もしこれが初めてなら人々はどれだけ恐怖しただろうか。
絶望に咲く希望は恐怖に打ち勝つのが常なのか。
死すら栄誉ならば誇るべきものなのだろうか。
わかる気がするのは上辺だけだ。その内に秘めたるモノを知っているはずはないのだから。
「勇者部らしい文化祭の出し物かぁ。なんかないかなー?」
月日は文化祭が差し迫る頃。赤い髪の毛が目に飛び込んでくる少女、結城友奈は所属する勇者部の出し物について真剣に考えていた。
「何してるの友奈ちゃん。早くしないと次の授業始まっちゃうよ?」
「そうだぞ友奈。さっさと準備しろ」
「わーぁ!そうだね!」
仲が良く、同じクラスメイトである東郷美森と木枯雪奈が呆けているように見える友奈に声をかける。授業前だぞと。
授業は国語。刹那は窓側の席で退屈そうに移り変わる景色を眺めている。真面目な東郷はしっかりとノート、教科書、黒板を見渡し、励んでいた。友奈はノートの端に「カレーネコ」という謎のキャラクターを描きながら今一度出し物について考えていた。
「はぁ……」
大きなため息をついてしまう。あまりにも大きいため息に周りの視線が集まる。友奈は「何でもない」と心配させないようにしたが、授業中ということもあり、先生にバレてしまう。罰として教科書を読ませられる。立ち上がり教科書を手に取ろうとしたとき、ドゥリドゥルルリンとけたたましい音が3人の携帯端末から教室に響き渡った。
「携帯の電源は切りなさい」
と指摘されるが聞いてなどいない。だが目は丸くなっている。画面に映る『樹海化警報』という文字に対して。
友奈たちは今の事象に驚きを隠せずにいた。だがそれすら凌駕する異様な光景が3人の目には映った。雪奈達勇者部3人以外の人物がなにかで縛られたように動かなくなった。呼吸する音も、瞬きすらもない人々。生気のある表情に似合わない人像がいる。
「おい。どうしたんだよこいつら……」
さっきまで感心すらなかった雪奈は近くにいた生徒たちに必死に声をかけ、体を揺らす。だが何も帰ってこない。
動かない。意志ではない。止めているのではない。止められている。なにかに。
3人が驚きを隠せないまま数秒がたった。目の前が急に発光した。
「大丈夫だよ東郷さん」
「友奈ちゃん……」
地面は敷き詰められたタイルではなく淡く彩られた木の根のように変化していた。空は暗く、散っている星やオーロラのようなものが照らしている。奥にはこの場で強い存在感を放つ大樹。雪奈たちが立っているのは岩場。平らでぱっと見一番安心できそうな場所だ。
「うぇえ~ん、どうなっちゃってるの……?怖いよぉ……」
「樹ちゃん!」
「友奈さ~ん!東郷せんぱ~い!雪奈せんぱ~い!無事だったんですね~!怖かったです~!!」
「私たち、教室にいたのに……」
「大丈夫だよ、東郷さん。私がついてる」
「個人の努力でどうにかなる話じゃないだろ。これ」
樹が木陰から飛び出してきた。部長の風を覗いた4人が揃った。合流した四人は、突如現れた夢幻のような空間に困惑と不安ばかりつのっていた。彼らは所詮中学生。急なトラブルに対してのアドリブ力もなければ、それを想定することもない。『危険』『怖い』というシンプルな感情しかわかないものだ。冷静な東郷や雪奈でさえも理解や分析が捗っていない。
東郷と雪奈の思考が続いて、友奈は樹を慰めてから数秒後部長の風が4人の前に現れた。
「おーい、みんなー!大丈夫だったー!?」
「目立った外傷はない」
「わー-っ!風先輩!」
「お姉ちゃん!ふぇえ~ん、怖かったよぉ~~!」
雪奈は風の確認に的確に答えた。友奈と樹は隠し切れない安心感を晒しだしていた。
雪奈はそんな友奈に「さっき東郷に『大丈夫』って言ったかっこよさはどこへやら」と少しあきれたようだった。
一通りの確認などが終わった後、風はいつもの楽観的な表情から一変し、神妙な面持ちで紡いだ。
