推しの子 in SAGA   作:片倉の推しの子Bです

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わかってたことですが最近アイの供給減ったな・・・。
悲しみ。
アイの書き下ろしイラストだけで救われる命があるからもっと増えてくれー!




第二十六話 ハイスクールララバイ SAGA 前編

 

朝、眼を覚ました私は顔を洗い、リビングに向かう。

 

「あれ?お兄ちゃん?」

 

そこには見慣れた顔の双子の兄がいた。

ミヤコさんが作ってくれた朝食を食べ終えたのか、キッチンに食器を持っていくところだったみたい。

 

「おはよう、・・・今日は学園祭だろ。こんなに遅く起きて大丈夫なのか?」

 

「大丈夫ですー、ちゃんとご飯食べて身だしなみ整える時間はありますー。・・・ていうか、アクアは今日も公演じゃなかったっけ?」

 

兄であるアクアはプロの役者だ。

学生だけどお仕事をしていて、今日も舞台『東京ブレイド』に出演するはず。

公演がある日はだいたい朝早くには家を出てるから、この時間に学生服を着て家にいるはずがなかった。

 

「なんだ、忘れたのか?今日は施設のメンテナンスで舞台が使えないんだ。役者は皆、自主練。前に伝えただろ」

 

・・・そういえばそんなことを聞いたかも。

まさか学園祭の日に被ってるとは思わなかった。

 

「も、もちろん覚えてたよー?わ、私が忘れるわけないじゃん?」

 

「・・・まあいい。さっさと飯食って支度を整えろよ」

 

う゛っ!思いっきりため息吐かれた!

お兄ちゃんはリビングのソファに座ると文庫本を読み始めた。

どうやら待ってくれるらしい。

相変わらずお兄ちゃんはシスコンだ。

 

もう何年も前からお兄ちゃんは私の世話を焼きたがるから、この対応も慣れてしまった。

昔からお節介だったけど、ここまでじゃなかった。

世間では兄妹でこんなに構われたら、うっとおしいと思うのかもしれない。

だけど、私は特に嫌だと思ったことはない。

それにお兄ちゃんがこうなったのはきっと、ママが亡くなったあの日からで───

 

ぺらりとページを捲る音が聞こえる。

おっと、せっかく待たせているんだから急がないと。

私は慌てて朝ごはんを駆け込むと、洗面所で身だしなみを整える。

準備が終わった頃には、家を出る時間ギリギリになっていた。

 

「お待たせー!」

 

「・・・ん」

 

玄関でアクアが先回りして持ってくれていた通学バッグを受け取る。

いつものことなのでお礼は言わない。

たぶん、お兄ちゃんも特に気にしてないし。

 

「行ってきまーす」「・・・」

 

いつものように玄関にあるママの写真に挨拶をする。

ママが生き返っても、この習慣は変えていない。

アクアも一瞬ママの写真に視線を合わせた後、私達は二人揃って家を出た。

 

 

 

・・・

 

 

 

 

「学園祭、回る相手は見つかったのか?」

 

学校への道すがらアクアが質問してくる。

 

「もっちろん!フリルちゃんとみなみちゃんと回るよ!」

 

「不知火フリルとも続いているんだな」

 

「まあお仕事のこととか、業界あるあるとかの話聞くと世界の違いを思い知らされるけど・・・フリルちゃん自身が面白いから気にならなくなっちゃった」

 

「・・・そうか」

 

「ていうかお兄ちゃんは?お友達できたの?」

 

「・・・前にも言ったが男は友達になろうとしてなるものじゃなくてだな・・・」

 

「私、お兄ちゃんが男友達とつるんでるところ見たことないんだけど・・・」

 

あ、黙っちゃった。

アクアは露骨に視線を逸らして、この話題をスルーしてるように見えた。

・・・しめしめ、たまにはこっちから攻めてやろう。

 

「はぁ・・・。お兄ちゃんさぁ、流石に高校生にもなって友達0はまずいって。今日とか学園祭一人で回るの?」

 

仕方ない、みなみちゃん達にお願いしてアクアも加えてあげるかー。

たぶんあの二人ならオッケーしてくれると思うし。

 

「しょうがないからわた──」

 

「──いや、今日はあかねと回るから」

 

さらりと言ってのけた内容に思わず衝撃を受ける。

そ、そうだった──!!

お兄ちゃんは彼女持ちのリア充だった──!!

 

「あいつも休みだし、そろそろアリバイ用の写真も撮ろうと思ってたからちょうどいいってなって──」

 

お兄ちゃんが何やらいいわけを言っているが、全然頭に入ってこない。頭の中でみなみちゃんの言葉が蘇る。

 

『お兄さんも高校生の男の子やし、やることはやってるんやなぁ』

 

そうだ。

いくら前世を覚えていても、身体は高校生の男の子。そういった行為をしていてもおかしくないとみなみちゃんは言っていた。

だけど・・・

 

「・・・アクア。私、アクアに言わないといけないことがあった」

 

アクアの言葉を遮る形で言葉を挟む。

私の発する空気に違和感を感じたのか、アクアが言葉を切ってこっちに向き直る。

私はそんなアクアを正面から見ながら思い切って口にした。

 

「例えあかねちゃんが美人で可愛くても・・・え、えっちなことはしちゃダメだよ・・・//」

 

私が意を決して口にした言葉に、アクアが眼をまんまるにする。

あ、珍しい。アクアがこんなに驚いてるところ、久しぶりに見た。

 

「──はぁ・・・。アイといい、お前といい・・・俺はそんなに腰が軽く見えるのか・・・」

 

アクアが、今度はめちゃめちゃ凹みながら大きなため息をついた。

むっ、私は本気なんだけど!

