長いので前後編に分けます。
翌日、俺はアイのいる洋館まで来ていた。
目的はもちろん、アイとまた話す事だ。
ちなみに大古場達には昨日の雨で体調を崩したことにして、撮影の日程をずらしてもらった。
結局昨日は最後、アイと微妙な空気で終わってしまっている。
アイと再会できたことは嬉しかったが、つい感情のままに言葉を発してしまった。
アイがフランシュシュのアイドルとして、活動を続けたい事、本来なら応援するべきなのだろうが、心の中で認められない自分がいる。
このもやもやがなんなのか、まだ答えは出ていない。
・・・ポケットに入れておいた発信機が無くなっていた。つまり昨日のあれは現実だったと言うことだ。
思い出すとまた罪悪感に苛まれる。
アイにあんな顔、させるつもりはなかったのにな・・・。
アイともう一度話をする。
正直アイの選択は・・・受け入れられない。
ゾンビがアイドルになるだけでも難しい事だろうに。ましてやアイをセンターに固定せずに活動するなんて・・・。アイはセンターだからこそ輝くアイドルだ。バックダンサーにでもしたらメインのアイドルが喰われかねない。それがわかってないのだとしたら、フランシュシュのマネージャーはよっぽどの馬鹿だ。
それに・・・アイドルとして活動したければ新生B小町もある。メイクの件さえ何とかできれば、アイの名前を隠して活動しても問題ない・・・はずだ。
それに何より・・・ルビーにもアイと会わせてあげたいし、アイがいなかった間の話だって俺自身まだまだしたかった。
・・・最悪の場合、無理矢理にでも連れ帰る・・・か。
彼女の意思を尊重してやりたいが、巽とかいう怪しい男が何を考えてるかわからない。
アイをゾンビにして蘇らせた、ゾンビにしたアイドルで佐賀を救おうと騙る男。
どんな風貌かわからないが、警戒に越した事はない。
さて、門の前まで来たがどうやってアイと話すか。
門から洋館を覗く。アイが言うには見た目は廃墟だが、あれで電気に水道、ガスも通ってるらしい。
忍び込む・・・のは流石にリスクが高い。
前みたいに張り込むか?だが車で移動などされたら追いつけない。アイに渡した(取られた)発信機がまだこの洋館にアイがいると告げている以上、ここにいるのは確かなんだが・・・。
そうこう考えていると、洋館から誰か出て来た。俺は急いで電柱の陰に隠れる。
あの子は確か・・・アイと同じフランシュシュのメンバーの・・・。
銀色の髪、銀色の瞳、透き通る肌にどこかレトロな雰囲気・・・確か名前は・・・フランシュシュ四号だったか。
いや、彼女もゾンビだとしたら、過去に実在した人物の筈だ。
鏑木Pと話した記憶と、雨宮吾郎の記憶を手繰り寄せる。まだ子供の頃だが、確か昔テレビで観たことがある。名前は・・・紺野純子、だったはずだ。
彼女は音が出ないようにそっと門を出て周囲を確認した後、昨日と同じように海の方へと走って行った。
しばらく待ってみるが、誰かが追ってくる気配はない。前回と違い、静かに出て行ったところを見るに、今回は誰にも気づかれずに抜け出したのだろう。
これは・・・チャンスかもしれない。
ミニライブの後のチェキ会で彼女が黒髪のショートの子と言い争いをしていた。
それが原因で何かグループに不和が起きている可能性が高い。
アイを説得するにもフランシュシュの内情がわかった方が都合が良い。
彼女からうまいこと聞き出せれば・・・。
フランシュシュ四号が走って行った方を見る。
マップアプリを見る限り、あっちにあるのは海だけだ。
俺は彼女を追って走り出した。
・・・
海まで行くと砂浜に腰を下ろし、海を眺めている紺野純子を見つけた。
頭に白いつばの広い帽子を被っており、顔は見えない。ただ先ほど門を出ていく時と同じ服装だったので、彼女だとわかった。
色白な彼女が海を眺めている姿は傍目から見るととても絵になっていた。
・・・なるほど、昭和の時代に一世を風靡したのは伊達じゃないと言うことか。
物陰から観察しつつ、どう話しかけるか考える。
なるべく星野アクアとして接するのは避けたい。身体的特徴から、話を聞いたアイに悟られる可能性がある。できればアイには気づかれずにフランシュシュの内情が知りたいところだ。
やはりこれを使うしかないか・・・。
俺は懐に隠してきたアレを取り出すと頭に被った。
・・・・・・
・・・
私の名前は紺野純子。
今とは四十年以上も前、昭和の時代のアイドルだ。
巽さん曰く、私は一度死んでゾンビとして蘇ったらしい。
らしいと言うのは自分が死んだ事を明確に覚えてないからだ。
最期に私が見たのは佐賀に向かって飛ぶ飛行機に乗っていた記憶。おそらく飛行機が墜落して死んだのだと思う。私の継ぎ接ぎの身体がその証拠だ。きっと凄惨な死に方だったんだろう。
そんな私は今、西ノ浜海水浴場の浜辺にいる。
理由は明白でフランシュシュのメンバー、愛さんと喧嘩したからだ。
今後のアイドル活動の方針について、この時代のアイドルとしての在り方について、改めて私は皆さんとの間に壁を感じていた。
「私は・・・どうすれば良いんでしょう・・・」
自然と言葉が漏れる。だがそれは風にかき消された。
浜辺に腰掛けて、目を閉じる。
ああ・・・波の音が聞こえる。潮風の匂いもする。とても静かで心地良い。モヤモヤとした気持ちが晴れていくみたい。
チチチ・・・
鳥の鳴き声・・・カモメでしょうか?でも今の鳴き声はどちらかというとスズメ?
ピヨピヨ・・・
今度はヒヨコ?色んな鳥さんがいるんですね・・・。ふふ・・・私のこと、元気づけに来てくれたのかな?
