今回も本編の順番を入れ替え、先にサキ回になります。
※本来はサキ回→リリィ回
あと推しの子一番くじやってるよ!
アイのアクスタ当たったよ!皆も買おう!
翌日、私達は大名小路児童公園に来ていた。
今日はフランシュシュとの動画コラボ企画、『佐賀発祥の大人気アイドル、フランシュシュに密着しました!(仮)』の撮影初日だ。
事前の打ち合わせではこの公園でフランシュシュがお仕事をするので、そこに私とMEMちょが合流してその様子を動画に撮りつつ、適宜フランシュシュのメンバーにインタビュー形式で話を振って深掘りしていくって流れだ。
そして公園に着いた私達は・・・。
「・・・えーと、何これ?」
目の前の光景に思わず呆然と呟いていた。
「よっさやいさ!」「はーどっこいしょ!」
公園でおじいちゃん、おばあちゃんが集まって踊っている。
その中にフランシュシュのメンバーも混ざっていた。
思わずポカンとしていた私達に気づいたママが、踊りを中断してこちらにやってくる。
「おはよー、ルビー、MEMちょ!」
「お、おはよー・・・」
「えーと、これは一体何を・・・?」
「あれ?ミヤコさんから伝わってない?今日は佐賀の伝統舞踊の一つ、鹿島踊りを学ぶの」
一点の曇りもない笑顔。
ママが冗談を言っているようには見えない。
「伝統舞踊・・・?なんで・・・?」
「えーとね、巽が言うには・・・佐賀には高齢者の人が多いから、その人達の心を掴む為にも、まずはこの鹿島踊りに参加してーって流れだったかな?」
「へ、へー・・・?」
・・・まるで意味がわからない。
そもそもこれは厳密にはアイドル活動なんだろうか?
「で、今回のコラボ配信は若者だけじゃなくて、高齢者の人たちでも楽しめる内容にして、後々私達のチャンネルの登録者を増やす作戦なんだって」
まずいくら佐賀に高齢者が多かろうと、その人達はせいぜいテレビを観るのが関の山だろう。
わざわざスマホやパソコンを買って、アイドルの動画を観るとは思えない。
どうしよう・・・。
これじゃあアイが有名になってせんせーに見つけてもらう作戦が・・・。
「わ、私が教えたアドバイスはいったいどこに・・・?」
MEMちょも目の前の現実についていけないのか、目をぐるぐるさせながら頭を抱えていた。
正直私もついていけてない。
あの完璧アイドル、アイがよっさやいさ言いながらおじいちゃんおばあちゃんに混ざって踊っている光景。
・・・いや、アイが踊ってる姿はすごい絵になるんだけど、いかんせん流れてる音楽とのギャップに脳が拒んでる感じが・・・。
「いやー、初めてこういうの踊ったけど意外と楽しいね。普段のダンスじゃ絶対やらないようなステップ踏んだりするし、結構勉強になるかも」
そう言って、さっきまでの踊りを思い出すように軽く振りを再現する。
ああ・・・わ、私の中のアイが・・・、あの可愛くてカッコいいアイのイメージが・・・。
・・・いや、一周回ってこういうのもありかも・・・?和風の衣装を着て、民族舞踊を踊るアイ・・・。
可愛い・・・!推せる・・・!!
「嬢ちゃん達もやればわかるぞい」
「うわぁ!?びっくりした!?」
!?
いつの間に背後に!?
私の後ろから声をかけてきたのはフランシュシュと一緒に踊っていたおばあちゃんの一人だった。
「な、なにをですか?」
「ひっひっひ、そりゃあこの鹿島踊りの良さをよ・・・」
「健康祈願、恋愛成就、美容にもええんじゃぞ・・・」
「胡散臭いよ!」
「ほれほれ、ゆーたちもかも〜ん」
「わ、私たちは撮影しなくちゃいけないのでー・・・」
「嬢ちゃん達もあいどるなんじゃろ?わしらのだんすに勝てる自信がないんか〜?」
むっ。
あからさまな挑発。
だけど、私もダンスには自信がある。
小さい頃、生前のトラウマでうまく踊れなかった私に、ママがダンスの楽しさを教えてくれた。
あれ以来、私はダンス練習だけは毎日欠かさずやってきた。
ダンスだけは、B小町の皆にも、フランシュシュにだって負けない。
「・・・いいよ、そこまで言うなら乗ったげる!行くよ、MEMちょ!」
「ちょっ、ルビー!?私達まで踊ってたら誰が撮るのさ!?」
「大丈夫、あとでまた撮ればいいよ。それに最悪編集で何とかなるから!たぶん!」
「清々しいほどの他人任せ!」
「・・・ふふん、私を挑発したこと後悔させてあげる・・・!」
「若い子は威勢が良いの〜、じゃが容赦せんぞ?あ、みゅーじっく、かも〜ん!」
・・・・・・
・・・
つ、疲れた・・・。
あの後、結局おばあちゃん達とずっと踊り続けていた。
もしかして健康祈願とかは本当だったり・・・?
ちなみにMEMちょはひと足先に力尽きて途中からダウンしてた。
「っぷはー、おいしいー」
乾いた喉をペットボトルの水で潤していると、フランシュシュのメンバーの子が近づいてきた。
「お疲れ様っ、ルビーちゃん!ダンスすごかったね!」
頭に大きな星の髪飾りをつけた、見た目十歳くらいの女の子。
この子は確か・・・フランシュシュ六号、本名はおそらく星川リリィ。
ミヤコさんと先輩がいうには、芸能界に彗星の如く現れた天才子役で一時期は全チャンネルのゴールデンタイムで主演を務めるという快挙を成し遂げたとか。
子役時代の栄光に絶対の自信を持つ先輩が唯一、悔しそうに評価していた相手だし、たぶんすごい子なんだろうけど・・・。
「・・・お疲れ様。六号ちゃんもありがとう!」
・・・どうしよう。
正直、小学生くらいの子供は苦手だ。
転生して前世の記憶を持っていた私は、同世代の子になかなか馴染めなかった。
だって前世では十二歳まで生きていたのだ。
しかもほとんどがベッドの上で、話し相手は大人のせんせーか他のお医者さんくらい。
今更幼稚園児を相手に馴染めるわけがない。
同じ転生者のお兄ちゃんは、我関せずで一人で分厚い本ばっか読んでたし・・・。
そこからはママのこともあって友達を作る余裕なんてなかった。
中学に上がったら友達はできたけど、その時には年下の子供を相手にするのが苦手になっていた。
早くどこか行ってくれないかな・・・。
声かけられたし、私からどこか行くのもな・・・。
目の前の少女は私の気も知らずに隣までやってくると、公園に設置されている水飲み場で水を飲み始めた。
「ふーっ、・・・六号、レッスンの時より疲れちゃったかも!」
「あはは・・・その気持ちわかるかも。私もついつい熱が入っちゃって・・・もう汗だくだよ・・・」
今日はそんなに気温は高くないのに暑さを感じる。
先程まで全力で踊っていたのもあって、私は結構汗をかいていた。
一方で六号は疲れたと言う割には汗をかいてるようには見えない。
私達よりも先に踊っていたのに涼しい顔をしているのは、ゾンビだからっていうのもあるのかな?
