幼少のある日、夏目に聞いたことがある。
『なあ。夏目は将来何になるんだ?』
『藪から棒に何だと言うんだ、ミキ』
スイカを齧りながら夏目が不審がる―――ミキ、と言い出したのは赤みがかった栗毛の幼馴染だっただろうか。それともこの妖怪オタクの幼馴染だったろうか。或いは二人別々だっただろうか。
だとすれば二人は面識が無いはずなのに、僕が本当に嫌がるラインの見極め方が同じ様に上手い。まるで“きょうだい”のようだ。
尤も、直感力に優れたエリカと理屈っぽい夏目では喧嘩ばかりしそうだ。だけどそんな二人が同じ結論に至ると言うのは、果たして僕にとって幸か不幸かよくわからない。
『―――僕の名前は幹比古だ! ……だってそれだけの実力があるんだ。軍人でもCAD開発者でも、何にでもなれるんじゃないか?』
『将来何になる、か―――。考えたこともなかったな』
『え?』
僕はその回答に少しばかり驚いた。彼なら家業を継ぐからと言ってはぐらかしても可怪しくないからだ。
数瞬ばかり考えた後、彼がぽつりと零した言葉とその時の物寂しそうな顔が忘れられない。
『―――そうだな。普通の人間になりたい』
湿度の高い夕方の空気に紛れ、何処からか祭り囃子の音が聞こえた気がした。
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エリカに連れられるような形で僕たち九校戦に選ばれない1-Eの二科生は現地で観戦することとなった。いや、元々父に勧められたのもあったのだが、エリカに聞くと彼女も似たような身の上であったため、同類相憐れむ形で同行することになったのだ。
まあそれが無かったら多分行く選択肢は無いとは言わないまでも、大きく可能性を下げていただろう。何せ夏目は出ないし。だけど何やかんやと意外と楽しそうにしている幼馴染を見ていたら、流れでそうなってしまったのだ。
バイト込みではあるものの、皆もそれなりに楽しみにしていたし、僕は僕でスランプ脱却のために少しでも出場者の研究をしたいという欲望がある。だが一番のお手本となりうる夏目は居ない。
「―――でも、結局その夏目とかいうのは出ないんじゃない。ミキがどう思ってるかは知らないけど、怖気ついたんじゃないの? 過去、古式魔法師が九校戦で大活躍したなんて話、知らないし」
「僕の名前は幹比古だ! ……夏目はそんなんじゃないよ。多分、出たくなかったか、出ることが出来なかったかのどっちかだよ」
エリカもまた似たような指摘をする。そりゃあ確かに偏屈だし、万年仏頂面で近寄り難い雰囲気だし、時折人を――世の中を――小馬鹿にしたような口をきくし、憎たらしい部分もあるけど―――
友であり、ライバルであり、憧れ。
彼が僕のことをどう思ってるかは分からないけど、僕にとって夏目はそのような人物だ。
だけど彼に並ぶための実力は既に僕の手元には無い……と思う。彼のアドバイスに素直に従うのも少し癪というか情けなくはあるけど、タイミングを見つけて達也に相談してみようか。
「ふぅん。ま、強いのなら手合わせの一つや二つ、してあげてもいいけどね」
獲物を狙うような笑みを浮かべているこのバトルジャンキーのもう一人の幼馴染は、このままだときっと痛い目を見るだろうことだけは何となくわかる。
「止めといた方が良いよ。少なくとも僕は、そりゃあもうボコボコにされたもんだよ」
「それっていつ頃の話?」
「エリカと出会った前後だから10歳くらいのときかな。あの頃の僕は周囲に比べて少しばかり上手く魔法が使えていたものだから、調子に乗ってたんだけど……見事に鼻っ柱をへし折られたね」
「ミキがボコボコに……? スランプになった後の話じゃなくて?」
訝しげにエリカが聞き返す。
「僕の名前は幹比古だ。―――古式魔法師同士の戦いはいかに自分の土俵に相手を引きずり込むか、いかに相手に術を掛けさせないかで決まるんだ。現代魔法師風に言い換えれば、保有サイオン量と干渉力が大きく勝負に影響する。つまり、まあ、彼はなるべくして一科生となったということだ」
「―――さすが期末試験の総合2位、というところね。深雪とどちらが強いのかしら」