気になってゆっくりと目を開くと
「ピヨピヨ・・・久しぶりピヨね、フランシュシュ四号くん」
視界いっぱいにひよこの被り物が飛び込んできた。
一瞬の思考停止。次の瞬間、
「きゃああああああああ!!!」
私は叫んでいた。
・・・
「ピヨピヨ・・・驚かせて悪かったね」
「い、いえ。私も急に大声を出してしまってすみません・・・」
目の前にいるひよこ頭が頭を下げるのに合わせて、私も慌てて頭を下げる。
確かこの人はドライブイン鳥のCMでご一緒した・・・
「えっと・・・ゆーちゅーばー?のぴえヨンさん、ですよね?どうしてこちらに・・・」
「実は佐賀で別の仕事が入ってね、急遽こっちに戻って来たんだよ。で、観光していたら偶然キミが走ってる姿を見かけてね、何やら思い詰めた顔をしていたから心配になって追いかけてきたんだ」
「そうだったんですね・・・」
砂浜にひよこの被り物をつけて立っている姿はだいぶ異様だ。
しかも何故か前回と違って今日は服を着ている。・・・いえ、私としては正直前よりは姿を見れるので助かるのですが・・・。
私は男の方が苦手だ。
生前、あまり男の方と接して来なかったのもあり、正面からだとまともに顔を見ることも出来ない。
更に以前のCM撮影で一緒になった時、この人?は半裸だった事もあり、特に苦手意識があった。
「その・・・心配をおかけしてすみません。ただ、その・・・私は大丈夫なので・・・」
視線を合わせられず、そそくさとこの場を離れようとする。
「まあ、待ちなよ」
だが先回りされてしまった。
うう・・・この人、前会った時はこんなにグイグイ来なかったと思うのですが・・・。
「ボク、実は昨日のミニライブの会場にいたんだよね」
「え・・・?」
思わず顔を上げる。ひよこの顔と目が合った。
そのつぶらな瞳からは嘘を言ってるように見えない。
でもあの時、ステージから見下ろした限り、ひよこの被り物をした人は居なかったと思いますが・・・。
まあ流石にこの見た目のインパクトを見逃す事はないと思いますし、きっとひよこの被り物を外して見てたのでしょう。
「キミ、今フランシュシュのメンバーとの間に悩みを抱えてるんじゃないかい?」
「・・・」
「言いたくなければ言わなくてもいいけど、悩み事なんてものは案外誰かに吐き出してみると解決策があっさり出てくる事もあると思うよ?」
被り物越しなのでどんな顔かはわからないが、その声色は本当に心配してくれてるように感じた。
・・・海に来たのも考えがまとまらないからですし、聞いてもらうだけでも・・・。
「そう・・・ですね、話すだけなら・・・」
私はぽつぽつと話し始めた。
・・・
「──なので私は、フランシュシュの皆さんとの、その・・・考え方の違いを思い知らされた気がして・・・」
「ふむふむ・・・アイドル、と言うのも大変なんだねぇ」
ゾンビな事、昭和の時代のアイドルだった事は伏せて事情を話す。
ぴえヨンさんはすごい丁寧に私の話を聞いてくれた。
この人は・・・悪い人じゃない気がします。
「つまり、キミ達が喧嘩した理由は活動内容なんだね?」
「はい、私はその・・・これまでずっと個人で活動してきたのであのちぇき会のような・・・は、破廉恥なイベントはちょっと・・・」
「うーん、ボクとしては写真を撮ってお話をするくらい普通だと思うけど・・・」
「私だって写真を撮られるのは気にしません!ただ・・・ファンの方と二人だけ、というのがいかがわしいと言っているのです!」
「そっかぁ・・・ツーショはいかがわしいかぁ・・・」
ぴえヨンさんが頭を捻っています。
もしかして私、変な事を言ってしまったのでしょうか?
「とりあえずそのコテコテの価値観は置いておいて・・・。他にも気になる点はあるかい?」
「こてこ・・・?そうですね・・・。実は今度のライブで新曲を披露するのですが、そこで私と愛さ・・・三号さんのソロパートがあるんです」
「ふむふむ」
「ただその分私達のパートはダンスも難しい振り付けが多くて・・・。その、恥ずかしながら私、ダンスがあまり得意ではなくて・・・」
「なるほど・・・ダンスか・・・」
ぴえヨンさんが何やら考えるような素振りを見せる。
「これは提案なんだけど、良かったらボクがダンスの指導をしてあげようか?」
「ぴえヨンさんが?」
「こう見えてもボク、昔はプロダンサーでね。ダンスの振り付けもやった事があるんだ。まあ仕事の合間に見るだけだから、練習に取れる時間は限られるけどね」
プロダンサー!すごい!この人の指導を受けたら私も上手く踊れるようになるかも・・・!
「是非お願いしたいです!・・・ですが、その、私お金とか持ってなくて、返せるものは何もないのですが・・・」
「ああ、それは気にしなくていいよ。あくまでこれはボクが善意でやってることだしね」
「そんな・・・貴重な時間を割いて指導してもらう訳ですし・・・」
「・・・まあどうしても、て言うならフランシュシュの話を聞かせてよ」
「皆さんのお話・・・ですか?」
「ああ。ボクはね、結構キミたちに期待してるのさ。将来的にキミたちとまた一緒に仕事できればとも思ってる。だからキミ達の事を知っておきたいのさ。これはその先行投資だと思えば安いものだよ」
すごい・・・先のことを見据えてお仕事をしているんだ・・・。
この人の事、見た目で判断してたけど実はすごい人なのかもしれない。
今は返せるものはないけれど、せめてこの期待に応えないと・・・!
