推しの子 in SAGA   作:片倉の推しの子Bです

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グッバイ世界!
先日、ついにテレビアニメ第一話『【推しの子】Mother and Children』が劇場再上映しましたね!
皆さんは観に行きましたか?
私は映画館のデカいスクリーンで観れる上に、素敵な描き下ろしイラスト特典が貰えるとのことで7回観に行きました!
一度くらい、何かの拍子で結末が変わってアイ生存ルートが観れるかもしれない、そんな淡い希望も持ってましたが・・・。
やっぱり神様なんていなかったね。

サキ編の後半になります。
と言いつつ、サキちゃんはそんなに出ないんですが・・・。
どうしてもこの話はこの人に活躍して欲しくて書きました。
良ければ最後まで読んで貰えると幸いです。


第十九話 一度は尽きたこの命なんの因果か蘇り歌い踊るが宿命なら家族への想いを胸に秘め貫くまでよ己のSAGA 後編

 







 



そのニュースを見たのは、東京に戻り、東京ブレイドの舞台の練習の合間だった。

たまたま休憩中にスマホをいじっていたら、見覚えのある名前が目に入った。

 

雨宮吾郎。

 

俺の、かつての名前。

どうやらその死体が、宮崎の山中で見つかったらしい。

 

やっとか、という安堵があった。

ついに、という寂寥があった。

 

いずれ時間を見つけて、自分で見つけてやろうと考えていたからか、不思議と落ち着けていた。

 

「これでお前もやっと静かに眠れるな・・・」

 

誰に聞かれるでもなく呟く。

雨宮吾郎はもう死んだ。

あとは、俺がお前の遺志を継ぐだけだ。

 

スマホのバイブ音が鳴る。

画面に表示されたのは妹のいるアイドルグループのメンバー、MEMちょの名前。

今の時間はフランシュシュとの合同レッスンのはず。

俺は不審に思いつつも電話を取った。

 

「もしも──」

 

「アクたん!どうしよう、ルビーがいなくなっちゃった!」

 

「──落ち着いて状況を説明してくれ」

 

 

・・・

 

 

MEMちょの話では昨晩からルビーの様子がおかしかったらしい。

飯も食べずシャワーも浴びず、ホテルに着いたらすぐにベッドに入ったそうだ。

ミヤコとMEMちょが何度か声をかけに行ったようだがどれも生返事、体温も測っても平熱だったし体調に不調があるわけではなかったようだ。

そして翌朝もベッドから出た様子がなかったことから、今日は休むよう書き置きを残して、ミヤコとMEMちょは合同レッスンに行き、様子見がてらホテルに戻ったらルビーはいなくなってた、というのがことの顛末だった。

 

「ホテルの人にお願いして、ルビーに似たような人が出て行かなかったか聞いたんだけど、どうも入り口の監視カメラに出ていく様子が映ってたみたいで・・・」

 

「ホテルの外にいるのは確か、ということか・・・」

 

ルビーの不調・・・。

昨日の勘は当たってたと言うことか・・・。

くそっ、アイにケアをお願いしたし大丈夫だと高を括っていた・・・ッ。

 

・・・いや、俺の見通しが甘かっただけだ。

アイは悪くない。

 

「あれからスマホにかけ続けてるんだけど全く繋がらなくて・・・。わ、私、もしあかねの時みたいになったらって思ったら、ふ、不安になって・・・ッ」

 

「落ち着け。MEMちょは引き続きルビーを探してみてくれ。俺も連絡を取ってみる」

 

「う、うんっ・・・」

 

「・・・大丈夫だ。アイツはそうやわじゃない。兄の俺が保証する」

 

「・・・そ、そうだよね?ありがとう・・・アクたんっ」

 

MEMちょの電話を切って俺はすぐにルビーのスマホの番号を打ち込む。

・・・コール音は鳴るが繋がらない。

LINEを送る。

・・・しばらく待ってみたが既読にならない。

 

ミヤコとMEMちょは今頃ルビーを探しているところだろう。

俺が今から佐賀に行って探すのは現実的じゃない。

少しでも、ここでやれることをやるしかない、か・・・。

 

俺は目当ての人間を電話帳から探すと電話をかけた。

 

 

 

・・・

 

 

 

 

「何のようだ」

 

電話口の相手、巽幸太郎の第一声は露骨に不機嫌だった。

こいつとの電話で、不機嫌じゃなかった時はないので気にせず話を切り出す。

 

「ルビーがいなくなった。探すのを手伝って欲しい」

 

「・・・全く、どいつもこいつも・・・」

 

「・・・?」

 

「既にうちのアイドルもお前の妹を探すために全員出ている。おかげで合同レッスンのために取っておいたレッスン場代がパーだ」

 

「なに・・・?」

 

「お前の妹のメンバー・・・MEMちょ、だったか。あいつがお前の妹を探すのに協力してくれ、とわざわざメンバー一人一人に頭を下げてお願いしにきた。・・・うちの連中は甘いからな。全員飛び出していったよ」

 

MEMちょ・・・流石の行動力だ。

現地にはミヤコもいるし、俺が何かするまでもなかったか。

・・・いや、何かできることはあるはずだ。

 

「すまない、恩にきる」

 

「ふんっ、どうせお前の妹に何かあればあいつらのパフォーマンスも落ちる。後々のことを考えれば協力するのは当然じゃい。・・・お前は大人しく、そこで吉報を待つんだな」

 

「・・・ああ」

 

俺は電話を切ると、再びルビー宛に電話を鳴らす。

やはりコール音は鳴るが、電話は繋がらなかった。

 

「ルビー・・・」

 

 

 

 

 

・・・・・・

・・・

 

 

 

 

ぐちゃぐちゃだった。

何もかもがぐちゃぐちゃだった。

 

どこをどう歩いたのか、どうして外にいるのか、わからない。

 

ただ頭の中では、先程見たニュースがぐるぐると回っていた。

 

せんせーの死体?せんせーはもう死んでいた?そんな、だって、せんせーは女たらしでちょっと抜けてて、でもそんなところが可愛くて・・・私が病気で苦しんでいるとせんせーは悪くないのにすぐ責任を感じて曇って、私が見たいと言ったライブのチケットを内緒で取りに行ってくれて・・・。

 

なんでなんでなんでなんで・・・。

 

なんであんな優しい人が殺されなきゃならないの?

 

 

 

警察は自殺ではなく、他殺として捜査すると言っていた。

しかもあんな殺され方。

せんせー、痛かっただろうな。苦しかっただろうな。

山の中でひとりぼっち、何年もほったらかされて寂しかっただろうな。

 

・・・許せない。許せない許せない許せない。

絶対に犯人を許さない。

私の残りの人生全てをかけてせんせーをあんな目に合わせたやつを同じ目に、・・・いや、そんなんじゃ生ぬるい。生きているのを後悔させるくらい苦しめて・・・。

 

 

 

でももうせんせーはどこにもいない。

犯人を殺しても、アイドルになる夢を叶えても、せんせーは帰ってこない。

私の見たかった、私の欲しかったものはもう、何も。

 

 

 

何もないんだ。

 

 

 

・・・

 

 

 

 

「おーい!」「駄目だ、見つからんと!」

 

「こ、こっちもいなかったとよ!」「海の方にもいませんでした・・・」

 

フランシュシュの皆と、手分けしてルビーを探す。

 

合同レッスンにルビーが来なかった。

どうやら昨晩から体調が悪かったみたいで、心配だから寝かせといた、とMEMちょは言っていた。

昨日・・・もしかして巽と話していたあの女が原因だろうか?

ルビーは私が見たことがないくらい暗い顔をしていた。本当はレッスンを抜け出してでも様子を見に行きたかったけど・・・。

昨日のミヤコさんとの一件もあって、辞めておいた。

あの時、やっぱり様子を見に行っていれば・・・。

 

「この近くにはおらんのかもしれん・・・」

 

「でも苺プロの社長さんが言うには財布も持たずに飛び出したみたいですし、電車とかは乗ってないんじゃ・・・」

 

「ルビーはんに土地勘はないでありんしょう。もし何かあって一人になりたい、ということでありんしたら人気のない山や海・・・でありんしょうか」

 

「・・・あーもう!アタシはチャリンコで片っ端から山回ってみるけん!」

 

「わ、私も!もう一度さっき見たところ、回ってみる!」

 

皆は進んでルビーを探すことに協力してくれている。

ただその優しさが嬉しかった。

 

「ルビー・・・」

 

いったい、どこに行っちゃったの・・・?

 

 

・・・

 

 

 

「あら?あなたは・・・」

 

気がついたら目の前に女の人が立っていた。

知り合いだろうか。

誰かと話す気分じゃなかった私は、その人を無視して立ち去ろうとする。

だがその声に聞き覚えがあり、思わず次の言葉を待ってしまった。

 

「フランシュシュちゃんのコラボ相手じゃない!・・・あっ、そうだった!確かまだ秘密なのよね?ごめんなさいねー!つい口に出しちゃってー!」

 

なんでここに。

なんでここにいるの。

今一番会いたくない人の声。

のろのろと顔を上げると、天童寺まりな(おかあさん)がそこにいた。

 

「どうしたの?暗い顔しちゃって。気分でも悪いのかしら?えーと確か・・・」

 

「・・・」

 

ここで私がさりなだと告げたら、この人はどういう反応をするだろうか。

私に気づいてくれるだろうか。

 

「・・・おか──」

 

「なーんちゃって!知ってるわよー。あなた、B小町のルビーちゃんでしょ?昨日帰った後に調べたの!あなたもとっても可愛かったから、気になっちゃったのよねー!あ、でもこんなおばさんに言われても嬉しくないかー」

 

ああ、そうだ。

気づくはずがない。

だって私はもう、おかあさんの知るさりなじゃないから。

この顔も身体も、アイの子供というかつて私が願った姿に生まれ変わったのだから。

 

「・・・すみません、用事があるのでこれで」

 

今すぐここから離れたかった。

今すぐこの人の視界から消えたかった。

 

「あら、ダメよ!あなた、自分では気づいてないのかもしれないけど顔色が真っ青よ?そんな状態の子供を一人になんてできないわ!」

 

