推しの子 in SAGA   作:片倉の推しの子Bです

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東京ブレイド編後編です。
今回も三人称視点多めです。

推しの子アニメ終わって悲しいと思ったら三期が決まって嬉しいところ。
原作は最終章に入り、怒涛のクライマックスにびくびくしてます。
ところで推しの子スピンオフで、延々とアイアクルビの話をやる「おしのこ!」とかやってくれませんかね?


第二十三話 推しの子×星の子×SAGA 後編②

 





 

バタバタと走る音が聞こえる。

足音は一つの部屋の前で止まると、その勢いのまま扉を開け中に入ってきた。

 

「何があった!?」

 

演出の金田一が、総合責任者である雷田を連れて息を切らしながら声を荒げる。

控え室にいた人達の顔は皆暗かった。

 

演者も裏方も皆、意気消沈していて、部屋全体に悲痛な空気が流れていた。

 

「・・・有馬が倒れました。ムラクモを倒した後、ワイヤーで降りる時に突然意識を失って・・・」

 

「え、えええええええ!?!?!じ、事故ってことお!?!?」

 

「何・・・?怪我は?」

 

「ありません。降ろす時は俺が支えていましたから。今はあかね達がみてます」

 

「そうか、怪我がないのは何よりだ。ちょうどセットの準備のためのインターバル中だったのは幸いだな・・・」

 

「はい、ですがあと数分でインターバルも明けます。それまでに・・・」

 

そこから先は口にしなかった。

結局、最終的に行き着く問題は決まっている。

 

有馬の抜けた穴をどう埋めるか、もしくは埋めずにアドリブで駆け抜けるか。

舞台は終盤だが有馬が演じるツルギにはまだ出番がある。

ここで急にいなくなれば観客からも不審に思われるだろう。

となれば代役をたてることだが・・・

 

「だ、代役とか用意できないの!?」

 

「ちと厳しいな・・・。背丈が近いのだと化野や吉富だがまだ出番がある」

 

「ツルギは主役の一人だ、二人のどちらかの出番を削ってツルギ役で出て貰うのは・・・」

 

「いや、流石にこれまで演じてきた役とは別の役を練習一切無しで演じる、なんて私らじゃ無理ですよー」

 

「どうやっても演技に不自然なところが出ちゃうと思いますー」

 

「くっ、・・・な、なら稽古の時、有馬ちゃんの代役やってた人に頼むとか・・・」

 

「確かに、姫川やみたが別の撮影でいなかった時は代役を立てていたが、有馬は全日稽古に参加していた。ツルギの代役は稽古中、一度も立ててない」

 

「・・・そ、そんな・・・」

 

今回の舞台、姫川大輝やみたのりお等一部の演者は他の映画やドラマの撮影も掛け持ちしながら練習に参加している。

単純に最初から最後までこの舞台の稽古に参加している人間が少ないのだ。ツルギの演技を最後まで見たのがリハが初、というやつも少なくない。

加えて有馬は、この舞台の稽古に全日参加しているメンバーの一人だ。

稽古中、ブレイドなんかは姫川がいない間、代役を立てたりして稽古をしたがツルギ役は有馬がずっと演じていた為、残りの場面を完璧に演じられる人間がいないのだ。

 

「そうだっ、もうこの後のツルギの出番を丸々削っちゃうのはどうだろう?ツルギのセリフは他の役が言えば・・・!」

 

「「それはダメ!!」」

 

金田一のセリフを途中で遮る声。

見れば先ほどまで落ち込んでいた星川リリィと、倒れた有馬をみていたはずの黒川がそこにいた。

 

・・・

 

 

違う、違うの。

かなちゃんは悪くないの。

リリィが・・・リリィが油断したから。

リリィが最後まで気を抜かなければ防げたことなの。

悪いのはリリィなの。

こんなことになるのなら、やっぱり舞台にまた立つなんて考えなければ───

 

 

 

──違う。

この場に立つことを選んだのはリリィだ。

アイちゃんと決めた、星川リリィの選択だ。

 

その結果は受け入れないといけない。

この舞台に立つ一人の役者として、リリィはこの舞台を最後までやらなきゃダメなんだ。

 

 

「そうだっ、もうこの後のツルギの出番を丸々削っちゃうのはどうだろう?ツルギのセリフは他の役が言えば・・・!」

 

「「それはダメ!」」

 

リリィが叫んだのに合わせて、あかねちゃんも叫んでいた。

思わずあかねちゃんと視線が合う。

 

「・・・もしかなちゃんが、自分が意識を失ったせいでこの後のツルギの出番がなくなった、なんて知ったらとても傷つくと思います。だからダメです・・・!!」

 

「・・・確かに、有馬ちゃんは傷つくだろう。だけどここはビジネスの場だ。誰かが嫌な思いをするから、なんて個人的な理由でこの舞台そのものをおじゃんにすることはできない・・・」

 

「でも・・・!」

 

あかねちゃんが反論する。

だけど何を言えばいいか、思いつかなかったらしく悔しそうに口をつぐんだ。

大丈夫。リリィにはこのピンチを覆せるいい案があるから・・・!

 

 

 

「───なら、六号がかなちゃんの代わりにツルギ役をやる」

 

 

 

全員の視線がリリィに集まる。

リリィはその視線に臆さずに真っ向から受け止めた。

 

「・・・六号ちゃん。君が少しでも舞台に出て自分の名前を売り出したい気持ちはわかる。だけどこの舞台が成功するかどうかは、君が思ってる以上に大きな波紋をこの世界にもたらすんだ。悪いが君のわがままを聞くわけには・・・」

 

「六号は本気だよ。それに話し合う時間ももうないって思うな」

 

リリィの言葉に、雷田さんが時計をチラリと見る。

インターバルが明けるまで、時間がないのは一目瞭然だった。

 

「六号なら出番が終わったから空いてるし、かなちゃんの・・・ツルギのセリフや演技は全部覚えてる」

 

リハーサルで、稽古で、かなちゃんの演技は見ている。

そしてこの三日間、ずっと脳内で皆の演技を繰り返し見ていた。

ツルギだけじゃない。

ブレイドも鞘姫も、他の役だって今のリリィなら演じられる。

 

「・・・い、いやいや、そうだとしても見た目が全く違う。君と有馬ちゃんじゃ背丈や手足の長さ、顔つきだって」

 

「ならそこをなんとかすれば出してもらえるの?」

 

「君ねぇ・・・!今は時間が惜しいんだ!無駄な問答は・・・!」

 

「・・・雷田さん、俺もツルギの出番を削るのはやめた方がいいと思います」

 

それまで黙っていた大輝くんが口を挟む。

 

「この舞台は原作ありきの作品、当然観客は原作ファンがほとんど。ただでさえオリキャラ混ぜて脚本を大幅に変えてるのに、原作の名シーンまで改変したら大惨事になる」

 

「そ、それは・・・」

 

「・・・でしょ?金田一さん」

 

「・・・まあ、そうだな。姫川の言う通り、ツルギ抜きでやるのは無しだ。となると代役を立てなきゃならん、だが六号の案も無理がある」

 

 

「・・・俺は、六号の案に賛成です」

 

アクアくんがリリィを庇うように前に出た。

 

アクアくん・・・。

 

 

 

・・・

 

 

 

『かなちゃん!?』

 

真下から、ワイヤーに吊られてているかなちゃんが力なく項垂れている姿が見える。

急に意識を失ったように見えた。

その原因は明白だ。

視線を下げれば、すぐそこにあるはずのリリィの身体はなく、代わりに舞台のセットに隠された暗闇があるだけ。

リリィの身体は、今ここにある頭から離れた宙にある。

ワイヤーで吊られている時にバランスを崩し、頭から堕ちそうになってかなちゃんに助けられた。

だけどその勢いでリリィの頭が取れ、それを見たかなちゃんが意識を失ったのだ。

いきなり頭が取れたから、ショッキングだったんだろう。以前もゾンビ姿のリリィ達を見て気絶してたし、トラウマになってたのかもしれない。

 

だけど今は、気を失っているかなちゃんよりもアクアくんだ。

アクアくんはかなちゃんとリリィの身体を支えながらゆっくりと降りてくる。

その視線は、床にいるリリィの頭とばっちりあっていた。

 

ど、ど、どうしよう!?

リリィがゾンビってバレちゃった!?