「みんな……よく聞いて。アタシたちが……『当たり』だった……」
「あたり?」と全員が首を傾げた。風の言う言葉の意味が理解できなくて。風は構わず続ける。
「勇者部の部員にダウンロードしてもらったアプリ。その隠し機能は、この事態に陥った時に作動するの」
「この事態って……。風先輩……一体何を知っているんですか?」
全員の疑問を東郷が代弁した。ただでさえ気が狂いそうなほどに不安なのに追い打ちをかけるかのように降り積もる真実。とてもまともではない。この状態で説明を受けたとしても大半の内容は入ってこないだろう。けれど聞いておかなければ不安に押し殺されてしまう。だから聞く。
「アタシは……大赦から派遣された人間なんだ……」
「それとこれが何の関係があるんですか」
「順を追って説明する。まず携帯に映ってる乙女座っていうのが敵よ」
「敵ってまさかアレ…ですか?」
友奈が振り向き禍々しい姿で宙を浮き徐々に迫ってくる巨大な物体を指した。
「バーテックス。世界を殺すために攻めてくる人類の敵。それがあの大樹、『神樹様』にたどり着くと世界は…死ぬ」
「で、どうやってアイツを倒せって言うんだよ。まさか策なしに突っ込む訳じゃないだろ」
「勿論よ。私達が最も適正であると大赦に判断された。戦う意思を示せばこのアプリの機能で神樹様の勇者となる」
一通りの説明を終えた後5人に向かってバーテックスから攻撃が飛んできた。左右に避けたため、樹・風。友奈・東郷・雪奈の2つのグループに分けられてしまった。雪奈は攻撃がかすってしまい2人より少しだけ後方に飛ばされた。
友奈が風に電話をし、安否確認を行う。友奈と東郷が雪奈の方を向く。雪奈も親指を立て、大丈夫と伝える。立ち上がって2人のもとに歩き出す雪奈。
「風先輩は悪くない!」
「勇者部って本来そういうモンのための部活なんじゃないのかよ」
「私もそう思う!」
スピーカーになっている友奈の携帯から風の申し訳なさが伺えた。雪奈と友奈はそれを真っ向から否定した。
「こっちに来る!逃げて友奈ちゃん!雪奈君も!私といる方が危ないわ!死んじゃう!」
「ここで友達を見捨てるような奴は、勇者じゃない!」
「そうだな…誰かが痛い思いするってのはまっぴら御免だ」
「みんながそんな思いをするくらいなら」
「そんな腐った未来の生き方なんてさせねぇよ」
「「だから俺(私)が…」」
「やるしかねぇ!!」「頑張る!」
友奈と雪奈が携帯端末の『変身』を力強く、指先の指紋の形が画面に残る程に押し込む。瞬間、2人の周りにはそれぞれピンクと黄緑の花びらが舞い、2人の姿を包み隠す。
回り舞う花びらたちが四散する。その中心には先ほどとは違う装束に身を包んだ少年と少女がいた。
友奈は、ピンクを基調とした装束。髪色も普段の赤色から淡い桃色へと変貌している。その姿から可愛らしさに力強さも付属されているように見える。いつも髪の毛の右側につけている髪飾りは大きくなり、鋭利になった。
雪奈は、白を基調とし、黄緑のラインの入った装束。右腕には包帯が指先まで巻かれている。その手には命を刈り取る形をした武器が握られている。荒々しいが落ち着いた文化を醸し出している。
2人の拳に力が籠る。誰かを守るために使う力と夢を叶えるために使う力。その2つが目の前の巨大な敵に降り注ぐ。右側には歪な大穴が、左側は一部分が綺麗に切り取られている。圧倒的に見えるダメージを与えた。そこにいた誰もが勝ちを確信するほどに。
「友奈さん、雪奈先輩凄いです!かっこいい!」
「なんだかみなぎってきた!」
「単純なやつだな」
「えへへー♫」
「褒めてねーから」
樹が褒め、雪奈が調子に乗った友奈を落ち着かせる。笑って誤魔化す友奈は視線を敵へと定め直した。不安を拭い去るために振るった拳が確信へと変わった。『これならいける』と。雪奈も『この程度かよ』と幻滅している。