 

「・・・流石に高校生相手にそんなことはしない。だいたい主観で倍以上歳が離れている相手に欲情なんてするか」

 

「だって身体は高校生じゃん・・・」

 

今ならわかる。

アクアはきっと私よりもずっと歳上だ。

私よりも人生経験を積んでいて、私よりも道徳を学んでいる大人だ。

だからこそ、まだ子供である高校生相手に子供ができかねないことをすると、そんな軽率なことをする人だと、私は考えたくなかった。

 

「・・・だとしても、俺から誘うことはねえよ。それに俺達はあくまでビジネス上の彼氏彼女だ。近いうちに別れる算段もついている。・・・だからそんな顔をするな」

 

アクアは私を安心させるようにそういうと歩く速度をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ん?俺から?じゃああかねちゃんから誘われたら手を出すの?」

 

「・・・」

 

「ねー?アクア、こっちみて答えてよ。ねー、てばー?」

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

「おはよう!星野アクア!・・・あとルビーも!」

 

校門に着くと見慣れた顔が仁王立ちしていた。

 

「おはよう」

 

「おはよー、先輩」

 

有馬かな。

私と同じアイドルグループ『B小町』のメンバーで、アクアと舞台『東京ブレイド』で共演している人だ。

芸歴=年齢の大ベテラン。学校も一緒で学年も上だし、一応先輩と呼ぶことにしている。

 

「き、奇遇ね、アクア。私も今日フリーだから学園祭に参加するの」

 

「ああ、B小町のスケジュールはいつも見てるから知ってる」

 

「ぐっ、そうだったわね・・・。おほんっ。ねぇアクア?あんた、今日黒川あかねと午後学園祭を回るんでしょ?」

 

「・・・なんで知ってるんだ」

 

「黒川あかねから聞いた。全く、常日頃からカメラには気をつけなさいって言ってるのに、学園祭デートなんて・・・ほんと、頭がお花畑っていうか、浮かれてるっていうか・・・」

 

先輩がやれやれと言わんばかりに呆れたように話す。

この陽東高校は芸能科があることもあって、セキュリティが厳しい。万が一にもスキャンダルを学園側が出すわけには行かないから、学園祭も招待制で生徒が呼んだ人しか参加できないし、カメラを持ち込まれないよう荷物検査も厳重に行なっている。

そういうところもここの生徒が学園祭に乗り気じゃない理由の一つらしい。

 

「まあ、ここはセキュリティがしっかりしてるし大丈夫だとは思うけど、結局人の口に門戸は建てられない。せいぜいこの先、気を引き締めることね!」

 

「・・・ああ。そこは俺もあかねと話して気をつけるよ」

 

アクアと先輩の話がひと段落つき、そのまま上履きに履き替えるべく靴箱へと向かおうとする。

そんな私達に先輩が再度立ち塞がった。

 

「・・・まだ何かあるのか?」

 

先輩はチラチラと私とアクアを見ながら黙っている。

何か言いたいみたいだけど、言いづらそうなことかな?

 

「どしたの?先輩」

 

「・・・ええい、今更よねもうっ。あ、アクア!あんた、午後黒川あかねと周るなら午前は空いてるのよね!?なら私と──」

 

「──有馬ちゃーん」

 

先輩の言葉を遮るように後ろから別の生徒が声を掛けた。

あ、この人。確か先輩と同じ学年の・・・。

 

「有馬ちゃんは今日一日クラスの手伝いだよねー?まさかこれまで休んでいたのに、当日もクラスに貢献しないなんてことはないよねー?」

 

「あ、あんた!前にも説明したじゃない!私は舞台に出るから稽古とかで参加できないって!だいたい別に学園祭の出し物なんて多少手を抜いたって──」

 

「そこはそれ。稽古も本番も無い日は手伝ってくれないと他の子に不公平でしょ?それに、うちのクラスが今回大賞狙うのもクラス会議で伝えてるしねー。さあ!前回負けたリベンジを果たすよ!」

 

「あ、ちょっと!まだ私あいつと話の途中で!あー!」

 

そのまま先輩は引きずられていった。

 

「・・・朝から騒がしいな」

 

「先輩ってクラスでもあんな感じなんだねー」

 

「まあ、仲が悪いようにも見えなかったしな。あいつなりにクラスメイトとも上手くやってるんだろ。・・・俺たちもいくか」

 

「うん」

 

 

 

 

・・・・・・

・・・

 

 

 

 

『これより、第──回、陽東高校学園祭を開始します。本日は校外の方も招くので生徒の皆さんは規律をしっかり守って──』

 

 

 

「───あっ!!みんなー!!!」

 

私達を見つけると、元気いっぱいにこちらに向かって走ってくる。

私もその姿を見て、我慢できずに走っていた。

 

「久しぶりー!六号ちゃん!」

 

「うん!久しぶり!七号ちゃん!」

 

ひしっと抱きしめ合う。

久しぶりに会うリリィちゃんは、やっぱり元気で可愛いなあー!!

 

今、私達はフリルちゃんの通う学校、陽東高校に来ている。

目的はフランシュシュのライブをすること。

フリルちゃんの機転で学校に許可を貰って、学園祭イベントの一つとしてライブができるようになったのだ。

そして、せっかく学園祭に参加できることになったからダメ元でリリィちゃんを誘ったところ、ちょうど予定が空いていて来れることになったのだ。

 

 

「元気やっとかー?ちんちくー。しばらく見ないうちにちょっと縮んだんじゃなかとか?」

 

「むぅ!縮んでなんかないもん!」

 

「六号ちゃんが元気そうで安心しました」

 

「息災で何より、でありんすな」

 

「ヴァウ!!」

 

「でもまさか今日、六号ちゃんも舞台が休みだったなんて思わなかったとよ〜」

 

「ねー!すごい偶然でリ・・・六号もびっくりしたの!」

 

「六号、悪いけど今日のライブ、あんたは休み。元々参加予定じゃなかったし、今からフォーメーションを変えるのも難しいから・・・」

 

「うん、大丈夫だよ。その分、今日は客席から皆のこと、たっくさん応援しちゃうから!実はね?一度皆のライブを観る側にもなってみたかったの!」

 

「・・・そう言ってくれると助かる。あんたはあんたで今日は気を休めて貰って、自分の舞台に集中して。残りの舞台、私達は観に行けないけど、無事終わることを願ってるから」

 

「ありがとう、三号ちゃん!皆も今日は頑張ってね!」

 

「おお、ちんちく。それと実はお前に言わなきゃいけないことがあると」

 

「えー、何ー・・・?」

 

「実はな・・・?お前の代わりのフランシュシュの新メンバーが決まったとや」

 

「ええ!?じゃ、じゃあリリィはりすとら・・・?」

 

「ああ・・・。新しいメンバーはダンス歌に加えてルックスもバツグン、アタシらも悩みに悩んだ末に涙を呑んで・・・」

 

「・・・ウルウル」

 

「・・・ていうのは嘘で──」

 

サキちゃんが言い終わる前にリリィちゃんを抱きしめていた。

 