「前から思ってたんだけど、ルビーちゃんのお名前ってとっても素敵だね!」
「え、ありがとう・・・?」
「キラキラ〜ってしてて、可愛くて憧れちゃうなー!本当は六号ももっと可愛い名前で活動したかったんだけど、ゾン・・・フランシュシュは皆番号で呼ぶものなんじゃーいって巽が言うからこうなったんだよ?酷いよねー」
「あー、確かにアイドルっぽい名前じゃないよね」
「でしょー?可愛くないよねー?」
この名前をあまり人から羨まれることはなかったから新鮮だ。
ママがつけてくれた名前だから私は気に入ってるけど。
「ねぇ、ルビーちゃん」
「ん?なに?」
「・・・ありがとう!」
突然の感謝の言葉。
心当たりは全くない。
「・・・えっと、私何かしたっけ?」
それを聞いた六号は屈託のない笑顔を見せた。
「昨日ね?帰った後も七号ちゃん、とっても嬉しそうだったの!たぶんルビーちゃんと会えたからだって思ったから、お礼が言いたかったの!」
「・・・そっか」
何気ない感謝の言葉。
だけど、私の心中は複雑だった。
六号に悪気がないのはわかる。
けれど私の知らないママを、この子に知られている気がして少し嫌だった。
・・・あれ?私、こんなに独占欲強かったっけ・・・。
「ルビーちゃんは七号ちゃんのこと、すき?」
思わずドキッとする。
急な質問にしては、私とママの関係に切り込む内容だった。
確かに昨日はママとばかり話してたから、特別仲良く思われたのかもしれない。
「そうだね・・・。うん、好き、かな」
誤魔化してもしょうがないので、そのままの感情を伝える。
「・・・そっか!六号もね?七号ちゃんのこと大好きだよ!」
自分と同じだと知って嬉しかったのか、にぱっと笑顔を浮かべる。
「昔ね、まだフランシュシュの皆と会ったばかりの頃、不安で眠れないことがあったの。周りにいた子は知らない人達で、頼れるパピーはいなくて、この先どうなっちゃうんだろう?て考えると目が冴えちゃって布団の中で震えてたの」
懐かしむように語る六号。
私はこの子の最期について知らないけど、幼い子がある日いきなり親から引き離されて、気がついたら周りに知らない人しかいなかったらきっと心細いだろうな、とは思えた。
「そしたらね?七号ちゃんが側に来てくれて、寝つくまでお話ししてくれたの。その中にね、七号ちゃんの宝物のお話があったの。お星様みたいな双子の男の子と女の子。二人に出会って、七号ちゃんの世界が変わったんだって」
目の前の少女はそこで言葉を切ると、私に向かって内緒話をするかのように近づくよう手招きする。
私は少し迷ったけど、話の続きが気になって耳を傾けた。
「・・・ね?あなたがその女の子なんでしょ?」
「!!」
耳打ちされた言葉に、思わず離れて六号の顔を見る。
六号は「やっぱり・・・」と言うと、嬉しそうに笑った。
「なんで・・・」
「・・・すぐわかっちゃった。だってルビーちゃんと会った時のアイちゃん、そのお話をしてた時と同じ目をしてたから」
その時の光景を思い出すように話す。
もう隠すつもりもないのか、ママのことを名前で呼んでいた。
そっか、ママが私達のことをそんなふうに・・・。
正直嬉しかった。私達が何年経ってもママのことを大好きなままだったように、ママも私達のことをずっと好きでいてくれたことが。
思わず口元に笑みが溢れる。
「マミーとパピーもね?リリィを見る時同じ眼差しをしてたの。たぶん愛してるって気持ちはね?口にしなくても、目とか表情で伝わるんだってリリィは思うんだ。その人の向ける眼差しが優しければ、きっとそれは愛情の──」
「──違うよ。愛情はそんなわかりやすいものじゃない」
勝手に口が動いていた。
先程まで胸に満ちていた暖かさが、最初から存在してなかったかのように抜け落ちていく。
愛情がその人の視線や表情に表れる?そんなことはありえない。
おかあさんは私を愛していると言っていた。
母親は子供を愛するものだ。
おかあさんが嘘を言うはずがない。
『おかあさんは私のこと、愛してる?』
愛情が視線や表情でわかるものなら、私はそれを知っているはずだ。
『──ええ、愛してる』
だからあの時、あの病室でみた、おかあさんの顔を、思い出せないの、は
「・・・ッ」
気がつけば、沈黙が場を支配していた。
先程まで楽しそうだった六号は突然の私の言葉に驚いたのか、口を噤んでしまっている。
「・・・えっと・・・」
やっとのことで絞り出した声は最後まで言い切れずに消えていく。
なんて声をかけていいのかわからない、そう言っているのが手に取るようだった。
やってしまった。
つい、口が滑ってしまった。
フランシュシュとの仲を悪くするつもりはなかったのに。
どうしようか悩んでいると、急遽原付の音が鳴り響いた。
音の鳴った方を見ると原付から降りた女の子達が、ゆっくりとこちらに歩いてくるのが見えた。
全部で三人。見た目は中学生くらい。だけど、何故か丈の長い学ランのような服を羽織っている。
いや・・・これ確か昔、病院のテレビで見たことがあるかも・・・。
確か昔のヤンキーが着ていた特攻服ってやつだ。
よく見ると乗ってきた原付もなんかゴテゴテついていて、よりヤンキーっぽさを出していた。
「ださっ・・・」
私の感想を六号がぼそっと代弁する。
わかる。流石に今の時代にあんなレトロスタイルな不良はいない。
先頭を歩いていた女の子はまっすぐ私達の元へと来ると、思いっきりガンを飛ばしてきた。
「てめーら!誰に断ってここで踊り狂っとるつか!ああ!?」
私は同年代の女の子と比べると背は高い方だ。
