最終的におっぱいが全てを解決する   作:星組

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星野アクアはわりとムッツリ

 不思議だ……。

 星野アクアは困惑していた。主に自分のコンディションについてだ。

 具体的に言うと、身体が軽い。異様に軽い。今まで肩に重りか、ファンタジーな話だが悪霊の類いでも乗っていたのではないかと思えてしまう程に。

 そもそも、星野アクアにとって、高校の授業とはあってないようなものだ。偏差値70は伊達ではなく、ほとんどの授業で半分以上寝ていても何の問題もない。

 教員側もアクアがマルチタレントとして活動している事を承知しているし、最終的に試験は全てクリアしている為、大抵のことには目を瞑って貰えている。

 勿論、決して授業がつまらない訳ではないのだ。ただ、面白いかと言われたらそうでもないと答えざるを得ないだろう。たまに雑談が異様に面白い教師がいて、その人の授業は多少真面目に聞いているが……。総じてアクアにとって学校での時間は多少居心地が悪い仮眠の時間だった。

 だが……今日はどうしたことだろうか。午前中どころか、午後の授業すら最後まで一度も船を漕ぐことなく。何なら100%眠る授業の雑談内容すら覚えているくらいだ。

 教員らが、今ガチであかね(アイをインストールした)を見た自分と似た目をしていたのが印象的だった。少しだけ授業態度を見直そうか、なんて本気で考えてしまったのは内緒である。

 

「おーい、ミドジャン買ってるだろ? ゴールデンステイだけ読ませてくれよ〜」

「いいぜ。ただ、今日貸すのは汚したら殺す。全身の毛穴にボツリヌス菌注いで殺す」

「なにそれ怖すぎ……ああ、今週の巻頭グラビア、寿みなみかぁ。お前ホント巨乳好きな」

 

 特にやることもない。出席日数の穴埋めの為だけに来たので、今日は帰ろうか。そう思っていた矢先で、アクアにとってタイムリーな話題――というか人物の名前が耳に届いた。

 表紙……それはそうだ。みなみはグラビアモデルだから、雑誌の巻頭を飾るのは何の不思議もない。

 ただ、芸能界にいる身としては、こうして友人や知人などの姿をメディア上で見るのは珍しいことでもないのに。何故かアクアは、帰りの荷造りの手を止めてしまった。

 

「うわ、エッロ……」

「おい、ゴールデンステイ見るんじゃねぇのかよ。今週は阿寒湖で激熱だぞ」

「いや、これはだって……見るだろ。ヤベぇなぁ。何がヤバいって、科は違うけど同じ学校に通ってるんだぜ?」

「……謎の背徳感あるよな」

「揉みてぇ〜。前からも、後ろからも……!」

「これみたいな水着もいいが、制服もいいんだよな。なんかエロさもそうだけど、膨らみが他の追随を許さないというか……」

「言ってること、キモいぞ」

「黙れ、血管に空気入れて殺すぞ」

 

 男子高校生特有の毒にも薬にもならない雑談を聞き流しながら、アクアは無心で身支度を再開する。再び、不思議な感覚。……今まで味わったことのない痺れのようなものがアクアを蝕んでいた。

 

『ほ、ホンマに大丈夫? ウチのおっぱい揉む?』

 

 アレはなんというか……本当にとんでもないことを言っていたものだ。切実に、あの場にいたのが自分でよかったと思う。一晩共にして確信したのは、寿みなみという女の子は、結構危なっかしいということだった。

 

「抱きしめてぇわ〜。絶対抱き心地いいだろ」

「顔を埋めたい。あわよくばそのまま……深呼吸」

「俺なら秒で理性消えて押し倒す自信があるな」

「切り落とすぞ」

「なんでだよ。ナニをだよ」

 

 聞いていていい気分にならないのは、多分自分が、彼女に救われたからだろう。純粋に暖かく、優しくて……本当の意味で安らいだ時間だったから。

 ……それはそれとして、物凄くみなみに申し訳なくて。かつバレたら土下座するのも承知で述べるなら、下世話な意味でも最高だったと言わなければならない。

 正直、アクアの中で色々な意味で革命が起きて……。

 

「(違うそうじゃない。駄目だな。どうにもおかしくなってる)」

 

