もうお気づきかもしれませんが、この小説のサブタイトル、ゾンサガのサブタイトル以外の時は十秒で思いついたものを載せてるので深い意味は一切無いです。
〜ようやく会えたね 嬉しいね〜♪
歌が聞こえる。
なんだったか、この曲。
昔何度もヘビロテした記憶がある。
最近は聞いてなかったけど、いつも病院にいたあの子に布教されて、毎日聞かされたっけ。
段々と浮上していくような感覚。意識を取り戻す前兆だ。もう直に目を覚ます。それに伴い、他の五感も取り戻していく。
〜ちゃんと見えてる 君のサイリウム〜♪
歌とは別に、水が断続的に屋根伝いに地面に落ちる音・・・これは雨か?
頭の下にある冷たく、柔らかい何か・・・どうやら仰向けに倒れているようだ。
髪を撫でる、自分とは別の人の手の感覚・・・何が楽しいのか時折り、髪を梳いて感触を確かめている。
〜ア・ナ・タ・のアイドル〜♪
歌は頭のすぐ上から聞こえる。寝ている俺に配慮しているのか、声は小さめだ。
ただそれはよく通る声をしていて、とても聞き心地が良かった。
もう少しこの心地よさを味わっていたい。
そんな欲望がふつふつと湧き上がる。
だが意識を取り戻していくにつれ、意識を失うまでの記憶が徐々に蘇ってきた。
そうだ、確かアイそっくりな少女が目の前でトラックに轢かれて──
俺は一瞬で意識を取り戻し、飛び起きた。
「アイ!」
「わっ!?」
周囲を見渡す。見覚えのない場所。どこかの屋内か?
「もー、びっくりするなー」
すぐ隣で馴染みのある声がした。先程まで一緒にいた、トラックに轢かれた彼女の声。
幻聴か?だがさっきまでの歌も同じ声だった。
俺は恐る恐る声のした方を見る。そこには
「おはよー。よく眠れた?」
紙袋を頭から被った女が座っていた。
「・・・」
「あれ?もしかしてまだ寝てる?実は凄い寝相が悪いとか?それとも寝ぼけてる?もしもーし、眠いならもうちょっと膝貸すよ?」
「・・・」
さっきまで会っていたアイそっくりのアイドル・・・確か名前は七号・・・だよな?
頭からすっぽりと紙袋を逆さに被っていて顔はわからない。だが彼女の長い髪の毛が紙袋に入りきらずに飛び出ている。
服装もさっき見た時と同じだし、間違いないだろう。気になるとすれば、さっきまで俺の髪を撫でていた手を、もう一方の手と一緒に自分の背中に回して、何かを隠しているように見えることくらいか。
ジロジロと見つめる俺の視線が気になったのか、紙袋越しに自分の身体を見始めた。
「あれ?私何か変な格好してるかな?特段気になるところとかないと思うんだけど」
「いや、あるだろ。誰が見てもおかしいと思うものが頭に」
俺は紙袋の事だとわかるように自分の頭を指差す。
彼女は理解したみたいで、あー・・・と一言溢す。
「実は私、偶然通り掛かった佐賀在住の一般人何だけど、アク・・・君が路上に倒れてたから介抱していたの」
「いや、お前、七号だろ。フランシュシュとかいうアイドルグループの」
「・・・チガウヨ?」
「いや、そうだろ。どこの世界に紙袋被った一般人がいるんだよ」
いや、アイドルも普通、紙袋被ったりはしないか。
「・・・あちゃー、バレちゃったかー。やっぱり芸能人オーラが出てるのかなー、困った困った」
全然困ってなさそうなわざとらしい言い方が、また俺にアイを想起させる。
ため息をつく。こんなふざけた奴と話しても埒があかない。
俺は立ちあがろうとしたところでふと、ある考えが浮かんだ。
これは本当に現実か?実はまだ寝ていてこれは夢なんじゃないか?