対して、目の前のヤンキーはどちらかというと小柄だった。
「つかてめーら、見ない顔やけんな?どこ中よ?」
「・・・むー!リリィはもう永遠の小学生だもん!」
「「「えっ!?」」」
六号の言葉に対し、ヤンキーが困惑した声を上げる。
どうやら相手が思ったより幼くてびっくりしてるみたい。
「ま、まりあちゃん!小学生はちょっと・・・!」
「あたいもそう思う・・・!」
「じゃ、じゃあおまえはいいや・・・」
六号から目を離したまりあと呼ばれた女の子がこちらを見る。
「てめー!誰に断ってやっさやっさやりよるつか!?」
「や・・・? ・・・別にここはあなたの公園じゃなくない?私達が公共の場所を使おうとあなたに関係ないでしょ?」
「あぁ!?」
さっきまでのむかむかした気持ちが抜けず、つい挑発するような言葉を口にする。
まりあは頭にきたのか、私を睨みつけながら近づいてくる。
「さ、サキちゃん!こっち!」
もう少しで手が届く、そんな距離まで近づいたところで新しい声が聞こえてきた。
声の主を見ると、一号ちゃんが二号ちゃんを連れて走ってくるのが見えた。
「あー?急に引っ張りよって何が・・・ああ?」
どこからか見ていたのか、どうやら助けを呼んでくれたみたいだ。
・・・
二号ちゃんに対してもチビヤンキー達が突っかかっていくが、ひとにらみであっさりと退散してしまった。
「ありがとう・・・サキちゃ、・・・二号ちゃん。おかげで助かったとよ・・・、六号ちゃんとルビーちゃんが絡まれるの見つけよったけど、私だけじゃどうにもならんと思って・・・」
「ん?おお、気にせんでいーばい。ああいう奴らには強気に対応せんとナめられるけんな」
「でも珍しい組み合わせとね。六号ちゃんとルビーちゃんが一緒なんて」
「・・・ルビーちゃんのダンス、上手かったからアドバイスを聞いてたの」
「う、うん、そんなところ、かな」
どうやらさっきの話をメンバーの子に話すつもりはないらしい。
・・・私も広めたいわけじゃないのでここは話に乗っておく。
「・・・さっきは助けてくれてありがとう。二号ちゃん、ああいうこと慣れてる感じだったけど・・・」
「まっ、昔はアタシもやんちゃしてたけんな。仲間と一緒にバイク乗り回して、全国制覇目指して毎日喧嘩に明け暮れて・・・」
「に、二号ちゃん!そ、そろそろ幸太郎さんと合流しないといかんとよ!?六号ちゃんも!」
「う、うん」
「お、おお!そ、そやけんな!・・・まあとにかく、何かあればアタシを呼べ。お前が傷つくと七号も悲しむけん。それに、こうして同じ場所でアイドルやってるけん、アタシ達もうダチやけんな!」
「あはは・・・ありがとう・・・」
そういうと、二号ちゃん達が去っていく。
去り際に六号がこちらを振り返った。
何かを言おうとして、口を開く。
「あ・・・えっと・・・」
だが先ほどのこともあってか、困った顔で言い淀んでいた。
「おーい、ちんちくー!置いてくぞー?」
「・・・う、うん!わかったー!・・・またね、ルビーちゃん」
何か言いたげだったが、結局二号ちゃんに呼ばれてそのまま走っていった。
・・・
翌日もフランシュシュとのコラボ動画の収録だ。
正直気分は乗らなかった。
理由はもちろん、六号と顔を合わせたくなかったからだ。
昨夜、ホテルに戻った後、冷静になった私は頭を抱えていた。
やらかした。
間違いなくそう言える。
あんな小さい子に、それもメンバーの中でママと仲が良さそうな子にあんな態度をとって・・・。
あの子がママに昨日のことを話す・・・ことはなさそうだけど、それでも私に対する心象は悪くなっただろう。
ミヤコさんの運転する車から降りる。
同時に、並走していたフランシュシュのバンも止まり、中からママ達が降りてきた。
私に気づいたママが笑顔で手を振る。
私はそれに控えめに手を振って返すと、ママの後ろから六号も降りてきた。
「・・・!」
思わず手を止めて、目線を逸らす。
ちらっと視線を戻すと、ママは不思議そうな顔を一度した後、他のメンバーとの会話に入っていった。
それを確認した私はため息をつきつつ、MEMちょと一緒に歩き出した。
「どーしたの?ルビー、元気ないじゃん」
「そ、そんなことないよ?それより、今日はどんなお仕事だっけ?」
「今日はミニライブと握手会だってー。・・・私たちもメンバーが欠けてる場合のポジション練習しとけば良かったねぇ〜」
「だねー。ダンスだけならともかく、歌はどうしても先輩がいないとね・・・」
「・・・いっそ、口パクでやってみる?案外バレないかもよー?」
MEMちょと一緒に口をパクパクしながら踊る姿を想像する。
「・・・なんかアイドルっぽくない・・・」
「あはは・・・。ある意味ではアイドルっぽいことなんだけどね。大人しく今日は勉強ってことで見学に回りますかー」
そうだ。
貴重なママのライブを近くで観れる機会。
推しとしても、同じアイドルとしても、この機会を逃すわけにはいかない。
よし。
いったん、昨日のことはまた後で考えよう。
「そーいえば、さっき車から降りてきた中に二号さんいなかったよね・・・。どうしたんだろう?」
「一人だけ別の仕事が入ってて、後から来るとか?もしくは先に現場入りしてたり?」
「それか体調不良とかだったりするのかな?」
「どうだろうねー」
「はぁ・・・」
MEMちょと話しているとミヤコさんが戻ってきた。
心なしか浮かない顔をしてるように見える。
確か、先程までフランシュシュのプロデューサーと今日の打ち合わせがあったはずだ。
何かあったのかな?