「もー!なんですぐリリィちゃんをいじめるのー!・・・リリィちゃん、今のは嘘だからね?リリィちゃんの代わりのメンバーなんていないからねー?」

 

眼に涙を溜めていたリリィちゃんの頭を撫でつつ、サキちゃんを睨みつける。

 

「軽いジョークやっとに・・・」

 

「今のはあんたが悪い」

 

「サキはん、冗談にも限度がありんすよ」

 

「うっ・・・」

 

ゆうぎりと愛ちゃんにも怒られたからか、サキちゃんがバツの悪そうに頬をぽりぽりとかく。

その後、観念したのか、ゆっくりとリリィちゃんに頭を下げた。

 

「・・・悪かった。冗談が過ぎたけん。久しぶりに会ったからつい、からかっちまったと」

 

「・・・ふーんだ!サキちゃんなんてきらーい!」

 

リリィちゃんはぷんすか言いながら拗ねて目を背けてしまった。

だけど、口では嫌いって言っても話しをしてくれるあたり、許してくれてはいるみたい。

 

「わーるかったって!な?あとでなんか奢ってやるけん!機嫌直せって」

 

「ぷいっ」

 

あの分ならすぐに仲直りできるかな?

そんなことを思っていると、こちらに向かって走ってくる人影が見えた。

 

 

 

 

 

「おおーい、ろっくごうちゃーん♡あっちに学生の出店あったから色々買ってき・・・げえっ!?」

 

どこから出したのかわからないような大声と共にその場で急停止する。

そこには、数ヶ月ぶりに見た髭面があった。

 

「あれ?監督だー」

 

「・・・ああ、誰かと思ったらドラ鳥の」

 

五反田監督。

私が生前親交があった人で、映画監督だ。

フランシュシュとはドライブイン鳥のCM撮影で知り合っている。

 

「あ、泰志くん、おかえりー」

 

リリィちゃんが慣れた感じで五反田監督に話しかける。

そういえばリリィちゃんの下宿先がどこか詳しく知らなかったけど、この様子だともしかして・・・。

 

「あれ?リリィちゃん、ドライブイン鳥の監督と仲良かったの?」

 

さくらちゃんが当然の疑問を口にする。

皆も不思議そうに耳を傾けていた。

 

「うん!実は六号が東京にいる間、居候している家が泰志くんのお家なの!」

 

「え、えええええ!?」

 

「・・・驚いた。あいつの知り合いの家とは思ってたけど、まさかあの時の監督の家だったなんて・・・」

 

「本当に・・・、意外な人選でしたね・・・」

 

「ヴァウ?」

 

 

 

「泰志くん、とっても優しいんだよ?今日も六号がフランシュシュの皆に会いに行くって言ったら、車で送ってくれたの!本当のパピーみたいに頼っていい、て言ってくれて──」

 

リリィちゃんが嬉しそうに言うのに対し、監督は顔色が真っ青だ。

心なしか、額には汗もかいてるように見える。

・・・ははーん?もしかして監督、リリィちゃんにぞっこんだなー?

昔からちっちゃかったアクアの面倒もよく見てくれてたし、案外子供好き?

特にリリィちゃんは可愛いからなー。ついつい構いたくなっちゃうのもわかるなー、うんうん。

 

「いやー!!仲間と合流できて良かったなー、六号!・・・おおっと!!俺も用事を思い出しちまった!あとでまた迎えに行くからよ!お前らの再会を邪魔しちゃ悪いし俺は一旦ここでお暇し・・・」

 

出店で買ったたこ焼きと焼きそばを持ったまま、くるりとUターンしようとする。

だけど哀れ、勘づいたサキちゃんに回り込まれてしまった。

 

「おいおい、ドラ鳥の監督さんよお?CM撮影に加えてアタシらの仲間が世話になったけん、もう少し話していかんとね?」

 

「い、いや、心遣いは嬉しいけど俺も忙しいからよ?」

 

「あれ?泰志くん、明日はお仕事なくて丸一日暇だよー、て昨日言ってなかったっけ?」

 

リリィちゃんの悪意ゼロの言葉がぐさりと刺さる。

監督もこの場を離れようとするための良い理由が他に思いつかないのか、しどろもどろしている。

──そーだ。せっかく監督に会えたんだし、私もちょっとからかっちゃおーっと。

 

「──パパー、私、りんご飴が食べたーい」

 

「ぶっっっ」

 

監督が咳き込んでむせている。

効果はばつぐんらしい。

 

「おいっ、俺にお前みたいなでけえガキはいねぇよ!そもそもお前、本来なら三十路かそこらじゃ・・・ってそうだ、ちげえんだった・・・。くそっ、紛らわしいなおいっ」

 

自分で自分にツッコミんでる・・・ころころ表情が変わって面白いなー。

怒ったり悲しそうにしたりまた怒ったりと忙しなく変わる表情を見てると、私達のやりとりを見ていたフランシュシュの皆もニヤリと笑った。

 

「オヤジー!アタシは焼きそば奢ってくれ!」

 

「お、お父さん、私は牛串が欲しいなー」

 

「旦那はん、わっちはあのわたあめ、いうのが気になるでありんす」

 

「ぱ、ぱぱー、・・・うう、やっぱり恥ずかしいです」

 

「おい、マジでやめろ!今のご時世、お前らみたいなガキからのパパ呼びは洒落にならねえんだよ!・・・ほら!警備員の人がこっち見てるから!めちゃくちゃ怪しんでるから!」

 

「み、皆・・・わ、悪ノリし過ぎはいかんとよー!」

 

皆の悪ノリにさくらちゃんが慌てて頭を下げる。

その横から黒い影が躍り出た。

 

「・・・ヴァウヴァウー!!」

 

「た、零号ちゃん!?」

 

飛び出したたえちゃんはまっすぐ監督の元へと走ると、その手に持っていたたこ焼きに腕ごとかぶりついた。

あー、食いしん坊のたえちゃんが目の前にあるごはんを見て耐えられるわけなかったかー。

 

「いってえ!?」

 

「こら!零号ちゃん!めーっ!」

 

「ヴァウー♪」

 

結局、さくらちゃんに押さえつけられたたえちゃんが離れたのは、中のたこ焼きが容器ごと全部食べられた後だった。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

「いてて、酷い目にあった・・・」

 

「ごめんねー監督。零号ちゃん、美味しいものに目がないからさー」

 

「・・・だとしても普通、腕ごと噛みつくか・・・?てか、容器ごと食べてたけどあの子は大丈夫なのか?」

 

「大丈夫!おなかも強い子だからへーき、へーき!」

 

「マジか・・・。フードファイターってやつか?最近のアイドルは一芸持ってるやつが多いって聞くが、プラスチックもいけるのか・・・すげーなおい」

 

私の適当な説明に、何故か納得してくれてるみたいだった。

相変わらず監督は騙されやすいなー。逆に心配になっちゃうよ。

 

「──お待たせ、入館手続きしてきたわ。・・・何かあったの?」

 

私達の学校への入館手続きを終えた巽とフリルちゃんがタイミングよく戻ってきた。

いつの間にか人数が増えたことに困惑してるみたい。

・・・ん?フリルちゃんを見るリリィちゃんと監督が変なような・・・?