あの時、確かに俺の目の前で彼女はトラックに轢かれた。その前後の記憶は定かではないが、轢かれた彼女のもとに朧げな足取りで向かったのは覚えてる。前世で医者だった性か、無意識に心音と脈拍を調べたのも記憶にある。確かに彼女の鼓動は止まっていて、脈も無かった。彼女の肉体は間違いなく死んでいたのだ。
そんな彼女が生きていて、今目の前で紙袋を被った妙な格好で俺に話しかけている。そんな状況、とてもじゃないが現実だとは思えない。
・・・彼女を自分勝手な都合に巻き込んで死なせた癖に、彼女を自分勝手に夢の中で生き返らせたのか、俺は。
無意識に彼女に許しを乞おうとしている自分に嫌気がさす。同時にこれが夢ならば、浸っていたいという誘惑が心に滲み出す。
現金な奴め。俺はどれだけアイに縋ろうとしているんだか・・・。
投げやりになった俺は立ち上がるのを止め、力を抜いて目の前の膝に頭を戻した。
スカート越しに彼女の膝の柔らかい感触を頭に感じる。雨で濡れたのか、少ししっとりしていたその膝はやけに冷たく感じた。
「お?やっぱりまだ眠かった?」
「・・・どうせこれは夢だ。なら少しくらい、アイドルの膝枕を堪能してもいいだろ」
「正直だね。いいよー、良い子には子守唄も歌ってあげる。リクエストは何かある?」
「 ・・・STAR⭐︎T⭐︎RAIN」
「ふふ・・・アクアはその曲好きだね。オッケー⭐︎」
〜難しい事 考えるよりも〜♪
彼女の歌に耳を傾けつつ、瞼を閉じる。再び心地いい時間が流れていく。
途中から手持ち無沙汰になったのか、彼女の手が再び俺の髪を撫で始めた。微妙にくすぐったかったが、抵抗せずにあえてされるがままにすることにした。
推しにそっくりなアイドルに膝枕されながら、推しの歌を、推しにそっくりな声で歌ってもらう。ここが夢である事を忘れそうになる。
惜しむらくは、この夢にアイ本人が出てきてくれたら良かったのに。
ふと彼女の素顔が気になった。自分の夢の中なのに、推しと瓜二つの顔が見れないなんてナンセンスだ。
閉じていた瞼をゆっくりと開く。真下から覗いているのに、角度が悪いのか紙袋の中を見ることは叶わなかった。
・・・
〜GO! GO! STAR⭐︎T⭐︎RAIN〜♪
彼女が歌い終わり、再び静寂が流れる。聞こえるのは雨の音と、彼女が髪を撫でる時の衣擦れの音だけ。
彼女は俺の髪を撫でたまま何も言わない。
俺も何も言わずに撫でられ続ける。
俺も彼女も何も言わないが気まずくはなかった。
ただ静かに時が経つこの感覚がどこか心地よかった。
・・・夢について、聞いたことがある。夢の中で、今自分が見ているものを夢と認識すると、思い通りにその夢の世界を作り変えられるという話だ。
急な場面転換、俺に都合が良いシチュエーション、死んだはずのアイドル、全てが夢と思えば話は繋がる。
ここが夢ならば、今俺の髪を撫でている彼女は偽物ではなく───
「なぁ、アイ」
あえて、彼女をアイと呼ぶ。
「なあに、アクア」
彼女も否定せずに俺をアクアと呼んだ。・・・いや、最初からずっと俺のことはアクアと呼んでたか・・・。
確信した。このアイは俺のよく知っているアイだ。
例え自分が作り出した想像のアイとはいえ、久しぶりの再会だ。目頭が熱くなり、胸がいっぱいになる。
話したいことはたくさんあったはずなのに、何から喋れば良いかわからず言葉が出てこない。
そんな俺をアイは髪を撫でながら、話し始めるのを待ってくれていた。
「・・・俺は君に、ずっと謝りたかった」
頭に浮かんだ言葉をポツポツと口にしていく。
「・・・君の子供を、ちゃんとした子供を産ませてあげたかった」
「・・・君が狙われているのはわかっていた筈なのに、気づかずに死なせてしまった」
「・・・君が望まないとわかっていても、俺は復讐の道を選んでしまった」
「・・・」
アイは何も言わない。ただ頭を撫でるだけだ。
一度口火を切ってしまえば、懺悔の言葉は止まらなかった。心の奥に隠していた、後悔と自責の念が溢れ出す。
「君に幸せになって欲しかった。ルビーとアクアの母親として、二人の成長を見守って欲しかった」
「アイドルとしてでもいい。ファンの声援を浴びながら、ステージの上でキラキラと輝いていて欲しかった」
「・・・ただ幸せに生きて、ずっと心から笑っていて欲しかった」
「・・・」
知らないうちに涙が頬を伝っていた。泣き顔をアイに見られたくなくて顔を腕で覆う。
「例えこれが、俺が作り出した現実逃避の為の幻だとしても、これだけは伝えなきゃならないと思った」
「・・・あの日から続くこの後悔を、憎しみに変えることでしか自分を許せなかったから」
「・・・」
そこまで言い切った俺は、不思議と胸が軽くなった気がした。
長い間、胸の中でつかえてたものが取れた気がする。
・・・ああ、良かった。例え自己嫌悪に塗れた幻相手でも、口にすれば楽になるものなんだな。
これでもう、後悔はない。俺は俺の罪を背負い、復讐を果たす。
死んでしまったアイに似た少女、七号には申し訳ないが、もう少しだけあの世で待っていてほしい。
この復讐を終えた後、どうせ俺は地獄に落ちるだろうから。
改めて身体を起こすとアイに向き直る。
「ありがとう、話を聞いてくれて。これでもう・・・俺は迷わない。・・・すまないが、そろそろ夢から醒ましてくれないか?情けない事に、どうやって起きればいいかわからないんだ」
紙袋を被ったアイに問いかける。
だがアイは沈黙を保ったままだ。
「アイ?」
「ねぇ、アクア」
ずっと黙っていたアイが口を開いた。
「アクアは私に幸せになって欲しかったんだよね?」
「あ、ああ」
「じゃあアクアも幸せにならないと駄目だよ」
「え?」
「私の幸せにはアクアとルビー、二人が幸せになる事が入ってる。むしろ大前提。だから、アクアが勝手に死んじゃうのも駄目。私の復讐なんかをして、アクアが不幸になるならそれもやっちゃ駄目」
・・・おかしい。何かがおかしい。どうして俺の作った幻覚が俺の復讐を否定する?。復讐を後押しする為、俺を責めるのではなく、俺に復讐をやめさせるようとする?
