推しの子 in SAGA   作:片倉の推しの子Bです

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間が空いてしまいましたが続きになります。

劇場版ガンダムSEEDを観にいってたら遅くなってしまいました。

あと、ヤンジャン本誌を毎週読み終わるたびに叫びそうになってます。





第十六話 メフィスト2

 



 

本当は違和感に気づいていた。

普段顔に出さないアクアが見るからに思い悩んでる事も、ミヤコさんが妙に早く撤収しようとしていた事も。

だからしおりんが来訪した時に、こっそり抜け出してアクアを探した。

きっとこの違和感の正体はアクアが何か知っていると思ったから。

 

アクアは明らかに疲弊していた。

よっぽど動揺してたみたいで、話しかけたら普段アクアが絶対に話さないであろう事を、抱えているものを吐き出した。

きっと全部じゃないだろうけど、一部でもいいから言ってくれた事が嬉しかった。

 

アクアは少しスッキリした顔になると、私にミヤコさんの元へ行くよう言ってどこかへ行ってしまった。

ここで素直にミヤコさんの元へ戻ってたら、きっと私の運命は変わっていた。

けど、私は戻らなかった。

胸に残っている違和感に従って、アクアの背中を追うことにした。

 

 

 

・・・

 

 

 

 

ステージでは知らないアイドルが歌っている。

そう、知らないアイドルだ。

でも、そのアイドルを見てると次第に既視感が強くなる。

確か、嬉野温泉で同じような光景を見たような・・・

思い出そうとすると頭がズキズキと痛み出す。

痛みは嫌い。病気で死んださりなだった頃を思い出すから。

でも、今ここでこの痛みから目を背けてはいけない気がした。

ここで目を背けたら私は一生後悔する、そんな確信があった。

 

ステージとは別の観客席で赤い光が現れた。

それはサイリウムの光。持っているのはお兄ちゃん(アクア)

両手いっぱいにもったサイリウムを持って、キレッキレのオタ芸をしている。

そのシュールさ・・・ではなく、私はサイリウムの色を見て、愕然とした。

 

赤い色。赤いサイリウムは、私とアクアにとって特別な色だ。

その色のサイリウムをアクアが振るとしたら、ステージにいるのはアイの子供である私か、アイ本人しかあり得ない。

私は今、観客席の後ろの方にいる。

なら、アクアが振っているサイリウムの先には───

 

ステージで軽快に踊り、よく通る声で歌う、両の瞳に星を宿して、記憶の中の誰よりも輝く一番星。

霞がかった記憶が晴れていく。

嬉野温泉でライブをしていたフランシュシュ七号。

そして今、佐賀ロックの会場を沸かせているアイドル。

その正体は───

 

 

 

「・・・ママ?」

 

 

 

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

 

 

 

 

割れんばかりの拍手とアンコールの中で、私達フランシュシュの佐賀ロックでのライブは幕を閉じた。

最後なんか、さくらちゃんは泣いちゃってたっけ。

ま、初めての野外ステージであんな経験したら仕方ないよね。

 

 

そしてそんなライブが終わった翌日、私は巽の運転する車に乗っていた。

いつもは他のメンバーが乗っているけど、今は誰もいない。

このバン、こんなに広かったんだなー、なんて思いながら運転する巽を後ろから見る。

 

 

「ねぇ、巽。結局どういう風の吹き回しなの?」

 

「何じゃい。俺がお前らに飯奢ったらいかんのかい」

 

今日は巽から、ご飯を奢ってもらう事になっている。

正確には新しい営業先との会食があって、そこに誰か一人アイドルも同席できる事になったらしい。

で、誰が同席するか、てなった時に皆から私が推薦されたのだ。

 

 

 

・・・・・・

・・・

 

 

 

 

『要するに愛想良くて、適度に相槌打てて、ついでにあたしらのアピールができるやつって事やろ?あたしは無理!ぜってぇ眠くなるけん!』

 

『サキちゃん座って静かに食事とか苦手そうやもんね』

 

『ならゆうぎりはどう?お酌とか得意そうだけど』

 

『殿方への接待でありんしたら、わっちでもできると思うではありんすが・・・。まだまだわっちもあいどるについては未熟でありんすし、何か聞かれたら答えられる気がしないでありんす』

 

『じゃあ愛ちゃんや純子ちゃんは?』

 

『私はパス。今回の佐賀ロック、皆にたくさん迷惑かけちゃったし』

 

『私もその・・・緊張してちゃんと話せる自信が無いので・・・』

 

『うーん、でもなあ・・・』

 

『アイちゃんなら大丈夫だよ!だってこの前のライブ、とってもキラキラしてたもん!リリィも早くあんな風にキラキラしたいなー・・・』

 

『ヴァイヴァヴァーイ!』

 

『ほら!たえちゃんも大丈夫って言ってるし!』

 

『・・・わかった、じゃあ行ってくる。こうなったら、たくさんお仕事貰えるようにバンバンフランシュシュをアピってくるね!』

 

『うん、頑張って!』

 

『まっこと、頼もしいでありんすな』

 

『けど二人きりってことはグラサンとデートやけんな!手ぇ出されないように気ぃつけろよー?・・・シシシ!」

 

サキちゃんが悪戯っぽく笑うと同時に、愛ちゃんの雰囲気が変わった。

部屋の温度が急に下がったかのように寒気を感じる。

冷気の発生源は愛ちゃんだ。

愛ちゃんは笑顔だけど、妙な威圧感を発していた。

それを肌で感じ取ったのか、たえちゃんが怯えて、さくらちゃんの後ろに隠れる。

 

『・・・ちょっとこっちきてくれない?』

 

愛ちゃんは笑顔のまま、巽の腕を掴むと巽が何かいう前に引っ張って部屋の端まで連れて行った。

そのまま二人は顔を近づけると何やらヒソヒソ話し始める。

 

『いい?・・・アイ・・・出したら・・・××して・・・するから』

 

『・・・はい・・・はい・・・はい・・・はい・・・精一杯・・・ート・・・ます・・・』

 

うーん・・・ここからだと良く聞こえないなー。

何やら大事そうな話をしてるように見えるけど。

皆は何やら苦い顔をしながら愛ちゃんと巽を見てる。

何故かサキちゃんだけは爆笑してるけど・・・。

 

はっ!?もしかして・・・愛ちゃんは巽の事が異性として好きだったり・・・!?

そ、そっか!だから私と巽が二人きりだと不安で巽に釘を刺すために・・・!

ふふふ・・・愛ちゃんも隅に置けないなあ〜。もっと私を頼ってくれてもいいのに〜。

私、こう見えて社長やマスコミにバレずに交際してた経験があるし、アイドルの恋愛テクはかーなーり持ってる大先輩なんだから!

よーし、今度皆が寝静まった時にでも相談に乗ってあげよーっと!

 

 

 

・・・・・・

・・・

 

 

 

 

あんな事するくらいなら愛ちゃんが来ればよかったのに。

やっぱり二人っきりだと恥ずかしかったりするのかな?

あっ、そうだ!ここで巽の好きなタイプとか聞き出しておけば愛ちゃんのサポートができるかも!

 

「ねーねー、巽は結婚願望とか無いの?」

 

「・・・なんじゃい急に」

 

「別にー、ただの世間話だって。ほら、私達ってなんだかんだで同じ屋根の下で暮らしてるでしょ?たくさんの美少女アイドルと同棲できるなんて、実は鼻の下伸ばしまくりなんじゃなーい?」

 

「滅多な話はするな。俺の返答次第では死体が増える事になる」

 

「え?私もう死んでるけど?」

 

「違う。この場合、死体になるのは俺だ。・・・冗談はともかく、そもそも俺は佐賀を救う為にここにいる。色恋沙汰に興味などないわい」

 

「えー、ホントかなー?じゃあ試しにフランシュシュだと誰がタイプ?」

 

「だから興味はないと・・・」

 

「愛ちゃんはどう?あの子はきっと惚れた相手には尽くすタイプだよー。うん、私のアイドルとしての直感が間違いないと言ってるね!」

 

「本気で言ってるとしたら流石に愛に同情するな・・・」

 

「???」

 

巽は何を言ってるんだろう?まあ巽がよくわからない事をカッコつけて言うのは今更か。

とりあえず今のところ、愛ちゃんに対して脈無しかー。愛ちゃん・・・頑張って!

このまま質問を続けて巽がどんな女の子が好きなのか、調べてみよーっと。・・・面白そうだし!

 

 

「純子ちゃんとか?ああいう儚げな女の子、俺が守ってやりたくなる!・・・的な?」

 

「・・・はぁ。完全に俺の話を聞く気がないようだな」

 

呆れている巽の表情に変化はない。うーん、違うかー。

 

「じゃあサキちゃんは?男勝りな女の子がふとみせる弱さにグッとくる・・・みたいな?」

 

「・・・」

 

私の話を無視して運転に集中する事にしたのか、巽は何も言わない。

ふふーん、ダンマリ決め込むのはいいけど、元トップアイドルの私の観察力の前にいつまでボロが出さずにいられるかなー?