「私が知る範囲で良ければ・・・お話しします」
「うん、それでいいよ。それじゃあ明日、同じくらいの時間に動きやすい格好でここに来てね。・・・言っておくけどボクは厳しいからね、覚悟しておいてよ?」
「・・・!はいっ!よろしくお願いします!コーチ!」
「コ!?・・・ま、まあキミがそう呼びたいならいいけどさ」
この人は信頼できる。
そう確信した私はコーチと別れて洋館へと戻った。
・・・・・・
・・・
翌日からぴえヨンコーチによる特訓が始まった。
「まずは砂浜を全力ダッシュで十周!」
「はいっ、コーチ!」
「続いて同じコースを兎跳びで十周!」
「はいっ、コーチ!」
「そしたら休まずにダンスレッスン!疲れた時も同じパフォーマンスを維持できるのが大切なんだ!」
「・・・ッ!はいっ・・・!コーチ!!」
・・・
「良いキックは良い足腰から!スクワット百回!その後、ハイキック百回!」
「は、はいっ!コーチ!」
「違う!もっと足を上げる!もっと殺意を込めて!」
「はいっ!コーチ!」
・・・
「さて、キミが苦戦しているパートだけど、一個ずつバラして考えてみようか」
「バラす・・・ですか?」
「そう。一つの動きとして考えると覚えるのが難しいから、バラバラに分けて練習して覚えるのさ。これなら簡単だろう?」
「あ、ほんとだ・・・こうなってたんですね・・・。これなら私でもできそうです!」
「よし、さあ後は身体で覚えるまで反復練習ピヨ!」
・・・・・・
・・・
それから毎日、ぴえヨンコーチと練習を続けました。
たまに夕方からになったり、朝早くからだったり、時間がズレる事はありましたが、毎日練習に付き合ってくれました。忙しい中、時間をとって来てくれたと思うと感謝しかありません。
そんなある日。
「ふぅ・・・少し休憩しようか。何か飲むかい?」
「あ、そんな・・・指導して頂いてるのに飲み物まで貰うわけには・・・」
「気にしない、気にしない。今日は気温が高いからね。熱中症で倒れられても困るから、ボクの為だと思って奢られてよ」
「あ、ありがとうございます。・・・じゃ、じゃあ・・・」
コーチに買ってもらったミネラルウォーターを飲みつつ、砂浜に腰掛ける。
火照った身体に潮風があたって気持ち良い・・・まあ、実際はゾンビなのでこの熱もあるように感じてるだけなのでしょうが。
「さて、昨日の話の続きを聞こうか。確か、メンバーのア・・・七号とアイドル活動の方針について、ステージの上でどっちが多くファンを集められるか勝負したところだったっけか」
よく休憩のタイミングでコーチとフランシュシュの皆さんの事について、話をするようになりました。
ぴえヨンさんの言ってた報酬、なのでしょうが、私も皆さんの事を話すのは嫌いじゃないのでこの時間は結構楽しかったりします。
「そうでしたね。・・・結局、ステージが始まると七号さんの独壇場で私達は蚊帳の外でした」
「・・・」
「ですが・・・ふふっ。あ、すみません、ええと・・・信じられないと思うので説明は省くのですが、急にライブ中に一号さんが光り出しまして」
「光り出す?何かの比喩ピヨ?」
「いえ、実際に身体から光を発しまして、ステージ中を照らしたんです」
「・・・うーん、よくわからないっピヨね・・・」
「あはは・・・。まあ、とにかく光った結果、七号さんが笑い出しまして」
「笑い出す?ステージの上で?それは笑顔になった、てコト?」
「いえ、そのままの意味です。声を上げて笑っちゃったんです。結局、勝負は一号さんの光で有耶無耶になったのですが、その後、七号さんは引きこもってしまいまして・・・」
「・・・」
「で、しばらく経って出て来たのですが、急にらっぷを歌い始めたんです」
「・・・ラップを?なんで?」
「はい、ふふっ・・・意味がわからないですよね。私も意味がわからなかったです。でも、そのらっぷには七号さんの、本心が込められてました。私も皆さんもそれに心を打たれて・・・改めて私たちは仲間になって、フランシュシュとして歩き始めたんです」
「・・・随分インパクトのあるエピソードばかりあるんだねぇ・・・」
よく考えると私達が経験してきた事は確かに信じ難いものばかりだ。
不思議です。まだ数ヶ月しか経ってないのに何年も一緒にいる、そんな気がしてきます。
「私達のグループにはフランシュシュに来る前にアイドルとして活動していた方が私を除いて二人いるのですが、どちらも同じアイドルとしてとても尊敬できる方です。ダンスや歌一つとっても何度も練習した努力が垣間見えます」
「へぇ、それはキミが口論していた黒髪ショートの子と・・・黒髪ロングの子かな?ミニライブでダンス、上手かったし」
「はい、その二人です。お二人に比べてその・・・少し私はアイドル観が古いので、これまでも理解はしても本当は納得ができない事もありました。その度にそういうものなんだな、て自分を納得させた気になってました」
「・・・」
「ただそれでもどうしても譲れないものもあります。アイドルはステージの上からファンを魅了するもの、至らぬ点をファンに媚びて許容してもらうなんてありえません」
「努力も練習も人一倍して当たり前。厳しい練習の末に、皆さんの前に立つことで初めてアイドルとして認められる世界。アイドルは誰でもなれるものじゃない」
「アイドルはファンの皆さんの夢を叶える仕事。かつて私が憧れたアイドルのように、私も憧れる存在になりたい・・・それが私のアイドルとしての矜持なんです」
そこまで言ってぴえヨンさんが途中からずっと無言だった事に気づく。
も、もしかして私、一人でずっと喋ってたのでしょうか・・・!は、恥ずかしい・・・!
「はっ・・・!す、すみません!つい、語ってしまいました・・・。つまらないですよねこんな話・・・」
「いや、キミのアイドルに対する想いが感じられたよ。キミは本当にアイドルが好きなんだね」
「コーチ・・・」
「ただキミの意見を聞いたうえで、ボクの意見も述べさせてもらうよ」
「え?」
ぴえヨンコーチがまっすぐこちらを見て話し出す。
何故かコーチの雰囲気が変わった気がした。
「確かにアイドルは皆の憧れの存在だ。きっと世の中にはアイドルを夢見ている人が溢れている。そんな皆が憧れるアイドルになりたい、というのはとても素晴らしい考えだと思う」
「アイドルは誰でもなれる世界じゃない・・・か。確かにそうかもしれない。けどね、中にはスタートラインに立つことすらできない人もいる。例えば家庭が裕福でなく、働かなければならない人、例えば・・・不治の病を患っていて、まともに動くことすらできない人、その人達にキミはアイドルは限られた人間しかなれないから夢を追うな、と言えるかい?」
「そ、それは・・・」
「皆が憧れるアイドルになりたいのならね、自分からファンに歩み寄るのも大切だと思う。キミが譲れないラインを少しでいいから譲歩できるようになれば、キミの目指すアイドルにより近づけると思うよ」
「・・・」
ファンに歩み寄る・・・私にできるでしょうか。
アイドルは孤高で気高いもの。常にファンの皆さんの憧れであり続けるもの。
ですがファンの求めるアイドル像が昔と違うと言うのなら私は・・・
「・・・まあでもいきなり、自分を変えるのは難しいよね。そんな時はキャラを作ってみるといいよ」
「きゃら・・・ですか?」
「アイドルはキャラを作ってなんぼの仕事だからね。天然系、お馬鹿系、不思議系、クール系・・・アイドルの数だけキャラは存在すると言っていいくらいさ」
???
