実のところ有馬かなは、星野アクアへの気持ちに、明確な名前をつけたことはない。
恋なのか、仲のいい友人なのか。嵐のような芸能界を共に生きる同志なのか。……全部当てはまるともいえるし、一部が微妙に違ってもいる。そんな複雑なものだからである。
例えばアイドルとしてスカウトされた時。私が望んでいた、誰かに見つけて欲しいという気持ちが届いたかのようで、それをアクアがしてくれたという事実がただ嬉しかった。
幼い頃に強烈な印象を残した相手と数年ぶりにドラマで共演したことから繋がって、これからも一緒に関わっていける。そんな未来予想図を描きながら、お部屋でニヤニヤしたのを覚えている。
黒川あかねとビジネスで付き合っていた時は、面白くなかった。思わせぶりな態度を取りながら、何してんだと叫びたかった。
でもそんな中でもアイドルデビューしたかなと関わる為に被り物までして協力してくれたし、かなを大切な存在として見てくれているのが分かったり。今思うとだがくすぐったい日々だったと思う。……いや、当時は色々と衝撃的過ぎて寝不足になったけども。
舞台で有馬かならしい演技の為にスポットライトを当ててくれた時。MV撮影で褒めてくれた時。あかねと正式に付き合いやがった時。役者という仕事の楽しさを再認識して、そのままやらかしそうになった時。スキャンダルからかばってくれた時。アイドルを辞めると決意した時。友達として楽しくいこうとしたら、いつの間にかあかねと破局していた時。
こうして歩んできた道を振り返ると、有馬かなというアイドルにして役者のターニングポイントには、なんやかんやでいつもアクアが傍にいたように思う。
だから関係に名前こそつけないが、有馬かなにとって星野アクアは『特別な人』であることには間違いなかった。
アクアの方もそれに近い形で見てくれていると知った時は、幸せな気持ちになれた。
推してもらえている(まだ単推しに至れていないっぽいのが悔しいが)嬉しさがこんなにもキラキラしたものになるだなんて知らなかった。
これから先どうなるかはわからないけれど、アクアと……あーくんとはまた色々な形で関わっていけたら……この不思議な関係に、いつかは名前がつく。そう、思っていた。
……我ながらキモいというか、酷い乙女思考だと、かなは自嘲したくなっていた。何故なら……。
「皆まで言わなくていいわよ。みなみはアクア君と……寝たのね」
今まさに、その『特別な人』の裏事情をリアルタイムで聞いているのだから。
………………いや、ふざけんなアイツ。ルビーじゃないけれど、所詮オスだったのか?
かなの心臓がバクバクと、嫌な高鳴り方をする。盗み聞きと覗き見はいけないとは思うのだが、それでも衝動は止められず、かなはうさぎ型トピアリーの陰から、会話する二人を観察する。
一人は不知火フリル。それは分かっている。あーくん……もといアクアのあん畜生の相手は……何か騒いでいる。
手入れされたピンクの長い髪。丁寧にケアしているのがわかる、染み一つない白い肌。そして……。
「(いや、デカくない? 初見で見たら凄い子認定しちゃうくらいに……デカくない?)」
制服の胸元を押し上げる、たわわな膨らみは、一瞬かなの思考をバグらせた。服の上から分かるというのは相当だ。
勿論下着の使い方やら、盛るなどもありえる。芸能界のスリーサイズなんて完全には当てに出来ないものだ。だが……。かなはなんやかんやで、芸能界生活が長い。故に。アレが天然ものと分かってしまう。ヤベェ。
「(しかし、また随分とまぁ、いかにもな相手ね。……そういえば、アイツのタイプ聞いたことはないけど……ん〜? ああいうのなの? 何か違うような……)」
そうこう思案していると、向こうの会話が進んでいく。
何もなかったのか? と言うフリルの問いに、かなはおやおや? と、少しだけ訝しんでしまう。
もしかして、自分がただ勘違いしただけなのでは? そもそも、あのアクアがスキャンダルまっしぐらになりそうなことをするだろうか。
ただでさえ芸能界は表や裏でも惚れた腫れたの話題が多い上に真偽すら曖昧なものが多いのに。
「(てか、近くに普段はルビーがいて目が肥えてる上に、あかねや……自惚れじゃないけど私にも手出ししなかったあーくんが、他の女に墜とされるとか)」
ないだろ。ないよね?