それはありえない。そんな事を俺が言うことは絶対にない。何故ならそれは、俺の本当の────。
──違う、それは考えるな。
間違っている。そう、何かが間違っているんだ。シャツのボタンをかけ間違えていて、全てのボタンを止めた時に初めて気づいた時のような。何か、とても重要な事を見落としている。
「お前は・・・誰だ?」
ここは本当に俺の夢の中か?雨の音、室内、顔を隠す為の紙袋、俺をアクアと呼び、ルビーの事も親しげに呼ぶ。
ならここが現実だとして、目の前にいるこいつは誰だ?死んだはずのアイの偽物?何故俺とルビーの事を知っている?これじゃあまるで・・・
俺は立ち上がると、自然と目の前の女から遠ざかるように後ずさった。
「私?私が誰かなんて、アクアが一番わかってるでしょ?」
目の前の紙袋が当然と言わんばかりに告げる。
怖い、恐ろしい。先程まで知りたかった紙袋の中身が、途端に開けてはならないパンドラの箱に思えてきた。
「違う!ありえない!彼女は・・・アイは死んだ!俺が・・・!俺のせいで・・・!だからっ・・・!彼女が生きているなんて事は、絶対に嘘に決まっている!」
「え?うん、死んだよ?私」
「は?」
さも当然と言わんばかりに目の前の紙袋が告げる。
・・・やはり目の前の女は幻覚だ。どうやら俺の精神はもう既に壊れているらしい。自分の作り出した幻覚に復讐を否定されたかと思えば、今度は自分は死んでいると現実を突きつけてくる。まともな思考じゃない。さっきの事故で脳が焼き切れたのだろうか。
「あ、その顔は信じてないな〜?ほら」
目の前の女がなんて事もないように紙袋を取る。俺が知りたいと思っていたその下には、この世のものとは思えないものがあった。
記憶の中のアイと顔貌は同じ。しかし、血が通ってるとは思えない青白い顔色。頬はこけ、唇は乾燥しきっている。目の周りに色濃く刻まれた隈は、彼女が死人である事の証明に見える。
よく見ると紙袋を持った腕も青白い色をしている。先程まで、彼女が腕を背中に隠していたのはこの為だったのだ。
ただ・・・それでもその両目には、死んでもなお彼女をアイたらしめる二つの星が輝いていた。
「ね?死んでるでしょ?でもゾンビになって生き返ったの。・・・あれ?この場合は生き返った、て言うのかな?」
「ゾン・・・ビ?」
何を言っているんだ?とても正気とは思えない。ゾンビのような顔もメイクでそう見せてるだけじゃないのか?
「そう、ゾンビ。ホラー映画とかで出てくる動く死体」
彼女はそう言うとなんてこともないように、自分の頭を首から取り外した。
この世のものとは思えない光景に思わず、ギョッとする。
頭が取れているのに、血が一滴も流れない。
痛みを感じているようにも見えない。
トリック・・・だよな?壮大なドッキリか?俺が気絶している間にどこかのスタジオに移動して、カメラで撮っているのか?
だが周囲を見渡してもカメラは愚か、人っこ一人見当たらない。
混乱した俺を横目に、彼女は取り外した頭を両手で抱えると俺の元へ差し出した。
「生きてる人はこんなのできないでしょ?」
抱えられた頭が喋っている。
・・・駄目だ。わけがわからない。これは本当に現実なのか?
今更ながら頬をつねってみる。・・・痛い。夢じゃない。
思わず天を仰ぐ。死人が生き返る?ゾンビになって?映画やゲームじゃないんだぞ・・・?テレビのドッキリ?アイのそっくりを使って?あの首はトリックか何かで・・・馬鹿な、それこそ現実的じゃない。
考えがまとまらない。理解できない。
・・・もういい、何を考えてもどうせわからないんだ。事実だけを確認しよう。
「・・・いくつか質問させてくれ」
「何でもいいよー⭐︎」
「アイの本名は?」
「星野アイ、苺プロ所属のアイドルで享年十九歳!・・・あれ?正確には二十歳だっけ?」
「好きなアイスは?」
「ハーゲンダッツ!」
「アイには双子の隠し子がいた。その名前は?」
「アクアとルビー!あ、正確には愛久愛海と瑠美衣ね。ちなみにアクアは哺乳瓶派でルビーは・・・」
「そこまで言わなくてもいい!・・・なら苺プロの社長の名前は?」
「佐藤社長!でも今はミヤコさんだっけ?」
斉藤壱護の名前も間違えて覚えている。
俺とルビーに関する記憶も正確だ。
だが、俺はまだ認められなかった。
そんな都合の良い事が、あるはずがない。
それに今の答えは壱護やミヤコも知っていることだ。あの二人が俺とルビーがアイの隠し子だという事をバラすとは思えないが、用心に越した事はない。
頭の中であの日の記憶が呼び起こされる。
アイの遺体の隣に立つ、雨宮吾郎が告げてくる。
まだ、お前は許されると思っているのか? と。
指先が震え、冷や汗が止まらなくなる。同時に気が遠くなってきた。
足先から這い出てきた恐怖に対し、心を守る為に俺の身体は意識を絶とうとする。
まただ・・・。また俺は現実から目を背けようとしている。ふざけるな・・・、そんな覚悟で復讐などできるものか。
心の悲鳴を理性で抑えつける。
何か、このアイを否定する問いを、捻り出せ。
アイの最期がフラッシュバックする。
あの日以来、思い出すたびに苦しんできたトラウマと向き合う。
そうだ。この場には俺とアイ、ルビーしかいなかった。
俺は頭に浮かんだ言葉を震える声で口にした。
「最後の質問だ。・・・アイが亡くなった時、最後に・・・俺とルビーに言った言葉は?」
「──愛してる」
時間が止まったかと思った。
