なんでもないすてきな日の後、ルビーちゃん家出する
とある日の黄昏時。郊外にある寂れた公園の一角にて、星野ルビーは、オレンジに染まりゆく空を仰ぎながら、ぼんやりと今までの回想に浸っていた。
色々あった。
お兄ちゃんがみなみちゃんのおっぱいに顔を埋めたり。
アイドルとして変わらぬ忙しい日々を過ごしたり。
あかねちゃんが大河ドラマですんごい人気が出たり。
先輩のピーマン体操〜高校生Ver〜がついに500万再生に到達したり(本人はなんでよ! と嘆いていた)
MEMちょが実年齢をカミングアウトして、「知ってた」というリアクションをされてたり。
お兄ちゃんがみなみちゃんのおっぱいに顔を埋めたり(二回目。もといよくあること)
本当に、色々だ。
勿論、ここに至るまで楽しいことばかりだった訳ではない。辛いこと、悲しいこと、ムカついたこと。他にもたくさん。
でも騒がしく、愛しい日々だったことも事実だ。故にこれからもそんなささやかな幸せが続くものなのだと、ルビーは信じて疑わなかった。
――つい先ほど、自宅リビングのソファーにて、アクアがみなみのおっぱい枕で。みなみがアクアマリンな抱き枕で幸せそうにお昼寝している姿を見るまでは。
……いや、別にその光景自体が問題だった訳ではない。
あんな胸焼けというか、ブラックコーヒーが甘くなりそうなバカップルの様子なんて、我が家ではもう普通の日常になっていた。
なんならスマホのカメラで撮影してほくそ笑んでやったくらいである。でも……その後が問題だった。
「……ありがとう、さりな、ちゃん……」
その瞬間、ルビーはガラスにヒビが入る音を聴いたのだ。
亀裂が走ったのは心か。はたまた幸せな日常にか。正確には分からない。
ただルビーは、まるでナイフで突き刺されたかのような衝撃と痛み。そして荒れ狂う感情を自覚した。
コイツ! 彼女の胸にダイブしながら、別の女の名前呼びやがった! 最初にそんな叫びが脳内で生まれた。
次に、冷静になった思考が、待って。どうしてその名を知っているの? という疑問になり。
最後は、今までの思い出が前世を含めてまるで走馬灯のように駆け巡った。
貴方は、せんせーなの?
だって自分の名を知る者は……あるいは呼んでくれる人は、もういない。そう思っていた。
さりなを知っていて。アクアが前世持ちということは、その人物は当然死亡している。該当する人間は、一人しかありえなかった。
「ウソでしょ……」
身体が震えだす。こうしてまた巡り会えた嬉しさ。
気づいてたの? 気づいてなかったの? ねぇどっち!? 気づいてたなら、何で言ってくれなかったの!? という憤り。
こんな奇跡ってある? そもそも生まれ変わりが既に奇跡だけども! という、笑い出したくなるような気持ち。
そして……。どうあがいても、自分と彼は結ばれないという、事実。
だが、ルビーが感じた絶望は、そういったものを含みつつ……もう少し先があった。
「……せんせー、おっぱい星人だったの……!?」
そんな現実知りたくなかった。
そして、おっぱいの破壊力やら癒やしのパゥワァを身を持って知っているルビーとしては、そんな高いお山……もとい壁の分厚さに戦慄するより他はなく。
「――っ!」
衝動のままに、ルビーは家を飛び出した。
問いただし、真実を知ることが怖かったのだ。だから彼女は走って走って……そうこうしているうちに名も知らぬ公園にたどり着き、今に至る。
「どうしよう……」
だんだん薄暗くなっていく公園の一角で、ルビーは途方にくれていた。
全て衝動的に動きすぎた。なんならもうしばらくしたら仕事がある。なのに当人たるルビーはアクアのラインに『家出します。探さないで』というメッセージすら残してしまった。
マメでシスコンな兄は、たとえ最高なお昼寝をしててもルビーが仕事ならば見送る為に目を覚ますことだろう。
つまり、どう考えても事務所が大騒ぎになることは疑いようもない。
だが、それでも、ルビーは逃げ出したかった。だってアイドルとしての根底にかかわる大切なことだから。
せんせー。
お兄ちゃん。
アクア。
おっぱい。
親友
みなみ。
やっと兄が掴んだ幸せ。
おっぱい。
初恋。
「……っ、ぐぅ……うう……」
思わず呻き声が漏れる。色々な感情がぶつかり合っていた。
兄は大切。親友も大切。両方取れてウハウハだ! なんて思っていた過去の自分に飛び蹴りを食らわしてやりたかった。
だって、せんせーは……!