 

「ありがとう、八号ちゃん!面倒なことお願いしてごめんねー」

 

戻ってきたフリルちゃんにお礼を言う。

この学校は芸能人が多く通ってるから、人の出入りが多くなる学園祭はチェックが厳しくなるみたい。

巽と二人とはいえ、結構時間かかってたし手続きが大変だったのかもしれない。

 

「企画したのは私だもの、これくらいはやるわ。・・・ところで人数が増えてるみたいだけど・・・」

 

「あ、そっか!六号ちゃんと監督は初合わせだよね!・・・六号ちゃんは前に話したフランシュシュのメンバーで、監督は前にCM撮影の時にお世話になった映画監督だよー」

 

「あら、初めまして。フランシュシュに加入したフランシュシュ八号よ、よろしく」

 

フリルちゃんがニコリと笑って手を差し出す。

二人は固まったまま差し出された手を見ていた。

 

「二人ともどうかした?」

 

「いや、おま・・・」

 

「な、七号ちゃん。もしかしてほん・・・」

 

二人が何か言う前にフリルちゃんが二人の手を取った。

 

「・・・よろしく、ね?」

 

「・・・お、おお。よ、よろしくな」

 

「う、うん、よろしくね」

 

二人がおずおずと挨拶を返す。

この反応・・・もしかして、二人はフリルちゃんのこと知ってるのかな?

・・・実はフリルちゃんって、私達が思ってる以上の有名人だったり・・・?

 

凍りついた二人にフリルちゃんは笑顔で返すと、私達へと顔を向けた。

 

「ライブは午後のステージよ。途中用事があるから私は少し抜けるけど、それまでは時間もあるし約束通り学園を案内してあげる」

 

 

 

・・・

 

 

 

 

「──で、なんで早々にはぐれるのよ!」

 

「不思議だねー」

 

私の声にリリィがたこ焼きを頬張りながら答える。

今この場にはリリィとたえ、五反田監督、そして水野愛()しかいない。

ちょっと目を離した隙に他のメンバーはいなくなってしまったのだ。

 

サキ(二号)アイ(七号)はともかく、ゆうぎり(五号)まで何やってるのよ・・・」

 

さくら(一号)ちゃんも純子(四号)ちゃんもいなくなっちゃったねぇ」

 

(あの馬鹿)がいないのはいつものことだからいいとして・・・はぁ。ごめんなさい、八号。せっかく学校を案内してくれる約束だったのに」

 

「別に構わないわ。せっかくの学園祭だし、楽しんでくれてるならそれでいいのよ」

 

フリルは気にしていないというけど・・・。

 

「まったく、どうしてこう団体行動ができないんだか・・・」

 

「・・・ねえ、愛ちゃん」

 

リリィが小声で私のことを呼ぶ。

どうやら他の人に聞かれたくないことらしい。

 

「・・・何?」

 

「愛ちゃんは八号ちゃんの本名知ってる?」

 

「本名って・・・不知火フリルでしょ?本人はそう名乗ってたけど」

 

「あー・・・、うん。知らないならいっかー」

 

「・・・?」

 

リリィは何故か遠い目をして離れていった。

何か変なことをいっただろうか?

 

「おいっ、誰かあの大食いアイドルを止めてくれ!素寒貧になっちまう!」

 

「ヴァウー♪」

 

屋台を片っ端から食い荒らすたえの後ろで五反田監督が悲鳴をあげている。

私達は最悪ご飯を食べなくても大丈夫だけど食欲はある。

とりわけたえはゾンビらしく食欲が強いから・・・。

そろそろ止めないと本当にここの屋台を食いつくしかねないかも・・・。

 

「はぁ・・・。あいつら、ステージの時間と場所、忘れてないでしょうね・・・」

 

 

 

 

・・・

 

 

 

「どやんす・・・。皆とはぐれちゃったけん・・・」

 

「す、すみません。私が立ち止まってしまったばかりにさくらさんまで・・・」

 

「あ、ううん。それは別にいいとよ。私も皆に黙って離れとったから・・・」

 

私はもう何度目かわからない校舎の案内図を前に、頭を悩ませていた。

純子ちゃんと二人、学校内で迷って数十分。

気づいたらさっきと違う校舎におるし・・・。

 

「ここが出口で・・・ここが体育館で・・・」

 

うう・・・校舎が広くて全然わからんとよ・・・。

ステージをやるのは体育館で、開始時間は覚えてるからそれまでに到着できれば良かけど・・・。

 

「た、体育館も複数あってわからんとー!どやんすー!」

 

「さ、さくらさん!こういう時は人に聞いてみましょう!」

 

「そ、そやっとね!今の私達はメイクしとるからゾンビってバレんし!」

 

「はいっ、・・・とりあえずあそこの教室にいる生徒さんに声をかけましょう!」

 

ちょっとゾンビバレに神経質過ぎたかもしれんと・・・。

純子ちゃんも一緒だし、二人いればきっとなんとかなるけん!

教室に向かい、扉に手をかけようとしたところで───

 

「──あっぶなーい!どいてくださーい!!」

 

「「へ?」」

 

突然の衝撃と共に冷たい液体が顔にかかる感覚。

声のした方を見れば、ここの学校の生徒なのか、制服を着た女の子が床に倒れていた。

 

「だ、大丈夫とですか!?」

 

「は、はい」

 

慌ててその子を助け起こす。

・・・ほっ、見た感じどうやら怪我とかはしていないみたい。

 

「ご、ごめんなさい。わ、私、クラスの出し物で使う為のお水を運んでて・・・」

 

「前を見て歩かんと危ないからね。次から気をつけるとよ?」

 

「は、はい・・・えっ?」

 

倒れた子が私の顔をじっと見ている。

な、何かあったと・・・?