あの時、アイの命が消えてく中で最後に、俺とルビーに伝えた言葉。アイが苦しそうに、でもしっかりと俺達に遺したもの。
俺とルビーしか絶対に知り得ないアイの想い。
「──この言葉は絶対、嘘じゃない。・・・忘れるわけないでしょ?私が一番二人に伝えたかった事なんだから」
俺はその言葉を最後まで聞かずに彼女を抱きしめていた。
「アイ!・・・アイ!・・・ああ、あああああああ!!!」
「・・・もー、大きくなったのにアクアは甘えん坊だなあ」
泣きながら、力いっぱい抱きしめる。生きているのを確かめるように、もう失ってしまわないように。もはや、恥も外聞もなかった。ただただ目の前の奇跡に対して俺は、涙を流す事しかできなかった。
・・・
どれくらいそうしていただろう。
気がついたら、雨の音が止んでいた。
俺の顔は泣きすぎて涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
いつのまにか俺の背中に回されていた手は、子供をあやすように俺を撫でていた。
腕の中にある確かな感触。
そうか、これは夢じゃない。ゾンビになったとはいえ、アイはここにいる。
あの日願った奇跡がここにある。
ただその事が嬉しかった。
「・・・」
いや、待て。
目の前のアイが夢じゃないとしたら。
冷静になって考えると、俺はアイに何を言った?
まずい・・・。
夢だと思って、ずっと心に溜め込んでたものをぶちまけてしまった気がする。
冷静に考えろ。思い出せ。俺はアイに何を・・・
「・・・ねぇ、アクアー。そろそろ離してくれないと私、息が止まっちゃうかも?」
「す、すまない、取り乱した」
恥ずかしくなり、慌ててアイを解放する。
声を発した喉から痛みを覚えた。声もガラガラになっている。
よくよく考えてみれば、今日は叫んでばかりだった。役者の端くれとして発声練習を普段からしているとはいえ、感情のままに喉をあれだけ酷使すれば当然か。
「今のはゾンビジョーク!そこは『いや、もう死んでるだろ』てツッコまないと!」
「・・・」
いや、本当にアイか?こんなつまらない洒落をいう人だっけか・・・。
そんな事を思っていると、今度はアイが俺の顔を両手で挟んだ。
「な、何を・・・」
「ほらっ、もっと背を低くして!アクアがおっきくなったからよく顔が見えないでしょ?」
「・・・っ!」
そのままアイの目の前に引き寄せられる。
思わず息を呑んだ。
さっきの膝枕よりも近い距離。顔を隠す邪魔なものもない為、ここはアイの星の瞳がとても綺麗に見えた。
「・・・うんっ、やっぱりアクアはアクアだね!」
「・・・なんだよ、それ」
アイが手を離す。俺はゆっくりと身体を元に戻した。
・・・くそっ、俺は何をドキドキしてるんだ・・・。
「・・・どうして、すぐに会いに来てくれなかったんだ?苺プロの社長が変わっていることを知っているなら、うちのホームページとかは見たんだろ」
「・・・ごめんね。理由は色々とあるんだけど、一番はやっぱり私がゾンビだからかな」
自然とアイの死人めいた肌に視線が吸い寄せられる。確かに、この姿で街中を歩けばパニックになることは間違いない。
「ほら、この顔じゃ流石に私がアイだよー、て言ってもわからないでしょ?」
「さっきのライブハウスでは普通の人間のように見えたが・・・」
「あれは巽・・・今のグループのプロデューサー・・・マネージャーかな?がしたメイクのおかげ。すごいんだよー、ハリウッド仕込みなんだって!」
「・・・それにしたって、電話するなり何かしら・・・」
「あはは、まあねー。本当は私も会いたかったんだよ?でもさー」
アイが背中を向ける。昔はあれだけ大きかった背中が今はとても小さく見えた。
「目が覚めたら十年も経ってて、ルビーもアクアもおっきくなっててさ、急に死んだはずの私が出てきても誰?なんて言われたら、て考えると怖くなっちゃった。私は『お母さん』としてはあんまり良くなかったし、ドームも映画も結局台無しにして事務所の皆にも迷惑かけちゃったから」
さっきと変わらない声色。ただ・・・これはなんとなくだが、アイの本音だということが感じ取れた。
「そんなこと・・・!」
「だけどね?今は違うんだ」
俺の声を遮るように被せてくる。そのまま振り向いたアイの顔は笑顔だった。
「こうやって、星野アイとしてアクアと話すことができた。実際に話してみたらわかっちゃった。私はどうしようもなくルビーとアクアのことが大好きで、それは相手からどう思われてようと関係なかったんだ、て」
「・・・当たり前だ。どんなに時間が経とうと俺も、ルビーも、アイを忘れるなんて事・・・絶対にない。それに俺は・・・アイが良い『お母さん』になろうと努力していたことを知っている。例え周りから何と言われようと、俺もルビーもアイが母親で良かったと・・・アイの元に生まれて良かったと思っている」
吾郎として、アクアとしての本心を告げる。例えアイがゾンビになろうと、彼女が悲しむ姿は見たくなかった。
「アクア・・・もー!男前になっちゃってー!思わずドキドキしちゃったよ!このこのー!」
「・・・いや、もう心臓止まってるだろ」
「さっすがアクア!もうゾンビジョークのツッコミもバッチリだね!」
アイが笑顔で俺の背中を叩く。
良かった、アイはやっぱり笑顔が似合う。
「そういえばアクアはどうやってこの家に私がいる、てわかったの?」
「ん?ああ、それは・・・」
ぎくりとする。できればこれはアイに知らせたくないが・・・。
