最終的におっぱいが全てを解決する   作:星組

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完全な、本物の――

 知る人ぞ知る事実ではあるが、陽東高校の長期休暇明けは、芸能科を有するだけあって他の高校よりも劇的な変化が起きている場合が多い。

 休み期間中に売れた、売れなかった等は勿論、何かをやらかしてスキャンダル起こした。熱愛報道。行方不明になる。田舎に帰った……といった、平和的なものから、わりと洒落にならないものまで目白押しなのである。

 故に不知火フリルは最初の夏休み明けにその変化を楽しめると悟って以来、休暇明け初日は極力スケジュールを開けてもらい、登校するようにしていた。

 単純に楽しいからという理由が一番だが、こういう部分でアンテナを伸ばしておくと、思わぬ収穫や、次に来るブームなどの予兆。仕事のきっかけを掴むとっかかりになるのである。

 クラスをぐるりと見渡す。ルビーは今日は残念ながらお休みのようだ。映画撮影後に少しだけ一息いれはしたが、それ以降もスケジュールが満載らしい。

 公開は12月下旬予定らしいので、この辺でも露出に余念はないのだろう。

 

「(何はともあれ、高校生としては最後の夏休みだし……。何かキラリと光るものは……)」

「あっ、フリル〜。おはよう〜」

 

 そんなことを考えていた矢先。聞き覚えがある間延びしたウィスパーボイスが耳を幸せにする。

 朝から己が勝ち組であることを自覚しながらフリルは振り返り……。

 その瞬間、彼女の思考は静寂に包まれた。

 

「……? フリル? どないしたん?」

 

 可愛らしく小首を傾げているのは、同級生でありグラビアモデルの寿みなみである。寿みなみではあるのだが……。

 映画撮影中の度重なる供給過多で視力が大変なことになっていたフリルには、その劇的な変化を鮮明に感じていた。

 元々が可愛らしくも魅力的な少女ではあった。だが、今の彼女は……。

 具体的な根拠はない。ないのだが、夏に一緒に仕事をしていた時以上に輝きを増している。そう思えた。

 

「(わっ! え? 待って。何があったの? 綺麗。可愛い。あと何か……セクシー? 色香? なんかもう……――凄い子おる!)」

 

 フリルは知る由もないが、いつかのルビーと同じような反応で、彼女はみなみを凝視する。

 写真集の為のボディメイクを経て、磨き抜かれた美貌は夏の間も維持していたようだが……それだけでは説明がつかない。

 現にクラスメイト達も男子はもはや言うまでもないが、女子らも惚けた顔でみなみに視線を奪われていたのだから。

 

「お、おはようみなみ。……えっと、何かあった? ツヤツヤピカピカしてるっていうか。うまく説明出来ないけど……前以上に綺麗になったように思うんだけど……」

 

 フリルがそう言うと、みなみは淑やかな立ち振舞いで席につき、何かを考えるように目を伏せて……。

 やがて、少しだけ恥じらうようにはにかんだ。

 

「んっ……。いいことは……あったなぁ。確かに」

「……聞いても大丈夫なやつ?」

 

 近くにいるクラスメイトらが、固唾を呑みながら聞き耳を立てているのがわかる。

 そうだよね。気になるよね。とフリルは内心で激しく頷いた。

 何かこう……今のみなみは下世話な表現になるが、エロいのだ。

 悩ましげな声とか。ちょっとアンニュイな雰囲気を宿した目が。

 後は本人は楽だから無意識にやっているのだろうが、形が良くて大きいという奇跡のような胸が……どぉん! と机に乗っかっているのである。

 そりゃあ見る。ここまで来たら見なければ失礼だとすらフリルは思っていた。

 

「えっと……あ〜。耳、貸して」

「……45秒待って。尊死か幸せ死しないように心の準備が必要だから」

「いや大袈裟やろ!」

「前から言おうと思ってたけど、みなみはもう少し自分の破壊力を自覚した方がいい。見た目だけじゃなく、君は声も凄いんだよ?」

「それ、アク……“あの人”にも言われたなぁ……」

「おっほ…………ふぅ。――ほらぁ〜、これだよホント。危うく私が死ぬとこだった」

「なしてぇ!?」

 