そう言うとおかあさんは、私の手を引いて近くのベンチに座らせる。

そして自販機でジュースを買ってくると、私の手に握らせた。

 

「気分がすぐれない時はね?美味しい飲み物や、食べ物を食べて気分を一新するのがいいのよ!それにあなたみたいなアイドルになる子って皆細いじゃない?もう私、見てるだけで心配で心配で・・・」

 

・・・やめて。

私に優しくしないで。

私を心配しないで。

私はもう、おかあさんの子供じゃないのに。

私が一番苦しかった時に傍にいなかったくせに。

 

その優しさに浸っていたくなる。

その温もりに溺れていたくなる。

──この憎しみを、忘れてしまいたくなる。

 

「でも口酸っぱく言われるのも嫌よねー。あなたみたいな若い子はわからないでしょうけど、心配してもらえるってのはそれだけで贅沢なことなのよー」

 

また、おかあさんの子供に戻りたい、だ──

 

「──私にもあなたくらいの子供がいてね?私が何かしようとするとお母さんはもう若くないんだからーってすぐ世話を焼こうとしてくるのよー」

 

なん、て──

 

「ほら、写真見る?これなんて、この前の私の誕生日を祝ってくれた時のなんだけど」

 

ああ、そうか。

もうこの人の中に私は──

 

「この時はサプライズをしてくれてね?私ってば全然気づかなくて、心臓止まるかと思ったのよー!・・・でもこれだけ愛してもらえるなんて、母親冥利に尽きるってものよねー。ほんと、私ってば素敵な子供に囲まれて幸せものねー!」

 

──どこにもいないんだね──

 

「ってあら?私ってばつい自分のことばかり話しちゃって!ごめんなさいねー?こんなおばさんの話なんてつまらなかったでしょ?」

 

気がついたら走り出していた。

後ろからあの人の声が聞こえるが聞こえないふりをした。

これ以上あの人と話したら、私は取り返しのつかないことを口にしていただろうから。

 

 

 

・・・

 

 

 

 

初めて見た時、どこにでもいる物真似タレントの一人だろうと思った。

見た目はよく似せていた。

髪型も身長も同じに見えたし、骨格から年齢も近いのだろう。何よりもあの、見る人を魅了する星の瞳だ。

あれを再現できるなんて、この子はきっとアイのことが大好きで、たくさん研究したのだろう。

・・・奇しくも、私のよく知る二人と同じで。

 

次に動画越しに彼女の姿を見た時、私は自分の目を疑った。

彼女のダンスと歌のクオリティは、アイ本人と見間違うかのように高かった。

まさにアイの生き写し。黒川あかねとは別の、確かなアイドルとしての才能。

そんな存在がこんな辺境に埋もれていたなんて、芸能界に生きる一業界人として、嬉しく思うべきなのかもしれない。

だけど私は、心底恐ろしいと思った。

彼女の才能に、ではない。

彼女の存在が、だ。

ルビーとアクアがアイを失ってどうなったか、私は誰よりも知っている。

あの子達が彼女の事を知った時、どれだけ動揺するだろうか。

願わくば、あの子達があのアイにそっくりな子と二度と会わないように。

 

 

だけどあの子たちは、まるで導かれるように彼女と出会い、そして惹かれていった。

私が佐賀の仕事を取ってこなければ、佐賀ロックへの推薦を断っていれば、・・・後悔はいくらしても

し足りない。

 

そしてついに、恐れることが起きてしまった。

 

怯えるルビー。

その傍で何も知らずに声を掛けるフランシュシュ七号。

 

思わず気が動転してしまい、酷いことを言ってしまった。

彼女からしたら、急にヒステリックを起こしたヤバい女に見えただろう。

 

共演相手のアイドルに言いがかりをつけてキレる女社長。

事務所の信頼を失っても仕方ないくらいの失態だ。

だけど、これで良かったのかもしれない。

彼女がこれで、ルビー達に近づかないようになるのなら。

 

これであの子達が、二度と過去に苦しまないのなら。

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

 

走る。

心臓が張り裂けそうなくらい走る。

呼吸も忘れて、・・・いや、呼吸することも考えたくなくて私は夢中で走り続けた。

走っていれば何も考えずに済む。ただ足を動かすことだけに集中していればいいから。

 

だけど身体は限界が来て、私はその場に倒れるように膝をついた。

忘れていた分の酸素を取り込むかのように、荒い深呼吸を繰り返す。

 

おかあさんの中にはもうさりなはいなかった。

おかあさんには新しい家族があり、そこにさりなの居場所はもうなかった。

 

ああ、やっと気づいた。

あの病室にいた頃、私がおかあさんの顔を思い出せなかった訳。

簡単なことだ。

おかあさんはあの頃からもう、私のことなんて見ていなかったんだ。

愛情なんて感じられるわけがなかったんだ。

私が愛して貰えていると勝手に勘違いしていただけだったんだ。

 

 

私がアイ(ママ)にやっていたことは、私がおかあさんに求めたことを代わりにしていただけ。

なんて、醜い想い。

なんて、汚い願い。

 

・・・だから、なの?

こんなに汚い私だから。

こんな私が好きな人だから。

神様が私に罰を与えるために。

ママも、せんせーも。

殺されてしまったの?

 

私が、好きになったせいで。

・・・私の、せいで。

 

「神様、なんで・・・なん、で・・・」

 

・・・私なんかを生まれ変わらせたの・・・?

 

 

 

・・・

 

 

 

私にとってアイはいったい何だったのだろうか。

同じ事務所で働く同僚?かつてのしあがろうとしていた芸能界で活動する後輩?壱護と共に夢見た景色を見るための商売道具?

・・・どれも違う気がする。

 

壱護は実の娘のように面倒をみていたが、最初、私はそこまで好意的には見れなかった。

何せアイは大人気アイドルだったが、同時にトラブルメーカーだった。

メンバーと問題は起こす、パパラッチにゴシップ記事は作られる・・・彼女が原因じゃないのもあれば、そうじゃないのもある。私がその後処理に奔走したのは数えればキリがなかった。

極めつけには知らない男と作った子供の世話を押しつけられたことだ。

あの時は本気で週刊誌にこのネタを売ろうと考えたくらいだ。

 

アイが死んだ時、私はどう思ったんだっけ・・・。

 

悲しかったはずだ。

なんだかんだでアイとはマネージャーとアイドルとして、長い付き合いだった。

互いに軽口を言いあうくらいはするし、同じ現場で苦労を分かち合ってきたのだ。

半ば無理矢理だったとはいえ、アイの隠し子という同じ秘密を共有する仲間として、一定の信頼は互いにあった。

 

だけど悲しむ暇はなかった。

アイが死んで、大事な稼ぎ頭を失った事務所を立て直さなければならなかったからだ。

 

壱護はアイの死にショックを受け、私の前からいなくなった。

 

私に残されたのは、全てを失った事務所と、アイの残した子供達。

 

アイを亡くした双子はまるで抜け殻のようだった。

話すことも泣くこともせず、ただただ蹲るだけ。

母親の死に際に立ち会ったのだ。二人がどれだけの恐怖と悲しみを覚えたか、想像に難しくなかった。

 

私は二人を引き取ることにした。

同情から、ではなかったと思う。

ただあの時は、この子達をこのままにしてはいけないという責任感だけがあった。

 

そこからは苦労の日々だった。

事務所の運営、子供達の世話。

B小町は解散し、苺プロはアイドル部門から撤退した。

アイの死から時間が経ち、ルビーとアクアは高校生になった。

 

二人のことは私なりに愛情をかけて接してきたつもりだ。

だけどアクアはいつも仏頂面で、ルビーは人前ではニコニコして、二人とも本音を隠すようになった。

 

二人がアイの死を引きずっていることは、明白だった。

 

 

最近は有馬さんやMEMちょさん達と出会って、ルビーはアイドルの、アクアは役者の道を本格的に登り始めた。

B小町は復活し、ルビーはそのアイドルとして、

『今日甘』『今ガチ』に出演し、アクアは役者として、それぞれの実績を積み上げている。

 

二人はアイの死を乗り越え、互いの夢に向かって歩き出した。

それなのに今、その足を止めようとしている。

奇しくも二人の最愛の母親と同じ顔に出会ったことによって。

私はあの子達のために、どうすればいいのだろうか。

 

 

考え事をしながら佐賀の街を走る。

道行く人にルビーの写真を見せ、行方を知らないか、姿を見てないか聞いていく。

だが今のところ、ルビーを見たと言う人は見つかっていない。

時間だけが刻一刻と進んでいく。

もっと早く、警察に連絡するべきだっただろうか。

だけど警察沙汰にすれば最悪、ルビーのアイドルとしての将来に傷がつく可能性がある。

もちろんあの子は大切だが、あの子の将来も私は守らなければならない。

警察に連絡するのは最後の手段にしたい。

 

一向に手がかりすらわからない状況に、じりじりと不安が募っていく。

もしかして何か事件に巻き込まれたんじゃ・・・。

空も暗くなってきた。

捜索を手伝っているフランシュシュからも、まだ見つかってないとMEMちょさん経由で連絡があった。

 

・・・ここまでだ。

これ以上はまず、ルビーの安全を優先しよう。

私は警察に連絡をしようとスマホに番号を入力しようとする。

 

だがその直前、つんざくようなカラスの鳴き声が耳に入った。

 

耳元で聞こえたその鳴き声に、思わず驚いて顔を上げると、目の前に小さな女の子が立っていた。

 

いつの間に・・・?

