転生から一週間が経過した。
そこで三つ知ったことがある。
一つ、ここは『霊滅のリオ』の世界だということ。
二つ、俺はやはりモブキャラの『神堂院マナブ』だということ。
三つ、鬼餓は予想通りのネグレクトクソ親父だということだ。
「俺が三つの頃には既に霊術で火を起こせたものだが……俺の息子がこんな愚図とはな」
庭先で日を浴びて思考を巡らせていた俺へと、鬼餓がそう零した。
マナブは神堂院家の跡取りでありながら、生まれついての霊力が低い。
加えてどうやらこれまで霊術についても関心を示さず、学問や鍛錬も嫌がっていたようだ。
俺は自身へ冷たい目を向ける鬼餓へと、両手の指を向けた。
「解釈一致!」
「な……なんだ、お前は!」
鬼餓がビクッと、身体を震わせる。
使えない息子に暴言を浴びせる。
いい、それでこそ鬼餓だ。
マナブの卑屈な性格にも納得がいくというもの。
俺は鬼餓らしい台詞に感動さえ覚えていた。
「チッ、気色の悪いガキだ」
足早に鬼餓が去っていく。
その小物臭い動作にも俺は興奮していた。
とはいえ、俺の目標は『霊滅のリオ』に降りかかる全ての不条理を、俺の力で跳ね返すこと。
鬼餓は小物とはいえ名家の当主。
奴から教わることも多いはずだ。
最終的には人間界を裏切るはずなので切り捨てるとしても、まずは気に入られてあれこれと教えられておいた方がいい。
原作のマナブは霊滅師の名家とは思えない程に弱かったが、その一端はマナブの怠惰にあることがわかった。
霊力もどうやら多くはないようだが、こちらは補うことができる。
霊力とは万物に宿る根源的な力。
まずは霊力をどう上手く操るのかの修行だ。
これができなければ話にならない。
霊力の練り方一つでも数百の派閥が分かれ、これは錬力術と呼ばれている。
錬力術によって霊力を練るだけでなく、本人の霊力の強さそのものを引き上げることもできる。
そして錬力術によって霊力を鍛える修行は、十歳未満も子供の間が最も効果が出るとされている。
まずは主人公リオの錬力術を試すことにした。
リオの錬力術は〈丸法霊錬〉と呼ばれるもので、これは自身の強い感情を意識し、体内で大きな塊として認識して操る手法だ。
爆発力はあるが、応用に欠けると評されている。
主人公の手法が故に最も描写が濃く、イメージを具体的に掴みやすい。
俺は手のひらを上にし、身体に流れる霊力を意識する。
この世界に来られた喜びの激情を、自身の霊力と同調させる。
霊力を練り上げ、そして火として手のひらから放出するイメージ。
「『霊滅のリオ』、最高オオオオオオオオオオッ!」
シュウ……という音と共に、手のひらから黒い煙が出る。
本当に身体に力が漲り、手から何かが出そうな感覚があった。
本当にここは『霊滅のリオ』の世界らしいと俺は再認識し、自然と笑みが零れた。
俺は本当にこの世界で……『神堂院マナブ』として、作中世界最強の存在へと至ることができるかもしれない。
俺は寝食を行わず、〈丸法霊錬〉を続けた。
やっていて本当に楽しかったのだ。
途中で家政婦や母が止めに来たが、押し切って修行を続けた。
父親である鬼餓の「愚図は放っておけ」という言葉で、放置されることになった。
ありがとうクソ親父。
指を立ててグッドサインを向けると、相変わらず鬼餓は動揺した素振りであった。
――そうして丸一日が経過した頃。
「『霊滅のリオ』、最高オオオオオオオオオオッ!」
ゴウッと俺の手のひらから炎が上がる。
いける、この調子ならば俺はどんどん強くなれる。
自身の手から出た炎を目に、俺は自然に笑みが零れるのを感じていた。
それからは食事にも参加し、睡眠もしっかりと摂るようにした。
霊力の行使には体力を消耗する。
多く食べ、多く寝ることが大切だ。
俺は毎日庭先で『霊滅のリオ』への賛美の咆哮と共に霊力を行使する。