微妙に冷や汗をかきながらかなは必死にそう願う。いつかの歌舞伎町辺りの天蓋付きベッドがあるホテルに、連れ込まれそうだった(そんな気がしただけでタクシーで帰らされた)デートを思い出す。
うん。ないな。ないない。かなの心はここで平常心を取り戻した。なお、宮崎旅行後にアクアとあかねが正式に付き合いだした頃の雰囲気は、都合よく脳から消えていた。
ビジネス関係も含めれば交際期間はそれなり。急速に縮まった距離。どんどん綺麗になっていくあかね。
……何もなかったとも言えるし、あった可能性もある。グレーだ。だが、かながシロと言ったらシロなのだ。アイドルはトイレに行かない理論と大差ない判断力であった。
「(成る程〜。不知火フリルが大袈裟に言ったのね。手を繋いだが付き合ってるになる小学生みたいな感じで……ビックリして損……し、た…………)」
そこで、あれこれ心の防壁を積み上げてかなの表情はピシリと凍りついた。
ピンク髪の巨乳少女が……顔を真っ赤にしながら首を左右に振っていた。さながら、昨晩あった何かを思い出し、恥じらいに悶えているかのように。
てか、何だアレ。うわっ、凄い。揺れる。揺れるんだけど。なんでアレくらいであんな揺れるの? バランスボールかなにか? 人体としてアンバランスじゃん。
ともかくこの時点で、何かがあったらしいことは確定してしまった。有馬かなの脳もグラグラと盛大に揺れていた。
「(嘘でしょ。お茶がうめぇじゃないわよ不知火フリル! その美顔でアホみたいなこと言わないでくれる!? もう少し詳しく! 詳しく!)」
「てか、どうしてお泊まりになったの? 部屋に招いたのも、実は結構衝撃的だったけど」
「えっ? せ、せやなぁ……」
……泊まり?
誰が? アクアが?
その事実が舞い込んできた瞬間、かなの思考が白く弾けた。ジュジュッ! と何かが焼ける幻聴つきで。
「えっと、詳しくは言えへんけど……お兄さん、結構落ち込んでたねん。で、ほっとけ無くてウチが引っ張って……」
「……雨の中? 二人はずぶ濡れで?」
「い、いんや。傘はウチが持ってたんよ。あっ、でも最初お兄さんはずぶ濡れやったなぁ。だからつい声掛けたんやけど」
そうなんだ。へぇ~。
昨日は嵐よね? 雨の中とか、どっかであったシチュエーションじゃない?
あっ、私かぁ。……あの時は乱暴に振り払われたんだけどなぁ。ふ〜ん。
「……相合い傘。手繋ぎ。――――フゥ。ありがとう。続けて」
「え? うん。で、家ついたら……」
「シャワー!?」
「あ、浴びてもろて……お話ちょいとして。お兄さん……そのやっぱり元気ないなぁおもて」
……そういえば、あかねの奴も、相合い傘ではしゃいだツイートしてたわよね。ウケる。小学生? 黒板に書きますかぁ? ハート付きでさぁ。
そして、なんとアクアはあのピンク髪巨乳少女の部屋で、シャワーを浴びたらしい。……わりと凄いことしてない? 二人きりって言ってた気がしたから、親はいなかったのだろう。
さては確信犯だったのか? 淫乱ピンク巨乳だったの? いや、ホイホイついてったアクアもアクアだ。女好きクソ野郎だわ。
荒むかなの心。果ては本当にこれはアクアとの出来事なのだろうか? なんて現実逃避まで始めかけるが、さすがにあんなキラキラネームが二人もいるわけがないという結論が即座に出てきて、打ちのめされてしまう。
どこまでも、今かなが聞いているエピソードは現実らしかった。
「完璧なシチュエーション! 私だったらそこで元気になるあの台詞を推す! ――っと、失礼。取り乱した。私の願望出ちゃった。みなみ、続けて。……みなみ?」
いや、何を言ってるんだお前は。元気になる台詞?
