ? それに、ほら。倒れてから寿さんの部屋行くのは大変でしょう? 私なら……ほら、近くにある、お手軽おっぱい?」

「あかね。なぁ、あかね。アホにならなくていいんだ。胸で頭バカになるのはルビーだけでいいんだよ。帰ってきてくれ」

「……アクアくんの彼女に?」

「えっ。あ、いや、その………」

「……冗談。冗談、だよ……。ヨヨヨ……アクアがママのおっぱいじゃ満足出来ないって……もっと凄い方に行っちゃったよぅ……」

「おいやめろ。あかね。その状態でやめろ。……ちょっと実際に言いそうなのがまたタチ悪いなクソッ……!」

 

 結局。そこからはアイをトレースしたあかねの独壇場だった。今までの鬱憤やらを晴らすかのように彼女はアクアを弄りに弄り倒して……。

 最後には稽古中に調子が悪くなったら、あかねが介抱する。という約束を取り付けられてしまった。

 これでアクアはいよいよ倒れる訳にはいかなくなったのだが……。もしかしたら、そうやって発破をかけてくれていたのかもしれない。

「大丈夫。君ならきっと大丈夫だよ」とだけ、あかねが何度も伝え続けてきたのが、アクアには印象的だった。

 

 ※

 

 午後はフリルとも約束がある。と言ってそそくさと行ってしまったアクアを見送りながら、あかねは静かに深呼吸する。

 アイをトレースしていてよかった。していなかったら。黒川あかねの、ままだったら、彼にすがりついて離れなくなってしまいそうだったから。

 焼き菓子みたいな匂いが鼻に届いた時は、嫉妬でどうにかなりそうだった。

 でもそれでも……口約束とはいえ稽古で介抱する権利を勝ち取れたのは大金星といえよう。

 純粋に心配だからが一番の理由だが……多少の下心は勘弁して欲しい。

 少しでも、自分にも支えさせて欲しい。今の彼は……もしかしたら、昔以上に素敵だから。

 君が役者として真剣に打ち込むのは、きっと美しいから。

 

「どうして、それを損なわせるなんて勿体なさすぎるやり方で、愛を得ようとしちゃうかな……馬鹿なんだから」

 

 もうこの世にはいない誰かさんに向けて。もしかしたら彼女ならそう言ったかもしれないメッセージを投げつける。

 まぁ、届くならば一番あかねが投げつけたいのは石なんだけれども。

 

「頑張ろうね。アクアくん」

 

 あかねはそう呟いて、帰路につく。映画の稽古スケジュール……取り敢えず見直そう。大義名分も得たから後でアクアと相談して……極力被るように。公私混同? 仕方がないではないか。彼にはクッションが必要なのだから。

 

「最終的におっぱいが解決する。とか……何か雑なコメディ映画とか、楽しいんじゃないかな」

 

 それは何の気無しに漏れた、他愛のない想像の提案だった。

 黒川あかねは知る由もない。五反田監督が、似たような企画を密かに考えていることを。

 ついでに……必死にアピールしたが、主演の座をとあるグラドルに掻っ攫われるのも。今はまだ。何も。

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