 あの人。多分周りにクラスメイト達がいるから配慮した呼び方なのだろうが……それがまたいい。

 アクアさんと呼ぶようになったきっかけも、何なら声を褒められた経緯も詳しく聞きたいのだが……今はそれも後回しにした。

 フリルはこの時点で予感がしたのだ。今日は過去最大の供給があるかもしれないと。

 さぁ来いやぁ! とみなみに耳を傾ける。

 すると、みなみは「フリルやから、教えるんやで」という可愛すぎる前置きをしてから、誰にも聞こえぬよう小さな声で囁いた。

 

「あんな……、映画撮影終わって、打ち上げも終わって……8月第4週は予備日やったやろ?」

「おおぅ……うん。そうだね。夏休み最後まではお休みだった」

「そこで……えっと……その、あの人と。ずっと一緒にいて……」

「――っ! それって……つまり……!?」

 

 まだだ……まだ笑うな。身体が歓喜してるけど、叫ぶにはまだ早い……っ! そう自分に言い聞かせながらも、フリルはみなみの答えを待つ。

 彼女は顔を真っ赤にしながら。でも幸せそうにコクンと頷いた。

 今なら3階から飛び降りても、ガッツポーズで生還できる気がする。フリルはそんな感慨を抱いた。

 

「おめでとう、が正しいよね。……正直このまま昼休みにワープして根掘り葉掘りいっぱい聞きたいけど……もう朝のホームルームが始まっちゃうから……そうだね。最後に一つだけ。私の寿命を延ばすと思って教えて欲しい」

「えっ? う、うん。ええけど……」

 

 昼休みになったら、いつかのように彼女を『噴水園』につれていこう。そう決意しながらも、フリルは午前の授業における活力を欲する。

 今のみなみは多分身内に限ってならば……何があったかをいっぱい教えてくれる筈。

 例えばこんな……攻めた質問でも。

 

「一週間、あの人とナニしてたの?」

「はぇ!? え、えっと………………色々」

「例えば?」

「……あの、その……イチャイチャ、しとった……よ」

「もう少し。具体的に」

「も、もうええやろ〜!」

「救われる命があるんだ。不知火フリルは君たちを応援してるからこそ……寿命が延びる。細かくなくていいから……!」

「……お料理一緒にしたり、普通にテレビ観たり。ぎゅーってしたり」

「それは、前からあったよね。二人は晴れて想いを通じ合わせました。…………待って。一週間一つ屋根の下で。まさかの本当にそれだけ?」

 

 ルビーの話では、二人はずっとプラトニックを貫いてきたらしい。ちょっとあり得ないけど、あり得てしまうの? そうフリルは邪推して……。

 

「い、いや。それは……なく、てぇ……」

「よし! よぉし!」

 

 すぐに否定された。

 よかった。もしはそうなっていたら、いよいよ星野アクア不能説が現実味を帯びていた。チューくらいは流石にしていたらしい。

 

「その。ウチも、アクアさんも……いっぱい我慢しとったから……」

「うんうん、それで?」

「反動もあって。せやから……答えは一つやろ?」

「えっ分かんない。君たちナニをしてたの?」

「そらまぁ……ん〜……」

 

 カマトトぶってんじゃないわよぉ! と、コメディエンヌ有馬かなならば、フリルをハリセンにて一閃していたことだろう。 

 だが、この場にいたのは現在新婚……もとい付き合いたてホヤホヤ(暫定)な女の子だ。故に。

 

「えっちな事……してました」

 

 何かチューより凄いことしていたことを打ち明けてしまう。

 当然、フリルは心の中でアクアに敬礼した。

 

「そうか。えっちな事してたんですね」

「な、なして敬語……」

「えっちな事してたんですね?」

「……は、はいぃ〜……」

「一週間!? ぶっ通しで? 昼夜問わず!?」

「い、いや……流石に全部は……」

「でも数日はしたんだね? 二人とも見かけによらずあっちは元気だったんだね?」

「……そら、好きな人やもん。…………止まらんて」

 

 もうおしまい! と、みなみの顔がフリルの耳元から離れていく。

 フリルはそのまま、無言で両手を振り上げる。

 ……最近このポーズをすることが増えたように思う。ああ、だがそれこそは、世界が輝きに満ちている証拠に他ならないではないか。

 素晴らしきかな人生! 人間万歳! 未来最高!