 

「ゆうぎりとかたえちゃんは?やっぱり男の人はおっきいのが好きって言うもんねー」

 

「・・・」

 

「無反応・・・てことは・・・えっ、もしかしてリリィちゃんみたいなちっちゃい子が好きなの!?」

 

「んなわけあるかいっ、このすっとこどっこいがー!だいたい俺がリリィを好きだったらもっとまずいことになるじゃろがい!」

 

「だよねー、流石に巽がロリコン趣味だったらドン引き通り越して通報するとこだったよー」

 

「いや、あいつは・・・なんでもない。とにかく、俺を異常性癖者にするのはやめろ。ただでさえ、この見た目のせいで職務質問が多いんじゃい」

 

「ならその格好やめたらいいのに。多分巽、結構素材はいいからもっとちゃんとした服着たら普通にモテると思うよ?」

 

「それはできない。これは伝説のアイドルプロデューサー、巽幸太郎である為の勝負服だからな」

 

「ふーん、まあいいや。でもここまで皆に反応しないとなると・・・えっ、もしかして私?ごめーん、確かに私は絶世の美少女だから好きになるのも仕方ないとは思うけど正直巽はタイプじゃないっていうか・・・」

 

「勝手に告白して振られた気分にさせるのはやめろ。まったく、人を振り回すだけ振り回しおってからに・・・」

 

「えー、でもあとはさくらちゃんだけだよ?確かにさくらちゃんって、結構可愛いし、実はスタイルもいいけど・・・流石に記憶喪失の女の子がタイプって言われると人としてないなーて思っちゃうんだけど」

 

「・・・別に、あのへちゃむくれに興味などない。そら、そろそろ目的地だ。さっさと車を降りる準備をしろ」

 

そう言って巽がコインパーキングに入って車を駐車しようとする。

むむ・・・結局巽のタイプは聞き出せなかったかー。

もう少し時間があればいけると思ったんだけどなー。

まあ今回はこれくらいで勘弁してあげよう。

ここからは私もお仕事なわけだし。さて、今日の会食相手とどんなお話しよっかなー。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

「・・・ねえ、今日の営業相手との会食の場所ってホントにここなの?」

 

車から降りた私達はカラオケに来ていた。

いや、確かに食事も出るし、大事な話ができる個室はあるけど・・・。

 

「なーんか損した気分。高級焼肉とか期待してたのにー」

 

「・・・ええい、文句を言うな。ほら、さっさといくぞ」

 

巽に連れられて、中に入る。

どうやら営業相手はもう来てるらしく、巽が受付で少し話すとそのまま中に通された。

目当ての部屋番号まで向かう。

扉の前まで来たところで巽が立ち止まった。

 

「・・・」

 

「・・・どうしたの?もう相手の人は来てるんでしょ?中に入らないの?」

 

「今回の佐賀ロック、お前には感謝している。あのライブは、お前がいなければ失敗に終わっていた」

 

巽が扉の前で立ち止まったまま、こちらを見ずに話し始めた。

正直私としては、なんで扉の前まできて急にそんな話をし始めたのかよくわからなかったけど、巽が入らない限りは私も入れないので話を合わせることにする。

 

「べっつにー。たぶん私がいなくても、純子ちゃんが愛ちゃんを助けてたと思うよ?あのダンスパート、今回は私がやったけど、純子ちゃんもだいぶ仕上げてきてたからできただろうし」

 

佐賀ロックでの純子ちゃんはこれまでとは桁違いにダンスが上手くなっていた。

私達と会わない間に、何かやっていたのか、本人に聞いたけど「・・・秘密です」の一言ではぐらかされちゃったから詳細はわからない。

 

「もしもの話をしても意味はない。俺達は既にお前がここにいる未来を選択した。・・・フランシュシュのピンチを救ったのはお前なんだ。だからその成果を否定するな。大人しく、俺達からの感謝を受けておけ」

 

巽は一切こちらを見ずに、話し続ける。

ただその声色は真剣なもので普段のおちゃらけている感じはなかった。

もしかしてお礼を言いたくて誘ったのかな?まったく、相変わらず恥ずかしがり屋なんだから。もしかして顔をこっちに向けないのは、案外照れてる顔を隠す為だったりして?

 

「──だからこそ、俺はお前の成果に報いる義務がある」

 

そう言うと、巽が扉を開けて中に入る。

突然開けられたドアに、私は戸惑いながら巽に続いて中に入った。

普通のカラオケルームの一室。

その片隅に一人の少女が座っている。

あの人と同じ蜂蜜色の金髪に、私が名付けた紅玉(ルビー)のような綺麗な瞳。その両目を大きく開き、驚きの表情を浮かべて私のことを凝視している。

彼女はよろよろと立ち上がると震える声で呟いた。

 

「ママ・・・?」

 

その言葉に、私の止まっていた思考が動き出す。

彼女が私のことをそう呼んだ時点で、自然と言葉が出ていた。

 

「ルビー・・・?」

 

私の言葉を聞いたルビーの瞳がたちまち涙でいっぱいになる。

 

「・・・ママぁ!」

 

次の瞬間には私に抱きついていた。

最愛の娘であるルビーが、私の目の前にいた。

 

 

 

・・・・・・

・・・

 

 

 

 

あいつは、ルビーは確信を持ってフランシュシュ七号の事をアイだと言った。

俺達にとって、アイは推しであり、母であり、特別な存在だ。

何よりも尊ぶものであり、何よりも大切なものだった。

だから俺は、ルビーがアイの正体に気づいた時点で、誤魔化す事をやめた。

 

「ルビー、アイに会いたいか?」

 

「・・・当たり前でしょ。ママにまた会えるなら何でもする」

 

ルビーを落ち着かせながら、言葉を紡ぐ。

ここから先、慎重に言葉を選ばなければならない。

ルビーもまた、俺と同じアイの子供であり、度が過ぎる程のアイのファンだ。

間違った選択をすれば、暴走してこのままフランシュシュの控え室に殴り込みかねない。

今のアイはゾンビだ。

常識からかけ離れた存在だ。正直ルビーが今のアイに会って、何が起こるかわからない。

なんの事情も知らずに会わせても、いい結果になるとは限らない。

それならせめて、事前に伝えておけば・・・俺のような思いをルビーにさせずにすむかもしれない。

ルビーとアイ、互いの傷になる事だけは絶対に避けなければ。

 

「そうか。ならアイがどんな姿でも受け入れられるか?」

 

「・・・どういうこと?」

 

「・・・アイは今、特殊な状況にある。それが一度死んだ筈のアイが、今この場にいる理由にも繋がるからだ」

 

「・・・訳がわからないよ。何ですぐママに会いにいっちゃダメなの?何でアクアはママが生きてる事を知ってて私に隠していたの?何で私はママが生きてる事を忘れてたの?何でママは生きてるなら会いに来てくれなかったの?何で、何で何で何で──」

 

やはり、前回佐賀に来た時の記憶が戻っている。

アイを見たら思い出すんじゃないかと危惧していたがその通りだった。

今のルビーは不安定な状態だ。記憶が急に戻ったこと、アイが生きていたことを知ったことで混乱している。

くそっ、油断した・・・。自分のことで精一杯でフォローが甘かった。あの時、ミヤコのところまでしっかりと送り届けてさえいれば・・・。

 

ルビーがだんだん早口になっていく。大きく開かれた瞳には目の前の俺は映っておらず、まるで自分自身に問いかけてるかのよう。自身の感情がぐちゃぐちゃになり、歯止めが効いていない証拠だ。

 

「──アクアも私に嘘をつくの?」

 

突如、ルビーが急に喉を抑えながら苦しみだした。

呼吸が荒くなり、口をパクパクと開閉させている。まるで地上で窒息しているかのように、酸素を求める。典型的な過呼吸の症状だ。

俺は即座にルビーの背中に手を回すとゆっくりと撫でつつ、冷静に声をかけた。

 

「・・・ルビー、深呼吸をしろ。落ち着いて、まずはゆっくり息を吸うんだ」

 

撫でる手を止めずに、声をかけ続ける。

小児科でもパニックになり、過呼吸になる患者はいた。俺はその時の経験を頼りに、ルビーに努めて冷静に声をかけていく。

その甲斐あってか、だんだんとルビーの呼吸は落ち着いていった。

 

「そうだ、呼吸のリズムを整えるんだ。・・・いいぞ、その調子だ」

 

完全に呼吸が落ち着き、ゆっくりと深呼吸をするようになったタイミングで、ルビーと視線を合わせる。

 

「落ち着いて聞いてくれ。アイは・・・正確には生き返った訳ではないらしい」

 

「・・・」

 

ルビーは何も言わないが、俺と焦点は合っている。話はちゃんと聞いている、そう判断して話を続ける。

 

「・・・ゾンビだ。アイはゾンビとして蘇ったんだ」

 

「・・・ふざけてるの?」

 

「ふざけてなんかない。動く死体。映画で人間を襲ったり、踊ったりしているあのゾンビだ」

 

「最低。私は真剣にアクアの話を聞こうとしてるのに・・・」

 