どうにも最近屋敷の穴かで『当主様が厳しすぎるばかりに跡取りが奇声を発するようになった』と噂されているようで、屋敷内で避けられつつあるようだが、そんなことは関係ない。
一週間が経ち、〈丸法霊錬〉が馴染んでからは炎以外も出すように鍛錬を変更した。
霊力には六つの属性がある。
火、水、地、風、光、闇。
それぞれを十全に出せるようになるまでに一ヵ月が掛かった。
それからは〈丸法霊錬〉以外の錬霊術へと切り替えることにした。
〈丸法霊錬〉はあくまで最も習得が容易いと判断したまでである。
最強格と噂される錬霊術、〈六竜錬〉の鍛錬へと移る。
作中において、不老不死の伝説の霊滅師が編み出した錬霊術である。
六属性の霊力を身体の中で循環させ、それらを束ねて操る……といったものである。
素早く複数の霊術を行使できる他、純粋に霊力操作の精度が上がり、霊力の出力自体も大きく向上するため、修行としても一級品である。
身体の中に霊力を流した後に、それらを逆向きへ押し戻す意識を持つ。
そうして複数の霊力の流れを作った後に、体内でそれぞれに属性を付与していく。
この順番を誤ると体内で霊力の暴発が起きて、大怪我を負うことになる。
だが、『霊滅のリオ』オタクの俺はそんな単純なミスは犯さない。
水の霊力の中に火の霊力を通し、風の霊力の中に土の霊力を通し、光の霊力の中に闇の霊力を通す。
この順番である。
好きこそものの上手なれ。
俺は『霊滅のリオ』の異能を手にできた興奮が冷めぬまま、寝食以外の全てをこの修行に注ぎ込んだ。
いや、寝食もこの修行のための準備のようなものなので、時間の全てを費やしたと言っても過言ではない。
――そして、転生から一ヶ月後。
俺は最強の霊錬術である〈六竜錬〉を身に着け、六属性の霊力を自在に扱えるようになっていた。
「小間使いが、お前が霊力を操るのを見たと口にしていた。多少は鍛錬を積んだようだな。だが、独学の見様見真似など、悪しき癖がつくばかりだ。余計なことを」
そして俺は父の鬼餓から説教を受けていた。
途中任務で館を外していたとはいえ、今日まで気付かなかったのはあまりにも無関心が過ぎる。
いや、奇声の件で避けられていたこともあるだろうが。
そんな中、つい俺は悪戯心が首を擡げた。
「父上、どうか私の霊力をご覧いただけませんか?」
「お前の霊力など見ても……」
「はああっ!」
俺は全身から六属性の霊力を放出し、身体の周りで循環させる。
豪風が巻き起こり、鬼餓が思わず手で顔を覆った。
「あ……有り得ん……複数属性を……? いや、それは伝説の〈六竜錬〉……どこでそれを身に着けた!」
鬼餓は今まで見たこともない表情で狼狽えていた。
「父上の様子から見よう見真似で霊力を練って見たのですが……」
「そんなはずは、有り得ん……いや、しかし、実際に……」
鬼餓は頭を押さえて混乱しているようだった。
顔を青くして、俺へと物の怪でも見るような目を向けて、ブツブツと小声で何かを漏らしている。
ちょっと楽しくなってきたな?
「フフ……フフフ……直感だけで、伝説の錬力術に近しいものを発現させるとは。ただの愚図かと思っていたが、どうやらお前には才能があったようだ」
鬼餓は俺の様子に脅えはしていたようだったが、それ以上に利用価値を感じたようで、仄暗い笑みを浮かべていた。
伝説の錬力術に近しいじゃなくて、それそのものなんだが……。
「マナブ……お前ならば、俺の悲願を果たせるかもしれん」
鬼餓の悲願、それは神堂院家がかつての栄華を取り戻し、鬼餓自身が世界を支配することである。
無論、そんな真似を許すつもりはないが……。
「修行をつけていただけるんですか父上!」
鬼餓は重要人物で、利用し甲斐がある。
たっぷり修行を付けてもらうとしよう。