 

「ありがとう! そして、ありがとう! ……ねぇ、みなみ」

 

 取り敢えず。色んな雄叫びを上げるのを我慢して、フリルは絶対に聞きたいと思っていたことを問いかけて、残りの楽しみは昼休みに持ち越すことにした。

 

「今、幸せ?」

 

 もっともそれは、聞くまでもないだろうけれど。

 

「……えへへ。うん。せやねん! めっちゃ幸せやで〜」

 

 上気した頬のまま、柔らかな笑みを浮かべる彼女は本当に綺麗で。

 おかげでだいたい何があったかを察した一部の男子や女子の情緒が破壊されることにもなるのだが……それはもはやフリルにとってはただの栄養だった。

 

 ※

 

 その日、寿みなみは目覚めてからずっと落ち着かなかった。自宅のソファーでクッションを抱えながら、ソワソワと玄関先に通ずるリビングのドアに目を向けてはそらすという行為を繰り返していたのである。

 運命が動いたのは、クランクアップを経て、キャストやスタッフらで細やかな打ち上げをしていた時のこと。

 写真集や映画の撮影は終わった。何かあった時の為の予備日を使いきったら、本格的に次の仕事に入っていくことになる。

 代役という形ではあるが、映画デビュー。少し前の自分だったら想像もつかなかったが、どうにか役割は果たせただろうか。寿みなみがそんな具合にホッと一息をついていた矢先――。

 

『予備日の一日、俺に時間をくれないか?』

 

 星野アクアからそう持ちかけられた時、みなみは自分の心臓がトクンと歓喜に高鳴るのを感じていた。

 映画が終わったら……。その約束が今はたされようとしているのかもしれない。

 自分のした告白の返事。あるいは、アクア自身の気持ちを伝えてくれる。彼はそう言っていた。

 だからみなみは予備日の一日目を指定した。

 元々予定なんてなかったので、何処に指定してもよかったのだが……なんてことはない。早く二人きりになりたくて。そして何より早く答えを聞きたかった。

 大丈夫、だと思いたい。自惚れでなければいいが、それでも不安なものは不安だった。

 撮影中の黒川あかねや有馬かなは、明らかにアクアを意識していたし、ルビーやMEMちょ、フリル等、彼の周りには魅力的な女の子が多すぎる。

 目が肥えると書いたら言い方は悪いけれど、そんなアクアの隣が自分でいいのか。気を抜いたら弱気になりそうで。……勿論、譲るのは嫌だから、それ以上に繋ぎ止めようと必死になっているのだけれども。

 ウチを選んで。と、畳み掛けることは出来ない。後はもう祈るだけ。

 自宅ながら精一杯、気合いを入れた服を着た。

 白いトップスに黒のキャミワンピース。はっきりする日であるからとか、貴方色に染めて欲しい。貴方以外に染まりません。なんてジンクスを込めたりもしたが……それ以上に無難なものを選んだつもりだった。

 お部屋だからと大胆な服装も考えたりもしたが……まだそんな勇気が出なかったともいう。

 

「(アクアさん、そろそろやろか……? ああ……そういえば……)」

 

 時計を見ながら、みなみはもう一つ、アクアに言われたことを思い出す。

 

『確認なんだけど、ティーセットかティーポット。持ってたりするか?』

 

 何故に? と思いつつ、その時みなみは首を横に振った。

 レモネードは基本インスタントの気に入ったメーカーのものを飲んでいる。一度母が自家製にチャレンジしていたのを思い出して今度作ってみようかと思ったりもしたが、結局まだ実現していなかったりする。

 そんな訳で、みなみの家にはマグカップや電気ケトルこそあるが、ティーポットやコーヒーメーカーの類はない。

 実際無くても生活に困りはしないのだが……ないと答えた途端に、何故か女子力的にマイナスな気分になったのは、好きな人の前だからだと思う。

 恋する乙女はいくらでも可愛く綺麗に見栄をはりたいのだ。

 

「(日頃のお礼に振る舞いたいものがあるって言うてたけど……)」

 

 紅茶やハーブティーで苦手なものはないか。とも聞かれたが、基本的には大丈夫な筈だ。

 そこでふとカフェ店員の格好をしたアクアを妄想してしまい、内心でキャーキャー騒ぐハプニングがありつつ、みなみは目を閉じて時を待つ。

 やがて、カチャリとカードキーによる解錠の音がして、みなみは足早に玄関先へと出迎えに行く。飼い主の帰りを待つ猫ちゃんみたいやなぁと苦笑いしそうになるが、足が軽やかになってしまうのは仕方がない。