あまり聞き覚えのない単語ばかり・・・。今の時代はそういうアイドルが流行ってるのでしょうか?
あ!もしかして!
「ええっと、よくわからないのですが、キャッチフレーズのようなものでしょうか?『まだ誰のものでもありません』とか『一億人のクラスメート』とか」
「ああ・・・そういえば昔のアイドルてデビューの時に変なキャッチフレーズが毎回あったね・・・あれ、なんだったんだろうね・・・」
どうやら違うらしい。でも確かに、アイさん達もつけてないみたいですし、今のアイドルにはないのでしょうか?
「まあ、キャッチフレーズは置いておいて・・・。事前に決めた設定の役を演じる、て感じかな?キミの場合、昭和系アイドルとかどうだい?」
「昭和系・・・アイドルですか?」
「そう、あえて今の時代に昭和系アイドルを名乗る。そうすればチェキを撮らなくてもキャラだからと言い張れるし、したくないファンサービスはしなくていい。自分は硬派なアイドルだとアピールするのさ」
昭和系アイドル・・・確かに、私は実際に昭和の時代に生きたアイドルなのですから、できるかもしれません。
「それにもう一つ、キャラを演じる事で自分を守ることもできるんだ」
「自分を守る・・・」
「今の時代、情報端末の普及によって誰もが情報発信できるようになった。その結果アイドルはプライベートを隠し辛くなり、スキャンダルの報道も増えた」
「芸能人のスキャンダルはね、関係ない人からすると格好の娯楽なのさ。一度スキャンダルをすっぱ抜かれたアイドルは、容赦なく叩かれる。それこそ、叩かれた本人が死んでもいいくらいにね」
スキャンダル・・・。
私の生きた時代ではスキャンダルと言えば熱愛報道でしたが、周りには私の知る限りアイドルなのに恋人がいる、なんて話は聞いた事もありませんでした。
今考えると、実はみなさんうまく隠していたのでしょうか?
「でもキャラを作っていれば、過激な発言をしてもある程度は許される。この子はこういうキャラだからこんな発言をしても仕方ない・・・みたいにね」
「それにいざ炎上しても自分の逃げ道にできる。最終的に自分の心を守れるのは自分だけだからね。この考え方、芸能界では大事よ」
「・・・」
巽さんの目的はフランシュシュが有名になって佐賀を救う事・・・らしいですが、私達・・・少なくとも愛さんは違う気がします。
もう一度あの舞台に・・・、トップアイドルになって世界中のファンの前でコンサートをする、ここはその為の通過点に過ぎないと、普段からひしひしと伝わってきます。
いずれは佐賀に留まらず、上京したりもするでしょう。そうなれば私達は再び芸能界に足を踏み入れる事になる。
その時、私は・・・昭和のアイドルとしての矜持を守れるのでしょうか・・・。
「まあ、自分を守る云々はまだご当地アイドルのキミ達には関係ないかもしれないけどね。あまり深く考えないでもいいピヨ」
そういうとさっきまでの雰囲気がなくなっていて、いつものコーチに戻っていた。
「ちょっと話が長くなっちゃったね。少しストレッチして今日はもうお開きにしようか」
コーチが砂を払って立ち上がると私に背を向ける。
海を黙って見つめるその背中には、どことなく哀愁が漂っていた。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
アクアと再会してから二週間が過ぎた。
この二週間でいろいろな事が起きた。
純子ちゃんは洋館の離れにある別館にずっと立て籠っている。毎日さくらちゃん達が説得しにいってるけど、バリケードまで作られていて、中までは入れてないみたい。
愛ちゃんもレッスン室に閉じ籠って、ずっと練習してる。この前なんてレッスンのし過ぎで急に両手足が嫌な音を立てながら取れてた。見慣れてる私達だから良かったけど、普通ならトラウマものだ。
あれからずっと、私の中でアクアの言った言葉が反響している。
『・・・けど今のアイは・・・昔のようにアイドルとして輝いているようには思えない』
「正直効いたなぁ・・・」
アクアからの明確な拒絶。多分百万人のファンに同じ事言われるよりきつい。昨晩は思い出して少し泣いたし。
でもそれもしょうがないか・・・。アクアからしたら私は、せっかく生き返ったのにアクアとルビーよりもアイドルを取ったように見えただろうし。
私自身よくわかってる。今のままじゃダメだって。
この前のミニライブはいつもと違うパフォーマンスを試してみた。でも、あの時見ていたアクアにそれは刺さらなかった。他のファンからもなんか変だったー、てチェキ会の時に言われたし・・・。
つまり、私のやり方が根本的に間違ってるんだ。私の知ってるアイドルのしてのやり方ではなく、全く別の魅せ方が必要なんだ。
・・・でもその何かがわからないんだよねー。
「ちょっとアイ!あんた、真面目にやる気あんの!?」
愛ちゃんの声で現実に戻ってくる。
周囲には純子ちゃん以外のフランシュシュのメンバー。そして、愛ちゃんがその少し前で私を睨んでいた。
そうだった。今は皆と練習してたんだった。
「ごめんねー、ちょっと気が抜けてたみたい」
「・・・最悪の場合はあんたに純子の抜けた穴を埋めてもらう事になる。このフォーメーションもしっかり覚えて」
その言葉にさくらちゃん達がまた暗い顔になる。
うーん、皆が心配してるような事にはならないと思うんだけどなー。
壁に掛けられた時計を見る。・・・そろそろいい頃合いかな。
「気分転換に顔洗ってくるね。皆は続けててー」
そういうと私は皆の返事を聞かずに部屋を出た。
「あっ、ちょっと!アイ!」
・・・・・・
・・・
練習を抜け出した私は巽の部屋にいた。
いつも通り、扉に鍵はかかっていない。相変わらず不用心だなー・・・まあ不用心が原因で死んだ私が言える事じゃないけど。
この時間、巽が仕事で外出するのは事前に聞いていた。
どうしてもパソコンで調べたい事があった私は、このチャンスを狙って練習を抜け出したのだった。
・・・決して、今の空気の悪いフランシュシュの練習がサボりたかった訳じゃない。