ルビーは完全に軽蔑した目で俺の事を非難する。いずれ俺達の父親に復讐する時、ルビーから距離を取る必要があるとは思っていた。

その時がくれば、ルビーに嫌われるよう行動するつもりでもあった。

だがそれは今じゃない。

まだ覚悟ができていない俺にとって、今のルビーのこの目は、・・・とてもじゃないが直視したくない光景だった。

 

「・・・俺の話を聞いてくれルビー。俺は真剣だ。アイのことで、ルビーに対して嘘は言わない」

 

ルビーの冷たい視線に対し、震えながら真正面から向き合う。

今のルビーを相手に、下手な誤魔化しは逆効果だ。

なら俺が知っている真実だけを基に、ルビーに誠意を伝え、信じてもらう必要がある。

俺は努めて冷静に、ルビーに語り掛ける。

 

「考えてもみろ。俺達は前世の記憶を持ったまま、推しの子供に転生なんて超常現象を経験している」

「それと同じだ。俺達が転生したように、アイがゾンビになって俺達の前に現れても、俺達にとっては別に不思議じゃない・・・だろ?」

 

俺達には俺達しか知り得ない、前世の記憶を持って転生したという超常現象の存在を裏付ける証拠がある。

だからそこを皮切りに、アイがゾンビだとルビーにも納得してもらう。

ルビーは俺の話を聞いている間、最初は信じられないと言わんばかりの顔をしたが、転生の話をしたくだりで思うところがあったのか、表情に変化が現れた。

 

「そう・・・なのかな?でもゾンビなんて・・・」

 

「確かに、信じ難いことはわかる。だが事実だ。・・・この事実を飲み込んでもらわないと、アイには会わせられない」

 

「・・・」

 

ルビーは考え込む素振りを見せる。だがそれは一瞬で、再び俺の方を見ると頷いてみせた。

 

「よし。なら少し時間をくれ。俺がアイと会えるようセッティングする」

 

「今すぐに会いに行っちゃダメなの?」

 

「ああ。・・・さっきも言ったがアイは今特殊な状況にある。おそらく正面から会いに行ったところではぐらかされるだろう」

 

「そんな・・・」

 

「だから、言い逃れできない場を用意する。その為に俺に時間をくれ。必ずルビーがアイと話せるようにする。・・・だから今は我慢してくれ」

 

「・・・わかった。アクアの事、信じる」

 

先程までと違い、しっかりと俺の目を見ながらルビーが頷く。

よし、今のルビーなら大丈夫だ。

 

「今日のところはミヤコと合流しよう。黙ってここまで来たんだろ?きっと心配している。送っていこう」

 

「うん、わかった。・・・アクアは一緒に行かないの?」

 

「サガジンの人から借りたものがあるからそれを返しにいってくる。まだ会場にいるだろうしな。その後ルビー達に合流する」

 

犬走さんから借りた名札、こいつを返すのは本当だが、もう一つ、この名札でまだやらなきゃならない事がある。

 

 

 

・・・

 

 

 

佐賀ロックが終わり、ホテルに戻ってきた俺はある番号へと電話をかける。

数コール経たないうちに、その相手が電話に出た。

 

「はいもしもし」

 

「さっきぶりだな、巽幸太郎」

 

俺が電話相手の名前を告げると、一瞬静かになる。

だがすぐこちらの正体を察したようで、先程よりも低い声で問いかけてきた。

 

「・・・何故お前がこの番号を知っている」

 

「佐賀ロックに参加する際、有事に備えて運営に連絡先を提出するだろう。先日の佐賀ロックは落雷等トラブルもあったからな。混乱に乗じて簡単に調べる事ができたよ」

 

本当に犬走さんには感謝しかない。今度何か手土産を持っていこう。

 

「・・・で、一体俺に何の用だ」

 

「アイに会いたい」

 

「直球だな。・・・いいだろう」

 

「もちろんタダでとは言わない。条件として──なに?」

 

「アイに会いたいんだろう?会わせてやる」

 

あっさりアイと会わせると言い出す巽幸太郎。

どういうことだ?正直、絶対に難色を示すと考えていた。

こうも拍子抜けだと逆に怪しさすら感じる。

 

「・・・何を考えている?」

 

「別に、ただの気まぐれだ。・・・時間と場所を指定しろ。スケジュールを確認する」

 

「あ、ああ。なら・・・」

 

巽幸太郎にこちらの希望をいくつか伝える。

幸いにも、日を待たずに会えそうだった。

会う場所としてホテルから近いカラオケを指定して、日時も伝える。

 

「よし。話は以上だな?」

 

「ああ。・・・当日、ルビーも連れていく。彼女にも既にアイがゾンビだと俺から話している」

 

「ルビー・・・お前の双子の妹か。いいだろう、他にゾンビについて知っている奴はいるか?」

 

「いや、いない」

 

「そうか。ならいい」

 

そう言うと巽幸太郎は電話を切った。

あのライブ以降、フランシュシュがアイにとって、かけがえのない仲間だということはわかった。

だが巽幸太郎、あの男だけはまだ完全に信頼できるとはいえない。

結局ゾンビとは何なのか、詳しい事は何一つわかってないのだ。

引き続き、巽幸太郎は警戒する必要がある。

そして可能ならば・・・

 

「・・・いや、早合点は良くない、か」

 

今はアイとの接触が最優先だ。

俺は考えようとした事を頭の隅に追いやると、ルビーにアイと会う日時を伝えるべく電話をかけた。

 

 

 

・・・

 

 

 

 

あれ?私、確か営業先の人との会食で呼ばれたんじゃなかったっけ?

何でルビーがここにいるんだろう?というか、今私のこと、ママ、て呼ばなかった?

 

頭の中で様々な疑問が渦巻いていく。

それでも、私の心は冷静だった。

 

今私は巽の目の前にいる。

ここでルビーに対してアイとして接するのは良くない。

普段から口を酸っぱくしてゾンビィバレしないようにって言っている巽のことだ。

既に私がアクアに正体をバラしてることは知られてないはずだけど、アイだとバレる行動を取ったら今後巽から何かしらの制限をされるかもしれない。

私の目的を達するためにも、今ここで巽に目をつけられるのはまずい。

ここは誤魔化すのが最良の選択。

 

咄嗟に口が、いつものようにこの場を切り抜ける為の嘘を並べようとする。

 

でもその前に、ルビーが私の胸に飛び込んできた。

それと同時に、ルビーの体温と涙で濡れたルビーの顔が押しつけられる。

その暖かさを感じた私は直感した。

あっ・・・駄目だ。ここで嘘をついちゃ駄目だ。

死ぬ間際にやっと知る事ができた本当の愛。

雨の中、アクアと再会した記憶が蘇る。

今ここでルビーに対して嘘をついたら、私の中にある、やっとの思いで知った愛がまたわからなくなってしまう、そんな確信があった。

止まったはずの心臓が、ドクンと動く錯覚を感じる。

気がついたら私はルビーの事を抱きしめ返していた。

 

「うん、大丈夫だよ、ルビー。私はここにいるよ」

 

あーあ言っちゃった。もう言い逃れできないや。

でもしょうがないか。泣いてるルビーの顔をそのままにするくらいなら死んだほうがマシだし。

・・・まあ私、もう死んでるけど。

 

そのまま安心させるようにルビーの頭を撫でる。

懐かしいな。昔からルビーは甘えっ子だったっけ。

いつも家の中では私のそばに来て、嬉しそうに私の事をママと呼んでくれた。その少し後ろをアクアが呆れながらついてくる。私達家族の日常。

 

「ママ!・・・っママ!・・・」

 

ルビーは私の事を何度も呼びながら、私の胸に顔を埋めて泣いている。

そんなルビーが落ち着くまで、私はルビーの頭を撫で続けた。

 

 

・・・

 

 



私にとってルビーとアクアは宝物だった。

 

どんなにお仕事で嫌なことがあっても、二人といたら暗い感情を忘れられた。

ルビーが私に思いっきり甘えてくれるのが嬉しかった。

アクアを抱きしめると恥ずかしそうに抱きしめ返してくれるのが嬉しかった。

他人を愛する事を知りたくて、自分の子供なら愛せるんじゃないかっていう勝手な理由で産んだけど、いつしか私はそんな事を忘れるくらい二人のことを大切に思っていた。

 

 

 

だけど私は、本当はずっと怖かった。

 

 

 

普通じゃない私が産んでしまったばかりに、この子達も私みたいに他人を愛する事ができない人になるんじゃないか、なんて考えると怖くなった。

せめてこの子達には私みたいになってほしくなくて、何度も愛してるって伝えようとしたのに、その言葉を口にもできなかった。

ずっと嘘をついてきた私が子供達に愛してる、なんて言って、もしそれが嘘だと気づいてしまったら・・・。

そう考えると私は口にできなかった。

・・・大切な子供達よりも弱い私自身の心を守る事を選んだ私の事が、心底嫌いだった。

 

 

ゾンビになって最初に思ったのは、また二人に会いたいと言うことだった。

でも同時に、私が死んでから何年も経っていた事に絶望した。

 