 

『・・・』

 

アクアくんは無言のまま地面に降り立つと、かなちゃんの身体を慎重に横たえる。

そのまま呼吸をしているか、怪我をしていないか、お医者さんにみたいにテキパキと調べると何もなかったみたいでほっと息をついた。

 

『・・・よし』

 

続いてリリィのそばにやってくると、ひょいっとリリィの頭を持ち上げる。

そのままリリィの身体に向かって手渡した。

 

『・・・えっ?』

 

『幸いにも落ちたのは背景のセットの裏、他に誰にも見られていない。今のうちに頭をつけろ。じき異変に気づいたスタッフがこっちに来る』

 

そう言うとかなちゃんをお姫様抱っこしてさっさと行ってしまった。

アクアくん、もしかしてリリィ達がゾンビだって知ってたの・・・?

 

アクアくんは元々、巽が呼んだ東京での協力者だったはず。

話した限りじゃゾンビだってこと、知らないように見えたけど・・・知らないふりをしていたってこと・・・?

 

 

 

・・・

 

 

 

「こいつの演技力は姫川さんや黒川と比べても負けてなかった。残り少ないツルギのシーン、六号なら演じきれると俺は思います」

 

 

演技力。

その言葉に、姫川やあかねだけでなく、ララライの他の役者もぴくりと反応する。

こいつらは役者だ。

自身の技術、演技力に絶対の自信を持っている。

だから六号の先程まで見せた演技がどれだけ凄かったか、どれだけの才能を秘めているのか思い知っている。

 

「・・・確かに、六号ちゃんなら任せられるかもねー」

 

「うん、さっきの演技すごかったし・・・」

 

「私も賛成です。悔しいですが彼女の技術には目を見張るものがある」

 

「お、俺も!六号はすごいやつだったと思う、・・・思います!」

 

ララライの連中を中心に、肯定の意見が増えていく。

よし、これなら・・・。

 

「待った待った!いくら六号ちゃんの演技力が高くても代役を任せられない理由があるでしょ!?それは体格の差だ!有馬ちゃんの衣装が着れないと代役はできない!」

 

雷田の言葉に、肯定的だった面々が再び暗くなる。

ツルギ役を演じる以上、ツルギをツルギたらしめる衣装や小道具を身につける必要がある。

小柄な部類だが高校生の有馬と小学生程の星川リリィでは体格に差がある。

このままでは小道具はともかく、衣装を着こなすことはできない。

 

「確かに、僕も六号ちゃんの実力は認めてる!だけどこればっかりは無理だ!だいたい代役として容姿が違いすぎるんだから・・・」

 

「───おい、六号。残りのツルギのシーン、お前なら演じられるんだな?」

 

「ちょっと、金ちゃん!?」

 

雷田の言葉を遮って金田一が話に割り込む。

その眼は嘘は許さないと言わんばかりに星川リリィをまっすぐと見つめている。

 

「どうなんだ?答えろ」

 

「───できる。六号なら、・・・ううん、六号にしかできない。今この場で、かなちゃんの代わりを完璧に演じられるのは」

 

星川リリィはその鋭い視線に対して、真っ向から答えてみせた。

 

「・・・決まりだな。ツルギの代役は六号でいく」

 

「金ちゃん!」

 

「六号、セリフは多少変えても構わん。だが話の流れは変えるな。それと・・・さっき言った言葉は飲み込めんぞ。中途半端は許さん。有馬に勝つくらいの演技でやれ」

 

「・・・うんっ!」

 

「ちょっと待ってってば!そんなお客さんに受け入れられるかもわからない賭け!絶対に僕は許可を・・・」

 

「雷田、これ以上の案が出せるか?時間ももうない。この舞台を最後までやりきるには、危ない橋を渡るしかないんだよ」

 

雷田がぐっと黙る。

もはや趨勢は決した。

他の演者も全員が納得した顔で頷いている。

 

「・・・わかった、わかったよ。確かに、もう考えている時間はない。六号ちゃんを代役にする案でいこう。だけど衣装はどうするのさ?かなちゃんのサイズに合わせてる以上、衣装を仕立て直す必要がある。今からインターバル明けまでに仕立て直すなんて、それこそ魔法でもない限り・・・」

 

 

 

 

「──魔法使いなら、六号知ってるよ」

 

六号の言葉に、再び視線が集まる。

俺はその言葉を受けて、一人の胡散臭い男を思い出していた・・・。

 

 

 

・・・

 

 

 

「えっと・・・あの・・・なんで僕、急に呼び出されたんでしょうか・・・?」

 

借りてきた犬みたいに縮こまる巽が入ってくる。

巽は普段の自信満々な姿はどこへやら、困惑しながらもじもじとしていた。

 

「あ、あのっ、言われた通りっ、この真っ暗な中っ、・・・はぁっ、はぁっ、サングラスかけた胸からゲソ生やした人っ、探してきましたっ!」

 

「ありがとう、メイクさん!」

 

息を切らしたスタッフさんにお礼を言いながら巽の前に小走りで立つ。

 

「巽!」

 

「お、お前はっ・・・!?・・・うぉっほんっ、えっほん!我がフランシュシュ所属のアイドルのフランシュシュ六号ではないかぁ!」

 

「今はそんなのどうでもいいの!・・・巽っ、お願い!六号をかなちゃんにして!!」

 

 

「・・・はい?」

 

 

 

・・・

 

 

 

「──ってことなの。リ・・・六号達の衣装やメイクを毎回すごい早さでやってる巽ならできるでしょ?」

 

「・・・簡単に無茶を言いおってからに・・・。あれは俺がハリウッドで会得したメイク技術と芸術の都、パリで学んだ裁縫技術を組み合わせた伝説のプロデューサーのみが使える幻の技術でそう簡単に人前で見せていいものでは・・・」

 

「──そういうのはいいから!!巽、お願い!力を貸して!!」

 

「・・・何故、そんなに必死になる。お前は既にこの舞台で実力を見せた。誰もがお前の演技に魅了された。おかげでお前の、ひいてはフランシュシュの名前もよく知れ渡っただろう」

 

巽が声のトーンを抑える。

リリィと巽しか聞こえない程の声で、巽は続けた。

 

「これ以上舞台に立つことは、さらにゾンビバレの危険がある。既に目的を達した今、お前がそこまでのリスクを負ってまで身体を張る意味はあるのか?」

 

頭の中にフランシュシュの皆の顔が浮かぶ。

ゾンビだとバレたら皆にも迷惑をかけることになるだろう。

 

「俺はお前が生前から芸能界で活動し、子供ながらにこの世界でうまく立ち回ってきたことを高く評価している。だから他の連中のフォローのきかない単独での仕事ももってきた。ハリウッド直伝のメイク技術をお前に教えたのだって信頼してるからこそだ」

 

巽は真剣だ。

決して自分の技術を勿体ぶってるわけじゃない。

 

「その上で改めて問おう。お前が仲間を危険に晒してまで、続けようとする理由はなんだ?」

 

「・・・巽、リリィ達はね、皆、口では言わないけど巽に感謝しているんだよ」

 

 

 

「巽がリリィ達をゾンビにしなかったら、皆はアイドルになれなかったし、リリィもこの舞台に立つことはできなかったから」

 

「でもね、リリィ達にも譲れないものもあるの。舞台に立つ以上は役者として、この舞台を最高の作品にする、そのためにできることがあれば全部やってあげたいの!」

 

「だからお願い、リリィを最後まで役者としてこの舞台に立たせて・・・!」

 

リリィの想いを全て込めて巽に訴える。

そうだ。

リリィはフランシュシュのことも大好きだけど、同じくらい役者というお仕事も好きなんだ。

 

「・・・」

 

巽はしばらく溜めたあと、ゆっくりと息を吐いた。

 

「・・・全く、愚問だったな」

 

そう言うと巽はくるりとリリィに背を向けた。

 

「・・・いいだろう。そこまで言うのなら、手伝ってやる。この伝説のアイドルプロデューサー、巽幸太郎様がお前を最大限バックアップしてやろう!」

 

「巽・・・!!」

 

「ただーし!絶対にこの舞台を成功させ、フランシュシュだけでなく、この舞台、東京ブレイドの評判も最高にするのだ!」

 

「・・・当たり前だね!任せてよ!」

 

 

 

・・・

 

 

 

「・・・すごい」

 

「マジかよ・・・」

 

隣にいたスタイリストが驚きの声を漏らす中、僕は心の中で舌を巻いていた。

六号ちゃんが呼んだきた男は、物凄いスピードで有馬ちゃんの着ていた衣装を仕立て直していく。

手慣れた動作は魔法の如く、あっという間に子供サイズのツルギの衣装が出来上がった。

 

「突貫工事だから激しく動けば糸がほつれる可能性がある。さっきみたいな派手な動きはできないぞ」

 

「大丈夫!ツルギの殺陣のシーンはもうないから!」

 

六号が仕立て直された衣装を着てくるりと回る。

その衣装は最初から六号のものだったかのように、サイズはぴったりだった。

 

「雷田さん、これなら・・・!」

 

マネージャーの言葉に、頷きで答える。

確かに。これなら最低限、ツルギの代役として舞台に立てる。

衣装さえ同じなら、観客の心も完全には離れないはずだ。

 

「ありがとう・・・!プロデューサーくん!君のおかげで何とかなりそうだ・・・!」

 

「・・・いいや、まだだ」

 

「へっ?」

 

思わず聞き返す。

フランシュシュのプロデューサーくんは目の前で不思議そうにしている六号ちゃんを指さすと言った。

 

「まだこいつは有馬かなになってないんじゃーい!!」

 

耳がキーンっとする。

思わず耳を抑えながらぎょっとすると、プロデューサーくんは不満そうに六号ちゃんを見つめていた。

な、何を言っているんだ・・・?彼は・・・???