先程までは誰もいなかったはず。

スマホの画面を注視し過ぎて、見落としたのだろうか。

 

「・・・あなた、パパかママは近くにいるの?暗くなってきたから子供一人だと危ないわよ?」

 

姿勢を低くして、視線を合わせて声を掛ける。

流石にこんな子供を、こんな時間に一人で放置するわけにはいかない。

私が声を掛けると少女は、ゆっくりと口を開いた。

 

「・・・お姉さん、金髪のお姉ちゃんを探してるの?」

 

その言葉に、思わず少女の肩を掴む。

 

「あなた、ルビーがどこに行ったか知っているの!?」

 

 

私はすぐに自分が声を荒げたことに気づき、慌てて少女の肩から手を離した。

 

「ご、ごめんなさいっ、痛くなかったかしら・・・?」

 

「大丈夫だよ」

 

しかし少女は何事もなかったかのように、衣服の乱れを正すとたんたんと応える。

その少女の見た目らしからぬ反応に、どこか昔のルビーとアクアの姿が被ってみえた。

 

「金髪のお姉ちゃんはね、あっちに走っていくのを見たよ」

 

少女はそう言って指を差す。

そちらは私がまだ調べていない方向だった。

 

「・・・ありがとう。あなたは・・・」

 

一瞬迷う。

やっと見つかったルビーの手がかり。

今すぐに飛び出したい。

だけどこんな小さな子をこんな時間に置いていくわけにもいかない。

かといって連れていくわけにも・・・。

 

・・・せめて近くの交番まで届けよう。

私は迷った末に、そう決めると少女の方を見る。

 

「・・・えっ?」

 

だがいつのまにか、少女は影も形もなくなっていた。

周囲を見渡すが、どこにもその姿は見当たらない。

 

「・・・いったいどこに・・・」

 

まるで最初からいなかったかのように、少女は消えていた。

 

「・・・幻聴だったのかしら」

 

だが手には確かに、少女に触れた感触が残っている。

私に伝えたいことは伝えたからもう帰ったのかしら・・・?

私は不思議に思いつつも、少女が指差した方向へと走り出した。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

蹲ってどれくらい時間が経っただろうか。

気がつけば日は落ちて夜になっていた。

レッスンに続いてフランシュシュとのお仕事もサボってしまった。

今頃、ミヤコさんやMEMちょが私のことを探しているだろうか。

・・・いや、仕事をほっぽり出した私に呆れているかもしれない。失望しているかもしれない。

 

せっかくアクアが作ってくれた、ママとの共演の機会も無駄にしてしまった。

 

もう戻っても、私にはどこにも居場所はない。

 

結局私は、あの病室にいた頃から何も変わっていなかった。

星野ルビーという、母の願った夢を追う明るい女の子の殻を被っただけ。

嘘に嘘を塗り固めた、汚くて醜い存在。

口では嘘は嫌だと言いながら、嘘に頼らないと生きられないだなんて。

 

ふと、ずっと握りしめていたものを見る。

すっかりぬるくなってしまった缶ジュース。

あの人がくれたもの。

見ていると嫌でもあの人の顔が思い出される。

 

「・・・ッ」

 

私はその飲み物を、感情のままに投げ捨てた。

 

何かにあたって缶が破裂する音が聞こえる。

どうやら走った時の揺れで缶が膨らんでいたらしい。

見れば吹き出した中身が、駐車場にあったバイクにかかっていた。

 

「誰だッ!アタシの単車にジュースぶっかけやがったのは!?」

 

声と共にバイクを挟んだ向かい側から、先日絡んできたスケバンのような格好をした女が現れる。

女は私の姿を見つけると、睨みつけながらゆっくりと近づいてきた。

 

「あんた、アタシの単車を汚したけんな?」

 

その言葉と共に胸ぐらを掴まれる。

どうやらバイクの持ち主が近くにいたらしい。

私は抵抗する気力もなかった為、なすがままに引き摺り起こされた。

 

「この佐賀を代表するチーム、殺女(ころすけ)十代目総長であるアタシに喧嘩売るたあいい度胸だとね」

 

周りを、同じ服を着た連中に囲まれる。

よく見ると、全員が同じスケバン衣装に身を包んでいる。

先日見たのと違うのは特攻服に『殺女』と書かれてるとこくらいか。

 

「あーあ、姉さんに喧嘩ふっかけるなんてついてないけんな、お前」

 

「姉さんは今機嫌が悪いけんな。なんせつい先日、この殺女と因縁のあるチーム、怒羅美と決着をつけるって言う大事な時に、急に乱入してきた謎のヤンキー女にぼこぼこにされて台無しになったけん。生きて帰れるとは思わんとよ?」

 

私を囲んで、これから起きることを想像して笑うスケバン達。

別に逃げるつもりなんてなかった。

だって、もう逃げたところでどこにも行くところなんてないのだから。

 

「あんた達、余計なことは喋るんじゃなかと!・・・だがこいつらの言う通り、アタシは今機嫌が悪いと。ただあんたを血祭りにするだけじゃ気がおさまらんけんね。・・・よし、いい事を思いついたけん。上手くいけばお前も見逃してもらえるかもしれんとよ?」

 

リーダー格である銀髪のスケバンは、ニヤリと笑うと自分のバイクの座席を叩いた。

 

「なに、簡単な度胸試しやけん。ここ鏡山では昔、初代殺女のリーダーと初代怒羅美のリーダーが互いの命とプライドを賭けて競い合ったとよ。それをこれからお前にもやってもらうたい」

 

「マジすか!姉さん!」

 

「おいおい、お前死んだとね!」

 

取り囲んでいたスケバン達が一斉に盛り上がる。

どうやら、このスケバン達にとっては有名なものらしい。

 

「ルールは簡単、アタシとお前がそれぞれバイクに乗って、この駐車場の端からあの崖のところまでアクセルを吹かすけん。で、柵ギリギリのところで止まった方が勝ち、ビビって先にブレーキをかけた方が負け。シンプルやろ?」

 

早い話がチキンレース。

本当に昔の不良漫画にありそうなシチュエーション。

私は心の中でどこか、他人事のようにその話を聞いていた。

 

「お前は単車持っとらんやろうから、チームのを一台貸してやるけん」

 

「ちなみにいい事を教えてやるけん。・・・昔、本当にブレーキを踏まずに崖から落ちて死んだやつもいるとよ。お前ももしかしたらそうなっちまうかもしれんなあ?」

 

「まっ、ビビって早めにブレーキを踏んでもいいとよ?・・・姉さんに負けた時点でまともに帰れるとは思わん方がいいけどな」

 

取り巻きの言葉も、頭に入ってこない。

・・・どうせなら、これで死んでもいいかもしれない。

私が生きてるせいで、私の好きな人が不幸になるのなら、私はきっといない方がいいんだ。

 

「おい、さっきからなに黙っとるつか。それともビビり過ぎて声も出せねーつか?ああ?」

 

「・・・別に。いいよ、早くやろうよ」

 

「ほぉ、威勢だけはよかとね。・・・あんた達、バイクを用意しな!」

 

取り巻きの一人がバイクを私の前に持ってくる。

バイクに乗ったことはないが、アクセルを引くだけなら素人でも何とかなるはずだ。

 

「いいか?こっちがアクセルでこっちがブレーキ。スタートの合図と同時に勝負開始・・・」

 

スケバンの説明を聞きつつ、私は自分の人生を振り返っていた。

病気のせいで苦しんで死んだ一度目の人生。

そして、奇跡的に推しの子に生まれ変わったのに今また死のうとしている二度目の人生。

生まれ変わったことを知った時、あれだけ頑張って生きてやるって決めてたのに。

結局私は、病室のベッドから世の中を恨むだけの頃と変わっていなかった。

 

「よし、じゃあ位置について、さーん・・・」

 

私の終わりを告げるカウントダウンが始まる。

あとはアクセルを踏むだけ。

それで全て終わりだ。

 

 

 

 

「──ルビー!」

 

 

 

 

誰かの叫び声で遮られ、カウントダウンが止まる。

声のした方をスケバンと共に振り向くと、そこには見知った人がいた。

 

「・・・ミヤコさん?」

 

なんでここに?

ミヤコさんは走っていたのか、いつも綺麗にセットしていた髪は乱れていた。

呼吸も絶え絶えで、私を見てどこかほっとしているように見えた。

 

「おい、おばさん。今ここは取り込み中やけん。とっととこっから出ていくとね」

 

周りで騒いでいたスケバンがミヤコさんに詰め寄る。

だがミヤコさんはそれを一瞥すると、怯まずに言い放った。

 

「・・・いいから退きなさい!」

 

普段の冷静なミヤコさんからは考えられないくらいの怒号。

そのあまりの剣幕に、スケバン達が思わず後ずさる。

 

ミヤコさんはそのままスケバンの間を突っ切ると、私の前までやってきた。

 

「あ・・・」

 

「・・・」

 

 

 

・・・

 

 

 

 

最初、やっと見つけたルビーが喧嘩に巻き込まれたのかと思い、迷わず飛び出した。

何故ルビーがこんな遠くまで来たのか、何故喧嘩に巻き込まれたのか。

聞きたいことはたくさんあった。

だけどルビーの変わり果てた姿を見て、私は言おうと思っていた言葉が全て吹き飛んでいた。

 

普段のルビーからは考えられない程の、暗い、暗い瞳。

周囲の全てを憎む、絶望を秘めた眼差し。

大人に騙され、いいように使われて最期は捨てられてきた子と同じ。

それは奇しくも、芸能界(この世界)で何度も見てきたものだった。

 

「・・・何しに来たの?ミヤコさん」

 

沈黙を破ったのはルビーの方だった。

私はその言葉で、自分がここに来た理由を思い出す。

 

「・・・あなたを連れ戻しにきたのよ」

 

「そう・・・。ならもういいよ、私、やめることにしたから」

 

「やめるって、なにを・・・?」

 

「アイドル」

 

信じられなかった。

アイに憧れて、アイドルになる夢を追っていたルビーの口からこんな言葉が出たことが。

 

「ば、馬鹿なことを言わないで・・・。皆、今もあなたのことを心配して探してくれてる。MEMちょも、フランシュシュの子達も」

 

「・・・ごめん、ミヤコさん。もういいんだ・・・」

 

「それに、あなた言ってたじゃない・・・ッ!アイみたいなアイドルになるんだって!アイの叶えられられなかったドームに立つんだって!その夢はどうするの!?」

 

「・・・もういいの。私は・・・私はきっと・・・」

 

 

 

 

 

「アイドルなんて・・・ううん、生まれるべきじゃなかったんだ・・・」

 

 

 

 

 

わからない。

どうしてルビーがそんなことを言うのかわからない。

・・・それもそうだ。

だってこの子はいつも笑顔の仮面を被っていて、私はそれを知っていながらその裏側を見ようとしなかったのだから。

 

アクアなら、今のルビーの気持ちがわかったのかしら・・・?