二人の存在に救われてばかりだった私は二人に何も返せてない。

むしろ二人に怖い思いをさせたばかりか、十年も寂しい思いをさせてしまった。

 

こんな母親として失格な私の事を二人が嫌いになっていても・・・恨んでいてもおかしくはない。

いつしか私は、フランシュシュの居心地の良さに甘えて、二人に会うことを恐れるようになっていた。

 

 

でも何の悪戯か、この遠い地でルビーとアクアに再会して、私は結局、どうしようもないほど二人の事が大好きで、どうしようもないほど二人の事を愛している事を思い出した。

 

 

だから私は、もう二人から逃げない。

あの子達と真正面から向き合うんだ。

 

 

・・・

 

 

 

「・・・ごめんね、もっと早くこうしてあげれば良かったね」

 

「ううん、いいのっ・・・!ママにまた会えたから・・・それでいいのっ・・・!」

 

泣き続けるルビーの背中をさすりながら、想いにふける。

ガタリンピックで抱きしめた時も思ったけど、もうすっかり背、抜かれちゃったなー。

当たり前だけどアクアもルビーも、私が死んじゃった後も成長したんだもんね。

その成長を一緒に見れなかったことは残念だったけど、こうして大きくなったのを目の前で実感できるなんて・・・私は幸せものだよね。

 

「ひっく・・・ぐすっ・・・」

 

一通り泣いた後、ルビーがゆっくりと私の胸から離れる。

案の定、その顔は涙と鼻水でべちゃべちゃだった。

 

「もー・・・ルビーってば、せっかくの美人さんが台無しだよ?」

 

「んー・・・」

 

私はハンカチを取り出してルビーの顔を綺麗にする。

その間、ルビーは特に抵抗せずに私にされるがまま拭かれていた。

その姿が私に昔のルビーを思い出させる。

懐かしいな、昔はよくルビーのお世話をしてあげたっけ。

ルビーは甘えん坊で、家にいる時はずっと私のそばにいた。ご飯を食べさせてあげたり、お風呂上がりに髪を乾かしてあげたりすると嬉しそうに私に笑顔を向けてくれるから、ついつい私も甘やかしちゃって・・・。あー、やっぱり昔からルビーはかわいかったなー!

 

 

「はい、綺麗になったよ。うんっ、とっても可愛い!」

 

「・・・ママの方が可愛いもん・・・」

 

本当はまだ瞼が腫れてたり目尻が赤くなってたりするけど、控えめに言っても美少女だ。

まあでも私の娘だし顔が良いのは当然だけどね。

しっかり私の遺伝子を受け継いでくれてて、ママも鼻が高いよー!

 

「ねぇ、ママ・・・、私、ママの言う通り、アイドルになったよ」

 

「うん」

 

「ママがいた苺プロで、ママがいたB小町を再結成したの」

 

「うん」

 

「もう『サインはB』も『STAR☆T☆RAIN』もダンスしながらそらで歌えるよ」

 

「うん」

 

「初ライブもやったよ。・・・お客さんたくさんいたけど、同じユニットの仲間と協力して最後までやりきったよ」

 

「うん」

 

「ママ・・・私ね、ママがいなかった間、話したいことがたくさんできたの。だから・・・」

 

「・・・うん、私もルビーがこれまで見たこと、聞いたこと、色々と知りたいな。だからゆっくり話してみて。・・・私はここにいるからね」

 

ルビーの目から再び涙が零れ落ちる。

私はその涙を、ハンカチで何度も拭いながらルビーの話をずっと聞いていた。

 

 

 

・・・

 

 

 

 

扉についている覗き窓から部屋の中を見る。

ルビーは涙を溢しながらもアイと楽しそうに話していた。

その顔を見れば、心の底からアイと再会できた事を喜んでいるのがわかる。

もし二人の間に何かあれば取り成そうと思っていたが・・・。

 

・・・これなら二人は大丈夫だな。

心配は杞憂だったようだ。

二人が一緒になって笑う姿を見た後、俺はそっと部屋から離れた。

 

 

 

 

まだ奴は近くにいるはず。

カラオケの外に出ると、駐車場で電話している姿が見えた。

俺はその男に向かって真っ直ぐ歩いていく。

程なくして、男は俺に気づいたようで電話口に対して何事か伝えると電話を切った。

 

「・・・まったく、しつこい奴だな」

 

巽幸太郎は俺を見ると露骨に嫌そうな顔をした。

・・・こいつに敵視されてるのはわかっていたことだ。

俺は言いたい事をぐっと我慢しつつ、巽幸太郎から少し離れた場所で立ち止まる。

 

「俺と話すよりも、アイと話せる限られた時間を有効活用した方がいいんじゃないか?」

 

「今回のセッティングはルビーをアイと会わせる為のものだ。俺は後で少し話せればそれでいい」

 

「妹想いなことだな。・・・で、わざわざ俺を探しにきたということはまた内緒話か」

 

「ああ」

 

アイが今後もフランシュシュで活動するのなら、どうしてもこいつの真意を確認しなければならない。

 

巽幸太郎。

佐賀を救う為にアイをゾンビにして蘇らせた男。

頭からつま先までふざけた格好をした、アイ達ゾンビアイドルの自称プロデューサー。

本来ならこんな胡散臭いやつ、議論するも値しないが・・・。

 

だが正直、俺はこいつの事を心のどこかで認めていた。

アイがここまで、孤立せずにアイドル活動を続けられたのはフランシュシュのメンバーの人柄もあるのだろうが、この男の存在も大きいのだと。

あのステージを見て、俺は確信していた。

 

 

「アイは、フランシュシュの仲間と共にアイドルの道を駆け上っていくだろう。きっと今度こそ、信頼できる仲間と共に。・・・巽幸太郎、俺はあなたにアイの夢を託したい。頼む、アイの願いを・・・叶えてやって欲しい」

 

精一杯の誠意を込めて頭を下げる。

これは俺にとってのけじめだ。

この男を疑っていた自分への、そしてこの男を信頼し、大切な人を預けるための。

 

 

「・・・ふんっ、何だそんなことか。そんなもの、答えは決まっている」

 

巽幸太郎は堂々と告げる。

その自信に溢れた姿に、確信する。

やはり俺の勘は間違ってなかった。

こいつにならきっと、アイを託すことが───

 

 

 

 

「んなもん、知るかこんぼけえぇぇぇ!!」

 

 

 

・・・は?

 

 

「言ったじゃろがい!俺の目的はあいつ等をアイドルにし、この佐賀を救うこと!それ以外は俺の知らんことじゃい!あいつ等がアイドルになった後、どんな夢を持とうと知った事じゃないんじゃーい!」

 

俺は巽幸太郎の突然の豹変に、ただただ見ていることしかできなかった。

あまりの剣幕に思わずポカンとしてしまう。

さっきまでの冷静な姿はどこに・・・?

 

「だいたいお前、出会った時からずっと暗いんじゃぼけー!ずーっとこの世の終わりみたいな顔しよってからに!何を心のうちに抱え込んでいるかは知らんがなあ!毎度辛気臭い顔で辛気臭い事ばかり言い過ぎなんじゃーい!」

 

・・・っは!?いかん、またこいつにペースを握られるところだった。

 

「いや、勝手な事を──」

 

「──まず最初にぃ!言うべきことがあるじゃろがい!」

 

俺の反論を掻き消すように被せてくる。

ダメだ、話が通じない。

奴は興奮した面持ちで俺が何か言うのを待っている。

 

とりあえず、奴の言葉に従わないと話が進まなさそうだ。

俺は仕方なく、奴の問いについて考える。

最初に言うべきこと・・・となると・・・。

 

「はい、さーん、にーい、いー・・・」

 

「まてっ、時間制限があるのか!?・・・わ、悪かっ──」

 

「──おっはようございまーす!」

 

またしても、大声で俺の言葉に被せてくる。

何だこれ・・・、謝罪じゃないのかよ・・・、しかも急におはようなんて言われても訳がわからない・・・。

なんと答えればいいかわからず、言いあぐねていると目の前の男が更にボリュームを上げて叫んだ。

 

「人と会った時はまず挨拶からじゃろがーい!」

 

ええ・・・。

 

「挨拶は基本だ。挨拶ができない奴は認めてもらえんからな・・・はいっ、復唱!おっはようございまーす!!」

 

巽幸太郎がわざとらしく耳をこちらに向けてくる。

俺はせめてもの抵抗で大きなため息をついた。

 

「・・・おはようございます」

 

「んー?あれあれー?聞こえないぞー?そんなんじゃ銀幕デビューなんて夢のまた夢だぞー?」

 

・・・なんかムカついてきたな。

そもそも俺にとって役者は、あくまでアイを殺した犯人の手がかりを見つける為の手段であって目的じゃない。

・・・まあそんな事をこいつに言ったところで何の意味もないが。

 

「・・・おはようございます」

 

「おっはようございまーす!!」

 

我慢だ。

 

「・・・おはようございますっ!」

 

「おっっっはようございまーーす!!!」

 

我慢しろ、俺。

 

「・・・おはようございますっ!!!」

 

