「またきたのかよ」
「当たり前よ。バーテックスは12体いるんだから」
「え、そんなにいんのかよ……」
「細かいことは後で話すから昨日みたいにぶっ飛ばすわよ!」
「わかった……」
1人だけ別の場所ににいた雪奈のもとに風が駆けつけた。気怠そうにしている雪奈の肩を叩いてやる気を一方的に流し込む。ボソッと不満を吐いたが風には聞こえていない。聞こえているのは友奈と樹が生み出している戦場音。風は雪奈のもとからいなくなり前線へ戻っていった。またしても1人になった雪奈。
「アイツらにやってもらってばっかじゃ漢として面目ねぇ……」
昨日同様、自分自身に気合いという鞭を打ち、勇者という戒めを背負い戦闘体へ変身した。
「3つまとめて挽肉にしてやるぜェ!」
拱手のようなポーズをとり、やる気に満ち溢れていることを表に出す。雪奈の勇者姿の象徴、大鎌は背中に背負われており、獲物を狩れることを待ち侘びている。当然所有者である雪奈もだ。
目の前に広がる戦線へ飛び込んでいく。その背中はワクワクしているように見える。昨日初めてだったのに、そんな自分に嫌気がさしたのに。戦意が、狂気が滲み上がってくる。これが何なのか、自分のせいなのかすら考えられなかった。目の前にいる巨大な異形を狩りたいという感情で埋め尽くされる。勇者とは思えないほどに。
「一撃で終わらせる」
「雪奈君!」
「浅ぇか…」
自分の不意打ちの精度の悪さに悪態をつく。初めてだから仕方ないのかもしれない。という甘い考えが脳に浮かぶ前に再び攻撃態勢に入る。しかし着地の体制が悪い。大ぶりの反動も重なり、二撃目を繰り出すことができなかった。周りをみることを疎かにはしていない。
「どこ向いてんだ。敵から目離すなよ」
「うわぁ〜!そうだった!」
非道い着地をした雪奈しか捉えていなかった友奈に危険な場所である事を意識させる。友奈の返答からその意識があること事を汲み取る。さっき風に言われたのか、空手で言われたかのどちらかだと察する。その意識が抜けてしまうのは現実離れしていて、まだ慣れないからだろう。勇者といえどまだ中学生。しかもいきなり怪物と戦って勝たなきゃいけないなんて重すぎるのだ。
雪奈が復帰し、3人の元へ引き下がる。風が「作戦を立てようと」提案するが案が出ない。3人揃って頭を抱えている。不意に雪奈が溜息を吐いた。
「俺が一体倒す。残りは任せる」
雪奈はそれだけ残し、蟹のような鋏を持つバーテックス、キャンサーバーテックスへと突撃した。力技で大鎌を振り落とす。しかし、蟹のように硬い装甲によってダメージは与えられない。それでも気合いで御霊の露出には成功した。
「なん……だよ……」
露出した御霊は増殖した。抵抗したのだ。無数に動き回り、雪奈の焦点が定まらない。見開き、小刻みに震えている。その様子は驚いているようにも真核を見定めているようにも見える。
「雪奈!避けて!」
「……」
「雪奈君!」
聞こえていなかった。風と友奈が必死に呼びかけるが雪奈の身体は縛られたように動かなかった。目の前の多大な御霊を必ず潰すためにも。内に燃え滾る『何か』が徹底的な殲滅を示している。
視界の全てが御霊で埋め尽くされる。だからこそ必然的に見えるはずなどない。自分が攻撃されていることに。
「ごはがっ!」
遥か後方へ吹き飛ばされる。奥にひっそりといた敵、サジタリウスバーテックスの攻撃が直撃した。矢のように放たれた針が貫いた。致命傷は避けられてはいるものの出血が激しい。故に雪奈は立ち上がるのに一苦労した。痛みもつらさも高揚感と『何か』のせいで打ち消される。
「友奈さんも!」
「きゃぁぁぁ!」
「友奈ちゃん!雪奈君!」
「やめろ……2人をいじめるなぁー!!」
「私は友奈ちゃんに守ってもらって、雪奈君に頼ってばっかりだった…
だから次は私が勇者になって2人を助ける!」
「落ち着いてやがる……」
雪奈の背筋に刺激が走った。強者を。自分に近い者を感じて。
痺れた雪奈の足は止まらなかった。飛ばされて勢いよく地面に叩きつけられたというのに、引きつけられるように、奮い立たされたように身体が敵へ向かっていく。赤い液体が宙に玉となり浮く。その通り跡には赤い道ができていた。
「雪奈!」
「東郷、援護射撃!尻尾の奴は風先輩たちで。俺はこの鋏の奴をぶっ壊す」
雪奈が勢いよく飛び出し、大きな鋏を持つ敵へ重い一撃を喰らわせる。
身体ごと回転させ延伸力を強めた攻撃。ただ大鎌を振りかざすのと比べたら威力は格段に違う。
「大人しくしてろ!」
激しい衝撃音が樹海に響く。