慣れた手つきで、パソコンの電源をつける。
「さーて、と・・・」
私はインターネットを開くと検索窓にある人の名前を入力して検索し始めた。
・・・
「んー・・・こんなもんかなー?」
一通り調べ終えた私は、最後に検索結果で出た住所と連絡先を忘れないように目に焼き付ける。
流石にメモを取るのはリスクが高い。これだけはフランシュシュの皆にも知られるわけにはいかないし。
「これでよし、と」
最後に検索履歴を消した私はパソコンの電源を落とそうとする。
しかし、ふとニュースサイトの端に掲載されていた記事が目に入った。
「アイアンフリル・・・伝説のセンター、水野愛特集・・・」
それは愛ちゃんの記事だった。
【アイドルグループ、『アイアンフリル』の伝説のセンター、若くして亡くなった水野愛(16)の生涯に迫る・・・】
どうやら記事の全文を読むにはクリックしないといけないらしい。
部屋に掛けられている時計を見る。
時刻を見る限り、巽が戻ってくるのはまだ先だ。
私は興味本位でその記事を開いた。
中身は愛ちゃんの生涯について、簡単にまとめられた伝表とアイドル活動の詳細が載っていた。
ご丁寧に各ライブで歌った曲が収録されたCDの広告まで載っている。この記事を書いた人はよっぽどの愛ちゃんのファンだったんだろう。
「おっ、動画まである」
動画のタイトルは『アイアンフリル、伝説の悲劇からの躍進に迫る!』だった。どうやらドキュメンタリー番組のようだ。
・・・ドキュメンタリーか、懐かしいなー。結局私達(B小町)のはお蔵入りしちゃったみたいだし。監督には悪いことしちゃったな。
動画を再生してみる。
・・・結構長いなー、飛ばし飛ばしで見よっと。
シークバーを先へと動かしてみる。ちょうどアイアンフリルの昔のライブ映像が流れ始めた。
あっ、愛ちゃんみっけ。そういえば愛ちゃんの昔のグループのライブを見るのは初めてかも?
画面の中では愛ちゃん達アイアンフリルがパフォーマンスを行っていた。
「すごい・・・」
ダンスのクオリティも高いけど、何よりメンバー同士が息ぴったり・・・、まるで一つの生き物みたい・・・。
特に愛ちゃんは周りをよく見ていて、メンバーがミスをしても観客に気づかれないようにうまくフォローしていた。
多分、ステージに立った事がある人じゃないとわからないくらい、自然な振る舞い。
これなら、愛ちゃんがフォローしているのも観客は誰も気づかないだろうなー。
曲が終わり、最後のポーズを取る。
同時に会場から割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
場面が切り替わり、各メンバーが挨拶をしていく。どうやら最後の曲だったらしい。また来てね、とか今日はありがとう、等と言ってメンバーが順番にはけていく。
最後に残った愛ちゃんはマイクを受け取ると、何言か感想と感謝を述べた後、
『「次は佐賀で会いましょう!」』
そう言ってステージから降りていった。
そこから、当時のファンのインタビューへと場面が切り替わる。
『「アイアンフリルはメンバー同士の連携が取れていて見応えがあるんです」』
『「センターの愛ちゃんのファンです!かっこいいし、可愛いし!私の憧れなんです!」』
『「水野愛、いいですよね。周りのメンバーを引っ張っていく頑張ってる姿にいつも勇気づけられます。これからも推していきますよ」』
やっぱり愛ちゃんはすごい。
自分だけではなく、ユニットのメンバーと一緒にこんなにたくさんのファンから愛されてる。ステージの上で周りのフォローもしつつ、自分のパフォーマンスの質も落とさない。
明らかに私とは違うアイドルとしての魅力。
まさしく、今の私がなりたいアイドルとして、これ以上のお手本はなかった。
「なるほどー・・・こうすればいいのかぁ」
頭の中で見たばかりの愛ちゃんの動きを再現する。
うん、もう少し詰めてけば私でもできそう。
「・・・覚えちゃったぞー」
誰に聞かれるまでもなく、声に出して確信する。
これで私はまた一歩、夢の実現へと近づいた。
動画を見て改めて気づいた。私、アクアに何を言われようとフランシュシュの皆との夢を諦められないんだ。
結局私は欲張りなアイドルだった。
さて、私のやるべき事は決まった。・・・アクアにわかってもらえないなら、アクアを納得させられるだけの私に成るまでだ。
そんな事を考えてるとインタビューが終わり、また場面が切り替わった。
画面は暗転していて、テロップのみ流れている。
『順調にファンを増やしていたアイアンフリル、しかし、突如としてユニットの今後を揺るがす大事件が起きる──』
そこで私はピンときた。
これ、きっと愛ちゃんが亡くなったことだ──。
そういえば私は愛ちゃんの死んだ原因を知らない。確か前に聞いた時ははぐらかされたんだっけ。
あれ以降聞くタイミングがなかなか無くて、聞けてなかった。
これまで愛ちゃんはこの話題を避けてるように見えた。一瞬、愛ちゃんに後ろめたさを感じて動画を一時停止する。
「・・・純子ちゃんとの仲直りについて、何か使えるかもしれないし継続継続〜」
私は自分にそう言い訳をすると動画を再生した。
場面が切り替わり、『アイアンフリルのセンター、水野愛の突然の死』とナレーションが流れると同時に新聞や情報誌の切り抜きがアップで表示された。
「え・・・?」
『水野愛(16)、全国ツアー中に落雷に遭い、死亡』
そう書かれていた。
記事を読む限り、佐賀での野外ライブ中に雷が愛ちゃんに落ちて死んだ、ということみたい。
想像しただけで震える。確かにこの通りなら、愛ちゃんは間違いなく歴史に残る伝説のアイドルだろう。人気絶頂のアイドルが雷に打たれて亡くなる。刺されて死んだ私よりもよっぽど印象に残る死に方だ。亡くなった本人からしたらたまったものじゃないかもしれないけど。
動画は愛ちゃんの死については深く触れず、今活躍しているアイアンフリルのメンバーへのインタビューへと変わっていた。