あの子はルビーの兄で、同じアイの子供で、当然だけどルビーと仲が良かった。

二人だけが通じあってるようなものも時折感じられた。

アクアがこの場にいれば、今のルビーに気の利いた言葉を言えたのだろうか。

 

あるいはアイが生きていれば・・・、ルビーをこんなに追い詰めずに済んだのだろうか・・・?

 

 

 

 

 

 

・・・何を今さら。

この場にいるのは私で、アイはもういない。

 

私だけだ。

目の前の絶望しているこの子に、この場で声をかけてあげられるのは──!

 

 

 

「───ねぇ、ルビー。私の夢について、話したことなかったわよね」

 

「・・・」

 

「私も昔は芸能界(この世界)で、のし上がってみせる、有名になってみせるんだって毎日足掻いてた。・・・だけど世の中そんなに甘くなくて、結局最後はこの世界の片隅にみっともなくしがみついてるだけだったの」

 

ルビーの目をまっすぐ見て、ゆっくりと語りかけるように言葉を紡いでいく。

 

「そんな時に壱護に誘われて、私はアイのマネージャーになった。・・・正直最初は、乗り気じゃなかったの。私自身がのし上がりたかったのに、何で別の子のサポートをしなきゃいけないんだって」

「・・・でもアイのマネージャーとして、アイのステージを裏から見た光景はとても綺麗だった。誰も私のことなんて見ていない。だけど、こんな綺麗な景色を作る手伝いができたってことが嬉しかった」

「その日から私の夢は変わったの。あのステージを、あの光景を、私たちが育てたアイドルと共に見るんだって。・・・ルビー、私はあなたならそんな景色を私達に見せてくれるって信じてる」

 

「・・・そんなの無理だよ。私はママじゃない。アイみたいな完璧なアイドルになんてなれない・・・」

 

「いいえ。・・・ルビー、あなたは素晴らしいアイドルになれる。私はマネージャーとしてアイを、そしてルビー、あなたのことをずっと近くで見てきた。だからわかるの。あなたはきっと、いつの日かアイを超えたアイドルに絶対になれるって」

 

嘘偽りない気持ちを告げる。

私はアイドルとしてのアイを、ルビーを誰よりも知っている。

ずっと二人のことをそばで見続けてきた。

だからルビーなら必ず、アイを超えられると私は信じている。

 

「・・・そんなの勝手だよ。それに私は・・・もう歌えない、踊れない。だってもう・・・」

 

だんだんと消えゆく声に、最後までその内容を聞き取ることはできなかった。

ただ私の言葉がルビーに届かない、その事実を突きつけられただけ。

私とルビーの間には、目の前の距離以上に大きな壁があることを実感させられた。

 

「・・・そう、わかったわ。なら───」

 

・・・ごめんなさい、壱護。

私、あなたとの約束を守れない。

 

「──アイドル、辞めちゃおっか」

 

 

 

・・・

 

 

 

 

「──え?」

 

聞き間違いかと思った。

だってありえないから。

この人は私がアイドルを辞めようとするのを、絶対に止めてくる。

事実、先ほどまで心にもないことを言っていた。

私がママよりも凄いアイドルになれるなんてありえない。

だってママはいつもキラキラしていた。

私みたいに嘘に塗れてるのではなく、アイドルとしてずっと輝いていた。

 

だから・・・今この人が口にしたことを私は信じられなかった。

 

「まずはかなさんとMEMちょね。ルビーが抜けた後、アイドルを続けるか意志を確認して、続けるのならひとまずは二人でユニットを組むことになるわね」

 

「え•・・・?」

 

「二人が望まないなら、かなさんには役者一本で、MEMちょには配信業一本でうちで引き続き活動するか確認しないと」

 

「なん、で・・・」

 

「協力企業には事情を説明してSNSにはファン向けの謝罪文をあげて・・・、うわ、バチバチ燃えそうね・・・。アイの時程じゃないけど、炎上は免れないかも」

 

「何でそんなあっさりと許すの──?」

 

私の言葉にミヤコさんがこちらを見る。

その眼は、いつもの優しさで満ちていた。

 

「──そんなの簡単よ」

 

この暖かさを、私は知っている。

 

「私はね、苺プロの社長で、B小町のマネージャーだけど・・・それ以前にあなたの母親なのよ」

 

それはきっと、かつて私が忘れていたもの。

ママが私にくれて、今またミヤコさんが思い出させようとしてくれてるもの。

 

「誤解しないで欲しいのだけど、あなたはアイを超える逸材だと私は信じている」

 

『──私の、本当の子供になりませんか?』

 

「だけどあの日、あの言葉を伝えてから、私は一度だって後悔していない。ずっとあなた達を本当の子供だと思って接してきた。・・・あなた達と過ごしてきた時間は、私にとって全てが宝物なの」

 

ゆっくりとミヤコさんがこちらに歩いてくる。

私は、逃げるように後退りした。

 

「・・・ミヤコさんはずっと騙されてるんだよ。昔、私とアクアがやった神様の使いの真似事に」

 

『星野アイは芸能の神に選ばれた──』

 

「・・・芸能の神様なんていやしない。あの時は私とアクアがそれっぽい演技をしただけ。・・・ママの秘密を守るために、必死に考えた嘘・・・」

 

「そうね、あの時は私も育児やら仕事のストレスやらでまともじゃなかったかも。・・・でも、今なら言えるわ。あの時、一時の感情で行動しなくて良かったって」

 

ミヤコさんは足を止めない。

揺るぎない意志で、ゆっくりと近寄ってくる。

 

「不思議よね。あなた達が私の前でだけ、素を見せてくれるようになって、・・・赤ちゃんのくせにアクアは斜に構えていて、ルビーは毒舌で、・・・だけど二人ともアイのことになるとすぐ熱くなって・・・最初に感じた不気味な印象なんてすぐどこかへいって、私はあなた達のことを好きになっていたの」

 

目の前まで来たミヤコさんは、そのまま私のことを抱きしめた。

ミヤコさんの暖かさが私を包んでいく。

 

「だ、ダメだよ・・・。私は好きな人を不幸にしちゃう・・・」

 

 

 

 

「──あなたがいないと、私が不幸になるわ。だからいなくならないで、ルビー」

 

 

 

 

ああ、この人はこんなに私のことを愛してくれている。

おかあさんじゃない。血のつながりがあるわけでもない。

だけどこの人は間違いなく、私の家族だった。

 

「あ、ああ・・・」

 

ただ泣くことしかできなかった。

ここに居ていいんだと肯定してくれたことが嬉しかった。

もうどこにもいないと思っていた家族がいてくれたことが嬉しかった。

私は・・・死にたくない。

ここにいたい。この人と生きていたい。

 

 

 

だけど、どうすればいいんだろう。

私はこんなに優しい人を、私の大切な家族を不幸にしたくない。

大好きだからこそ、私はこの人を拒絶しなくちゃいけない。

私はこの手を振り払わなくちゃいけないのに。

一体、どうすれば──

 

 

 

「おいおい、お涙頂戴な話してるとこ悪いけどね、こっちの話も終わってないんとよ」

 

 

バイクのエンジン音と共に、現実に引き戻される。

気がつけば先程のスケバン達に再び囲まれていた。

 

「・・・ルビー、私の後ろにいなさい」

 

ミヤコさんが私を庇うように前にでる。

 

「あんた、そいつの親とね?」

 

「ええ、だったら何?」

 

「そいつはアタシ達殺女に喧嘩を売った。だからアタシ達もそいつをシメなきゃ面子が立たんとよ。わかったらさっさとそこを退くとね・・・それともアンタが責任取ってくれると?」

 

「・・・私はこの子の母親よ。この子があなた達に迷惑をかけたのなら、私は親としてその罪を背負う責任がある。・・・手を上げるなら私が相手になるわ」

 

「ミヤコさんっ、駄目だよ、それは!・・・これは私が悪いの。私がこの人のバイクを汚したから・・・!」

 

「だとしても、そうならないよう面倒を見れなかった私のせい。・・・ルビーの母親として、これだけは譲れない」

 

ミヤコさんはスケバンを睨みつつも、私を庇うのを辞めようとしない。

これは私がやったことだ。私が蒔いた種だ。

このままではミヤコさんに危害が及んでしまう。

なんとかしないと・・・。

でもどうすれば──

 

 

 

 

「───あ、やっと見つけた!ここにいたんだー!」

 

 

 

 

緊張感のない声と共に、スケバン達をかき分けてくる影が一つ。

 

「な、お前どこから入り込んで──うわっ!」

 

「な、なんばしよっと!どこ行って──うおっ!」

 

小柄なその影は、難なく私達の元まで辿り着くとこの場にそぐわぬ明るさで目の前に現れた。

 

「やっほー、ルビー。探しても全然見つからないから心配しちゃったよー。あ、ミヤコさんもいる!流石早いねー」

 

「あ、あなた、一体どこから・・・!?」

 

 

 

ママ──星野アイがそこにいた。

 

 

 

 

「なん、で・・・」

 

「ん?」

 

ここにいるの、とは言えなかった。

だって私を探しに来てくれたからに決まっているから。

こんな勝手なことをして周りに迷惑を掛けた私なのに。

 

「私・・・、フランシュシュとのお仕事サボって・・・いろいろな人に迷惑かけちゃって・・・」

 

「まーそこは私も一緒に謝るからさ。戻ろう?ルビー」

 

「駄目だよ・・・。だって私なんだ。私がいるからママは・・・、せんせーは・・・死んじゃったんだ。皆、みんな・・・私が好きな人たちは・・・」

 

「ルビー、そんなことは・・・」

 

ミヤコさんが生きていてほしいと言ってくれて嬉しかった。

だけどそれ以上に私は、もう好きな人達を失いたくない。

 

「・・・だからお願い。二人ともここから離れて──」

 

「──うーん。よくわからないけど、ルビーがいると私は死んじゃうの?」

 

恐怖で心臓が凍りつく。

実際に言葉にされるのと、私が思うのでは全然違う。

次にママの口にする言葉が、私を見限るようなものだったら私は───

 

「──じゃあ、試してみよっか!」

 