 

「さ、・・・一号さん、顔が・・・!」

 

純子ちゃんの声のした方を振り向く。

そこにはメイクが剥がれてゾンビ顔になった純子ちゃんがいた。

 

「へっ?」

 

私も思わず自分の顔に触れる。

そして、床を見ると女の子が運んでいたバケツから溢れた水に、ゾンビ顔の私が映っていた。

 

「え、ええええええええええ!?!?」

 

 

 

 

・・・

 

 

「──ふむ、はぐれてしまったでありんすな」

 

ぽつねんと一人、周囲を見回す。

辺りには人、人、人。

先程まで一緒だったあいどるの仲間達はいない。

 

「はて、どうしようでありんしょうか」

 

りりぃはんを身請けした旦那に買ってもらった綿飴の割り箸の先を舌でつつく。

とっくに食べ切っていたが、寺小屋の中では煙管(キセル)は駄目らしく、口寂しさを紛らわす為に舐めているに過ぎない。

普段なら行儀が悪いからやりんせんが・・・

 

「ふふっ、わっちもすこぉしばかり、祭りの気に当てられてるでありんすな」

 

「──あのぉ、すみません・・・」

 

「ん?」

 

背後から声をかけられる。

振り向くとそこには学生服を着た女の子がいた。

少し離れた後ろには友人なのか、同じ服装の女の子が見える。

 

「わっちに何か用でありんしょうか?」

 

「・・・そ、そのお着物、とってもお似合いで・・・す、素敵です!」

 

突然の告白。

だけど、わっちにとってその手の言葉は聞き慣れたもの。

花魁だったわっちに男達はこぞって口説き文句を言ってきた。

今更目に見えて驚いたり、喜んだりはしない。

──とはいえ、

 

「── 褒めてくれて嬉しゅうござりんす。素敵なお嬢さん方♪」

 

──かいらしい子らに言われて嬉しくないわけがないでありんすが♪

 

わっちの返事に安堵したのか、後ろにいた子も近よってきた。

 

「あ、あの、その着物、やっぱり貸衣装屋で借りたんですか?」

 

貸衣装屋・・・?

聞き覚えがないでありんすなぁ。

 

「これはわっちの一張羅でありんすよ」

 

「自前なんですか!?」

 

「嘘ぉ!?」

 

二人がぐいっと顔を寄せてくる。

どうやら驚かれてるようだが理由がわからない。

時代が過ぎてもここは将軍のお膝元。

都で目を見張るほどの逸品ではないはずでありんすが・・・。

 

「私、貸衣装屋で借りたものだと思ってた・・・」

 

「お姉さんがバリバリに着こなしてたから、貸衣装屋が雇ったモデルさんだと思ってました・・・」

 

何やら期待を裏切ってしまいんした様子。

 

「でも本当に素敵です!お姉さん、ここのOGなんですか?」

 

「おーじー?」

 

はて?何やら南蛮言葉が・・・。

 

「あ、卒業生ですか?って意味です!」

 

困ってるともう一人の女の子が補足してくれんした。

 

「違うでありんすよ。普段は佐賀にいるでありんす」

 

「佐賀!?」

 

「随分遠いですね・・・!あっ、もしかして家族や親戚がここの生徒とか!?」

 

「ふふっ、学徒じゃありんせんよ。強いてあげるなら・・・お仕事、でありんしょうか」

 

「お仕事?」

 

「あい、この後の演目にて歌と舞を披露するんでありんす」

 

わっちの言葉に、二人が目をまんまるに見開く。

 

「伝統舞踊なんてイベントあったっけ・・・?」

 

「体育館のステージかな?でも、舞妓さんが出るなんて初耳だけど・・・?」

 

二人は何やら頭を捻っている様子。

何か間違った言い方をしたでありんしょうか・・・?

 

「でもお姉さんみたいな綺麗な人が出るんだから素敵なイベントなんだろうなあ・・・」

 

「ねー・・・」

 

「「・・・」」

 

「わ、私、絶対観に行きます!」

 

「わ、私も!ファンになりましたから!」

 

「ふふっ、これは恥ずかしい姿を見せられないでありんすなぁ」

 

わっちの言葉に二人が笑顔を見せる。

せっかくわっちらのらいぶを観にきてくれんす、何かお礼をしたいでありんすが・・・。

・・・あい、確かアイはんがふぁんには「ふぁんさ」をすると喜ぶと言ってありんした。

わっちがこの娘らにできるふぁんさでありんしたら・・・

 

「──貸衣装屋?というものはどんなところなんでありんすか?」

 

「え?・・・えっと、お姉さんが着てるような着物とか、洋服とかコスプレとかあって自由に借りれるところですけど・・・」

 

「わっちに似合いのものはありんしょうか?」

 

「え?」

 

「──実はわっちも服には眼がないでありんすよ。ただ残念ながら当世──こほん、この辺りの衣服に馴染みがありんせん、いべんとまで時間もありんすし、もし二人が手隙でありんしたら良いのを見繕ってくりんせんか?」

 

わっちの提案に二人は顔を見合わせるとぱあっと明るくなった。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

「よっ、星野」

 

「・・・姫川さん」

 

自分のクラスの手伝いをしていると、突然後ろから声を掛けられた。

振り向くとそこには舞台で共演している顔。

ブレイド役の姫川大輝がそこにいた。

 

「なんでここに?他にもドラマの収録があるんじゃ?」

 

「いやー、黒川がお前と学園祭で会うって話をこの前聞いてよ」

 

・・・どれだけその話は広まっているんだ。

姫川大輝。

同じ舞台に立つ共演相手としてだけではなく、俺の父親と関係があるかもしれない男。

DNA鑑定の結果はまだ出ていない。

つまり、今こいつと揉めるのは得策じゃない。

 

「有馬もこの学園通ってるらしいし、面白そうだなって思ってつい収録を抜け出しちまった」

 

「おい、人気俳優」

 

「ははっ、休憩の合間に来たからそんな長居はしねーよ。・・・しっかし、一人ってことは修羅場はまだだったか」

 

「修羅場になるのが決まってるみたいな言い方はやめてください。・・・だいたい、前にも言いましたけど俺とあかね、有馬はそういうんじゃ・・・」

 