 

「い、いや、いくら代役と言っても衣装さえ同じなら何とでも・・・」

 

「監督ぅ!こいつは今、本気でツルギを演じようとしてるんです!だからもう少しチャンスをください!すぐ終わらせるので!!」

 

そう言って僕の両手を掴んで懇願してきた。

 

「でも時間もないしこれなら別に・・・」

 

「お願いします!こいつは本気なんです!そして俺もその力に全力でなってやりたいんです!」

 

もはや息遣いすら聞こえる距離まで詰め寄られながら言われる。

あ、暑苦しい・・・。ていうかサングラスの色濃いな!これじゃあ前が見えないでしょ!僕も年中かけてるけど、流石にこの暗さじゃ見えないから今は色薄くしてるのに!

・・・だけど、彼は本気だ。六号ちゃんと同じく、本気でこの舞台の成功を信じている・・・!

 

「・・・わかった。ただもう本当に時間がない。他の役者は全員配置についてるし、あとは六号ちゃんだけなんだ。何かやるならすぐに・・・」

 

「ありがとうございますっ!」

 

フランシュシュのプロデューサーくんは最後まで聞かずに、六号ちゃんに向き直る。

 

「巽・・・」

 

「任せるがいい。この伝説のアイドルプロデューサー、巽幸太郎様が、お前を紛うことなく有馬かなにしてやる」

 

「・・・うんっ、お願い!」

 

六号ちゃんの返事を聞いたプロデューサーくんは、ニヤリと笑うと懐から化粧道具を取り出した。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

インターバルが明け、舞台の幕が上がっていく。

舞台の上にはブレイドと鞘姫、そしてその視線の先には空へと昇る黒煙があった。

 

 

炎と共にムラクモが消えていく。

その肉体は塵となり、やがて死体すら残らずに消滅した。

ムラクモの消滅と共に、辺り一面を燃やしていた炎も最初からなかったかのように鎮火していた。

 

戦いが終わり、ムラクモが消滅した跡地から、二つの影が現れる。

一人は刀鬼、そしてもう一人は───

 

ブレイド「──よくやったな、ツル・・・おい、どうしたんだ、その姿・・・?」

 

ブレイドが信じられないものをみたかのように、驚きの声を上げる。

ブレイドの視線の先、刀鬼の隣にいたのは間違いなくツルギだ。

だが先程までと違い、明らかに容姿が幼くなっていた。

 

ツルギ「・・・わかんねえだ。あいつを斬ったら、最後に妙な術をかけてきて気がついたらこんな姿に・・・」

 

ブレイド「そんな、お前・・・」

 

ブレイド「まさか、妹がいたのか!?」

 

ツルギ「な、な・・・ブレイドお前ー!それが敵の大将を斬ったやつにかけるセリフかー!?あたしだ!お前の右腕、ツルギ様だー!」

 

ブレイド「悪い悪い、冗談だって!ついその姿が面白くてよ!・・・って、おいっ!抜き身の盟刀でつつくな!いてて!そこは怪我してるとこだから!」

 

ツルギ「うるさーい!敵の大将を倒したあたしを労えー!」

 

 

 

・・・

 

 

 

新しく現れたツルギは、その姿が幼くなっていた。

何か問題が起きて急遽代役・・・が出ることになったのだろうか。

だがそんなことよりも、観客には別の疑問が頭に浮かんでいた。

それは、この子は何者だ?と言う疑問。

演技経験のある子役、そう考えるのが妥当だが問題はその顔。

少し幼くなっているが似過ぎている。

ツルギを演じていた有馬かなに。

いや、瓜二つと言ってもいい。

まるで本当にツルギ役の有馬かなが、子供になったかのよう。

妹や親戚だろうか?だがいたとしてそんな都合よく代役として呼べるだろうか?

そう疑問に思うものも多い中、新しいツルギは戸惑うブレイドに、簡単に幼くなった理由を話すと原作に沿った会話へと繋げていく。

 

ブレイドも小さくなったツルギの姿に最初は驚くものの、すぐに仲間と認めて悪態をつく。

容姿が変わったことなど瑣末なことだと言わんばかりに舞台は進行する。

 

だがこれまで、有馬かなが演じてきたツルギを、急に全くの別人が演じる事態に観客は戸惑いを隠せなかった。

なぜ?何か問題でも起きたのだろうか?オリキャラの投入に続いて結末も原作と変えるのか?

不自然に長かったインターバルに加え、突然のキャスト変更は先程まであった舞台への没入感を薄まらせ、代わりに不信感を膨らませる。

 

しかし舞台が進行するにつれ、その戸惑いは別のものへと変わっていった。

 

この子は本当に代役なのか?

 

先程までのツルギと変わらない明るい演技。

だが演技に疎い人間もそうでない人間も、このツルギの異質さに徐々に気づいていく。

有馬かなが見せたスター性とも呼べる輝き。

それと同質の何かを、目の前の子供は持っている。

思わず目を離せないような、あるいは目が眩むような光。

なまじ有馬かなの見せた光に魅せられたばかりの彼らには、この小さな有馬かなが放つ光が同じものだとわかってしまう。

まるで本当に有馬かなが幼くなったかのような・・・。

そう思わせる程、圧倒的なまでの有馬かなの再現。

極まった演技は常人の認識を錯覚させる。

 

だが、そんなことはありえない。

 

人がそう簡単に若返ることなんてできない。

ましてやここは舞台。映画やドラマのようなカメラ越しの映像じゃない。

編集やごまかしが効かない、自身の視覚を通して見ている生の光景。

ダイレクトに今見ているものが、本物だと肌で感じられる。

故に、目の前のものが信じ難い。

だってこの少女は、今間違いなく『有馬かなが演じるツルギ』なのだから。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

刀鬼と共に六号ちゃんが演じるツルギが現れる。

私は配置につく都合上、最後まで見れなかったけど・・・

 

 

 

か、か、か、かわいいー!!!

えー!?嘘!?昔のかなちゃんだー!!

私がテレビで見ていたかなちゃんそっくりー!!

 

 

 

目の前にいる六号ちゃんは衣装だけじゃない。

その顔も、まるで昔のかなちゃんのようになっていた。

・・・いや、まさに昔のかなちゃんそのものだ。

十秒で泣ける天才子役と呼ばれていた頃の、私が憧れたテレビの中のスター。

自分の可愛さに絶対の自信を持って、周りを魅了する悪魔のようで天使のような女の子。

私が、役者の世界に足を踏み入れた元凶だ。

 

昔、変装が得意な怪盗を演じたことがある。

演じる上で実在の怪盗についてもいろいろと調べた。

変装の達人とも呼ばれた人間は衣装や立ち振る舞いだけでなく、卓越した化粧の知識を持っていた。

肌の色、顔の輪郭、眉の形、それらを化粧道具を使って全くの別人の顔になるのだ。

今私の前で有馬かなになっているこの子は、まさにそれだ。

魔法のような化粧で、かなちゃんの顔に化けたのだ。

 

・・・それに演技も、すごい。

昔のかなちゃんの演技だ。

誰よりも自分が可愛いと思ってる、眩しい輝き。

まるで見てきたかのようにあの頃のかなちゃんを演じている。

六号ちゃん、あなたはいったい・・・

 

 

 

 

しゃ、写真・・・せ、せめてツーショだけでも・・・、あとで撮らせてもらおう、うんっ。

 

 

 

 

・・・

 

 

刀鬼「・・・姫、お待たせしました」

 

鞘姫「刀鬼・・・、あの難敵をよく討ち取ってくれました」

 

