京極堂シリーズ最新作、鵼の碑
単行本は1280p、厚さ6.5cm、重さ1.2kg
頭おかしい(ギリ褒めてる)
▼side:七草真由美 2095年8月1日
よくボクシングや格闘技では《カウンター》が有効だと言われている。一説によれば相手の攻め込む力を利用して自身の攻撃力へ転じるからだとされているが、実際には少し異なる。
『先の先』或いは『後の先』と言われるようなカウンターは、攻撃するときの《起こり》を利用したり、攻撃が終わった際の硬直を利用したりしている。即ち相手の勢いが死んでいるときにさえカウンターは成立するのだ。
では何故カウンターが有効だとされているか。それは一重に《意識の外》からくる攻撃に、人は非常に弱いからだ。例えプロの格闘家の攻撃だとしても、来るとさえ分かっていれば、意識を失うほどのダメージを負う確率は分かってないときのそれと比べてかなり少なくなる。
『先の先』では『攻撃してやるぞ』という意識の穴、『後の先』では『攻撃した』という意識の穴が狙われているのだ。
つまりどういうことか。
端的に言えば、今、私は非常に動揺している。
「あ、あ、あな、あな―――」
「『穴があったら入りたい』?」
「違うわ! なんで! 九校戦を辞退した貴方が! ここに居るの!?」
「九校戦を辞退したことと、ここに居ることの因果関係は無いと思いますが……現に今日から参加される七草会長もこちらにいらっしゃるわけですし」
「正論を言うんじゃないわよ!」
九校戦へ向かう日。『家の都合』でメンバーを待たせている私が重要な方との『ご挨拶』のため応接室を訪れると、家業が忙しくて九校戦を辞退したはずの彼が涼しい顔をしてそこに居た。さてはあの狸親父、こうなることを予期していたな……!
今日は制服では無く紺色の高そうな着物に身を包み、応接用のソファーに腰を掛けている。初めて直接顔をあわせたと思うが、確かに見目は良い。切れ長の目、色白の肌、少し長い髪の毛は飾りひもでポニーテールのように束ねている。達也君と一条家の長男を足して二で割って長髪にしてみれば、似たような雰囲気になるかもしれない。
しかし騙されてはいけない。見目はともかく、深雪さんから聞く限り性格に難があるどころの話じゃないでしょう。
「まあ、始まってしまったことは終わらせないといけませんし、この後はどうします? 今更、自己紹介もそれほど必要ないでしょう」
「ふぅぅぅぅぅ……」
落ち着き払ったこの男に対して妙に腹が立つ。自分のペースを取り戻そうと深く息を吐く。システマの前ではカウンターさえ無力である。
傍らでは名倉さんが私と彼の前にティーセットを準備しており、彼はセットを終えると退室していった。
「それで、先程の『何故ここにいるのか』という質問に答えるのであれば、ボクの後見人が九島家であり、彼らが天涯孤独の身であるボクの伴侶となる候補を探した結果、九島家と七草家の利害が一致し、ここに辿り着いたというわけです。ご納得頂けましたか?」
「―――納得はしていないけど、状況は理解したわ。今の話だけでも突っ込みたいところが幾つかあるのだけれど……。そもそも貴方、中禅寺君は結婚を強制されて、私が婚約者候補になることに不満は無いのかしら?」
「特には」
「そう断言されると私としても困るというか……」
「強制されることに違和感はありますが、現実問題、魔法師の結婚なんてそんなものでしょう。特に十師族の場合は好きだの嫌いだの
「ただ?」
「ある程度の納得性は欲しいですね。『自分はここに居ていいんだ』と感じられなければ、十師族だろうが一般魔法師だろうが一般人だろうが、結婚する意味合いは無いと思いますよ。極論を言えば、仕組まれた結婚だとしても当人同士が幸せならそれで良いかと」
「―――うん、それは納得できる意見ね。私も同意するわ。それはそうとして中禅寺君はそういう家の出身なの? ご両親もそうだったの?」
「父は魔法師でしたが、母のことはよく知りません。というより、誰に聞いても『大人になったら話す』等とはぐらかされていたので、そもそも存在していたかどうかさえ怪しいのです―――まぁ、何となく想像はできますが」
一瞬、地雷を踏んでしまったかと思ったが、彼はそれほど気にしていないようだ。母親が居ないのは「まあそういうこともあるか」と思えるが、隠されているとなると厄介事の匂いがプンプンする。
ただこれ以上踏み込んでも何も出てこないだろうし、こうして素直に話してくれていることはある意味私を信頼してくれているという証でもあるので、少しばかり嬉しくなってしまう。