「そうだなー、お前らの関係はそんな簡単には言い表せないんだよなー」

 

ははは、と背中をバシバシ叩かれる。

くそっ、俺の話を聞きやしない。この人、プライベートだとこんな感じなのか。

 

「はぁ・・・ていうかここの学園祭、招待制ですよ?警備員さん呼びますね」

 

「おいおい、まるで俺が黙って入ったみたいな口ぶりだな」

 

「今の流れであかねと有馬が呼ぶはずないので」

 

「まあそれは違えねえな。・・・なに、俺にもこの学園に知り合いが何人かいるんだよ」

 

当たり前のように笑いながら告げる。

まあ、普通に考えればそうだよな。

こいつからは遊び慣れてる感じがする。

人気俳優だし、顔もいいから学園祭に参加するためのコネなんていくらでも持っているんだろう。

仕方ない、どうやってこいつを撒こうか・・・。

 

「・・・よし、いつもの星野だな」

 

「・・・?」

 

「感情演技は諸刃の剣だ。役者なら、せいぜいちゃんと使いこなせるようにならないとな」

 

それだけ言うとくるりと反転する。

・・・もしかして、舞台初日に俺がやったミスを気にかけてくれた、のか・・・?

 

「ギャラリーが増えてきちまったし、そろそろお暇するわ」

 

姫川の言葉に、周囲を見回すといつの間にかこちらをチラチラと見る視線に囲まれていた。

どうやら今話題の舞台、東京ブレイドの主役とそのライバル見たさに集まってきたらしい。

中には、女生徒の熱を帯びた視線も感じる。

ブレイドも刀鬼も女性人気が高い。

貴重な二人のオフショを見て、思い思いの妄想でもしてるのかもしれない。

 

「あ、そうだ。さっきそこで星野の妹を見たぜ」

 

言い忘れてたと言わんばかりに振り向いてそれだけ告げる。

妹・・・?ルビーのことか。

姫川に外見を伝えた記憶はないがアイドルをやってることは知っているだろうし、有馬やネット経由で写真を見たことがあっても不思議ではない。

特段たいしたことじゃ──

 

「ここの生徒なんだろ?なのに物珍しそうに校舎を見て回っていてよ、美人なのもあって結構目立ってたぜ。特にあの流れるような黒髪と星を思わせるような瞳が・・・」

 

「──待て、詳しく聞かせろ」

 

思わず姫川の肩を掴んで呼び止める。

周りから女生徒の黄色い声が響き渡った。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

姫川に聞いた場所に走って向かうと、すぐに見つかった。

興味深そうに学生が出入りする教室を眺めたり、壁に貼られた、なんてことない掲示物を見ながら歩く彼女。

この前見た白い帽子は、今日は浅めに被っている。

そのせいで帽子の下の素顔がよく見えた。

見た感じ、スキップするくらいテンションが高いみたいなので本人は気づいていないのかもしれない。

 

元々の顔の良さに加え、楽しそうに見て回る姿に近寄り難いのか、遠巻きに眺める人はいても声をかけるものはいない。

その足取りは軽く、曲なんて流れてないのに教室を覗きこむ姿はMVのワンシーンを思わせる。

視線(カメラ)を意識なんてしてないのに、彼女のなんてことない仕草が、表情が、見るものの網膜と脳に彼女の存在を焼きつける。

例え長い年月がその姿を人々の記憶から消し去っても、彼女は間違いなくスターだった。

 

「──アイ」

 

つい彼女の名前を溢すも、聞き留めるものはいない。

当然だ。誰にも聞き取れないくらい小さい声で呟いたのだから。

ただ、誰もが見惚れる目の前の彼女の正体を自分だけが知っていることに・・・優越感に浸りたかったのだ。

 

「・・・」

 

その姿をずっと見ていたい欲に駆られる。

だがこのままという訳にもいかない。

俺は遠巻きに眺める群衆から一歩前に出て、彼女に話しかけた。

 

「──また会ったな」

 

「ん?・・・アクアだー!」

 

俺の姿を認識した彼女が、先程よりも嬉しそうに目を輝かせて駆け寄ってくる。

同時に、背中に突き刺さる複数の視線。

先程まで彼女を見ていた遠巻きが、今度は突如現れた闖入者へと視線を向ける。

 

「やっぱりアクアの通ってた学校だったんだ、ここ!」

 

「・・・知らなかったのか?」

 

「まあねー。もしかしたら?くらいだったかな?・・・でもアクアと会えて良かったよー。二人を探そうにも学校の中、迷路みたいで訳わかんなくてさー」

 

アイが話す間も視線が途切れることはない。

ついこの場で声を掛けてしまったが・・・。

冷静に考えると世間に顔が割れてる俺が、ご当地とはいえ、アイドルであるアイに人前で声をかけるのはまずかったか・・・!

つい数秒前まで浮かれていた自分を思い出し、思わず怒りが沸く。

・・・落ち着け。今はまず、この場を離れなくては。

 

「──わかった。ひとまず場所を移そう。・・・ここは人目もある」

 

彼女の話を遮るように手を伸ばすと、アイの頭にある帽子を深く被らせる。

そして耳もとに顔を寄せると、アイにだけ聞こえる音量で囁いた。

 

「──少し走るぞ」

 

「え・・・?きゃっ!」

 

彼女の返事も聞かずに手を取って走り出す。

久しぶりに握った手は、昔握った時より想像以上に小さく感じた。

 

 

 

・・・

 

 

 

「・・・ここまでくれば大丈夫だろ」

 

周囲に人気がないのを確認して呼吸を整える。

役者として普段から体力作りは怠っていない。おかげでこうして咄嗟のダッシュでも息が切れることはない。

・・・やはり若い身体はすごいな。雨宮吾郎の身体じゃこうはいかない。今更ながら痛感する。

・・・おかしい。俺は今、何を考えた?雨宮吾郎なら?そんなこと、ここ数年考えたこともなかった。

星野アクアとして、アイを殺した奴への復讐を考えてる間はむしろ、アクアと吾郎の境界がなくなるような感覚さえあった。

それが今、明確に俺はアクアと吾郎は別物だと認識している。

・・・それもこれも、アイと再会してからだ。

復讐の動機が、生きる為の活力が。・・・アイが生きて現れたことで曖昧になってきている、そんな気がする。

・・・だがそれは許されない。俺はアイを失ったあの日に誓ったはずだ。必ずアイの仇を見つけ、地獄のような苦しみを与えて殺すと。感情演技を会得する為に思い出したあの憎しみを、己の全てをこの復讐に費やすと。

くそ・・・、また不安定になっているな・・・。

落ち着け、今はアイがそばにいる。

彼女にこの復讐を悟られるわけにはいかない。

 

そういえば、アイが何も言ってこない。

握っている手の感触はあるからはぐれてはいないはずだ。

急に走らせたから怒らせてしまったか?