「・・・言わなきゃ駄目か?」
「駄目でーす」
アイが有無を言わさずに手のひらを俺に向けてきた。そこに出せ、ということらしい。
俺はため息をつきながらポケットに入れておいたものを置いた。
「何これ?」
「・・・GPSタグだ。・・・ありていに言えば発信機」
「あ、アクアが犯罪者になっちゃったー!?」
アイがわざとらしく驚いた顔で俺を見る。
バツが悪くなり、思わず目を逸らす。
「あーあ、誰の影響を受けたんだろう・・・?やっぱり私?でもこういう悪い遊び、て監督とかな気がする・・・。悪い子のアクアにはこれは返してあげませーん」
アイは俺が渡したGPSタグを取り上げると、懐にしまった。
「罰としてこれは没収でーす・・・他の人にはこういうことしちゃ駄目だよ?」
「・・・ああ」
脳裏にあかねの顔が浮かぶ。今は彼氏彼女の関係であるあかねにも発信機をつけている。
黒川あかねには、プロファイリングの才能がある。自身の演じる役を徹底的に調べあげ、その内面すら理解、模倣できる彼女ならば、俺にはわからなかったアイの心情もわかるかもしれないと踏んでいた。発信機も万が一、あかねがアイを殺した奴を特定した時、俺が先手を打てるようにする為だ。
だが目の前に本物のアイがいる今、彼女を手元に置く意味は・・・。いや、そもそもアイが生きているのなら俺の復讐は───
「ねぇねぇアクア、ルビーは元気?」
「ん?ああ・・・。あいつは元気だよ。アイに言われて、夢であるアイドルに向かっていつも一生懸命頑張ってる。この前なんてステージで初めてのライブもした」
「ライブ!いいなー、見たかったなー!ルビーはダンスが好きだったし、私譲りの美貌もあるからきっとステージの上だと映えるんだろうなー・・・」
「自分で言うのか・・・。まあ確かに、ルビーはダンスは得意だが、歌がまだまだだ。だからこの前のライブでもセンターは別のメンバーがやった」
「んー?となると、赤い髪の子がセンターかな?あの子、結構場慣れしてる感じあったし」
「ああ、有馬だな、そのメンバーは。覚えてるか?あいつ、アイが初めて映画に出演した時に子役で共演を・・・俺、有馬がメンバーだって言ったか?」
「ふっふっふ・・・ルビー達、この前、佐賀に仕事で来てたでしょ?実は、その時にルビー達に会ってはいるんだー」
「そうだったのか・・・。だがあいつら、アイに会ったなんて言ってなかったが・・・」
「あー、それは多分私が名乗らなかったからだと思う」
名乗らなかった・・・か。さっきのがアイの本音なら、ルビーに偶然会えたが、アイとして会うのは後ろめたくて正体を隠して会った、そんな感じだろう。
ルビーが偶然アイに似た人に会った事を俺に話さなかったのも・・・まあ察しはつく。
ただ、だからと言って有馬やMEMちょ達と口裏合わせて記憶がない・・・なんて理由で誤魔化すのはどうかと思うが・・・。
「ねねっ、学校じゃどうなの?二人はもう高校生なんでしょ?いいなー!学生服姿、見たかったなー!」
「・・・確か、ルビーにせがまれて制服姿の写真を撮ったな・・・」
「えっ、嘘!?見たい見たーい!・・・アクアー?」
アイが上目遣いで俺の事を見る。
・・・反則だ。そんな姿見せられたら、俺に断れる筈がない・・・。
俺はプライベート用のスマホを取り出すと写真のフォルダを漁る。
目当ての写真を見つけた俺は、アイにスマホの画面を見せた。
「え!?・・・きゃ、きゃわーーー!!!ルビーてば、ほんっと似合ってる!こんなに可愛い制服に見劣りしないの世界でルビーだけでしょ!!?!」
「俺はスカートが短すぎると思うんだがな・・・。何回言っても直さなくて困ってる」
「えー、これくらい普通だよー?アクアってばおじさんだなー」
が、がーん・・・。あ、アイにまで言われた・・・。そりゃあ前世と合わせるとアイより二回りくらい歳上だが・・・。
「アクアの制服姿の写真はないの?」
「・・・多分ないな」
「えー!見たかったのにー!」
アイが俺のスマホを持つと、写真をスライドしようとする。だが画面は反応しなかった。
そういえば、スマホのタッチ操作は指先の静電気で行っている筈だ。
ゾンビのアイが触っても反応しないのは当たり前か。
「はぁ・・・二人の写真、もっと見たかったなあ・・・。ランドセル姿とか七五三とか・・・まだまだ私が見逃してるイベントたくさんあると思うの!」
「・・・俺のスマホには無いが、事務所に戻ればデータがある筈だ」
ミヤコは俺とルビーの写真を良く撮っていた。学校行事等のイベントにも親代わりの保護者として積極的に参加していた。アイを失った俺達を元気づけたかったのだろう。現にルビーが明るくなったのはそのおかげだと思っている。
「・・・苺プロはアイの家でもある。自分の家に帰るのに理由はいらないだろ。アイが遠慮する必要なんてない」
「アクア・・・ありがとね」
「・・・そろそろアイがこれまでどうしてたか教えてくれ」
気恥ずかしくなって、顔を背ける。
俺は照れ隠しも兼ねて、アイの状況を聞くことにした。
・・・
「・・・つまり、数ヶ月前、目が覚めたらゾンビとして蘇っていて、周りには同じような境遇のゾンビだらけ。で、その巽幸太郎とかいう自称アイドルプロデューサーに言われて佐賀を救う為、アイドルユニットを組んで活動している・・・と」
「そうそう。不思議だよねー」
「・・・」
思わず頭を抱える。
