▼魍魎
形三歳の小児の如し
色は赤黒し
目赤く、耳長く、髪うるはし
このんで亡者の肝を食ふと云
鳥山石燕『今昔画図続百鬼』
7 魍魎の事
気の早い蝉の鳴き声を踏みしめるかのように、一歩ずつ坂を登っていく。そう言えばこの坂は何という名前なのだろうか。
此処へ通うようになってから10年以上は経つが、目的地に棲まう主達からは終ぞ聞いたことは無いし、この白い壁の向こうもどうなっているのか、その用途も持ち主も不明である。
今、歩いているこの坂道も、気を抜くといつまでも登っているような不思議な感覚にとらわれ、そうした術が掛かっていないことは百も承知であるのに、つい目的地―――武蔵晴明神社の主を疑ってしまう。
そもそも携帯端末を使えばいいだけの話なのである。21世紀末の現在、ARを利用した映像通信は一般的な携帯端末に備え付けられた標準機能である。
だが『同行者』のことを考えれば万が一にも盗聴の可能性を排するために直接往訪するしかないし、これから依頼するもののことを考えれば、やはり往訪するしかないだろう。
なお、認識阻害の魔法は坂を登っている二人とも得意とするところなので、すれ違う人は自分達とすれ違ったとしても、その記憶は朧気になる。
「やっと着いたね」
「ええ」
訪問者の片割である
自分としても年齢の離れた若き友人――と、自分は思っているが――を面倒事に巻き込みたいとは、つゆ思っていないものの、ひとえに断ることが出来なかったのは、この同行者とその背後に居る人間のことが無視できなかったからである。
ああ、世の中というのはかくも
『京極堂』と手書きで書かれた看板を見上げながら溜め息を一つ吐き、中を覗き込むが期待した人影は無い。
本業は『古本屋』だと
彼の飼い猫の佇む縁側の方から回り込み、八畳ほどの畳敷きの居間を覗き込んでみると、果たして目的の人物はそこに居た。
「こんにちは、夏目君」
「九重和尚、こんにちは」
「今日は紹介したい人がいてね、連れてきたんだ。上がらせてもらってもいいかい?」
「たいしてお構いも出来ませんが、どうぞ」
「ありがとう。あと詰まらないモノだけど、水ようかんを買ってきたよ。僕たちはいいから、後で冷やして食べておくれ」
「これはご丁寧に」
同行者の方をちらりと見遣る素振りを見せたが、夏目は相も変わらず綺麗な所作で茶を準備する。美しいグラスに注がれた冷たい麦茶は、自身の好みの味であり、嘗ての旧友が出してくれた味がした。
だから僕は彼のことを好きになるのだ。
「学業の調子はどうだい?」
「まあ、実技は司波深雪さんに、理論は司波達也くんに負けましたが、総合ではそこそこといったところです。―――まったく、彼らは素性を隠したいのか隠したくないのか、一体どちらなんでしょうねえ、
非常に際どい会話だが、夏目も自分も虎の尾が何処にあるかは何となく知っている。だからこの会話自体には意味はなく、むしろ話を聞かせた同行者の反応を見たかった、というところだろうか。
その同行者はその名を聞くとピクリと反応したが、表情を伏せ、話が落ち着くのを待っている。
「ハハ……いやあ、彼、彼女は優秀だからね。僕のところで教え始めて三年ほど経つけど、あまりに優秀すぎるから魔法込みで稽古したら僕とて勝てる確信は無いよ。兄弟子たる君もそうだろう?」
「ええ」
「ほう。それで、そちらの方は?」
「申し遅れました。私は国防陸軍第101旅団所属、独立魔装大隊隊長、風間玄信と申します―――」
▼side:風間玄信
香港系国際犯罪シンジケート、『無頭龍』の活動が活発になっていることには気づいていた。だが、その首班の所在や活動拠点については確証を得るところまでは至っておらず、藤林でさえ掴みきれていなかった。
だが、その東日本支部が今度の九校戦において賭場を開くという情報を得た我々は、これを機に奴らを殲滅し、日本国内から追い出すべく行動を開始することになった。
そんな中、九島閣下より彼―――中禅寺夏目君の紹介を受け、九重八雲の伝手で面会することになったのだ。任務に民間人を巻き込むのは自分の主義ではないが、あの九島烈が入れ込む、その界隈では『今晴明』と名高き若き才能を見てみたかったという欲もある。
それに、十師族ではない優秀な魔法師が軍に協力してくれるなら、万が一のときに彼らの専横を許さない抑止力になるかもしれない。