彼女が怒っている姿は見たことがないので想像ができないが・・・

 

「・・・すまない、急に走り出して──」

 

アイの手を掴んでいた方へと視線を向ける。

しかし、そこには、

 

 

 

 

アイの姿はなかった。

 

 

 

──正確には俺が掴んだ腕だけがあった。

 

「うおっ!?」

 

思わず握った手を離しそうになるが、離れる寸前でアイ?の腕の方から俺の手を握ってきた。

その光景に再び、びくっとなるもすぐに思い当たる。

そういえば、アイや星川リリィの頭が取れた時もひとりでに動いていたな・・・。

どうやらそういうものと受け入れた方がいいらしい。

ゾンビについて、また一つ詳しくなってしまった・・・。

アイの腕が俺の手をにぎにぎしてると、アイ本人が遅れてやってきた。

 

「お待たせー、いやー走った走った。アクア、結構足速いねー」

 

「そりゃあ役者として多少は鍛えてるからな・・・。それよりその・・・手は大丈夫なのか?」

 

「これ?へーきへーき」

 

アイはそう言って腕を受け取ると、なんてことないように元あった位置にくっつけた。

 

「ね?」

 

「・・・」

 

元医者として、人体に詳しいものとしては近くで見ると尚のこと信じられない光景だ。

まあアイを含めゾンビに常識が通用しないのは今更、か。

 

「いやー、でもびっくりしちゃった」

 

「すまない、急に手を取って走り出したから驚かせたか」

 

「え?ううん!そっちは別にいいんだけど・・・」

 

アイがもじもじと言いづらそうにしている。

・・・珍しいな、アイがこんな反応をするなんて。

しばらくした後、ちょいちょいと恥ずかしそうに近寄るよう手招きする。

どうやらあまり人に聞かれたくないらしい。

俺は疑問に思いつつも、素直に耳を傾けた。

 

「・・・アクアの低い声、耳元で聴いたからドキドキしちゃった」

 

「なっ!?」

 

思わず勢いよく後退りする。

慌ててアイの顔を見ると悪戯っぽくにまーっと笑っていた。

 

「ふふっ、おかえしー!」

 

「・・・っ!っっ!」

 

こ、このイタズラ好きアイドル・・・!!

蜜のように甘い言葉。それをダイレクトに耳元で囁くなんて・・・。

自分でも顔が赤くなっているのがわかる。

くそっ、どんなASMRよりも効いたぞ・・・!

 

「あははははは!」

 

当の本人は俺の気も知らずに、満足そうに笑っていた。

ぐっ、この顔を見るだけで怒る気がどんどん失せてくる・・・。

 

「うんっ、やり返せたし満足!さーて、アクアにも会えたしこのままルビーにも会いに行こっか!」

 

「・・・ルビーは芸能科だから別の校舎だぞ」

 

「あれ?そうなの?」

 

「俺は一般科だからな。・・・わかってる。なんで役者やってるのに芸能科じゃなくて一般科にいるのか、だろ?」

 

アイの疑問に先回りして答える。

 

「・・・あの後、監督に弟子入りして役者の道に入ったが・・・結局俺の才能は花開かなかった。あの映画で俺にもできると勘違いした馬鹿がいたと後になってわからされただけだった、それだけだよ」

 

監督の伝手でいくつか出してもらった映画で、納得のいく演技は一度だって出来なかった。

ただただ他の子役と比べて自分の実力の無さに打ち震える日々。

あの時、監督が目をつけた演技はあくまでガワが子供だったからできたこと。

身体が成長するにつれ、俺は自分が足を踏み入れた世界に忌避感を抱くようになっていた。

復讐は役者にならなくてもできる。

芸能界に入る為の足掛かりさえあれば、なんだっていいのだから。

・・・それがなんの因果か、今や大人気俳優や天才役者と同じ舞台に立てているのだから不思議なものだ。

 

「えー、アクアの演技、昔から気持ち悪くて上手かったのにー」

 

「アイ、前から言いたかったんだが・・・気持ち悪いは褒め言葉じゃないからな?」

 

「わかってるってばー!もー、いくら私が変だからって言葉通りの意味で褒める時に使わないよー!・・・ただ凄いって褒めるんじゃもったいないでしょ?あれはね?私には真似できないから言ったの」

「女優もアイドルも、どうすれば観てる人に好感を持ってもらえるか、共感されるかを知っててやってるの。だから自然とわかるんだ。同じように自分を良く見せようとする人が。その人がどうやって良く見せようとしているかが」

「だけどさ?監督の映画にアクアと一緒に出演した時、アクアの演技をスクリーン越しに初めて見た時、私、わからなかったんだ。アクアがどうしてこんな演技ができたのか、何を考えてこんな雰囲気が出せるのか。──私は心の底からわからなかったの」

 

俺にとってアイは、完璧なアイドルだ。

役者という慣れない仕事にもアイドル活動で得た知識と経験を活かして、誰よりも努力する様は尊敬すらしている。

だがそのアイを戦慄させた演技も、転生というズルで得た一時のものに過ぎない。

本当の俺には、アイやルビーのような輝くものはない。

 

 

「──だからね?私、アクアはぜーったい、凄い役者さんになれるって確信したの!私が想像もできないような演技ができるアクアが、成長して大人になってプロの役者になったら、きっとか──」

 

そこまで言ったアイが急に静かになる。

上機嫌だった姿は嘘のように消え、その表情からは何も読み取れない。

まるでアイとは思えないようなその顔が、俺には別の人間のように見えた。

 

「・・・アイ?」

 

「──なんだか人がまた増えてきたね」

 

アイに言われてはっとする。

確かに、先程のようにこちらを遠巻きに見ている視線を感じる。

帽子を深く被らせてアイの顔は隠せている筈だが・・・、この感じ、もしかしたら星野アクア()のファンも混ざっているのかもしれない。

アイへと視線を戻す。

 