「あなた達、今日の予定だけど・・・」
・・・
「カーットイン〜♪」
フランシュシュのミニライブが終わり、握手会が始まった。
今回は佐賀ロックで初披露した新曲を収録したCDも販売することもあって、普段よりもお客さんは多いらしい。
結果、物販コーナーを捌く人が足りず、私達も手伝っていた。
「うう・・・、なんで私達まで〜・・・」
「これだけ来るのは予想外ってフランシュシュのプロデューサーも言ってたしね・・・。とりあえずスタッフ用の帽子と伊達メガネを借りたけど、バレないかな?」
「大丈夫でしょ?私達、普段は東京で活動してるし、佐賀の一企業とタイアップしたけど実績はほぼ無いし・・・あれ?自分で言ってて悲しくなってきた・・・」
「あ、あはは・・・。でも、アイドルの物販の売り子なんてなかなかできることじゃないし、正直興味はあったから結構楽しんでるよ、私!」
アイドルとしてステージの上に立つことに憧れていたけど、物販の売り子とか裏方も一度は経験してみたかったんだよねー。
アイも地下アイドルの頃はやってたって言ってたし。
「あ!あそこ、列が乱れてきてる!ちょっと私、行ってくるね!」
「はーい。ルビーは元気いっぱいだねぇー」
MEMちょに売り子を任せて握手会の列に向かう。
握手会はこの規模の会場にしてはなかなか盛況と言っていい列を作っていた。
各アイドルにつき、折り返しができるくらいの行列。
その中でもやはり、と言うべきか、ママの列は一番長くなっていた。
「はーい、押さないでー!列が乱れてきてますよー!」
列整理ってこんな感じでいいのかな?
昔見たテレビの記憶を頼りに誘導していく。
いつかは私もこれくらいの規模の列ができるくらいのアイドルに・・・。
そんなことを思いながら列を眺めていると見覚えのある背中が見えた。
「んー・・・?」
私と同じく、正体を隠すように帽子を深く被り眼鏡をかけている。
実は最近、ぴえヨンのマスクを被って私達のレッスンをしていた人がお兄ちゃんだと最後まで見破れないことがあったんだよね〜。
別にお兄ちゃんのことは何とも思ってないけど、兄妹として見破れなかったことはこう・・・なんとなく悔しかった。
だから、あれ以降お兄ちゃんがこっちを見てない時は、お兄ちゃんの姿を注視するようにしていた。
また同じようなことがあった時、真っ先に見破ってやるために──!
そんな私の鍛えたお兄ちゃん眼が言っている!
この後ろ姿は怪しいと!
私はその人を睨みながらゆっくりと正面に回っていく。
その人は私の顔が視界に入ると露骨に視線を逸らした。
「・・・何やってるの?お兄ちゃん」
「・・・人違いじゃないか?スタッフさん」
「いや、もう隠す気ないよね?声でバレバレだよ?」
「・・・」
・・・
列から離れた私たちは、会場の隅まで行くと向かい合っていた。
「何でこんなところにいるの?今日は先輩やあかねちゃんとレッスンじゃなかったっけ?」
「・・・今日は非番だ。時間が空いたから様子を見にきた。それだけだ」
「わざわざ佐賀まで?お休みだってそう何日もあるわけじゃないでしょ?いつまでこっちにいるの?」
「・・・このイベントが終わったらすぐに東京行きの便に乗る」
「・・・いくら何でもそれはシスコン拗らせ過ぎだよ、お兄ちゃん」
元々シスコンだったのは知ってたけどここまでとは。
思わず呆れていると、アクアは観念したように話だした。
「別に、それだけじゃない。今回、アイとの念願の共演だろ。企画した側でもあるし、一度は顔出さないと、とは思ってたんだ」
それは暗に私の為に来たと言ってるようなものでは?
心の中で考えたことを飲み込む。
「・・・おかげさまで。ママとたくさん喋れたし、ママのダンスや歌も間近で見れたから感謝してまーす」
「そうか」
はぁ。
まったく、シスコンなのは知ってたけどお兄ちゃんは私のことが好き過ぎる。
私がいなくなったらどうするのかねー。
・・・まあ、いなくならないけど。
「・・・ほら!結局様子を見がてら、ママにも会いに来たんでしょ?後で事情を話せば少しくらいママとも話せる時間あると思うけど」
「いや、そこまで時間はない。だいたい今日の俺は一ファンとしてアイに会いに来たんだ。特別扱いされるのは良くない」
「何それめんどくさ」
「・・・いいんだよ。こうして時間作れば会いに行けるんだから」
・・・まあ確かに、ママにいつでも会える。それだけでも私達にとっては最高の贅沢だ。
「・・・ああ、もうわかった。列に戻っていいから──」
私が踵を返してその場を離れようとした時、歩いてきたお客さんとぶつかってしまった。
バランスを崩したところをお兄ちゃんが咄嗟に手を掴んで支えてくれる。
「あ、ありがと。──ご、ごめんなさい!前を見てなくて・・・。怪我とかありませんか?」
「ああっ、いえ。こちらこそすみません」
心配そうにこちらを見てくるのは頭にタオルを巻いている中年男性だ。
七号の写真が印刷された、おそらく自作の法被を着ており、気合の入りようが伺える。
「あの・・・スタッフさん、大丈夫でし──あれ?もしかしてB小町のルビちゃん?」
意外な人物を見たと言わんばかりに不思議そうに告げる。
あれ!?なんでバレた!?
思わず頭にあるはずの帽子を深く被ろうと手をやる。
だがそこには、あるはずの帽子がなかった。
なんで!?
・・・そっか!さっきぶつかった時に落としたんだ!
慌てて、周囲を見渡して落とした帽子を探す。
あった!