割り切れるものではない。だが、同時にルビーはアクアの苦悩も目の当たりにしているのだ。
この身はさりなではなく、ルビーとして色んな人達から愛を注がれていたこともしっかり受け止めているし、アクアだってきっとそうだろう。
推しの子として生を受け。今度は自分達が誰かの推しの子になれたらいいね。そんなことを語り合ってもいた。
「(どうしたら、いいの? 誰か……誰か……)」
助けて。
道しるべが欲しくても、今のルビーには何も見えなかった。
なので、“その人物”が本当にすぐ近くへ歩み寄ってくるまで、彼女は目に涙を浮かべたまま項垂れていた。
「あの……大丈夫、ですか……? ――って、星野妹?」
どこかで聞いたことがあるような声を聞き、ルビーは顔を上げる。そこには、ジャージを着込んだ青年が心配そうにこちらを覗きこんでいた。
「メルト……さん?」
因果というか、不思議な縁だったよね。と、後にルビーは語る。
お兄ちゃんもといせんせーに泣かされていたら、その人物を演じた人物がそこに現れた。
誰かが意図したわけでもないのに、それは妙に運命的というべきか。お互いをあまり知らない者同士だったからこそ、今のルビーにとっては救いになる人物の登場は、奇しくもいつかに絶望して雨に打たれていた、アクアの状況に酷似していた。
※
やべぇ、下手うった。絶対面倒くさくなるやつじゃんコレ。
鳴嶋メルトは内心でそんなことを考えながらも、決してその感情を顔には出すまいと努力していた。
明らかに泣いている女の子がそこにいたので、ただの親切心や心配で声をかけたら……そこがただの地雷原だと気づけたのは、彼もまた芸能界という荒れた海を泳ぎ続ける者の一人だからだろう。
個性豊かな者達が集まる世界とは、すなわち予想だにしない考えや価値観があることに他ならない。知り合って仲良くなろうとした人間が爆弾みたいな奴だった……なんてよくある話。
だから芸能人は一部の例外を除けば、色々な意味で人を見る目が培われる。メルトも例外ではなかった。
特に彼の場合は女性に対して。
顔売りを全面的に押し出す以上、ファンは女性が多く(たまに野太い声なファンが視界の端に来る事はある)ヤバそうな人。純粋に応援してくれる人。何故か同じ顔売りの仲間と絡んでると異様に興奮する人。……など、見た者の大体な人となりを察することが出来るのだ。
そんな彼のセンサーが、危険。逃げろと警報を鳴らしまくっていた。
友人の妹。そこにいた人物がこれだけならまだ良かった。
問題は彼女がアイドルだということ。
こんな人気の少ない公園で、どちらも顔売りと言って差し支えない男女二人が邂逅。しかも女の子の方は泣いているときた。
週刊誌ならばノリノリで『鳴嶋メルト、また女の子を泣かす。今度のお相手は共演経験もあるアイドル、Rさん!』なんて見出しであること無いことを書きつらねてくるに違いない。
挙げ句、それを見た某アクアマリンが真顔で助走もつけて殴り掛かってくる。そんなオマケ付きな案件だ。
冗談じゃない。冗談ではないのだが……。
「うっ……ふぇ……。せん、せ……」
何故かルビーはこちらの顔を見るなり、決壊したかのようにますます涙を流す始末。こうなっては芸能人の十八番「人違いです」も使えなくなってしまった。
「あー、えっと、大丈夫か?」
「……ダメ。もう立ち直れない」
「そ、そうか。……何か、あったのか?」
「……聞きたい?」
「……お、おう(聞きたくね〜)。お前が話していいならだけど」