 そういうんじゃなかっただろ俺は。と、アクアは軽く両手で頬を叩く。

 復讐が潰えてから一晩明けた。思っている以上にダメージは少ないが……きっとこの後から、まるで後遺症のように自分を苛んでいくのだろう。でも、それでいい。

 引きずっていくべき、自分の罪と情けなさだから。

 

「(この後どうするかを、真剣に考えなければならない。何よりも……ルビーだ。今更でも謝るのは当然として……俺の真意は話すべきか?)」

 

 そんなの今聞いたからって、アイを貶めた事実は変わらない。

 許されなくて当然。そんな思考が頭を支配しかけるが、アクアはそれらを全て飲み下した。

 昨晩に決意表明して見せた筈だ。一生かかっても償う。たとえ、ずっとルビーに嫌われたままになったとしても、それはきっと罰だから。

 恥なんていくらでもかいてやろう。だから……。

 

「(やる。今夜帰ったら……ルビーと話す……!)」

 

 その瞬間、アクアは知りようがなかったが、彼の瞳に星が確かに瞬いた。それはいつしか灯るようになった、昏く怪しい漆黒の凶星ではなく。

 かつて幸せだった頃。アイと過ごしていた時に宿していた……一番星の輝きだった。

 

「てか、ヤベェな。水着もいいけど……この白いキャミソールワンピが……全力で俺達を刺しに来てる」

「いいや、この白ビキニに麦わら帽子の組み合わせが至高だろ。……もう一冊買うか」

 

 黙れ外野共。風呂上がりのパジャマ姿の破壊力を知らんらしいな。

 らしからぬ暴言もとい失言をしそうになり、アクアはベシベシと己の頭を叩く。……本格的におかしくなりつつある自分を叱責しながらも、同時に自分の弱さを自覚する。

 

「(多分……俺はビビってるんだろうな。色々なものに)」

 

 例えばルビーに。自分の罪に。酷い振り方をしたあかねに。有馬は……利用する予定だけだったが、罪悪感はある。そして……。

 思い浮かぶのは、甘い焼き菓子みたいな香り。一夜だけのぬくもり。ピンクパールの髪と瞳……。それに少しだけ困惑する。どうして……恐れている“そのこと”を考えた時に、彼女の顔が過ったのか。

 

「(さすがに、甘えすぎだろ。情けないやつめ)」

 

 自嘲気味にそう呟きながら、アクアは教室を後にする。

 彼の戦いは、まだ始まってすらいなかった。

 

 ※

 

 考えてみたら、一般科と芸能科に分かれてるんやから、そう簡単に放課後に会えへんよなぁ。

 今更その事実に気がついた寿みなみは、少しだけしょんぼりとしていた。さっきまで授業が終わるのが待ち遠しかったくせに、いざとなれば分かる、現実の厳しさがそこにあった。

 そもそも、昨日の体験だけで今までの距離感を考えると一年分と言っても過言ではない程のかかわり方をしたのだ。

 昨日の今日でそこまで頻繁に会える訳が……。

 

「………あ」

「………え?」

 

 ない。なんてことはなかった。一般科と芸能科の校舎の丁度境目に位置している、購買部の前で……偶然アクアとばったり遭遇したのだ。

 

 

「…………」

「…………」

 

 互いに見つめ合い、すぐに目を逸らす。不思議な沈黙がその場を支配していた。

 

「えっと……昨日は、ありがとう」

「へっ!? あっいや……ええんよ。その、お兄さんはなしてここに? あんま購買部使うイメージないやん」

「――っと、俺は…………その」

 

 ぎこちない会話を交わす。昨晩の出来事もあり、時間が空いたのもあり、みなみは冷静に今更ながら少しだけ恥ずかしくなっていたのだ。一方のアクアもまた、何故かいつも以上に狼狽えているように思えた。

 

「……直帰しようと思ってたんだ。家でルビーを待つ為に。ただ…………いや、やっぱり、いい」

「ええっ、なんでそこで止めるん!? 気になるやん!」

 

 ただ、みなみにも見えるものはある。アクアの表情は憑き物が落ちたかのようというべきか。昨日よりも格段に生気に溢れていた。ルビーと向き合う為に。そんな想いのエネルギーに満ちあふれているようだった。

 勿論、もしかしたら精一杯強がっているだけかもしれないけれど。あの夜以来、案外アクアは抱え込み、傷つきながらも進む傾向があるとみなみは学んでいた。

 今回も、もしルビーと話そうとしてすげなく拒絶されてしまったら……落ち込む様子が何となく想像出来てしまう。自分が心配性なだけかもしれないが。

 