 大好きな人がそこにいるから。

 

「おかえりなさい。アクアさん」

「ああ、ただいま。みなみ」

 

 撮影中も帰宅時間をズラしてこの部屋で休んだりしていたので、このやり取りも慣れたものだった。

 ただし、いつもならばここで十分程ハグしてじゃれ合う時間が出来るのだが……今日はそうはならなかった。

 

「アクアさん、それ……」

「ティーセットだよ。よかったら、台所借りてもいいかな?」

「うん、ええですよ〜」

 

アクアが携える少し大きめの鞄をみなみが受け取ろうとするが、アクアは靴を脱ぎながらもそれをやんわりと制して、二人は歩き出す。

 くっつけなかったのが少し寂しいので、さり気なく距離を近づければ、アクアは肩を竦めながらもみなみに寄り添ってくれた。

 リビングに辿りついたアクアが、鞄の中身を取り出し始める。

 中には透明な耐熱ガラスのティーポットとティーカップ。そして密閉瓶が二つ。中身は……。

 

「青いお花……? と、レモン?」

「レモンの方は、レモネードシロップだ。意外と手軽に出来そうだったから、作ってみた」

「……ほ、ほぇ〜(さ、先越された〜!)」

 

 内心でみなみが頭を抱えている等いざ知らず、アクアは嬉しそうに説明する。

 初めて手作りしたレモネードは大好きな人に。そんな夢を見ていたら、まさかの大好きな人の方が先手で叩きつけてきた件。

 これはこれで嬉しいのだが、なんだか複雑でもあるみなみなのであった。

 

「(まぁ、女の子喜ばしながらも情緒殴りつけてくるのはアクアさんらしいけど……むむぅ〜)」

 

 因みにその情緒をヘヴィーブローされすぎて男性観をズタボロにされた女優が約二名いたりするのだが、それは今更な話である。

 電気ケトルでお湯を温めながら、アクアはティーポットに青い花を入れる。

 茶葉……のようなものだろうか。そんなことを思いながらみなみがその様子を眺めていると、丁度やるべきことは終えたのか、手持ち無沙汰になったアクアと目が合った。

 

「…………」

「…………」

 

 お疲れ様は言うには早いかもしれない。アクアが大変なのはきっとこれからだ。

 ただ、撮影が終わり、一段落がついたのは事実である。

 期待してもいいのだろうか? まだもうちょっと待つべきなのか、みなみには分からなかった。ただ、アクアのペースを守って欲しかった。自分は幾らでも待てるから。

 ……流石にあまりにも長いと落ち込むかもしれないが、アクアはそんなことしないと信じていた。

 ただ、それはそれとしてくっつきたかった。地味なお預けもくらってしまっていたから。口には出さないが、この見つめ合いはそんな無言のおねだりに近かった。

 

「……みなみ」

「……ん」

 

 そっと両手を広げる。

 ぎゅっと抱き寄せてくれてもいい。撮影中にこっそりしたみたいに、胸に顔を埋めてくれてもいい。どちらにしろそれはお互いにとって幸せな時間になることに変わりはないのだから。

 静かに、アクアが近づいてくる。待ちに待った瞬間は――。カチンという、映画のボールドに似た音で遮られてしまった。

 

「…………」

「…………むぅ」

 

 気まずい沈黙が流れる中、アクアは苦笑いしながら電気ケトルの方に行ってしまう。

 みなみは某天才女優のように頬を膨らませるより他になかった。

 お湯は沸かせるが、空気は読めない。……いや、読めてたら恐ろしいのだけれど。怨敵を相手にするかのようにみなみは電気ケトルを睨む。

 当人……もとい当電化製品は、アクアの手で優しく持ち上げられていた。羨ましい。

 が、そんな末期症状じみたジェラシーもそこまでだった。

 透明なティーポットにお湯が注がれる。それはやがて鮮やかなブルーに色を変えて、みなみの視線を釘付けにした。

 

「わぁ……これ、ハーブティーなん? 綺麗……」

「マロウティー。ってやつで、ものにもよるがこれみたいな澄んだ青や紫がかった青色になるんだ」

 

 宝石を思わせる青は、大好きな人の瞳に似ていて、みなみは思わずポットとアクアの目を見比べる。

 