「ありがと。……てか、何でジャージでこんなとこに? もしかして私服持ってない? それとも暇人?」
「意外と余裕あんじゃねぇか! 日課のジョギングだよ! 体力づくりは欠かさねーって決めてんの!」
「……そっか。アクアも言ってたけど、本当に頑張ってるんだね。だからああやって役作りにも活かせるんだ……」
そう言っておだやかに顔を綻ばせるルビーに、メルトは少しだけ照れくさそうに頬をかく。
変わるきっかけにもなり、密かにリスペクトしてるアクアに褒められていたという事実が純粋に嬉しかったからだ。
「(アクア……お兄ちゃん。メルトさんの役作り。……せんせー)……ううっ、グスン」
「って、ええっ? お前、また泣くんかよ!? いや、泣くなとは言わねーけど! マジ大丈夫かよ!?」
もっとも、そんな感慨も連想ゲームの玉突き事故で再び泣き崩れたルビーによって吹き飛ばされてしまったのだが。
オロオロしながらも、メルトは周りを確認する。
人影はない。隣に座る? いやダメだ。いつ人が通るかわからないのだ。それにこういう輩には適切な距離を取りつつ。慎重に話しかけるべしと、メルトはだいぶ前に学んでいた。
ついでに。
「メルトさん……」
「なっ、なんだ?」
「何か面白いことやって」
「…………はぁ!?」
「やって」
「いや、何でこの流れでそうなるんだよ! おかしいだろ!」
「……ふぇ……ううっ」
「一番! 鳴嶋メルト! 物真似いきます!」
泣いてる女の子の要望は出来る限りで叶えるべし。それもまた、メルトならではなスタイルだった。
メルトは腰を落とし、手を広げるように前へ出し、支配するのではなく信頼関係を築くことを重要視したポーズを取る。
すなわち……。
「それは、何?」
「ヴェ、ヴェロキラプトル黒川を宥める星野アクア……!」
「…………………………っ、くふっ」
涙の跡はまだ見える。だが、それでもルビーは笑ってくれたので、メルトは内心でガッツポーズしつつ、ネタにしたアクアに謝罪した。
「身内ネタじゃん。そこは、ヒトリニサセネーヨ! とかじゃないの?」
「バカ言うな。アレはネタにしていいもんじゃねー。勿論誰かに言われるのは全然いいが、俺からはしない。……しちゃいけねーんだ」
「……どうして?」
「忘れちゃダメだと思ってるから。アレがきっかけで今の俺があるけど……感謝ってよりは、ずっと背負ってく戒めに近ぇ」
「忘れちゃダメ……背負っていく……」
ルビーは不思議な復唱をしている傍で、メルトはスマホに手を伸ばす。アクアに連絡するか迷っていた。
この少女の理不尽な要求の中には、確かに漂う危うさがあったのだ。
だが、そんなメルトの行動を先読みしたのか、ルビーは悲しげに目を細めながら、首を静かに横に振った。
「ごめん、お兄ちゃんには連絡しないで」
「……けど」
「お願い。それにこれは……私の問題だから」
「一人で解決できんの?」
「………」
「無理なんじゃねぇか」
顔をくしゃくしゃにするルビーに、メルトは盛大なため息をつく。
スキャンダル。炎上の文字が脳裏を横切るが、やましいことは全くないし、このままじきに暗くなる公園にルビーだけを置いていくのも忍びない。
何よりメルトのなかでのリスクヘッジ用天秤は、アクアへの恩義が勝っていた。だからこそ……。
「よし、わかった。話聞くくらいなら出来る。勿論星野妹が話せるならだけど」
「いいの?」
「どうせこの後は台本読みと、夜にリモート打ち合わせくらいだ。……さ、流石にそこまではかからねぇよな?」