そして、最後に『心半ばにして、倒れた伝説のセンター、水野愛。彼女の意志は、今もアイアンフリルに受け継がれている』とナレーションが流れ、動画は終わった。
私は検索履歴を消すと、パソコンの電源を落とす。
・・・そっか、愛ちゃんがゾンビになってもアイドルを続けるのはきっと・・・。
なんとなく、愛ちゃんのアイドルに対するこだわりがわかった気がした。
「・・・よしっ!」
私は巽の部屋を飛び出すと、レッスン室へと走り出した。
・・・・・・
・・・
レッスン室で私は一人、新曲のダンスの練習をしていた。
今ここには私しかいない。他の皆は純子をもう一度説得してみると言って、離れに向かった。
「もう一度・・・通しでやってみるか・・・」
誰に聞かせるまでもなく呟く。
いつも全員でやっていたダンスレッスン。だが今は私しかいない為、レッスン室がやけに広く感じる。
「・・・らしくないわね」
生前から人一倍、練習してきた。レッスン室に一人で残るのなんてザラだし、誰よりも早くいるのもよくあることだった。
努力は自分を裏切らない。例え努力した末に本番で失敗しても、後悔しても、それを踏み越えた先にこそ、誰にも負けない自分がある。私の信条だ。
「・・・よし」
私はもう一度通しでやる為、曲を流そうとラジカセに手を伸ばす。
「やっほー、ただいまー」
だがそれは聞き馴染んだ声に中断された。
扉を開けて誰かがレッスン室に入ってくる。
誰がきたかすぐにわかっていたが、あえてゆっくりと時間をかけて声の主を見た。
「・・・随分と長い休憩だったわね、今日はサボりかと思ったわ」
星野アイが扉の前に立っていた。
長い髪はレッスンの邪魔になるからか、ゴムで一つにまとめられている。
いつ見ても不思議と目を惹かれる星の瞳が私を見つめていた。
「あれ?皆はいないんだ」
「・・・純子を説得するとかで離れに向かったわ。何回やってもあの子が意見を変えるとは思えないけど」
純子の才能は誰よりも私が認めている。
だけど今の時代、昭和と同じやり方じゃアイドルを続けるのは難しい。
あの子が考え方を変えられないのなら、最悪切り捨てるしか──。
「そっか、まあちょうどいいかも」
「・・・? 一体何の・・・」
「ねえ、愛ちゃん。次の佐賀ロック、野外ライブだけど大丈夫?」
一瞬、背筋が凍った気がした。
脳裏に先日見た雷雨が蘇る。同時に止まっているはずの心臓が激しく動いた気がした。
「・・・誰から聞いたの?サキ・・・ううん、サキは言わないでしょうから巽かしら?」
「ハズレー。パソコンで別のこと調べてたら偶然アイちゃんの記事を見たんだー」
アイは扉の前から動こうとしない。
ただ私を見つめたまま、私が先ほどの問いに答えるのを待っている。
・・・このままじゃ埒が明かない。
私は観念して、口を開いた。
「・・・確かに、私の死因はライブ中のステージ上での落雷。次の佐賀ロックが野外でやること、それと当日の天気が雷雨の可能性があること、全部知ってる。けど、それは私がステージに立たない理由にはならない」
アイの視線をまっすぐ睨み返す。
けどアイはあっさりと視線を外すと、こちらに向かってゆっくりと歩きながら口を開いた。
「愛ちゃんは自分が死んだ時のこと覚えてる?」
「・・・覚えてる訳ないじゃない。私は落雷で死んだのよ?・・・即死に決まってる」
私は自分が死んだ時の記憶が曖昧だ。
落雷で死んだ、ていうのもゾンビになってしばらくしてから知ったくらいだ。
「私は覚えてる」
アイの死因はストーカーによる刺殺だった。
きっと死ぬまでが一瞬だった私よりも恐ろしかったはずだ。
なのに、アイがファンとの交流で怖がっている姿は見た覚えがない。
ゆっくりと、その時の事を思い出すかのようにアイが話しだした。
「ドアを開けたら彼がいてね、お腹が熱いと思ったら包丁が刺さっていたの。そしたらゆっくりと痛みを感じてきて、力が抜けていくの。で、だんだん目が開けてられなくなって・・・」
「そんな事を言いに私の元に来たの?」
耐えられなくなってつい口を挟む。他人の死の間際なんて、好き好んで聴きたいわけがない。
「えーとね?つまり死んじゃうことは本来一回しかなくて、一回体験したらそこで終わりでしょ?でも私達は死んだけどゾンビになって今もここにいる。きっとこんな事、滅多に経験できることじゃないよ?」
ゆっくりと、言葉を選ぶように話し始める。
まるで言いたいことをうまくまとめられないから、自分でもわからずに探り探り話す感じ。
「何が言いたいわけ?」
「うーん、もったいなくない?せっかく生き返ったのにまた死ぬ事に怯えるの」
アイは生前テレビによく出ていて、インタビューの際や急に話を振られた時もいつもスラスラと答えていた。
事前に話す事を決めていて、それをたくさんの人の前で澱みなく披露できる胆力。
バラエティでの無茶振りにも自身の経験を利用して、そつなくこなす適応力。
実際、アイは現場でのリテイクが少ないタレントとしても有名だった。
そんなアイが、私の目の前で悩みながら言葉を絞り出してる姿に違和感を覚えながらアイの言いたい事を考える。
「・・・要するに死因なんかに負けるな、てこと?」
「そうそれー!」
「・・・なんでそんな回りくどい言い方しか出来ないのよ・・・」
「仕方ないでしょー!私、メンバーへの励ましの言葉なんてちゃんと考えた事なかったんだからさー」
ぶーぶーと唇を尖らせて文句を言う。
嘘だ。アイは生前もユニットで活動していた。
メンバー間でのやり取りの中には不安な仲間を励ます事だってあったはずだ。
・・・いや、アイは私の知る限り、アイドルとして完璧だった。
きっと不安な子に掛ける言葉なんて、いくらでも用意してるはずだ。ただそれを言えばいいだけのはずなのにあえて言わなかった。
なら今の、不器用な励ましの言葉は・・・アイが私だけの為に考えてくれた・・・
「・・・!!」
瞬間、顔が熱くなった気がした。
それは・・・ずるい。・・・推しからのファンサとして、今の言葉以上のものはないでしょ・・・!!