すぐ足元にあったので、それを深く被り直すと
「ひ、人違いでーす!!」
慌ててその場を離れるように走り出した。
・・・
「店長〜、何やってるんすか〜」
「気をつけてくださいよ、全く」
「おお・・・」
店長と呼ばれた男を追ってゆっくりと二人の男が現れる。
「店長が言ったからわざわざ今日、高い交通費かけて佐賀まで来たんすよ〜、旅先でのトラブルはごめんっす!」
「しかしあれだけアイ一筋だった店長がルビーちゃんに始まり、今度は七号ちゃんに推し変するとは・・・」
「ばーか、推し変じゃねえよ。推し増し、だ。推しはいくらいても問題ないからな。・・・しかし今のは間違いなくルビちゃんだった・・・、何故ここに・・・まさか佐賀ロック繋がりで何か・・・」
「見間違いじゃないっすか?」
「わざわざ東京からここまで何度も来ないと思いますよ」
「いや、俺の長いアイドル観が言っている・・・。本物のルビちゃんだった、と・・・」
「・・・真面目な話、中年男性がアイドル観語ったり10代の女の子にちゃんづけしてるのきつくないっすか?」
「言うな、俺たちもその領域に片足突っ込んでるんだから」
「聞こえてるからなお前ら・・・。まあでも、何か事情があるみたいだったし、本人も人違いって言ってたしな。俺らは何も見ていない、いいな?」
「はーいっす。相変わらず店長は推しに忠実っすねー」
「推しとは適切な距離を取って接することが大切なんだよ。お前が今後もアイドルの追っかけするなら覚えとけ」
そのまま、話を続けながら握手会の列へと消えていく。
どうやら悪質なファンじゃないみたいだ。
俺はほっと一息ついて、アイの列へと戻っていく。
もしもの時は何とかするつもりだったが・・・。
世の中にいるアイドルファンは誰しもあのストーカーのようなわけじゃない。
こいつらや前回会ったパンクファッションの奴らのような人もいる。
「・・・あいつ、あまり楽しそうじゃなかったな」
念願のアイとの共演。
普段のルビーなら、もっと浮かれててもいいはず。
だけどあいつは、傍目にはそこまではしゃいでいるようには見えなかった。
「考え過ぎ・・・かもしれないが・・・」
念の為、打てる手は打っておくか。
・・・
「危なかったー・・・」
慌ててステージ裏に戻る。
周囲に誰もいないことを確認して、息を整えた。
「まさか気づかれるなんて・・・」
思わずニマリと笑顔になる。
なんだ、案外私達も有名じゃん。
佐賀での活動はまだそんなにしてないのに、変装していた私に気づくファンがいた。
着実に私達がアイドルとして有名になってきている証拠だ。
こんなことを言うと、先輩に調子に乗らないって言われそうだけど・・・。
今くらいはこの幸せを噛み締めてもいいだろう。
「・・・ん?」
ふと、誰かの話し声が聞こえた気がした。
耳を澄ませると、微かだが声が聞こえてくる。
今すぐ戻ってまたあのファンの人やアクアに会うのも何だし・・・。
私は自分に言い訳をすると、興味本位で声のする奥へと進み始めた。
・・・
「──さんは元々は宮崎の方にお住まいで?」
「ええ、そうなのよー!職場は東京なのだけど、実家がこっちにあってね?家族は東京にいるし中々戻ってくる機会もないのよねー!」
先に進むにつれて、聞こえてくる声が大きくなる。
しばらく歩くと、話し声の聞こえる部屋の前へと辿り着いた。
扉は年季が入っているのか、鍵が閉まっておらず僅かに開いており、そこから話し声が漏れてたようだ。
片方の声はわかる。
私達に売り子をお願いしたフランシュシュのプロデューサーだ。
そしてもう一人、こちらは聞き覚えのない女の人の声。
・・・いや、違う。聞いたことがある。
私はこの声を知っている。でもどこで?
少なくともこの16年、聞いた記憶はない。
だけど私は、間違いなく、この声を、知っている。
「巽くんは彼女とかいるの?家族はいいわよー、人間ってやっぱり、支え合って生きていかないといけないものなのよー」
「はは、残念ながらまだ独り身です。今は仕事が恋人ですかね」
「そうなのー?なら親孝行なさいな!親ってのはいつだって、子供のことを想ってるものなのよー!いつか会えるーなんて思ってたら、あっという間に寿命でポックリなんだから!」
「はは、その言葉、心に刻んでおきます」
扉が内側から開き、中にいた人が出てくる。
「本日はお時間を取って頂いた上に、このような場所までお越し頂きありがとうございました」
「いいのよー!私も佐賀で注目されてる期待のアイドルに会えて良かったわー!すっかりファンになっちゃった!」
「そう言って頂けると嬉しいです。是非、タイアップの件もご検討頂ければ・・・」
「ええ!一度本部に持ち帰らないといけないからこの場では答えられないけど、いい返事ができるよう、私も協力させて貰うわね!」
「ありがとうございます。──ん?お前は・・・」
出てきたフランシュシュのプロデューサー・・・確か巽さんが私に気づく。
その後ろから、妙齢の女性が出てきた。
「あら?あなた、さっきのステージにはいなかったわよね?スタッフさん?でもこんなに可愛いのだし、練習生とかかしら?」
ああ、どうして。
どうしてここで、この人と、再会するんだろう。
天童寺さりなの母、天童寺まりながそこにいた。
・・・
「〜♪」
鼻唄を歌いながらステージ裏を歩いていく。
目的はこの先にいるであろうルビーに会う為だ。
「しかしアクアも妹想いだねー、わざわざ佐賀まで来るなんて〜♪」
・・・
『あれ?アク・・・どうしてここにいるの?』
いつものようにチェキ会を高速で捌いていた私は意外な人物の来訪に驚いていた。
『ああ、ちょっと時間が空いたから様子を見に来たんだ』
そう言って、私の隣に来たアクアは変装用だろうか、帽子と眼鏡をしていた。
・・・さすが、私の息子。眼鏡とサングラスも似合ってる!カッコいい!!
『・・・お世辞はよしてくれ・・・。冗談でも照れる』
『あれ?私、声に出てた?』
『ああ、眼鏡と〜のくだりだけだが』
前半は言わなくても予想はできるが、とアクアがため息をつきつつ告げる。
そっかー、ついつい私が溢しちゃう程カッコよかったかー。
まあしょうがないかー、こんなイケメンだしなー。
『あの・・・そろそろ撮影しても大丈夫でしょうか?』
『あ!ごめんごめん、じゅ・・・四号ちゃん!』
四号ちゃんは本人の希望でファンとのチェキは撮らずに、ブロマイドの販売のみになっている。
だからチェキ会では他のメンバーの撮影に回ることも多い。
『・・・お知り合いなんですか?』
『んー、そんなところかなー』
純子ちゃんは私の返答に対して、特に深掘りせずにアクアのことをじっと見つめるだけだった。
『・・・どうかした?』
『どこかで彼を見たような・・・。いえ、きっと気のせいですね。すみません、すぐ撮影に入りますね』
そう言ってすっかり慣れた手つきでカメラの準備を始める。
純子ちゃん、最初はシャッターの位置すらわからなかったのに立派になって・・・。
アクアのことはどこかですれ違ったとかかな?