「──え?」

 

「おい、てめえ!」

 

思わず聞き返そうとしたところを、ずっと黙っていたスケバン達が遮った。

 

「どこから入り込んだか知らんとレースの邪魔を・・・」

 

「レース?」

 

「おお。こいつはこれからこのバイクであの崖までチキンレースするとね!」

 

「ふーん。ねえ、私とこの子、交代ね」

 

「あ?何言ってるつか?」

 

「私が代わりにこれに乗るっていったんだけど」

 

「はぁ?んな勝手が・・・」

 

「待ちな」

 

バイクに乗っていたスケバンのリーダーが仲間のスケバンを制止する。

 

「あんた、わかってるのかい?これは互いの命を賭けた勝負だ。・・・そもそもこいつがまずアタシの魂にも等しい単車を汚した。そして、一切の謝罪もしなかった。だからこの勝負をふっかけたけん。それでもこいつの肩をもつんね?」

 

リーダーの言うことは間違っていない。

私が勝手にやったことだ。

ママは関係ない。ミヤコさんも関係ない。

 

「そうなの?ルビー?」

 

ママが私を見ながら聞いてくる。

私はその目を見ることができなかった。

あんなことを言っておきながら、ママに失望されるのが怖い。

なんて汚いんだろう。

・・・見捨てて欲しいのに、失望はされたくないなんて。

 

「ふーん・・・」

 

「けっ。おい、これでわかったとね。なら部外者はとっとと・・・っておい!どこいくけんね!?」

 

ママは私が答えないのを見ると、スケバンの声を無視して、スタスタと歩き出した。

これでいい。

これでいいんだ。

 

「ねぇ、あなた達のバイクって魂なんだよね?」

 

その言葉に、思わずママの方を見る。

ママはレースを観戦しようと、私達を遠巻きに見ているスケバン達のバイクが停まってる前に立っていた。

 

「あ?何言っとるつか。当たり前に決まって──」

 

「──よいしょっと」

 

ママはそう言うと、突然端にあったバイクの横っ腹を蹴り上げた。

 

「な!?」「ああ!?」

 

スケバンの悲鳴と共に、並んでいたバイクが将棋倒しに倒れていく。

最後の一台まで綺麗に倒すとママはゆっくりと振り返った。

 

「じゃあこれで私が代わりに乗ってもいいよね?」

 

「・・・いい度胸やけん、あんたが乗るといいとね・・・ッ!」

 

リーダーが青筋を立てながら震えた声を出す。

もはや、その視界に私は映っていなかった。

私は狼狽ながらも話を戻そうと口を挟む。

 

「待って!その人は関係ない!」

 

「ああ?関係ないわけがないやろがい!・・・まずはこいつからやけん・・・。おまえは後で相手してやるからすっこんどけ・・・!」

 

「なら私が乗るわ!だから・・・!」

 

私とミヤコさんの周りを他のスケバン達が取り囲む。

 

「言ったはずやけん・・・あんた達は後だと。これ以上口答えしよんな」

 

リーダーの有無を言わなさい一言でスケバン達が睨みを効かせてくる。

どうやら私達はレースの邪魔をさせない為かつ、ママが逃げ出さない為の人質らしい。

 

「ルビー、良い子にしてそこで待っててね。・・・ミヤコさん、ルビーのことよろしくー」

 

ママは軽く言うと返事も聞かずにバイクの方へと歩き出す。

その背中がどこかへ消えていってしまいそうに見えて───

 

 

 

・・・

 

 

 

二人はスタート位置に用意されたバイクに跨る。

数十メートル先には、心許ない大きさの柵があり、更にその向こうには断崖絶壁が広がっていた。

 

「よし、カウント・・・さーん、にーい」

 

二人の少し先に立ったスケバンが、右手を挙げてカウントを始める。

 

「覚悟は良かかね?これであんたが負けたら全員フクロたい」

 

「とっくにできてるから問題ありませーん」

 

族長の煽りに、ママが涼しい顔で返す。

・・・なんでこうなったの?

突然ママが現れて、スケバン達に喧嘩を売って。

そして、あっという間に私の代わりにバイクに乗ることになって。

 

ママが私を庇ってくれたのはわかる。

だけど悪いのは私だ。

こいつらに喧嘩を売ったのも。

ホテルを抜け出して仕事をほっぽり出したのも。

全部、全部私が悪いのに。

私なんて、守ってもらう価値はないのに。

 

アクアが言うには、ママはゾンビになって生き返ったらしい。

ゾンビになったっていうのがよくわからないけど、もし今のママがまた死んじゃうような目にあったらどうなるんだろう・・・?

もしかしたら、今度こそ二度と目覚めないかもしれない。

そうなったら私は・・・

 

 

「いーち、スタート!」

 

 

合図と共に土煙が巻き起こり、バイクが発進する。

族長のバイクが先に飛び出した。

慣れた運転でバイクを駆り、順調にスピードを上げていく。

 

「ヒャッハー、さすが姉さんだぜ!」

 

「そのままぶっちぎってくだせー!」

 

「見ろよ!相手の方は姉さんのバイクについていけて・・・あれ?あいつどこに・・・?」

 

周りにいたスケバン達がどよめき出す。

私も慌ててママの方を見ると、だんだんと土煙が晴れていく。

 

「あいつ!まだスタート位置にいるとね!?」

 

ママのバイクは、エンジン音は鳴っているがその場から動いていなかった。

 

「・・・あれ?どうやって前に進むんだっけ?」

 

「バカやろー!クラッチレバーを離せー!」

 

「あっ、そっか」

 

ママが左手のレバーを離すと、バイクが急発進した。

同時に前輪が持ち上がり、後輪だけで走り出す。

 

「あいつ、ウィリーしとるけん!」

 

「リヤブレーキを引けー!」

 

慌てながらスケバン達が大声で指示を出していく。

これじゃあどっちが味方かわからない。

 

「これかな?」

 

ママのバイクの前輪が下がっていき、地面を走り始める。

完全に二つのタイヤが地に着いて走り始めると、スケバン達からの怒号が止んだ。

 

「あいつ、初心者とね?」

 

「よくこの勝負に乗ったけんな・・・」

 

「イカれとるんか・・・」

 

スケバン達が戦々恐々とする中、ママのバイクは徐々にスピードを増していき、リーダーのバイクと並んだ。

 

「中々、盛り上げてくれるとね!」

 

「あなたも待っててくれたんだ!」

 

「はっ、当たり前とね!これは度胸試し、相手と同じ土俵に立たな意味がないとね!さあここからが本番やけん!」

 

二人は示し合わせたかのように加速していく。

柵まで十数メートル。

まだ二人ともブレーキをかけない。

十メートルを切った。

・・・まだかけない。

 

「おまえ、本気で死にたいとね!?」

 

リーダーがブレーキを無理矢理かけた反動で、バイクを横転させながらコースから外れていく。

対してママは、ギアをシフトアップし更に加速した。

 

「──ルビー!」

 

 

 

そのままのスピードで、再び前輪が持ち上がり、ウィリーし始める。

そして、トップスピードを維持したまま柵を破壊して、崖へと飛び出した。

 

「──私はルビーの事、愛してるからねー!」

 

最後に私の方を振り向きながらママは、崖の向こうへと消えていく。

しばらくして落ちていったバイクの爆発音と共に、夜空へ届くかと思うほどの火柱が上がった。

 

 

 

・・・

 

 

 

「──え?」

 

何が起きたのか、わからなかった。

全部が一瞬の出来事だった。

 

「お、おい。あいつ、マジで一度もブレーキ踏まんかった・・・」

 

「こ、これ、本当に死んだやないと・・・?け、警察?い、いや・・・きゅ、救急車?」

 

囲んでいたスケバン達に動揺が広がっていく。

そんな中、私は足に力が入らずにその場にへたり込んだ。

ただ自分のやってしまったことに恐怖し、ママが飛び出して壊れた柵を呆然と眺めていた。

 

「なんてこと・・・」

 

隣でミヤコさんの声が聞こえる。

だけど私はそちらを見る余裕はなかった。

ママの最後の笑顔がフラッシュバックする。

 

「あ、ああ・・・」

 

私はなんてことを、なんてことをしてしまったの・・・。

こうならないように、一人で消えてしまおうとしたのに。

結局引き止められて、結果失うなんて。

私はやっぱり、好きな人達を不幸にして───

 

 

「──よっ、と」

 

 

誰もいなくなったはずの崖から、声がした。

再び全員の視線が崖に集まる。

それと同時に、下からにゅっと手が現れ崖のふちを掴んだ。

そのまま声の主はゆっくりと這い上がると、何事もなかったかのように服にかかった煤を払った。

 

「いやー、初めてバイク乗ったけどあんなにスピードでるんだねー。死ぬかと思ったよー」

 

さっきまでの命のやり取りがなんてこともなかったかのように、いつもの調子で笑うママがそこにいた。

 

「あ、髪の毛ちょっと焦げちゃってる。これ、また生えてくるのかな?」

 

誰もが呆気に取られて声を出せない。

かくいう私もママが無事だった喜びと、ママをまた失ってたかもしれなかった恐怖の感情のギャップに、何も言えないでいた。

 

「ん?私はこんなんじゃ死なないよ。・・・まーとにかく、これは私の勝ちでいいよね?」

 

そう言われたリーダーがはっとして、あわてて気を取り戻す。

 

「せ、せからし──!」

 

だが言い終わる前に、動いた人がいた。

その人はまっすぐママの元まで歩いていく。

 

何か言おうとしたリーダーを遮って、ママの前まで行くと思いっきりその頬を平手打ちした。

 

パンッという音が響き渡る。

 

再び誰もが呆気に取られるなか、平手打ちした本人──ミヤコさんだけが怒りの表情を見せていた。

 

 

 

「──あなた、自分が何をしたかわかっているのッ!?」

 

 

 

鏡山中に響き渡る声。

私はミヤコさんが本気で怒る姿を、十数年ぶりに見ていた。

 

 

 

・・・

 

 

 

 

初めて彼女を見た時からざわついていた。

 

最初は彼女の存在を知ったルビーとアクアのことを思うと神様はなんて残酷だと思った。

でもだんだんと、この感情に違和感を感じていった。

 