「・・・?」

 

その顔はいつものに戻っていた。

見間違い、だったのか?だが・・・。

 

・・・いや、今はここから離れるのが先決か。

このまま移動しても、また注目されてしまう可能性がある。

かといってここで別れても、先ほどまで迷っていたアイが一人で辿り着けるとも思えない。

・・・仕方がない、ここは・・・

 

「アイ、移動しよう。ついてきてくれ」

 

 

 

・・・

 

 

 

 

「じゃーん、見てみてー?メガネ、似合うー?」

 

帽子に加えてメガネをかけたアイが、見せびらかすようにくいっとメガネのつるを指の先で上げる。

髪もメガネに合わせるように三つ編みにしていた。

 

「ああ、似合ってる」

 

「だよねー。いやー、やっぱりメガネをかけると知的に見えるねー。インテリアイドル狙っちゃう?」

 

「メガネをかけてその発言は、すこぶる頭が悪く聞こえるぞ」

 

「ちっちっち・・・、っぽく見えればいいんだよーだ」

 

気に入ったのか、アイがレンズの間をくいくい動かしながら鏡を見て睨めっこしている。

俺たちは今、一般科の校舎にある被服室に来ていた。

貸衣装屋。

ここは学園祭の出し物で、衣服やアクセサリーの貸し出しをやっている。

生徒が事前に許可を取った古着を持ち寄り、服や帽子等をここで借りて、校内を歩いたり写真を撮れるのだ。

学園祭の間、生徒は学校指定の制服やTシャツしか着れないため、この出し物は毎年好評らしい。噂では芸能科の生徒もこっそり利用しているらしく、貸し出される古着もやたら高価なものが混ざってたりするそうだ。

 

「アクアは・・・白衣似合うねー!」

 

「・・・そうか?」

 

かくいう俺もメガネと白衣で簡単に変装をしている。

星野アクアだとわからなければ何でもいいと思っていたのだが・・・。

アイにこれ着てあれ着てと言われ着せ替え人形にされて・・・いつの間にかこの姿にされていた。

白衣・・・これを着てると医者であった頃を思い出す。

それと同時に、辛い記憶も嬉しかった記憶も。

さりなちゃんとの別れ。

アイとの出会い。

俺にとってこの服にはたくさんの思い入れが詰まっている。

例え転生なんてあり得ないことが起きても、決して忘れることのない思い出が。

 

 

「よし、私の次に知的に見えるかな?」

 

「・・・頭良いですってアピールしてるみたいで無性に恥ずかしくなってきた。せめてマスクだけでもつけていいか?」

 

「ダメダメ、横から眺めていてアクアの顔が見えなくなるでしょー?アクアの格好はそれでけってーい」

 

アイが俺の意見を無視して被服室を出る。

俺はためいきをついて、彼女に続いた。

 

「よーし、じゃあガイドさん案内よろしくー。行き先はガイドさんの可愛い妹の教室でお願いしまーす」

 

「・・・わかったよ、ついてきてくれ」

 

校内を眺めながら、芸能科の校舎へと向かう。

アイはさっきと同様に興味深そうに見ながら、時折質問や感想を言ってくる。

俺はそれに適当は相槌を打ちながら連れ立って歩いていく。

視線はあまり感じない。一般客AとB程度に見られているのだろう。

 

「うーん、せっかく二人で変装してるのに、このまま普通に歩いてもつまんないかー。よし、ここからはお互い設定を決めてその役になりきって話そっか!」

 

「また唐突な・・・。別にこのままでも周りにバレてないし、余計なことはしなくていいんじゃないか?」

 

「えー?アクアは遊び心がないなー、こういうのは雰囲気が大事なんだよ!」

 

「・・・はぁ、わかったよ。じゃあ俺は──」

 

 

 

 

 

 

 

「よし、決めた!じゃあ私が『海野瑠美』で、アクアは『ゴロー』にしよっ!白衣着てるしお医者さんって設定ね!」

 

「───」

 

一瞬、心臓が飛び出たかと思った。

それくらいの衝撃。思わずその場に立ち止まる。

海野瑠美。

それはかつて、君が宮崎の病院に来た時に、身分を隠すために名乗らせた偽名。

ゴロー。

それは前世での僕の名前。

かつて世間に隠れて妊娠した君の担当医だった医者の名前。

約束を破り君の出産に立ち会えず、あろうことか産まれてきた君の子供に転生した男の名前だ。

 

 

「・・・まさか、気づいている、のか・・・?」

 

思わず疑問が溢れる。

先を行く彼女は、俺の質問に答えない。

小声だったし聞こえなかっただけかもしれない。

だがもし振り返った彼女の顔が、俺の質問に確信を感じさせたら。

そう思うと、再び口にすることは怖くてできなかった。

 

だがすぐにその時はやってくる。

立ち止まった俺を不審に思った彼女がゆっくりと振り返る。

その顔は──

 

「? どうしたの?」

 

──疑問符が浮かんでいた。

 

俺の疑問に気づいていない。

俺の正体に気づいていない。

いつも通りの、完璧なまでの可愛さを見せる顔がそこにあった。

 

杞憂・・・だったのか・・・?

 

俺は不安を払拭するように歩を進めて彼女の隣に並ぶ。

 

「・・・いや、その名前に何か意味が込められてるのか、と考えてただけだ」

 

「おっ?やっぱり気になっちゃう?そっかー、まあアクアに関係が全くないわけでもないし・・・うん、じゃあたまには、私の昔話をしてあげよっか」

 

アイは再び前を歩くと懐かしむように語り始めた。

 

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

 




アイが宮崎の病院で名乗った偽名ってどんなものなんでしょうね?
元の名前から全く関係ない名前なのか、イントネーションが似てる感じなのか・・・。
いつか明かされることを願います。

学園編はフランシュシュがまいまいのいた学園の生徒ともっと関わってたらってイフも書いてます。
尺の都合か教室を見て昔を懐かしむだけでしたけど、享年が若い彼女達は生徒ともっと交流するのでは?と思い、モブ多めになってます。

あとアイとアクアの絡みはいくらあってもいいものですからね。
他の人の妄想ももっと見たい・・・。

こんな自己満足の塊みたいな小説ですが引き続き書いていきます!
感想、誤字訂正、高評価、あと感想!たくさんお待ちしています!
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