「あんたって、ホントずるいわね・・・」
「えー?せっかく頑張って慣れない事したのにー!」
「・・・でもおかげでちょっと元気出た。・・・ありがとう」
正面から顔を見ることができずにそっぽを向いてお礼を言う。
アイは満面の笑みで返してくれた。
「とにかく!佐賀ロック当日まで時間がないのは事実だし!そろそろさくら達も戻ってくるでしょうから練習再開するわよ!」
「お、いつもの調子出てきたねー!はーい、よろしくお願いしまーす!」
陽気な返事を聞きつつ、曲を流す。
まだまだ問題はあるけれど、少し心が軽くなった気がした。
「・・・ところであんた、純子の事、あんまり気にしてないみたいだけどいいの?正直私より、あの子の方が大変だと思うんだけど・・・」
「純子ちゃん?大丈夫、大丈夫。むしろなんで皆が気にしてるのかわからないくらいだよ」
「どういうこと?」
「うーんと、純子ちゃんはね?───」
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「それじゃあ今日はここまでにしようか、明日も同じ時間にここに集合で」
「はい、今日もありがとうございました、コーチ!」
「うん、お疲れ様」
そう言って、フランシュシュ四号と別れて砂浜から離れる。
十分距離を取ったところで、物陰に隠れてマスクを外した。
「ふぅ・・・」
しかしこのマスク、本物が使っているものと同じなだけあって通気性抜群だな。
これをつけたままで全力ダッシュやダンスをしてもそこまで息苦しくならないし。
ダンスのレッスンをつけ始めて二週間、フランシュシュ四号のダンスのクオリティはメキメキと成長している。
俺はプロダンサーじゃないが、ルビー達を指導した時に、ぴえヨンからダンスについてある程度知識を学んでいる。
咄嗟に提案した事だが、今回はそれが功を奏した。
それにしてもぴえヨンには悪い事をしたな・・・。
勝手にマスクと名前を借りてしまったし、今度また動画編集を手伝うか・・・。
しかし、よく考えれば別にフランシュシュの内情を探るだけなら、ダンスの特訓まで付き合わなくても良かったな・・・。
結果的にアイのアイドル活動を手伝ってる事にもなるし・・・。
「はぁ・・・何やってるんだ俺は・・・」
ため息をつきつつ、四号から聞いた話を思い出す。
アイは思ってたより真面目にアイドル活動をしていた。
他のメンバーと足並みを揃えて、地道にファンを増やす。元トップスターとは思えないくらいだ。
「しかし・・・フランシュシュ四号、いや紺野純子だったか。なんで芸能人、てのは負けず嫌いのが多いんだ・・・」
彼女は真面目だが危なっかしい。どことなく初めて会った頃のあかねに似てる気がする。さっきもついアドバイスをしてしまった。
あの手のタイプは一歩間違えば簡単に折れてしまう。またあかねの時のような事になるのはごめんだ。今回のアドバイスが役に立てばいいんだが・・・。
そして気になることが一つ。
彼女らがゾンビになってもアイドルを続ける理由だ。
アイだけがアイドルを続けるのではなく、メンバー全員が自分の意志でアイドル活動を行っている。
死んでもアイドルを諦められない理由。フランシュシュ四号と話して、俺はそれが気になるようになっていた。
「けど流石に直接尋ねるわけにはいかないしな・・・」
彼女らがゾンビであることは気づいてないフリをしている。
アイの関係者であることを知られるのは避けたい。
「佐賀ロックまであと三日・・・か」
フランシュシュ四号のダンスはそれまでに間に合うだろう。
むしろメンバーに戻れるのか、そっちの方が心配だ。
儚げな見た目に反して、意外と頑固なやつだからな・・・。昭和の時代てあんなやつばかりなのか?
そんな事を考えているとプライベート用のスマホのバイブレーションが鳴った。
通知を見るとそこには慣れ親しんだ双子の妹の名前。だいたいルビーからの電話は愚痴であることが多い。正直特訓に付き合って疲れているし、出たくはないが・・・。
しばらく放置するも、バイブレーションが止まる気配は無い。俺は諦めて電話を取った。
「もしもし」
「あっ!やっと出た!ちょっと、お兄ちゃん!今どこ!?」
思わず耳からスマホを離す。どうして俺に電話してくる奴は大音量で話すやつばかりなんだ。
「どこ、て・・・まだ撮影の仕事で佐賀だが」
「佐賀のどこ!?・・・ていうか何でアヒル声?」
しまった。さっきまでぴえヨンになっていたからつい同じ声で答えてしまった。
「いや、さっきまでサガジンの人に頼まれてぴえヨンの物真似をさせられててな・・・」
「あー・・・お兄ちゃん、ぴえヨンの物真似得意だもんねー。・・・て、それはどうでもいいよ!サガジンの人と一緒、てことはまだスタジオ?」
「いや、今から宿に戻るつもりだが・・・。待て、何でそんな事を聞く?」
「ふっふっふ・・・。お兄ちゃんに問題です。私は今どこにいるでしょーか?」
「どこ、て・・・まさか・・・」
猛烈に嫌な予感がする。
俺は疲れた身体を引きずって下宿先であるホテルへと歩き出した。
・・・
俺が宿に戻ると俺の部屋で見知った顔がくつろいでいた。
「お疲れ。遅いわよー」
「お邪魔してるよアクたーん」
有馬かなとMEMちょ。どちらもルビーと同じアイドル、B小町のメンバーだ。その二人が俺が借りたホテルの部屋のベッドで堂々と寛いでいた。
「何でお前らがここにいるんだ・・・」
「そりゃあ、もちろん仕事に決まってるでしょ」
「私達、あのサガンシップの久中製薬とタイアップしてるんだよー?佐賀でのお仕事に呼ばれるなんて変じゃないよねー?」
そうだった。B小町は佐賀の製薬会社、久中製薬と先日タイアップしたんだった。
「あ!お兄ちゃん戻ってきてる!もー何でこんな狭い部屋なのさー!」
外にいたのか、ルビーが部屋に入って早速悪態をついてくる。
こいつならミヤコから俺の宿泊先を聞き出す事もできるだろう。
「俺一人で泊まる部屋だから狭いのは当たり前だ。そもそもどうやって部屋に入ったんだ・・・」
「え?ホテルの人にこの顔に見覚えありませんかー?て言ったら普通に通してくれたし、カードキーもくれたよ?」