「……嬉しいけど、アクアさんの瞳の方が綺麗やなぁ……」

「それはちょっと言いすぎだ」

「ウチはそっちのが好きやもん」

「……このお茶を淹れたいって思ったのは、君が俺を連想してくれたら嬉しいって感じたからなんだ。偶然かもしれないけど、俺の状況をそっくりそのまま体現してるから」

 

 あっ、この人、照れて話題そらしおった。なんて思いながらも、みなみはアクアの話に耳を傾ける。

 ただ、体現しているという意味まではよく分からなかった。

 首を傾げるみなみをよそにアクアは何故か緊張した面持ちでカップに青いお茶を注ぐ。

 

「……実はこれ、目と鼻で色や香りを楽しむお茶だから、味はあんまりしないんだ。――どうぞ」

「あっ、そうなん? ――いただきます」

 

 ソファーに並んで座り、促されるまま一口楽しむ。

 爽やかな匂いが鼻をくすぐるが、確かに味らしい味はしない。それでもじわりとした温かさと、アクアが淹れてくれたという事実だけでみなみには充分すぎたのだけれども。

 

「あったかい……」

「一応色々効能はあるんだが、今は置いとこう。……味がない奴だったんだよ。復讐一辺倒で。全てを投げ出すつもりで。残された人のことも頭にない。だからあの時……」

 

 アクアの手がもう一つの密閉瓶に伸びる。レモネードシロップを詰めた瓶を優しい表情で眺めながら、彼は小さく頷いた。

 

「君に包みこんで貰って。間違いに気づいて。……変わりたいと思えたんだ。……本当に感謝してる」

「それは……ちょっと言いすぎやない?」

「少なくとも、助けられた俺はそう思ってるよ」

「……このお茶、どこで売ってるん? 綺麗だし、何だかアクアさんが浮かんでくるから……家に置いときたいねん」

「それは追々な。……取り敢えず何が言いたいかというと……それ以来、星野アクアの中にはずっと寿みなみがいたんだよ」

 

 恥ずかしくて話題を逸そうとしても、アクアは許してくれなかった。

 

「彼女を連想させる何かを見つけたら目線を向けてしまうくらいには……俺は君に夢中になってしまったんだ」

「そ、そんなに……?」

「焼き菓子の香りについ顔を向けたり。何なら現場に小腹が空いた時や、ちょっと元気が欲しい時の為に持ち込んでいた」

「色んな人に言われるんやけど、ウチってホンマにそんな香りするん?」

「ああ。優しくて安心する。それでいて幸せになれる匂いだよ」

 

 褒めすぎぃ! と、みなみは叫びたかった。間違いなく顔は真っ赤になっていることだろう。実際に頬も熱かった。

 

「失礼な話だが、君以外のグラドルに会っても、100%みなみの方がいいって思うくらいだよ」

「それはホンマに失礼やな。……ん? ウチ以外のグラドル? …………会った?」

「…………あっ、いや。違うぞ?」

「何が違うねん。言うてみて」

「たまたまだ。たまたまみなみと同じ事務所の子に遭遇しただけだから」

「……むぅ」

「君の方が素敵だって思ったよ。間違いなく」

「スケコマシやわぁ。女誑しやわぁ」

 

 ちょっとだけアタフタする彼が可愛らしいからもう少し見ていたかったが、流石に話の先を聞きたいので諦めた。

 それはそれとして、誰と交流したのかは後できっちり聞き出すつもりである。

 

「レモネードも、気に入ったんだ。実はこっちの事務所にも常備したり」

「ア、アクアさんがウチのこと大好きすぎる〜……なーんて、冗――」

「ああ、そうだよ」

「談……や、で…………へ?」

 

 照れ隠しのつもりだった。

 だが、思いがけないカウンターが返ってきて、みなみは目を白黒させる。

 返事をくれる。そう言っていたが、こんな不意うちは想定外。だが、アクアはそんなみなみを知ってか知らずか、一気に畳み掛けてきた。

 彼はレモネードシロップの入った瓶にティースプーンを入れると、掬い上げたそれをそっとマロウティーの中へ投入する。

 

「星野アクアは、君に染められたんだよ。丁度こんなふうにな」

 