この前まで佐賀ロックやミニライブにも来てたしね。
そもそもアクアはカッコいいから印象に残っちゃうのも仕方ないというか──
『それじゃあカメラの準備できたので撮りますね。お二人とも寄ってください』
おっと、今はチェキのことを考えないと。
純子ちゃんが構えるカメラの前でチェキを撮る時によくやる互いの手でハートを作るポーズを取る。
前回は結局ハート作ってくれなかったんだよねー。今回こそは乗ってもらうよー。
私がニマニマとアクアのことを見つめると、気恥ずかしそうにハートマークを作ってくれた。
『はい、チーズ』
カメラがシャッターを切る音がする。
『・・・やはり、まだ現役だろ・・・』
『どうかした?』
『いや、何でもない。・・・すみません、もう一枚いいですか?ちょっと、目を瞑ってしまって』
『えっ?・・・わかりました。では、もう一度寄ってください』
アクアの提案で再度、カメラの前でポーズを取る。
すると私にだけ聞こえるくらいの音量でアクアが囁いてきた。
『・・・さっきルビーに会ったんだが、元気がないみたいだったんだ。何か知らないか?』
『えっ?ルビーが?・・・うーん、私の前だと元気そうだったけど・・・』
『ならいいんだが・・・』
内緒話かな?私も同じくらいの声で返す。
ルビーはこの会場に着いてから少し話したけど、いつも通り元気いっぱいに見えた。
『心配ならこの後、声を掛けに行こうか?』
『助かる。・・・俺の気のせいかもしれないが頼む』
『まーかせて。私、アクアとルビーのお母さんだからね』
ルビーが何か悩んでいるのなら、力になってあげたい。
お仕事のこととかならアドバイスもできるかもしれないし。
二回目のシャッターの音を聴きつつ、こっそりさっきよりもアクアとの距離を縮めた写真を撮った後、
『ごめん、四号ちゃん。ちょっと喉乾いたから飲み物取ってくる。少しファンの人に待ってもらうよう伝えてもらっていい?』
『え?わ、わかりました』
私は並んでるファンの皆にごめんねー、ちょっと待っててねーと言いつつ、ステージ裏へと歩いていった。
・・・
「・・・ふふっ」
アクアは抱え込みそうなタイプだからなー。
せっかく素直にお願い事してくれたわけだし、ここはアクアとルビーのお母さんとして、頼れるところを見せちゃうかー!
しばらく歩くと、話し声が聞こえてきた。
これは・・・巽と・・・知らない女の人の声?
どういうことだろう?
でもルビーはこっちに行ったーってアクアは言ってたし・・・。
とりあえず見に行ってみよう。
「・・・あらあら、じゃああなたはフランシュシュちゃんの共演相手なのね?・・・やっぱり。だってこんなに可愛いんですもの!ただのスタッフじゃないと思ったわ!」
「ええ。・・・あの、申し訳ございませんがこの件はまだ他言無用でお願いします。正式な発表は後日するので・・・」
「わかってるわよー、巽くん!私もこの業界に関わって長いんだから!その辺のマナーは弁えているわ!その時が来たらまた驚かせてもらうわね!」
「ありがとうございます、天童寺さん。助かります」
どうやらこの女の人はてんどうじ、と言うらしい。
スーツ着てるし、巽とお仕事のお話をしてたのかな?
私が近づくと、気付いたのか天童寺さんがこちらを見る。
すると、その顔をぱあっと輝かせて近寄ってきた。
「あら?あらあら?あなた、フランシュシュ七号ちゃんでしょ!?きゃー!近くでみると尚可愛いわねー!」
ものすごい勢いで迫ると、目の前で停止する。
そのまま私の手を握るとぶんぶんと振り出した。
「さっきのパフォーマンス、観てたわー!もう私、感動しちゃって!すっかりフランシュシュのファンになっちゃったのよー!やっぱり若いっていいわね・・・、フレッシュさというか元気というか・・・。あっ、ごめんなさい。私、天童寺と言います。今度ご縁があったら一緒にお仕事することもあるだろうから、覚えておいてちょうだいねー!」
「はい、ありがとうございますー。その際はよろしくお願いしますー」
とりあえずぱっと作った営業用スマイルを見せつつ、握手に応える。
むー、早くルビーに会いたいのにー。
ていうかルビーはどこに・・・?
そう思った矢先、天童寺さんの後ろで俯いているルビーの姿が見えた。
その顔には覇気がなく、何かがあったことが察せられた。
なんで?ルビー、どうしたの?
疑問が頭の中に浮かぶ。
ルビーがこんな顔を見せているのはこの場で何かがあったからだ。
私が来るまでにここにいたのは巽と天童寺さんだけ。
巽は・・・まあ少しあれだけどルビーに酷いことは言わないはず。
ならルビーをこうしたのは・・・。
思わず、握手する手に力が入る。
おっと、笑顔が崩れるところだった、危ない危ない。
もしこの女の人がルビーに酷いことをしたのなら、絶対に許さない。
私ができる全てを使ってこの人を、追い詰めて──
「あら、ファンサービス?ふふ、ありがとう」
慌てて手を離す。
危なかったー・・・、ゾンビになって力が強くなってるのを忘れるところだった。
このまま握ってたらこの人の手を握り潰しちゃってたかも。
「すみません。ちょっと、後ろの子に用があって・・・」
「あら、そうだったの?ごめんなさいねぇ、おばさんが呼び止めちゃって・・・」
「いえいえー、こちらこそ、お仕事のお話を邪魔してすみません。では、失礼しまーす。・・・ルビー、行こう?」
返事を聞かずに反応のないルビーの手を引いて、もと来た道を引き返す。
ルビーは抵抗もせずに、そのまま私に着いてきた。
しばらく歩いた後ちらっと振り返る。
天童寺さんは私の気も知らずに、満面の笑顔でずっと手を振り続けていた。
・・・
「よし、これだけ離れれば聞こえないかな・・・。ルビー、大丈夫?あの女に何かされた?」
「・・・」
ルビーは何も言わない。
まだ混乱しているのか繋いだ手は震えていた。
沸々と怒りがまた湧いてくる。
今すぐ戻ってあの女を殴ってやろうか。
でも、ルビーをこのままにするわけにもいかないし・・・。
私が決めあぐねていると、こちらに近寄ってくる足音が聞こえてきた。
巽達・・・じゃない。足音は反対側、私がルビーを探す時に通った通路側だ。
咄嗟にルビーを背中に隠す。
誰かはわからないが今のルビーは混乱している。
本人もあまり見られたくないだろう、そう判断してのことだ。
私がそちらを振り向くと見知った顔が現れた。
「ルビー・・・?」
栗色の肩まで伸ばした髪、三十代に見えない程の若々しい美貌。
そこにはミヤコさんが立っていた。
ミヤコさんは最初、私に気づくとやはり苦い顔をする。
だがそれは一瞬のことで、すぐに私の後ろに隠れていたルビーに気づくと、表情が一変した。
「・・・っ、あなた、ルビーに何をしたの!?」
怒号と共に私の近くまでくると、ひったくるかのように私とルビーの間に入り、ルビーの身体を抱きしめた。
あれ?もしかして勘違いされてる?