正直、アイの話は理解に苦しむものばかりだった。死人をゾンビにして蘇生?ゾンビがアイドルに?佐賀を救う?どれも荒唐無稽な話ばかりだ。
ただ、目の前で死んだはずのアイが喋っている、その現実が俺の常識を揺さぶってくる。
加えて俺自身、一度死んでアイの子供に転生した経験がある為、ファンタジーな話を完全に否定できないのも事実だ。
「それで・・・アイはこれからどうするんだ?」
「ん?そりゃあフランシュシュでアイドルを続けるよ?」
当然と言わんばかりに間髪入れずにアイが答える。
俺はその反応を見て半ば確信した。
・・・やはりアイは、今のグループに思い入れがある。
最初はあの巽とかいう怪しい男に、何か弱みを握られてアイドルをさせられているのかと思っていた。奴は死人をゾンビにして蘇らせる力を持った男だ。アイに隠し子がいる事も把握してる可能性がある。
俺とルビーがアイの子供、という大きな爆弾の威力は未だ健在だ。公表すれば例え証拠があろうとなかろうと、俺達の芸能活動に弊害が出る。それをアイが許すとは思えない。
だがアイの態度には、いやいやアイドルをやらされてるようには見えなかった。
・・・確かめてみるか。
俺はアイにある提案をすることにした。
「なあアイ、俺と一緒に東京に帰らないか?」
「え?」
「ルビーはきっとゾンビになってもアイが本物だと認識できるはずだ。そうしたら俺とルビーで斎藤社長達も説得する。人間のように見せるメイクも・・・俺がなんとかする。一からの勉強にはなるが、何年かかろうと俺ができるようになる。アイにはその間、息苦しい思いをさせるかもしれないが・・・俺はまた、アイと暮らしたいと思ってる」
本心だった。俺がわかったのだから、重度のアイオタクであるあいつなら目の前のアイが本物だと気づくはずだ。ミヤコも説得する自信がある。メイクだって、死ぬ気で勉強すれば習得できるはずだ。
そして何より、アイとまた・・・一緒に家族として、ちゃんとした親子として暮らしたいと思っていた。
だがアイは悲しそうな顔をするだけだった。
「ごめんね、アクア・・・。まだ私は帰れない」
辛そうに、苦しそうに、アイが言葉を紡いでいく。
「私もアクアとルビーとまた一緒に暮らしたいよ。でも今はまだ駄目なの。今ね、私・・・アイドルがとっても楽しいんだ。B小町で活動してた時よりもずっと、フランシュシュの皆とのアイドル活動が楽しいの。皆全力で・・・それこそ死ぬ気でステージに立とうと頑張ってる。元アイドルの子も、そうじゃない子も。だから、ここでなら私、叶えられなかった夢も叶えられるんじゃないか、て思っちゃうんだ」
「・・・夢?」
「そ、夢。アイドルとしての夢。メンバー全員で心の底から笑ってステージに立つ夢。疎まれたり、嫌われたり、啀み合ったりせずに、皆が輝く夢のステージ!それこそアイドル、て感じがしない?」
アイの言ってる事は、とても現実的とはいえなかった。だがアイがB小町内で浮いてた事、メンバー間の不和があった事、今の俺は知っている。アイが他のメンバーの夢を踏み躙ってセンターを独占し輝いたからこそ、B小町は有名になり、伝説のアイドルになった事も。
そんなアイが、誰よりもアイドルの厳しい現実を見て来たアイが、心の底から叶えたいと言う夢。
応援してあげたいと思った。アイの味方でいてあげたいと思った。
だが脳裏に先程のミニライブの光景がよぎる。
およそアイらしからぬパフォーマンス。スター性とは程遠い、燻んだ輝き。俺とさりなちゃんが愛したアイドルに遠く及ばない。あんなものがアイの望んだアイドルだというのなら俺は・・・。
「それに私、アクアとルビーの事も諦めてないよ?」
「・・・どういう事だ?」
「せっかく生き返ったんだもの。生きてる間にできなかったこと、全部やりたいんだ。アイドルとしての幸せも星野アイとしての幸せも。全部、ぜーんぶ手に入れて!そしたらきっと、私も・・・」
そこでアイが口を閉ざす。
それまでの笑顔が嘘のように顔から消えた気がした。だがそれは一瞬で、いつものアイに戻る。
「・・・ううん、これはまだ内緒。とにかく!今はアイドルを続けたいの!フランシュシュの皆とね!」
その言葉に胸がざわめいた。俺の知っているアイとは別の、全く知らないアイを見た気がした。生きていた時ですらその本心がわからなかったアイが、また俺の知らない新たな笑顔を見せている。アイが遠くなってしまったような感覚。
心の中でどろりと、黒い何かが溢れ出した気がした。
その何かは喉元まで昇って来ると、まるで自分の口じゃないように言葉を喋っていた。
「・・・けど今のアイは・・・昔のようにアイドルとして輝いてるように思えない」
自然と口に出ていた。
はっとして、口を手で押さえるがもう遅い。アイには聞こえていたようで、俺の方をじっと見ていた。
「・・・アクアは今の私は嫌?」
「・・・」
アイの質問に答えられず、思わず目線を逸らして沈黙する。
もはや隠しようもなく、答えを言っているようなものだった。
「そっかぁ・・・」
アイも黙ってしまい、沈黙が場を支配する。
先程とは違って、気まずい空気が流れる。
・・・くそっ、俺は何をしているんだ・・・。
アイにまた会えて、嬉しかったはずなのに。
口から出るのは失言ばかり。
先程から感情のコントロールができない。まるで癇癪を抱えた子供だ。
普段の自分では考えられない、制御できない激情に俺は苛立ちを覚えることしかできなかった。
ppppppppppppp!!