 それはまるで魔法みたいな現象だった。レモネードを入れた瞬間に、青はその色を変え……桜の花びらを思わせるピンク色に変貌したのである。

 

「……これ」

「とんでもない偶然だろ? 初めて知った時は出来すぎてると思ったさ。……みなみの色になるきっかけがレモネードだなんて」

 

 実際は純粋なレモンシロップや濃い目のレモンジュースの方がいいらしいけど……俺達を最初に繋いでくれたのは、この温かさだから。

 ちょっとした補足を混じえつつ、アクアはそう締めくくる。

 みなみはただ、ピンク色の水面をぼんやりと見つめていた。

 

「……ウチの色に、染まっちゃったん?」

「……ああ」

「ウチで、ええの? 映画の時も思ったけど、アクアさんの周り……素敵な女の子いっぱいで……」

 

 そこまで言った所でみなみの身体が少し強引に引き寄せられる。

 

「俺は、君がいいんだ」

「――っ!」

 

 優しく抱きしめられたまま、アクアの言葉がみなみを包んでいく。

 ほっぺをつねりたくなるが、そんな余裕はなく。みなみはおずおずとアクアの背に腕を回した。

 震えてしまうのは仕方がない。実際に告白したのは自分からで、返事を待っていて。こうして答えを貰っても、まだ実感がないのだから。

 すると、そんなみなみの心境を察したのか、アクアは小さく笑いながら「これは、ちゃんと俺も言わなきゃ駄目だよな」と呟いて。

 

「みなみ…………愛してる」

 

 時間が止まる錯覚に陥った。

 ――その言葉の果てがない重さを、みなみはもう知ってる。

 あの映画で知ってしまった。だからこそ、その瞬間に彼女の目からは涙が溢れ出していた。

 

「ああ……やっと言えた。めちゃくちゃ申し訳無かったんだ。言うのこんなに遅くなって……」

「アクア、さんっ……!」

 

 待って。ねぇ待って。だってその言葉は――!

 声にならないみなみの叫びに気づいているのだろう。アクアはまるで悪戯が成功した子どものように笑いながら「大丈夫」と囁いた。

 

「トラウマ……だったんだ。無念でもあったんだ。だけどアイにとっては間違いなく、どんな形であれ願いが叶った瞬間だったんだよ。愛するのは難しくて……でもそれを受け入れるのはもっと難しい。なんやかんやで親子だったんだろうな。……俺がそれに気づくのにも、随分と時間がかかってしまった」

 

 泣いているみなみの目元がアクアの指で優しく拭われる。

 アクアの顔は……晴れやかだった。

 

「俺は、嘘つきらしい。あと女誑しのスケコマシで、周りの奴らからしたらおっぱい星人で……」

「八割方当たっとるなぁ……」

「うっ……。ともかく。俺が言いたいのは……」

「でも、アクアさんはウチに嘘ついたことないやろ?」

「……ああ。そうだな。そうしていきたいと思ってる」

「別に嘘はいいんやで? 優しい嘘ってもんもあるし、それが本物になることもあるんやから」

「ああ。でもそれでも俺は……君の前では本当の……星野アクアでいたいから」

 

 そっとハグが解かれて、二人は見つめ合う。

 アクアマリンとピンクパールの視線はお互いを離すことはなく。やがて静かに。少しずつ距離が縮まっていく。

 

「寿みなみさん。貴女を愛しています。……これだけは絶対嘘じゃない。嘘になんかしてやらない」

 

 それを聞いたみなみは、優しく微笑みながら、静かに頷いた。

 

「うん。ありがとう。ウチも星野アクアさん。貴方を愛してます。……嘘やなんて思わへんよ。信じてるし、信じて?」

 

 ほぼ同時に目を閉じる。

 まるでそうしているのが自然というように二人の影は重なって……。

 祝福であり、呪いのような瞬間が訪れた。

 もうきっと、離れられない。離さない。そんな情念が渦巻き、繋がって絡まり、混ぜ合わされる。

 

「(ああ……ダメだ)」

「(アカン。これアカン……)」

 

 絶対コレ、癖になるやつ……!

 その時、奇しくもアクアとみなみは同じようなことを考えていた。明らかな沼だとわかっていても……もう抜け出すのは不可能だった。

 それはレモネードのように温かくて、酸っぱい。焼き菓子よりも柔らかくて、甘い。

 二人が交わす初めてのキスだった。

 

 

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