ルビーがこうなったのが私のせいって思われたり・・・?
「えーと、何か勘違いし──」
「──あなたはいったい何なの!?」
私が弁解しようとしたところをミヤコさんの怒りの声が遮った。
驚いた。
私の知るミヤコさんは、良くも悪くも大人だった。
突然押しつけられた子供の世話を、担当するアイドルが起こすいざこざを、不満に思いつつも仕事だと割り切ってやる、そんなどこにでもいる大人だと思っていた。
だけど、目の前の女性は今、間違いなくルビーのために怒っている。
ルビーの事を守ろうとしている。
自分が務める会社に所属するアイドルだから、ではない。
目の前の子供を守ろうと必死になる姿はまるで──
「どうして、あの子と同じ顔をしているの!どうして、あの子と同じ声をしているの!やっと、・・・やっとルビーがあの事件から立ち直って、元気になって、自分の夢に向かって進もうとしているのに!あなたは!どうして・・・ッ!」
──昔、私が夢みたお母さんみたい。
そこまで言ったミヤコさんは我に返ったのか、言葉を切って、慌てて取り繕ろうとする。
だが何も思いつかなかったのか、一度目を伏せると私に軽く頭を下げた。
「・・・ごめんなさい」
それだけ言うとルビーの手を引いて、来た道を戻っていく。
ルビーも先程と同様に何も言わずに手を引かれていく。
私はその背中を見送ることしかできなかった。
・・・
「何を考えとんじゃーい!」
ミニライブの後、洋館に戻った私とサキちゃんは巽に呼び出されて怒られていた。
「かたやアイドルの仕事をほっぽり出して、勝手に街を散策!かたや勝手に他のアイドルとサボりとは何事じゃい!」
「・・・わかっとるさ、悪かったっていっとろーが」
「ごめんね、巽」
サキちゃんと一緒に謝罪する。
正直、昼間あったミヤコさんとルビーの一件以降、私は呆然としていた。
ミヤコさんの怒り、元気のないルビー、その二つが頭の中をぐるぐると回っている。
巽が言うには、天童寺さんはフランシュシュのタイアップ相手として声をかけていた会社の人らしい。
今回アポイントメントが取れた為、先方の希望もあって急遽あの場所で話をしていたそうだ。
天童寺さんはルビーと一言二言話したようだが、内容は特に差し障りのないものだったとか。
巽もルビーの様子に特に心あたりはないらしい。
「お前ら俺の話をしっかり聞かんかーい!」
巽の大声で再び思考の海から浮上する。
どうやら考え事に集中し過ぎてたのはバレてるみたい。
むぅ。私、表情に出ないようにするのは得意なはずなんだけどなー。
最近はいろいろと起きてて、ちょっとおざなりになってるかも。
「だーかーら、悪かったってゆーとろーが」
だが巽の表情は先程までと違い、真剣なものになっていた。
「・・・いや、お前達はわかっていない」
「あ?」「え?」
「暴力沙汰のような非行は、アイドルにとって御法度だ。お前達の行動一つでフランシュシュが終わる可能性もある・・・」
普段のふざけた雰囲気は全くなく、こちらを諫める為の、フランシュシュのプロデューサーとしての言葉だった。
「よく覚えておけ、お前達は今、フランシュシュの看板を背負ったアイドルなのだ。仲間を大切に思うのならば、アイドルとしての目標があるのならば、この言葉、お前らの胸に刻んでおけ」
・・・
「あーあ、怒られちまったな」
「そうだねー・・・」
巽の説教が終わった後、私とサキちゃんは洋館のテラスで月を眺めていた。
皆は昼間のライブの疲れがあるのかもう寝てしまっている。
今更だけど、ゾンビの身体はレッスンをいくらしても疲れないのにこうやって睡眠を取るのは何でだろう?