違和感の正体、それは──

 

 

 

「あなたの軽率な行動で、あなたは命を失うところだったのよ!結果的には助かったけれど、一歩間違えば死んでいた!」

 

 

感情のままに、言葉を吐き出す。

彼女はアイじゃない。

頭ではわかっていても、我慢ができなかった。

 

「昔からそうだった!あなたはこっちの気も知らないで厄介ごとばかり持ち込んで!」

 

納棺された時のアイの遺体を思い出す。

私が見た時は、綺麗に化粧されていてまるで眠ってるようにしか見えなかった。

実際はアイ自身の血に塗れた凄惨な姿だったらしい。

・・・できることなら代わってやりたかった。

そうすればルビーとアクアは、昔と変わらない笑顔を今も浮かべていたかもしれない。

 

あの時、私か壱護が予定よりも早く迎えにいっていれば。

私達がドーム公演という長年の夢に浮かれていなければ。

後悔はいくらしてもし足りない。

私でさえこうなのだ。

デビューの時から見ていた壱護や、その場にいたルビーとアクアの気持ちを考えると胸が張り裂けそうだった。

 

 

「そのくせ、大事なことは私にも壱護にも言わずに抱え込んで!」

 

本当は薄々気づいていた。

アイが笑顔の裏に隠していたこと。

私達大人に対して、落胆に似た暗い感情を持っていたこと。

 

「私達は、あなたからは頼りない大人に見えたかもしれない!」

 

アイドルという仮面を被って、綺麗な嘘を吐き続けたあなたからしたら、私たちは下手な嘘をついて体裁を整える為の笑顔を貼り付けてる、滑稽な存在に見えたかもしれない。

あなたの悩みを受け止めるには、私たちは頼りない存在だったかもしれない。

 

「でも、頼りなさいよ!大人の私達を!あなたを助けたいと思ってる人を!」

 

言ってくれなきゃわからない。

天才的なアイドルが持つ悩みなんて、その世界で輝くことを諦めた凡人には。

だけど──

 

「少しくらい、私達にも背負わせてよ・・・」

 

私の呟きは、風に乗って消えていく。

気がついたら彼女の胸ぐらを掴んでいた。

その星の瞳が、私の視界いっぱいに映る。

一瞬、その瞳が黒く染まったように見えた。

 

「・・・ねえ、誰のこと?」

 

「・・・ッ」

 

慌てて手を離す。

またやってしまった。

彼女は違うと頭では理解しているのに、つい言ってしまった。

だって彼女は似過ぎている。

アイドルとしての才能を持ち、ルビーを愛し、誰もを魅了する笑顔を見せるその姿は記憶の中のアイそのものだ。

私の抱えている後悔を前にして、黙っていることなんて・・・できるはずがなかった。

 

アイが死んでから誰にも言えなかった本音。

彼女を見て、我慢できなくなったアイへの想いを。

 

「ごめんなさい・・・この前に続いて変なことを言って・・・。あなたからしたらいい迷惑よね」

 

フランシュシュ七号は私の独白を静かに聴き終えた後、衣服の乱れを軽く直すと私の方を見ずに歩き出す。

その先にはルビーがいる。

だけどもう、そんな彼女を引き止めることはできなかった。

 

「・・・誰のことかはわからないけど」

 

通り過ぎる直前、私にだけ聞こえるくらいの声で彼女が呟く。

 

「その人はあなたからそんなに愛されて、きっと幸せだっただろうね」

 

それは気休めで言った事かもしれない。

だけど、私は何故かその言葉にしっくりときていた。

きっと彼女は、そんなふうに返していただろうな、なんて。

 

「・・・さっき言ったこと、後半はともかく前半は本気よ。もうあんな危ないことはしないで。・・・誰かに心配をかけるようなことはやめなさい」

 

「それはミヤコさんも?」

 

「・・・当たり前でしょ。事務所が違うとはいえ、あなたはアイドルで、私はアイドルを雇用する側の人間だもの。心配ぐらいするわ」

 

「・・・はーい。これからは気をつけまーす、ミヤコママー」

 

冗談っぽくそう言う彼女の後ろを、少し距離を空けて私もついていく。

少し胸のつかえがとれた気がする。長年溜め込んでいた後悔を口にしたことですっきりしたのかもしれない。

前を歩く彼女は、こちらを見ずに歩いていく。

その背中は、初めて壱護に見せられたアイのステージの時とそっくりだった。

 

 

 

・・・

 

 

 

ゆっくりとママがこちらに歩いてくる。

ミヤコさんとのこともあって、遠巻きに囲んでいるスケバンは何も言ってこない。

動くものがいない中、ママは勝利の凱旋かのように悠々と私の元までやってきた。

 

「ほら、私はいなくならなかったでしょ?」

 

「・・・え?」

 

ママは先程のレースもミヤコさんとのことも、まるで何事もなかったかのように私に話しかけてきた。

私は腰が抜けてしまっていて、足に力がまだ入らない。

座り込んだまま、こちらにやってくるママを見上げていると手を差し伸べてきた。

 

「事情はわからないけど、ルビーがとっても悩んでるのはわかったからさー。実際に私が死ななければ、ルビーの言ってることが間違ってるって気づくかなーって」

 

私は少し悩んだが、震える手でその手に触れる。

以前と同じ冷たい感触。だけど、私の手を握るその力強さが、ママがここにいることを実感させてくれた。

ゆっくりとママが手を引くのに合わせて、私も足に力をいれ、立ち上がる。

 

「生きていくのもさ、ダンスと一緒なんだよ。失敗するのを恐れたらもっと失敗しちゃうものなの。だからさ、ルビーももっと胸を張って生きていいんだよ」

 

「あ・・・」

 

その言葉は覚えてる。

初めてママとダンスをした時の言葉。

私に、身体を動かす楽しさを思い出させてくれた言葉。

ああ・・・そっか。

なんで忘れていたんだろう。

私はママから貰った大切なものを全部捨ててしまうところだった。

 

「ねぇ、ママ・・・」

 

「ん?なあに?」

 

「どうしてママはアイドルになったの?嫌なこと、辛いこと、たくさんママもあったでしょ・・・?」

 

「そうだなー、いろいろあるけど、やっぱり一番はこの仕事が好きだからかな?歌うのが好き、踊るのが好き、ファンの皆に愛して貰えるのも、ファンの皆に愛してるって言うのも好き」

「だけど一番は・・・やっぱり二人に会えたから、かな?」

 

「え?」

 

「アイドルにならなかったら、あの時スカウトを断っていたら。私はきっと、ルビーとアクアに出会えなかった。だから今は・・・、ううん、昔よりもずっと、私はアイドルが大好きなんだ⭐︎」

 

「・・・私もママみたいなアイドルになれるかな?」

 

「当然。ルビーは私譲りでとーっても可愛いいんだから!」

 

胸の内が暖かくなる。

大切な人がいなくなっても、今の私には他に大切な人がいる。

せんせーのことはとても悲しかったけど、ママはここにいる。

二人の母が私の背中を押してくれる。かつて、私が夢見たアイドルに向かって、私が歩くのを。

 

「そっか・・・、そうだよね・・・うん、ありがとう」

 

「まっ、そう簡単には前は歩かせないけどねー。私を超えたければまずは歌の練習をして、センターを取ることからかなー?」

 

「・・・ふふっ、うんっ。私、絶対ママみたいな・・・ううん、ママを超えるアイドルになるよ!」

 

きっともう大丈夫。

ここから先、どんなに辛いことがあったって、私はこの想いを胸に前に進むことができる。

せんせー。

あの日あなたが推してくれた女の子は、必ず夢を叶えてみせるよ。

・・・だからもう少し、そっちで待っててね。

私はズルしちゃったけど、いつかそっちに行くから。

聞いて欲しいこと、たくさんできたんだ。私のもう一つの人生、嘘みたいな本当のお話。いつかせんせーにも聞かせてあげるね。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

少し離れてルビーとフランシュシュ七号が楽しそうに話している。

会話の内容までは聞こえないが、ルビーが笑顔を浮かべてるからきっと明るい話なんだろう。

結局、私じゃルビーにこの笑顔を取り戻させることはできなかった。

母親として不甲斐ない。だけど、あの子が元気になったのなら・・・これで良かったのだろう。

 

少し後ろから見ていた私にルビーが気づいた。

フランシュシュ七号に何か伝えると私の方へと歩いてくる。

私はどうしたものかと身構えるが、結局その場で待つことにした。

 

「ミヤコさんはこっち!」

 

「ちょ、ルビー?」

 

そう言うとルビーは私の腕にしがみついてきた。そのまま自分の左腕を絡ませると力任せに引っ張っていく。

私が特に抵抗せずに半ば引き摺られるようについていくと、ルビーは立ち止まっていたフランシュシュ七号の元まで行き、もう片方の腕を彼女の左腕と絡ませた。

 

「えへへー、幸せサンドイッチー」

 

私とフランシュシュ七号に挟まれる形になったルビーが満面の笑みを浮かべる。 

 

「もう・・・」

 

「おっ、いいねー。じゃあもっとぎゅーってしてあげる⭐︎」

 

「きゃー!」

 

フランシュシュ七号がルビーの事を抱きしめると、ルビーは嬉しそうに黄色い声をあげた。

しばらくすると、今度は二人が私のことをちらちらと何やら期待を込めて見つめてくる。

 

何を求めているのかは察せる。

こういうの、私の柄じゃないんだけど・・・。

だけど今日くらいは素直に甘やかすべき・・・なのかしらね。

私は観念してルビーの事を反対側から抱きしめた。

 

「きゃー!」

 

「ふふ・・・これで良かったかしら?」

 

「うん、だいせいかーい!」

 

私とフランシュシュ七号に抱きしめられてルビーが満面の笑顔を浮かべる。

すぐ隣のフランシュシュ七号もまた、笑顔だった。

この顔がまた見れたのなら、私がしてきたことは無駄じゃなかったのかもしれない。

いつの間にか、私の中にあったフランシュシュ七号への苦手意識もなくなっていた。

 

 

 

・・・

 

 

 

 

いやー、ミヤコさんにバレたかと思ってびっくりしたなー。

一応否定しておいたし、多分気づいていないはず・・・。

でもルビーが見つかってよかった。

ルビーもアクアと同じく、私が死んじゃったことに思い詰めてたんだね。

ならいっそ、私はゾンビだから死なないよーって身体を張ってみたけど上手くいったみたい。

 

私が割って入るまで、ミヤコさんもルビーを守ろうとしていた。

自分が怪我をするかもしれない状況で、当然と言わんばかりにルビーの前に立っていた。

きっと私が死んじゃった後、ミヤコさんはルビーとアクアのお母さんとして二人を見守ってくれてたんだ。

それこそ長い時間をかけて。目の前の二人からは互いへの固い信頼を感じられた。

よく考えたら私よりも長い間、ミヤコさんは二人と一緒にいたんだよね・・・。

・・・正直ちょっと嫉妬しちゃうくらい仲が良いけど!