お互いにティーカップに注がれた紅茶に口を付けながら会話を続ける。
「すると九島家が後見人っていうのは?」
「あまり外で吹聴してほしくないのですが、ボクの祖父は第九研の出身なのです」
「それは…!」
「第九研はご存知の通り古式魔法を研究していた機関です。ウチの祖父も陰陽師でありましたので、色々と協力していたのでしょう」
「なるほど、それで九島家が……」
「三年前に父が『事故死』し、一年程前に祖父が他界したことによりボクは天涯孤独となりました。まあ、幸いなことにそれなりの資産を遺してくれていたので生きることには差し支えありませんでしたが、そんな境遇を見た
「……嘘はついていないようだけど、貴方って本当に不思議な人ね。老師をそんなふうに言えるのは貴方くらいでしょう」
「不思議なことなど何一つ無いですよ―――。ボクはただ、普通の人間のように生きているだけです。七草会長は……」
「真由美でいいわよ、夏目君」
「わかりました。真由美さんはボクに何を望まれますか?」
「難しい質問ね。うぅん―――今すぐには出ないわ。あ、でも魔法師としての実力は見てみたいかもね。」
私がそう言うと、彼もまた「うーん……」とうなりながら懐をごそごそとあさりだした。むき出しとなった鎖骨から年に見合わない色気を感じたので、とっさに顔をそらしてしまった。
「あぁ、これくらいなら此処でお見せしてもいいでしょう」
彼は懐から《御守り》を取り出すと、私に手渡した。仄かに暖かく、ふわりと香木の香りがした。
「これは中に特殊な術式を組み込んだ御守りなのです。CADにサイオンを流すような感じで……そう、そのまま握っていてください」
彼は私に御守りを握らせると、懐からCADを取り出した。
「今からエア・ブリッドを打ちますので、そのまま御守りは握っていてください」
腕輪型のCADでどうやって撃つのだろうと考えていると、彼は人差し指をこちらに向け、まるで子供が遊ぶように「バン」と声を出した。
瞬間、空気が震えるような振動が私の身を包んだが、エア・ブリッドを受けた衝撃は無かった。
「
「ご明察。この御守りはボクが作ったのですが、サイオンを流すと自動で結界魔法を展開し、流す強さに応じて結界を強化してくれます。さすがに戦略級魔法みたいなのは防げませんが、人から自然に流れ出るサイオンを利用して自動防御出来るようにもしてあり、銃弾程度なら弾いてくれます」
「へぇ……つまり夏目君は手動だとこれ以上の
「ええ。そういうことですので、その御守りは今日の記念に差し上げます。護身用にでもお持ちください」
「えっ!? いいの!?」
「むしろ原価はほぼ0円なのでプレゼントとしては心苦しくありますが」
「いやいや! 値段を付けられないでしょう、これは!」
サイオンを流せば盾になるような装置やアイテムは既に商品化されている。しかし自動で障壁魔法を張るアイテムなんて、下手をすればレリック扱いだ。しかも携帯が容易となれば、要人はこぞって手に入れたがるだろう。
「ま、気に入らなければ誰かご家族にでもお渡し下さい―――となると、あと二つは必要ですかね?」
二つ? 彼が視線を向ける先には奥へと繋がる襖がある。
まさかと思い『マルチ・スコープ』で探ってみると、香澄と泉美が襖の隙間から覗いているのが確認出来た。
「はぁ……。香澄、泉美、出てきなさい」
私が促すと観念した様子ですごすごと双子の妹たちが顔を落としながら襖を開け姿を現した。
「貴女達、お客様を覗き見するなんて失礼すぎるわ」
「しかしお姉様、この男はお姉様に向かって魔法を……!」
「こら、香澄! 何て口のきき方をするの!」
「まぁ、真由美さん。ボクも彼女らが居るのを知りながら撃ったわけですから、あまり叱るのも勘弁してあげて下さい」
「知りながら撃った? ……夏目君は知覚系魔法も使えるの?」
「似たようなことが出来るというだけです。何せ陰陽師なので」
理由になっていない気がするが、溜め息を一つついて、横目で二人を睨む。
「泉美?」
「お姉様、この方が
「場合によってはそうなるかもしれないね」
「「はぁぁぁ!?」」
爆弾を投げ込む泉美と飄々と返答する夏目君。混沌とする場を見ながら、私は今暫くみんなを待たせることを覚悟したのであった。
紙の本は下手なCADの何倍もの値段がするそうです。
ということは古書店は差し詰めジュエリーショップのようなものであり、何重もの防犯体制が『京極堂』には張られています。この御守りはその術式を携帯するために夏目が開発したもの、という設定です。
夏目と香澄の一人称が被ったな……