刀鬼「はっ、ありがたきお言葉」

 

鞘姫「其方こそまさに鬼族の・・・っっ」

 

鞘姫がふらつき、その場に倒れかける。

刀鬼は咄嗟にその身体を支えた。

 

刀鬼「鞘姫っ、よもや怪我を!?」

 

鞘姫「・・・いえ、何でもありません、少し疲れが出ただけのこと」

 

キザミ「おーい、ブレイドー!ツルギー!」

 

匁「鞘姫!刀鬼!」

 

そこへ城の外で戦っていたキザミ、匁らが合流する。

 

キザミ「お前ら無事だったか!こっちは急に炎が城を取り囲んだと思ったら、炎の中から骸骨の兵隊が現れてよ!そいつらに足止めされてたんだ!」

 

キザミ「ってうおっ!?ツルギが縮んでる!」

 

ツルギ「まあ、いろいろとあったんだ・・・」

 

 

 

匁「すみません、一時的とはいえ、新宿の連中と共闘し、これを退けました。・・・城の惨状を見るに、あの炎の使い手は刀鬼が?」

 

刀鬼「・・・ああ、こちらも共闘し元凶と思われる妖を斬り捨てた」

 

匁「・・・そうですか」

 

新宿、渋谷、双方のメンバーが集結する。

だが、その全員がボロボロでもはや戦う力は残ってるようには見えなかった。

 

「・・・」「・・・」

 

無言の睨み合い。

互いに水に流せない因縁がある。

だが、共通の敵を前にしたことで一時だけでも連帯感が生まれたのは事実だった。

 

ブレイド「──なーんか、スッとしねえよなぁ?」

 

しかし、その空気に水を差すがごとく、ブレイドが抜き身の刀を肩に担いで前に出る。

その眼はムラクモを前にした時と変わらず、ギラギラと輝いていた。

 

ツルギ「ぶ、ブレイド?スッとしないって・・・何がだよ?」

 

ブレイド「このまんま、なし崩しに手打ちにするってのがだ。俺たちはお互い國が欲しくて盟刀を奪い合ってるんだろ?」

 

ブレイド「──なら、目の前に欲しいお宝があってそれを盗らねえ程、俺は行儀良くはないぜ」

 

その言葉に、渋谷クラスタの面々が再び殺気を放つ。

対する新宿クラスタもまた、呼応するかのように武器を手に取った。

まさに一触即発。

先程まであった緩んだ空気はどこにもなく、何かきっかけがあれば再び血が流れる、誰もがそう予感した。

 

 

ブレイド「──だが俺も、このまま泥沼の戦いをしたいわけじゃない」

 

ブレイドの続いた言葉に、渋谷、東京全員の視線が集まる。

ブレイドが何を言おうとしているのか、もはや誰にもわからない。

困惑する全員を前に、ブレイドはにやりと笑うと刀の切先を刀鬼に向けて言い放った。

 

ブレイド「だからよ、決着をつけようぜ。俺とお前、一対一(サシ)で勝負だ」

 

 

 

・・・

 

 

 

 

「勝った方が、相手の持つ全ての盟刀を好きにする。シンプルだろ?」

 

「・・・」

 

ブレイドの挑発に、俺は目を閉じて沈黙する。

理由は当然、鞘姫の命令を待っているからだ。

刀鬼は、己を律し、鞘姫に従う一本の刀であることを自身に課している。

常に感情を顔に出さず、冷徹に刀を振るう。

そうすることでこの無骨な男は、この渋谷の鬼達の頂点に達したのだ。

故に彼は自身のための言葉を語らない。

それは不要なものだと過去に斬り捨てたから。

 

だが───

 

「───いいだろう。その提案、乗った」

 

「──刀鬼!?」

 

ここで刀鬼は、鞘姫の言葉を待たずにブレイドの提案を受けてしまう。

それは初めて出会った自身と拮抗する力を持つ相手への興味か、それとも自信と違い、伸び伸びと刀を振るう男への羨望か、はたまた──その両方か。

 

「申し訳ございません、鞘姫。──今一度、一人の鬼として、あの男と戦いたくなりました。この罰は後ほど、如何様にも」

 

謝りつつも刀鬼は止まらない。

興味、執着、羨望、怒り。

奇しくも、今の俺の感情とシンクロする。

有馬、黒川、星川リリィ、そして姫川。

役者として、俺はお前達から大きく離された場所に立っている。

監督に師事したからといって、すぐに追いつける訳がないと思い知っている。

だが、それが諦める理由にはならない。

そんなことで、俺の復讐は止まらない。

 

そこを退け、天才共。

 

ここから先は、俺のターンだ・・・!!

 

 

 

・・・

 

 

 

全員が見守る中、刀鬼とブレイドが対峙する。

 

刀鬼「・・・」

 

ブレイド「・・・しっ!」

 

戦いは何の合図もなく始まった。

ブレイドの袈裟斬りを刀鬼が刀で防ぎ、返す刀で小手を狙うものの、それをブレイドは体捌きで避ける。

 

もはや彼らに、先ほどまでの仲間意識などない。

新宿、渋谷の違いもない。

目の前の敵を斬る。

ただそれだけを考え、刀を振るう。

 

 

匁「刀鬼・・・君はこれ程までの力を・・・!」

 

キザミ「ブレイド・・・俺と戦った時よりも強くなってやがる・・・!」

 

新宿、渋谷クラスタのメンバーは、その高度な戦いを見て、手出しは不要だと判断し結末を見守る。

 

鞘姫「・・・ごほっ」

 

匁「・・・鞘姫、やはりどこかお身体の調子が悪いのでは・・・?」

 

鞘姫「・・・いいえ、問題ありません」

 

匁「・・・左様ですか。もしもの際はその盟刀の力をお使いください」

 

鞘姫「・・・ええ、わかっております」

 

 

 

永劫かと思われる斬り合いの最中、ついに刀鬼がブレイドの一撃を受け損ね、バランスを崩す。

決着の時が近づこうとしていた。

 

ブレイド「これで、・・・終わりだ!」

 

刀鬼「くっ!」

 

ブレイドの刀が刀鬼へと迫る。

しかし、そこに割って入る影があった。

 

鞘姫「────刀鬼っっ!!」

 

いつのまにかそばまで来ていた鞘姫が、その身を投げ出して刀鬼に迫る刀を防ぐ。

気づいたブレイドが刀を逸らそうとするがもう遅い。

迸る鮮血。

ブレイドの刃は寸分違わず、鞘姫を斬っていた。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

目の前で起こる、鞘姫の死。

それは、刀鬼にとって、信じられない、信じたくない景色。

護ると誓った、己の命を懸けて。

そんな存在が血を流して倒れていく。

 

その姿に、アクアの記憶がフラッシュバックする。

赤い鮮血。刺されたアイ。だんだんと冷たくなっていく身体。

逃れられない死が、大切な人に迫る光景。

 

そしてそれを引き起こしたのは、紛れもなく刀鬼(雨宮吾郎)

|己が意志を殺し、鞘姫の刀であることに徹していれば《俺を殺したストーカーの存在を忘れていなければ》。

鞘姫を(アイを)

守れたかもしれないのに(死なせずに済んだかもしれないのに)

 

「──ああああああああああああああ!!!!」

 

喉が裂けるかと思う程の声が出る。

そうだ、この感情だ。

この感情が欲しかった。

ここでは、この感情を演技に乗せればいい。

 

目の前にいる姫川を見る。

鞘姫を斬った憎き相手。

たった今、俺の前で鞘姫を斬ったのに冷静に俺の視線を受け止めている。

その眼が俺の怒りを助長する。

 

今はただこの怒りに身を任せればいい。

 

頭の中で、監督の言葉が蘇る。

 

『なら、お前はもう演技を楽しむな』

 

『お前にとって演技は苦く辛いものであれ。楽しいなんて二度と思うな』

 

そうだ、これが俺の選んだ道だ。

そこを退け、姫川大輝。

有馬かな、黒川あかね、星川リリィ。

お前らを下して、俺はこの業界での『評価』を手に入れる。

他は何もいらない。

───俺にとって演じることは復讐だ。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

刀鬼「──はあああああああああああ!!!!」

 

刀鬼を庇い、斬られた鞘姫が倒れる。

その姿を見た刀鬼は、慟哭と共に刀を握りブレイドへと斬りかかった。

 

ブレイド「ちっ・・・!」

 

ブレイドは刀鬼の怒りに任せた攻撃を、冷静にいなしていく。

それに対し刀鬼の技に先程までのキレはない。

やがてブレイドは刀鬼の刀を力いっぱい弾いた。

 