というか、淫乱ピンク巨乳が妙にモジモジしながらも満更じゃない表情をしているのは何っ!?
台詞? 風呂上がりの連れ込んだ男に言う完璧なシチュエーション? それって……。
内容まではわからない。だが、かなの脳内には浮かべたくもないピンク色の想像が広がっていく。
自らの特別な人と名も知らぬ女が、薄暗い部屋の中で見つめ合っている。時にベッドの上で。次にお風呂場で。フローリングや果てはキッチンに玄関でまで。
淫らに熱情を交わす二人の視線は一度もかなへ向けられることはなく……。
「……言ったの? あの夢の台詞を、私以外の奴に」
かなが妄想でぶっ壊れている一方で、何故かフリルも妙な迫力を纏っていた。
それを見たかなは慌て邪な想像を振り払うように首を振った。まだ明言された訳じゃない。そうとも。雨で冷えたからシャワーを浴びたに違いない。
だが、落ち込んだからといって、女の自宅にまで行くのか? あのピンクの少女はそこまで親しい相手なのか?
「みなみ、説明を求める。私は今、冷静さを失いそう」
フリルがむんずと、ピンク少女の両肩を掴む。
すでに私は冷静さを失ってるっぽいけどね! とかなは内心でヤケクソ気味に叫びつつ、固唾を呑んでその様子を見守る。
ピンクの少女は……まるで観念したようにコクコクと頷いた。
それはつまり……何か、風呂上がりの男女が交わす最適なコミュニケーションらしきことをした。そう白状したと同義だった。
「(あー、途中で脳内とはいえ、酷い名前で呼ぶの悪いと思ったけど……もう淫乱ピンク巨乳でいいかな? あは。何言ってんだろ私。流石に失礼か)」
かなの中で、何かが音を立てて崩れていく。
「え、羨ましすぎる。なんなのあの男。ぶっ殺したいんだけど」
「そ、そこまでなん!?」
「(あ、うん。それは同意だわ。殺してぇなーアイツ。死んでくんないかなー。いやホントにそうなったら悲しいから……何かこう……酷い目にあってくれないかしら)」
「だってズルい。みなみのGカップをふにふにグニュングニュンしたんでしょう!?」
「(へぇ~Gなんだ。えちえちじゃん。それを昨日は……アイツが好き放題したんだね。いや、アンタもアイツを堪能したのかな。男として顔もスタイルも良すぎるしね)」
「グ、グニュ!? い、いや……その……」
「…………え、嘘でしょ? もっとその、凄いことしたの?」
「あー、えっと」
「(……あ、もっと凄いことしたんだ。ふ〜ん)」
身体がどんどん冷えていく。さっさと離れないといけないと分かっているのに、身体が動かない。
そんな中で前にいる少女二人は楽しげに恋バナを。そう、恋バナと言っていい話題の花を咲かせていく。
ピンクの少女が恥ずかしそうにフリルへ耳打ちするのが見えた。
いや、マジか。自分だったら、そういうことの内容はたとえ友達だったとしても話すのは絶対に嫌なのに。案の定凄い内容だったのか、フリルが。あの不知火フリルが悶えている。
いや、あーくん。アクア。……アクアさん? 一体どんな変態プレイをあのピンク少女に……。
「そう。みなみはアクアさんに“ママ”にされちゃったんだね」
………そ、想像の100倍変態だったー!!
直後かなの中にいるアクアのイメージが、木っ端微塵に吹き飛んだ。
「(えっ、嘘でしょ。そういうプレイ!? いや確かにアイが大好きなのは分かってたわよ? 見てればね! いやでもそれにしたって……はっ!)」
その時、有馬かなの脳内に電流が走る。
思い浮かぶのは、自分が負けたくないと思う者の一人。
「(ま、まさか……アクアとあかねが別れた理由って……!)」
卓越した。天才という称号が相応しい演技力。
ビジネスカップルになるきっかけとなった、今ガチでのあかねの演技。
正式に付き合ったのは、宮崎旅行の後。
宮崎は、アクアやルビーが生まれた地。……ママ味(?)をあそこで思い出した? あるいは何かを打ち明けた?