でもこの感情も懐かしく思えて、今の私は気分が良かった。

 

「・・・完敗たい。アタシの負けとね」

 

ルビーをもみくちゃにしていると、ずっと黙っていたスケバンのリーダーが声を掛けてきた。

 

「あれ?まだいたんだ」

 

「めちゃくちゃ失礼な奴とね・・・、まあいいけん。さっきのを見て確信したとよ。あんたなら、間違いなく次世代レディースの伝説になれるばい」

 

「でんせつ?」

 

「ああ。殺女、怒羅美・・・どのチームも叶えれられなかった夢。・・・どうだい?あたし達と一緒に、全国制覇を目指さないかい?」

 

全国制覇・・・そういえばそんなことをよくサキちゃんが言ってたような・・・?

 

そんなことを考えていると遠くから甲高い音が聞こえてきた。

この音・・・聞いたことがあるような・・・。

あっ、そうだ。ガタリンピックでも聞いた自転車を漕いだ時に鳴る音だ。

音は山の下の方から聞こえてきて、ゆっくりと近づいてくる。

 

「・・・おらあああああああ!!!」

 

「・・・とーめーてー!!!!!」

 

やがて山道を登り切った自転車は、二人分の叫び声と共に私達の前に飛び出すと急ブレーキを掛けながら止まった。

 

「おうおうおう!・・・火柱が見えたからまさかと思って来てみたら・・・ちょうどおっ始めるとこだったと?アタシのダチに手出そうなんざふてえやろうばい!」

 

「サキちゃん!」

 

 

自転車に乗っていたのはサキちゃんだった。

どうやらさっきのバイクの爆発を見て駆けつけてくれたらしい。

 

「うう・・・。し、死ぬかと思った・・・がくっ」

 

サキちゃんの後ろからよろよろともう一人現れる。

金髪のショートボブにトレードマークの二本の黒い角、B小町のMEMちょだった。

 

「も、もう絶対乗らないぃ・・・。真っ暗な獣道・・・無灯火運転・・・二人乗り・・・」

 

何やらぶつぶつと言って震えている。

どうやらよっぽど怖い思いをしたみたい。

 

「MEMちょ!?」

 

彼女の存在に気づいたルビーが声を上げる。

その声に気づいたMEMちょはルビーを見つけると、両眼からぶわっと大粒の涙を流し始めた。

 

「うわああああん!ル゛ビィィィィ!無事で良がっ゛・・・怖がっ゛だよおおおおお!!」

 

「あ、そっちなんだ」

 

飛び込んできたMEMちょを受け止めながら、ルビーがあやすように背中をさする。

 

「最初手分けして探そうってなった時に、『じゃあ一番脚が速いアタシとMEMがチームだな』って言ってきて『なんで!?』てあたしが突っ込んだらスマホ持ってて小柄なのがあたしだからって言われてそれからずっとオンボロ自転車に二人乗りで爆走だったんだよお゙お゙お゙!」

 

「ご、ごめん・・・」

 

「乗り心地も最悪でもう腰がガタガタだよぉ・・・。ていうか、社長もルビー見つけてたなら連絡くださいよぉ!」

 

「ご、ごめんなさい・・・。私もちょっと気が動転してて・・・」

 

「・・・まあでも、ルビーが無事で良かったよ」

 

「MEMちょ・・・」

 

「・・・本当に、ほんとうに心配したんだから・・・。最後に見たルビーはいつもと違ってたし、探しても全然見つからないし、・・・も、もう私、ルビーにあかねの時みたいなことが起きたらって思ったらこ、怖くて・・・っ」

 

「・・・本当にごめん、MEMちょ・・・」

 

泣きながら叱るMEMちょをルビーが優しく抱きしめる。

うんうん、仲良きことは良きかな良きかなー。

 

 

「あ、あんたはッ!!」

 

 

二人の空気を壊すかのように今度は別の声がつんざく。

声の主はスケバンのリーダーだった。

その視線は私・・・ではなく、今来たばかりのサキちゃんへと降り注いでいる。

 

「この前あたしらと怒羅美の決闘を邪魔したやつやなかと!?」

 

「バイクに乗ったあたしらを全員しばいて、切った張ったの大暴れをした女!」

 

「な、なんでこんなところにおると!?」

 

「まさかあいつの仲間と・・・?」

 

囲んでいたスケバン達がざわざわと動揺し出す。

どうやらサキちゃんのことを知っているらしい。

中には怯えて腰を抜かしてる人も見える。

 

「・・・なんだ。誰かと思っとったけど、あん時の奴らとね」

 

「ひっ」

 

サキちゃんが一歩踏み出すと、怯えたスケバン達が震えながら一斉に後退りした。

 

「・・・何やったの?」

 

「あ?ただ、この前ちょっと挨拶しただけとよ」

 

サキちゃんが獰猛な笑みを見せる。

挨拶かぁ。

多分過激な挨拶だったんだろうなー・・・。

先程までの勢いはどこにいったのか、戦意を喪失したスケバン達は今にも逃げ出しそうだ。

 

「あ、暴力は駄目だよー」

 

「わかっとるけん!・・・またあのバカグラサンに叱られるのは面倒やしな」

 

そう言ってサキちゃんはその場で立ち止まった。

・・・こう言ってるけど、本当はフランシュシュの皆のためなんだろうなー。

 

「・・・で、どうするとよ。このまま睨みあっててもジリ貧やけん」

 

「うーん・・・あっ、そうだ!」

 

・・・良いこと思いついたかも⭐︎

 

私は辺りを見回してちょうど良い高さのバイクに飛び乗る。

そして、座席の上に立つとそこにいた全員を見下ろした。

 

 

 

「はーい、皆さんちゅうもーく!」

 

私の言葉にルビーやスケバン達が一斉にこちらを見る。

全員の視線が集まったことを確認した私は、こほんと咳払いをすると人差し指を空高く掲げた。

 

「これから、アイドルグループ、・・・私達フランシュシュのライブがありまーす!さっきのレースなんて目じゃないくらいの、すっごいものを見せてあげるから絶対に来ること!」

 

「アイドルのライブ・・・?」

 

「こいつ等が・・・?集会じゃなかと?」

 

再びスケバン達が困惑しだす。

ルビー達も状況についていけてないみたいで、顔に疑問符が浮かんでいた。

 

「あっ、さっき私がリーダーさんに勝ったから、あなた達は絶対ね?それとルビー達も強制参加!今回の騒動で私たちに迷惑かけた分はこれでチャラね?」

 

ルビーにウインクしながら言うと案の定、スケバン達が騒ぎ始めた。

 

「ふざけんじゃなかと!アイドルのライブなんてチャラついたもんにうち達が参加するわけなか!」

 

「だいたいあいつ等はファンの連中に好き好き〜て嘘言って媚びてる奴等やろ?そんな軟派なもん、認められなか!」

 

「・・・そうだよ。私たちアイドルは、みーんな嘘つき」

 

いつか言われた言葉を思い出す。

他人を愛するために、嘘をつき続ければいつかそれは本当になるかもしれないって。

 

「嘘に嘘を重ねて、嘘という魔法で輝く偶像」

 

それは私の人生を変えた言葉で、今の私を形作った大切な言葉。

 

「でもね?その嘘は、皆を愛する為の嘘。私なりに、皆を愛したいと思うからこそ吐く嘘」

 

アイの、フランシュシュ七号のアイドルとしての全て。

 

「嘘はね?とびっきりの──」

 

 

 

 

 

 

「──愛、なんだよ!」

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

「待たせたな、てめえら!」

 

 

ステージの上でフランシュシュ二号の声が響く。

付属のマイクがあるのに佐賀ロックでも見た拡声器を使っているあたり、こだわりがあるのかもしれない。

二号の声に最前列にいたパンクファッションのファンが黄色い声をあげて応えた。

 

「・・・まずはこの前のライブ、アタシが急遽休んだこと、それから今日のライブ開始時間が遅れたことを謝るけん・・・」

 

二号のトーンが低くなり、今度はしいんと静まる。

 

「・・・だけどその分、今日のライブは盛り上げていくけん!時間の許す限り、アゲていくからついてこいよお前ら!」

 

だけど、すぐに二号が声を張り上げると再び会場は盛り上がっていった。

 

「じゃあまずは最初の曲いくぜ!『特攻DANCE 〜DAWN OF THE BAD〜』そこんとこ夜露死苦ゥ!」

 

「「「夜露死苦ゥ!」」」

 

〜♪

 

 

「な、なにやと・・・これ」

 

「よくわからんと・・・」

 

困惑するスケバン達。

半ば強制的に連れてこられた彼女達は、会場の雰囲気に明らかに戸惑っていた。

 

「お前も来たけんね」

 

「なっ!?お前は・・・!?」

 

スケバンのリーダーが、声をかけてきた相手を見て困惑の声をあげる。

そこにいたのは以前、大名小路児童公園で私達に絡んできた小柄なスケバンだった。

確か、怒羅美のまりあ・・・だっけ?