「うっさいんじゃぼけええええええ!!!」

 

よし、殴ろう。

こいつは一回くらいぶん殴っても許される。

 

俺が拳を握り締めたところで第三者から声を掛けられた。

 

「・・・ちょっと!そこのお兄さん達!」

 

・・・

 

 

「・・・今回は注意ですませるけん。次騒いだら許さんけんね」

 

「「はい・・・」」

 

警備員の壮年の男性はそう言うと巡回に戻って行った。

まああれだけ大声で駐車場で騒いでいれば怒られるか。

俺も怒られたのはあまり納得行ってないが、目の前の男の項垂れてる姿を見て少し胸の内はスッとしたので良しとしよう。

 

「・・・」

「・・・」

 

さっきまでとは打って変わり、駐車場がしんと静まりかえる。

 

「これは独り言だがな」

 

急に巽幸太郎が呟いた。

その視線は俺ではなく、何もない空に向けられている。

 

「・・・アイはあいつらにしっかり馴染んでいる。・・・フランシュシュにいる限りあいつが孤独を感じることはないだろう」

 

その言葉が俺の質問に対する答えだとすぐにわかった。

 

「いや・・・、そう、か。・・・なら安心した」

 

「独り言だといったじゃろがい。なんでお前が反応するんじゃい」

 

「なんのことだ?これは俺の独り言だ」

 

俺も巽幸太郎の方を見ずに、呟く。

こいつに素直に感謝するのは・・・なんか癪だ。

この男に対しては、これくらい雑な対応でいいだろう。

少しばかり、肩の荷が降りた気がする。

なんとなしに、巽幸太郎が見ている空を俺も眺めていた。

 

 

・・・

 

 

しばらくの間空を眺めた後、巽幸太郎が立ち上がった。

 

「さて、もう話は終わりか?ならさっさとアイのところにでも行くがいい」

 

「・・・いや、まだだ。結局、あんたの意図が読めない。何故リスクを負ってまでわざわざ俺たちをアイに会わせた?」

 

こいつの行動には、まだ謎がある。

それは奴にとって、アイと俺達を会わせるメリットがないことだ。

無論、奴が情に駆られて俺達親子を再会させた・・・その可能様もある。

だがそれならばゾンビとして蘇らせた時点で行動しない理由がわからないし、何よりこいつがそんな慈善事業をするようにも思えない。

 

「今回の佐賀ロックでフランシュシュは大きくその存在を佐賀に知らしめた。ここからフランシュシュの活動はさらに忙しくなるだろう。当然俺もバンバンあいつらを売り出していく」

「・・・つまり、ここでアイにモチベーションを下げられては困る、ということだ。お前らはアイのモチベーションを上げるには格好のエサだからな。せいぜい、母親に甘えてアイにやる気を出させるがいい!」

 

テンションのままに高らかに笑う目の前の男に対し、なら監視の目もつけずに俺達親子だけにする必要はないのでは?と思うが口にするのはやめた。

 

結局こいつは、悪人ぶってはいるが根が善人なのだ。

脳裏に今ガチで世話になった番組ディレクターが思い浮かぶ。

あいつも収録中、番組を盛り上げるためにあかねを利用したが、最後は俺達の作った動画に本来なら渡せない筈のカットを無理して提供してくれた。

芸能界には子供を食い物にする大人が多いが、中には子供を守ろうと立ち上がる大人もいる。

結局こいつも、その一人だった。

ただそれだけなんだろう。

 

「わかった、ならそういうことにしておく」

 

アイとフランシュシュについては一旦は安心した。

 

さて、次が本番だ。

 

 

「・・・じゃあ次はビジネスの話だ」

 

「なに?」

 

「あんたの目的、フランシュシュを有名にして佐賀に人を呼び込み、佐賀を救うだったか。・・・その為の手伝いを俺がしてやる、といったらどうする?」

 

「・・・どう言う風の吹き回しだ?お前からしたら俺は母親を取り上げている敵だろう」

 

「言ったろ。フランシュシュを、あんたを信用すると。それにアイ自身がフランシュシュとして活動したいとわかった以上、もう俺は止めない。むしろあんたを手伝うことで、アイの夢の手助けができるなら喜んで手を貸すさ」

 

巽幸太郎は納得がいってないようだが、俺の話を聞く気にはなったようだ。

 

「いいか?フランシュシュの名を轟かせて佐賀を有名にしたいのなら、内側だけではなく、外側にも働きかけないと駄目だ」

 

佐賀で有名になるだけじゃ彼女等はご当地アイドル止まりだ。

日本中にその名を知らしめる。

その為には佐賀以外にもフランシュシュの名をアピールしていかなければならない。

 

「そんなこと、俺も考えておるわい。だがまずは佐賀でアイドルと聞いたらすぐフランシュシュを思い出せるようになる・・・それくらいの下地ができていないと全国制覇は難しいんじゃい」

 

「確かに、フランシュシュがご当地アイドルを脱却するにはまだまだ知名度が足りない。かといって佐賀の外に名前を覚えて貰おうにも金も人脈もない・・・だろ?」

 

「・・・」

 

「沈黙は肯定と受け取っておく。だから俺が、佐賀の外にフランシュシュの名前を売るための手伝いをしてやる、といってるんだ」

 

「・・・続けるがいい」

 

「俺が提供するのは人脈だ。・・・インターネットテレビ局、ドットTV。そのプロデューサーである鏑木勝也と俺は懇意の仲だ」

 

「むっ・・・」

 

巽幸太郎の表情がわかりやすく変わる。

サングラス越しとはいえ、明らかに動揺しているのが見てとれた。

 

「やはりあんたもこの名前は知っていたか」

 

鏑木勝也。

『今日は甘口で』のドラマを始め、数々の作品を取りまとめている凄腕のプロデューサー。

業界人の間でも有名な奴なら、佐賀からの進出を狙うこいつも知っていると思ったが・・・ビンゴだったか。

 

「これがその証拠の名刺だ」

 

差し出した名刺を受け取った巽はその裏表を注意深く観察し始める。

・・・何やら疑ってるようだがあれは正真正銘、本物の鏑木Pの名刺。せっかく利用されてやるんだ。こっちもせいぜい、鏑木Pの名前を使わせてもらうとしよう。

 

「確かに・・・どうやら嘘ではないらしいな」

 

名刺を俺に返した巽幸太郎と視線が交差する。

どうやら俺の話を真面目に聞く気になったらしい。

 

「俺の提示する条件は二つ。俺に対し、今後のフランシュシュの活動内容および計画の共有、それと一週間に一度、アイと・・・電話でいい、俺とルビーが会話できる時間を用意すること。この条件が飲めるなら、俺から鏑木Pにフランシュシュの事を口添えすると約束する」

 

「・・・」

 

条件は悪くないはずだ。

巽幸太郎はしばし考えた後、口を開いた。

 

「前者はいいだろう。だが後者はダメだ」

 

意外にも、前者ではなく、後者の条件が断られた。

最悪、後者の条件でアイとコンタクトを取るつもりだったが・・・。

 

「それと、前者の条件を受け入れる上で、こちらからも条件を出す。それが受けられるなら、お前の提案に乗ってやる」

 

あくまで強気な対応・・・。交渉の主導権は意地でも譲らないつもりか。

 

「・・・その条件とはなんだ?」

 

「お前達兄妹が、ゾンビィの秘密を口外しないこと」

「友達、恋人、上司・・・その全てに対して、今後一切、お前達兄妹が誰にも口外しないと今この場で誓うのならお前と手を組もう」

 

「・・・ルビーに事前に説明する時間が欲しい」

 

「駄目だ。今この場で決めろ。お前もお前の妹も、秘密を口外したと俺が判断した時点でこの約束は無かったことになる。そして今後一切、フランシュシュをお前に関わらせない」

 

有無を言わさぬ対応。この男の言葉に嘘や冗談と言った類のものは感じられない。

ここで俺が先程の提案を撤回しても、約束を破っても、こいつは俺達の前から姿を消す。そして二度と俺達の前に姿を現さない。その確信があった。

背中に冷や汗が流れる。選択を誤ったか、後悔の疑念が生まれる。

・・・何を今更。

多少のリスクは織り込み済みだ。

ここで奴と協力関係を結べればアイのゾンビ化の秘密について、調べやすくなる。

そうすればいずれ・・・。

 

 

「・・・わかった。その条件で乗った」

 

「・・・よし。今後フランシュシュの活動内容については電話で知らせる。俺の番号は登録しておけ」

 

話は終わりだと言わんばかりに、巽幸太郎は俺に背を向ける。

必要以上に馴れ合うつもりはない、ということか。

 

アイとルビーの元に戻ろうと俺も背を向ける。

だがそこで背中から声をかけられた。

 

「待て、条件がもう一つあった」

 

振り向くといつもの腕を組んだポーズで巽幸太郎がこちらを見ていた。

この期に及んで条件の追加・・・。

一体どんなものを・・・。

俺が思わず身構えていると巽幸太郎は

 

「・・・純子を轢いた動画、消しといてくれ」

 

堂々と情けない事を言い放った。

 

 

 

・・・

 

 

 

 

あの動画はどうやら効果があったらしい。

とりあえず、奴の目の前で動画は消したがバックアップはとってある。

奴との交渉にも使えるかもしれないし、しばらくの間は残しておいたほうがいいだろう。

巽幸太郎との話を終えた俺はアイとルビーがいるカラオケの一室に戻ってきた。

巽幸太郎はまだ電話するところがあるらしく、今は俺一人だ。

 

さて、ルビーとアイの感動の再会は済んだだろうか?