自分の顔を指差して当たり前のように言うルビー。
いや、いくら双子だからって勝手に通すなよ。どうなってるんだ、ここのセキュリティは。
「はぁ・・・わかった。どうせ俺へのイタズラで部屋にいたんだろ。もう済んだんだからさっさと出てけ」
「ひどーい!私達、今日佐賀に着いたんだよー!もう少し労ってよー!」
「そうだー、そうだー、うら若き美少女が三人も男子の部屋にいるんだぞー!少しは面白いリアクションしなさいよー!」
「そうだー!うら若き美少・・・じょ・・・が・・・。ガハッ!自分で言って自分にダメージがっ!」
「め、MEMちょー!」
自爆したMEMちょをルビーが介抱している。
駄目だ、こいつらのコントに付き合ってたら身が保たない。
「はぁ・・・わかった。勝手にしろ、俺は別の部屋を借りる」
「ふふーん、あんた、そんな事あたし達に言っていいの?」
有馬がニヤニヤしながら言ってくる。
こいつがこんな笑い方をする時は大抵、俺に悪いことが起きる時だ。
俺はうんざりした顔で有馬に向き直った。
「・・・一体何があるんだ?」
「あたし達は暇つぶしにここに来ただけ。ほら、今日の主役のご登場よ」
有馬が俺の後ろを指差す。
誰かいるのか?ルビーはMEMちょの介抱で部屋の中にいるが・・・。
疑問を持ちながら振り向くとそこには笑顔のミヤコが立っていた。
心なしか妙な気迫を感じる。この顔は知っている。大抵ルビーがやらかして叱る時に見せる顔だ。
その笑顔が俺に向いている。
・・・何かやったか?いや、心当たりが無いこともないが・・・。
「・・・アクア。ホテルの人から聞いたのだけど、全然この部屋で寝泊まりしてないのですって?」
・・・めちゃくちゃ心当たりあった・・・。
「私、あなたが雑誌のモデルの撮影の仕事で佐賀にいる間、このホテルを利用する、て聞いたのだけど実際はどこにいたのかしら?そしてそれは誰かに報告しているのかしら?」
「・・・いや、撮影が長引いてスタジオとかに寝泊まりしたりして・・・」
「ふーん、それは誰かうちの社員に伝えてるのかしら?」
「・・・」
「・・・アクア、そこに正座なさい」
ミヤコの有無を言わさぬ物言いに思わずその場に正座する。
そこからはミヤコの独壇場だった。
「あんたねえ、いくらしっかりしてるとはいえ、まだ十六歳の子供なのよ?未成年なの。仕事先で保護者に居場所を伝えるのは当然。そもそもうちのタレントとして、業務外の時間に働くのも駄目に決まってるでしょう!この際だから言うけどあんたは・・・」
ルビー達の前で公開処刑された俺はたっぷり二時間近く経った後にようやく解放された。
「これに懲りたらしっかりと反省する事。いいわね?」
「・・・わかった。次からはちゃんと連絡を入れる・・・」
痺れた足を引き摺りながら、何とか立ち上がった俺は空いている椅子に腰掛けた。
すかさず有馬が向かいの椅子に座って、ニヤニヤと笑顔を浮かべる。
「悪いが本当に疲れているんだ。今日はもう勘弁してくれ」
俺が目に手を当てながらそう言うと、有馬もわかったのか、心配そうな顔を浮かべて呟いた。
「あんたがそんなに疲れてるなんて・・・よっぽど大変な現場なのね・・・。こだわりが強いタイプのカメラマンがいるとか?」
「まあ、そんなとこ・・・。それより、お前達は大丈夫なのか?」
「? なにがよ?」
「記憶。飛行機で佐賀に着いた後の記憶がないんだろ」
ルビー達は先日、佐賀に来た時の記憶がない。気がついたら帰りの飛行機に乗っていたらしい。
ミヤコに何があったか聞いたが、頑なに教えてくれなかった。
これは推測だが・・・。おそらくアイ絡みだと思っている。アイは正体を隠してルビーに会ったと言っていた。
アイそっくりのアイドルをミヤコが見てたら、俺たちに存在を隠すだろう。その時に何かあった・・・こんなところか。
「あー・・・まあ確かに。正直ちょっと不安ではあったんだけど・・・。ルビーがね、そんな事気にしてたらアイドルなんてなれない、目の前のチャンスは逃したくない、て。そこまで言われたら、あたしもMEMちょも止められなくて」
「そうか・・・。迷惑をかけたな」
ルビーはアイドルの夢を追いかけるのに必死だ。
アイの事を知らせてやりたいが、今はあまり余計な事は考えさせたくない。
「別にいいわよ。言ったでしょ?あの子達の事は任せて、て。あんたに言われるまでもなく、私がフォローするわよ」
「ああ、有馬の事は信頼してる」
「はっ、はあ!?な、なに急に当たり前の事に感謝してるのよ!?べ、別にあんたの為にやってるんじゃないんだからね!」
相変わらずこいつはちょろいな・・・。B小町に入る前は一人で仕事を取ってたそうだが、よくこのちょろさで芸能界で生きてこれたな・・・。
「もうそれでいいよ・・・。ところで何の仕事で佐賀まで来たんだ?もう新しい企画か?」
「ふふん、残念ながら違うわね。どちらかと言うと・・・」
「佐賀ロックに出るの!私達!」
有馬が何か言う前にルビーが割って入ってくる。
佐賀ロック。つい最近、何度も聞いた単語に思わず心臓がドクンと鳴る。
「久中製薬の人がね?佐賀ロックの空いた枠に私達を推薦してくれたの!」
ルビーが嬉しそうに続ける。
すかさず先取りされた有馬がルビーに絡み、それをMEMちょが宥め始めた。
だが俺はその光景を尻目に別のことで頭がいっぱいだった。
佐賀ロック。フランシュシュも参加するイベントだ。アイも当然出るだろう。
・・・つまり、三日後にはアイとルビーが会場で鉢合わせる事に他ならない。
また頭を悩ませる出来事に、俺は頭痛を覚えるのだった。
純子ちゃんてスポ根展開あったらノリノリでついていきそう。
それぞれのアイドルとしての凄さを分ける為に勝手に属性つけてます。
愛もアイもそれぞれ別の凄さがあるとだけわかってくれれば・・・。
時間が空いてしまいすみません。ぴえヨンて語尾カタカナにした方がいいかな?て考えて書いてたらマユリ様になっていて消したりしてました。
頂いた感想全部読んでます。今後の展開の参考にもさせて頂いてます。
引き続き書いていきますので感想、高評価、誤字指摘なんでもアクション頂けると嬉しいです。