そして付き合ったからこそ見えてくる、互いの本質……。
そこから導かれる答えは。
アクアが、あかねにママを要求した?
あかねはそれが我慢できなかった? 愛してはくれるけど、それはあくまでアイを憑依させた。あるいはママになってくれるあかねだった……?
「(そうか。それならば……破局した全ての辻褄が合う。だって付き合った時は、私の恋ガチで終わったと思ったもん。今ガチならぬガチ終だった。二人が別れるビジョンが全く見えなかったから)」
ここにルビーがいたら「先輩頭おかしくなったの?」と言っていただろうが、残念ながらこの場にストッパーは不在だった。
「(ママ味……)」
完全にアホの子と化したかなは、自らの胸に視線を送り、ピンクの少女に視線を戻す。試しに自分のに手を触れる。ふよんと柔らかい感触こそ掌には伝わるが……。
「(足りない! まるで足りない……! グニュングニュンとか無理じゃん! せいぜい仲のいい女くらいで……ママには……!)」
「その理屈はおかしいよぅ!」そう教えてくれるMEMちょが今はいないので、かなは一人絶望する。
同時に恐怖した。そんな扱いをされて、あのピンクの少女は平気なのか? かなは震えながら顔を上げる。
フリルと少女の会話はまだ続いていた。
「彼に抱かれて。嫌じゃなかったんでしょう? みなみからも泣いてるアクアさんを抱きしめて。カッコ悪いなんて思わなかった。……違う?」
「(…………泣いていた? アクアが?)」
それは、今日一番の衝撃だった。
想像がつかない。アイツが泣いている所なんて。落ち込んでいるとは聞いても人前で泣く? そんなに悲しいことが……。
「(…………あ)」
刹那、かなは自分の心臓を握りしめられたかのような圧迫感を感じた。
アクアが泣く理由が分かってしまったからだ。
「(ルビー……ね)」
母親の暴露。そこからあの兄妹の関係が険悪なものになった。あんなにアクアにべったりだったルビーが、家族とは思わないとまで言い放った大事件。
ルビーは怒りに震えていた。ならばアクアは?
表には出していなかったが、どんな気持ちだったのだろうか? シスコンというだけでは生ぬるいほどに、彼はルビーに入れ込んでいたのに。
「(そして、間接的とはいえ、原因は私にもある)」
記事の差止め。これが答えだろう。
大切な妹や母の秘密より私を取ったとは思えない。多分何か思惑があったのだ。現にあの後ルビーは更に売れたし、アクアも何か動いていた。けど……。
「(内心は多分辛かったんだ……もしかしたら、苦渋の判断だったのかも。でも誰にも相談できなかった。私はダメ。ルビーはダメ。アクアにとってのママは……あかねはもういない。そして……)」
かなは断頭台へ歩を進める罪人のようにその言葉を待つ。
多分、アクアはきっと……。
「……うん。嫌や、なかったよ? 私からしたのやって……何か甘えん坊なとこもあるんやなぁって。可愛いなぁって……。こういうの、ギャップ言うんやろか?」
それは、晴天の稲妻のようにかなの心を打ちのめした。
ああ、そうか。アクアはもう、新しいママを見つけたのだ。
「……大丈夫? アクアさんが可愛いって、重症じゃない? 頭診てもらう?」
「急に正気に戻るのやめぇや」
「(いや、頭は診てもらった方がいいわよ母性ピンクさん。その歳で彼氏と一緒にママプレイ? 赤ちゃんプレイ? に目覚めるのは何かこう……業が深いというか……凄いわアンタ達)」
こんな形で、また恋を喪うのね。かなはもう笑うしかなかった。いや、アクアがママを求めていた以上、この恋が実るのは土台無理な話だったのかもしれないが。
だって嫌だよ。いくら大好きなアクアとはいえ。受け入れられない。ちゃんと恋人として愛して欲しいし。
「(でも、好きだったのよね。恥ずかしがって名前をつけないとか言ってたけど……間違いなく)」
まだ痛みはする。けど、いつか笑える日が来るのかな。