「……うん。多分。…………ありがと」
そうして、メルトはルビーの話に耳を傾ける。果たしてどんな問題が……。
「あのね。失恋……しちゃったの」
「そうか。失恋………失恋!?」
マジで!? と、思わず叫びかけて慌てて口を噤む。
別に珍しくはない。アイドルだって一人の人間だ。それをファンが認めるかはさておき、この業界、実はあの人にそんな相手が……! なんて話は掃いて捨てるほどにあるし、中には不毛な。あるいは破滅的で非道徳的な恋愛に手を出す者すらいる。
ルビーと共演したあの映画にだって、そういった関係が出てきていたのだから。
「てか、そっか。相手いたのか。よくアクアが許してくれたな。いや、気づかなかった……のか? あのアクアが?」
「あはは……その人と付き合ってたってわけじゃないんだぁ」
一人でさまざまな可能性を頭に浮かべてメルトが百面相していると、ルビーは力なく笑う。
「ずっと、好きだったの。けど、死んじゃって。……かと思ったら実は生きてて。なんならおに…………結構近くで暮らしてて。それに気づいた頃には、その人にはもう大切な存在が出来ちゃった」
「待て。ちょっと待て。情報量多すぎる」
何だその漫画みたいな話は! と、メルトは叫びたくなった。
「向こうは、星野妹に気づかなかったのか?」
「うん。流石にぜんせ……じゃなくて、小さい頃の……話だから」
「……ああ、初恋的なやつか。なら結構年上で……結婚しちゃったとか?」
「年……まぁ、年上……かなぁ。うん。一応。でも結婚はしてないよ。お付き合いが結構最近始まっただけ」
「なるほどな。……で、落ち込んでいた?」
「落ち込んでたってより……どうしたらいいか分からなくなってたの。本当に。本当に大好きな人だったから。また会えて嬉しいのに。別の意味でびっくりして。結局話しかけも出来なくて、逃げてきちゃった」
あはは……と、笑うルビー。いつもあるキラキラした輝きはそこにない。メルトは何と言っていいか分からなかった。
そもそもルビーもまだ戸惑い、迷っている。答えを求めているわけじゃないだろう。だからこそ、メルトは黙って話を聞くことしか出来なかった。
「その人の恋人ね。…………めっちゃいい子なの」
「……うわぁ」
「で、その人もだいぶ苦労してて……誰かの為に不幸な道へダイブしていこうとしてた人で……けど、ようやく前を向けて。幸せを掴めたの」
「……お、おぉう」
勝ち目も入り込む余地もないってやつか。と口にしかけて、慌てて飲み込んだ。そんなの多分ルビーが一番わかっているだろうから。
「…………どうしたら、いいのかな? せんせーは大好きなの。けど、苦しんでるとこもいっぱい見てきたから……せっかく掴んだ幸せをめちゃくちゃにしたくない。……相手の子も、私にとって恩人で……泣いてるとこなんか見たくないよ……でも……でもぉ……」
「そこで押し留めると、お前だけが悲い思いするのよな」
「勝てそうもないのはわかってるの。でも、簡単に諦められるかって言ったら……」
「そうもいかねぇか……」
「うん。……グスッ、せんせー、16歳になったら結婚してくれるって言ってたのに……」
「……いや、今は無理だろ。ああ、当時か。………………ん? あれ? そんな約束……え? それもしかしなくてもロリコ……」
「恋に年の差や倫理なんて関係ないもん」
「いや、倫理は守れや。少なくとも……まて? 相手がいい子? もしや、お前と歳近い?」
「うん、同級生」
「アウトォオ!!」
やっぱロリコンかもしれねーよそれ!
