「――またその漫画読んでるのかよ」
教室の隅で漫画本を読んでいる俺に対して、同級生が笑ってそう言った。
俺は手にしていた漫画本『霊滅のリオ』の表紙をアピールするように見せると、再び熟読へと向かった。
もうかれこれ何百回読み返したのかわからない。
世界一有名な漫画雑誌『週刊ブレイブ』、そのかつての看板作『霊滅のリオ』の単行本である。
内容は現代世界で悪霊を倒して生計を立てる霊滅師達の王道バトルファンタジーである。
熱いバトルに友情、そして圧倒的な画力とド派手な演出。
雑誌で追っている際にはその全てに度肝を抜かれたものだ。
だが……この作品は、なんと未完で終わってしまった。
終盤で訪れる悲劇のオンパレード。
ヒロインは死に、友も廃人となり、信じていた大人は悪に堕ちる。
その壮絶な展開について来れなかった読者達に溢れ、作者に対する誹謗中傷も続いたようで、人気が絶不調に陥ったまま断筆といった形になってしまった。
ネットの都市伝説ではアニメの失敗に続いて作者のリアルに何かしらの不幸があったのではないかといわれている。
学業が終わり、放課後。
俺は単行本のページを捲りながら帰路についていた。
俺はこの作品を愛している。
終盤の怒涛の鬱展開も受け入れた。
確かに怒涛の鬱展開は心が痛むが、しかしそれはそれとして迫力のある壮絶なドラマには惹かれるものがある。
俺は漫画内で主人公のリオが敵に啖呵を切っているシーンから目を外し、歩道信号へと目をやった。
赤から青に変わったのを確認して足を前へと進め、漫画のページへと目線を戻す。
「この作品を愛してるけど……やっぱり序盤の空気感の方が好きかな……」
俺がそう呟いたとき、身体を重い衝撃が突き抜けた。
ひっくり返った視界の中、トラックが走り去っていくのが見えた。
――ああ、俺は轢かれたのか。
信号は守っていたが、しかしさすがに不注意が過ぎたらしい。
人生の中の様々なことが頭を駆け巡る。
しかし、一番強く頭に残ったのは……。
――『霊滅のリオ』……ラストまで読みたかったなあ……。
やれやれ最期の最期まで俺らしい。
泡沫に沈む視界の中、俺はそう自嘲した。
朧気ながら、意識が覚醒してくる。
俺が目を開いたとき……そこは知らない大きな屋敷だった。
「あ……」
声を出そうとするが、上手く言葉が紡げない。
随分と視界が低いような気がする。
いや、この屋敷を見たのは、本当に初めてなのだろうか。
目前に広がる光景に、俺は何か、デジャヴを覚えていた。
「ガキとは面倒なものだ。なぜここへ入ってきた?」
目の前に、長髪の男が立った。
年齢は二十と少しだろうか。
濃い隈の悪人面に、俺はどうやら見覚えがあった。
『霊滅のリオ』屈指の嫌われ者、霊滅師の名家である神堂院家の当主、鬼餓(きが)にそっくりだったのだ。
作中では最終的に一族を巻き込んで人間界そのものを裏切ってラスボスの邪霊の王に着く、とんでもない極悪人である。
これは夢か、幻か。
俺が呆気に取られていると、鬼餓にそっくりな男は、俺の裾を掴んで持ち上げる。
「自分のガキともなれば多少の愛着が湧くかと思っていたが猿と変わらんな」
男はそうせせら笑うと、俺を床へと投げつけた。
男が去った後、俺は大慌てで館を駆けて、姿見を探した。
何か、何か、おかしなことが起きている。
そんなことあるわけがない。
いや、しかし、そうとしか考えられない。
俺は見つけた姿見を目に、あんぐりと口を開けることになった。
鬼餓同様に髪の長い、四歳の男児。
強い三白眼へと、白と黒の二色の髪がだらりと垂れていた。
嘘だ、有り得ない。
いや、しかし、認めざるを得ない。
何せあの漫画は、俺が何百回と呼んできた世界。
漫画にある情報ならば細部にわたって記憶している。
「まさか……鬼餓の息子の、マナブ……?」
霊滅師の名家の長子でありながら、うだつが上がらない卑屈な男。
主人公であるリオが能力を試すための小悪党として登場したモブキャラクターである。
いや、確証は持てない。
漫画ではマナブはここまで幼い姿で登場したことはない。
しかし俺の心は、魂は、ここが『霊滅のリオ』の世界で、どうやら俺がそこのキャラクターに転生したらしいことを受け入れていた。
「よぉっしゃああああああああああああああああああああ!」
俺は怖い親父のことなど露知らず、大音量で不可解な現状に対する歓喜の咆哮を館へと響かせた。
同時に俺は決意した。
俺はこの世界を隅々まで知っている。
自分がモブキャラ『神堂院マナブ』だったことは関係ない。
この世界の伏線を俺が網羅していけば、あっという間にこの世界で圧倒的な力を得られるはずだ。
そしてその力があれば、『霊滅のリオ』を断筆へと追いやった鬱展開のオンパレードを回避し、物語をハッピーエンドへ導くこともできるはずだ、と。