鋏のバーテックスの右腕が切り離され地面に落ち、砂に変わる。決定的なダメージを与え、活動が少しの間だけ停止する。その隙に封印の儀式を行う。
出現した逆三角錐、御霊。なんの変哲もなく佇んでいる。攻撃してくれと言わんばかりの構え。
雪奈は真っ直ぐに、一直線に大鎌を振りかざす。全てを切り裂く勢いの大鎌。硬い御霊であろうと当たれば2つに分かれる。当れば
「チッ…クソが」
刃が御霊に触れる瞬間、御霊の位置が変わった。大鎌は空を裂いた。雪奈は御霊を目で追いながら落下していく。その中で口端が少し上がった。今を楽しんでいるのか、未来を見ているのか。はたまた過去と照らし合わせているのか。
地面から煙が上がる。煙の中のシルエットはすでに立ち上がっている。
再び強く地面を蹴り御霊へ向かっていく。
「大人しくしてろってつってんだろ!!」
雪奈の大鎌を御霊はすり抜ける。高速で移動し続け、攻撃を避ける。縦に横に振っても御霊の回避スピードに追いつかない。しかも感じの悪いことに御霊は雪奈の攻撃が当たる直前で避ける。まるで弱いものイジメの鬼事。このままだとタイムオーバーまで行ってしまう。そうなると
「退きなさい雪奈ぁ!」
後方から叫び声が聞こえる。その音量は徐々に大きくなる。振り返る間もなく通り越していく。雪奈の肩を踏み台にして風が御霊の元へ行く。
「点の攻撃が効かないなら、面の攻撃でぇぇ!!」
風の持ち武器である豪大剣。その利点は火力だけではない。状況に合わせた使い分けもである。攻撃範囲が狭い分ダメージの伸びやすい鋭い刃。威力は減るが攻撃範囲の大きい面。
風は自分の武器のことを2回目の戦闘ながら理解している。そして味方の。後輩のピンチに駆けつけられる頼れる先輩であり、負けられない大赦の使いだ。
御霊が叩き潰され砂となり木の根の隙間に流れ込んでいく。キャンサーバーテックス討伐完了。
「大口叩いてた割にじゃない」
「はいはいそーですねー」
「友奈と樹を手伝いにいくわよ」
「もう終わってるっぽいですよ」
友奈、樹のグループも会敵していた蠍のような姿のバーテックス、スコーピオンバーテックスを殲滅した。友奈は「樹ちゃんがワイヤー使ってエイって!」と説明する。雪奈と風は「もっと詳しく言えんのか」と友奈の大雑把さに少し落胆した。残るは1体。近接部隊4人は再び火を宿す。
「ほえー一発必中!」
とびかかる前にサジタリウスに一撃弾丸が着弾した。東郷三森。恐るべき狙撃力。適性のある者たちの実力は底が知れない。
瞬間最高火力によって御霊が露出する。もちろんこれも例にもれず御霊は特殊な個性を持っている。それは高速移動。キャンサーバーテックスと違って常に自身の周りを旋回し続ける。近接部隊4人では捉えることができない。
雪奈、友奈の一点型は完璧なタイミングでなければいけない。風も同じだ。樹のワイヤーはおそらくパワー負けする。
「くっ、待って今なんとか……」
「無理だ。俺たちが行くだけ無駄」
「なら……」
「東郷がやってくれる」
そう断言した直後、閃光が風の後ろを通り過ぎ御霊が爆発する。東郷の放った弾丸は正確に御霊を撃ち抜いた。激しい爆発による光が樹海を照らす。
襲来した3体のバーテックスは砂へと変わり再び日常へと切り替わる
「雪奈先輩!」
「どうした樹ちゃん。血のことは気にしなくていいからさ…
「避けなさい!」
「だからなんだっ
そのはずだった。
3体のバーテックスの残骸は砂しかない。だがそれは完全に、「バーテックスではない」とは言えない。ただ何となく当たり前に『御霊を壊したからOK』という軽い共通認識があった。初めてがそうだったから。次もまた同じだろう。バーテックスという怪物をゲームの中の敵のように、倒したら終わりだと思っていた。
意地の悪い奴らだとは思っていなかった。
そんなことはなかった。今、砂は集結し、雪奈を取り込もうとしている。
砂は雪奈を中心に壁を形成するように舞う。まるでヤスリのように。近づけるものを削り無くすかのように。
「雪奈!」
風の叫び声は届かない。砂によってかき消され、近寄ろうとすれば自分も取り込まれるかもしれない。どうしようもないジレンマが風に芽生える。人として、生を選ぶか。部長として、仲間を選ぶか。
そんなの決められない。
砂の中から見える雪奈のもがく姿。次第に抵抗は弱くなる。遂には活動を停止してしまった。
友奈は感じた。大切な友達が失われる絶望を
美森は思った。自分が彼と同じだったらと
樹は立ち尽くした。目の前で慕っている先輩の姿を見て