頬を伝う涙を感じながら、かなは制服の胸元を握りしめる。
気がつくと、フリルが身支度をしてその場を離れ始めていた。仕事……だろうか? そういえば、自分もそろそろ行かなければならない時間だった。
「あっ、みなみ! 進展あったらまた供給よろしくね。次はよりエッチなのを望むよ」
「――っ!? 台無しやん!」
「(いや、これ以上どうエッチにするのよ。取り返しがつかなくなるわよ?)」
「うるせぇ、お前がママになるんだよ! アクアさんと!」
「はよ仕事行かんかい!」
「(そっか、子ども生まれたら本当のママになって……この場合アクアは? より興奮するの? え、何それ怖い)」
この場にルビーがいれば、間違いなく「先輩の発想が怖いんだけど」と言いかねない思考回路のまま、かなははた迷惑な二人を見る。
酷い奴らだ。知らないうちに、こんないたいけな少女の情緒をズタズタにして。もう脳内は焼け野原だ。
失恋とか、知りたくもなかった真実とかで。でも……。
「…………もぉ。ズルいわぁ」
ピンクのママは、パタパタと熱くなってるらしい頬を手で扇いでから目を閉じる。
あざとい仕草だこと。
八つ当たり気味につぶやきながらも、かなは彼女がその場を離れるまで目が離せなかった。
どっかの誰かに想いを馳せているその顔は……正しく恋する乙女のそれだった。
「(っと、乙女は違うかぁ。もう処女なんてあの女たらしクソ野郎が美味しく頂いてるんだろうし〜? だから取り敢えず……)」
“今は”お幸せに〜。
かなはそう言い残し、誰もいない庭を後にして、学校の正門へ向かう。迎えはもう来ている筈だから。
未来はどうなるかはわからない。アクアがそんなに業が深いとは思わなかったし、あかねと破局することだって読めなかった。だから、色々な要因で脳を焼かれるどころか、沸騰させてグズグズになった有馬かなは、呪いの言葉を吐くことにする。
アクアは後で地獄の閻魔もビックリするくらい追求して、徹底的にイジりたおしてやろう。その上で……。アプローチだって辞めるつもりはない。
ママは結構だ。歪んではいると思うけど、それを今のアクアが望むならそれでもいい。だが、かなはママになる気は毛頭なかった。
寧ろ思うことは逆。もしもその重症な性癖を正常に戻せたら? ママなんかより、推しの子に恋する方がいい。となったら? その時は……。
「私の勝ちよ」
あかねに取られ(ビジネス)またあかねに取られ、今度はピンクのママに取られたが、それがどうした。今は預けておくだけだ。
今は互いしか見えなくても、いずれおかしいと気づく時が来る。その時に……有馬かなの逆襲が始まるのだ。
「さて、午後も頑張ります……ん?」
正門近くまできたかなは、そこで見覚えがある顔を目撃する。
長く伸ばした髪。今にして思えば、これもアクアの望みに……アイに近づく為だったのか。
眠そうに見えて、舞台では星を宿す瞳。それもまた、アイに近いピースの一つ。
そして……。
「(コイツも、あのピンクママの足元には及ばないけど、デカいわよね。……少なくとも私よりは。…………“だから”か)」
哀れアクアは、かなの中ではもうそういう男になっていた。ともかく。一応知り合いだから、声くらいはかけておくことにしよう。かなはそう思い、右手を上げた。
「あら、妙なのがいるわね。売れっ子女優さんの癖に、結構暇なのかしら?」
もっとも、口から出てきたのは悪態めいたものだったのだが、こればかりはもう、有馬かなだから仕方がないとしかいえなかった。
すると、声をかけられた女性は一瞬だけ目を見開いて。だが、すぐに余裕そうな笑みを浮かべた。
「時間をうまく使ってるだけだよ。かなちゃんはこれから仕事なの? 頑張ってね。私はここで――――アクアくんを待っているの」
黒川あかね。劇団ララライの美しきエースは、焦がれるような目で何処か遠くを見つめていた。