会えなかった時間は十年にも及ぶし、失った時間を取り戻すくらい話せているといいんだが。

カラオケの部屋の中を覗く。

俺の目に入ってきたのは

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

「ぜぇ・・・ぜぇ・・・」

 

ルビーとアイが狭いカラオケルームの中で、距離をとって向かい合ってる姿だった。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

カラオケルームの扉が開き、誰かが入ってくる。

入ってきたのは先日の佐賀ロックでも見かけた私の最愛のもう一人の子供だった。

 

「アクア?」

 

「お兄ちゃん?」

 

ルビーと一緒にアクアの方を振り向く。

入ってきたアクアは、一定の距離をとって向かい合ってる私達に訝しげに声をかけた。

 

「・・・何やってるんだ?」

 

まあ普通はそう思うよね。

今の私とルビーは互いに向かい合って距離をとっている。

正確には距離を取ってるのは私だけで、ルビーはさっきから距離を詰めようと何度も試みてるんだけど。

 

「お兄ちゃんっ、いいところで戻ってきた!聞いてよ!ママったら私のこと、抱きしめてくれないの!」

 

「いやっ、だからね?ルビー?これにはふかーい事情があって・・・」

 

ルビーがアクアに助けを求めようと声をかける。

相変わらず二人は仲良しみたいでママ嬉しいな〜

・・・て、そうじゃなくて!

 

「ママはね、別にルビーの事が嫌とかじゃなくて・・・」

 

「じゃあなんで抱きしめてくれないの・・・!?さっきまでは私のこと、抱きしめてくれたじゃん!・・・やっぱりママは私のこと・・・」

 

「違うの!ママはルビーの事、大好きだよ?これは本当!・・・でも、今はちょっと抱きしめられない事情があって・・・」

 

ルビーの紅い両目から再び涙が流れ始める。

うう・・・ルビーの事、泣かせたいわけじゃないけど・・・でもどうしても今は抱きしめるわけにはいかない・・・。

私が困っていると、見かねたアクアが口を挟んできた。

 

「・・・ルビーがアイに抱きつこうとして、アイがそれを避けてるってとこか。アイはどうして避けてるんだ?」

 

「えーと・・・」

 

ちらっと、ルビーの方を見る。

それだけで察したのか、アクアがはっきりと口にした。

 

「ルビーに言い辛い事なのか?」

 

アクアがそういうとルビーがあからさまに暗い顔になる。

ああ・・・ルビーの事、落ち込ませたい訳じゃないのに・・・。

ルビーと私の表情を見て察したのか、アクアが私を手招きしてきた。

 

「なら俺にだけその理由を教えてくれ。俺ならアイがルビーを抱きしめられない理由を、ルビーを傷つけない言い方で伝えられるかもしれない」

 

アクアの提案は・・・嬉しいけど正直困るところだ。

だってアクアに伝えるのもできれば避けたかったし。

でもこのままルビーと話せないまま終わるのも嫌だし・・・。

・・・よしっ。

私は意を決してアクアに伝えることにした。

 

「ルビー、ちょっと待っててね」

 

私はそういうと席を立ち、アクアのそばまでいく。

できればアクアの近くにも行きたくなかったけど・・・背に腹は変えられない。

私はアクアが聞こえるだろうギリギリの距離まで近づくとアクアに耳打ちした。

 

「・・・私、ゾンビでしょ?だからルビーに腐ってる臭いがするーとか、思われたら嫌だなー、て」

 

以前、フランシュシュの皆と話してる時に私達ってゾンビだけど腐乱臭はしないのか、という話題になったことがあった。

あの時は皆で自分の臭いを嗅いでみたけど、特に腐乱臭はしないって結論になった。

でも、私たちの鼻が腐乱臭に慣れていて、臭く感じないだけかもしれない。

ましてや、私達はあの時、自分の臭いしか嗅いでいない。

人は自分の体臭を嗅ぎ慣れてるから感じられないって前に聞いたことがある。

さっきルビーに抱きつかれた時はとっさの事だったから気に留めなかったけど、もしルビーに思いっきり嗅がれて臭いって言われたら・・・うう、想像もしたくない・・・。

 

理由を聞いたアクアは何もいってこない。

不思議に思ってアクアの顔を見てみると思いっきり呆れた顔をしていた。

 

「・・・はぁ、何かと思えばそんなことか」

 

「むっ、女の子にとって、においっていうのは大事なことなんだよ?相手に臭いって思われるのは下手したら死にたくなる程の事なんだから」

 

「いや、もう死んでるんだろ・・・。だいたいこの部屋入ってすぐに思いっきり抱き合ってたから今更じゃないか?」

 

「いやー、あの時は思いつかなかったけど冷静に考えてみるとまずいなーって」

 

「はぁ・・・」

 

「へっ?アクア、急に何を──」

 

アクアが突然、私の手を掴むとそのまま私を抱き寄せた。

身長差もあって抱き締められる形でアクアの胸に顔を押しつけられる。

アクアの胸板の硬い感触に、あ、アクアも男の子なんだなーなんて思っていたら、急にアクアが私の頭に顔を近づけると思いっきり臭いを嗅いだ。

 

「・・・えっ?」

 

「・・・別に変な臭いはしないな」

 

な、な、何をするのー!?!?

思わずアクアから離れようとしたけど、がっしり抑え込まれていてびくともしない。

そ、そんな!?ゾンビになって力は強くなってるはずなのに!?

ていうかアクアも急に人の臭いを嗅ぐなんてどうなってるのー!?

 

「あっ、アクアずるい!」

 

「今だルビー、俺が押さえているうちに抱きつけ」

 

「・・・ナイスアクア!さすが私のお兄ちゃん!」

 

私がもがいてる間に反対側からルビーが私に抱きついてきた。

アクアとルビーに挟まれる形で抱き締められる。

わぁー、これが夢に見た子供達によるサンドイッチ・・・って、しまった!これじゃ完全に逃げられない!

も、もしルビーが変な臭いがする・・・なんて言ったらどうしよう・・・?

アクアは特にしないって言ってたけど、嗅覚なんて人それぞれだし、ルビーに嫌われたりなんてしたら・・・。

 

「・・・うん、やっぱりそうだ。あの時と変わらないママの匂い。私の大好きな匂いだ」

 

ルビーが私の髪に顔を埋めて呟く。

その言葉に嘘偽りがないことは、すぐにわかった。

前からアクアの、後ろからルビーの鼓動を全身で感じる。

どくん、どくん・・・。

二人の心臓の音が、二人の体温が、くっついている肌を通じて私に流れ込んでくる。

ああ・・・私、今二人に抱きしめられてるんだなあ・・・。

成長した二人の、確かな生の証を感じて、私は改めて二人と再会できた事を自覚した。

良かった・・・嬉しい・・・様々な感情が溢れ出しそうになる。

でも違う。これはそのどれでもない。私が感じているこの暖かい感情を、なんというのか、今の私は知っている。

 

「ルビー、アクア」

 

二人に包まれたまま、私はその言葉を口にする。

 

「・・・愛してる」

 

その言葉を聞いた二人は、より強く、私のことを抱きしめてくれた。

・・・ああ、やっぱり。

この言葉は嘘じゃない。

 

 

 

・・・

 

 

 

「でもアクア、女の子の匂いを急に嗅ぐのはダメだよ?」

 

しばらく抱き合った後、再び私達は席についてきた。

私が真ん中でアクアとルビーが両サイドに座っている。

アクアは少し距離を置いているが、ルビーは私の腕に抱きついたままだ。

 

「私だから許してあげるけど、普通は怒られるからね?」

 

アクアの情操教育が間違っていたら親である私の責任だ。

私がしっかりと正してあげないと!

 

「いやー、わかんないよ?お兄ちゃん、めっちゃクラスの女子からモテてるし」

 

「おい、ルビー」

 

「えー?本当でしょ?お兄ちゃん、顔はいいしこの前の今ガチから熱い視線を投げる子が増えたって言ってたよー」

 

「・・・誰だそんな適当な事言う奴は」

 

「フリルちゃん」

 

「いや、あいつもルビーと同じ芸能科だろ。なんで一般科の事がわかるんだよ」

 

「この前ベンチで本読んでるお兄ちゃんを遠巻きに眺める一般科の女の子の集団を見たって、言ってたよ?」

 

「・・・」

 

アクアが気まずそうに目を背ける。

どうやら学校でアクアはモテモテらしい。

でも仕方ないかー。この私の目から見てもイケメンだし。世の女の子達が見逃す筈ないよねー。

 

「・・・まあでもぉ?お兄ちゃんがそこらの女の子に手を出す筈ないかー、だって素敵な彼女がいるもんねー?」

 

ルビーが悪戯っぽくアクアに上目遣いで話しかける。

アクアはあまりその話題にしたくないのか、思いっきり目を逸らした。

でも私はその言葉を聞いて思い出していた。

そうだ!アクアの彼女!色々あって忘れてたけど、どんな子なのか調べようとしてたんだった!