だか、そんな事でやられる訳がない。神世紀が300年も続いている理由。それは目の前の敵を倒せないからだ。雪奈たちのようにいくのであれば先代の勇者たちは悪夢を終わらせられただろう。でもその悪夢に人々はまだ
絶望の二文字が脳を支配する。希望が一瞬にして無に帰した瞬間だった。
だがそれは間違いだった。闇雲な攻撃は効かないと風が教える。封印し、御霊という心臓部を破壊しなければいけないと。「それを先に言えよ」と感じた雪奈。その顔には安心が感じられる。
「配置について!」
風の一言で全員が動き出す。
「位置につきました!」
「こっちもついたよお姉ちゃん……」
「同じく」
所定の位置についた勇者たちは封印の儀を開始する。端末に映し出される祝詞を詰まりながら読み進めていく。
「かくりよのおおかみあわれみたまい」
「めぐみたまい」
「さきみたま、くしみたま……」
「大人しくしろコンニャロー!」
風が自慢の豪剣でバーテックスの頭を打った。それでいいのかよ!?と誰もが思った。風によれば「魂がこもってれば何でもいい」とのこと。途端、バーテックスの体の中から逆正四角錐の物体が現れた。御霊だ。友奈が真っ先に向かい一撃を喰らわせる。頑丈な装甲によって届かない。雪奈が自身を空中で回転させながら鎌の先端を突き刺した。見事にヒビが入り、後一歩まで辿り着いた。全体重を乗せ、壊しにかかる雪奈。
「砕けやがれぇぇェェ!!」
と叫び押し込む。ヒビが拡大し、御霊は砕け散った。御霊は砂となり、樹海の大地へと消えていった。同時にバーテックスも消滅した。
「やったね雪奈君!」
「凄いです雪奈先輩!」
「やるじゃない雪奈!」
褒められている雪奈の言葉が紡がれる前に目の前に花びらが舞い、世界が変わる。得体の知れない世界から校舎の屋上へと場面が移り変わった。
友奈は真っ先に東郷へ駆け寄り怪我の心配をしている。樹は風に駆け寄り慰めてもらっている。1人残された雪奈は右手の感覚に違和感を覚えていた。初めて握るはずなのに手に馴染む。初めてじゃないかのような手際の良さ。今はわからないとその手を握りしめ、胸の奥にしまった。
勇者部部室。家庭科準備室を使わせてもらっている。準備室なだけあって雑貨が多く、部屋も狭い。それでも一応部室。テーブルと椅子、黒板などがあり、綺麗にはなっている。
「みんな無事でよかったわね。早速だけど昨日のことを説明していくけど……雪奈は?」
「雪奈君なら「気分が悪いから帰る」って言ってました」
「珍しいわね」
風は、らしくない雪奈の行動に疑問を感じたがいないのであればしょうがないと割り切り、友奈たち残りの勇者部メンバーにことを長々と伝えたのであった。
「はぁー……」
俺、木枯雪奈は現在中学2年生。こないだ突然犬吠埼風とかいう金髪ロングヘアの上級生に勇者部という謎の部活に入れさせられた。最初は事前活動委員会みたいなものだと思っていた。活動がそうだったのだからそう思うしかなかった。部員集めに必死になっていただけだと思っていた。だけど名前の通りの部活だなんて思っていなかった。
昨日のあの光景。懐かしさと悲しさが胸の中に湧き上がった。だけどすぐにどこかへ消えた。霧散したのか奥へ戻っていったのかわからない。
あの時、あの場所は混乱するはずなのに妙に高揚感が突き上げてきた。戦いたいという気持ちが。握ったことのない武器を得意げに振る自分自身が怖い。
深く考えれば考えるほど気分が害されていく。
勇者とは何だろう。変身して戦える者のことを言うのだろうか。それともまた別のことがあるのかもしれない。
「また……かよ……」
横になり、天を仰いでいると携帯から聞き覚えのある音が鳴っている。昨日と同じ『樹海化警報』の文字とともに。
「恐れることは後でいい。俺は俺がやるべきことをするだけ」
俺は携帯を握りしめ、戦場に出た。みんなとなら乗り越えられると信じて。