「ホ、ホンマに大丈夫? えっと……」

「――っ!? いや待て! やめろ! ここ学校だぞ?」

「……え? …………っ! い、いや! ちゃうで!? あんなこと、ここで言うわけないやろ! 純粋に無理してないか聞こうとしただけやねん!」

 

 盛大な勘違いをしたアクアを、みなみが慌てて制止する。すると、お互いの顔が羞恥でほんのり赤いのが目に入り……そこで思わず、二人は微笑みを交わしながら肩を竦めた。

 

「なんか、すまない」

「……お兄さん、案外ムッツリなん?」

「今の会話で何をどうやったらそうなるんだよ」

「え〜。ノリ?」

「それは寿さんの関西弁だろ」

「あっ、酷いわぁ。これだってちゃあんとした理由があるんやで。八割ノリやけど」

 

 調子を取り戻したというべきか。意外と普通に軽口を叩きあっている事実に二人は気づかない。「帰りか?」「せやねん」という短いやり取りの後、二人はごく自然に連れ立って歩き出した。

 

「あっ、購買。ええの? 何か買いに来たんやろ?」

「ああ、そうだな。そうだったんだけど……」

 

 チラリとアクアがこちらに視線を寄越す。

 じっと見つめられてみなみが内心でドギマギしていると、アクアは微かに口元を綻ばせながら首を横に振った。

 

「恥ずかしながら、決意したくせに勇気を出したくてな。個人的に気になったってのもあるが……まぁ、今はもう大丈夫になった」

「……ん〜? つまりどうゆうことなん?」

「今すぐ手に入れなくても、よくなったってことだよ」

 

 今週中には買えるだろ多分。と、曖昧な解答をするアクアに、みなみは少しだけ膨れっ面を作る。

 コイツ、教えん気やわ。

 

「そっちこそ、いいのか? 気の所為だったらいいが妙にキョロキョロしてただろ? 何か探してたのか?」

「えっ? ウチが?」

 

 そりゃあお兄さんを探して……とまで言いかけて、みなみは慌て口を噤む。これはダメだ。教えられない。……ならばやむを得ず。手打ちにするより他になかった。

 

「ん。もうええねん。今は見つけんでもええ」

「……?」

 

 もう隣におるしな。そう小さく呟きながら、みなみは上機嫌に空を仰ぐ。日が沈みはじめた夕焼け空の下で他愛無い会話をしながら、ゆっくりと校門を目指す。

 そういえば、フリルにバレていたという話は、どのタイミングで切り出そうか。せっかくだからお兄さんが最高にビックリするタイミングで投下したい。ならばここは……。

 

「ルビーとは、どう話すつもりなん?」

「……………うっ」

「……へ?」

 

 ちょっと気になってることを聞きつつ、落ち込み気味になったらぶつけよう。そう思っていたのに、早々にみなみの問い掛けは会心の一撃となり、アクアを打ちのめしたらしかった。

 

「お、お兄さん?」

「……実は。夕飯を作って待っているくらいしか考えていない。一応全部順番に話すつもりだし、誠心誠意をもって謝るつもりだが……」

 

 顔には明確に、拒否られるかもしれん。という恐怖が張り付いていた。成る程。何で得るつもりだったかは分からないが、勇気が欲しかったとはそういうことか。

 

「……別に拒否られてもええんとちゃう?」

「……えっ?」

 

 迷子みたいな顔がこちらに向けられる。あっ可愛い。と口から漏れそうになるのをギリギリ抑えて、みなみは一本指を立てる。

 

「まず、そんな簡単に話し合い出来るなら、ルビーがあんなにならんやろ。元はお兄さん大好きやったんやから。傷口抉るようで悪いけど、お兄さん酷いことしたんやで?」

「うぐっ……まぁ、あかねや他余罪を含めれば。それはもう言い訳のしようもない」

「でも、それは全部がやりたくてやったわけやない。ちゃんと理由もあったんやろ? 」

「……それでも、償わなきゃならない」

「ほな、何回もチャレンジやなぁ」

「えっ…………ああ」

 