 

「あの後、チケット渡されたけん。で、来てみたらこのライブ会場があって、あの人がステージにいたとね」

 

 

 

『声上げろ!』

 

「「イェイイェイイェイ!!」」

 

『足んねえぞ!』

 

「「イェイイェイイェイ!!!」」

 

 

 

二号の掛け声に合わせて、他のメンバーだけでなく、観客全員が声を上げていく。

会場全体が大きな唸りを上げて一つになっていく様は、

 

「・・・なんかさ、最初はあたしもあの人が言ってること、よくわからなかったけん。けど・・・」

 

マリアは声を上げるファンを見て、悟ったように呟いた。

 

「・・・こんなでかいことされると、あたしのツッパってたことが小さく思えてきたけん」

 

「・・・」

 

「・・・あんたはどう思うと?」

 

「・・・確かに。腕っぷしもあって度胸もあるあいつらが全力でやる嘘ってのがこれなら・・・」

「ちったあ、あたしも認めなきゃいかんとね」

 

「・・・何様とね。二号さんに喧嘩で負けて七号さんに度胸でも負けたとに」

 

「うっさいけん!てか誰に聞いたとね!?」

 

「お前んとこの仲間」

 

「あんたたち!」

 

「「ご、ごめんなさい!姉さん!」」

 

「・・・へっ」

 

悪態をついた後、コールに参加していくスケバン達。

いがみあっていた二人は会場の熱に呑まれ、誰よりもフランシュシュのライブに熱中していた。

 

 

『───時が経てば、アタシらのことなんて・・・ふふっ、みんな覚えちゃいないさ』

 

 

嘘はとびっきりの愛。

ママの口から出た言葉。

私は嘘は汚いとしか思っていなかった。

だけどママは、いつだって輝いていた。

それが嘘だなんて思えないし思わない。

 

なら、こんな嘘だらけの私でもいつか・・・ママみたいに輝ける。輝いてみたい。

 

『だけどお前らに会えたこと、今日こうして解り会えたこと!』

 

『アタシは決して───決して忘れないよ!』

 

 

佐賀ロックはママがいたことに驚いてまともに観れなかった。

この前のミニライブは、結局物販スタッフの手伝いをやらされてちゃんと観れなかった。

よく考えれば、ママをママと知ってからフランシュシュのライブをこんな間近に観るのは初めてだ。

B小町の頃とは違う、フランシュシュとしての全く新しいライブ。

それは・・・

 

『気合い入れんぞ〜♪』

 

とても新鮮で

 

『かっ飛べ飛べ飛べ!』

 

とても胸を熱くする

 

『エビバディ飛べ飛べ!』

 

あの病室のテレビから見ていた頃と変わらない

 

『火花を散らせ〜♪』

 

アイ(推し)のライブだった。

 

「──ママ!」

 

どうせこの歓声の中だ。

アイのことをなんと呼んだって誰も気づかない。

 

「──私もママのこと、ずっと愛してるよ!!」

 

私は赤いサイリウムを振りながら、母であり、推しである彼女に向かってめいいっぱいの愛を叫んだ。

 

 

 

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

 

 

 

 

 

「やっっっっっっっばいよ!鏑木ちゃぁぁん!」

 

「確かにこれはやばいねぇ」

 

高級料亭の一室に男の声が響き渡る。

芸能人御用達なだけあって防音が施されていた為、聞こえたのは目の前でとっくりを傾けたもう一人の男だけだ。

 

叫んだ男はイベント運営を手がける会社『マジックフロー』の代表にして、現在アクアやかな、あかねが出演する舞台、『東京ブレイド』の企画かつ総責任者を務める雷田澄彰だ。

その向かいで酒を嗜む男、鏑木勝也は目の前の男の慌てっぷりに対して緊張感のない声で答えた。

 

「大空ライト、おたふく風邪かぁ。まだかかってなかったんだねぇ」

 

「よくそんな落ち着いてられるねぇ!鏑木ちゃん!公演初日までもう一週間しかないんだよ!?」

 

「わかってるって。代わりが見つかってないんだろう?」

 

「そうだよ!・・・しかも君も知っての通り、彼のやる予定だった役は・・・」

 

「・・・だよねぇ。適当な子役見繕ってきたら、アビ子先生、今度こそ原作の使用許可を取り下げるかもねぇ・・・」

 

鏑木が酒を呷るのに対し、雷田は再び叫び始めた。

 

「もう終わりだあ!せっかくGOAくんにも無理をさせて、アビ子先生のご機嫌も奇跡的に取れたのに!こんなところでパーになるなんて!・・・こんなの!ジジィのち○ぽ何本咥えたらいいのさ!?」

 

「君、どうにもならなくなるとすぐ下ネタに走るのは良くないところだよ」

 

最終的には机に突っ伏して泣き始めた雷田を見ていた鏑木は、とっくりを音を立てて机に置いた。

その音を聞いた雷田がゆっくりと涙でぐしゃぐしゃの顔を上げて、鏑木の方を見る。

 

「・・・実はね。一発逆転を取れるかもしれない案があるんだけど、乗る気はあるかい?」

 

「・・・何さそれ」

 

「先に言っておくと、この案は正直成功するかはわからない、賭けみたいなものなんだ」

 

雷田はかけている薄いグレーの入ったサングラス越しに鏑木の眼を見る。

その眼はまだ諦めていない。雷田は長年の付き合いからそう感じられた。

 

「だから君が無理だと思うなら、僕も別の方法を考えるよ」

 

「・・・もったいぶらずに言いなよ」

 

「───実は、最近目をかけてる面白い子達がいてね?」

 

 

 

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

 

 





 

「ふぅ・・・」

 

階段を一人の女が歩いている。

歳は五十を過ぎたあたりだろうか。

その顔には加齢による皺がいくつか見える。体力も衰えてるらしく、階段を登る足はわずがながら震えていた。

 

「お母さん、無理しないでよー?」

 

「母さん、俺が背負おうか?」

 

その後ろからまだ年若い男女が現れる。

その顔は女と似通っており、二人が兄妹で、この女の子供であることが察せられた。

 

「な、何を言ってるの・・・。こ、この程度の階段で根を上げるほど歳はとっちゃいないわよ・・・!」

 

女は子供に強がりを言いつつ、再び歩を進めていく。

子供達はそんな女に呆れつつ、背中をさすりながら、歩幅を合わせるようにゆっくりと一緒に登っていく。

仲睦まじい家族、そのひと時がそこにはあった。

 

 

階段を登った三人が見たのは一面の墓石だ。

墓地。

そこはたくさんの死人が眠る場所だった。

 

「おお、やっときたか。掃除とお供えは終わらせといたよ」

 

三人を一人の男が迎える。

その顔つきは女の子供にどこか似ていた。

おそらく、この女の夫なのだろう。

 

「・・・お母さん、結局なんでお墓参りなんて来たの?」

 

女の娘が疑問をこぼす。

どうやら理由も聞かずに来たらしい。

 

「・・・あなた達に会わせたい人がいるの」

 

女は質問に対して、はぐらかすような答えを告げ、目的の墓へと歩き出した。

 

その墓は、この墓地の一角にポツンとあった。

長らく放置されていたのか、ところどころ墓石は朽ちている。

周りの土は、雑草を抜いた跡ばかりでボコボコに荒れていた。

女はその墓石に刻まれた名前を愛おしそうに撫でる。

 

「・・・待たせてしまってごめんなさい。さりな」

 

女はぽつぽつと語り出した。

自分が過去に産んだ、難病を患って短い生を終えた少女のことを。

自分の弱さを理由に病院の狭い部屋に押し込め、その事実から逃げるかのように記憶に蓋をしていたことを。

 

「私の弱さのせいで、あなたに寂しい思いをさせてしまった・・・。本当に、本当に悔やんでも悔やんでも・・・悔やみきれない・・・」

 

女は涙を流しながら語る。

饒舌に、とうとうと。

その姿を見ていた兄妹もまた涙を瞳から溢しながら、許しを請う女を抱きしめた。

 

「・・・きっとお姉ちゃんも天国からお母さんを許してくれてるよ」

 

「そうだよ、こんなに苦しんでる母さんを見たら、きっと母さんのせいじゃない、謝らないでって言ってくれる」

 

「・・・私も同罪だ。お前が苦しまないように、さりなをお前から遠ざけた。だから、お前だけが苦しまなくていいんだよ・・・」

 

「・・・ありがとう」

 

女は兄妹と夫に励まされて涙をハンカチで拭う。

その瞳はどこかすっきりとしていた。

 

「・・・さりな、また来るわね」

 

女はそう言うと墓に背を向けて歩いていく。

最後まで、その少女の欲しい言葉を告げぬままに。

 

 

 

 

 

「本当に愚かだね、人間って。骸を埋めて、その上に置いた石に嘆くだけで許されると思ってる」

 

女が去った後、墓の前に神秘的な雰囲気を纏った少女が現れる。

カラスを伴った少女は家族と笑いながら階段を降っていく女の姿を見て、憐れむように笑った。

 

「その罪を許す権利があるのは彼女だけであって、君の家族は関係ないのにね」

 

少女は最後に女を一瞥した後、興味を失ったかのようにその視線を空へと向けた。

 

「だけど神様は優しいからね。君に直接手を下すことはない。・・・せいぜい彼女の幸せから縁遠いところで、ひっそりとその生を終えるがいい」

 

カラスの鳴き声と共に、少女の姿が掻き消える。

まるで最初からそこにいなかったかのように、冷たい風が流れていった。

 




原作のルビーとアクアの前世バレ回は好きなエピソードの一つです。
君はアイよりも輝いてた・・・そんな最高のセリフ、吾郎であるアクアしか言えないよ・・・。
ただどうしても一個だけ、ミヤコさんに活躍して欲しかった、そんな心残りが読んでてありました。
だからそれを書いてみました。
まあこの小説では全部アイが持っていくのですが。

最後のも、原作でまりな関連がこれで終わりなら嫌だなーと思い書きました。
悲しい行き違いですけど救いが・・・救いが欲しくて・・・。

次はリリィ回・・・ですが、ちょっと推しの子側のエピソードにフランシュシュを出す話を書きたくなったので先にそれを挟みます。

コメントいつもありがとうございます。返信できてませんが全て読ませて頂いてます。
毎回コメントくれる方も、新規でコメントくれる方もめちゃくちゃモチベに繋がってるのでありがたいです。すきすきだいすき〜。

引き続き書いていくのでコメント、高評価、誤字訂正あればよろしくお願いします。
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