せんせーとか言うなら、少なく見積もってもともルビーが小さい時に二十歳以上の筈である。
メルトは戦慄した。やっぱりアクアに連絡すべきだろこれ。
「せんせーはアウトじゃない!」
「そう言われても……いや、プラトニックなら、まだ……ワンアウトだ! 相手が成人する年齢。高校卒業まで待ってるなら……」
「よくおっぱいで癒されてる」
「ツーアウト」
「プラトニックでは……ないと思うな。その期間長かった筈だけど」
「はいスリーアウトォ!」
「酷いよ! チェンジして欲しいのは私だもん! 私にチェンジしてよ!」
そもそも今は兄妹なのでアウトどころか社会からサヨナラ案件なのだが、そんなのメルトが知る由もなかった。
いつの間にかルビーが立ち上がり、しばらくあーだこーだ言い争った二人は、ゼーハー肩で息を切らしながら睨み合い……。やがて、再びルビーが涙を流した所で、メルトもやるせない顔で目を伏せた。
「なんで、メルトさんがそんな顔するのよ」
「……そりゃあお前、見ず知らずのせんせーよりは、お前の味方寄りだしな」
「…………味方? 私の?」
「ん? おう」
キョトンとするルビーに、メルトも首を傾げる。何か間違えただろうか? だが、実際その通りだ。
ダチの妹が落ち込んでたら、味方になりたく思うのは当然……の筈だ。自分でもよく分からぬが、それが正しいと感じたので、メルトはそのままで行くことにした。
「なぁ、提案だけどさ」
「何?」
「そんなに好きなら……奪っちまえば?」
しばらく沈黙がその場を支配してから、ルビーの目がみるみるうちに釣り上がりはじめる。
「何を言って……! そんなの、ダメだもん!」
「……じゃあ、諦めるか?」
「ぐ……でも、……でもぉ!」
ぎゅっと服の裾を握りしめながら震えるルビーは随分と幼く見えたと同時に、やっぱり兄妹なんだろうなとメルトは思う。
だってメルトが出した悪魔の囁きじみた提案に、彼女は揺らぐのではなく、明確に怒りを露わにしてきたのだから。
いわば彼女は、そのせんせーとお相手のために怒ったのだ。
誰かの為に必死になる。そんな奴の姿をメルトは彼にとって転機となる場面場面で何度も目の当たりにしてきた。
星みたいに眩しくて綺麗な……その瞳は、やっぱり眩しかった。
「悪い。いじめすぎたな。別に奪えってのは、そのまんまの意味じゃない。……時間とか、心とか、何でもいい。爪痕残して、せっかくだから情緒とか滅茶苦茶やってやれって話」
「……めちゃ、くちゃ?」
ポカンとするルビーにメルトはおう。と頷く。
これが最適かは分からない。けど、わずかにルビーから聞いた情報で、そのせんせーの人物像をしっかりと。役作りをするように読み込んでいく。
といっても本当に情報量が少ないので、ルビーの反応やらを考察材料に入れざるを得ないけど。
それでも、さっきまでの話を聞くだけで思うことは一つだった。
「好きな人に恋人が出来てるって、本来は結構しんどい筈なんだよな。けど、星野妹はそれでもせんせーとやらの幸せを気にしてた。……多分きっと、せんせーは底抜けに優しくて、いい奴なんだな」
何かちょっとアクアみてーだな。と笑うメルトに、ルビーは目を見開く。
恋した相手が兄に似てるは、ちょっと地雷だったろうか? いや、星野兄妹はシスコンとブラコンだ。問題はないだろう。
「そんな優しい人を、滅茶苦茶にしちゃうの?」
「おう。だってそんな奴ほど真っ直ぐな好意に弱くて……でも譲れないものがあるなら断るだろうさ。断るんだが……多分結構なダメージを受ける。星野妹からの想いを、一生忘れなくなるくらいには」
「一生……」
「勿論、傷的な悪い意味じゃねぇ。傷にはなるが……嬉しくもあるだろ。アンタに告られて喜ばない男を探す方がムズいだろうし」
「あれ? 私口説かれてる?」
「真面目な話してんだから茶化すなよ」
メルトは一息入れる。
ようはありきたりな当たって砕けろ的な失恋乗り越え法なのではあるが、ものは言いようであるし……ルビーの反応からしてそんなに間違ってはないんじゃないかなとメルトには思えた。