 アクアの表情が幾分か和らいだのが見えた。それをみたみなみは、純粋に良かった……。と胸をなでおろした。

 困るし、心配なのだ。アクアもだが、何よりルビーが。

 何となく、輝いてはいるけれど、不思議な怖さもある。その怖さが……アクアとの衝突があったと思われる時期から増している。そんな気がしてならない。

 深く暗い事情はアクアから聞いた。もしかしたら、それの一部にもルビーは絡め取られているのかも。だから尚更、この二人に対話して欲しいし、和解して欲しいのだ。

 

「何ていうか……本当に世話になりまくりだな」

「……心配性で、お節介なだけやよ」

「でも俺は、それに救われたし、勇気を貰った気がする」

 

 そう語るアクアの横顔を。瞳の星をぼんやりと見つめる。男の子に言うのは変やけど、やっぱ綺麗やな。なんて感想を抱きながら、みなみはうん。と頷いた。

 

「頑張れ。お兄さん。もしメンタルボコボコにされたら、またウチとレモネード飲もうな」

「……そんな事には、ならん。…………筈だ」

「今ちょっと自信なくしたやろ?」

「――っ、そんな事はねぇよ。……ねぇよ」

「ある感じやん!」

「うるさいな。もういいよこの件は。それよりも、寿さんにちょっと伝えとこうと思ったことがあるんだ」

「ウチに?」

 

 いつの間にか、二人は校門の直ぐそばにまでたどり着いていた。アクアが不意に立ち止まり、つられてみなみもその場に立ちつくす。

 

「(伝えること? ありがとうはもう言っとったし……なんや?)」

 

 全く予想がつかぬまま、みなみはアクアの言葉を待つ。するとアクアは少しだけ迷う素振りを見せながらも、意を決したようにみなみの方へ顔を上げた。

 

「寿、みなみさん。もしよかったら――ねが」

 

 何かを少年が口にしようとした瞬間、みなみは彼の背後にそれをみた。

 最近テレビにてよく見るようになった顔。帽子とサングラスでうまくカモフラージュしているが、業界に身を置く人間ならば感じ取れる、隠しきれないオーラを“彼女”は纏っていた。

 

 

 

 

「――――アクアくん」

 

 鈴を鳴らしたかのように綺麗で……だが、そこに愛しさや切なさを乗せているからだろうか。どことなく湿ったように感じる声が、彼の名前を優しく紡いだ。

 一瞬でアクアの身体が凍りつく。目は見開かれ、頬を一筋の汗が伝っていた。

 彼にとっては、罪の一つ。その一角を担う少女。

 黒川あかねが……校門の向こうから、ゆっくりとこちらに歩いて来ていた。

 

「あか、ね……」

 

 油が切れたからくり人形のような動作でアクアがそちらへ顔を向ける。かつて恋人として情を交わしあった二人の視線は本当に自然に絡み合い……。その瞬間、みなみは確かに、二人だけの世界が構築されるのを目の当たりにした。

 

「アクア、くん。アクア……くん……!」

 

 一筋、二筋。美しい瞳から涙がこぼれ落ちる。

 やがて「よかった。よかったよぉ……」と声を漏らしながらその場に崩れ落ちそうになるが……。そんなあかねにアクアは一瞬で駆け寄ると、その華奢な身体を優しく受け止めてみせた。

 

「(あ、れ……なして?)」

 

 ちくりと、謎の痛みがみなみの胸を刺す。

 どうしてかは分からない。だが、それは返しの付いた釣り針のように、みなみの何かに食い込んだまま、ジクジクと疼きを残留させた。

 いや、おかしい。自分がこうなるのは流石におかしい。みなみは慌てその場でブンブンと首を振り、芽生えかけた謎の気持ちを切り替えた。

 

「あかね、どうしてここに……」

「……あのニュースを見て、アクアくんは私が何も感じなかったと思うの?」

「それ、は……」

 

 痛みを堪えるようなアクアの横顔と、それをただ愛おしそうに見つめるあかね。二人にはもう、みなみが見えてはいないようだった。

 

「その……」

「説明して欲しい。それで……これからアクアくんがどうするのかも。だって……アクアくんはまだ――苦しんでいるでしょう?」

 

 手でも、引っ張ってみればよかったんかな。

 レモネード飲みに来てって言ったとき、また一緒に寝る? ってからかってみたらよかったんかな。

 モヤモヤが広がっていく。その正体にみなみはまだ気づいてはいなかった。

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