刀鬼の元から離れる盟刀。

だが刀鬼はそれに目もくれずに、己の爪と牙を武器に間髪入れず襲いかかる。

 

刀鬼「あああああああああ!!!!!」

 

ブレイド「ぐぅっ!?」

 

予想だにしない行動にブレイドのガードが遅れ、首元を噛まれる。

ブレイドは苦悶の表情をこぼすも、すぐに刀を振って刀鬼を引き離す。

まさに鬼神の如く。

鞘姫を失った怒りが刀鬼の背中を後押ししているのか、今の刀鬼にはブレイドに油断を許さない気迫があった。

 

ツルギ「ブレイドっ!」

 

ブレイド「──お前ら、手ぇ出すなよ!まだ戦いは終わってねえ!」

 

 

 

 

・・・

 

 

 

再びの対比構図。

最初の戦いでは、姫川が感情を乗せた演技を見せたのに対し、アクアは無表情でこれを受けることで対照的な演技を見せた。

そして今度はアクアが感情を演技に乗せ、姫川が表情を消してこれを受けている。

 

アクアの感情演技は、過去のトラウマを利用する諸刃の剣。

おそらくリハでも抑えて演じたはず。

本番で見せたこれは姫川も初見。

なのに姫川は、アクアの演技を見てあえて対照的な演技をすることを選んだ。

 

驚いたな・・・。

流石実力派揃いの劇団ララライの看板役者。

対応力は有馬並、か。

それでいて、主役としてのスター性も兼ね備えている。

・・・ったく、今時の若い役者ってやつはバケモンばかりかよ。

 

アクアの演技は俺が指導したとはいえ、まだまだ付け焼き刃の範囲。

ララライの看板役者に一朝一夕で敵うとは思っちゃいない。

だがアクア、お前は役者であることを自分で選んだ。

なら、こんなところで終わる訳がない。

そうだろ?早熟・・・。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

ブレイド「はあああああ!!」

 

刀鬼「があああああ!?」

 

ブレイドの盟刀がきらめく。

そこから放たれた雷が、刀鬼の身体を貫いた。

 

ついに力尽き、その場に倒れる刀鬼。

 

刀鬼「・・・何故、トドメを刺さない」

 

ブレイド「うるせえ・・・こっちも流石に限界だっての・・・」

 

ブレイドもまた、その場に倒れるように座り込んだ。

 

ツルギ「──決着だ!勝利したのはブレイドだ!ここに、渋谷と新宿の戦いは決した!約定通り、双方武器を収めろ!怪我人は敵味方構わず治療しろ!ここから先、誰の命も奪わせるな!」

 

その言葉に新宿クラスタが喜んだのも束の間、渋谷クラスタの面々は沈痛な面持ちで鞘姫のそばへと集まっていく。

ブレイドもまた、キザミの肩を借りつつ、ツルギと共に鞘姫の元へと近寄る。

 

匁「──遅いよ」

 

匁「失血が多すぎる。鞘姫はもう助からない・・・」

 

鞘姫の血は止まらない。

徐々にその生命が失われようとしていた。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

負けた。

ブレイドに俺の爪と牙は届かず、鞘姫の仇を取ることは叶わなかった。

そもそも俺が余計なことをしなければ鞘姫は死ななかった。

 

そうだ、これでいい。

脚本通り、俺はブレイドに負ける。

これで戦いは終わり──

 

あれ、おかしい、なぜ、からだが、うごかない。

 

頭の中で、アイの死の間際の記憶が流れ続ける。

先ほど、刀鬼の感情演技をする為に鮮明に思い出したせいだろうか。

まるで壊れたテレビのように、目の前でアイの死が再生される。

ストーカーに刺され、血を流し、扉の前でへたり込んで、俺を抱きしめながら死んでいく。

何度も何度も、何度も。

あの時の感情が、沸き続ける。

犯人への恨み、アイが刺されたことへの悲しみ、呼んだ救急車が来ないことへの焦り、ルビーがこの場を見なくて済んだ安堵、全てを未然に防げなかった自分への怒り。

その情報量に押しつぶされたかのように、俺の身体は動かない。

視線は動くのに声一つあげられない。

まずい、今は本番中だ。

覚えているセリフを言え。

用意した演技を演じろ。

 

何度叫んでも、俺の身体は動かない。

あの時の感情が延々とループし続け、俺の思考を埋め尽くす。

まるであの時の記憶を利用した罰だと言わんばかりに、俺の命令をこの身体は受け付けない。

 

──それで良い。

もっと苦しめよ。

有馬かなに光を見たか?

黒川あかねに出会って理解者を得たと思ったか?

演技は楽しいか?

このまま全て忘れて恋とか青春とか楽しい人生送りたいと思ったか?

許さねぇよそんなの。

アイを死に追いやった奴を細切れにしてすり潰して。

心も身体も痛めつけて死よりも苦しい地獄を味わわせるまで、お前にそんな権利はねぇんだよ。

忘れたのなら思い出せ。

覚えているなら刻みつけろ。

お前の生きる意味を。

お前の選んだ道を。

 

責める声は泥のように、俺の身体へ覆い被さった。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

星野・・・?

 

その違和感に気づいたのは、偶然だ。

俺は舞台の上で相手の表情を見ない。

別にメガネがつけられないから、コンタクトが怖いからなどではない。

役者同士は動きで語り合える。

遠い席の観客は俺たちの表情なんて見えないだろうし、観客が見えないものを前提に演技しても意味がない。

最初から表情なんて見えない方が、より洗練された演技ができる、というのが俺の考え方だ。

 

だから星野が、ブレイドに負けて以降ずっと感情演技を続けていることに気がついた。

それ自体は別にいいことだ。

役者は舞台の上に立つ間はその役になりきる必要がある。

一瞬でも気を抜いて、元の自分に戻るなんてことがあれば役者として下の下だ。

だが、今の星野は様子が変だった。

虚ろな瞳、焦点の合ってない視線。まるで本当に大切な人を失ったばかりのよう。

迫真とも言える感情演技。・・・だが、これは度が過ぎている。

 

──こいつ、まさか自分の感情を制御できていないのか・・・!?

 

感情演技の強さは、役者の経験に基づく。

過去に大きな成功体験があれば喜びの感情はよりリアリティを増し、大きなトラウマや失敗談があれば負の感情に迫力が出る。

金田一のおっさんがよく言う俺みたいな欠けてる人間ってやつは、特に後者の感情表現が上手いらしい。

おそらく星野も欠けてる側の人間。

役者の中には激しい感情演技をすると、稀にその感情から戻れなくなる時がある。

より深く潜ることで自身の経験した感情の原点へと立ち返り、その感情を役に降ろす。

だがその経験が過去に自身に大きな影響を与えたものであれば、現実と演技の境界がわからなくなり、やがて囚われるようになる。

役者ってのはたいてい感受性が高いやつがなるもの、そしてそうなった役者の末路は決まっている。

 

下手すれば二度と舞台の上に立つことも・・・

 

今この場で星野の変化に気づいているのは俺だけ・・・か。

黒川は動けない。

鴨志田、鳴嶋はきづいていない。

六号・・・は角度的に星野が見えない。

他の連中も・・・くそっ、無理か。

 

・・・まっ、仕方ないか。

誰かが泥をかぶらなきゃ、この舞台はエンディングを迎えられない。

この中じゃ、演技力や芸歴的にも俺が締めるのが最善だろうしな。

こうなったらアドリブで、無理矢理進行させて───

 

 

「───まだ!」

 

 

 

・・・

 

 

 

「──これは傷写しの鞘、自分が負った傷を配下に移し替えることのできる支配者の力」

 

大輝くんが何か言おうとしたのを遮るように、リリィは倒れた鞘姫の元に落ちている鞘のそばへと移動する。

それを見た大輝くんがリリィの行動に、僅かに驚いているのが見て取れた。

 

ごめんね、大輝くん。

大輝くんが何をしようとしているのか、リリィにはわかっちゃった。

それにアクアくんがこうなるかもしれないってこと、リリィは少し予想していたの。

 

アクアくんの感情演技はとても痛々しいものだった。

泰志くんの家で、アクアくんとあかねちゃんが練習しているのを見ていた。

アクアくんには昔、とっても悲しいことがあったから感情演技ができなくて、それを克服するために練習していたことを知った。

泰志くんはそんなアクアくんの為に、苦しみながら演技することを教えた。

 

・・・リリィにだってある。

悲しい思い出。マミーがお星様になった時の記憶を思い出して、本当に泣きながら演技をしたこともある。

だけど違うよ。演技はそんな、ずっと辛く苦しいものじゃない。

例え苦しい演技をしても、最後には皆でお客さんの前に立って、観てくれてありがとうってお礼を言って笑顔にならないと駄目なの。

 

だから、アクアくん。

リリィが教えてあげる。

───演じることはもっと、楽しくて幸せであっていいんだって!