「順当に考えれば深雪さんなのだろうけど……実際にやってみないとわからないね。少なくとも深雪さんの方は新人戦でその実力が見られるのだから、何とか研究して自分の糧に出来ればいいんだけど……」
「まあ頑張んなさい。さ、無駄話ばかりしてないで仕事に戻るわよ」
僕らの中で夏目から一本取ることが出来るとしたら、恐らくエリカだ。痛い目を見るのが僕ではないことに安堵の気持ちと不甲斐無さが心の内に広がっていく。
何となく夏の夜空を見上げると、澄み切った空気の中に星空が浮かび始めていた。ああ、もう夏なんだ。
夏の大三角はどれだったかな。
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僕は仏頂面の男子に縁があるのだろうか。いや、こちらの方は仏頂面というより鉄面皮といったところか。
クラスでも殆ど表情を変えたところを見たことがない。
「―――おかげでスランプから脱却出来そうだよ。ありがとう」
「ああ、この程度なら問題ない」
彼にとって見れば僕の人生を左右するような悩みさえ“この程度”で済んでしまうのだ。やはり天才かと思うと同時に不審感が湧く。
二科生とは何だ、彼は適切な評価を受けられていないのか、と。
「ところで、どうして俺に相談に来たんだ? こう言っては何だが、どう見たって古式魔法は門外漢だろう?」
「形振り構っていられないというのもあるけど」
「あるけど?」
「……一番の理由は、夏目に言われたからかな」
「夏目―――中禅寺夏目か?」
「知っているのかい、達也」
「ああ、深雪の同級生だからな」
そうだった。コイツはシスコンなのだった。妹の同級生のことは当然の如く知っているって、常識的には「ナシ」の範囲だろう。
「幹比古はアイツとどういう関係なんだ?」
「平たく言えば幼馴染ってところだよ」
そう言うと、彼は少し考えるような素振りを見せて僕に訊ねた。
「―――一学期の反魔法師団体の襲撃事件の時、アイツに少しだけ関わったんだ。俺は古式魔法に詳しいとまでは言わないが、知り合いにそういった術を使う人がいるから何となく何をしているかはわかるつもりだ。だが、アイツがあの時何をしたかは今でもわからない。結果として襲撃者を捕縛して壬生先輩を救った、ということだけ……本当に不可思議な奴だ。幹比古はアイツのやっていることがわかるのか?」
やはり圧倒的学年一位……いや、学校一の天才であっても夏目を理解することは難しいようだ。
僕は基本的に呪符や精霊を使役して術を行使することが多い。世界を改変するということはそう簡単なことではないのだ。精霊にしたって元からそこにあったものを使うことが基本だから、夏目のようにワケの分からないモノを呼び出したり作り出したりするのは、古式魔法としても非常識なのだ。
「僕も全体を知っているという訳では無い、という前提で聞いてほしいのだけど」
「それでも構わない」
「―――一言で言えば、世界を騙す技術に長けている、ということかな」
「……つまり干渉力が強い古式魔法ということか?」
「それもあるけど、本質ではないかな。何と言えばわかりやすいか……魔法というのは大なり小なり現実を改変するプロセスだよね」
「そうだな」
「例えば怪我をしたときに治癒魔法を行使したとしても、改変した現実を固定しなくちゃいけない、つまり世界を騙すことに時間がかかるから、直ぐに全快とはならないのが常識だ。けど夏目の場合、そもそも『怪我なんて無かった』ことに出来ると言えば近いかな」
「言っていることはわかる。わかるんだが……どうしても不思議が勝ってしまうな」
そりゃあそうだろう。何年も見続けてきた僕でさえ、一部を除いて真似出来ないからね。
……それにしても不思議、か―――。
「世の中にはね、不思議なことなど何一つ無いんだよ、達也」
「それは―――!」
僕がそう言うと、彼は目を見開いて驚いている。やはり彼も言われていたか。
クツクツと笑いながら、ようやくこの鉄面皮の友人の顔を崩すことが出来たことに、僕は謎の満足感を抱いてしまうのであった。
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