 

「ね、ルビー。アクアの彼女さんてどんな子なの?」

 

アクアは露骨に嫌そうな顔で私とルビーの事を見ている。

それに対してルビーは私が話に乗ってきたのが嬉しかったのか、目を輝かせて教えてくれた。

 

「えっとね、黒川あかねちゃんって言って役者をやってる子なの。この前、今ガチ・・・『今からガチ恋始めます』ていう恋愛リアリティショーにあかねちゃんとお兄ちゃんが出演して、色々あって番組の最後にお兄ちゃんからあかねちゃんに告白してカップル成立して終わったんだー」

 

「へー、アクアの方から告白したんだー」

 

私が巽の部屋のパソコンで調べた時は、今ガチに出演した結果、アクアと黒川あかねちゃんのカップルが成立した、としか書かれてなかったからどういう経緯でカップルになったのか知らなかったんだよね。

でもそっかー、アクアからかー。

正直寂しい気持ちはあるけど・・・まあアクアも十六歳だし、好きな女の子がいてもおかしくないよね。

だって私も二人を産んだのは十六歳だったし。

はっ!?そうだ・・・これだけはアクアに言っとかないと!

 

「・・・アクア。大事なお話があります」

 

私は姿勢を正してアクアに向き直る。

アクアも私の姿を見て何か大事な話をされるのを感じ取ったのか、緊張した面持ちで私の方に向き直った。

 

「アクアももう十六歳だし、立派な男の子になった。・・・でもね、アクアのお母さんとしてこれだけは言わなきゃいけない。それはね?・・・絶対に避妊はする──」

 

「いやちょっと待て!なんでそんな話になる!?・・・ルビーもそんな目で見るな!俺があかねに手を出すわけないだろ!」

 

私の台詞を遮ってアクアが大声を出す。

おおっ、アクアって素面でもこんなに大きな声出せるんだー。

驚く私の隣ではルビーがドン引きしながらアクアの事を見ていた。

 

「・・・番組の流れの都合上、あそこで告白せざるを得なかった。あかねもそれを承知で俺の告白を受けている。俺とあかねはビジネス上の付き合いってやつだよ。・・・折を見て俺があかねに振られる予定だ。それで彼氏彼女の関係はおしまい」

 

「えー!?そうだったの!?・・・むー、二人はお似合いだと思ってたのにー」

 

ルビーが口を尖らせながら文句を言う。

でも私は内心ホッとしていた。

よかったー。うんうん、アクアも大きくなったとはいえ、実はまだ彼女を作るのは早いと思ってたんだよねー。

こんなに大きくなった二人だけど、私にとってはまだあの頃の小さい子供のままだ。

だって目が覚めたらもう十何年も経ってたんだし。ちょっとしたタイムスリップした気分になるのも仕方ないよね。

だから私が二人に対してあの頃みたいに接しても・・・問題ないよね?

 

「でも案外、彼氏彼女(仮)から愛情が芽生えて彼氏彼女(本気)になる事もあるってフリルちゃんが言ってたよ?」

 

「ルビー、今後あいつの言う事を鵜呑みにするのはやめろ。教育に悪い・・・というかなんでそんなに推してくるんだ・・・」

 

「実は私・・・昔からお姉ちゃんって存在に憧れててー・・・。正直あかねちゃんって、とってもいいお姉ちゃんになってくれそうだし・・・」

 

「お前の欲望で勝手に俺の人生設計を狂わすのはやめろ」

 

「えー、でもお兄ちゃんはあかねちゃんの事、好きじゃないの?」

 

「・・・あくまで同じ役者として尊敬している、それだけだよ」

 

「ちぇー、つまんなーい」

 

二人はまだアクアの彼女の事で話している。

子供達の恋バナ・・・良い!

なんかこう甘酸っぱい感じがする!

 

「ママはどう思う?」

 

「私?私は・・・そうだなー。まずはあかねちゃんと話してみたいかなー?」

 

「勘弁してくれ・・・」

 

 

・・・

 

 

 

「そうだ!ステージの上からアクアの応援、バッチリ見えたよー!」

 

それを聞いたアクアが暗い顔になる。

 

「・・・すまなかった。俺はあの雨の日、アイに酷いことを──」

 

「──もー!私、嬉しすぎてアクアの方ばっか見ちゃったよー」

 

私はあえてそれを遮って、話を続ける。

ダメだよアクア、私が気にしてないのにそんな暗い顔をしたら。

どうもアクアは私の死を重く受け止めて、自分を責めてるみたい。

あの雨の日も言ったけど、アクアが悪いことなんて一つもないのに。

 

「あー、あのオタ芸お兄ちゃん。すごかったけど、後ろから見てると周りの人がドン引きしてて近寄らないようにしてたから、あそこだけ結界できてたよ」

 

幸いにもルビーは聞こえなかったみたいで、私の話を広げてくれた。

アクアも私の意図を察したのか、それ以上は口にしようとしなかった。

 

「ママー聞いてよー。あのオタ芸、私の初ライブの時もやったんだよー?もうどんだけシスコンなんだよー、て感じ!」

 

「へー、ルビーの時もやったんだー。通りで動きがキレッキレだったんだねー」

 

「そう!もうめちゃくちゃノリノリなのに、真顔だから笑わないようにするのが大変でさー?ライブ中、別の意味で緊張したよ!」

 

「えー?でも嬉しくない?あの真面目なアクアがらしくないことをしてまで応援してくれたんだよ?」

 

「まあ、嬉しくなかったわけじゃないけど・・・」

 

私とルビーが盛り上がる間、アクアはバツが悪そうに顔を逸らしている。だけど・・・

ふふっ、顔を逸らしても耳が真っ赤だから恥ずかしがってるのバレちゃってるからねー?

 

「もー、二人が赤ん坊の頃を思い出したよー。覚えてる?私のミニライブで、ミヤコさんに連れられてこっそり二人が来ててー」

 

「もちろん覚えてるよ!ママの生ライブ初めてだったから、私もう感動で頭の中真っ白になっちゃってー!」

 

「・・・実はあの時、結構お仕事でいろいろあって落ち込んでんてさー。そんな時に、二人がサプライズで応援にきてくれたでしょ?もうめちゃくちゃ嬉しくなって、悩んでた事もすぐに解決したんだー」

 

懐かしいなー。あれから笑顔について、作り物みたい、なんて言われることはなくなったっけ。

 

 

「この前のアクアも、私にとってはサプライズで・・・もうほんっとに元気が貰えたの!やっぱりアクアは私が困っていたらいつでも元気をくれる、大切な存在だって!」

 

「むー!アクアばっかりずるーい!私もママがママだって知ってたら絶対応援してたもん!」

 

「もちろん、ルビーの事も大切だって思ってるよ?あの時はアクアがいたからそう言っただけで、ルビーも私に元気をくれる、大事な宝物だもの」

 

「そうだぞ、アイは俺たちを贔屓したりしない。お前もわかってるだろ?」

 

「それは知ってるけど・・・、ていうかお兄ちゃん、めっちゃ満更でもない顔してるじゃん!絶対心の中でドヤ顔してるでしょ!?」

 

「そんなこと・・・ねえよ?」

 

「絶対してる顔だーっ!」

 

 

 

・・・

 

 

 

 

しばらくして、扉にノックの音が鳴る。

開いた扉から入ってきたのは巽だった。

突然の闖入者に、ルビーはポカンとして、アクアは警戒してるのかその顔を睨みつけている。

そういえば二人は巽と会うの初めてだっけ。

 

「時間だ、そろそろ帰る準備をしろ」

 

その言葉を聞いた二人が私のことを一斉に見る。

 

「ママ・・・?」

「・・・」

 

「・・・ごめんねー、二人とも。今日はここまでみたい」

 

私がそういうと、ルビーは露骨に悲しそうな顔になった。

アクアも視線を逸らしているがその顔は曇っていた。

わかっていたことだ。

今日この場で二人に会わせてくれたのは、多分巽なりの感謝なんだと思う。

でもそれは、一時のことで・・・。

 

私は二人に向き直ると、思いっきり二人を抱きしめた。

 

「今日は二人に会えて良かった。また二人のお母さんになれて、成長した二人と話せて・・・本当に嬉しかった」

 

「そんな、ママ・・・また離れ離れになっちゃうの・・・?」

 

「・・・ルビー、アイとは二度と会えなくなるわけじゃない。・・・ここに来る前に伝えたろ?アイにはアイの考えがあってアイドルを続ける、その為にここに留まるだけだ」

 

「なら、私もここに残る!ママと一緒に・・・」

 

「アイドルの夢はどうするんだ?B小町は?有馬やMEMちょは?・・・アイが残してくれた夢を叶えたいんだろ?」

 