風は悟った。己の判断力の無さを
「落花……起動」
パァンとと何かが飛び散ったような気がした。
何かが風船のように破裂した気がした。
砂が吹き飛び人型を形成する。取り払われた砂の中には彼がいた。
『木枯雪奈』
ホンモノだ。
だけど少し違う。身に纏う装束も両手首に付いている千切れた手枷も。周りに浮かぶ鬼火も。雪奈を知っている人なら誰でもわかる。纏っているオーラが違う。違和感。悍ましい。だが真に違うのはそのオーラが溢れていることではない。循環し、身体を大きく見せるかのように纏っている。それは罪人のよう。
「枯れた花」、というより「散った華」。
霞んだ色味が儚さを表している。花が散る一瞬の趣を具現化したかのようだ。
「コイツの身体は渡さねえ。オレを倒してみろよ、泥人形」
変わり果てた雪奈は人型の砂を挑発する。不適な笑みを浮かべたままその場を動かない。ずっと砂が来るのを待っている。
砂は形を変え、雪奈の前に現れる。液体のような人外行為。固体のような力強さを兼ね備えている。
砂は拳を振り上げ殴りかかる。滑らかな動き。効率のいい動きなどない。その全てが破壊し尽くせる威力へと変わる。
砂の拳はどこかへ消えた。雪奈に触れる手前。雪奈の周囲に浮かぶ紫色の炎の玉に拳を突っ込んでいる。
「オレの番だ」
雪奈の左拳が砂の腹部に穴を開ける。その早さは空手経験のある友奈ですら見えない程。スピードとインパクト。噛み合った打突は砂であろうと粉砕し、砂よりも小さな塵へと変えた。
「これはオマエの力だ。オレよりオマエの方が使い方をわかっているだろう。肉体を返す。何事もなく寝ていろ」
雪奈は誰かにそう語りかけた。瞬間、オーラは消え、勇者木枯雪奈の姿へ戻る。横たわり動く気配がない。
駆け寄ろうとする友奈たちだが樹海化の解除に伴いそれを阻まれた。
前と同じ景色。5人で見る住宅街。何も異変はない。清々しいほどの青空が広がり、瀬戸内海の浜風が寄せてくる。
「いつまでボーッとしてるんだよ」
「あれ?雪奈君さっき樹海で……」
「はぁ?何見てたんだよ。夢の中の御伽話は聞きたくないんだけど」
一同は疑問を浮かべる。さっきまでの雪奈は誰なのか。あの姿は何なのか。雪奈は東郷がサジタリウスを倒した後、普段の世界に戻るまでに起きた事象を覚えていない。
「ナイスだった、東郷」
口端を少しだけ上げた笑顔。それを東郷に向ける。右手の親指を立ててグッドサインを送る。それに応えるように優しく微笑む東郷。
「よしじゃあ戻りますか」
その言葉からまた元通りになっていく。メリハリとは言えない。あくまで普段と変わらない。少し特殊だとしてもそれは日常のスパイス。それも些細な程度。なくなっても恋しくなるようなものじゃない。屋上から下ればみんなと変わらない中学生だ。他愛のない会話がその証拠だ。
「感じた?ミノさん」
「ああ、確かに感じた。あの時と同じ力だ」
「うん。でも今のはせつなんじゃないような気がするの」
「アタシもそう思う」
何なんだよあれ……。俺じゃない。でも確かに俺の身体だ。意思はなかった。体だけが動いている感覚が伝わってきた。何も見えなかった。感覚だけであそこにいた。
「オエッ!…ウッ……ゲホ!」
気分が悪い。不快感しか湧いてこない。確かにあれは俺だ!何なんだよ!
「誰なんだよ……」
『すっぽり抜け落ちてるんだな』
は?何だよそれ。意味わかんないだろ……。そんなのって……。答えになってないだろ…………は?
『遅えよ、気づくの』
「誰なんだよ……アンタ」
『オレのことも覚えてないのか…。ふざけた機能だ』
「早く答えろよ……。俺の質問に!」
『落ち着けよ。叫んで解決することはない。順を追って話す。先ずは俺のことだが、オマエの精霊だ』
精霊?なんだよ。守護神みたいなモンなのか?マジで意味わかんないんだいけど。
『んで、オマエが感じてる違和感。それはオレだ。オマエの体を少し貸してもらった』
言ってることは理解できる。ただ内容が。俺の体を借りるって漫画の話かよ。……今こうやって目の前に訳わかんない奴が見えてるんだからそうなのかもな。
『じゃあな。また会う時があればいいな。あの力はオマエ自身のモノだ。オレが借りただけた。使い方はオマエの魂にでも聞いてみろ』
「オイ!待て!まだ聞きたいがあるんだ!勝手にいなくなってんじゃねぇ!」
人騒がせな奴だ。つーか何だよ「オマエの魂に聞け!」って。カッコつけんなよ。カッコついてねーし。
「何で俺は泣いてるんだよ……気持ちわりぃ……」
俺は何なんだよ…。