昔テレビで見たニュースで、睡眠は記憶の整理がどうとか言ってたし何か別の理由で私達は睡眠を取っているのかもしれない。
「・・・なあ、お前は何して怒られたとよ」
「・・・別に。巽が言ってた通り、お客さん放置してサボっちゃった。・・・サキちゃんは?」
「アタシ?アタシは・・・車の窓から喧嘩が見えたけん。ただ混ざりにいっただけやと」
「・・・」「・・・」
「嘘やろ」「嘘でしょ」
同時に突っ込む。
いつもならもっとバレない嘘をつけたはず。
だけど、今はそんな気になれなかった。
「・・・まっ、互いにいろいろ言えない事情もあるけんな」
「そうだね」
私とサキちゃんの間に再び沈黙が流れる。
「なぁ、アイ。お前はかつての知り合いにこうして何年も経ってからあった時、どう思った?」
「・・・嬉しかった・・・かな。だけど寂しくもあったかも。私がいなかった十年間でこの人は変わっちゃったんだなって」
ルビーとアクアが大きくなった一方で、ミヤコさんと監督は少し老けていた。
ルビーとアクアはゾンビになった私がアイだとわかるくらい好きでいてくれたけど、ミヤコさんは私のことを嫌ってるみたいだし、監督は気づかなかった。
十年という時間は思っていたよりも長く、人を変えてしまうには十分過ぎるほどの時間だった。
「だよな・・・。人もチームも、何年も経てば良くも悪くも変わっちまうけんな・・・」
「うん・・・」
「・・・だけどよ、変わらないものもある」
「えっ?」
サキちゃんは月に向かって拳を突き出す。
「アタシが、お前が、あいつらと過ごした時間だ」
「アタシがレイコと駆け抜けたあの青春も、お前がアイドルやって家族と過ごした時間も、アタシもお前も忘れてないけん」
「それはきっと、レイコもお前の家族もそうやけん。あいつらは確かに変わってしまったのかもしれん、けどアタシらが過ごしてきた時間は決して変わることはなかと」
いくら時間が経っても、これまでに過ごしてきた時間は変わらない。
それはゾンビになった私達にとって、とても素敵な考え方だと思った。
「サキちゃんって馬鹿っぽいのに、たまにすごいしっくりくることを言うよね」
「あー?もしかしなくても喧嘩売ってるけんなー?今日のアタシは不完全燃焼やけん、喧嘩なら買うけんよー?」
「あははー、やだなー冗談だよー。か弱い私じゃゴ・・・サキちゃんに勝てないってー」
「よし、買った。ぜってーぶっ飛ばす」
「駄目だよーサキちゃん。喧嘩はNGって巽に怒られたばかりでしょ?」
「せからしか!・・・だいたい馬鹿っぽいって言うけんど、アイの方が馬鹿っぽいやろが!」
「えー?私、サキちゃんより歳上だよ?そんなわけないってー」
「年齢をひけらかすところが馬鹿っぽさを滲み出してるけん」
「ひどっ。それを言うなら──」
サキちゃんと他愛無いことを話しつつ、夜は更けていった。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
ホテルに戻った私は、シャワーも浴びずにベッドに転がり込んでいた。
シーツに包まり、光すら入らない暗闇の中で目を瞑る。
頭の中はまだ、
どうして、という疑問。
なんで今さら、という憤怒。
わたしがわからないの?という悲嘆。
そして、何よりも──
───どうして、あの時、私の最期の時、来てくれなかったの?
気がついたら、昼になっていた。
洗面所の鏡を見ると、目の下にはクマができていた。
酷い顔。
とてもじゃないがアイドルとは呼べない。
「まるでゾンビみたい」
ママと一緒だ。
違うのは私が生きてる点か。
近くにあったテーブルには書き置きがあり、『夜までゆっくり休むこと!』とあった。
「・・・そっか、今日のお仕事は夜からだっけ・・・」
今日は夜からフランシュシュのミニライブがあり、そこに私達B小町も行くことになっている。
昼間はフランシュシュとの合同レッスンがあり、そこに私も参加する予定だった。
「レッスン、サボっちゃったな・・・」
だんだんと記憶が蘇っていく。
昨日、
ただママが私をあの場から連れ出してくれた・・・気がする。
その後は気がついたらホテルに戻っていた。
何度か、ミヤコさんとMEMちょが部屋まで来て心配そうに声をかけてくれた記憶もある。
「私、皆に迷惑かけてばっかりだな・・・」
皆は心配して声をかけてくれているのに、自分勝手な私に嫌になる。
胸の中に重苦しいものが積もっていき、気分が暗くなっていく。
ダメだ。
このままじゃ一生抜け出せなくなる。
ふと、息苦しさを感じ閉まっている窓の外を見る。
どんよりとした曇りの空だったが、雨は降っていない。
外の空気を感じたくなった私は窓を開け放った。
「すぅ・・・はぁ・・・、・・・やっぱり東京よりも空気は綺麗かも」
少し懐かしい気分になる。
ここから一つ離れた県には私がいた病院がある。
最初消毒液の匂いは好きではなかったが、せんせーが病室に来るようになってからは好きな匂いになった。
その匂いがするわけではないけど、東京よりも近い分、何か感じるものがあるのかもしれない。
「・・・せんせー、私、おかあさんに会ったよ」
ついぞ、私の最期にも来なかったおかあさん。
朧げな記憶に残っているのは、入院する前のものばかりだ。
「・・・おかあさん」
再び胸の中に陰鬱なものが積もっていく。
駄目だ。
このままだとまた暗い気持ちになる。
せんせーが言ってたっけ。
暗い時は楽しいことを思い出すようにするといいって。
私は気分を紛らわそうと、脳裏から幸せだった記憶を呼び起こす。
せんせーとの病室での時間。
ママと暮らしていた時の時間。
・・・私の、宝物のような思い出。
気がついたら胸の内がすっと軽くなっていた。
・・・うん、少し楽になったかも。
私は顔を洗う為、洗面所に向かって身体を翻す。
・・・カァ。
だけど、窓の方から聞こえてきたカラスの鳴き声に思わず振り向いた。
そこには窓から入ったのか、一羽のカラスがいた。
机の上にあるテレビのリモコンが気になるのか、しきりにくちばしでリモコンをつついている。
「わっ、びっくりした・・・。カラスって窓から入ってくることあるんだ・・・」
カラスは戻ってきた私に気づいていないのか、怖がることもなくリモコンをつつき続けている。
私がどうしようか迷っていると、くちばしがリモコンの電源ボタンを押したのか、テレビが点いた。
・・・カァッ。
突如、明るくなったテレビの画面と流れ出した音声に驚いたのか、カラスが慌てて窓から飛び去っていく。
ほっとしたのも束の間、テレビから流れ出したニュースが目に入った。
「・・・えっ」
『──本日未明、宮崎県西臼杵郡高千穂町にて、白骨化した死体が発見されました。警察は持ち物から、かつて宮崎総合病院に勤めていた医師、雨宮吾郎さんと判断し調査を進めていると──』
「・・・せんせ?」
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
アクアは中身おっさん(自称)なので、はいチーズに反応します。
※原作準拠
ルビーもアクアもですが闇深い子っていいですよね。
最後に幸せになるともっといいのでそれまではもっと曇ってほしい・・・。
更新ペースが遅くてすみません。
いつもたくさんの感想ありがとうございます。毎回投稿するたびに楽しみにしています。
引き続き書いていくのでコメント、高評価、誤字訂正あればよろしくお願いします。