「でもっ・・・!そんな・・・やっぱり私・・・ッ!」

 

二人の顔は見えないけど、泣いてることだけはわかった。

参ったなあ・・・湿っぽくならないようにしたかったのに。

私が死んだ時、二人に怖い思いと悲しい思いをたくさんさせた分、今度別れる時は笑顔でって思ってたのに。

たぶん、これから先、次に二人にいつ会えるかはわからない。

フランシュシュの皆と、アイドルとしての夢を選んだ私はこの佐賀で活動を続けていく。

いずれはドームも・・・全国ツアーだって皆と叶えたい。

もちろん、母親としての夢も諦めたわけじゃない。

でも、しばらくの間はアイドルに集中することになるだろう。

佐賀ロックで有名になったフランシュシュは仕事がバンバン増えるはずだ。

この絶好の機会を、巽が逃すはずもない。

二人にはもしかしたら何ヶ月も・・・下手したら何年も会えないかもしれない。

 

「大丈夫だよ、ルビー。今回は二度と会えないって訳じゃないから・・・。生きてさえいればね、私達は何度だって会える。だってこんなに遠いところでも私達はまた会えたんだよ?きっと私達は何度だって・・・うん、それこそ生まれ変わったってまた会えるよ」

 

私の言葉にルビーとアクアが一瞬、息を呑んだ気がした。

あれ?私何か変なこと言っちゃったかな?

 

しばらくの間、二人は黙っていたけど、合図でもしたかのように二人同時に私から離れた。

 

「・・・ママ。私ね、もっと歌もダンスも頑張って、アイドルとして、B小町のルビーとして、ママみたいにキラキラしたステージに立つよ。それでね?今度は私からママを迎えにいくの」

 

「ルビー・・・」

 

「だから・・・さよならは言わないよ!・・・またね、ママ!」

 

「・・・俺も気持ちは変わらない。アイが自分の夢をやっと見つけられて、夢を叶えたいと思うのなら俺は応援するだけだ。アイが挫けそうになったらまた、赤いサイリウムをもっていくらでも駆けつける」

 

「アクア・・・」

 

「だから、俺達のことは気にせず、アイの選んだ道を進んでくれ」

 

二人とも、本当に成長したんだね。

もう立派な大人だ。それが嬉しいし寂しくもある気がする。

なんか今日一日で、止まっていた分も歳を取ったみたい。

二人が成長していく過程には立ち会えなかったけど、大きくなった二人に母親として会えた。

ああ・・・やっぱり私、幸せ者だぁ・・・。

 

「・・・うんっ、ありがとう。ルビー、アクア!ずっと、ずーっと愛してるからね!」

 

 

 

・・・

 

 

 

二人と別れた後のカラオケからの帰り道。

巽の運転する車に揺られながら、私は窓から空を眺めていた。

 

「・・・巽。ありがと」

 

「なんじゃい、しおらしくなってからに」

 

「たまには私の感謝を素直に受けてよー。・・・正直ね、ゾンビになってからルビーとアクアに会えるなんて思わなかったんだ」

 

「ふんっ。俺はただ、お前の働きに相応しい報酬を用意しただけじゃい。・・・俺はお前を雇用する立場だからな。アイドルのメンタル管理もしっかりできて初めて伝説のプロデューサーは名乗れるんじゃい」

 

「もう、そーゆーことにしとくよ。・・・でも、今回会食に行くって皆に話したでしょ?私以外が行く可能性だってあったわけじゃん?実際は皆が譲ってくれたから私が来れたわけだけどさー?譲ってくれなかったらどうしたの?」

 

「佐賀ロックのお前の頑張りを俺だけが見てるわけないじゃろがい。ああ言えば、あいつ等ならお前を行かせると確信があった、それだけだ」

 

「───」

 

「お前が思っている以上に、お前はあいつらから感謝されているんだ。大人しくその感謝を受け入れておけ」

 

「そんな・・・私の方こそ、皆に感謝しているのに」

 

ルビー達に会おうと背中を押してくれたのも、私にアイドルとしての夢を追おうと思わせてくれたのも皆だ。

今のこの幸せな気持ちは、フランシュシュの皆がいなきゃ得られないものだった。

 

「なら感謝の言葉を、お前の口から伝えてやれ」

 

「えっ?」

 

「お前の嘘偽りない心を、何度でもお前の言葉でぶつけてやるといい。そうすればやがて、自然と本当の気持ちを口にできるようになるだろう」

 

その言葉は私の中で、昔私を救ってくれたある人の言葉を思い出させる。

『嘘でいいんだよ』

『嘘をつけるのも才能だ』

『それに皆愛してるって言っているうちに、嘘が本当になるかもしれん』

あの言葉がなければアイドルになんてならなかった。

あの言葉があったから、私はアイドルになれて、ルビーとアクアの親になれて、皆とも会えた。

巽の言葉は、ある意味私の人生の否定だ。

 

「・・・巽はすごいね、私は本当の気持ちを口に出すのがまだ怖いよ」

 

皆に嘘をつきたくないのも本当。だけど、それを口に出すのが怖いのも本当。

でも・・・

 

「・・・でも、怖がってばかりじゃいつまで経っても本音は言えない。なら、私も踏み出さないと」

 

誰にも聞こえない程度の大きさの私の呟きは、走る車の窓から流れて消えていった。

 

 

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

 

 

 

「やあ、アクアくん。佐賀旅行はどうだったかい?どうやら満喫してたみたいだけど?」

 

「鏑木P・・・」

 

佐賀から戻ってきてすぐ、俺は鏑木Pに呼び出されていた。

場所はいつもの高級寿司屋だ。

 

「・・・おかげさまで、とても身のある旅でした。空気や飯も美味いし、犬走さんもサガジンの方もとても良くしてくれましたよ」

 

「そうかい?それは良かった。そう言ってもらえたのなら、紹介した甲斐があったよ」

 

鏑木Pはいつものはりついた笑顔で答える。

だがその笑顔からは、明らかに今回の成果を確認したくて仕方ない、裏の顔が垣間見えた。

 

「君には期待してるからね。次の東京ブレイドでも、楽しみにしているよ」

 

「ご期待に応えられるよう頑張ります」

 

「ああ・・・。さて、そろそろ本題に入ろうか」

 

鏑木Pの声色が変わる。

いい加減に話せ、と言う事だろう。

 

「はい。・・・フランシュシュのマネージャーと接触できました」

 

「へぇ、アイドルじゃなくてマネージャーの方か。意外だったよ」

 

「彼もこっちでのコネを作りたかったそうで・・・。鏑木Pの名前と名刺を見せたらすぐに話に乗ってきましたよ」

 

「そりゃあ好都合だ。こっちに都合がいい条件で貸しを作れるに越したことはないからね」

 

どうやら俺が思ってたよりフランシュシュに期待していたらしい。

見るからに上機嫌になった鏑木Pは、美味そうに

寿司を食べていた。

 

「ところで君の疑問の答えは得られたのかい?」

 

「・・・さあ、どうでしょうね。結局彼女はアイじゃない、それだけでもわかったのは今回の成果と言えるかも知れません」

 

「そうか。まあ、死人が生き返るなんてあり得ないからね。君が納得できる答えが得られたのなら、僕も高い金を出した甲斐があったというものだ」

 

嘘つけ。

絶対俺に対する貸しと、フランシュシュとのつながりだけであんたにとってはプラスになってるんだろうが。

この男がこの世界で、他人とのコネを重く見ていることは知っている。

今回の出費だってきっと必要経費としか思ってない。

この男にとっては、俺もフランシュシュも、新たなコネを作るための駒に過ぎないのだ。

・・・いいさ、いくらでも利用するがいい。

アイを殺した男への復讐は終わっていない。

加えてもう一つ、絶対にやらなければならないことができた。

なら、せいぜい俺もあんたとのコネを利用し尽くすだけだ。

 

「・・・鏑木P、一つ企画の提案があります」

 

「ん?急にどうしたんだい?君の次の仕事は東京ブレイドだろう?」

 

「はい。だから俺の、じゃありません」

 

「? じゃあ誰のだい?」

 

「・・・ジャパンアイドルフェスティバルで鮮烈なデビューを果たしたアイドルと、佐賀で大きな嵐を引き起こすアイドル、そのコラボは見たくないですか?」

 

「・・・やっぱり君、多才だねぇ。プロデューサーも向いてるし本気でマルチタレントになれるよ」

 

鏑木Pの笑みが濃くなる。

俺は佐賀から帰る飛行機の中で作り上げた企画書を鞄から出すと鏑木Pの前で広げて見せた。

 

 

 




本当はルビーとアイが再開してアクアが巽と手を組んでこの話は終わりの予定でした。

でもやっぱりアイアクアルビーの書きたい絡みが浮かんでしまって・・・。気がついたら26000文字・・・。
正直まだまだ思い浮かんだ書きたい絡みはありますが、違う話で書いていきます。


いつも読んで頂きありがとうございます。
引き続き書いていきますので感想やら高評価、誤字修正頂けるとキラキラバシューンします。
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