汗だくになりながら、門を出ようとする彼を追いかける。
入学する前から思っていたが、うちの学校は刺繍の有無を気にする前に、この機能性という言葉に真っ向から喧嘩を売るような制服のデザインを何とかしたほうがいいと思う。
「ハァ、ハァ……夏目君、ちょっと、いいかな?」
「―――お、誰かと思えばミキじゃないか。久しぶりだな。元気にしてたか?」
「僕の名前は幹比古だ!」
僕がそう呼ばれるのを嫌っているのを知っているくせにこうやってからかってくるのは、千葉エリカ―――ではなく、もう一人の幼馴染……ってほどじゃないけど、小さい頃からの付き合いがある中禅寺夏目だ。
今日も今日とて、最近の日本経済の不景気具合を顔中で表現するかのような無愛想顔で学校からコソコソ帰ろうとしていたところ、ギリギリのところで捕まえることが出来た(1勝3敗)。
夏目は『東の貴公子』『今晴明』などと、その界隈では知る人ぞ知る古式の実力者だけど、うちの家とは神祇魔法の系統が同じということもあり交流があった。ちなみに『西の貴公子』は会ったことないけど、九島家の御曹司らしい。
古式の家というのはややこしい。絶対的な数が少ないというのもあるのだろうが、やれ何とか派だとか、やれ何処其処流だとか、家によって体系は全く異なっていて、統一的な理論は無いに等しい。
そして仲の良い家同士など極端に少ない。何故なら誰もが自分達の理論を他の家に知られることを嫌うからだ。
彼の家とも『神祇魔法』という共通点はあれど、あちらは江戸に移って以来、関西の家からは敵視されることも多いし、今でも交流があるのはそれこそ西の貴公子―――九島家くらいだろう。
「『吉田家の神童』様がお声を掛けてくださるとは、いやはや今日は記念日になるだろうね」
「その呼び名は止めてくれよ……。もう僕は神童でも無ければ古式魔法師としても当落選上だ。期末試験で総合2位、現代魔法と古式魔法の優等生、そんな君と一時でも比べられた時期があったこと、誇りに思うよ」
「えらく卑屈じゃないか。この一年、ボクのところへ来なかったのは引け目を感じてたのかい?」
「それは君の祖父君が亡くなって―――いや、それを口実に、僕は君に会いに行く勇気が無かったんだ」
「友達甲斐のないやつだ」
「今でもそう言ってくれるのは本当に有り難いけど、僕は本気で悩んでるんだ。あれ以来、魔法は上手く発動出来なくなるし、まるで魍魎に取り憑かれたみたいだ。君は昔から現代魔法も古式魔法も上手く使えていただろう?」
「だから勉強してからやれとアレほど言ったのに……『神降ろし』等ほいほい行使するからそんなことになるんだ」
「お説教は聞き飽きたよ……。なあ、夏目君、何かいい案はないかな。魔法科高校に入学して3ヶ月、これでも勉強は頑張ったんだよ? 現代魔法の理論と古式の理論も―――」
僕が請うていると、彼は整った顔を顰めながら言葉を発した。
「だから、勉強の方向性が違うんだ。そもそも『竜神』『水神』っていうのは何だ?」
「特大の精霊みたいなもんだろう?」
そう返答すると、彼は更に溜め息を深め、滔々と語りだした。
「古来、神様には三種類しかない。即ち『自然』『人』『動物』の三種類だ。『竜』というのは、水と縁の深いものだというのはキミも知っての通りだが、江戸時代に画かれた鳥山石燕の『今昔百鬼拾遺』で竜―――その別名である
これだ。この旧友は自分のフィールドに入ると話が長い。それでいて何処に向かっていくのかわからないところがあるのだが、いつの間にか本題に戻っていたりする。
「じゃあ君は『竜は水、自然を表す神様』で、その事について僕の理解が足りないと言うのかい?」
「そうやって結論を急ぎすぎるところがキミのいけないところだ」
話の長い君も悪い、とは言わない。言えない。言った瞬間に単語量が何倍にもなって返ってくるからだ。
「確かに元々は川の氾濫、豪雨や竜巻、そういった現象を表す言葉だったのだろう。八岐の大蛇や九頭竜伝説は、人間の治水においての戦いを示したものだという説も、半分は正しいと思っている」
「もう半分は?」
「いいかい? そもそも言葉がね、違うのだよ。『竜』と『洪水』は全く違うものだ。『竜』という言葉になった時点で本質が書き換わったんだ。キミは猫のことを『動物』とは呼ばないだろう? ましてや『犬』とは言わないだろう?」
「そりゃあ誰だってそうだろうさ」
そう言えばこいつの家は猫を飼っていたなと思い出しながら相槌を打つ。
「『竜』となった瞬間に、別物となる。つまり『火竜』や『水竜』などと属性によって分別されるようになったんだ。古い文献によれば、流れ出る熔けた鉄を指して『火竜』と呼ぶものもあることから考えるに、本質としては『とても勢いがあって流れるもの』として書き換わった。だからね、『竜神』と『水神』は全く異なるのだよ。その事を理解していないから自分のうちに竜をとどめようとして御せなかったんだ」
「夏目君の理屈はわかったけど、じゃあどうやったら僕は元に戻るんだい」
「元になど戻らんよ」
「はあっ!?」
「流れ出る力をその場に止めようとしたのだから、何というか、キミは水風船のように演算領域が膨れ上がってしまったんだ。そうなってしまえば一つ確実に言えることとして、ボク
何だよ。長々と話に付き合って損した気分だ。
……いや、待てよ。
「僕《自身》はということは、誰か他にアテがあるとでも言うのかい?」
そう聞くと、彼は器用に片眉を上げながらニヤリとして言った。
「キミのクラスには圧倒的理論1位の彼が居るだろう?」
「確かに……でも彼が解決方法を見いだせるのかな」
「いいかい? 普通の魔法師は押し並べて発動プロセスに大きく変わりはないんだ。君も呪符を使うことがあるだろうが、それとて
「それで?」
「風のうわさでは、彼は九校戦の技術スタッフとして迎えられるそうだ。だから、優秀な魔工技師である彼ならキミの問題を解決できると思うよ」
「―――そうか、君がそう言うなら、何とか渡りをつけてみるよ。一応はうちの技師にも聞いてみたんだけどな」
「身内は身内の問題に気付けないものさ」
そういうものかなあ。僕は一抹の不安を抱えながら、後日、悪友に誘われ九校戦会場へ行くことにしたのであった。