そんな思惑の中、初めて会った彼の印象としては、姿勢が良く、美形の顔立ち、落ち着いた雰囲気も相まってどこか司波兄妹のような雰囲気を感じたのだが、それ以上に15歳という年齢に似つかわしくない達観した目付きが印象的であった。
「―――申し遅れました。私は国防陸軍第101旅団所属、独立魔装大隊隊長、少佐、風間玄信と申します」
「これはこれは。お初にお目にかかります、『大天狗』殿」
「私の方こそ、古式魔法師界隈では『今晴明』と名高き神童、中禅寺君にお会いできて光栄ですよ」
「大天狗殿にそのような呼び方をされるとは恐縮の極みです。ですが、もう少し砕けた話し方で大丈夫ですよ」
「―――そう言ってもらえると助かる。中禅寺君、こんな感じで良いかい?」
「ええ、その方が有り難いです。それで、本日はどのようなご用向で?」
「私から、というよりは九島閣下より二つほどお言葉を預かっている」
そう言うと、彼は端正な顔を歪めた。気持ちはわかるが、な。
「風間少佐は、私とあの妖怪爺の関係をご存知で?」
「中禅寺君の後見人、と聞いているが、その辺の事情にはあまり詳しくない」
昨年、彼の祖父が亡くなったことで、彼がほぼ天涯孤独となったこと、その時、九島家が手を出して後見人となったことは聞き及んでいる。
どのような裏事情があったかはわからないが、少なくともそれが『四葉』でなかったことは、不幸中の幸いだろう。彼、彼女らを見ていると心からそう思う。
「後見人なのは現当主ですけどね。業腹ですが、一応は金も出してもらってるし、中身だけは伺っておきましょう」
「『日本の闇に巣食う魍魎を祓ってもらいたい』とのことだ」
「『魍魎』ですか―――」
「正直なところ、私には意味がわからないのだよ。無頭龍対策の相談をしたら、こうやって君に相談するように言われたんだ」
「無頭龍……香港系のマフィアみたいなものですね」
「ああ、俺が本来達成したいのは、奴らを殲滅、或いは日本から追放することだ。本来なら軍や警察だけで行うべきものだとは重々承知しているが、何故、態々……」
「ちなみに少佐は『魍魎』についてどの程度ご存知ですか?」
「全く」
ここで茶を飲む置物と化していた九重八雲が、座布団に座り直してから話に入ってきた。
「魑魅魍魎の『魍魎』かな?」
「間違ってはないですね。魑魅とは山川の悪霊、魍魎は山林の悪霊と言われています。前漢時代に書かれた『
何か資料を見るわけでもなくスラスラと妖怪の解説をしている。余程好きなのだろうか。
「無頭龍と魍魎、何か共通点はあるのだろうか」
「―――魍魎は先ほど言及したように大陸由来の妖怪ですが、今や『魑魅魍魎』という言葉は妖怪や悪鬼全般を指す言葉になっています。そういう意味では、単に現象としての魍魎を祓うのではなく、根っこの部分から断ち切らないと、ということでしょうね」
「ふうん、なるほど。それで、受けるのかい?」
「正直に言うと気乗りはしないのですが、まあ何とかなるでしょう。九校戦に出て実力を示せ、なんて言われるよりはマシってものです」
予想外ではあるが、すんなりと受け容れてもらえた。
だが依頼しておいてすまないとは思うものの、『何とかなるでしょう』で片づくレベルを超えていると思う。それとも、何か秘策でもあるのだろうか。
あと、無頭龍を二つ返事で『何とか出来る』と言えるレベルの人間が九校戦、学生の大会に出たとしたら、それこそ十師族クラス―――あとは
「夏目君は、それでいいのかい? 僕は本来なら口を出す立場に無いけど、きっと九島閣下は……」
「大丈夫です。織り込み済みですよ。少なくともボクはあの妖怪爺に
「夏目君がそう言うのなら―――本当にすまない」
命を救われている? 何の話だ……? それに何故、九重八雲が彼に頭を下げるのだろうか。
だが、まだ話は半分しか終わっていない。訊いたところで話してはくれない雰囲気であるし、場合によっては二つ目の方が怒られるかもしれない。
「と、いうことでこれが一つ目の言伝てだよ。それで二つ目なんだけど―――それが、その、とても言いづらいのだが……」
「?」
「お見合い相手を見つけてきたよ、と―――」
「あの妖怪爺ぃ、ぶっ●してやる……!」
俺と九重和尚はそれから小一時間ほど激怒する夏目君を宥めることになった。
あーあーダメだよ! 君が五寸釘と藁人形持ったらあの爺様本当に死んでしまうよ!
九校戦は長いのでバッサリカットしますが、描写の無い部分は基本的に原作と同じと思ってもらえれば。