そんな事を思っていると急にスマホの着信音が鳴り響いた。
「・・・」「・・・」
ずいぶん長く鳴っている。おそらくだがこれは犬走さんな気がする。すぐ戻るといったのに、全然来ないから心配になって・・・とかだろう。
「・・・出ていいよ?」
取るかどうか決めかねてるとアイから声を掛けてきた。
「・・・ああ」
俺はアイから離れると電話口を見る。そこには案の定、『犬走さん』と表示されていた。
「はい、もしも──」
「おいっアクア、おまえっ!今どこにいやがる!」
スマホから大音量で明らかに犬走さんとは別の声が流れる。
スピーカーにもしてないのにこの破壊力・・・。思わず耳からスマホを離す。
「・・・大古場か」
「お前な!すぐ戻るっつうから待ってたけんのに全然帰って来やがらねえで!お前の荷物があるせいで事務所も閉めらんないやろが!」
「すまない、急な雨に降られて雨宿りしていたんだ」
「何・・・?変な山道とか行ってないやけんな?さっきまでお前、圏外だったみたいで電話の呼び出し音すら鳴らなかったけんな」
スマホの電波を見る。アンテナは一本しか立っておらず、大古場の声も時折ノイズが走っていた。
地図アプリを起動して、現在地を確認する。ここはさっきの洋館からそんなに離れたところではないみたいだ。
「どうやら知らないうちに電波が悪いところに来てたみたいだ。一時間くらいで戻る。すまないがもう少しだけ事務所を開けておいてくれ」
「ちっ、早く戻るけんな!」
電話を切る。アイは窓の外を見ながら待っていた。
「お友達?ずいぶん仲良さそうだったけど」
「仕事相手だ。今日会ったばかりの頑固なおっさんだよ」
「そうだったんだ。監督と喋ってる時みたいな反応だったからお友達だと思った」
時計を見る。夜中と言っていい、だいぶ遅い時間だ。
この時間まで事務所を開けて待ってくれてるあたり、悪いやつではない、か。
「・・・すまない、今日はもう帰ることにする」
「うん、わかった」
アイに一言言って、玄関に向かう。
「・・・まだしばらくこっちにいるから。・・・さっきの提案、俺は本気だ。考えておいて欲しい」
俺はアイにそう言うと、顔も見ずに廃屋を出た。今アイの顔を見ると、また自分が何を言うかわからない。それが怖かった。
「・・・ばいばい、アクア」
アイの声が聞こえた気がした。
俺はそれを聞こえなかったふりをして外に出た。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
アクアと会って、車に轢かれた後、私は意識を失った訳じゃなかった。
ただ何かぶつかったなー、て事と何か身体が浮いてるなーくらいの感覚があって、その数秒後に地面に叩きつけられただけだ。
アクアが私を見て、驚きで目を見開いている。
そこでやっと理解した。
あ、これ私、車に轢かれたのか、て。
止まったトラックから扉が開く音が聞こえて、中から運転手が慌てて出てくる。
まあ人を轢いちゃったんだから、慌てるのは当たり前か。
私は全然大丈夫だよー、て言おうとしたけど声が出なかった。よくよく確かめてみるとぶつかった衝撃で舌が喉に詰まっていた。
あ、これじゃあ声出せないし、運転手の人に伝えられないか。
私はその場で上半身だけ起こして、運転手の人に大丈夫だとアピールしようとした。
だが、運転手は私の姿を見ると化け物でも見たかのように悲鳴をあげて、運転席に逃げるように戻った。
そしてエンジンをかけるとすぐにその場を走り去った。
あれ?どうしたんだろう?