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

匁「──そうだ。だから僕は鞘姫に鞘の力を使うよう進言した。だが鞘姫は頑なに使おうとしなかった・・・」

 

ツルギ「・・・それはね?この子が仲間の傷を自分に移し替えることに使っていたから」

 

匁「何だって!?」

 

ツルギ「心当たりはあるでしょう?私にもあるのよ。・・・死ぬ直前に私の傷までもっていった。敵にまで情けをかけるなんてね」

 

キザミ「た、確かに。俺の傷も無くなっていやがる・・・!」

 

匁「これは・・・。もしや鞘姫ははじめからこうして戦いを収めるつもりで・・・」

 

 

全員が驚く中、ツルギは足元に落ちている鞘を足に引っ掛けるとそのまま宙に蹴り上げた。

そこからはまさに、奇跡の再現だった。

キザミが匁との戦いで見せた、上空に放り投げ、落ちてくる刀を見ずに片手で受け止めて構える神技。

原作者でさえ、現実でできると思って描いてない、とまで言ってのけた鳴嶋メルトが魅せた全力の原作再現。

凡人が血が滲むほどの努力で成したその技を、天才は一目見て会得する。

ツルギは宙を舞う鞘を一切見ずに、踊るように前に出た。

鞘姫のそばに立つ人の間を泳ぐようにすり抜け、最前とまで言える位置に立つと片手を空へと掲げる。

まるで吸い寄せられるかのように、落ちてきた鞘がその手に収まった。

 

観客席から、思わず感嘆の声が出る。

だがそれは、六号の目的ではない。

六号がこの大技を見せた理由は、ここにいる全ての視線を集めること。

当然この大技を見せるのは六号のアドリブ。

客席だけでなく、事前に聞いていない演者も裏方も全てが驚き、その視線を六号へと向ける。

そして、それは自身の感情演技に飲まれているアクアも例外ではない。

身体が動かなくとも、その視線は突如宙を舞った鞘に吸い寄せられていた。

視線は鞘に、そして鞘を受け止めた六号へと順に注がれる。

六号は全ての視線を集めると、くるりとアクアの方へと振り返った。

 

アクアと六号の視線が交差する。

互いに互いが、視線が合ったことを自覚する。

 

六号は一瞬、アクアに対して笑みを見せると客席へ再び向き直った。

 

ツルギ「──まったく、お前達の眼は節穴か?この子を助ける手っ取り早い手段がここにあるだろうが!・・・ブレイド!」

 

名前を呼ばれたブレイドが、自分の足元にある鞘姫の刀を見る。

一瞬の逡巡。

だが諦めたようにふっと笑うと、普通に刀を拾ってツルギの隣へと並んだ。

 

ブレイド「──そうだな!まだ諦めるには少し早いぜ、お前ら!」

 

ツルギが鞘を地面に突き刺し、倒れないように支える。

 

ツルギ「この鞘の本来の使い方は──」

 

ブレイド「──こういうことだろ!」

 

そこにブレイドが刀を勢いよく刺した。

納刀と同時に鞘が光を放ち始める。

やがて光は舞台一面に広がり、観客席を照らしていった。

 

 

 

・・・

 

 

 

六号と視線があう。

そこに何らかの意図が含まれてるのはわかっていた。

だが何を言いたいのかまではわからない。

 

不思議なことに何か魔法でも働いてるかのように、その瞳から視線を逸らせなかった。

アイと同じ、星を思わせる瞳。視線を外すことは許さないと言わんばかりのその引力に、何故か抗えない。

六号は俺を導くようにくるりと観客席に向き直る。

囚われていた俺の視線はまるで引っ張られるかのように、観客席へと向けられた。

 

「この鞘の本来の使い方は──」

 

「──こういうことだろ!」

 

六号と姫川のセリフと共に舞台が光に包まれる。

この照明は鞘姫の傷が癒え、復活するための演出だ。

観客席から舞台が見えなくなるように、実際は鞘だけでなく、舞台全体が光っている。

 

 

 

そして光を背景に、俺は見た。

 

 

観客席の一番後ろ、心配そうに手を合わせ、まるで祈るかのようにステージを見る彼女を。

白い帽子で顔は見えづらいが、見間違えるはずがない。

俺が守りたいと願い、叶わなかった彼女。

 

 

 

 

 

 

 

そうだ。

 

アイはここにいる。

 

ゾンビになっても、その事実は変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

気づいた時、俺を縛っていた重荷は無くなっていた。

背中にその残滓のような声が、最後の抵抗と言わんばかりに逃げるのかと呪いをかけてくる。

 

・・・違うだろ。お前は僕だ。

無力で何もできなかった後悔に焼かれる僕自身だ。

たった一度でいいからアイの声を聞きたくて、たった一度でいいからアイの体温に触れたくて。

あの過去に囚われ続ける僕自身だ。

 

安心しろ、例えアイが生きていようと僕は復讐を続けるよ。

推しの夢を守るために、妹の幸せを守るために。

お前の望む通り、奴を追い続ける。

 

 

 

 

──だから今はその感情、使うぞ。

 

 

 

 

光が消え、ゆっくりと鞘姫が身体を起こす。

 

もう助からないと思っていた鞘姫が生き返るのを見て、刀鬼の想いが溢れていく。

 

ああ・・・この感情は知っている。

大事な人が生きていた。

絶対にもう会えないと思っていた人にまた会えた。

絶望から一転、望外な幸せを噛み締める奇跡。

 

俺はその感情に抗うことはせず、涙を流しながら鞘姫の身体を抱きしめた。

 

 

 

 

涙を流しながら鞘姫を抱きしめるその姿は、星野アクアの役者としての力を世間に認めさせる決定的なものになった。

 

 

 

・・・

 

 

 

 

「あー、なんとか最後までいけたー!」

 

「六号・・・、お前よくキザミのあれできたな・・・。俺なんてめちゃくちゃ練習してやっとできるようになったのに・・・。はぁ、へこむわー」

 

「偶然だよー、それにメルトくんが練習してたのは何度も見てたから」

 

「いや、俺も驚いたわ。思わずもしかしたら俺でもできるのでは?と思って刀二度見したわ」

 

「あの時、姫川さん露骨にラグあったよねー。絶対あとで金田一さんにつっこまれるよ」

 

「あー、そんなバレバレだったか。やべぇ、振り返りの時のおっさんの説教長いんだよな」

 

「お疲れさま」

 

舞台裏に戻ったリリィ達を待っていたのはかなちゃんだった。

その顔には若干疲れは感じさせるものの、もう体調が悪かったりはなさそうだ。

 

「かなちゃん!?」

 

「よかったー!目を覚ましたんだね!」

 

「全然良くないわよ。目を覚ましたら身包み剥がされて控え室で横になってたし・・・」

 

「いや、でも無事で良かったぜ!」

 

あっという間に皆に囲まれる。

嬉しそうな声に包まれているが本人は複雑な顔をしていた。

そうこうしているうちに、リリィと視線が合う。

 

「っ!!」

 

思わず目を逸らしてしまった。

結果的にリリィはかなちゃんの出番を奪う形で舞台に立った。

しかもかなちゃんが倒れた原因はリリィなのだ。

恨んでいても不思議じゃない。

それにゾンビの件もある。

かなちゃんはリリィのゾンビ姿を見ていた。

この秘密をバラされたらフランシュシュの皆にも迷惑をかけてしまう。

 

かなちゃんが皆の輪を抜けてリリィの前に来る。

・・・怖い。

だけどせめて謝らないと。

かなちゃんが口を開く。

言葉が発せられる前にリリィは頭を下げていた。

 

「「ごめんなさいっ!」」

 

「・・・えっ?」

 

リリィが頭を上げるとかなちゃんが申し訳なさそうに、頬をかいていた。

 

「気絶したあたしの代わりにあんたがツルギ役を演じてくれたって聞いたわ。途中から意識を取り戻して舞台袖から見ていたけど・・・正直、良かった。台本読んであたしの演技見ていただけで、あそこまでツルギを演じられたのは間違いなくあんたの実力よ。・・・ありがと」

 

照れくさそうに言うかなちゃんは、少し悔しそうではあったが怒ってるようには見えなかった。

 