「てか、逆にこれでお前に乗り換えるような奴だったら、好きになってたか? てか、それでいいのか?」
「…………よくない。いいわけないよ」
「だろ? ならもう、全部ぶつけちまえよ。久しぶりに会うなら、告白以外にも話したいことだっていっぱいある筈だ。いい奴なら、これからも一緒に楽しめるって喜べばいい。せんせーは、お前からの気持ちを無下にするような奴なのか?」
ルビーの目からは、もう涙と迷いは消えていた。
風が公園を吹き抜ける。メルトはもう大丈夫そうだな。と胸を撫で下ろした。
「これが、人物像の読み込みかぁ。メルトさん、……やっぱり凄いね」
ポツリとルビーがそう呟く。
助けにはなれただろうか? ……アクアへの恩返しが出来ただろうか? 少し照れくさく思いながらも、メルトはそれを誤魔化す為に不敵に笑った。
「そりゃあ、アレだ。俺の師匠って言える人達は……皆凄えからな」
アクアとかな。あかねや姫川。東京ブレイドでの舞台等、関わってきた者達の顔が次々と浮かんでくる。
本当に自分は、顔と環境に恵まれているんだなと実感して……彼はまた一歩、先に進んでいく楽しみを得るのであった。
「頑張れよ。星野妹」
「…………ルビー」
「へ?」
「ルビーだよ。私の名前」
「お、おう。悪い……?」
「次からはちゃんと呼んで」
「は、はい……」
取り敢えず直近の楽しみならば……。このアイドルが振り絞るであろう、想いと勇気の行く末だとかだろう。
あと、膨れっ面がちょっと可愛らしいと思ったのは、メルトだけの秘密である。
※
「〜〜♪ 〜〜♫」
日が落ちて、街灯だけが唯一の光源となった公園の中。
ドーム型のジャングルジムのてっぺんにちょこんと座ったルビーは、目を閉じて歌い続けていた。
ミヤコには謝った。超怒られたが、修正は聞くということで許して貰った。
『実際、ちょっと無茶させすぎてたわね。羽伸ばしてきなさい。あっ、でもあんまり夜遅くまではご法度よ』
ママ……! と思わず口にしかけたが、踏みとどまった。
今じゃないし、ちゃんと顔を見て言いたいから。なので、いつもありがとう。ちゃんと挽回するからとだけ伝えた。
そして……アクア(せんせー)にも。
話がしたいのと、ルビーはアクアのラインに連絡し、今陣取っているジャングルジムの写真とメッセージを送ったのだ。
『せんせー。私を見つけて』
夜風が気持ちい。心配してくれたメルトが借してくれたジャージの上着がパタパタと翻る。汗臭いとは思わなかった。兄ほどではないがいい匂いであった。苦しゅうない。
ついでに奢って貰った二人分の缶ホットココアは既にぬるくなってしまったが、これまでのルビーを充分温めてくれた。
胸が今までにないくらい高鳴っている。
緊張か。高揚か。たぶん両方だ。でもそれ以上に身に沁みているのは……やっぱり、またこうして巡り合えた幸福感だった。
慌ただしい足音を耳にする。多分、走ってくれているのだ。
ルビーも、本当は走りたかった。今すぐかけだして、傍に行きたかった。
でも、彼女は待ち続けた。こうしてせんせーに歌っているところを見つけて貰うのが、ルビー(さりな)の夢だったから。
やがて足音が止む。
静かに目を開けたルビーが最初に見たのは、泣きたくなるくらいに綺麗な星空だった。
「ルビー……。いや……」
大好きなお兄ちゃんの声がする。
今も記憶にある初恋の人とは違う声。なのに……。
静かにそちらに顔を向ける。とびっきり可愛くて綺麗な微笑みになれてればいいなと思いながら、ルビーは「お兄ちゃん……ううん、今だけは」と囁いた。
「さりなちゃん……なのか?」
「……うん。そうだよ。せんせー」
その声は確かに、大好きなあの人の声。
かくして星の子達は再び巡り逢う。幾度かの夜を経て、約束の刻が来た。
色々あり、長らくお待たせしました。
次回『千の夜を越えて』
あと、色々迷ってましたが、匿名設定を解除いたしました。いや名前は変わりませんけども。
本アカウントは完全に二次創作を楽しむ為に使っていけたらと思います
今後とも宜しくお願いいたします。