ふと自分の身体を見てみると、本来胸がある位置に私の背中が見えた。どうやら首が折れて反対側を向いてるみたい。
あーこれじゃあ、逃げるのも仕方ないか。ん?この状態でピンピンしてるのをアクアに見られるのもまずいんじゃ・・・。幸いにも今アクアは走り去ったトラックの方を見てるし。今のうちに気絶したフリしておこう!私は首を無理矢理戻すと、その場に倒れた。
・・・
アクアは私の身体を調べた後、その場に倒れてしまった。
その尋常じゃない様子を見てすぐに私は飛び起きた。
呼吸は・・・しているみたい。この場に放置するのは流石に心配だし・・・どこか別のところで介抱しよう。確か近くに私達が住んでる洋館とは別の廃屋があったはず。
私はアクアを担ぐとそこまで移動し始めた。
・・・
しばらくすると雨が降ってきた。
傘を持ってない為、雨に濡れながら歩き続ける。
水に濡れた為、巽がしてくれたメイクが取れ始めた。
廃屋になんとか着いたものの、もう全身びしょ濡れで素肌の部分はゾンビの肌が見えていた。
うーん、どうしよう。このままだと私がゾンビだとバレちゃう。でもこの状態のアクアを放置するのもなー・・・。
私は廃屋の中を見渡す。
誰か置いてったのか、紙袋が目に入った。
よしっ、これ被っちゃえばゾンビだとバレないよね?
私は廃屋の中で見つけたタオルで水気を取ると、紙袋を被ってアクアが目を覚ますのを待った。
・・・
目を覚ましたアクアはここが夢だと思ったみたいで、ぽつぽつと語り始めた。
正直何を言ってるのかわからないところもあったけど、アクアが真剣だったので私は黙って聞く事にした。
本音を言えば、本当は私がアイ、て事はばらすつもりはなかった。
倒れたアクアを介抱して、目を覚ましたら適当に誤魔化して去るつもりだった。
でも・・・。
アクアはとても辛そうだった。とても苦しそうだった。ひたすら私に謝って、ただただ泣きながら後悔を口にしていた。正直、何を言っているのかわからないところもあったけど・・・。それでも私のことで苦しんでいる事はわかった。
私はそんなアクアが見ていられなかった。
「アクアは私に幸せになって欲しかったんだよね?」
「じゃあアクアも幸せにならないと駄目だよ」
「私の幸せにはアクアとルビー、二人が幸せになる事が入ってる。むしろ大前提。だから、アクアが勝手に死んじゃうのも駄目。私の復讐なんかをして、アクアが不幸になるならそれもやっちゃ駄目」
気がついたら自然と声を掛けていた。
そのせいでやっぱりアクアは私が本物のアイだとわかっちゃったけど・・・アクアは私がゾンビである事も受け入れてくれた。怖かったけど、勇気を出して伝えて良かった。
・・・
アクアの提案は正直とっても嬉しかった。
私の事をまだお母さんとして見てくれて、私がいなかった間もとっても想ってくれてた、て感じられて。思わず抱きしめてキスしたくなったのは内緒だ。
でも今の私にはフランシュシュがある。
アイドルとして、仲間と夢を叶えたい居場所がある。
アクアとルビーのお母さんとしてはダメダメだけど、中途半端に投げ出したくはなかった。
結局アクアには嫌われちゃったけど・・・。
アクアとルビーに嘘はつきたくなかった。
愛する事ができた相手に嘘をついてしまったら、きっと私は何が嘘で何が本当か永遠にわからなくなってしまうだろうから。
・・・
アクアを帰した後、私は誰にも見られないように洋館まで帰ってきた。
皆はもう寝静まってるみたい。
愛ちゃんと純子ちゃんは仲直りできたかな?
そもそもさくらちゃんは純子ちゃんを見つけられたのかな?
結局、探すのを任せきりにしちゃったし、悪いことしちゃったな。
洋館の中にある、洗面所に向かう。
鏡を見ると、見慣れた星を宿した瞳が目に入った。
鏡の中の星野アイが私を見つめている。
・・・アクアはとても苦しんでいた。
私が死んだことを自分のせいだと思って。
そんなことないのに。あれは私の嘘が積み重ねてできた罰のようなものだ。あの場で悪かったのは私だけだった。
でも、そんなこと
「・・・きっとアクアは言っても聞いてはくれないよね」
アクアはこのままだと復讐の道を進み続けるだろう。
例え私がゾンビになって蘇ってもアクアは止まらない。
なら・・・
「私がなんとかするしかない」
私を殺したのは、私のファンだったリョースケ君だ。でもリョースケ君はもう死んじゃったらしい。
それでもアクアは復讐をやめてない。
つまり真犯人がいる、て事だ。リョースケ君を利用して私にけしかけた真犯人が。
・・・そこまで考えば賢くない私でもわかる。
佐藤社長やミヤコさんを除いて、新しい引越し先を伝えていた、唯一の相手。
「・・・ふふ。久しぶりだなぁ、この気持ち」
沸々と湧き出る黒い感情。
鏡の中の私の瞳には、黒い星が煌々と暗い光を放っていた。
アイとアクアの絡み、書きたかったものの一つです。
アイの死を二度も見たのでアクアは原作よりも精神を病んでます。
情緒不安定なのはそのため。
最近推しの子原作周りで続々とアイの深掘りされていってて戦々恐々としてます。
今度発売される小説楽しみすぎる。
いつも感想、誤字の指摘、高評価ありがとうございます。
引き続き書いていきますので、読んで頂けると嬉しいです。