「・・・それと皆さん、私のせいで舞台にご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ございませんでした。この失敗は明日からの公演で返していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします」

 

かなちゃんが頭を下げる。

例えどんな理由であれ、舞台に立てなかった以上は役者として失格。

だからこそかなちゃんは誠心誠意、皆に謝るのが筋って思ってるんだ。

 

「ろ、六号も!勝手なことをやって迷惑をかけてごめんなさい!」

 

慌ててリリィも頭を下げる。

結果的にはリリィもかなちゃんの代役をやったり、舞台の上でアドリブやったりと好き勝手してしまっている。

かなちゃんを気絶させた原因もリリィだし、ここで謝るのは当然だ。

 

「・・・まっ、今回はララライだけじゃなく外部も呼んで、しかも舞台経験も少ないやつも何人かいた中での本番だ。全部が全部うまくいくとは思っちゃいない」

 

金田一さんが頭をかきながらリリィ達の前に立つ。

 

「だが客の前じゃそんなの関係ない。迷惑かけたっていうなら有馬が言ったように、明日からの舞台で今日以上のものを見せてこい」

 

「「はいっ!」」

 

話は以上だと言わんばかりに、金田一さんは背を翻してしまった。

 

 

「でも本当にすごかったよ!六号ちゃん!まるでちっちゃい頃のかなちゃんみたいで可愛かった!」

 

「あーら、悪かったわね、大きくなって可愛げのない女になって」

 

「そういう捻くれてるところが良くないんだよ・・・舞台の上じゃあんなに可愛かったのに」

 

「?? なんか言った?」

 

「何でもないよーだ・・・あ、六号ちゃん、あとで写真撮らせてね」

 

そう言うとあかねちゃんが嬉しそうに離れていく。

あかねちゃん・・・あんなこと言ってたけど、きっとかなちゃんが無事で嬉しかったんだろうな。

 

「有馬、気を失った時のことは覚えてるか?」

 

アクアくんの質問に、思わず止まっている心臓が飛び出す。

リリィは慌てて心臓を元の位置に戻るように押し込んだ。

 

「んー・・・実はよく覚えてないのよね。どうもムラクモにトドメを刺してからの記憶が曖昧で・・・」

 

「そうか・・・」

 

かなちゃんは思い出そうと頭を悩ませている。

良かった・・・、どうやらリリィの正体がバレた訳じゃないみたい。

 

「何か前にも見たような気がするのよね・・・。確か遠出した時の・・・」

 

「覚えてないのならいいんじゃないか?無理に思い出そうとしても、周りに心配をかけるだけだぞ」

 

「心配・・・。あんたも心配、してくれたの?」

 

「・・・まあな」

 

「そう・・・。ふふっ、そっかー、心配しちゃったのかー。アクアはあたしが倒れて心配で心配でたまらなかったのねー?」

 

「・・・はぁ。こうなる気がしたから言いたくなかったんだ」

 

「ウソウソ!心配かけて申し訳なかったって思ってるから!・・・ていうかあんたこそ、最後の感情演技、あれはなに?」

 

「・・・」

 

「あの時、あんたは自分の感情演技に飲まれていた。役者ってのは時に自分の過去も利用して演技を作るのは当たり前。だけど、今日みたいな制御できないような感情演技を続けるのなら・・・いつか身を滅ぼすわよ」

 

「・・・それについてはもう問題ない。俺は戻る場所を思い出したからな」

 

そう言うアクアくんは少しばかり、ふっきれたような顔をしていた。

良かった・・・少しはアクアくんの力になれたのかもしれない。

 

「おい、おまえら!反省会はあとだ!この後はカーテンコール、衣装とメイクを整えるから準備しろ!」

 

金田一さんの声で皆が再び慌ただしく動き始める。

 

「そういや、有馬の衣装はどうするんだ?」

 

大輝くんの言葉に、かなちゃんとリリィに視線が集まる。

 

「どうって、そりゃあこいつが着てるツルギの衣装を・・・」

 

そこまで言ってリリィが着ている衣装のサイズに気づいたのか、衣装を二度見した。

 

「ちょっ、ちょっと待ちなさい・・・、も、もしかして・・・いえ、もしかしなくてもこの衣装ってあたしが着ていた衣装を・・・?」

 

「ああ、仕立て直した。すごかったぜ、まるで魔法みたいに六号のサイズに縮んでいってよ?」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ・・・」

 

「有馬!?」

 

「有馬がまた倒れた!?」

 

すごい声を出しながらかなちゃんがその場に崩れ落ちる。

そういえばかなちゃんの衣装借りたこと、まだ伝えてなかったかも?

 

「何の音じゃい!?こちとらまださっきの舞台の感動が残って・・・うおっ!?」

 

かなちゃんの声を聞いて誰かが何事かと入ってきた。

っていうか・・・

 

「あれ?巽、まだこっちにいたんだ。客席に戻ったと思ってた」

 

「お前のメイクや衣装の仕立て直しで戻る暇がなかったんじゃい」

 

 

巽はそう言うと倒れているかなちゃんを見る。

 

「で、こいつは何でまた倒れているんだ?」

 

 

 

・・・

 

 

 

「・・・別に衣装はまた仕立て直せるぞ」

 

なんてこともないかのように、巽は言ってのけた。

 

「えっ!?そうなの!?」

 

「時間が無くて丈を詰めただけだからな。・・・まあ、素晴らしい舞台も見せてもらったし特別に明日までには・・・」

 

「ほんと!?ありがとう、巽ー!!あ、でもこの後カーテンコールがあるから今すぐにやってくれると嬉しいなー?」

 

「・・・いや、明日までなら・・・」

 

「う・れ・し・い・なー?」

 

「・・・はい」

 

「ありがとう!じゃあ六号、すぐ衣装脱いでくるねー?」

 

スキップしながらかなちゃんを連れてその場から離れる。

 

「止めなかったあたしが言うのも何だけど、あんな無理矢理お願いして良かったのかしら・・・?」

 

「大丈夫!巽は無茶振り大好きだから!」

 

ドン引きするかなちゃんを笑顔で安心させながらリリィ達は最後の挨拶の準備を始める。

うん、結果的にだけど、なんとかこの舞台を最後まで演じられて良かった。

フランシュシュの皆も来てくれてたし、あとでお礼言わないと!

・・・ライトくんはリリィの舞台、見てくれてたかな・・・。

 

 

 

・・・

 

 

 

 

「つっかれたー!早く家帰って、靴下脱いで、寝っ転がりたーい!」

 

舞台が終わり、役者の控え室に招待された関係者が労いに来ていた。

かくいう私も、同じ事務所に所属する先輩とアクアに会いに顔を出している。

 

「久々に疲労感ドシッと来たわー、こんなのあと一ヶ月もやんなきゃいけないの?今日以上の事、そうそうできないって!」

 

「先輩は終盤いなかったような・・・」

 

「うっさいわねー、諸事情があったの!それに終盤までほぼ出ずっぱだったんだから、少しは労ってくれてもいいでしょー!」

 

「お疲れのところ申し訳ないけど、このあと事務所でユーチューブの動画撮るからね」

 

「うぇー・・・」

 

さっきまでの舞台を思い返す。

思いっきり気を抜いてる先輩だが、舞台の上ではキラキラと輝いていた。

過去に因縁のあった星川リリィや同年代でライバルであるあかねちゃんと同じ舞台で、負けないくらいに華があった。

 

「先輩って本当に役者なんだね・・・」

 

私の呟きに何を今更と言わんばかりに先輩が反応する。

 

「私、舞台とかよくわからないけど、本当にすごい役者なんでしょ?」

 

「当たり前でしょ」

 

「アイドルじゃなくて・・・演技の天才なんでしょ?」

 

「ふふん!そーね私は・・・」

 

そこまで言った先輩は一度言葉を切ると、静かに告げた。

 

「私は天才なんかじゃないわよ。・・・実際に天才て言われる人を見ればわかる。私は必死に食らいついてるだけ。板の上で好き勝手やって天才ぶるのは割と簡単なこと。吹っ切れた演技ってわかりやすいから・・・」

 

先輩は心当たりがあるのか、暗い面持ちだ。

珍しい。あの先輩が、舞台の上なんて自分の得意分野でネガるなんて。

私には先輩もブレイドの人やあかねちゃんみたいにすごい人に見えたけど、当の本人からすると思うところがあるみたいだ。

 

「・・・あー悔しい!むかつく!絶対に公演中見返してやるから!」

 

落ち込んだと思ったら今度は怒り始めた・・・。

誰かに何か言われずとも勝手に気持ちを切り替えるあたり、やっぱり先輩はメンタルが強いのかもしれない。

 

「そーいえばお兄ちゃんはどこに行ったか知ってる?」

 

「アクアー?そういえば着替えたらそそくさと出て行ったわね」

 

「ふーん」

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

「よぉー!ちんちくー!」

 

「二号ちゃん!皆!」

 

サキちゃんの声と共にフランシュシュの皆が控え室に遊びに来てくれた。

 

「六号ちゃん、本当に可愛かったとよ!お話も良くて私、ばり泣いちゃったけんー!」

 

「一号ちゃんありがとう!えへへ、頑張ったからねー!」

 

「ほんま、かわいらしかったでありんす。それでいてむらくもの妖艶な雰囲気・・・まっこと、六号はんは千両役者でありんすな」

 

「でしょー?泰・・・下宿先の人に見せてもらった映画を参考にしたの!」

 

「天才子役の名は伊達じゃなかったわね」

 

「本当に素敵な舞台でした・・・!圧倒的映像美に加えて迫力のある音響、そして役者の皆さんの素敵な演技・・・!私、すっかりファンになってしまいました!」

 

「すごいよねー、六号も初めて見た時びっくりしたもん。三号ちゃんもありがとー!」

 

「ちんちく、お前って実はすごいやつだったと・・・」

 

「・・・どうしたの?二号ちゃん。何か変なものでも食べた?」

 

「せからしか!あたしはお前のばりすごか演技に感激したとね・・・!おりきゃらのくせに活躍しとったムラクモも、ちびツルギも演技ど素人のあたしでもわかるくらい凄さがわかったと!」

 

「二号ちゃん・・・」

 

「・・・だからあとでキザミ役のサイン頼むとね!な?」

 

「あ、あはは・・・。実は二号ちゃん、キザミ役の人のファンになっちゃったけんね、舞台見てる時もキザミVS匁のシーンで叫びそうに・・・」

 

「おい、さくら!それはちんちくに言うなって!」

 

「む、むぐぐー!」

 

「キザミ役はメルトくんだね。ならたぶん、お願いすればサイン貰えるかも!・・・あっ、でも今は・・・」

 

さっきメルトくんが、女の人と話してるのを見かけたっけ。

大輝くんが言うには、東京ブレイドの原作者とそのお友達の漫画家さんって・・・。

 

「・・・今は忙しそうだったから今度貰ってくるね!」

 

「おー、任せたばい!ちんちく!」

 

「むー、ちんちくって言うなら貰ってきてあげないからー!・・・そういえば七号ちゃんは?一緒に来てたよね?」

 

「七号ちゃんならさっき、外の空気吸ってくるって・・・。あとで六号ちゃんに会いに行くーって言っとったよ」

 

「そっかー」

 

本当は七号ちゃんにもお礼言いたかったけど、いないなら仕方ない。

あとで言うことにしよう。

 

「つーかグラサンの野郎、結局途中でいなくなってから戻ってこなかったけん。仲間の晴れ舞台を前に最後まで見ねーなんて、あとであたしがシメてやるばい」

 

「あはは、違うよー、巽はね──?」

 

 

 

 

・・・

 

 

 

走る。

息を切らして、ただ走る。

舞台が終わってすぐ、着替えもそこそこに俺は控え室を飛び出した。

途中、今ガチで共演した連中に会って何か言われたが、挨拶もそこそこに俺は足を止めなかった。

通り過ぎる人から「あの子、刀鬼役の人じゃない?」なんて言われても無視して走り続ける。

星川リリィに会いに行くフランシュシュのメンバーは見たがアイはいなかった。

けど舞台の上から彼女の姿は見えたから、まだ近くにはいるはずだ。

 

あんな演技をしたからか、今はただアイに会いたかった。

直接触れて、直接声が聞きたかった。

 

建物を出てすぐ、東京ブレイドに出演した役者がそれぞれ映っているポスターの前で舞台を観ていた観客達が写真を撮っている。

ポスターの中のブレイドや刀鬼と写真を撮ったり、ポスター単体で撮っている人もいる。

きっとあの人達はその写真と共に、SNSで感想を

あげるのだろう。

その写真を見ながら舞台のことを思い起こすのだろう。

そんな人の目から隠れるように、帽子を目深に被った彼女を見つけた。

 

「ア──っっ」

 

思わず彼女の本名を呼びそうになって慌てて口をつぐむ。

彼女を見てアイだと気づく人はそうそういないだろうが、わざわざリスクを冒す必要はない。

俺は彼女にゆっくりと近づくと小さな声で話しかけた。

 

「──アイ」

 

「あれ?アクアだー、どうしたの?・・・ん?でもまだ終わってそんな時間経ってないよね?もう出てきていいの?」

 

不思議そうに聞いてくるアイを見て、自然と涙が溢れた。

蓋をしていたはずの心から感情が溢れ出す。

再会した時に全部出し切ったと思っていたのに。

これも全部、あんな演技をしたせいた。

無性に目の前のアイが愛おしくて仕方ない。

はたしてこの感情が、アクア(親子の縁)からくるものなのか、吾郎(推しへの愛)からくるものなのか今の俺には判断がつかなかった。

アイの質問に答えず、震える指でアイに手を伸ばす。

 

「アクア?」

 

指先がアイの頬に触れる。

アイは特に抵抗せずに俺の指を受け入れる。

指先から伝わる冷たい感覚に彼女がゾンビであることを思い出すが、気にせずに触れ続ける。

アイはされるがままだ。むしろ俺の指先の感触を楽しんでいる素振りすらある。

 

──ああ。

たとえ冷たくなっても彼女はここにいる。

何度確かめても嬉しくて仕方がない。

その事実に再び涙が溢れ始める。

流石にそう何度も涙を見せるのは気恥ずかしさがある。

急に羞恥を覚えた俺は慌てて指を離そうとして──

───今度はアイの方から捕まえてきた。

 

「ぇあ──!・・・──っっ!」

 

情けない声が出た。

あんな声を出したのは雨宮吾郎の頃以来だ。

アイの指は俺の顔を掴んで離さない。

お返しと言わんばかりに、顔を覗き込まれる。

互いの吐息が伝わる距離。

ふと、元医者としてのサガか、ゾンビは呼吸をしていないのに吐息なんてあるのだろうか、なんて考えが頭に浮かぶ。

将来また医者になることがあれば調べてみてもいいかもしれない。俺とルビーの転生の件も併せて退屈はしなさそうだ。

そんなことを考えている間もアイの顔は近づいてくる。

これじゃあガチ恋距離だな。さりなちゃんに話したら羨ましがれそうだ。

──いや、待て。このままだと本当に──っっ!!

 

「──はいっ、私の勝ちー!」

 

「・・・えっ?」

 

「ん?目を逸らしちゃ負けゲームでしょ?アクアは昔から弱かったもんねー?」

 

リベンジしたくなっちゃった?

そんなふうに笑いながら言うアイに、思わず気が抜ける。

──僕は何を馬鹿なことを・・・。

やはり今の俺はおかしい。こんな状態でアイに会うべきじゃなかった。

アイの指を丁寧に顔から剥がしていく。アイは満足したのか、特に抵抗せずに俺から離れてくれた。

 

───ああ、でも最後に。一つだけ聞いておかないと。

 

「アイ」

 

「なぁに?アクア?」

 

「今日の舞台、俺の演技はどうだった?」

 

アイは俺の質問にきょとんとした顔を向けたあと、あの時と変わらない笑顔で堂々と言い放った。

 

「───すっごく気持ち悪かった!!」

 

 

 

・・・

 

 

 

 




アクルビも好きですがアイアクも好きです。
回想でいいからもっとアイアク見せて・・・。

リリィちゃんは天才子役なのでなんでもできます。
同じ天才アイドルのアイと違って人付き合いも完璧。
ただメンタルはまだ子供なので環境とかに左右されて実力を発揮できない時もあるんじゃないかな。
その分、環境に適応すると天才なのでそつなくこなす。
ゾンサガ本編でも最初はダンス苦手にしてたけど、途中から得意そうに踊ってたし。
そんなイメージ。

これにて東京ブレイド編終わりです。

次からはゾンサガメインにする・・・予定です。

たくさんの感想ありがとうございます!
あかねちゃんのことを気にしてくれてる感想が多いところすみませんが彼女の活躍はまた別の機会に・・・。
引き続き書いていきますので、読んでいただけると嬉しいです。
高評価、誤字修正、それと感想!お待ちしてます!
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